2003年2月アーカイブ

前回紹介したブリザードは週末に New York を襲ったが、このとき New York では新たなテロが起こる可能性も取りざたされていた。
Manhattan に通じる主な橋やトンネルにはいつにもまして警備が厳重になり、積み荷の検査で停められているトラックを何度も見かけた。
ただ雪のせいで外を歩く人も少なく、そのおかげでテロなど起きず静かな週末を送ることが出来た、とも言えるが・・・



週の初めごろ友達からメールがあり、「週末 Manhattan で Rally があるから参加しないか」と誘いを受けた。
Rally とは Walk Rally の事でいわば行進のようなものだ。
日本でももちろん見られるが、アメリカでは各地で、特に Manhattan ではよく行われる。パレードとは違って強いメッセージを持った人たちが市民への啓蒙活動を目的として行われる。またスポンサーが付くことも多く、その収益が主催団体における活動資金になることが多い。僕がこれまで見たことがある大きな Rally は女性の乳ガン Walk と AIDS Walk だ。が僕の意識はそこまでで、日本はもちろんアメリカでもそういった Walk Rally に参加したことは一度も無かった。
今回の Rally の目的はまさにアメリカがイラクに対して行おうとしている軍事活動に反対してのものだ。

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会場となった1st Avenueに行く途中にすでに行列が。これは実際には3rd Avenueの様子。その間には2nd Avenueもあるので参加者総数となるととてつもない数になりそうだ。EOS D60にて撮影

この Rally に参加すべきかどうか・・・実は少し悩んだ。Rally そのものに参加したことが無いのでどんなものなのか様子がわからない、というのはさして問題ではなかった。それよりも今回アメリカがイラクに対して起こそうしている戦争について、自分ははっきりした意見を持っているかということだった。
まず自分が正しい判断をしているかだが、これははっきり言って何が正しいとか悪だとか僕の中では簡単に決めることができない。もちろん戦争そのものは反対だが、単にアメリカがイラクの国民を代表して戦争を起こそうとしていることでないのは事実で、誰もが知っているようにオイルの利権や軍需産業保護などと言ったいろいろな思惑が絡んでいる。
面白いのはアメリカ国内の報道と日本や諸外国での報道とはあまりにもトーンが違いすぎていて、ふつーのアメリカ人でアメリカの新聞とテレビニュースしか見ていない人だったらこれ正義の戦争だと疑ってかからない人がいても不思議ではないと言うこと。現にアメリカの政策に異を唱えているフランスとドイツに対しては感情論が先走り、街頭インタビューでもフランスに好意を持たない人たちが意見を述べていた。日本でもアメリカのとある町でフレンチフライからフレンチを取り外した、という馬鹿げたレストランの話が紹介されたと思うが、ここまで行くとまさに差別への道を走っているとしか思えない。

それでも多民族、多文化国家だけあり、こういったニュースは単にアメリカ発信のものだけではなく、自分の background を通して、つまり中国系アメリカ人だとか、ヒスパニックだとか、ヨーロッパ系アメリカ人だといった部分から、アメリカで報道されていない事実や論調などを諸外国のソースから見たり聞いたりすることが出来、ある程度バランスの取れた判断をすることが出来る人たちがいるのが救いであると思う。

そもそもアメリカ人は今回の査察を当然と思っているが、アメリカには実際に核兵器や生物兵器のような大量殺戮兵器が存在していて、それをイラクが「全て見せろ、ホワイトハウスも査察の対象だ」と言ったらなんの抵抗もなく受入れることができるのだろうか?
それにたとえ相手が大量殺戮兵器を持っており指導者が狂人だとしても、向こうが戦争を起こす前にこちらが先にたたくのだと言う論理で、イラクより遙かに優れた大量殺戮兵器を持っている米国が戦争を起こしてもよいということの正当化はできない。もしそうなら第三国が「アメリカはまさに戦争を起こそうとしているのだから、我が国はその前に攻撃してもかまわないのだ」といったとしてもそれを認めなければならない。

