前回紹介したブリザードは週末に New York を襲ったが、このとき New York では新たなテロが起こる可能性も取りざたされていた。
Manhattan に通じる主な橋やトンネルにはいつにもまして警備が厳重になり、積み荷の検査で停められているトラックを何度も見かけた。
ただ雪のせいで外を歩く人も少なく、そのおかげでテロなど起きず静かな週末を送ることが出来た、とも言えるが・・・
週の初めごろ友達からメールがあり、「週末 Manhattan で Rally があるから参加しないか」と誘いを受けた。
Rally とは Walk Rally の事でいわば行進のようなものだ。
日本でももちろん見られるが、アメリカでは各地で、特に Manhattan ではよく行われる。パレードとは違って強いメッセージを持った人たちが市民への啓蒙活動を目的として行われる。またスポンサーが付くことも多く、その収益が主催団体における活動資金になることが多い。僕がこれまで見たことがある大きな Rally は女性の乳ガン Walk と AIDS Walk だ。が僕の意識はそこまでで、日本はもちろんアメリカでもそういった Walk Rally に参加したことは一度も無かった。
今回の Rally の目的はまさにアメリカがイラクに対して行おうとしている軍事活動に反対してのものだ。

会場となった1st Avenueに行く途中にすでに行列が。これは実際には3rd Avenueの様子。その間には2nd Avenueもあるので参加者総数となるととてつもない数になりそうだ。EOS D60にて撮影
この Rally に参加すべきかどうか・・・実は少し悩んだ。Rally そのものに参加したことが無いのでどんなものなのか様子がわからない、というのはさして問題ではなかった。それよりも今回アメリカがイラクに対して起こそうしている戦争について、自分ははっきりした意見を持っているかということだった。
まず自分が正しい判断をしているかだが、これははっきり言って何が正しいとか悪だとか僕の中では簡単に決めることができない。もちろん戦争そのものは反対だが、単にアメリカがイラクの国民を代表して戦争を起こそうとしていることでないのは事実で、誰もが知っているようにオイルの利権や軍需産業保護などと言ったいろいろな思惑が絡んでいる。
面白いのはアメリカ国内の報道と日本や諸外国での報道とはあまりにもトーンが違いすぎていて、ふつーのアメリカ人でアメリカの新聞とテレビニュースしか見ていない人だったらこれ正義の戦争だと疑ってかからない人がいても不思議ではないと言うこと。現にアメリカの政策に異を唱えているフランスとドイツに対しては感情論が先走り、街頭インタビューでもフランスに好意を持たない人たちが意見を述べていた。日本でもアメリカのとある町でフレンチフライからフレンチを取り外した、という馬鹿げたレストランの話が紹介されたと思うが、ここまで行くとまさに差別への道を走っているとしか思えない。
それでも多民族、多文化国家だけあり、こういったニュースは単にアメリカ発信のものだけではなく、自分の background を通して、つまり中国系アメリカ人だとか、ヒスパニックだとか、ヨーロッパ系アメリカ人だといった部分から、アメリカで報道されていない事実や論調などを諸外国のソースから見たり聞いたりすることが出来、ある程度バランスの取れた判断をすることが出来る人たちがいるのが救いであると思う。
そもそもアメリカ人は今回の査察を当然と思っているが、アメリカには実際に核兵器や生物兵器のような大量殺戮兵器が存在していて、それをイラクが「全て見せろ、ホワイトハウスも査察の対象だ」と言ったらなんの抵抗もなく受入れることができるのだろうか?
それにたとえ相手が大量殺戮兵器を持っており指導者が狂人だとしても、向こうが戦争を起こす前にこちらが先にたたくのだと言う論理で、イラクより遙かに優れた大量殺戮兵器を持っている米国が戦争を起こしてもよいということの正当化はできない。もしそうなら第三国が「アメリカはまさに戦争を起こそうとしているのだから、我が国はその前に攻撃してもかまわないのだ」といったとしてもそれを認めなければならない。
こんな事は誰もがわかっていることで実際には理想だけでは済まないのも事実だ。経済的にアメリカに依存している国も多く、それはすなわち個人レベルでもアメリカの経済に左右される。特にアメリカに住んでいる僕らのような外国人にとっては、特に学生の身分だと「自分はアメリカ人じゃないから発言する資格もないんじゃないか」とか「もし警察に捕まったりしたら、政治活動に参加していたとしてビザの更新とか入国とか厳しくなるんじゃないか」などと心配する人も多いと思う。社会人だって税金は払っているものの選挙権もないので発言権は無いに等しく、また戦争による軍需景気が起こる業種の人などは一口に戦争反対とはいいにくいのもよくわかる。
正直なところ、もし自分が労働ビザしか持っていなくて永住権申請中だったら、大事を取って参加することに抵抗があったことだろう。こういった行進には警備にあたっている警察との衝突はありがちで、逮捕された場合はおそらくその後の永住権申請や市民権申請手続きに支障をきたすことは火を見るより明らかなのだ。実際夜のニュースでは逮捕者が出たことを報道していた。

