クリスマス、所変われば・・・

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前回の更新は予想外の出来事で、本来はこちらを載せるつもりだった。アパートの方は2ヶ月の延長をするのでその間になんとか部屋は見つかることだろう。引越しに関してのトピックは番外編として各更新時に後半の部で紹介の予定 ( 今回第一弾。 そこでのテーブルタグの使い方はイリノイに住む友人のかずおさんのホームページの HTML を参考にさせてもらいました。かずおさん見てますか? )

Pennsylvania に行ったときに友人が近所の造園屋に連れていってくれた。綺麗なクリスマスの飾り付けが評判なのか、わざわざ車で乗り付けて見に来る人が絶えない。

日本から遅れること10数時間、ここ New York でも今年のクリスマスが終わり、あとは2000年を迎えるだけとなった。僕もクリスマスの休暇が終わり、新年までは通常出勤だ。
前回ちらっと書いたように、今年のクリスマスの1週間前に Pennsylvania まで友人に会いに行ってきた。僕の住んでいる Long Island からは Long Island Expressway という高速道路で Manhattan に入り、Holland Tunnel を通って New Jersey 州に。New Jersey Turn Pyke という高速道路を通り、途中 Pennsylvania Turn Pyke 高速道路に乗り換え、友人の住む小さな街へちょっとしたドライブ旅行だった。
この友人の住む町に行ったのは今回が初めてではなく、今年の夏、独立記念日にもやはり車を運転して遊びに行った。このときはすき焼きをしたのだが、今回はしゃぶしゃぶをということになり、やはり僕が Flushing ( Queens区 ) のチャイナタウンのオリエンタルスーパーマーケットでしゃぶしゃぶ用の薄切り牛肉としゃぶしゃぶのたれ、ごまだれとトウバンジャンをそれぞれ購入。ついでに買い物途中に生鮮食料品売り場で見つけた日本と同じ梨 ( つまり洋梨でない方 ) を見つけ、韓国産だったが購入。
この日は友人の yamajun さんも参加したいと言うことで、Mahnattan から Flushing まで地下鉄で来てもらい、チャイナタウンで昼食を食べ、買い物を手伝ってもらったのだった。
そのあと一路、Pennsylvania ・・・とは行かず、Manhattan に入ったはいいが、今度は Manhattan から New Jersey に抜けるトンネル Holland Tunnel で渋滞につかまり、全然動かず。おまけに後ろを運転していたおばさんに僕の車の後ろをこすられるはでイライラは最高潮に。幸い車に付いた傷は対したこと無かったので ( この辺がもうアメリカ的あきらめ )、そのままトンネルに入っていった。なんとか New Jersey 側に出ると、そこは途端にガソリンが安くなっているので、Pennsylvania に行く前に給油。さらに近く ( Jersey City ) に住んでいる友人の所に立ち寄って、以前貸していたドリームキャストを受け取る ( 先に立ち寄った Flushing のゲームソフト屋で ROM 交換すれば日米両方のソフトが遊べるようになる、と聞いて改造しようと思っている )。この友人もクリスマスと正月は両親のいる Miami で過ごすとのことなのでドリームキャストで遊ぶこともないとのことだったのだ。
このときすでに5時を回っていた。ここから友人の住んでいる所までは1時間半ほどかかるので、夕食の時間ちょうどに着きそうだ。
あとは平坦な有料道路、New Jersey Turn Pyke と Penn Turn Pyke を通り、夏に遊びに来た時に覚えていた景色を頼りに、友人のアパートになんとか到着。
このあたりは一軒家が多く、どの家も庭の植木や建物にクリスマスイルミネーションを点けている。中には庭にトナカイやサンタの光る人形などを配置して、冬のクリスマスの夜を飾っている。
友達と言えば・・・まあ日本人だからそんな習慣があるわけでもなく、夏に来たときと変わらずいつものとおり。
この日のメンバーは他に元同期のともこさんもいて、仕事の話や各自が運営しているwebページのこと、英語の苦労話で花が咲き、しゃぶしゃぶを食べているうちに気が付くと朝の5時。あわてて解散して、女性陣はともこさんのアパートに移動。僕は友人の部屋で就寝。
翌日は友達が Philadelphia に連れて行ってくれたおかげで、前回見ることが出来なかった美術館も周れた。
なんだかクリスマスパーティと言うよりは忘年会と言った雰囲気だったが、やはり外国で日本人で日本語だけで話す時間というのも心地よいひとときだった。