こんな事は誰もがわかっていることで実際には理想だけでは済まないのも事実だ。経済的にアメリカに依存している国も多く、それはすなわち個人レベルでもアメリカの経済に左右される。特にアメリカに住んでいる僕らのような外国人にとっては、特に学生の身分だと「自分はアメリカ人じゃないから発言する資格もないんじゃないか」とか「もし警察に捕まったりしたら、政治活動に参加していたとしてビザの更新とか入国とか厳しくなるんじゃないか」などと心配する人も多いと思う。社会人だって税金は払っているものの選挙権もないので発言権は無いに等しく、また戦争による軍需景気が起こる業種の人などは一口に戦争反対とはいいにくいのもよくわかる。
正直なところ、もし自分が労働ビザしか持っていなくて永住権申請中だったら、大事を取って参加することに抵抗があったことだろう。こういった行進には警備にあたっている警察との衝突はありがちで、逮捕された場合はおそらくその後の永住権申請や市民権申請手続きに支障をきたすことは火を見るより明らかなのだ。実際夜のニュースでは逮捕者が出たことを報道していた。

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United We Standは911以降スローガンとなった言葉だ。その言葉が今回は戦争反対にまわって使われている。EOS D60にて撮影

・・・と参加するに際してはかなり計算高くなってしまったが、この日の行進は実は世界的規模で同時に行われることを聞き、それならば参加出来る場所で参加すればいいんじゃないか、と思えるようになった。そう思うとそれまでアメリカという国に対してためらっていた部分が気楽になる。これは反米行進ではなく、アメリカがイラクへ、そしてもしかしたらイラクが計画しているかもしれない他国への侵略への警告も含めた「戦争反対」がテーマなのだ。
それとテロの直接的な被害を受けた New York において、そこに住む者ですら報復攻撃は望んでいないこと、そしてそれを日本人として参加表明することにも意義があるんじゃないかと思い、友人の誘いを受けることにした。

2/15土曜日当日。

おりしも日本から New York に休暇を取って来ていたしょこちゃんとその友達Eさんがうちに泊まっていて、土曜日の朝はそのEさんの友人で現在 New York に住んでいるSさんも僕の住んでいる Astoria まで遊びに来、4人で一緒に朝食を食べに行こうということになっていた。
Manhattan から来てくれたSさんが到着したところで今日このあと Rally に行くつもりであることを伝えると、彼女たちも戦争反対の立場から、参加したいという。それならば、ということで昼の行進に間に合うようにと急いで身繕いをして早速朝食を食べに行く。
行ったのはいつものようにお気に入りカフェと僕が呼んでいる近所のカフェ。着くとちょうど店を開けたところだった。朝食メニューは11時から、ということらしい。そこでコーヒーとデザートなどを4人で注文し、これを簡単な朝食とした。
、 途中携帯に電話が入り、友人がもうすぐ迎えに行くというのでカフェを後にし、一旦うちに戻る。
程なくこの Rally を誘ってくれた友達Fが車でやってきた。がこの日はテロの警戒も厳重であちこち渋滞するだろう上に、Rally があるのは Queens Boro Bridge のそばなのでおそらく交通規制させるはずだ・・・ということで会場近くまで行ける地下鉄ラインの最寄り駅まで車で行き、そこからは地下鉄を利用して Manhattan にることに。

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日本からの参加者もいたようだ。EOS D60にて撮影

乗っていた地下鉄の車両にもプラカードを持っていた人はいたが、地下鉄から降りるとそこはまさに Rally に向かう人たちばかり。
地上に出たところは3rd Avenue で会場の1st Avenue までは大きなブロックを2つ東に移動しないといけない。がもうすでに3rd Avenue の半分は Rally に向かう人たちであふれていた。ここでこれだけの人出なら隣の2nd Aveuneu もすごいことになっていて、もはや1st Avenue なんか行けないかも、そう思えるほどの人出だった。
この時点で、僕と友人 F、それにしょこちゃん達、合計5人で一緒に会場にやってきたのだが、ここで友人 F の職場の仲間や、僕も二組の友人達と会うことになっていた。が、この日の人出は待ち合わせなんかとんでもないほどの人数が集まっているのだった。実際携帯電話も輻輳が発生し、つながりにくくなっている。あたりを見ると東方面に向かう各 street、つまり1st Avenue に行くための通りは全てバリケードが張られ多くの警察官が人を通らせないように警備を固めている。僕らは50th Street 近くに着き、会場は49th Street なのにも関わらず、警官は「どんどん北上しろ」というばかりで、どこから右折ができるかは教えてくれない。
上空にはたくさんのヘリコプターが飛んでいたが、あれは全てメディアなのだろう。途中何か所かでテレビ局の取材クルーも見かけた。

