残念、という言葉を通り越して、恐ろしいことにとうとう戦争が始まってしまった。
政治や宗教について語るときは言葉を選ばなくてはならないので、できるだけ New York Watch では避けてきた話題の一つなのだが、今の New York を自分の記憶にとどめておくためにも少しだけ書き留めておこうと思う。
戦争が始まり、テレビ番組も、特に CNN のようなニュースチャンネルは戦争一色になった。その一方で主なネットワークはニュース以外はそれまでの番組構成のため、戦争はとても現実離れしているように僕には感じられる。がこの後紹介したように Manhattan では緊張した様子がうかがえる。
アメリカが仕掛けるこの戦争、政治的な背景や戦後にアメリカ・イギリス等が受ける権益を鑑みれば、この戦争の意味というのもわかるのだが ( 受けいられるとは言わないが、そういった利益追求の一面が存在することは理解できる )、驚いたことに多くの戦争支持者はこの戦争を正義の戦争だと疑ってかからないことだ。
いいとか悪いとか抜きにして、よっぽど「アメリカにとってオイルの利権がのどから手がでるほどほしい、そのための戦争なのだ」と言った方がストレートで、戦後の他国のそしりを受けてもその方がまだすっきりしているというものだが、そういったことを隠していかにも世界の警察を名乗り、正義のための戦争だと言っているところがあまりにも欺瞞ではないかと思う。そしてそれをなぜかそのまま信じる戦争支持者たち。
テレビを見ていてそれがなぜだかぼんやりと見えてきたような気がする。テレビのニュースではどうも「意図的」に報道内容を取捨選択しているように見られるのだ。うがったものの見方をすれば、「情報操作」と見えなくもない。通り過ぎる街中の子供たちがアメリカ兵士に向かってうれしそうに手を振る様子、アメリカ側に降伏してきた兵士の様子はたくさん画面に映し出されるものの、決して負傷しているイラクの人たちの様子をみることは「アメリカの」ネットワークからはみることができない。
情報操作と思われるのはニュースだけではない。テレビで放送される映画の種類までどうもきな臭いのだ。
昔から映画の中ではいつも悪役に描かれるアラブ人・アラブ世界。これはハリウッド映画界とそれを動かす経済界の圧力もあるからなのだが、つい先日も映画チャンネルで中東での作戦実行中に捕虜として捕まった兵士が虐待を受ける映画をやっていたりして、明らかに今回の戦争を意識した番組構成が行われている。普通に考えれば、戦争当事国であるアメリカは、他の関係の無いアラブ諸国とさらに現在戦争に赴いている兵士達に配慮してこういったシーンがある映画は流さないものではないだろうか。わざわざそういった人たちの感情を逆撫でし、意図的に煽りを入れるような悪意をどうも感じてしまうのは、僕の気にしすぎだろうか。
アメリカで生まれて、英語しか話せない人にはこれしかニュースソースが無いので、自ずと判断材料もこれだけとなり、果たして正しい情報が伝わっているかはなはだ疑問だ。これは以前から書いていることだが、移民のバックグラウンドがまだ強く残り、少なくとも二カ国語話せたり、理解できる人はより多くの情報を得ることができる。幸い他国からのテレビ番組が見られるアメリカではニュースもその一部として入ってくる。ここから少なくともアメリカではフィルターのかけられたニュース以外の映像情報を得ることができるのだ。その分だけより事実に即した正しい判断ができるのではないかと思う。白人の居住する地域では圧倒的にこの戦争に対する支持が厚いが、ここ New York では是非もっと戦争の早期終結に向けて声があがっていくことを望みたい。
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そしてイラクにアメリカが侵略を開始したあとの New York の様子だが、それまで通りと言えばその通りだし、どこか緊張感が感じられると言えばそのようにも取れる。戦争に突入したからといって New York の街としての機能を停止することは不可能なので、街中で見られる風景にあまり違いは無い。その一方、Times Square など人が多く集まるところでは自動小銃を持った警官や軍人が警備に当たっている姿は、自分が今戦争当事国にいるんだということを思い知らされる。
うちからは地下鉄で行った方が便利でもときには車で Manhattan 内を運転することがある。911 以降も主な橋やトンネルの入り口には米軍と NYPD の警備車両が常駐して、ランダムにトラックや乗用車をチェックしていたのだが、その後しばらくして Alert が下がったこともあり行われなくなっていた。
ところがイラクへの侵略戦争が始まると New York 市内の Alert レベルは上から二番目に引き上げられ、またしても警察車両が警備を張るようになった。しかも今回は常にヘッドライトを点滅させ、非常灯をチカチカと点滅させるので否応なくその存在感を感じさせられる。加えて最近は主だった交差点でパトカーが停止している。具体的な怪しい車両を止めて積み荷を確認している、というシーンにはまだ遭遇していないが、おそらくあちこちにパトカーと警官を配置している理由はやはり威嚇の意味が強いのだと思う。ただ橋やトンネルを爆破するというような計画は911以降何度も伝えられていて、もしテロリストだったら同じ計画を何度もするとは思えないし、第一地下鉄で人間が運ぶ方がよっぽど警備の目をくぐり抜けられる。NYPD としてはこれが精一杯なのかもしれないが、テロの予防には十分とはいえないんじゃないだろうか?
