2000年1月アーカイブ

引越し

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引越し顛末記

・・・前回からの続き。
Lila のオフィスに戻るまでの車の中ではもう昔の彼氏の話題は出ること無く、簡単にこの周辺地区の説明をしてくれた。駐車慈雨に付いて質問すると、このアパート自身には駐車場はないのだが、同じオーナーが全く同じ間取りのアパートを同じブロックに建築中でこのアパートの1F部分が駐車場になるので、これらが使用可能だとのこと。アパート自体の完成はまではまだ数ヶ月かかるけれども、駐車場部分は2月から利用可能になるのだそうだ。ただしこの駐車場はインドアガレージ ( つまり車の中からリモコンでドアの開閉をするタイプ ) で料金は相場より少し高めになるだろうとのことだった。
その他もう一つ、部屋を決める上で重要な要因は、ランドリーだ。先に見たアパート ( 前に紹介したときは4階建てと書いたが3階の間違いだった ) は、おそらく6室しかないにもかかわらず、広くて清潔な地下室にコイン式の洗濯機と乾燥機があって住人はそれが利用できるのだが、後者のアパートにはランドリーの設備が無い。日本では各室ランドリーを持つのがほぼ当たり前だが、ここ New York エリアでは「アパート」にはランドリーを共有するか、外のコインランドリーを利用するのが一般的のようだ ( もちろん高級コンドには各室ランドリーが完備されているところもあるし、アパートやコーポによっては New York でも洗濯機が付いているところがある )。念のため尋ねてみたのだが、どちらのアパートも自室にランドリーを設置してはいけない、ということになっているそうだ。
いろいろな条件を踏まえて、Lila のオフィスに着いたときにはほぼ先に Lila が見せてくれたアパートの方を借りようと気持ちが固まりつつあった。
オフィスに戻ってすぐに「今すぐ決めなくてもいいから、明日ぐらいには返事くれるかしら」と聞かれ、「最初に見た部屋を借りたいんだけど、僕より先に見て、借りたいと言った別の日本人の返答次第では借りられなくなる?」と答えると、「その人も信用調査に必要な書類とかを持って来なかったと聞いているから、今日、明日はまだ大丈夫よ。」と Lila が言う。念のため彼女はその場で Landlord ( 大家 ) に電話してくれて、またもやギリシア語で「例の日本人が借りたいって言っている」みたいなことを伝えていた。受話器を置いた後で、「明日でいいから、最近一ヶ月分の給与の明細、去年支払った税金の証明書のコピー、それから今住んでいるアパートの管理会社か大家さんから家賃支払い履歴を貰って、それらをここに FAX できる?」と言われ、とりいえず$20を信用調査費用として請求される ( そういえば日本から来て、今のアパートを探しているときもやはり信用調査として$20を取られた )。どうやら Social Security Number から個人情報を有料で開示するデータバンクがあるようだ。とりあえず今日出来ることはここまでらしい。Landlord が Lila に語ったところでは、現在住んでいる人 ( 日本人 ) のリース契約は1999年12月31日で切れるのだが ( 僕と同じだ )、諸般の事情で「延長したい」と言ってきたのだそうだ ( これも同じ )。とりあえず1/15まで延長したい、とのことだが、さらに延長の申し出が無いとも限らず、その場合は入居が2/1になるが構わないか?と Landload が逆に心配していたのだ。どうやらこの辺がクリアにならないこともあって、先に見に行った時にどうも借りて欲しいというように見えなかったのだ。僕としては今のアパートを2月いっぱいまで借りなくてはいけないので、1月中に入居しないで済むなら余計な出費も押さえられ、一向に構わないのだったが。

そして翌日、会社に出勤するとほどなく Lila から電話があって、昨日とはちょっと口調が違って「急いで昨日話した書類をFAXしてくれない?」と言うので慌てて現在住んでいるアパートの管理会社に電話して、僕のこれまでの家賃支払い状況についてのレターを Lila のオフィスにFAXしてくれるように依頼。当初電話で依頼したのだが、郵送かFAXでないと受け付けない、しかも1日2日日数がかかる、というので、依頼状を急いで作成し、管理会社にFAX。レターは直接 Lila のオフィスにFAXしてくれるように一筆書き添えておいた。それ以外のものは手元持ってきていたので、すぐさま彼女のオフィスにFAX。
これらを行ったのが朝一番だったのでそのあとは仕事に戻り、昼過ぎになってLila に確認の電話をかけた。家賃支払い状況の FAX は今日中にはそちらに届かないということを伝えるためだった。ところが朝あれほど急いでいた Lila が「もういいわ、Landlord がさっきオフィスに寄って、私が取り寄せたあなたのクレジットヒストリーを見て、満足だって。あなたの住んでいるアパートからのレターは急がないわ。それから Landlord があの部屋の現在の住人に退去日を確認して1/29ということになったって。だから2/1からは入居できるとわよ。それで Landlord があなたの気が変わらないうちに、家賃1ヶ月分のデポジットが欲しいって言っているんだけど今日か明日、ここに来れる?」
どうやらこの部屋が借りられそうだと言うことで、翌日会社の近くの CITIBANK に行ったのが5時ちょっと過ぎ。Bank Check を作ってもらおうと行ったのだが、ちょうど窓口業務をクローズしたところで、仕方なくキャッシャを引き出してキャッシュのまま持っていくことに。CITIBANK の場合、ATM での1日の引き出し限度額が$1000なのでこの日はぎりぎりだった。 Lila の事務所で1ヶ月分家賃を払うと、「契約に必要な書類が整ったら連絡するから、そうしたら残りのお金をそのときに払ってくれ」ということでこの日はこれでおしまい。でも宿無しになるかも、という当面の危機は回避できた。

・・・ということで、今回は「引越し顛末記」を冒頭に持ってきた。長々と書き綴った話も、どうにか現在に追いついた。ここから先は近況とこれからのことになる。

この間の土曜日、残りのお金 ( 2ヶ月分のデポジットとブローカーフィーとして1ヶ月分の家賃 ) を小切手で支払い、アパートのリース契約を結んできた。この日は Broker ( 不動産屋 ) のオフィスで Landlord も交えての契約ということで約束の時間があったのだが、途中の渋滞で遅刻になった。遅れて着いた上に Landlord ( この日は奥さんと子供が来ていた ) に急ぎの用事があるということで、リース契約書にきちんと目を通さずにとりあえずサインをして、それから小切手をその場で切って手渡した。契約書の内容をきちんと読んでからでないとサインはすべきではないが、この日は僕が遅れたという負い目と、不動産屋が契約書の重要な点を口頭で説明してくれたので、詳しく見ずにサインすることとなった ( もちろん後で熟読したが )。このとき Landlord が一言だけ確認してきたのは「ペットは禁止だけど・・・」という部分だけだった。
5分で必要な手続きが済むと、Landlord の彼女の子供はオフィスを去って 、次に不動産手数料分の小切手を Lila に書いて手渡して、これで契約成立。そして後は鍵をこの土日に受け取りに行くだけとなった。
今住んでいるアパートも2月いっぱいの契約が残っているので、1日で引越しを終わらせる必要がなく、先にいってバルサン炊いたり、掃除をする余裕もあるし、自分の車で PC 関係のものは運べそうだ。