結局1st Avenue にたどり着けたのは68th Street まで北上してから。そこに行くまでに3rd Avenue はもちろん、2nd Avenue も行進の人たちであふれ、警察も交通整理ができないほどになっていた。車は行進する人たちのなかで立ち往生し、あちこちではクラクションの音が鳴り響き、一種殺伐とした雰囲気も漂っていた。
おそらくこの日の参加者人数は主催者の予想を大幅に超えていたのだろう。本来は49th Street から1st Avenue を行進が南下するプログラムだったのだが、そこまで行き着けた人たちは全体の参加者からすればほんのわずかったようだ。そのため2nd、3rd Avenue にいてどんどん49th Street から遠ざかるように北上させられた人たちは近くの警官に「どこから右折して1st Avenue に行けるんだ」と問いつめているシーンもあったが、本来は各 street の角に主催者側の人たちが立っていて無線などで情報をやりとりする必要があったのではないかと思う。
実際にはラジオ放送のある一定の周波数を通して主催者側から情報の更新が常に行われていたのだが、ラジオを持ってきている人はわずかだった。そのため各地で大きな混乱が起きていたようだ。

歩いている間はあちこちで大きなかけ声の波が起きた。それは英語のものもあれば、スペイン語のかけ声もあった。これらは大きなうねりになってビルの間だをこだましていった。

なんとか1st avenue に着いたが、そこから先には一歩も進めない。後から気が知ったのだが、ある一定の人数に達するとバリケードを設置し、そのブロックには入れないようにしてしまい、次のストリートから次のストリートまでの1st Avenue に人をバリケードで囲むようにして送り込んでいるのだった。僕らがいたのが68th street だったが、30分もするともう後ろのブロックには人があふれていた。

この日は主催者が用意したと思われる各国語のプラカードを始め、手製のプラカードを持ってきている人達も多く見かけた。身を切るような寒さの中、それぞれが自分のメッセージを伝えるために集まったこの意義を伝えようと、僕もあえて今回 New York Watch でとりあげることにした。アメリカでは政府が戦争にまさにつっこんで行こうとしているけれど、テロが起きたこの地、New York では戦争では解決しないことを知っている人が多いということを伝えなくてはいけない。このことをインターネットを通じて日本に伝えられるのも、たまたま住んでいる日本人だからこそ出来ることなのかもしれない。参加してみて思ったのは良きにつけ悪しきにつけ、アメリカでは戦争がとても身近に感じられること。そして日本も決して巻き込まれずにはいられないということ。

これを書いている今もまだ戦争へ突入するか回避するか、大きな駆け引きが行われている。でも戦争で失われる人の命はそんな駆け引きで決めていいことではないのは事実なのだ。個々で考えること、出来ること・・・なにかしなくてはというもどかしさは今も体でくすぶっている。

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ブリザード

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今週はネタには困らないほどいろいろあった一週間だった。その一方で New York Watch の更新に割く時間がないほどだった。掲示板に来てくれる桃太郎君のいとこ君 ( Smooth Ace のメンバーとして活躍されている ) との食事、しょこ・エミちゃん来NY に始まり、週末も大忙し。でもそんな予定を狂わしたのが週末の大雪だった。

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地下鉄高架下の道路。見てのとおりがらがら。僕のようにカメラを持って外出し写真を撮っている人も。さては New York Watch 他国語版を作っている人か!? EOS D60にて撮影

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消火栓もすっぽり雪の中。EOS D60にて撮影

天気予報で「雪」と言われてももうそれほどびっくりしなくなった今年。それほど雪は何度も降った。今回も大雪の予想が出ていたが、これが思った以上の規模だった。
日曜日、うちから車を出し友達と連れだって出かけた Manhattan は着いたときまだ静かに雪が降り始めたばかりだった。
この日大人数で映画を見るはずだったのだが、途中携帯電話に次々とキャンセルの電話が入り、結局行ったのは僕と一緒に車乗っていった友達のみ。少々の雪では動じない New York の人たちもさすがに今回の降りにはひいてしまったようだ。

