2003年7月アーカイブ

前回の MoMA QNS に続けて、今回も美術館の話を紹介するつもりでいたのだが、特別に中身を変えて更新することにした。
来日したこともある、Celia Cruz が亡くなった。

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マイアミから駆けつけたCeliaの姪。撮影:Powershot G2
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ミサの行われたセント・パトリック教会にはたくさんの人が集まった。撮影:Powershot G2
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5th Avenue はすべてバリケードが張られた。撮影:Powershot G2

Celia Cruz という名前を耳にしたのは、僕も New York に来てからで、それまでは当然聞いたこともなかった。
日本の人で知っている人がいるとすればその人はサルサ通な人に違いない。日本でもここ何年か根強いサルサ人気が続いているようなので、もしかしたら僕が想像している以上に知られているのかもしれない。

彼女の別名は「サルサの女王」だった。

サルサ音楽の由来についてはいろいろ諸説あるものの、たいてい「 New York で Puerto Rican や Cuban を中心に生まれた新しいリズムと音楽」と称される。なぜそれが Puerto Rico や Cuba でなく、アメリカの New York なのかというのはアメリカとキューバ2国間の関係にまで話がさかのぼる。キューバでカストロによる革命が起こると、それまでキューバを属国のように取り扱っていたアメリカは投資した資本が新政府によって国有化されたことに腹を立て、経済封鎖を行ったり、キューバ危機のような戦争まで一触即発の状態にまで2国間の関係が悪化した。その結果、それまで割と自由に行き来できたキューバが突如「近くて遠い国」になってしまった。
国交が途絶えるとアメリカにいるヒスパニックの人たちの間で新しい音楽を作り出そうとするムーブメントが起きた。こうしてキューバの音楽をベースに New York で Puerto Rican や Cuban を中心に生み出された音楽がサルサだったのだ。

Celia Cruz はキューバ生まれで、キューバ革命を機にアメリカに亡命してきた、ということであるから、サルサ黎明のときからの立て役者の1人でもあるのだろう。キューバにいるときから既に成功を収めていたというから、50年近く ( 以上? ) サルサを歌い続けてきた人なのだ。
そんな彼女だが、実は日本にもコンサートで訪れたことがあるという。今から10年ほど前のことだが、ティト・プエンテ ( Puerto Rican、故人 ) というこれまた当時を代表するサルサ演奏家の1人と一緒に日本に招聘されたようだ。彼女が日本でコンサートを開いたことは彼女の追悼番組でも取り上げられていた。

ミサは日曜日に行われた。
ヒラリー・クリントン上院議員、ジョージ・パタキNY州知事、マイケル・ブルームバーグ NY 市長など政界の要人を始め、グロリア・エステファン、フリオ・イグレシアスなど多くの人が参列し、テレビもそのための追悼番組を放映した。
この週はたまたま友人 ( 彼も cuban ! ) の家族が Miami から New York の友人のアパートを訪れていたのだが、あまりに多くの人が St Patrick 教会に集まっているというので、テレビでその様子を見ることとなった。3大ネットワークチャンネルでもこの様子を紹介していたが、そういうわけで今回紹介しているのはヒスパニックチャンネルで放送していた様子をデジタルカメラで撮ったものだ。老若男女多くの人たちが歩道を埋め尽くし、その多くはやはりヒスパニックだ。もともとサルサは Puerto Rico の音楽と言われており、この日も Puerto Rico の旗を筆頭に Mexico や Dominican Republic の旗を持参している人の姿が目に付いたが、彼女自身が Cuban ということもあり、キューバの国旗を振っている人の姿をこの日は特に多く見かけた。
偶然ではあるけれど、この日の天候は晴れだったのだが、このミサの間は前が見えないくらいの土砂降りとなった。「空も泣いている」とはテレビでインタビューからの質問にされた人が答えていたのだが、同じセリフが翌日の新聞の見出しにもなったほどの大雨だった。僕と友人はその間僕のアパートと同じブロックにあるブラジル料理のファーストフードに食べに行ったのだが傘を差していても全身びしょ濡れになるほど。ところがミサが終わると同時に青空が見えてからりと晴れたのには、迷信を信じない僕でもちょっと驚いた。