今、部屋の中はぐちゃぐちゃになっている。あちこちにダンボールの箱が口を開けて置かれていて、夜中に電気を点けずに歩くとつまづいてしまう。日本での引越しでも同じだが、銀行や郵便局、クレジットカードなどの住所変更などの他、ケーブルテレビは会社が変わるし、電気・ガスなども会社が変わるのでこれらの準備を今後行わなくては行けない。まだ引っ越し業者に依頼の電話をしていないのだが、来週 PC を片づけてなければ、引越し準備編をアップロードしようと思っている。

今回は前からの続き、ナイアガラについてなのだ。

文中の Table Rock Cafe から見たカナダ滝。
滝を背に、宿泊したMarriottホテルの様子。右どなりにあるのはMinolta Tower。左の建物はSheratonホテル。

Niagara の街のダウンタウン ( というのかな ) を車で通りぬけると、アメリカでもおなじみのレストランの看板が目に付く。その中の一つで適当に食べてもよかったのだが、この日のメンバーの1人が「そういえば出発前に読んできたガイドブックに Table Rock Cafe の紹介があったんだけど、そこから滝が目の前に見渡せるらしいんですよ」という一言でそれを探しに行くことに。
今回が3度目、という友人に聞いてもそれがどこにあるかわからないということで、とりあえず滝の側まで行ってみようと言うことに。すると何のことはない、滝の目の前にあるツーリストインフォメーションオフィス兼、滝の裏側への見学コースの入り口がある建物 ( その付近には建物はそれしかない )、の2Fが Table Rock Cafe だった。近くの公営駐車場に車を停め ( $4 Canada Dollar )、レストランまで歩いていく。レストランの下には他に大きなお土産屋もあり、季節外れとはいえ多くの人が来ていた。階段を登ってレストランに行くと・・・おお!確かに目の前にあの「ナイアガラの滝」が大写しになっている。僕らがレストランに入ったのが午後の3:30過ぎということもあって、店内はがらがら。もちろん窓際の良い席に案内してくれた。どうせ夕食も改めて食べるだろう、ということで各自軽目の食事を取ったのだが、このあと結局遅くまで腹がなかなかすかなかったのは言うまでもない。
レストランを出てからは直接滝の側まで行き、写真を撮りまくり、暗くなった頃やっとホテルでも取ろうということになった。つい最近も来たという友人の薦めで Marriott に宿を取ることに。ツインの部屋が CD$199。US$だと1人$70弱くらいだろうか。部屋は4Fだったが、ホテル自体が滝を上から見下ろすようにして建っているので、部屋の窓から一望できる。これまで友達や物の本からアメリカ滝とカナダ滝がある、というのは聞き知っていたがやっぱり見てみないとどんな風に違うのか、どれだけ離れているのか実感できなかったが、ホテルからはそのどちらもが良く見てとれた。余談だが Marriott Hotel の目の前にはあの大橋巨泉の OK ギフトショップなるものがあったが、ちらっと外から見た限りではほとんど客は入ってなかったぞ。まあこの時期日本人もそんなにやってこないものなのかもしれないが。
ホテルにチェックインしたときにはすっかり陽も落ちていたので、部屋の照明を消すと滝のライトアップが始まり、なかなか迫力のある景色が見られた。
30分ほど部屋でのんびりした後で、夜間の寒さに備えて着替えをして、皆で出かける。食事と夜のライトアップの滝を見るのだ。

Skylon Towerから見たカナダ滝。数分毎に滝にあてられるスポットライトの色が変わる。
こちらもSkyron Towerから。アメリカ滝。

滝を上から見るのに適したタワーは二つあって一つはホテルのすぐ近くの Minolta Tower。そしてもう一つはもう少しはなれたところに有る、Skylon Tower。もちろんどちらも展望フロアへは有料だが、Skyton Towerの方がタワーとしての高さがあるのでそちらに行こうと思い、念のためホテルの Concierge に「展望フロアは外に出れるのか?」と聞いてみると「冬なので出られないと思う。ガラスの内側から見ることになると思う」と言われ、がっかりしながらも車で移動。チケット売り場で展望台へのチケットを購入し、BUGと呼ばれるエレベータに乗りこみ、一気に最上階へ。
Skylon Tower には展望フロアの他にレストランがあり、客席はゆっくりと回転するしくみになっている ( つまりどの席に座ってもいずれは滝が見られる )。僕はまだ小腹すら空いていないということで、展望台のみ登り、写真を撮ってきたのだった。
滝の照明は滝の下からライトアップされるのではなく、離れたところから強力なライトが照射されているのだった。これが数分後とにいろいろな色に変わり、全部見ていようと思うと小一時間ほどかかる。
ホテルでは「外に出れないと思う」と言われた展望台だが、そんなことはなく、金網の張ってある外に出れるようになっていた。ところが地上ですでに極寒なのに、タワーの上はさらに風が吹きすさび、5分もいれば体が凍り付いてしまいそうになる。ちょっと写真を撮るとすぐに建物の中にはいって体とデジカメを暖め ( 極度に温度が低いとバッテリーが動作しなくなる )、また外に出かけて写真を撮る・・・なんてことを何回も繰り返していた。
たまたまそこで「日本人の方ですか、すみませんが写真を撮ってもらえませんか」と話し掛けてきた女の子が、そのとき一緒だった同行者の1人の知り合いということで ( 偶然 )、この後5人で食事に。遅くまで旅行の話や、アメリカでの生活の話に花が咲き、気が付くともう夜も遅くなっていた。この後カジノによって1時間ほど時間をつぶし、ホテルに戻って泥のように眠った。
翌朝、やはり雪まじりのどんよりした天気だったが、今度はカナダと米国を結ぶ橋を歩いて渡り、国境を行ったりきたり。そもそもホテルはカナダ側だったので、カナダ側の国境手前でクルマを停めて橋を渡り始める。この橋を歩いて渡るには50セント ( USでもカナダコインでも同額 ) 払うのだが、橋を渡り始めてすぐデジカメを車の中に忘れてきたことに気が付いた。友達には待っていてもらい、僕だけ車に戻ることにしたのだが、もちろんそこでカナダ側に一度入国しなくてはいけない。橋の入国管理オフィスはとても小さくて、プレハブ小屋の中に1人だけおじさんがいた。「カナダには何しに来たのか?」その・・・カメラを忘れたので取りに行くだけなんですが。「どれだけ滞在するのか?」カメラを取ったらまた橋を渡りたいので数分で戻ってきます、というと笑いながら「じゃ行っていいよ」と簡単に通してくれた。で車からカメラを取り出して、また50セントを払い、友人達と合流。橋の上で十分に写真を撮った後、カナダ側に停めてある車に戻ろうと、またカナダ入国管理オフィスへ。また同じように「滞在期間と目的は」なんてあのおっさんが聞いてきたが、今回は「車の乗ってアメリカに戻ります」と告げるとやはり簡単に通してくれた。で車に乗り込み、カナダを出国してアメリカに再入国。たった一泊二日の旅行の間に3回もカナダに出入国したことになった。
New York へは来た時と同じルートで戻った。雪が降った後だったが、融雪剤が撒かれていたので、凍結することなく時速80マイルのスピードで帰ってきた。帰りもほとんど友達が運転してくれたので、僕が運転したのはだいぶ New York に近づいたところから。
こうして東京から岩手を超えるような距離を往復するドライブを一泊二日で敢行したのだが、行きと帰りに運転した2人にとっては「中距離旅行」だとか。僕にとっては十分長距離でした。

