New York はどうしてこんなに災害のネタに事欠かないのだろう(笑)。今年一番大きなトピックになりながら、たぶん被害も最小だった、今回の大停電。New York の人たちの暮らしは一体どうだったか。
撮影はすべて CANON EOS 10D

この日、NYの全信号からライトが消えた。
夏、New York は意外と雨が多い。梅雨はないが雷を伴った雨、つまり Thunder Storm が突然やってくることがあるのだ。その雨だが降るときはかなり本格的で、池のような水たまりができ車で通過できないくらい深くなったこともあった。
しかも落雷もそれほど珍しくないようで、住宅地の中の木に落ちてその木に火柱が燃え上がったのを見かけた事が数回ある。避雷針の設置がすくないのかな?
なので夏のオフィスでもときどき電源が落ちることがあり、1、2秒後には非常用の自家発電に切り替えられたりする。
たいていは瞬断を察知して PC が勝手にブートしたり、リセット動作をしてしまうのだがすぐに停電からの回復は早い。それが今回は異常なほど広い範囲でしかも長時間に渡る停電となった。
木曜日の夕方4時過ぎ、突然オフィスの照明がふわふわっと着いたり消えたりを繰り返し、そのあと一気に暗くなった。とすぐさま照明は元通りに明るくなったが、気が付くと目の前の作業をしていた PC の画面はむなしくブートを始めていることを示していた。「あー停電で、PC が落ちちゃったよー。せっかく入力していたデータが消えた・・・」とショックだったが、このときすでに会社の非常電源に切り替わって作動していたようだ。
その後はラボにある UNIX/NetWare/Windows のサーバも軒並みダウンしており、それらを立ち上げる作業をしばらくしていた。ところが自席に戻ると周りの人たちが「どうやらこのビルだけじゃないみたいだぞ、このあたり一帯が停電しているようだ」という。どうやら停電のとき、ちょうど電話で話していて、どちらかが「あ、停電になった」と言ったことからわかったようだ。ところがそのうち「 Long Island や Manhattan も停電だ」というように範囲が広がってきて20分後にはインターネットで情報を得ようと同僚たちがニュースサイトにアクセスをし始めた。
その中でもいち早く Breaking News ( ニュース速報 ) を流していたのは CNN と NY1 だった。CNN はブラウザでアクセスすると一番上に赤いバナーが表示され、そこに「カナダ、ミシガン、オハイオ、ニューヨークなどで停電中。詳しくはもうしばらくお待ちください」と書かれていた。
NY1 は日本の人にはなじみが無いかもしれないが、AOL Time Warner 社が New York で提供している Time Warner Cable テレビ局の地元ローカル局で New York に関する割と詳しいニュースや情報を24時間流している。この放送局のサイトが www.ny1.com なのだが、ここも「ヘビートラフィックのため、テキストエディションでお送りしています。New York などアメリカ東部で大停電が発生しています」といったメッセージに変わっていた。
停電の後始末が終わってほとんどの PC やサーバが無事立ち上がった頃、オフィスの温度も上昇を始めていた。たぶん非常用電源なのでエアコンが効かないようだ。時間も5時に近くなっていたが、以前ニュースサイトは「原因は不明、復旧時刻も不明」となっていて不安が募る。周りの同僚もこういう日は早く帰った方が良いだろうと帰り支度を始め、万一のことを考え PC やサーバの電源を落とす。非常用電源も燃料が切れたらそれまでなのだ。
オフィスの外に出ると案の定、信号はすべて停止している。上にも書いたが落雷のあとにはそれほど珍しいことでもなく、また信号自体が壊れているところもあるので、渋滞はするものの運転する人たちもあまり気にとめず一台ずつ交差点に入った車から出ていく、という暗黙のルールを守る。
フリーウェイはもともと信号が無いため、大きな混乱は無かった。自宅近くまでフリーウェイで帰れるのだが、普段の1.5倍程度の通行量だったかもしれない。これは交通機関が麻痺したため、たくさんの人が車で迎えに出たり、非常時の食料や懐中電灯などを買いに出たためだと思う。
フリーウェイを出て、市街地を走る際には「車と人が多くて交差点は大混雑だろうなぁ」と思っていたのだが、実は先ほどのように車が一台ずつ道を譲るので大きな混乱は無かったようだ。もともと信号の無い交差点ではどの方角から入ってきても「 STOP 」サインがあり皆一時停止しなくてはならず、最初に来た車がが最初に交差点に入って出ていくというルールがあるが、これと同じ事を皆が実践していたようだ。大きな幹線道路では全部を見渡すのが難しく、そういうところでは警察官が交通整理にあたっていて市民も辛抱強く渋滞に対処した格好だ。