ミサのあとは彼女の棺は5th Avenue を通ってファンと最後のお別れとなったが、5th Avenue は延々とバリケードが張られており、夕方メトロポリタン美術館に行ったときもまだそのあたりにバリケードがあったのでかなり長い距離をたくさんの人が詰めかけていたことがわかる。St Patrick 教会は 51st Street でメトロポリタン美術館は82nd Street なのでその距離だけでもすごいが、さらにそのバリケードは北に延びており、考えてみるとこれより北に行くと Spanish Harlem ( 通称 El Barrio ) に入っていくので多くのヒスパニックの人たちが沿道に来たのだろう。

本人の希望で彼女は The Bronx にある墓地に埋葬されることになった。

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Celiaの訃報が伝えられるとすぐにSpanish Harlemではミューラルが描かれた。撮影:EOS 10D

彼女の写真を探していて www.amazon.com を調べてみると、上の写真のベースになっている CD ジャケットが見つかった。服装からして、「 Siempre Vivire 」を見ながら描いたんじゃないだろうか。写真では金髪だが、この壁画では青色になっている。これは彼女が緑色や青色などの wig をつけてステージに上がることがあったため、そのイメージが強くてこの色にしているのではないかと思う。
ちなみに amazon.com での Latin Music チャート上位10枚の CD のうち5枚が Celia Cruz のものとなっていた ( あとの2枚に Buena Vista Social Club の CD が含まれているが、Celia Cruz の亡くなるちょっと前にメンバーのの中の Compay Segundo も死去したのだ。彼も Cuban )。ラテン音楽界でいかに彼女の存在が大きかったかを物語っている。

ミサの翌日の新聞にも大きくその様子が取り上げられており、いろいろな著名人のコメントが寄せられていた。これはその中の一つ、彼女のマネージャーのコメントである。

「 Celia、あなたはキューバを離れたが、あなたからキューバが離れたことは片時も無かった」

MoMA QNS

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いつも行き当たりばったりの New York Watch。文化的な香りのするもので、観光に役立つ情報ってのが皆無なのが New York Watch の特徴なわけだが、たまに役に立つ情報もないとね。
ということで「いまさらながらの MoMA QNS 紹介」だ。

写真はすべて Powershot G2 による。

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MoMA QNS外観。ここからではよくわからないが建物自体にMoMA QNSの文字が浮き上がるようにデザインされている。

以前日本で勤めていた会社での友人が San Francisco に住んでいる。僕より1年か2年前にアメリカに移住したのでかれこれ7~8年住んでいる計算になる。その友達がつい最近籍を入れたとかで、仕事の方も長期休みを取って車でアメリカを横断の旅に出た、と同じく San Francisco に住む別の友人からメールが届いた。New York にも立ち寄るらしいと教えてくれたそのメールを受け取って程なく、当の友人から「久しぶり」とメールが届いた。何でも国立公園を回りながらキャンプをしているらしい。独立記念日の頃、New York に到着する予定、とだけあり結婚の「け」の字も無かったのは、とてもこの友人らしい。

その後しばらくメールが届かない日が続き、こちらも移動中だと思っていたら「予定より早く New York 入りしそうな様子。週末時間ある?」とあった。平日だったら時間は取れないけど、週末ならあるよ、ということになり狭いながらもうちに泊まってもらうことになった。
土曜日の午後、CA 州からやってきたその車がうちの前に到着した。寝泊まりに必要な着替えなどを持って僕のアパートに入ってもらったのだが、持ってきたのはカメラ機材の方が大きかった ( ! )。何を隠そう、この友人はかなりフォトグラフィーにのめり込んでいるのである。表の車の中にフィルムを保存するのも良くないだろうと ( 高熱になるので )、旅行中にこれまで取ったフィルムと未使用のフィルムも持参し、滞在中はうちの冷蔵庫で保存したのだがそのフィルムの量といったら半端ではなく、すっかり庫内の一段はフィルムで埋め尽くされてしまったほど。さらに一昔前の保温付きランチジャーを二周りくらい大きくした筒状の荷物も持ってきて、「これってレンズ?」と聞くと「よくぞ聞いてくれました。念願のレンズ買っちゃったんだ」と、自分の荷物を二の次に中のレンズを見せてくれる始末! 日本に一時帰国した際に中古を買い求めたそうだが、新品でも60万円はするこのレンズ、怖くて値段が聞けなかった。余談ながら友人が New York を経った直後僕も20万円のレンズを一本買ってしまった。友人のレンズを目の当たりにした後で、お金の感覚が麻痺したのかも。