Niagara Falls の写真はもう少し撮ってあるので、いずれ「旅行MODO記」の方でミニ旅行記として載せたいと思っている。

引越し顛末記

・・・前回からの続き。
ベッドルームのフロアもリビングルームと同じ材質もので、やはり今までに見たことのないものだ。色はオレンジがかった乳白色といったところか。僕が床に気を取られているの察してか、Lila が説明を始めた。「実はね、このアパートは床暖房がインストールされているのよ。」
このあたりのアパートは建てられてから何十年も経つものばかりで、暖房に限らず建物の内外の装飾やキッチン、バスルームなどはとても古いつくりなのだ。確かに比較的新しいものでも、床暖房が入っているなんて聞いたことはなく、僕がアパート探しをしていてこれが初めてだ。
暖房について少し書いておくと、New York 州では暖房の提供は大家の義務になっていて、秋から春までの一定期間は暖房を供給しなくてはいけないことになっている。そのためどんなに古い建物でも暖房だけはしっかり備え付けられていて、その多くはいまだにスチーム式だ。あちこちの部屋にスチームを通すパイプがはりめぐされ、それ自身、暖かい ( 場合によっては暑い ) パイプが空気を暖めるのだ。スチーム式とは言ってもこれまたいろいろあって、部屋の片隅にきしめんを何重にも折り曲げたような暖房器具 ( オイルヒーターなどを思い浮かべてもらうと手っ取り早い ) が置かれていることがある。これはパイプのバルブの開け閉めで圧力をコントロールして、室内の温度を調整するのだ。ただこのタイプの場合、「ブシューーーーー」と暖房器具自体がうるさいことに加えて、定期的にパイプの中を通る蒸気の騒音がと 「カンカンカンカンカン」なったりして、これが気になると言う人も多い ( 僕はとても気になる。多分眠れない )。今住んでいるアパートの暖房は、各部屋の壁に5cmほどの薄型の暖房器具が備え付けられていて、その排気口からぽわーと暖かい空気が立ち上ってくるのだ。これはまったくの無音で暖房が入っているのかどうか手をかざしてみないとわからない。おそらく地下室にボイラーがあってそこから暖かい蒸気か空気を送り出しているのではないかと思うのだが。今のところ、個人的にはこれが一番静かで室内の空気もきれいだろうし、気に入っている。
それからもちろんホテルなんかにで使われているセントラルヒーティングタイプの暖房もあるが、静かなのはいいとしてもとても空気が乾燥するので加湿器でも使わないとすぐに喉が痛くなる。
ということで床暖房のアパートをNew Yorkで見たのはこれが始めてだが、床暖房にかかる費用は個人払いになるらしい。この部屋は床暖房の他、僕が一番気に入っているタイプの静かで暖かい空気がぽわーんと登ってくるシステムも備えられていたので、うまく使い分ければそれほど料金が高くつくことはないだろう。
その他気が付いたのはインターホンで、日本のマンションでは決して珍しくない、モニター付きインターホン、繰り返しになるが古いアパートが多い New York ではあまり見かけることはない。一部の高級高層コンドなどでは付いているがこのような小さなアパートに付いているのは珍しい。これまた日本人からのリクエストかな?などと疑ってしまった。
この部屋は先に見た部屋よりも$200高いのだが、先の部屋より閑静なところにあり ( 防犯上からもよし? )、部屋も広く、新しいのだが、真ん中の階と言うことで上の人の足音が気になる可能性がある。それを Lila に聞いてみると、「このアパートには6室しかなくて、各フロアに1BR ( 1ベッドルーム -- 寝室が一つとリビング・ダイニングが一つ ) と2BRの部屋しかないんだけど、この真上はすでに借り主が決まっているのよ。空いていればそちらを取ってもらえたと思うけど。この建物は新しくて床暖房も備えられているから床の厚さが普通のアパートより厚いし、しかも上の住人も日本人だからおそらくそういうトラブルは起きないと思うわ。上の人は一人暮らしの日本人の人で、自分が入居するときに私に『下の階には静かな人が入るようお願いできますか』と頼んだくらいなの。それでいくら部屋が空いていても、全員の人に見せているわけじゃないのよ。」と言う。
下に住むだろう人のことまで注文するくらいだから、静かに過ごすだろう、と言うことらしい。

一通り部屋を見せてもらったあと、扉を施錠し、このアパートを後にして Lila のオフィスに戻った。オフィスに戻るまでの車の中で Lila がいろいろ話し掛けてきたが、その一方で今日見た部屋のどちらかで決めてしまおうと決心したのだった。


さて引越し顛末記でも書いているように、実はそろそろ引っ越し準備を始めなければならないのだ。ホームページを作る時間はそれなりにあるのだが、そのネタ写真を撮りに行く時間が取れないかもしれない。ということで引っ越しが落ち着くまで更新間隔があくことになりそうだ。

この間の週末、生まれて初めて Niagara Falls を実際に見てきたのだ。普通 New York の観光コースにには含まれているものらしいが、なぜかこれまで縁がなかったのだ。
この間のライオンキングといい、今回の Niagara といい、真冬にも関わらずちょっと観光づいている、今日このごろなのだ。

途中トイレ休憩でよったサービスエリア。このあたりまで来ると雪が積もっていた。
このサービスエリアの中には観光案内所があり、カウンターには「お1人様1個、ニューヨーク産のりんごをどうぞ」と書いてあった。

