最近見た映画2本がたまたまだが、なにかしら日本に関係のあるものだった。アメリカ映画での最近の日本の描かれ方とは・・・

Kill Bill映画入場券の半券。広告にはカタカナがそのまま使われ「キルビル」と書かれている。
この一週間に見た映画が2本ある。「 Lost In Translation 」と「 Kill Bill 」だ。中身の全く異なる映画だが一つだけ共通していることがある。それは「日本」と言うキーワードでつながっていることだ。
このサイトを見てくれる人の中にはアメリカに住んでいる人もいて、まだこの映画を見ていない人もいるだろうし、日本での公開スケジュールもよく知らないので万一日本での公開がされていないとしたら、やはりネタバレはするわけにはいかない。となるとあまり詳しくはここでは書けないが、どちらも日本を大きく取りあげ、日本での撮影も敢行している。アメリカ人にしてみたらたまたまこの時期、日本に関する映画が2本も公開になっており、どうしたんだろうと思うかもしれない ( ちなみにこのあとにはトム・クルーズ主演作品、Last Samurai の公開が控えている )。
「 Lost In Translation 」のあらすじはこんな感じだ。アメリカの映画俳優が日本の酒造メーカー ( サントリー ) のテレビコマーシャルと広告撮影のため、1人で来日。もちろん撮影現場には日本人の通訳が付くのだが、現場の勢いに呑まれて通訳の女性もあたふたしながらの通訳で心許ない。そんなとき宿泊している新宿の高層ホテルのバーで、たまたま1人のアメリカ人の女の子と出会う。仕事でたまたま来日しているフォトグラファーである配偶者に同行してきているのだった。主人は昼寝も夜も仕事でホテルに帰ってくるのは深夜・・・そんな2人がバーでたまたま出会ったのもおそらく言葉も通じない外国での疎外感という共通の想いがあったからだろう。監督はソフィア・コッポラで、父はあの有名なフランシス・コッポラ。
この映画は全編日本ロケ、しかもその大半が東京ということもあってなじみの場所がいくつも出てくる。ただその映像を見ているとどこか別の国であるような錯覚も覚える。というのは仕事でアメリカからやってきた俳優の目から東京という町を見ているので、映画の中の東京がそんな観点から撮られているので。渋谷や銀座のきらびやかなネオン、渋谷の若者文化、それにパチンコ屋など東京の人から見たらなんて事もない風景が新鮮に紹介されている。日本人に取ってみれば自分もその風景を構成する一部のはずなのだが、この映画では第三者的に東京を眺めることが出来る。映画の中で、この映画俳優が日本のバラエティ番組に招待されて司会者とトークショウを繰り広げられるシーンがあるのだが、僕は最初これを「笑っていいとも」のパロディなんだな、と思っていた。事実一緒にこの映画を見に行った友達が「このトークショウはホンモノ?」と横から聞いてきたときには「こんなの見たこと無いよ、たぶん偽の番組だよ」と言ったのだが、後日会社にいる他の日本人 ( 日本から長期出張で来ているので少し前までの日本の事ならよく知っている ) に聞くと、なんでも実在の芸能人で実在の番組だとか・・・。面識もない日本人の司会者がこの俳優と旧知の仲であるように振る舞っているシーンがあり、いかにも日本の芸能界、みたいな描き方をしていたので、架空の番組だと思ったのだ。ちなみにこれと似たシーンはアメリカの映画でよく見られる。たいてい無名な主人公がお金持ちになるとか有名になると、ジェイ・レノのトークショウに呼ばれて話しをするシーンや Newsweek の表紙に顔写真が飾られるシーンがあるが、あれの日本語版を意識して作ったのではないだろうか。そう考えるとジェイ・レノ並の大物司会者だったのか、と妙に感心してしまう。あのくねくねした人は有名なんですか? > 日本で見た人?
