Latin Film Festival

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今年で2回目を迎える Latin Film Festival。先月の博物館ネタに続き、New York Watch らしい Cultural な ( ? ) 話題が続く。



New York に引越ししてきてもう5年以上経つのだが、振り返って気が付いたのが「映画をよく見るようになった」ということ。
もちろん日本でも映画は見ていた。といっても大作と言われるような映画を見るぐらいだったので多くて数ヶ月に1度、映画館に足を運ぶ程度だった。それがこちらに来てからは多いときは週に1~2本、少ないときでも月に1本くらいの頻度で映画館に行くようになった。それに加えて DVD ムービーを買ったりレンタルして見ることもあるし、ケーブルテレビでも少なくとも20もの映画チャネルが常時映画を流していてそれを見ることも多いので、映画と一緒に過ごす時間は明らかに長くなったはずだ。
なんでそんなにたくさん見るようになったか・・・自分の中の変化について書いてもこれを読んでくれる人たちにはあまり関係ないことなので省略するが外因としてはやはり「気軽さ」が一番大きいと思う。
気軽、というのはつまりチケットが安い、劇場が多くまた1つの劇場内で同時に複数上映しているので待たずに座ってみられる、夜遅くまでやっている、なんて事があげられる。入場券は場所によって多少異なるが僕の近所や Manhattan の多くは$9.50前後。特に朝一番などは$5で入れる映画館などもある。日本の映画館は僕が学生のころからたぶん1800円前後と値上げもなく続いているようだが、アメリカではじりじり値段があがって最近では日本の前売り券とあまり変わらない値段になってしまった。それでもまだ安いことには変わらない。
映画館の数については正確なデータによるものではないが、一人あたりの映画館 ( というか客席数というか ) は明らかに多いと思われる。僕がよく映画館もうちから歩いて数分のところにあり、平日であっても夜中の11時、12時ならまだ駆け込みで見ることが出来る。
多くの劇場は1つの建物の中に複数のシアターを持つ cinema complex 形式なのだが、公開直後の大衆向け大作などは複数のシアターで上映させるので並ぶことなく見ることが出来るのはさすが映画が娯楽として確立されているアメリカならではだと思う。多いときなどは20分、30分ずつずらして上映させるほど。それでも来る人が多いときなどは午前中に映画館に行って窓口でチケットを買おうにも「今夜の23:00まで満席です」なんて言われることがあるのだから、如何に多くの人が映画を見ることか。

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Festivalが催されているManhattanの劇場の1つ。このようにManhattan、Queens、the Bronxの複数劇場で同時に行われている。

思い出してみると、アメリカに来てすぐに映画を見始めた訳ではない。
今でこそ何とか暮らしているものの、来た当初はもっと英語理解力はひどいもので、テレビを見ていても「???」となるのが常だった。テレビはまだ英語ながら字幕が出せるので耳だけでなく字面を読んでも理解できるが、映画館で見る映画となるとそうもいかない。
それで映画館に足を運ぶようになったのは住んでからだいぶ経ってのことだった。
それでもこちらの友人が引っ張ってでも連れて行ってくれるようになり、これがまた映画を見始めるきっかけとなり、英語の理解にも役立つようになった。そうなると今度はコンスタントに映画に行くようになる。というのも毎週のように何かしら新しい映画が公開され、しかも映画が日本以上に受けいられたエンターテイメントになっているので、食事に行くのと同じような間隔で映画館に足を運ぶようになるのだ。
日本にいたときは友達が集まるとカラオケボックスに行っていた時期があったが、アメリカに来てそれが映画に変わったようだ。

そんな中、Dominican の友達から「もうすぐ Latin Film Festival があるから見に行かないか」と誘われた。そもそもそんなフィルムフェスティバルがあること自体知らなかったし、当然映画はラテン諸国、つまりカリブ海や中南米の国で作られた映画だろうから出演者が話す言葉もスペイン語だろうと、最初はあまり乗り気ではなかった。それでも内容を知りもせずに判断すべきでないことは New York での生活の中から学んだことの一つで、見てみようという気になった。折しもそのちょっと前に「 talk to her 」というスペイン人監督の映画 ( その前作 「 All about my mother 」は日本でも人気があった様子 ) を見て、スペイン ( ラテン ) 文化の映画に興味を持ち始めたところでもあった。

さてこのフェスティバルだが、Manhattan や Queens 、それに The Bronx にある複数の映画館を同時に使用して開催される。なので見たい映画が異なる映画館で上映される場合は移動しなくてはならないし、場合によってどちらか一方をあきらめなくてはならない。それでも曜日と時間を変えて同じ映画を2度上映するので、うまくスケジュールを組めばほとんどの映画が見られそうだ。
内容はもちろんラテン文化にちなんだもの、となっているが、出品している国を見ると先ほどの3島に加え、メキシコ、ペルー、ブラジル、エクアドル、グアテマラ、コロンビアなど南米の主だった国に加えて、欧州スペインからの出品も目に付く。また US からの出品もあるが、これは US に住んでいるヒスパニックの人たちが作成した映画なのだろう。
期間はおよそ一週間。この間5つほどの映画館で上映されると言うことで仕事帰りに見られそうな映画を友達といくつピックアップしてみた。