僕もにわかには信じられなかったが、この Niagara Falles は New York 州にあるのだ。それなのに観光で来た時にも、住み始めてからも一度も行ったことが無く、毎夏機会を逃していた。
ところが昨年末、友達と忘年会を行った席で1人が「冬のナイアガラって凍っていてきれいなんですよねぇ。行きたいなぁ」と言い出したのをきっかけに「僕もまだ行ったこと無い」と話すと、それじゃあ行こうってなことにトントン拍子に計画が決まったのだった。
そして1月の中旬のとある週末、4人で Niagara までドライブしてきたのだった。
友人のうち2人は Pennsylvania から車を運転してきて、うちに朝の5:00頃着くというので、4:30AM に起きてインターネットしながら来るのを待っていた。小1時間ほど遅れて彼らがやってくると、今度は僕が運転してもう1人の友人をピックアップしに Manhattan へ。4人揃ったところで、また運転手が変わって、僕は後ろの席に。結局 Niagara に着くまでこの友人が1人で運転してくれることになったのだが・・・
Manhattan から Niagara までは車で7~8時間ほどかかる。友人の1人がおにぎりを作ってきてくれたので、途中食事休憩を取ったものの、給油するときにトイレ休憩を兼ねるなどしてなるべく早く着くようしたのだった ( 上の写真は途中一度寄ったサービスエリアでの様子。サービスエリアの中に観光案内センターのようなものがあって、New York 産というリンゴを1人1個配っていた )。
実は要所要所の高速道路の乗り換えのときは寝てたり起きていたりしたので、どのような経路で行ったのか正確には思い出せないのだが、Manhattan から New Jersey 州に入り、続いて Pennsylvania 州、そしてまた New York 州に入る、といったルートだった。そしてこの New York 州のはずれは Niagara Falls になっていて、そこからは向こうはカナダなのだ。( New York が国境に接しているとは、実は最近まで知らなかった )

途中の高速道路はほとんどが制限速度が時速65マイル ( 100km/hちょっと ) になっていたが、友人が時速80マイル ( 140km/h弱 ) を維持して運転したので、6時間ちょっとで Niagara に着いた。

車で通過するカナダ側の入国管理事務所。料金所みたいだ。
僕ら日本人はカナダ入国ビザを持っていないので、上の写真にあるゲートをくぐった後、このイミグレーションオフィスへ行き、ビザを貰う。

Niagara エリアに着くと同行の友人たっての希望で US 側の Hard Rock Cafe でお買い物。各店舗ごとのオリジナルデザインのTシャツを集めているのだそうだ。その後はすぐに Canada に入国。とはいっても US 側から Canada 側まで車で移動し、最初のゲートでは日本人パスポートを見せるだけ。何の目的で、どのくらいの期間滞在するのかなど簡単な質問があって、係員から「ゲートの外のオフィスに行ってください」とだけ言われる。行ってみた所は写真にあるようなプレハブの建物。これがイミグレーションか!?と思うような簡素な建物だった。中に入り、やはり同様な二、三質問を受け、ビザスタンプを押してくれる。

Canada に入って最初に行った所・・・僕らはホテルの手配もしないまま、まずは腹ごしらえに出発したのだ。


そうそう、前回紹介したライオンキングの話だが、一緒に行った友人が写真を撮っていたので、劇場内の様子など興味がある人はこちらもぜひ見に訪れてください。



引越し顛末記

・・・前回からの続き。
なんでインターネットが?「ただインターネットにのめり込んでいるだけだったらいいんだけど、チャットのはまっていて知らない女のリストがたくさんのを発見したの。」え、でもチャットくらいならいいんじゃないの?実際に会って何かあったわけじゃないんでしょ?「本人はそう言っているけど、あやしいものだわ。それにね中には10代の女の子の名前もあったの。もしなにかあったら犯罪よ。」「だから私、彼のパスワードを勝手に変えちゃったんだけど、なぜか見つけ出してまた同じことやっていたからもう許さなかったの」それでその後謝ってこなかった?「来たけど、いつものことだから今回は許さなかったのよ。携帯電話の番号も変えたんだけど、9年もつきあってきたでしょ、だから勤め先も家族も知っているから、ね。私の携帯電話の番号はきっと妹に聞いたのよ。」
なんてことを話しているうちに「着いたわ」と言って車を道路に停めて、車から出るや否や近くから1人の男性が近づいてきて、挨拶してきた。玄関の鍵と部屋の鍵を開けておいたから、勝手に見てきていいよ、とのことだった。
Lila の話ではこのアパートはまだ完成したばかりで、入居者も全員決まっているわけではないらしい。建物自体は3階建てで、外観は黄色を基調にした煉瓦だかタイルを使用していた。やはり最初の入り口を開けると次にインターホンで住人が解錠してくれないと入れないしくみになっている。
入ってすぐの階段を上るとその目の前の部屋の扉が開いていた。最初に Lila が入り、続いて僕が入る。小さな建物なので大人数が利用することはないが、それでも階段の目の前なので玄関のあたりでは扉の外の音が入ってくるかもしれない。
部屋の中は確かに出来上がったばかりと見えてまだにおいも新しい。壁と天井はクリーム色で、床はフローリングでもカーペットでもなく、セラミックか何かで出来ているタイルのような材質だ。そんなわけで最初に目に入ったのが床だったのだ。玄関のすぐ左はバスルームで、Lila が「このパスルームのタイルなどは大理石なのよ」と説明してくれた。
玄関から見て右側にはそのままリビングルームが広がっていて、さきほどみた部屋より1.5倍ほど広い。バスルームと同じ側、つまり左手にはキッチンがあって、小さな部屋のような形状で、リビングからはキッチンの細々とした物が見えにくいようになっている。備え付けられている物は大体一緒で冷蔵庫、ガスのコンロ ( 新しい建物だと電気の所が多いが僕はガスがいい )、それに大きなシンク。それほど料理をするわけではないのでこのあたりはあまりこだわらない。リビングが広いのはそこにテーブルを置いて自分でダイニングスペースを作るためだろう。リビングルームの奥には窓があり、先に見た部屋よりも広いバルコニーがここにもついている。部屋の中からコントロールする証明のスイッチが部屋の中にあったが、これまた僕はあまり使いそうにないな・・・などと思ったりしていた ( 東京にいたときの部屋にも付いていた )。寝室はリビングルームの横にあり、そこには天井までのクローゼットが備え付けられている。ベッドルーム時代も広めの設計になっていた。

つい最近、ミュージカル「ライオンキング」を見てきた。
実は New York に住み始めてから初めて見たミュージカルだったりする・・・・。


ライオンキングを見た直後の劇場出口付近。奥に見えるのは Times Square。

「New York に住んでいる」と話すと、決まった答えの一つに「いいですね、ミュージカルが好きなときに見られて」というのが返ってくる。ご存知の通り、TImes Square は世界に名だたる劇場街で週末ともなるとミュージカルを見に来る人たちが大勢闊歩している。またリムジンなどの横付けも珍しい風景ではない。
旅行で何度か以前に来たことのある New York だが、かくいう僕もそのときは確かにいくつかミュージカルを見た。その中にはすでに公演が終わってしまっているものも少なくなく、「42nd Street」「Chorus Line」などどんなストーリーや踊りだったかも記憶がおぼろげにしか残っていない。その他有名と言われるものは時間のある限り見てやろう、という意気込みだった。

ところがひとたび住み始めてからは全く行かなくなってしまったのだ。観光で来ているときは時間とお金があるからかな、とも思ったがこっちに住んで働いているにしたって週末はあるわけで、やはり単に lazy になってしまっただけだろう。
ということでどんなミュージカルが今「旬」で、どれが面白そうなのか、などと言った情報にはすっかり遠ざかっていたのだが、よく周りの人が話すので「Rent」「ライオンキング」が何ヶ月も前に予約しないと見ることが出来ないということだけは知っていた。