ちなみにちょっと誇張しすぎなんでは?と思うシーンもあったりするが、全体を通してみると現代の日本を象徴するようなシーンが多く、日本人としてはこの映画での日本の描き方に好感が持てた。
でもう一方の「 Kill Bill 」だが、こちらはもう滅茶苦茶だったりする。まあこれはそういう映画だから日本人としても時代考証やロケーション・登場人物の設定に無理があるのはよくわかる。
「 Kill Bill 」は Quentin Tarantino が監督をしている映画なので、見る前から何かしらのショックはあるだろうと思っていた。「と思う」と書いたのは珍しいことにここ数ヶ月映画を見てなかったので予告編も見てなかったのだ。ただ友達との会話などからこれも日本でロケをした映画とは聞いていた。
ストーリーだが、こちらは紹介するほど中身がある映画ではない。いわゆる復讐劇で、単純明快。だからといってつまらないといっているわけではなく、これはそういうたぐいの映画としてみれば立派な娯楽映画だ。準主役は Lucy Liu の名前が見えるが彼女は中国人と日本人のミックスという設定になっている。おそらく脚本が日本を舞台にしていたので最近当たり役がおおい彼女に白羽の矢がたったのだろう。
日本人俳優では千葉真一が「ハンゾウ・ハットリ」なんていう名前で登場しているが、びっくりしたのは Lucy Liu のボディガードを勤める女子高生役 GOGO の顔に見覚えがあったのだ。誰だったっけかな?と思って映画を見ながら考えていると、あのバトルロワイヤルでランナーの役をやっていた子だ!と思い出した。隣で見ていた別の友人もうちで BR の DVD 英語字幕編を見ているのですぐに気が付いたらしく、「この子、見たことがある」と言うほど印象に残る役だった。
この映画でも日本ロケの箇所が出てくるが、こちらは「 Lost In Translation 」をさらに誇張した扱いになっている。特に最後のシーン ( これはあまり詳しく書かないが ) のレストラン・宴会場などは果たして日本だろうかと思うほど。
この映画を見ていて気が付いたのは、日本でのロケ、日本語セリフの多用、日本人俳優の登用ではなく、映画そのものが今の日本を象徴しているな、ということ。映画の進行はまさに RPG ゲームの様だし、剣を使った戦闘シーンはファイティングゲームそのもの。アングルもゲーム的だし、繰り出される技もまさにキーパッドを連打して出す高度なものと言った感じ。出てくる登場人物がそれぞれ異なる武器を持っているという設定もファイティングゲーム的だと思う。極めつけは最後のシーン。情景だけ見るとセガのまるでバーチャファイターみたいだ。
それともう一つはバトルロワイヤルに出ていた子がこの映画に出ていることからもわかるが、おそらく監督は BR も見て大いに参考にしたのではないだろうか。高校生による無表情の殺人シーンというのはかなりショッキングだったようで、この映画でもかなりの時間がこのシーンに割かれている。
そんなことから、日本のロケそのものは現実離れしているものの、この世界観というのはある意味あたっていると僕は思った。
ところでこの二つの映画では、日本語がかなり多く出てくる上に、英語の字幕すら表示されない箇所があったりする。日本人はそのセリフを理解できるかアメリカ人にとってはまったくちんぷんかんなところだが、おそらく監督は日本語の発音がこのシーンでは重要で、中身にはこだわらなかったところなのだろう。そう思ってみると日本語にどんなイメージを持っているのか、想像しながら見るのもおもしろい。今や日本の製品を持っていない家庭はないくらいアメリカ中に普及しているが、それでもよく「日本の国のイメージが湧かない」と言われる。おそらくこの字幕なしの日本語シーンというのも「日本のミステリアスさ」を醸し出すのに一役買っているのではないかと思えてくる。前者ではこのミステリアスが主人公や観客に対して疎外感のようなものを感じさせることに成功し、後者の映画では日本の不気味な怖さを演出するのに成功している。
映画の中での日本の取りあげ方が昔の映画のように中国や韓国と誤解しているように描かれることは無くなり、逆にアメリカから見るとテクノロジーの進んだ国として見られるようになり、考証もそれなりに正しい。が正確に描写されたものがアメリカ人にとっては新鮮に見えるということは、まだ日本がそれだけミステリアスだということにもなる。僕も今回、変わった見方で日本を見ることが出来て不思議な気分になった。
これらの映画、日本人には二度おいしいかもしれない。

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