フェスティバル開始初日は月曜日だったが、仕事が終わってからの上映映画なら見られるので、何人かの友達にメールを送ってみるとそのうちの一人から返信があった。「今日7:00PM に上映される映画見に行くつもりだったけど、いく?プレスパスが一つ余分にあるんだ」
7:00PM というと僕が帰宅する時間で、それからその映画館 ( Bloominddale's デパート近く ) に駆けつけるとなると7:20PM にはなってしまいそうだ。どうやら時間に間に合いそうもないのでプレスパスを持っている友達は先の Dominican の友人と一緒に見に行くことになった。そのときに照れ入れたのが一番下に紹介したプレスパスだ。
初日ということもあって映画上映前には関係者やプレスを集めての祝賀会がこの映画館で開かれたと聞いて、それなら映画に間に合ったじゃんとは、後の祭り。
僕が最初に見たのは一日おいて水曜日の夜。これは僕が住んでいる Atoria にある映画の博物館で上映されたので、会社帰りにそのまま車を止めて見に行くことができた。この日時間帯があって一緒に見に行けたのは例のプレスパスを持っている友人。内容はキューバのドキュメンタリーで、タイトルは" El Juego De Cuba "という。ちなみに英題は「 Cuba's Game 」となっている。その名前から予想されるように、ゲーム、すなわちキューバの国民的スポーツ、野球がテーマになっている。カリブ海の国の中には野球が盛んな国がいくつかある。ドミニカ共和国、プエルト・リコ ( ここはアメリカだが ) そしてこのキューバにおいては野球が国民の間でも人気があり、また強い選手を擁している国としても有名だ。そんなキューバで野球がどのように歴史に関わってきたのかを伝えるスペイン・キューバ合作ドキュメンタリーだ。言い方を変えると野球を通して見るキューバの近代歴史ということもできる。
もともとキューバも他のカリブ海諸国・南米と同じくスペインを宗主国としていたが、その独立の動きにあわせるかのように、人気のスポーツもサッカーから野球に移行したのだが、これはスペインに対してのアンチテーゼだったそうだ。しかしその後はキューバと米国の関係は急速に冷えていき、やがてキューバ危機の時代を迎える。完全に国交が断絶したあともキューバの野球選手達のゲームをプレイしたいという気持ちは募っていったようだ。もちろん国内にリーグはあるのだが、この時代はアメリカの経済封鎖下にあり、満足に野球をすることもままならないような状態だったようだ。
そんな状況下である年、プエルト・リコで汎カリブ海諸国運動競技会が開かれた。いわゆるカリブ海諸国におけるオリンピックのようなもので、もちろん野球もその一種目だった。しかしプエルト・リコはすでに米国准州となっているため、アメリカ政府がキューバ選手にビザを発行しないという手段を取ったため合法的に訪問することができなくなってしまった。それでもキューバ選手団とキューバ政府は飛行機に乗り込み、プエルト・リコに向けて飛び立った。するとアメリカ空軍がすぐさま緊急発進し、やむなくキューバ機は国に戻ることになる。
それでもあきらめきれない選手団達は今度は大型フェリーに乗り込んで船でプエルト・リコに向かうこととなる。映像もデッキでの運動風景を紹介しているのだが、単なるウォーミングアップではなく、地上での練習ができないことを見込んでかかなり本格的だ ( その一方で船酔いで苦しむ選手達の様子も紹介されていた )。フェリーがプエルト・リコに近づくとやはり今度はアメリカ海軍が厳重な警備の元、空と海から威嚇をしてくる。プエルト・リコの島はもう目と鼻の先なので選手の中には「泳いででもいく」という人たちが現れるが、実はその海域は鮫が多く、ドキュメンタリーでも鮫がフェリーの前に顔を出す ( 背びれを出す ) シーンが見られる。最終的にはキューバ選手団の上陸を認めたアメリカだが、彼らを正式参加させない手段を取るなど最後まで政治的な駆け引きが続いた。
またその後の食料難にあう同国にあって野球選手達も昼は普通の仕事をし、夜はプロ野球をするなど苦しい生活が強いられる。そして選手達の中にもボートを漕いでフロリダにたどり着き亡命を果たすものが出てきた。まさに命がけの野球選手たちだったのだ。
映画はアメリカを非難するでもなく、キューバのカストロ政権を避難するでもなくただ淡々と野球が政治の変遷にどう翻弄されてきたかを描いているが、こういった観点で世界の歴史を見るのもとても興味深いことだった。
映画を見終わって出口のところで女性が立っており、観客に紙を手渡している。どうやらフェスティバル参加映画のコンテストがあるようで、僕もこの映画には excellent の欄をマークしてカードを返した。
実はその後、違う映画館でプエルト・リコの映画を見る予定だったが、最初に見た映画が遅れて上映開始したのではしごは無理だった。