正直なところ「住んでいればいつでも見られる」と思っていたのも事実だ。けれども概してこういう時は見ないまま公演が終わってしまう物だ。
友達が連絡してきたのは、公演日の3日前。友達が去年の3月に買ったとかいうチケットで、一緒に行く予定だった相方が行かないことになってしまったため、余っていると言うことだった。なんでも3月にチケット売り場で購入したときには「土日で買える一番早い日」と指定したのが、それが翌年の1月、つまり今回のチケットになったとか。
メールを貰ったときは、それほどライオンキングが見たい、とも思わず、どちらかというと「そんなに人気があるものなら・・・」という興味本位な気持ちで「見に行く」という返信をしたのだった。

で約束の土曜日、ほぼ開場時刻ちょうどにシアターに着いた。場所はまさに Times Square の真ん中で42nd Street、Broadway の角だ。ライオンキングを公演する劇場の隣りには Disney Store が夜遅くまで営業しているというゴールデンコンビ。劇場に入るとホールはエレベータホールになっている。友人の取ったチケットは Balcony 席と書いてあり、エレベータの乗り口にも Balcony 席行きと書いてある。アメリカではあまり見ることのない、エレベータ嬢がいて、僕らをそのフロアに連れていってくれた。途中もう一つ階があり、Balcony 席は 3F ( 最上階 ) となっていた。

中に入るとまるでスキー場で一番上に行ったような感覚 ( つまり実際にはそれほどではないものの、垂直に感じたりする ) で、階段を一つ転べば Balcony 席の一番下まで落ちてしまいそうで、さらにその勢いで10メートル以上したの階に落ちてしまいそうなほど、急な座席配置だった。そもそもそのくらい急でないと前の人の頭が邪魔で見ることが出来ないのだろう。ほとんどの人たちはもう着席していて、係りの人が僕らのチケットを見て先導してくれた。案内してくれたのは、Balcony 席の一番前で、僕らの前には手すりがあるだけでその下は2F席となっている。ただし座席はとても狭くて、というよりは前後の余裕が全く無く、窮屈な姿勢を強いられた。174cmの身長の僕でこれだから、もっと背の高いアメリカ人にはこれはとても辛いに違いない ( 案の定、幕間ではみんな建ちあがり屈伸運動をしていた )。
しばらくして照明が落ち、「携帯電話、ページャーの電源をお切り下さい」「カメラ、ビデオカメラなどのいかなるレコーダーの使用を禁止しています」などのアナウンスが入り、そして物語は始まっていった。

話の内容は割愛するが、思っていたよりもずっと出来が良くてこれなら確かに人気があるのも頷けた。話の進め方、照明、ステージの使い方、音楽、最新設備の舞台セット、そしてなによりも人間が演じる動物や植物の動きが不自然でないのには驚かされる。
気になったのはライオンのシンバが子ライオンのときは、本当に子供が演じるのだが平日のマチネーなどは学校に行かないでブロードウェイに立っているのだろうか!?
チケットの予約は直接窓口でも購入できるが日本からだとそういうわけには行かない。ticketmaster に電話するかインターネットで予約することが出来るのでそちらがお勧めだ。ticketmaster のホームページはこちら。海外からでもクレジットカードによる支払が可能で、チケットは劇場の窓口で当日手渡してもらえるそうだ。

引越し顛末記

・・・前回からの続き。
車に乗り込むと Lila が
「今見たアパートのオーナーも日本人に借りてもらいたいらしいのよ」と言う。
「最近このエリアに日本人が多いと聞いたけど、確かに郵便受けに日本人らしき名前があったよ」と僕が言うと、
Lila が笑いながら「今うちのオフィスが管理しているアパートは64個あるんだけど、そのうちの4つを除けばすべて日本人が住んでいるのよ」と言う。
「へぇー」と驚いた返事をすると「次に見に行くアパートも実は日本人に見てもらいたいとオーナーが言っているのよ」と説明してくれた。こちらは新築のピルなので、入居するとなるとその部屋の第一号入居者になるのだそうだ。

次のそのアパートは不動産オフィスのある地下鉄駅から2つとなりで、車での移動は10分弱。
その途中の信号待ちをしているときにLila が「クリスマスはどうだった?」と聞いてきた。友達のところでクリスマスパーティーがあった、みたいなことを話すと、ちょうどその時彼女の携帯電話が鳴って、何か一言二言ギリシア語で話して、電話を切った。その後「信じられない、きっと教えたのは妹だわ」などと1人で憤慨している。「ん?」と思っていると、彼女の方から「私は今年1人でクリスマスを迎えたわ」となんだか意味深な告白のような会話が始まった。
ふむふむと思って相づちを打っていると
「信じられる?9年もつきあったのに、今年彼と別れたの。だから9年ぶりに1人でクリスマスを迎えたの」。
なんでまたクリスマス前に?
「別れたのは6ヶ月も前で、もちろん彼の方がやり直そうって言ってきたけど、今回は頑として許さなかった。自宅の電話番号も携帯電話の番号も変えたのに、なぜか彼が調べて電話してきたのよ。妹にきっと聞いたんだわ。あれほど教えるな、って言っておいたのに」。
え、なんで9年もつきあったのに別れたの?と突っ込むと
「今までもいろいろあったのよ。昔はギャンブルにはまったこともあって・・・。で今度はインターネット・・・」
え?インターネット!?
続く・・・

今回、引越し顛末記を先に書き始めたのだが、その分そちらに時間とスペースを取られたので本文は短めになった。

前回のストロベリーフィールドにあったベンチにはこんな風に一つずつ異なるプレートが。

来月は引っ越しをする予定なのでなんやかんやと物入りになりそうで、それに備えてこのところの週末も意識的してかしないでかあまり金を使わずに過ごしている。加えて昨年11月から12月にかけて旅行した Puerto Rico でのホテル滞在費を含む Discover クレジットカードの請求が今月来たので、ここしばらくは財布の中は軽いままだろう。
今回紹介している写真も正月に行った Central Park のもので、前回紹介したストロベリーフィールドの周りに置かれているペンチの一部を撮ったものだ。日本でも神社には「金〇〇万円也」といった寄附金額と名前が石に彫られていたりするが、それと似たようなものかもしれない。ここにベンチを寄附した人の名前とメッセージが書き込まれているようだ。このプレートでは「1948-1993」と書かれているが、45歳で亡くなった人なのかもしれない ( 生きている人のだったら「1948 - 」なっていそうなものだ )。メッセージには「私の作品を探すなら、あたりを見渡すといい」と書かれているのだが、これはもしかしてストロベリーフィールドのことだろうか?