夜になっても停電は続く。交差点からライトが消え車は皆一時停止。

車のヘッドライトを照明にして、路上でバーベキューをしているグループ。車のカーステレオからは音楽。
家路に向かう車の中ではラジオを聞くことが出来たのも情報が錯綜せずに済んだ要因の一つとなった。
停電直後からテレビはもちろん、電話回線もダウンしてしまい、その後しばらくかかりにくくなっていた携帯電話もとうとう使えなくなってしまった。ちなみに携帯電話はキャリアによってだいぶ事情が異なっていて、僕が現在使用している Cingular は夕方6時にはもう使えなくなり、翌日の昼過ぎまで完全にダウンしていた。その一方で SprintPCS は友人がずっと停電中でも使えていたので、アンテナなど非常電源で稼働していたようだ。
とにかくテレビやインターネットを含めて情報を得る手段はラジオをのぞいて無くなってしまったのだが、アメリカは車社会なので聞こうと思えば車の中でラジオなら聞くことが出来、これを通じて州政府や市当局からの情報伝達が速やかに行われていた。
地下鉄、鉄道は全面停止、空港は着陸のみでチェックインは無期延期、Mahhattan へは緊急車両をのぞいては車での通行はできないことが繰り返し伝えられていた。その後すぐに市長がラジオでアナウンスを始め、テロの情報は無いので落ち着いて行動すること、熱中症にかからないよう窓を開け、水を飲むこと、近所で年配の人や病人がいたらときどき見に行って必要なものを届けること、緊急時のみ911に電話することなど、次々と指示を出していた。
ラジオはすべてニュース番組に切り替えられ、中には「通常でしたら Yankees のナイターゲームを中継放送する予定ですが、番組を変更してニュース番組を続けます。野球に関しては途中経過を放送します」と言っている局もあって「この停電の中、照明をつけてゲームなんかできるのか?まして地下鉄が動いてないのに観客が球場に行けないじゃん」と思ったが、考えてみるとたぶん停電の影響を受けていない他州でゲームが行われていたのだろう。つい Yankees イコール the Bronx のヤンキースタジアムという図式で考えてしまっていたのだ。

親子三代の語らいだろうか、ろうそくとオレンジジュース、それにビールを飲んでいた。
たかが停電、という声が聞こえてきそうだが、これだけ電気に依存した社会ではやはり「されど停電」なのだ。すぐさま州毎に「非常事態宣言」がなされ、警察や消防、それに軍隊が出動することになった。こういったことはすでにマニュアル化されていると見えて、交通整理を始め、重要な施設への警備、食料の配給などがすぐに手配されたという。
これは後日聞いた話だが、Penn Station などでは警察官が駅に泊まらざるを得なくなった乗客に対して、ピザハットやマクドナルド、サブウェイサンドイッチなどを大量に購入してそれらを配布したそうだ。2年前の9/11テロの時は動いていた長距離列車なども全面停電のため動かず、長距離通勤している人たちは野宿を余儀なくされたのだが、空腹ではイライラと不安が募るという配慮らしい。
またラジオの DJ が話していたが、停電のあとすっかりクラクションの音が聞こえなくなった、という。普段はいつもせかせか行動して道なんか譲ってくれない(笑)New Yorker がこんな表情を見せるのは9/11のテロ以来初めてだ。僕も帰宅途中、ラジオを聞いていて「そういえば」と気が付いた。しかも緊急病院の近くを通ったときは近所の人とおぼしき人が懐中電灯を使ってボランティアで交通整理をしていたのを見かけた。車の中からも「どうもありがとう」という声がかかる。
世知辛い世の中とは言っても捨てたもんじゃないな、とはちょっと傲慢な意見か。でもこんな風景を見るとやっぱり笑みがこぼれる。