見たい映画は今回 East Village にある劇場でこんなところに映画館があったのかと言うようなところだった ( 2nd Avenue と 2nd Street の角 )。予定より1時間近く早く着いてしまったので近所のイタリアンレストランでムール貝やラビオリなど軽いものを食べて時間をつぶすことにした。
食事を終えて映画館まで1ブロック歩くのは、この時点ではさほど苦になるほどの雪のつもり方では無かった。が一本目の映画を見終わって、映画館の外に出てみるとすっかり車は雪に覆われており、道路も車によって踏みしめられた雪が固まり、すっかり白色のアスファルトとなっている。予定では同じ映画館でもう一本違う映画を見る予定だったが、この雪で引き上げるべきか見るべきか迷っていたところ友人が映画館のロビーで別の友人に会ったことから、「じゃ続けて見ていこうか」ということになった。
この映画の開始時間が10:15PM、見終わったのはおよそ11:30PM過ぎだった。普段の日曜日なら翌日仕事の人も多いのでそれほどの人出はないのだが、月曜日は Presidents Day で学校や会社が休みというところが多い。それが普段の日曜日よりも人が少ないのはやはり雪のせいだろう。2本の映画を見終わって映画館を出る頃にはすっかり吹雪になっていた。
East Village から、Williamsberg Bridge を渡りそのまま Brooklyn Queens Expressway ( 通称 BQE ) を利用して Queens に住む友人を送り届けて帰宅したのだが、すでにあちこちで交通事故が発生していた。不思議なのはこれだけ雪が降るのにもかかわらず、皆タイヤは素のままなのだ。もちろんスパイクタイヤなどは粉じん公害から禁止されているのではないかと思うが、チェーンをつけて走行する車はまだ一度も見たことはない。
僕の車は一応4駆なので乗用車よりはある程度安心して走れるが、それでも油断は禁物。4駆ですら高速道路の壁にぶつかって止まっているのを見かけたくらいだ。

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うちのアパートの目の前に駐車していた車。すっかり雪に埋もれている。CANON G2にて撮影

そして Presidents Day の月曜日。僕の会社も休みだが、本来通勤する予定の人でもこの日は出かけられなかったのではないかと思う。バスやタクシーのみならず、この日は雪の影響を受けにくい地下鉄ですらサービス停止になっている路線があった。どれも Brooklyn や Queens のあたりで地上を走る地下鉄路線だが、雪が積もって走れないのだそうだ。この日はもともと Flushing にある Accountant Office に行って2002度の税金申告書類を作ってもらいに行く予定だったが、これでは車で行くのはほぼ無理。地下鉄も走る間隔が長くなっている。ということでこの日は雨天順延ならぬ雪天順延だ。

結局月曜日はほとんど一歩も外を出ず、夕方雪が小振りになったところで近くのスーパーにミルクや野菜などちょっとしたものを買い物するがてらデジタルカメラを持って出かけた。
今回紹介しているこれらの写真はすべてそのときに撮ったものだ。普段は多くの車が通りすぎる地下鉄高架下の道路もこんな感じで、ほとんど車が走っていない。
僕が借りている駐車場の目の前の通りもすっかり雪が積もっているのだが、除雪車が通った形跡はなくこのままでは通勤もできない。この時間まだ雪が降っているので雪かきをしている人も見かけない。雪がやめば車が通るドライブウェイだけでも除雪をするのだが・・・

結局火曜日の朝起きて外に出てみたがとてもじゃないが車が出せるような状態ではなかった。雪の中を歩くと膝はすっかり埋もれるほどの深さとなっており、僕の車でもとてもじゃないが雪を乗り越えて出かけられる高さではなかった。仕方なく上司にメールしてこの日は会社を休むことにし、朝から朝食も食べずに雪かきを開始。途中同じ敷地内に駐車している人や大家とその息子も出てきて、大人数で雪かき。2時間半後、やっと車が出られるようなスペースを作ることができた。やっとこれで水曜日から出勤できそうだ。
気がつくと手に豆ができ、普段はこれほど多く腰を使わないためか、腰のあたりが筋肉痛。今年積雪の回数は多いものの、雪かきをしないと出られないほどの雪はこれが初めてだった。テレビのニュースでも過去の積雪量と比較していて過去のベスト5にはいるかはいらないかの量だったらしい。
New York に雪はよくあうけれど、New Yorkに住む人たちにとって今年の雪はもうこりごりという人が多いようだ。今年はもう降らないで欲しい、というのが正直な気持ちだ。