訪れたことのある人はご存知のように Central Park はほぼ長方形の形をしただだっぴろい公園で、東西縦断であれば Avenue いくつか分を歩くだけなのでそれほど距離があるわけではないのだが、僕もまだ距離の長い南北を踏破したことがない。
春になってもう少し暖かくなったら Central Park の春の様子を紹介しようと思う。




引越し顛末記

・・・前回からの続き。
さて自分の車を運転して次のエリアまで移動。先ほどの不動産屋の店から5分ほど走ってすぐに着いた。
次に訪れた不動産屋は昨年の11月にも一度行ったことのあるところで、そのときには一件だけ紹介してもらっていた。その後、アパートのリース契約を2年で結んでいると思い込み、入居時に払った2ヶ月分のセキュリティが戻ってこないのはもったいない、とアパート探しを中断していたのだ。ところがこんな状況になったので、以前訪れたこの不動産屋にも電話を入れておいた。
オフィスの中に入ると、中には経営者と思われる人の個室が奥に一つあり、それ以外には事務机が3つほど。 3つのうちの1つの机に、以前にも世話になったギリシア人女性の Lila がいて、僕がオフィスに入ったときはちょうど電話で誰かと話し終わった所だった。型通りの挨拶をして、早速部屋探しの話をする。「以前紹介したときはあまり焦っていなかったみたいだから、こちらもあまり急かして他の部屋を見せなかったんだけど、今回は急いでいる?」と聞かれ、あまり焦っていることを見透かされるのもなんだったので「いい物件があれば今すぐにでも入るけど、そうでなければ2月入居の予定」と答えておいた。あらかじめ電話しておいたのでどうやら2件ほど見せてくれる様子。どちらも自信満々に「きっと気に入るわよ。特に日本人なら」などと意味ありげに言う。最初に$1000のもの、つぎに$1200の方を見せてくれることになった。
オフィスを出る前におそらくオーナーなり管理人だと思うが電話をそれぞれ入れ、今から見に行くと言うようなことを話していた ( ギリシア語ではなしているのでよく分からないが、ときおり日本人などと言っているのは聞こえた )
2人でオフィスを出て、彼女の車で移動。最初の物件へは車の載っている時間はわずか1~2分だった。ただ気が付いたときにはアパートの前を通りすぎてしまったらしいのと、道路に駐車スペースが見当たらずもう一度そのブロックを周ることになった ( こりゃあ駐車場は必要だなぁとこの時思う )。なんとか駐車スペースを見つけ、アパートの前まで歩くと、道路の反対側から男性が1人近づいてきた。Lila とこの男性は英語とギリシア語で挨拶をすると僕を紹介してくれ ( この男性の名前は忘れた・・・がいずれ世話になることもありそうだ。というのも・・・後述 )、とある小さな建物に案内してくれた。表の扉をあけ、次に鍵を使って次のドアを開け、建物の中に。郵便受けの名前をちらっと見ると日本人らしき名前がちらほら。
建物自体は小さく1フロアに2つのドアしかないということは、各階2世帯ということか。建物自体は3階建てて案内してくれたのは3階だった。エレベータは無く、階段で登ったがとりあえず階上の足音が響くことが無いと言うことでこれはとりあえず○。
つづいてこの男性が呼び鈴を鳴らして誰も出てこないことを確認して、合鍵を使って案内してくれた。こちらに来てアパート探しをしていて気づいたのは退去する前に不動産屋やアパートの管理会社たちは次の入居希望者を募って、在・不在を問わず部屋を見せてしまうことがあるのだ。おそらく僕の部屋もまもなく誰かを招きいれてしまいそうなので、今のうちにカーペットなどを巻いておこかねば土足で入られる、とこの時思い出させられた。
中に入るとやはりまだ住人が出ていっていないようで、通常の生活に必要な荷物がそのままにある。まるで知らない人の家に勝手に入り込んでいるようで、居心地が悪い。ぱっと見るとスリッパがおいてあってもしかしてここは日本人が住んでいるのか、と聞くと、そうだ、という。なんでもこの次はとなりの New Jersey 州に引越しするとかで、もともとは12/31までに退去の予定だったから1/15まで滞在を延長したいと言ってきたそうだ ( 僕と似ている )。そのためその人が再度滞在の延長をするかもしれず、退去の意思を確認しないと入居可能な日を伝えられない、と不動産屋とこのアパートを管理している男性は説明してくれた。
部屋の作りはいたって日本のマンションの様で、ニューヨークにある古いアパートのタイプとはまったく違っていた。思っていたより清潔で綺麗なのでちょっと感動。ただ窓からは地下鉄が見え ( 地下鉄はここでは高架になっている ) のでその騒音が気になるかもしれないと地下鉄が来るまで待ってみたが、窓を閉めている状態ではほとんどその音も聞こえず、これも許容範囲 ( 東京に住んでいたときも地下鉄が高架レールを走っている駅のすぐそばに住んでいたが、この時は17Fだったのでほとんど気にならなかった )。
一通り・・・と言っても赤の他人がまだ住んでいる部屋なのであちこち開けて見ることはためらわれたが、とりあえず部屋の作りや環境などを確認したので、この部屋を気に入ったことを伝え、アパートを出る。外で3人で立ち話をしていると、今朝も日本人男性が1人、この部屋を見に来て気に入ったらしく「借りたい」と言っていったそうだ。それなら、その人の返事次第では借りられないのか?と聞くと、その人も僕と同じくクレジットを証明するために必要な書類などを持ってきていないから、それより先に手続きをすれば大丈夫だとその男性は言う。その後の手続きなどについては、僕を含めて何人か日本人が見に来たということで空き室になる期間も無いであろうということからか、それほど「借りてほしい」というような態度ではなく、どちらかというとのんびりとしていたのが印象的だった。

アパートの前でこの男性とは別れて、Lila の運転する車で次の目的地に向かった。

僕らコンピュータの業界にいれば resolution と言えばモニターの解像度の用語として一般的だが、この言葉、実はこの時期あちこちで耳にすることが出来る。

前回紹介できなかったセントラルパーク、ストロベリーフィールドの写真。正面の白い服を着ている人は足が浮いているように見えるけど、実際にはローラーブレードを履いているからなのだ。

New Year's Resolution という言葉を初めて聞いたのは確か English Class だったと思うが、最初に聞いたときはなんのことやら意味が分からなかった。説明されて初めてそれが日本で言うところの新年の誓いだと知った。
日本でも「毎朝ジョギングをする」「日記をつける」「禁煙する」なんてのがよくあるタイプだと思うが、正月のテレビを見ていると結構「新年の誓いは?」なんてフレーズを耳にすることが出来、やはり回答の多くは「禁煙」というのが多いようだ。
さすがに初夢の習慣は無いようで、僕自身もどんな夢を見たのかもはや思い出せない。せめて New Year's Resolution くらいは、と考えてみたがとりあえずはおととしから続けている workout を今年もなるべく欠かさず毎日行おうと思っている。