話が長くなったが、この友人が New York 滞在中に見に行きたいところの一つとして MoMA をあげた。
MoMA とはガイドブックには必ず載っている、New York を代表する有名な美術館の一つで特に近代美術のコレクションで有名だが、Manhattan にあるこの美術館が改装の長期閉館となり、現在その一部のコレクションが Queens に移されて展示を続けているのだ。それが MoMA QNS である ( QNS は Queens から取っている )。うちからは車で5分ほどのところなのだが、実は一度も行ったことがなかった。せっかく近所にあるし、何年かするとまた Manhattan に戻ってしまうのなら一度くらいは行って見なきゃなと思っていたので、ちょうどいいと同行させてもらうことにした。
MoMA QNS の最寄り駅へは地下鉄7番ラインが走るが、うちからは一度乗り換えないと行けないので、車で直接行った方が確実に早い。ホームページに載っていた住所、Avenue と Stret を頼りに車を運転しているとほんとにすぐ近くだと言うことがわかった。ただ周りは Industrial Area にも関わらず、通りに駐車している車が多く駐車スポットを見つけるのは結構たいへんだった。結局地下鉄7番ライン高架下のパーキングメーターに駐車することにした。金額はたいしたことないのだが、クォーターがそれほど手元にないこともあって買ったチケットは1時間半分ほど。これを車内ダッシュボードに置いて、ミュージアムに向かう。

入場料は現在$12。もちろん Suggested Price になっているので、それより少なくても、多く払っても良いのだがじっくり見るならやはり$12は払いたい。
と偉そうなことを書いているが、この日は同行の友人夫妻が僕の分まで払ってくれた。
建物は2階建ての高さがあるが内部は基本的にワンフロア構成だ。例外はカフェテリアと MoMA グッズ売り場で、2Fに設けられている。建物に入るときに手荷物の中身をチェックされたが、その後は持参しても良いし、コートチェックにジャケットや鞄を預けることも可能。
僕らが行ったこの日は Max Beckmann 特別展 ( 9/29/2003まで ) が催されており、館内のおよそ半分以上の面積を使用しての展示だったためゆっくりこれを見ることとなった。正直にいうとこの日まで Max Beckmann の絵というのを見たことがなかったのだが。ドイツ生まれだが、ナチスに追われて他国に移住した後、最後はアメリカ・New Yorkに住んだことになっているので、New York とはつながりの強い現代画家の1人のようだ。
絵についてうんぬん語れるほど造形はないので、さくっとここで紹介を終えてしまうが、彼の描く絵の多くに拷問が出てくるのが印象的だった。世界大戦の暗い世相を反映しての世界観だろうか。

特別展示のコースを出るとそのあと常設展示のコーナーが続く。こちらはゴッホ、アンディ・ウォーホル、それに建築家として先月紹介したフランク・ロイド・ライトと言った著名な近現代のアーチストの作品がところ狭しと並んでいる。よほどスペースがなかったと見えて Manhattan にあったときの何分の一しか展示できてないようだ。美術の教科書に出てくるような名画か一つの部屋にまとめられているのは圧巻だけれど。
ちなみに特別展示会場では写真の撮影が禁止されているが、こちらの常設展示では OK となっている。ただしフラッシュは禁物。

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常設展の様子。この女の人はほとんどすべての展示物をデジタルカメラに収めていた。

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なんかぞくぞくっとするデザイン~。

僕らはざっと見ただけなので1時間半ほどで見終わった。ちょうど車に置いてきたパーキングチケットが1時間半だったのでちょうど良かった。特別展示はもう一つ催すことが出来るようだが、僕らが行ったときは設営中で見られなかった。あとで公式サイトを見たところによると Ansel Adams 展が開かれたようだ ( 11/3/2003まで )。有名なフォトグラファーの展示なので機会があったらまた訪れてもいい。