近所のカフェやバーは出せるものを出して開店中。これもびっくり。
帰宅してからも何もすることがないので、近所の悪友の家を訪ねる。普段はアパート入り口の扉が閉まっていて外から呼び鈴を慣らして中から解錠してもらわないと中に入れないのが、この日はその扉が開いている。そう停電だからオートロックも働かないのだ。家族だって全員が鍵を持っているわけではなくて、帰宅したら呼び鈴を鳴らしてあけて貰って中に入る人がいるので、オートロックが働かないと外から中の人を呼び出せない。でも扉を開けておくのは防犯の面からは危ないのだが、この日はそんな風景がどこでも見られた。
友人のところはガスが使えたようで ( 僕のところもガスは出るのだが電気式の着火なので使えなかった。後で思ったのだがライターとかマッチで点ければ良かったのだ )、簡単な料理を作っていてくれた。なんでも僕が帰宅する前に無事帰っているか立ち寄ってくれたとか。うう持つべきは友達だ。
その後、家にいてもすることがないと、カメラを持ち出して近所を散歩することにした。帰り道たくさんの人が散歩しているのを見かけたのでその様子を撮りたかったのだ。
多くの家やアパートでは住人が表にでてろうそくの明かりのもと、集まっている。部屋の中から椅子やテーブルを持ち出してまるでちょっとしたパーティだ。中には発電機で電気をつけ、バーベキューグリルを設置して深夜のバーベキューを楽しんでいるグループも多く見かけた。ラジカセや車からは音楽が聞こえ、決して不安定な状態ながら、それを楽しむ余裕さえ持っている人々の姿を見ることができた。いくつかの家の前で庭にいる人たちに「写真を撮ってもいいですか」というと「こんな状態でもいいの?」といいながら皆快く承諾してくれた。週末停電から復旧したあとに行ったパーティでもこの停電のことが話題になったが、あちこちで Block Party が開かれたとか。( Block Party の Block はちょうど日本で言うところの横町のようなもの。ストリートやアベニューで構成される1ブロック。つまり同じブロックで住む人たちで開くパーティが Block Party だ )
僕の住む街は Single の人も多いのだが、近所のカフェやバーではテーブルとろうそくを表に持ち出し営業を続けていて、そこに友達同士で集まってくつろいでいる姿も見かけられた。キッチンも照明もなく、キャッシャーもお金の計算が不便だろうに、冷えているビールやワインと場を提供してくれるのは驚きだ。
停電はもちろん不安だし、何時間も復旧の見込みがないとあっては生活に支障が出る。トイレが流れない家や水が出ない家もあるし、高層ビルに住んでいる人はエレベータも動かないので戻るに戻れない。
もちろん暑すぎない天気の良い夏の日だったというのが不幸中の幸いで、雨やまして真冬の雪の日に同じことが発生すれば悲惨だっただろう。しかし今回の停電は9/11のテロの教訓を生かして速やかに行動ししたために混乱が少なく、さらにこの悪環境が転じてコミュニティーや家族、友達の団結を強めたとあって、「まんざらじゃなかったよね」というのが後日いろんな人から聞こえた意見だ。中には「一夏に一夜くらい停電があってもいいんじゃないか」なんて意見も。

30秒の露光で懐中電灯で遊んでみました。
翌日金曜日になって徐々に停電から復旧が進んでいった。僕のところも Manhattan に比べるとだいぶ早い時間に復旧していたのだが、近くのガソリンスタンドが閉まっていたため、車で通勤が不可能に。しかも鉄道も地下鉄も動いていないし、電話も通じない。ということでこの日は出勤を見合わせた。たまには電気の無い生活を満喫してのんびりするのもいいもんだ、と予想外の休暇を楽しんだ。
後日、近くのスーパーマーケットに行くと、冷凍食品がすべて半額になっていた。こんなのもちょっとうれしい誤算か(笑)