加えて全米各地で行われている抗議集会や、さらに最近は支持者の集会も行われるようになった。当然これらの集会にも警官が動員されるため、場所によっては騒然とした雰囲気になる。悲しいことに逮捕者もでているようだ。
ふと郊外を運転していたときに気がついたのだが、高速道路であちこちにいた覆面パトカーもスピード違反取り締まりのパトカーも、街中を巡回パトロールするパトカーもめっきりと見かけなくなった。ほとんどの人員が Manhattan の警備に当てられているのだろう。これに乗じて軽犯罪を犯す輩が出ないといいのだが。
日曜日、近所の deli に New York Times 日曜版と飲み物などを買いに行ったときのこと --- 何度かここで紹介しているが、僕の住んでいる Atoria はギリシア人中心に発展してきた町だが、今は様々な人種が住んでいてとても国際色が強い。この deli も肌の色が浅黒い人たちが経営している。詳しくはわからないがアラブ系の人たちではないかと思う。
僕が必要なものを手にしてレジに向かうとちょうど3人の少年達が店に入ってきた。たぶん年の頃は高校生くらいで黒人二人と一人のヒスパニックだった。
片腕に分厚い New York Times 日曜版を抱えながらソーダコーナーで飲み物を物色していると、少年の一人が店員に話しかけ始めた。
( ここでは雰囲気を出すために「じゃん言葉」を使用します。まあ彼らが Ebonics を使っていたのでこんな感じに聞こえる )
「よぉ、いい靴はいてんじゃん」
「・・・」( 低い声でぼそぼそと返答しているのでよく聞こえない )
「Timberland だろ? 高いじゃん。おまえら Rich だろ?」
「Rich なんかじゃないよ」
「地下に貯めてんじゃねえの?」「地下にはほかに爆弾もあるんだろ?」
店内にはタバコを売っているカウンターの中にもう一人店員がいたのだが、この会話の風向きが妙な方向に向かっていることに危惧したのだろう、黒人に話しかけられている店員に何か自国語で声をかけている。
他の少年二人は特に興味があるわけでもなく、またもう一人の黒人少年に荷担するわけでもなくただ突っ立っているだけだったので、それほど心配することもなさそうだったが、このあとどんな会話になるかちょっと興味があった。問題の黒人少年は片手に紙幣を持ちながら、チョコレートやガムの値段を聞いているので買い物に来たついでにからかっているだけのつもりのようだが、話しかけられている店員の方は「はいそうですか」とは気軽に言えないんじゃないかと思う。悔しい思いや怒りがあるはずだ。それでも僕は買い物を終えてお釣りももらっており、そのまま立ち話を聞いているのもなんだったので店の外に出た。
少年たちのほんの好奇心から出た一言なのかもしれない。けれどもその一言が時には受け取り手の記憶にずっと残ることもある。メディアは少年たちに誤った意識を植え付けることの無いよう、公平な取材と報道をすべきではないだろうか。
もともと黒人、そしてヒスパニックは差別される対象の側にいた。現在もまだまだ差別は残っているだろう。しかしそれを忘れてさらに弱い立場の人たちを差別する社会は、あきらかに間違っている。こんな意識が存在する国では平和と言う言葉は存在しないのだろうか。