United We Standは911以降スローガンとなった言葉だ。その言葉が今回は戦争反対にまわって使われている。EOS D60にて撮影
・・・と参加するに際してはかなり計算高くなってしまったが、この日の行進は実は世界的規模で同時に行われることを聞き、それならば参加出来る場所で参加すればいいんじゃないか、と思えるようになった。そう思うとそれまでアメリカという国に対してためらっていた部分が気楽になる。これは反米行進ではなく、アメリカがイラクへ、そしてもしかしたらイラクが計画しているかもしれない他国への侵略への警告も含めた「戦争反対」がテーマなのだ。
それとテロの直接的な被害を受けた New York において、そこに住む者ですら報復攻撃は望んでいないこと、そしてそれを日本人として参加表明することにも意義があるんじゃないかと思い、友人の誘いを受けることにした。
2/15土曜日当日。
おりしも日本から New York に休暇を取って来ていたしょこちゃんとその友達Eさんがうちに泊まっていて、土曜日の朝はそのEさんの友人で現在 New York に住んでいるSさんも僕の住んでいる Astoria まで遊びに来、4人で一緒に朝食を食べに行こうということになっていた。
Manhattan から来てくれたSさんが到着したところで今日このあと Rally に行くつもりであることを伝えると、彼女たちも戦争反対の立場から、参加したいという。それならば、ということで昼の行進に間に合うようにと急いで身繕いをして早速朝食を食べに行く。
行ったのはいつものようにお気に入りカフェと僕が呼んでいる近所のカフェ。着くとちょうど店を開けたところだった。朝食メニューは11時から、ということらしい。そこでコーヒーとデザートなどを4人で注文し、これを簡単な朝食とした。
、 途中携帯に電話が入り、友人がもうすぐ迎えに行くというのでカフェを後にし、一旦うちに戻る。
程なくこの Rally を誘ってくれた友達Fが車でやってきた。がこの日はテロの警戒も厳重であちこち渋滞するだろう上に、Rally があるのは Queens Boro Bridge のそばなのでおそらく交通規制させるはずだ・・・ということで会場近くまで行ける地下鉄ラインの最寄り駅まで車で行き、そこからは地下鉄を利用して Manhattan にることに。

日本からの参加者もいたようだ。EOS D60にて撮影
乗っていた地下鉄の車両にもプラカードを持っていた人はいたが、地下鉄から降りるとそこはまさに Rally に向かう人たちばかり。
地上に出たところは3rd Avenue で会場の1st Avenue までは大きなブロックを2つ東に移動しないといけない。がもうすでに3rd Avenue の半分は Rally に向かう人たちであふれていた。ここでこれだけの人出なら隣の2nd Aveuneu もすごいことになっていて、もはや1st Avenue なんか行けないかも、そう思えるほどの人出だった。
この時点で、僕と友人 F、それにしょこちゃん達、合計5人で一緒に会場にやってきたのだが、ここで友人 F の職場の仲間や、僕も二組の友人達と会うことになっていた。が、この日の人出は待ち合わせなんかとんでもないほどの人数が集まっているのだった。実際携帯電話も輻輳が発生し、つながりにくくなっている。あたりを見ると東方面に向かう各 street、つまり1st Avenue に行くための通りは全てバリケードが張られ多くの警察官が人を通らせないように警備を固めている。僕らは50th Street 近くに着き、会場は49th Street なのにも関わらず、警官は「どんどん北上しろ」というばかりで、どこから右折ができるかは教えてくれない。
上空にはたくさんのヘリコプターが飛んでいたが、あれは全てメディアなのだろう。途中何か所かでテレビ局の取材クルーも見かけた。
結局1st Avenue にたどり着けたのは68th Street まで北上してから。そこに行くまでに3rd Avenue はもちろん、2nd Avenue も行進の人たちであふれ、警察も交通整理ができないほどになっていた。車は行進する人たちのなかで立ち往生し、あちこちではクラクションの音が鳴り響き、一種殺伐とした雰囲気も漂っていた。
おそらくこの日の参加者人数は主催者の予想を大幅に超えていたのだろう。本来は49th Street から1st Avenue を行進が南下するプログラムだったのだが、そこまで行き着けた人たちは全体の参加者からすればほんのわずかったようだ。そのため2nd、3rd Avenue にいてどんどん49th Street から遠ざかるように北上させられた人たちは近くの警官に「どこから右折して1st Avenue に行けるんだ」と問いつめているシーンもあったが、本来は各 street の角に主催者側の人たちが立っていて無線などで情報をやりとりする必要があったのではないかと思う。
実際にはラジオ放送のある一定の周波数を通して主催者側から情報の更新が常に行われていたのだが、ラジオを持ってきている人はわずかだった。そのため各地で大きな混乱が起きていたようだ。
歩いている間はあちこちで大きなかけ声の波が起きた。それは英語のものもあれば、スペイン語のかけ声もあった。これらは大きなうねりになってビルの間だをこだましていった。
なんとか1st avenue に着いたが、そこから先には一歩も進めない。後から気が知ったのだが、ある一定の人数に達するとバリケードを設置し、そのブロックには入れないようにしてしまい、次のストリートから次のストリートまでの1st Avenue に人をバリケードで囲むようにして送り込んでいるのだった。僕らがいたのが68th street だったが、30分もするともう後ろのブロックには人があふれていた。
この日は主催者が用意したと思われる各国語のプラカードを始め、手製のプラカードを持ってきている人達も多く見かけた。身を切るような寒さの中、それぞれが自分のメッセージを伝えるために集まったこの意義を伝えようと、僕もあえて今回 New York Watch でとりあげることにした。アメリカでは政府が戦争にまさにつっこんで行こうとしているけれど、テロが起きたこの地、New York では戦争では解決しないことを知っている人が多いということを伝えなくてはいけない。このことをインターネットを通じて日本に伝えられるのも、たまたま住んでいる日本人だからこそ出来ることなのかもしれない。参加してみて思ったのは良きにつけ悪しきにつけ、アメリカでは戦争がとても身近に感じられること。そして日本も決して巻き込まれずにはいられないということ。
これを書いている今もまだ戦争へ突入するか回避するか、大きな駆け引きが行われている。でも戦争で失われる人の命はそんな駆け引きで決めていいことではないのは事実なのだ。個々で考えること、出来ること・・・なにかしなくてはというもどかしさは今も体でくすぶっている。