ちなみに MoMA グッズの中では MoMA QNS と印刷されたTシャツなんかが土産には最適かも。期間限定の MoMA だし、ロゴなども結構かっこいい。
さて行き方だが詳しくは下の公式サイトを参照してもらいたい。地下鉄で行くのがもっとも手っ取り早いがその場合は地下鉄7番ラインに乗り、33th Street 駅で下車。徒歩0分である。


MoMA QNS 公式ウェブサイト
http://www.moma.org/

前回に続いて今回もパレード関連。
毎年この時期になると取り上げているのでマンネリと言われそうだが、こうなるともう New York Watch レギュラー番組みたいなものかもしれない。
Manhattan、6月最後の日曜日はゲイ・レズビアンパレード。

写真はすべて Canon Powershot G2。

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アダモちゃん風。

前回は雨の日のパレードとあっていまいち盛り上がりに欠けたが、マーメイドがメインと言うこともあって天気が良ければ華やかなパレードになったはずだ。が、それでも今回紹介するゲイ・レズビアンパレードはそれ以上に「華」があるからおもしろい。
振り返ってみると1998年から始まったこの New York Watch で最初の年以外毎回取り上げているパレードがこのゲイ・レズビアンパレードだ。開催日は毎年6月最後の日曜日と決められ、場所も5番外を Village までくだるパレードの中でも割と大型の部類に入る。

ちょうど一週間前のマーメイドパレードが雨の中だったにもかかわらず、当日日曜日は天気の良い夏日となった。僕の記憶ではこの5、6年は天候に恵まれているような・・・。
見物客が多いのと、フロートに乗っている人から水をかけられたことがあるので今年も持っていくカメラは取り回しのしやすい Canon Powershot G2。水と言ってもざぶんとかけられるわけではなく、水鉄砲程度なのだが、さっとしまえるコンパクトなカメラの方がこういった場合は楽だ。人混みが多いので大きなカメラは邪魔になるので一眼レフは向かない、という理由のほか G2 だと LCD スクリーンの位置を変えられるので前に人が立っていてもその頭越しに写真を撮ることが出来るという点も大きかった。
パレードは頭から終わりまで見るつもりは無いので昼過ぎにゆっくりと家を出た。あとで友達と合流する予定だが、写真も撮りたいのでまずは1人で適当にぶらつくつもり。
6th Avenue、14th Street 近くで地下鉄を降り、5th Avenue 目指して1ブロック歩く。既に5th Avenue からは歓声と、各フロートに積んだ巨大なスピーカーから鳴り響いてくいる音楽が聞こえてくる。パレードが行われている 5th Avenue までやってくるともう両脇の歩道は人でいっぱいで、各交差点などは日本のラッシュアワーの地下鉄なみの混雑だ。それでもやっと写真が撮れるスペースを見つけ、そこで友人から電話があるまでしばらく写真を撮り続けた。
ということでこれを楽しみにしている人もいるので、そのときに撮った写真をNew York Watch 毎年恒例だがここで一挙公開。

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沿道の窓からも同性愛の象徴レインボーフラッグ

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ムチをばしっばしっと気勢のの良すぎる女の人(いや、心は男の人だ)

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NY州の裁判で女性も乳首をPublicに出すことは違法では無いという判決が降りている。

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マントを広げている向こう側の観客の顔にも注目。

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こちらを向いた様子。手ぶれなんだけどちょうどいいのでぼかしたままで。

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ペルーだったかベネズエラだったかのグループ。帽子がかっこいいー

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女かなぁ男かなぁと悩む一瞬

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かっこよくポーズを決めてもらいました。正義の味方風。

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でも顔はやっぱりこわい~。今年の恐いで賞に決めさせてください。

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レザーやSMが好きなグループのフロート。この右側の人からラブ(?)コールを受けました

フロートからは相変わらず大音響の音楽が流れている上、たくさんの人が同一エリアにいるため、携帯電話もつながりにくいのだが、何とか友達とコンタクトが取れ、合流することができた。
「今年はヒラリー・クリントン見て無いなぁ」などと話していると、レザー好きの人たちのグループがパレードしてきた。フロートに載っている人の1人がウィンクして僕に手を振ってきたので、周りにいた人や僕の友達が「知り合いか?」という目で振り返るのだが、もちろん知らない人だ ( 笑 )。何年か前にもフロートにいた人が降りてきて「ハァイ~」といいながら抱きついてきたことがあったが、注目を浴びて恥ずかしいのは、あのとき以来だった。