近所で見かけた巨大な Snow Man。EOS D60にて撮影
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Museum of SEX

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これまで New York Watch は特にアクセスしてくれる人への年齢制限などはなかったが ( もちろんだ )、今回だけは内容が内容なので「18歳未満お断り」とあらかじめことわっておかねばならない。

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建物外観。とてもユニークなフードをかぶっている。G2にて撮影

New York には数多くの美術館・博物館があれど、なんと「性」を対象にした博物館がとうとう誕生したのだ。それも単に性全般を取り上げているのではなく、 New York の性をテーマにしているのが興味深い。これまた New York らしいテーマだ!?

あちこちで案内を見ていたので、関心はあったのだがそのうち行くだろうとたかをくくっていたら、なんと期間限定博物館らしい。期間限定展ならわかるが、期間限定博物館というのは聞いたことがない。ということで閉館してしまう前にと、友達を誘って早速行ってみた。

詳しい場所などは下に紹介した公式サイトを参照して欲しいのだが、5番街と27ストリートの角にその建物はある。地下鉄で行く場合は N、W、R、Q ラインで28th stret駅で降り、そこから1ブロックほど移動するだけだ。
大きな看板などは出ていないものの、そこに着けば「あ、あれだな」と思わせるような特異なデザインだ。写真で紹介しているようになんとなくまだ建設工事の真っ最中の様にも見える。期間限定博物館というから、もしかしたらその後の目的使用にあわせて実際に工事が進行しているのかもしれない。

入り口は5番街から27th Street を東側に歩いていったところにあり、ほとんど建物の一番奥といった風。
中に入ると左側にカウンターがあり、ここで入場料を払う。ちなみにここに行くなら2時までに入場するのが安く済ませるコツだ。通常$17 ( 高い! ) のところ2時前に入場すれば$5引きになる。学生は$14だが、2時前に入って$5引きになるかどうか書かれていなかったので、もしかしたら一般と同じ$12なのかもしれない。

入場料を払ったら、すぐ隣のカウンターでオーディオセットを借りよう。展示エリアの各コーナーで説明を聞くことができる。もちろん無料だ。それから入り口からそのままはいることも出来るが荷物やコートなどは奥にあるコートチェックに預けることも出来る。鞄を持ち込む場合は保安上の理由から中身を見せる必要があるので面倒な場合は預けてしまった方が楽だと思う。館内はカメラもビデオも撮影は禁止なので、手ぶらでまわっても良いだろう。

さて展示内容だがそれはまさに New York における性の歴史そのもの。たとえば・・・

売春宿。最古のビジネスの1つとしてよく知られているが、その昔は Manhattan にも売春宿が軒を並べていた時期があった。ちょっと信じられないがどうやら今の SOHO あたりは売春宿エリアだったようだ。また当時の新聞広告なども紹介されているが、現代のようになまめかしいカラー写真などは存在せず、イラストで描かれておりまたそのどれもがエロチックではなくアートと言っても通じるようなデザインなのは面白い。

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入り口の前で。モデルは友人M君(笑)。G2にて撮影

避妊具もそのパッケージコレクションが陳列されている。いまと違って一つずつケースに入られて売られていたようで、そのデザインも色遣いもいまとは違ってとても明るく、かわいい物が多い。ちょうど昔のマッチ箱のデザインを見ているような感じだ。最近のパッケージと比べると隠微な雰囲気のかけらも無い。

中絶のコーナーもなかなか壮観だ。いまより避妊がそれほど確実ではなかった時代なので中絶も行われていたのだろう。現在 New York では中絶手術は違法だが、当時は盛んとまでは行かないまでも新聞に広告を載せるほどビジネスにはなっていたようだ。当時の手術に使われる器具もガラスショウケースの中に展示されていた。

