プエルトリカンデーパレード2

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前回からの続きで、ここではパレードのある 5th Avenue に向かう途中に見かけた風景を中心に紹介。

写真1
パレードのある 5th Avenue は通行制限されていたので 6th Avenue ( 通称 Americas Avenue ) へ。この写真にあるように、途中のストリートはパレード待機場所になっていた。
写真2
国旗のマントでペアルック。
写真3
写真を撮っていたら、男の人の目線とあってしまった。Puerto Rican の典型的な顔立ち ( かな? )。
写真4
こちらはパレードを待機していたお姫様のような格好をしていた女性。
Manhattan で行われるパレードの多くは 5th Avenue を下から上に上がっていくものが多いが、この Puerto Rican Parade も同じパターンだった。最初 34th Street ( エンパイアステートビルディングのあたり ) から 5th Avenue をあがっていったのだが、だんだんと Puerto Rican が周りで増えてきた。42st Street のあたりから通行制限されていて、5th Avenue をあがっていくことが出来ず、警官の誘導で 6th Avenue へ。そこからまた北上していくことになった。 その途中で撮った写真が上記のものだ。 写真3と4ではたまたま近くにいた Puerto Rican を撮っているのだが、実は肌の色も髪の毛の色もまちまちなのだ。もともと Puerto Rico はコロンブスが発見して以来スペインが統治し、その間 ( Puerto Rican によれば ) もともとの原住民は殺されたり、混血政策が進んで、native の Puerto Rican はいなくなってしまったという。確かに彼らの顔立ちは白人の血が入っていると思われる。その後、アメリカ自由連合州の一つになってからは、アメリカでの混血も進み、肌や髪の毛の色はますます多様化しているそうだ。
写真5
こんな小さな子供でも国旗を担いで、ぱたぱたと振っていた。アメリカで生まれたアメリカ人である前に、Puerto Rico 人という意識の方が強いのかもしれない。
写真6
パレードの写真。Puerto Rico の美女達。ミス「なになに」のようだが、「なになに」はなにを指しているのかはスペイン語だったのでよく分からない ( 汗 )。
写真7
お人形のように行儀良く。
写真8
この子も微笑みながらきちんと群集に手を振っていた。

6th Avenue からパレードの行われているはずの 5th Avenue に戻ろうとするが、ほとんどの street は警官立ち会いで封鎖されており、行けないようになっている。何ブロックか歩き、ちょうど紀伊国屋書店のあたりで street を歩くことができ 5th Avenue まで行くことが出来た。普段であれば、ここはロックフェラーセンターがあるし、紀伊国屋書店とその隣りには生和菓子屋 ( 吉兆 ) があるので観光や NY在住の日本人を多く見かけるのだが、この日だけは Puerto Rican のパワーに負けてしまっていた。途中の street はパレードに参加する山車やマーチの人たちの待機場所にもなっていた。

5th Avenue まで来てももうすでに何重にも人が並んでいて、背伸びをしないと何が来ているのか見えない。幸いあまり Puerto Rican は背が高くないのでデジカメを頭上に持ち上げて適当にパレードの写真を撮ったのが上のものだ。

またしても次につづく


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このページは、hiroが1999年6月19日 01:00に書いたブログ記事です。

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