立って見ているのも飽きて足が疲れた頃やっとパレードも終わった。パレードの流れに沿って West Village まで下っていったのだが、近くにはトイレも無いので途中スターバックスでコーヒーを買って用を足す。
この日は3人の友人と一緒に行動しており腹が減ったのでどこかに行こうと言う話になったが、食事をしようにもどこも人でいっぱい。考えてみればみんな同じ考えなのかもしれない。トイレのことを書いたが、臨時のトイレが設置されるわけでも無いので ( 同時開催のストリートフェアにはトイレがあった ) レストランを利用したくなるのはこういうことなのだろう。沿道にもまだたくさんの人たちがここかしかに固まっている。先ほどのドラッグクィーンがキメのポーズで立ち、見物人が写真やビデオを撮っているのだ。結局僕らはその人混みを避けて数ブロック離れたレストランバーでビールを飲むことにした。

パレードそのものに毎年大きな変化はなく、メインはやはり肉体美を誇る美しい男性陣、それにドラッグクィーン達。社会派参加者としては、カソリックやジューイッシュなどの教会関係者、ゲイ・レズビアンの子供をサポートする親たちのグループ、同性間の結婚の権利を認めるよう働きかけている団体など、これまた毎年のテーマのようだ。

パレードにはこれだけ多くの人が集まり、ダンスミュージックが大音響で鳴り響き、参加者のコスチューム ( 裸がコスチュームという人も多いが ) はこの上もなく、派手だ。当然お祭りとしての色合いも強く、一見したところ「こんなにたくさんゲイ・レズビアンの人ってたくさんいるの?」と思うほどだが、その一方でこれだけ騒ぐのはまだ社会的には弱い立場であることの裏返しなのだろう。まだまだ同性間での HIV を含む STD ( 性病 ) 感染が高いことを訴え、その啓蒙を訴えている団体もいくつもあった。中には避妊具を配布するグループもあるし、子供連れで見に来ている親がそれを受け取る姿も見かける。東京でも最近は同様のパレードがあると聞くが、子供連れで見に行く人は少ないだろう。加えてパレード参加者の中にも小さな子供の姿は見かけたが、僕がこの年で考えされることをこの子達はきっと小さいときから慣れ親しむのだろう。僕の目の前で小さな子供と一緒に見ていた若いリベラルな夫婦を見てそんなことを感じた。人種、年齢、性差、宗教・・・差別の要因になるものはいくらでもあるが、これらがすべて同居している New York ではあまりそればかりにこだわっていても仕方ない。

祭りのとしてのゲイパレードの感は否めないが、今年はいつもより強いメッセージを受けた様な気がする。

この日の様子をギャラリーにして公開しています。大きな写真で見たい人は、こちらにどうぞ!
よおく見るとかなりの人からカメラ目線をもらっています。なんでなんだろうとは考えないことにしましょう。

2003 Gay Lesbian Pride

参加者はびしょ濡れでもいいのかもしれないけれど、今回は見に行った僕らまでびしょ濡れに。
New York Watch 初の Coney Island。

写真はすべて Canon EOS 10D。

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人魚だけかと思ったら地元高校生のマーチバンドも参加。雨なのに楽器の演奏は大変そうだ。一番右端の少年は、バスケットボール選手が女装する映画、Juwanna にそっくり。

6月のとある週末に Coney Island に行って来た。Coney Island とは日本のガイドブックにも載るほど有名なところなのだが、実は今回が初めてだ。「なんだいまさらかよ」と言われそうだが、New York Watch で取り上げるのももちろん行ったことが無かった。
Coney Island は Brooklyn の南端にあり、Manhattan から地下鉄で揺られること1時間ほどで着く。かつては栄華を誇ったであろう大きな遊園地がここにあることで有名だ。他の遊園地が次々と新しい乗り物を導入して集客に向けて努力している一方で、ここは当時の乗り物のままどちらかというと時代に取り残されてしまったらしい。ところがその古くささが却ってノスタルジーを呼ぶのか、また人が集まりだしているようだ。
とこれはガイドブックの受け売りだが、実際に行ったことがなかったので、どんな風にいい感じで寂れているのか、この目で見たいと思っていた。うちから最寄りの地下鉄ラインの反対側がこの Coney Island なので行くのは簡単なのだが、なかなかここを訪れる機会が無かった。やはり New York エリアで遊園地、というと多くの人が New Jersey 州にある Six Flags に行くようで、僕も毎年このジェットコースターだらけの遊園地を訪れている。