ポルノムービーも New York が大いに関係している。はっきりしたパーセンテージは忘れたが半数以上のビデオが New York で作成されたり、 New York のプロダクションによるものらしい。僕はてっきりカリフォルニアとかフロリダの青い空の下で作られているのかと思ったが。

フェティッシュのコーナーもいろいろな展示があった。もともとヨーロッパ発祥の SM だが、フェティッシュは New York、Hells Kitchen が発祥らしい。ここではいろいろと興味深い衣装 ( 実際に使われていた ) が見られる。

それからやはり New York といえばゲイ・レスビアンシーンも有名だが、昔の雑誌がアンティークとして展示されているのには苦笑してしまった。中でも興味深かったのは警察官向けのマニュアル本。今でこそとてもオープンな New York だが、かつては弾圧が厳しかったようだ。そのときに作られた同性愛者の見分け方といったマニュアル本が展示されていて、「トイレでこういう挙動をする人は同性愛者だ」とか「こういう服装するのは同性愛者だ」などと詳しく書いてある。個人的に一番面白かったのは初期のポルノ映画だ。白黒でしかもサイレントムービーなので、それだけでチャップリン映画を思い出すし、そうでなくても映画の内容がとても愛らしく、いやらしさがどこにもない。特に会話が発生するたびに画面が黒くなって白い文字が表示されるので ( そのセリフの量に応じて停止している長さが異なる )、否応なく映画がぶつ切りになる。でもこんな昔からポルノ映画が作られていたのかと思うと妙に感慨深い。

性病やAIDSなどのコーナーも場所が割かれている。そういう意味では単なる興味本位ではなく、主催者がいろいろな配慮のもとあちこちからコレクションを求めて開催にこぎ着けた様子がよくわかる。

なお1階にはコートチェックの他、売店やトイレがあるが、トイレの入り口付近の壁に男性用小便器が取り付けられている。が一部工夫してあって女性立ちションバージョンになっているので、これまた必見。しかもこの製品、販売もしているとか。


もちろん性の博物館と言うことでかなりえげつない展示もあるけれど、これも New York を形容する文化の一つなんだと、見ていて逐一感じた次第。残念なのはいろいろな資料が集められていて、その説明を読むととても興味深いのだけれど、それがすべて英語しか用意されていないこと。せっかくなので主要な他国語の説明もあったら、と思う。特に当時の新聞や手紙、 New York 市の書類など、歴史的な文書なので読まないと内容がわからないものが多い。その点で英語を読み続けるのはちょっと疲れるかも。それと期間が7月までと、短いこと。常設展のほか、特別展などもあれば、また訪れたいと思うのだが、これだけだとまた$17払って戻ってくるのはもったいないなぁというのが正直な感想。ゆっくりまわっておよそ2時間の観覧でした。

Museum of SEX 公式ウェブサイト
http://www.museumofsex.com/

ちなみに下の写真はこの museum 隣の建物。どうやらホテルらしいが、こちらももっとユニーク。面白いので写真だけ紹介しておこう。


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New York Watch は自分の備忘録としての役割も兼ねているので、「どこか遊びに行った」「何をいくらくらいで買った」なんて話は後から読み直して役に立つことが多い。
今回もそんな目的半分で書こうと思っていたのだが・・・



アメリカに住み始めて5年以上経ち、それまではさほど真剣ではなかったリタイアメントについても考えるようになってきた。リタイアメントとは、つまり老後のことを指す。
僕は日本で働いていたこともあるので、もちろん年金も毎年積み上げていた。日本を離れるにあたり、海外にいてもそのまま継続できるということなので、日本に残してきた口座から毎年年金を払っている。まあ僕が老人になったときに予定通り支給されるかどうかは別の話だが、自分の将来を考えると選択の余地もないのでとりあえず続けている。
そこに来てアメリカでの暮しが長くなってくるとやはりアメリカでの老後のプランも視野に入れなくてはいけない気がしてきた。銀行に勤めている友人に聞いたり、インターネットで調べてみると、割と多くの人がなんらかの形でリタイアメントプランを実行している。その中にはもちろん株式投資や不動産投資をする人もいるけれど、一般的なのは401Kと IRA ( Indivisual Retirement Account ) だ。最近401Kは日本でも実施する企業が出てきたというので知っている人も多いと思うが、IRA は銀行などで開設できる口座の1つだ。毎年上限があり、その金額まで自己資本から拠出できるようになっている。自分の持ち家としてコンドミニアムを探してはいるが、イマイチこれだ、と言うのが見つからない今、とりあえずてっとり早く始めるには気軽なプランだ。( ちなみに2002年は上限が$3000、2003年も$3000 )

