プエルトリカンデーパレード3

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Puerto Rican Day Parade の紹介もこれで最終回。今回はパレードの様子に加えて、見学者達の様子を紹介。

写真1
うーんなにがテーマなのかよく分からなかったが、なんでもアルミニウムでできた橋がNYとPuerto Ricoを結ぶオブジェを引っ張っていた。なんか産業が関係あるのかな。
写真2
たぶん有名な女優か歌手。警察のすごい警備のもと山車が進んで行った。観客があっという間に集まってサインをねだっていた。大きくしてみると分かるけど、結構おばさん?
写真3
サルサや Ricky Martin ( 後述 ) の曲に合わせて踊る人たち。踊りはうまかった。
写真4
山車をひっぱるクルマでこんなのも。ワイパーをフロントガラスから話して、それぞれに小さな旗をつけ、ワイパーのスイッチをオン。

パレードの出演者は多彩で、まず多く目に付くのが前回も紹介した「ミス何々風」の女性がたくさん乗った山車。次に通常のパレードに見られるマーチバンド。ただし演奏しているのがラテン音楽だったりして、見ている人たちも歌ったり踊ったり。その他、芸能人らしき人たちがときどき出ていたようだ。そういう車の回りは警察官やボディガードがぴったりはりついて、すぐにわかる。写真2の女性のときもものすごい歓声があがったが、僕には誰だか??
それからどうやら Puerto Rico から各市長やら町長が来ていたそうで、そんなときは車から降りて、テレビのインタビューなんかに答えていた。写真3の子供たちの踊りも、みんなうまかった。サルサの音楽や今アメリカのヒットチャートで1位になっている Ricky Martin の歌「Livin' La Vida Loca」にあわせて踊っていた。Puerto Rican の有名人と言われてもぴんとこないのだが、この Ricky Martin が Puerto Rico 出身らしい。日本ではスクーターのコマーシャルに出ていたそうだが。あと郷ひろみがこの歌、「Livin' La Vida Loca」のカバーをCDシングルで出すとかなんとか。

写真5
パレードの一つに音楽の演奏も。彼らもラテンミュージックを演奏しながらのパレード。高校生かな。
写真6
ここから見学者のひとこま。バス停にせみのようにしがみついて見ている。
写真7
5th Avenue は歩道をパレードを見るところと通路とに分割。そのバーの上によじ登ってみている Puerto Rican の女の子。
写真8
この人がかぶっている帽子もなんだかよく見かけた。
写真9
親子で見物。バーに登っている子供がかぶっている帽子もよく見かける。頭にフィットさせるタイプ。まるで水泳のときにかぶる帽子のようだが、後ろにひらひらと布がついているのだ。
写真10
5th Avenue を埋め尽くす Puerto Rican 達。

パレードは午前中から始まり、この様子は NBC だったか ABC を通じて生放送で放映されたようだ。もちろん Puerto Rico にも同時中継され ( 実は New York と時差は無い。厳密に言うとこの時期一緒だが、New York の夏時間が終わると1時間の時差が生じる。Puerto Rico は常夏なので夏時間冬時間なんてないからなのだ ) たようだ。僕は正味3時間ほど見ていたのだが、このあと友達と用事があり、早々と切り上げたのだが、パレードはこのあともまだまだ続いていた。

アメリカは移民の国だし、New York は特に人種がいろいろ混ざっていてそれがまた New York の面白さなんだが、おそらく単一の国のパレードとしてはこの Puerto Rican Parade が一番大きいのではないだろうか ( 今までにフィリピンとかポーランドなどのを見たり聞いたりしたが、これほどの規模ではなかった )。今 Puerto Rico はアメリカの51番目の州になるかどうかで Puerto Rico 国内でも意見が真っ二つになっているそうだ。最新の調査では40%が賛成していて、あとは反対か無関心らしい。
現在は独自の政府を持ち、公用語もスペイン語だが、旅行したことのある人の話ではヨーロッパの昔の雰囲気と今のアメリカの文化 ( きっとマクドナルドとかバーガーキング、最新のアメリカ映画やテレビ番組など ) が入り交じっているらしい。アメリカの51番目の州になるということは、無税の制度を捨て、公用語を英語にするなどの代償を払わなくてはならないに違いない。現在でも Puerto Rican はアメリカ市民権を取得することができるのだが、これもいつまで続くかわからないようなので、アメリカ合衆国の一員になることの Puerto Rico にとってのメリットはそこにあるのかもしれない。アメリカにとっての Puerto Rico は観光とおそらくは軍事拠点だろう。かつてキューバがアメリカの脅威だったころは文字どおり拠点だったが、今ではその要因は薄らいでいるかもしれない。それでも本土への攻撃の前線としてあるかないかは大きく異なる。同じことはハワイや、グアム、それに日本も当てはまるんじゃないかな。日本も歴史が歴史だったらアメリカの52番目の州になっていたかもしれない。
日本と Puerto Rico・・・あまり結び付けるものはないが、Puerto Rico でももちろん日本車、日本製電化製品は大人気だそうだ。だれでももちろん日産、トヨタ、ホンダ、ソニーは知っているし、それが日本製だと言うことも知っているのだが、日本の文化や日本人となると関係が薄いかもしれない。同じく日本も Puerto Rico とは関係が薄い。観光に行くには遠いし。ただ彼ら ( Puerto Rican に限らず他の南米の人たち ) が今でもオルケスタ・デ・ラ・ルスを知っていて、これが日本人だと言うことも知っている。なんだか嬉しい感じ。 ( ちなみにラテンのリズムと音楽、サルサやサンバは聞いたり、見ていて楽しくなる。あれはやっぱり子供のときから生まれながらにして身に付けたものなんだなぁと今回つくづくそう思った。)

話があらぬ方向に飛んでしまったが、いずれにせよ、日本の国旗を今までで一度も振ったことが無い僕としては、これだけ自分の国の国旗に誇りを持っていられるのは多少うらやましくはある。日本人・・・といえば、日本で生まれた日本人と決まっているが、アメリカでは出生地主義を取っているので、たとえば見た目は日本人なんだけど、アメリカで生まれたアメリカ人、ということも決して珍しくない。Puerto Rican だって黒人から白人にちかい肌の人までいろいろいるが、逆に人種が一つでないだけに、アイデンティとして、自国に誇りを持っているのかもしれない。

これまで南米というとなんとなくひとくくり見てしまっていたが、Mexico に行ったり、こうやって Puerto Rico の祭りを見たりしていくうちに、なんとなく興味が出てきた。ドロンズのような旅行はやだけど、アメリカにいる間にいろいろと周ってみようと思い始めた。まずは Puerto Rico に行ってこようかな。

ほかに紹介できなかった写真は以下の通り。
この日は暑い上に湿気もかなりあり、見るほうも疲れてしまう。ジュースも飛ぶように売れていた。
Puerto Rico の国旗カラーゆえか、パレードはとても にぎやかな雰囲気だ。
僕もバーによじ登って写真を 一枚。

これでやっとおしまい

2004/1追記
上の「紹介できなかった写真は以下の通り」の箇所だが、写真を置いていたサイトが消滅したので現在は見られません。

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このページは、hiroが1999年6月21日 01:13に書いたブログ記事です。

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