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日本の竜宮城には亀が搭乗するが、マーメイドストーリーには象??? 載っているのはかつらをかぶったおっちゃんです。

今回特別に Coney Island に行くことになったのは、年に一度のマーメイドパレードがあったからだ。
パレードの前日、Brooklyn に住む友人から電話があった。「明日マーメイドパレードが Coney Island であるけど行かない? あれ?もしかしてホットドッグの早食いもやるんだっけ?」
いやぁあれは確か独立記念日の日だよ、などと答えながらもマーメイドと聞いて是非行ってみようという気になっていた。現在は San Francisco に住んでいる Yamajunさん、彼女が New York に滞在していたときに行ったマーメイドパレードの様子を紹介していて、一度は New York Watch で取り上げねばと常々考えていたネタの一つだった。
とは言うものの年に一度のイベント、一度逃すと次は来年・・・とのばしのばしになっていた。前日の予報では曇りまたは雨。あまり良い予感はしないが、曇りならまだ写真は撮れる。ということで「じぁ朝起きたら電話して待ち合わせの場所を決めよう」と言うことになり、この友達からの電話を切った。

そして当日。約束通り朝電話してみると「一緒に行きたいって友人がいるんだけど、しばらく Central Park にいるって言うんだよね。3時に Manhattan のどこかで待ち合わせじゃ遅いかなぁ?」と聞いてくる。「パレードは何時から?」「2時って聞いたけど」「それなら3時過ぎには終わると思うけど」
この友人もパレードは見逃したくないらしく、「じゃあ一足先に二人で見に行こう」ということになった。Central Park にいる友人も携帯電話で連絡を取りながら現地で集合することになった。
一瞬車で行こうかなとも思ったが、こういう小さな旅は電車でもそれなりに楽しい。そこでこの友人と Union Sq.駅で待ち合わせて一路 Brooklyn へ。Brooklyn に入ると地下鉄も地上を顔を出し、郊外の家々の様子を見せはじめる。このあたりまでやっくると乗ってくる人の人種もだいぶ変わる。やはり African American や Hispanic が多い。およそ Union Sq. 駅から電車に揺られること1時間、やっと終点 Coney Island 駅に到着。

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この人達あたりから海っぽいコスチュームも増えてきた。彼女たちはたぶん Jelly Fish Girls ( クラゲガール ) と呼ばれることだろう。

地下鉄から降りる寸前まで気が付かなかったが、いつの間にか車両の中にはパレード参加者とおぼしき人たちの姿もちらほら。マーメイドパレードの参加者と聞いて人魚を想像すると思うが、周りには人魚らしい人はゼロ。なぜか男装した海賊らしい女性とか、ヘンな想像上の海中生物らしきものなど。期待より不安がふくらむ。
実は地下鉄が地上を走り始めるころから、それまで曇りがちの空だったのに土砂降りの雨が地下鉄に降り注いでいた。Coney Island 駅に着く頃には小降りになっていたものの、傘は必要な程度だった。駅を出て「さあどっちに行ったらいいんだ」と右左きょろきょろすると大多数の人がそのまままっすぐ歩いていくので僕らも長い物に巻かれろと後を着いていく。すぐに大きな Nathan's ( 例のホットドッグチェーン ) の大きな店舗が見えてきて、その前の通りをパレードしている様子が見えてきた。

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やっとマーメイドに出会えた。・・・と思っていると、周りはがらがらだったのにいつの間にかカメラ小僧がわらわらと移動してきて僕なんかは押しやられてしまった。