フランというカリブ海、中南米のスパニッシュ文化圏で食されるデザート。これは11月にPuerto Ricoに行ったときに友達のお母さんが作ったもの。

アメリカで純和風なクリスマスパーティ、いや忘年会をしていた一方で思い出したのが、Puerto Rico のクリスマス。
先月末に Puerto Rico に行ったときのこと。
僕の旅行記ホームページで Puerto Rico については紹介中だが、この国 ( 正確には島 ) はスペイン統治時代の文化とアメリカの現代の文化が融合しながら独自の文化を持つ島で、もちろん Thanksgiving Day も祝うし、バプテストやカソリックの多いこの島ではクリスマスも大きな行事なのだ。
僕が Puerto Rico に着いた日が Thanksgiving Day だったので、その翌日から、アメリカ同様あちこちにクリスマスの飾り付けが始まっていた。それらの多くはやはりどこでも見られるようなツリーなのだが、常夏の島では生木では維持が難しいようで、たいていフェイクツリーだそうだ。またクリスマスツリーに雪を示すようなものが無いのも Puerto Rico らしい。クリスマスといってもオーストラリア同様、雪と無縁の真夏に迎えるからなのだろう。
食事の習慣はアメリカ同様チキンやターキーの他、地元独特の料理が並ぶ。代表的な料理の一つとしては豚の丸焼き ( そういえば昔イギリスで小さな町の祭りで見かけた ) で、各家の庭で時間をかけてじっくり焼くそうだ。
また Pasteles という料理もクリスマスのみのものらしい。Plantain という巨大な緑色したバナナを材料とし、マッシュドポテトのようにすりつぶし、中には豚挽肉などを入れ、葉っぱに巻き、それを蒸すのだそうだ。

今回写真を紹介しているのは Flan というデザートで、Puerto Rico のみならず南米の国々においても代表的なデザートの一つではないかと思う。
見た目が似ているように、日本で言うところのプリンに味も似ている。ただし種類がいろいろあって、バニラフラン、ココナッツフラン、チーズフランなどがあり、どれもプリンと比べると味に重量感があり、たくさんの食事をした後ではちょっと食べるのがつらいかもしれない。なかでもチーズフランはどっしりと胃に来るので、食べるのは腹八分目のときでないと美味しいと感じる以前に、しつこい、と感じてしまうことだろう。僕は個人的にバニラフランが好きだけど。
このフランもクリスマスなど特別な時にデザートとして家々で焼くそうだ。

また郊外で続く習慣として、クリスマスの日にはバンドがやってきてクリスマスソングを演奏して歌ってくれるのだそうだ。何曲か歌うと隣りの家に行き、そこでまた何曲か披露するそうだ。家々では飲み物や食べ物でそのバンドの人たちをもてなすのが習慣だとか。
音楽と言えば、一度車の中で、FMラジオでかかっていた陽気な曲を指して友人が、「この歌は Puerto Rico のクリスマスソングだ」と言った。このとき車内にはもう一人日本人の人がいたんだけど、つい日本語で「この陽気なラテンの音楽はどう聴いていもクリスマスソングらしくないよね」と笑って話してしまったほど。

今年は見ることは出来なかったけど、いつかこんな陽気な Puerto Rico のクリスマスを見てみたい。

引越し顛末記

・・・前回からの続き。
アパートを見に行った翌日の朝、出勤前にアパート敷地内にある管理事務所に立ち寄る。この日がアパートの滞在延長手続きの締め切り日ということで、ペナルティを支払わなければ自動的に退去の意思を表明してたことになり、何がなんでも月末に出なくては行けないとのことで、とりあえず2ヶ月分のペナルティの小切手を切ってきた ( 23日 )。
その後仕事から戻って New York Times web サイト の classified ( 3行広告のようなもの ) の Real Estate 欄でよさそうな物件を見つけ電話する。web サイトに掲載されていた番号は pager の番号で、僕の携帯電話の番号を残すとほどなく電話がかかってきた。不動産屋のいうことには、「現在部屋の内部を改装中なのと、クリスマス休暇なのでクリスマス後になら見せられる」。
早速26日日曜日に見たいというと、「じゃその日はアパートの部屋の鍵を開けておくから、自由に行って見て下さい。アパートに着いたら部屋番号4Cに住む super ( 管理人 ) の呼び鈴を鳴らして、建物に入れてもらって下さい」と言われる。
他にもこの週末にいくつかの物件を見たい思い、web サイトに載っている不動産屋に電話し留守電にメッセージを残しておく。


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このページは、hiroが1999年12月28日 22:17に書いたブログ記事です。

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