ほぼ2年、日本に帰っていないので近況を伝えるメールの中に、この間 Puerto Rico で撮った写真を何人かの友達に送ったところ、「隣りにいるのは兄弟ですか?」( 一体僕は何人だ ) とか「顔の輪郭がくっきりとして・・・」 ( 以前は顔の輪郭が無かったのか!) など喜んでいいのか、悲しむべきなのか分からないコメントが返ってきて、どうやら運動と食事による効果は出ているようだ。
日本にいてさえ、いろいろな体型の人がいるが、ここ New York にはたくさんの人種がいることもあって、その人種の違いも加わって、日本以上にびっくりするような体型の持ち主を見かけることがある。もちろん体型によって差別してはいけないのだが、それでも日本では見かけない程太った人を見ると、ちょっと夢想が入って「飛行機は乗れるのかな」とか「どんな食事をしているのかな」「トイレやお風呂は?」などと想像してしまったりする。
その一方で New York は他の州や都市と比べても body conscious ( 略してボディコンというと日本語ではちょっと意味が変わってしまうようだが・・・) な人が多いのも事実だと思う。Manhattan を歩いていると意外に多いと気づくのが gym だろう。たいていはビルの2F以上に入っているので、ショッピングをしていると気が付かないかもしれないが、ビルの2F以上を見ていると見つかるはずだ。たとえば NYSC ( New York Sports Clubs ) という大手の gym チェーンが New York にはあるが、Manhattan にどれだけあるか見てみると・・・ こんなにあるのだ。もちろんこれ以外にも大手の gym はあちこちにあるし、個々の gym もあるし、またたいてい大きなコンドミニアムのビルには gym や プールが完備されているのだ。こうしてみると誰もが体を鍛えることに病的なほどかもしれない。
そういう僕もアメリカに来て、体重が増えたことをきっかけに毎日 gym に行くようになり ( 会社の中にあるから時間と金の節約ができて一石二鳥ということもあるが )、多少病的かもしれないが。

もう少し近くまで行って接写。招き猫や鶴の折り紙も置かれている。

前回紹介できなかった写真を今回載せているので本文とはまったく脈絡ありません・・・。





引越し顛末記

sunnyside.jpg

・・・前回からの続き。
ほんとに物件が無いのか、それともまだ信用されてないから見せたくないのか、「今日紹介できるのは一つだけ」という。しかも人が出たばかりで、室内は改装中のため散らかっていると言う。それでもよければ見せられるが・・・と言われて、せっかく来たのだからと見せてもらうことにした。
オフィスには僕以外、客がいなかったので、オフィスの扉を閉めると鍵をかけ、不動産屋の車で現地に移動した ( 車は HONDA Accord で新車だった。儲かってんだなぁ )。このアパートビルディングは、不動産屋のある地下鉄駅から1駅隣りに位置し、駅からは徒歩数分で行けそうな距離だった。近くにはな5Fや6F建てでくらいで、外壁が煉瓦で出来ている古いタイプのアパートが建ち並んでいる。割と大きな通りに車を停めると不動産はせかせかと早足でとあるアパートビルディングに入っていく。僕も慌てて後を付いて行き、アパートの中に入るとやはり外観のイメージと違わず、内装からもだいぶ古い建物であることが分かる。おそらく50年は経っているんじゃないだろうか。1Fロビーの真ん中に階段があり、これを登って5Fまで行く。扉の数から判断すると、各フロアに6室ずつある感じだ最上階に着くとそのうちの一つの部屋の鍵を開け、不動産屋がまず先に中に入り、続いて僕が入った。
玄関から見て右側にキッチン、真っ正面には扉があり扉を開けるとバスルーム、左側にはリビングルームがあり、そのリビングルームのさらに奥にはベッドルームがあるという配置になっていた。
あらかじめ「改装中」と言われてなければ、入ったときに驚いていたことだろう。古い上にかなりあちこちが汚れている。ここに直前まで人が住んでいたと言うのが信じられないくらいだ。不動産屋によると床を張り替え、壁も天井も塗り直し、キッチンとトイレもすべて renovate するというのだが、これがどれだけきれいに生まれ変わるのか、ちょっと不安が残った。たとえそうだとしても renovation が終わった後でないと判断は難しいだろう。またリビングルームから見える景色はすぐ隣りのアパートの窓で、景色を期待してはいないけど、これではちょっとプライバシーも心配だ。
良い点としては最上階であるので上の人の足音に悩まされることもないし、防犯面でも1Fよりは安心できる。それからキッチンも独立した小部屋でそれなりのスペースはあった。
部屋を見た後で不動産屋がしきりと「いい部屋だろう、内装はきれいにするから心配ない」「今日決められなくてもとりあえず手付金を$200払ってくれれば内装工事が完了するまで取っておくよ。気に入らなければ手付金は返すから」と言ってきたのだがそこまでして取っておきたい部屋でもなかったので、「うん・・・まあ・・・いい部屋だけど・・・」みたいな態度を示して、「今日は他にも見に行く予定だし、誰か別の人が気に入ったようなら取られてもかまわない」と答えた。
その後来た時と同じように不動産屋の車に乗せてもらって、もと来た場所に送ってもらう。帰りの車の中で「次ぎはどこを見に行くんだ?」と聞かれたので「となりの Astoria。」と答えると、「次の不動産屋は見せる物件の値段を言っていたか?」と来るので「確か一つは$1000でもう一つは$1200だったかな?」と答えると、先ほどまでの態度から変わって「その値段まで払えるのか」とか「今払っている家賃は?」などと露骨に聞いてきた。その上で「その$1200はいい部屋かもしれないが、そこまで払わなくてもいい部屋はある。今日は連れて行けないが、週末に見られる物件が一つあるから、週末来れないか?」と積極的な態度になった。最後には「その部屋がたとえ良くても、今週末のこの部屋を見るまではOKを出しちゃだめだ」とも言ってきた。
これはその高い物件から入る手数料から行っているのではなく、僕が経済的にセキュアーかどうかの判断をしたから態度が変わったのだろう。とりあえずその不動産屋からは名刺を貰って、次の不動産屋へ。

※写真は不動産屋のあるエリアの写真。Queens の多くのアパートはこんな感じの古いタイプ。


他の New Year's Resolution としては・・・そうだ、ここ ( New York Watch ) を含めてそれぞれのホームページの更新を今年も続けていく、といったことぐらいだろうか。

あけましておめでとうございます。

この日はそれほど寒くなかったが、池は凍り付いている。
セントラルパークの中からアイススケートリンクの様子を撮ったもの。ちょっと幻想的。

さて今年の正月も特にこれをしようという目的を持ってなかったため、ただの3連休として普段通りの週末だった。日本にいるのと違って年賀状が元旦にどさっと来るわけじゃないし、クリスマスカードを送っていない人から年賀 AIRMAIL が来たところで昨年のクリスマスカードはもう使えないので、少し遅くなってからの seasoning greeting card を送れば良いので、毎年正月に慌てて年賀状の返事を書いていたことに比べると静かなものだ。