事前の雨の予報のせいか、見物客は少ないようだ。それとも雨が降る前は人がいたのだが、雨のせいで避難したか帰った人が多いのか。いずれにせよ思ったほど大きなパレードではなく、また見物客は少なかった。
警察が張ったバリケードに沿って見物客が1人ずつ立って見ている感じなので後ろに立てば人と人の間からパレードが見えるはず、なのだがそうは問屋が卸さない、みんなが差している傘の製ですっかり視界を失われている。しかも傘からの水が滴ってくるのであまり近くにも寄れなかった。持っていったのが防滴のレンズではあったものの、やはり高価なデジタル一眼。できるだけ塗れないようにして、惜しいシーンだけを写真に納めることにした。
最初はマーメイドだけのパレードかと思いきや、実はそんなことなく高校生のマーチバンド ( 雨なのに演奏している! )やハロウィンの仮装パレードと行ってもいいような奇怪系のコスチュームと化粧を施した一団が続き、「本当にマーメイドは現れるのか?」と思ってしまう。
雨は次第に強くなり周りで傘を差さない人はいないほどで、ジャケットを着ていないと肌寒いほどだが、パレードに参加している人たちは全身ずぶぬれの上、ほとんど裸同然の人も多い。これはかなり気合いを入れないと参加できない。
雨が次第に本降りになり、だんだん周りには人が少なくなってきた。近くのレストランの軒下で雨をよけている人が多くなり、周りには同じく気合いで写真やビデオを撮ろうとしている人ぐらいになってしまった。それでも僕がいた場所はほとんどパレードの最後に当たる場所だったのでそう言う人すらあまりいなくなって、自由に写真を撮っていたのだ。が気がつくと人の見ている目の前に割り込んでくる人が増え、なんだなんだと見てみるとどうやらみんなカメラ小僧。ほとんど裸体に近いマーメイドが移動しているのでそれに併せてわらわらと動いている人たちだった。しかも人の目の前に割り込んでも何とも思わないようだ。僕も写真を撮るけどあそこまで他人に迷惑はかけないな。
で左のマーメイドがトラブルの大元だったのだ。でもよく考えてみるとこの日一番のマーメイドかも。カメラ小僧が割り込んでくるのもわからないでもないか ( 笑 )。

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ビーチでよく見られるボードウォーク。ここでは後ろに遊園地が広がる。なぜか浴衣にスニーカーの白人男性が見える。

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ひとけのない射的とコーンドッグ・ホットドッグ売り場。

そのうち傘を差していても何の意味をなさないくらい強くなってきたので僕と同行の友達も雨宿りをしようと先ほど見た Nathan's のホットドッグ店まで戻る。ここ New York ではおなじみの Nathan's ホットドッグチェーンはここ Coney Island が第一号店。最近は日本人が優勝するので有名になったホットドッグ早食い競争の主催はこの店によるものでここ Coney Island で行われる。友達と「くだらないけれど、・・・やはりここに来たら本店のホットドッグを食べていこう」と意見が一致して立ち寄ることにした。
ホットドッグ一つが$3と意外と高い。店のおばさんに載せる具を聞かれ、何があるかわからないけれど「Everything」と頼む。出てきたホットドッグは当然のことながら他の Nathan's で食べられるのと同じアメリカの味だった。
ここで土砂降りの雨がやむのを待ち、そのあとで少しボードウォークを散歩。New York や New Jersey の海沿いではよく見かける木でできた歩道だ。表面が雨で濡れてなかなか良い雰囲気だったが、この日はマーメイドパレードということもありたくさんの人でにぎわっている。もっとひとけの少ない平日の夕方などはなかなか絵になりそうな雰囲気だった。
もしかして今日のパレードに参加したのかもしれないが、なぜか浴衣にスニーカーという出で立ちの白人男性を発見。

しばらくボードウォークでがらんとした海を見た後、今度は遊園地の中を通って駅に向かう。途中見かける風景は不思議と懐かしい。店の照明やその店で売っているものなんかが日本の夏の夜祭りとどこか似通っているからかもしれない。一番最後に紹介した写真などはまるで「千と千尋の神隠し」に出てきそうな雰囲気だ。日本人にしかわかりにくいかなと思ったあのシーンだが、もしかしたら昔の Coney Island を知っている New Yorker には理解できる懐古かもしれないな、とふと思った。

地下鉄$2で目の保養をしたという人は多いはずだが、それだけはでなくタイムトラベルでもしたような不思議な一日旅となった。

Nathan's のホットドッグ
http://www.nathansfamous.com/nathans/index.html

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