思い立ったが吉日、とちょうど一週間前の土曜日の正午ちょっと前、近所の CITIBANK に相談に行った。
入ってすぐの案内カウンタにいた Maria という若い女性が高い椅子に腰掛けており、彼女に今日来た目的を話すと「今日は IRA 担当者がいないのよ。来週のどこか別の日に来られない?」とのこと。土曜日の午前中なら、と言うと「今担当者と連絡が取れないから確定できないけれど、一応来週の土曜日の朝10時にアポイントを入れておくわ。Mark と名乗る人か私からスケジュールを確認してまた連絡するわね」とてきぱきと予定を組んでくれた。

そして一週間後の2月1日土曜日。この日は Chinese New Year で中国、台湾、韓国など多くのアジア諸国の人たちが正月を祝う。National Holiday ではないけれど、アジアからの移民も多い New York では彼らにとってやはり大きな意味合いを持つようだ。

実は数日前に CITIBANK の Maria から電話があり、朝10時に Mark という例の担当者がこの日の朝10時に支店で待機している、と連絡があったのだ。そのため9時過ぎに起床。実は自主的に目覚めたのではなくて、どうやら隣の空室に新住人が引越ししてきたようで、引越し荷物を運ぶそのかけ声で目覚めたのだ。確か12月の中旬まで前の住人が住んでいた後は1ヶ月以上空き部屋だったのだが、月初めということで引越ししてきたのだろう。大半の荷物は1月の最後の日、平日に運び込んだようで、残りの小さな荷物をこの朝、運び込んでいた。
うちからは車で10分ほどのところにある銀行なので9:30に目覚ましをセットしておいたのだが、目が覚めてしまったものはしかたない、そのまま起きてネットでもう一度 IRA について復習して出かけた。

Astoria にある CITIBANK は土曜日も営業。そのためかローンを組みたい人などが土曜日もたくさん訪れる。
店内に入ると先週案内してくれた Maria がいて「じゃあそこの席に座って」と一つ一つパーティションに囲まれているセクションの一つに案内してくれた。そこには年配の白人女性が座っており、彼女が担当してくれると言うことを伝えると Maria は受付に戻っていった。
もともとの話では Mark という人が担当すると聞いていたので、ちょっと面食らってしまった。すると「Mark は今日来られないので、代わりに私が担当します」ということだった。別に Mark と言う人に会ったことがあるわけでもないので、どんな人が担当になっても同じだ、と思っていたらこれがとんでもない間違いだった。
インターネットで調べたと言っても基礎知識しか知らないで行ったので、説明が聞けるかと思いきやほとんど何も知らないということが判明。「昨日 Mark から説明を受けたから書類は大丈夫」・・・て何も説明してくれないまま、加入させられるのかい?おいおい。
まあ銀行にあった資料もインターネットで調べた事以上のことは書かれていなかったので、このままここで加入してもいいかと、手続きを進めてもらうも、今度は記入しなくてはならない書類すらどれかわからない始末。机の上をばたばたしているこのおばさんを冷ややかにながめていると、机の電話が鳴った。
それまで英語で対応していたその女性、受話器の向こう側から何か言われてショックを受けたのか表情が硬くなり、そのままスペイン語に切り替わってしまった。
ヒスパニックの人は顔を見ればすぐにわかるので、スペイン語を話せる人はだいたい見分けがつくが、彼女の場合は全くの白人で、確かに話す英語にアクセントはあるものの僕より全然上手なのでギリシア系アメリカ人かなぐらいに思っていたのだった。ふとそんなことを彼女の会話を聞きながら考えていると、何か深刻なニュースが入ってきた様子。短い会話を終えて受話器を置くと「いまの電話、主人から何だけど、テレビでスペースシャトルが空中分解したって」と教えてくれた。