元旦の日の朝は普通に起きたものの、前夜は Times Square のカウントダウンには行けなかったので、翌日の様子でも見に行こうと昼過ぎにクルマを運転して、Manhattan へ行ってみることにした。カウントダウンの当日と違って、高速道路も空いていたし、Manhattan でも駐車は楽勝だった。
僕の数少ない NY での日本人の友達の1人にクルマの中から電話すると、「今から日本食スーパーでお節の材料を買ってきて、雑煮を作るので来ませんか」というありがたいお言葉。二つ返事で行くことを約束して、その前に Times Square の写真を撮りに出かけた。ただこの日撮った写真は後述の理由でここに載せてない。
そのあと自分のクルマを Times Square に来たときに停めてきた場所におきざりにして ( 近くの道路が混雑していてすぐに出られそうに無かったため )、地下鉄で Midtown に住む友達のアパートに邪魔する。
なんでも近くの日本食料品でだいたいの物が揃ったと見えて、くりきんとんやかまぼこ、伊達巻、数の子などがテーブルを飾っている。極め付けは鳥ガラでダシをとった雑煮が出てきた ( いやぁニューヨークでお餅入り雑煮を食べるとは思っても無かったので嬉しい )。
この日は日本人4人でささやかな新年会となった。いゃあニューヨークでもやろうと思えばお節料理が食べられるもんなんだなぁ。


この日持って行ったデジタルカメラは富士フィルムのFinePix2700Zという機種でソフトバンクさんからお借りしている物だ。なんでも近いうちに発行されるデジタルカメラエクスプレスと言う雑誌に ( もしかしたら ) 僕の撮ったニューヨークの日常生活を中心とした写真が紹介されるかもしれないのだ ( わー、パチパチ。カメラもそういう理由で貸してくれているのだ )。ということでこの日撮った写真はここに載せられないので、翌日1/2に自分のデジカメで撮った写真をここで紹介している。
1/2に行って撮ったのは午後のセントラルパーク様子。この日も割と暖かく、コートは要らないくらいだった。それでも池の表面はすっかり凍り付いている。
途中、公園の中を散歩していると人だかりのしている所があった。ちょうどこの1週間前くらいにも同じメンバーであるジョージ・ハリスンが刺されたこともあって、ジョン・レノンゆかりのストロベリー・フィールドは花などが寄せられ、人々が思い思いに集まっているのだった。地面に置かれたものを見てみると中には招き猫や折り紙で作られた鶴なども置いてある ( その写真は次回紹介の予定 )。


ということで今年の正月はつつがなくお節を食べて、そのあとはデジカメを持ち歩いてあちこちの写真を撮っていた。こうやって普段は見過ごすようなことでもデジカメで写真を撮ってやろう、と思いながら散歩してみると、結構新鮮に見えていいものだ。
セントラルパークでは普段見かけるようなジョギングやローラーブレードをしている人たちがいて、正月3が日といえども ( そういうのは日本人だけだが ) 、もうすでに公園の中は普段の日曜日の顔をしていた。「正月」と騒ぐのはどうやら日本人だけのようだ。


引越し顛末記

・・・前回からの続き。
12/27(月)はクリスマスが25日土曜日だったために振替休日となっていたので、この日も朝からアパート探しを始めた。
まずは先日電話して訪問を予約しておいた、Queens の Sunnyside というエリアの不動産屋だ。約束した時間にその場所に行ってみると、煉瓦造りのアパートビルディングの1Fにテナントとして入っていて、中に入るにはアパートの共同入り口で呼び鈴を鳴らして中から扉のロックを開けてもらわないと入れないようになっていた。けれども呼び鈴を鳴らせど誰も出てこない。持っていた携帯電話から電話しても誰も出ないのでとりあえずメッセージを残し、停めてあった車の中で待つことにした。
持って行った雑誌を読むなどして15分ほど時間をつぶした後、再度電話をしてみると今度は人が出た。すぐにオフィスに向かうから、と伝えて歩いてオフィスに向かう。
先ほどは呼び鈴を鳴らすと中から眼鏡をかけた小柄で少し色黒の男が一人出てきた。案内されてオフィスに入ると、そこはまさにアパートをオフィスに改造しただけのところで、事務用の机が2つと待ち合いのための椅子が何脚か置かれているだけだった。案内してくれたこの男性が不動産屋であることを自己紹介し、近くにある椅子を指し示してすわって待っている間、「これにサインしてくれ」と一枚の用紙とペンを渡された。先客として Korean の若い女性が事務机の前にこの不動産屋と対峙するように座り、もう一人の年配のヒスパニック系の婦人が僕と同じように待ち合い席に座っていた。Korean の女性は今日見たアパートが気に入ったようでその場で手付金を払っているところで、不足分を遅れてオフィスに入ってきた彼氏らしき人が支払っていた。その後鍵の受け渡しなどを話してすぐに彼らは出て行くと、不動産屋は僕とヒスパニックの女性に話し掛けて、書類の記入が終わったか尋ねてきた。この用紙には氏名、住所、電話番号などの一般的な内容から、ソーシャルセキュリティナンバー、勤務先、勤続年数、上司の名前、年間所得、所有しているクレジットカード、アカウントを持っている銀行名とその年数などクレジット履歴に関してはかなり詳しく記入するようになっていた。一通り書き終わったと思っていたら下の方に「裏面も記入」と書いてあることに気が付いて、不動産屋に「裏はこれからだ」と伝えると、先に来ていた女性の方は記入が終わっていたと見えて、不動産屋がその書類を見ながら口頭で質問を始めた。「アパートを契約することになれば、その手数料として年間家賃の16%を不動産手数料として徴収するがいいか?」 ( 16%? 家賃2ヶ月分に相当するじゃないか? どこに書いてある? あ、裏面にそんなことが書いてあるぞ ) と尋ねると、その女性は「いい部屋が見つかれば、16%でも2ヶ月分でもOK」と返答していた。次にどういった部屋を探しているのか、何人で住むのかを尋ねられると、「2人で住むので大きな Studio タイプか 1BR を探している」と答えていた。不動産屋が「ところあなたのクレジットは問題ないか? 去年の税金の支払いの stub ( 写しのようなもの ) はあるか」と尋ねられると、この女性、ちょっと落ち着かない感じで「アメリカに去年来たばかりだから、税金はまだ払っていない」と回答していた。それを聞くと不動産屋の態度も変わって「それだと部屋を貸すのは難しいも知れませんね。そういう条件で貸せる部屋があるかどうか探してみますので、明日来て下さい」と言ってこの女性を扉まで見送っていった。
彼女を送り出した後に、やはり僕の書いたアプリケーションを見ながら同じようなことを尋ねてきた。どんな部屋を探しているのかとかクレジットがどうだということだ。そう言えば今のアパートに入居するときもそんな質問をされたが、そのときは別段意識しなかったのだが、こうしてみるとアメリカにはクレジット履歴が悪い人が如何にたくさんいて、不動産屋もオーナーも借り手をとことんチェックするのが当たり前なのかもしれない。現に先の女性にはこの不動産屋がまじめに部屋探しをするとはどうも思えなかった。
この日僕が来ていた服もその辺のガキンチョが着るのと変わらないようなルーズな服だったので、どうやら胡散臭く思えたに違いない。とりあえず家賃上限より$100低く希望の金額を伝えた・・・

最後になりましたが、どうぞ今年もよろしくお願いします。

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