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ドミニカ共和国の人たちが作った映画の上映後の舞台挨拶。

次に見たのはドミニカ共和国の映画。翌日の夜、8:15PM 上映開始なので仕事帰りにゆっくり見に行けた。タイトルは" Pasporte Rojo "、英題は「Red Passport」。こちらはストリーベースのフィクションもので、紙幣を印刷することのできる原盤を巡る一種のギャング映画だ。撮影の舞台となっているのはたぶん New Jersey で出演者も皆 Dominican ながらアメリカ生まれの人たちばかりのようだ。昨日の映画は出演者がスペイン語で話し、英語の字幕だったのに対し、これは出演者が皆英語で話している。
Jail を出てきた男が過去のしがらみを精算するために、かつての偽札づくりの仲間を訪ねその原盤を探し出す、というもので単なるギャング映画よりはもっと庶民的な生活が描かれている。この映画はフェスティバルを紹介してくれた例の友人 ( Dominican ) と行ったのだが、この友人はこの映画を単に娯楽映画として楽しんだものの、他にも誘った Dominican の友人はこの映画が自分の国を Disgrace していると行って見に来なかった。確かに巨額な予算を使って作られたハリウッドのアクション映画は規模もでかいので、現実離れしていてたとえばそれがイタリアンマフィアだとしてもそれをイタリア人全員に当てはめて考えることなどないのだが、こちらは低予算映画なのでロケをしている場所も出演している人たちも身近な場所の身近な人たちなのだ。その分かえって妙なリアリティが感じられてしまい、そのせいで Dominican のイメージがこういう映画で固定されるのはいやだ、と言う気持ちもわからなくはない。実際映画中では、詐欺、恐喝、不倫、殺人などあらゆる悪事が出てくるのだが、それは主人公が自分の生まれ故郷のドミニカ共和国に帰る前に清算しなければならない過去なのだ。その一方で前妻との間に生まれた、一度も会ったことのない自分の娘に対する純粋な気持ちも描かれていて、「なーんだ、日本の任侠映画と同じではないか」と妙な親近感を持ったのだ。確かにあの映画がアメリカで公開されて、やくざな世界が今の日本だと思われたら、それは僕も違うというかもしれない。
タイトルになっている「 Red Passport 」だが、ドミニカ共和国のパスポートカラーから来ている。赤いパスポートって日本だけかと思っていたらここでも使われているとはちょっとした発見だった。

この日は上映後、監督、俳優の舞台挨拶があった。上でしている写真はそのときの舞台挨拶の風景だ。
実は上映中、何度か拍手があがったが、それは見慣れた町が出てきたり、知り合いが映画に出ているからのようだ。知り合いがまじめな顔をしてせりふを言っているのがどうにもおかしかったのだろう。なのでシリアスな映画ながら観客と作成側が妙に緊密でわきあいあいとした舞台挨拶になっていた。

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Press用パス。これさえあれば無料で映画を見られる。

その後も映画を2本見た。(この2本は日曜日の夜に続けて見た。ちょうどこの日はブリザードがやってきた日で、映画館を出たときは外は一面の銀世界になっていた )。先の友達からプレスパスをもらっているので、チケット代を半分ずつ出し合ったので1本分の値段で2本見られたのだ。
最後に見たのはショートフィルム集で内容こそまちまちだが、とても情緒的な映像で言葉がポルトガル語だったり、スペイン語だったにもかかわらず感覚的にうなずけるシーンがいくつもあった。

一口にラテンの映画だから、というコメントを書くことは無理だしナンセンスかもしれないが、が日本人の観点から感じたのは、とても情緒的なアプローチで、どこか日本人の感覚と近いものがあるということ。やはりラテン文化はとても情熱的、情緒的ななのだろうか。
アメリカのハリウッド大作がすべてハッピーエンドで終わり、筋道がとても理路整然としているのに対して、こちらはとても優柔不断だし、ストーリーもそれに併せて右に左にと揺り動かされる。人間の感情に起伏があるのをうまくこういう映画では描いている。思いっきりストレスを発散するにはハリウッド映画の単純明快な映画もよいが、時には他の人の気持ちになりきって映画に感情をコントロールされるのもいいものだ。
気軽に他文化に触れることのできるのはやはり New York のよいところ。今回もラテンカルチャーにふれるのにまたとない良い機会となった。映画を複数見ただけで理解したとは思えないが、その存在を意識することはできる。映画でも書物でも音楽でも、何かを通して異文化を意識することで国ごとのいさかいも少なくなっていくのでは?そんなことをキューバのドキュメンタリーを見ながらふと思った。

今度は僕が日本映画祭に友達を連れて行かなければ。

Latin Film Festival 公式サイト
http://www.lacinemafe.com

2004/2追記
上記リンクは存在しないので、リンクをはずしました。

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このページは、hiroが2003年3月 9日 00:54に書いたブログ記事です。

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