このとき初めて Columbia 号空中分解のニュースを耳にしたのだが、後からテレビで見たり新聞で読んだところによると、実は僕が家を出る頃にはテレビは特番に切り替わっていたようだ。
正直なところ、スペースシャトルがいつ飛んで、いつ着陸した、なんていうニュースは年に何回も流れるのであまり気にしてなかったし、今回も着陸直前の事故と聞いて「え?いつの間に行っていたの?」と思ったくらいだ。
そんな無頓着な僕でも、最近は宇宙ステーション建設のため、スペースシャトルが国際プロジェクトの要となって必要な機材を運んでいたのは耳にしていた。宇宙ステーションと言えば子供の頃に読んだ SF 小説の中だけに出てくる世界だったので、不思議となつかしくわくわくしながら完成を待っていたのだが。
何かが壊れる瞬間のショッキングな映像といえば、奇しくもスペースシャトル Challenger の空中爆発と 911 の World Trade Center の倒壊シーンが思い出されるが、この日の Columbia の空中分解シーンも生々しく、声が出ないほどだった。銀行内ではニュースを映し出すテレビモニターが無かったのでその映像は帰宅するまで見ることは無かったが、そのニュースを聞いた人たちは一様に顔を曇らせていた。アメリカが戦争に向かおうとしている今、更に暗いニュースが人々の気持ちを不安にさせている。


少しばかりスペースシャトルの話をしたあと、女性はまた IRA の申請用紙に目を通して「こことここに記入して」と言ってその都度僕に紙を差し向けてくる。僕が記入したのは結局、住所、名前、電話番号などの連絡先のみ。
今回開いたのは Traditional IRA ではなく Roth IRA と言う後から追加されたプランであり、比較的条件が緩い。そのため銀行で気にしなくてはならない項目も少ないようで、これなら先週来たときだって出来たんじゃないかと思うほどあっけない。
( Traditional と Roth の違いは、前者は今貯蓄している分に関しては税金控除が受けられ、またその運用による利子利益に関しては非課税ということ。ただし年を取ってそこからお金を引き出すと所得税が課せられる。後者は税金の控除もうけられず、また運用によって得られた利益に関しては課税されるが、後から引き出す際に無税だということ・・・らしい )

実はコンドミニアムでも買おうと Saving 口座にそれなりの頭金がたまっているのだが、彼女はコンピュータを操作して僕の口座残高を見、この金額を使って僕が資金の運用相談に来たと思っていたようだ。そのため最初は「ちょっと待って。この金額だったら、今日は無理です。専門の Mark 出ないと。私はそこまでできません。」と言われた。最初 Checking 口座の残高が少ないのかと思って「え?」と問い直しして初めて「これだけのお金を Saving に貯めておくのはもったいない。投資に回さないと」ということだった。今日は IRA のアカウントだけ作れればいいので、投資についてはまた次の機会に話しを聞く、と言って先に進めて貰ったのだ。こういった銀行の人の言葉から判断するとどうやらアメリカ人はちょっとお金がたまるとすぐに投資に回すのだろう。日本よりは確かに利回りが良い Saving だが、それでもてっとり早くお金を増やしたい人は投資に手を出すのが一般的なようだ。
上にも書いたように老後は日米、または第3国か、どこにいるかも見当が付かない有様なので、今頃になってアメリカでリタイアメントプランを始めたばかり。借家暮しからも抜け出したいし、投資なんてまだまだ先の話。本当に自分がどこでリタイアして生活を送るかなど、きちんとしたプランを立てないと投資もなにもあったもんじゃない。

エンパイアステートビルディングの照明はこの夜、赤と明るい黄色の2色だった。
おそらく Chinese New Year ( 正式には Lunar New Year ) に会わせて金色と赤をあしらっているのだろう。ただこれを見た友人は、「黄色は友情、赤は愛情の色なので、きっと Columbia への追悼の意味もあるのよ」と言っていた。
この日はスペースシャトルの悲劇が起き、ふとアメリカの将来と自分の将来を考えさせられる1日になった。

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