2004年1月アーカイブ

Tax Free Week

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今日は平日だけどうちでぬくぬく。予報通り昨日の夕方からスノーストームがやってきて、今朝は雪かきを終えてから会社に行っても半日しか働けない。朝一番で上司にメールしたら30分もしないうちに返事があって(!)、「今日はうちにいていいよ」とのこと。

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近所のブロックでの風景。

ところで昨日の雪は久しぶりにすごかった。朝会社を出るときはまったく降って折らず、日中もちらちら舞う程度の雪が、意地悪くも仕事や学校からの帰宅時間にあわせたかのように本格的に降り始めたのだ。
僕は出勤に車を毎日使うのだが、いつもはすぐに除雪されるはずの高速道路ですら間に合わず、真っ白に踏みしめられた雪の上を走っているようでとても恐かった。
La Guardia 空港そばの高速にいたっては5車線くらいあるのだが、もちろん車線などは見えずただ横に広い道を車が思い思いのレーンで走っている。僕は自分の車が 4WD なのだが、それでも過信せずブレーキを使わないよう一定速度で走っていたのだが、やはり普通の車は右に左にお尻を振りながら走っている上、すぐにブレーキを使うのだ。あれでは高速道路の上でアイススケートをすべりに来たようなものだ。

で、その雪が今朝まで降り続いたため今日は会社を休んだのだ。
一応上司からは「メールを時々チェックするように」とあったので、夕方まで自宅で待機しながら会社のメールを読んでいた。午後にはすっかり晴れ間も見えてきたので、このまま家にいてももう何もないだろうと、Brooklyn に住む M子ちゃんに電話して食事しよう、と誘うことにした。どうせなら Brooklyn で待ち合わせして、かつて SOHO にあった Canal Jean の Brooklyn 店に行ってみようということになった。
というのも今週の月曜日から、New York 市では$110以下の衣類に関しての税率が0%になっているのだ。雪で学校などは休みだが、平日なので仕事をしている人も多いはずで、Tax Free Week と言っても今日なら空いているだろうという打算が働いたのだ。

もともと New York 市は Sales Tax に8.5%が課されており、年に数回こうした Tax Free Week が行われていた。それが前市長、ジュリアー二のときに撤廃され、$110以下の衣類に関しては無税になったのだ ( もともととなりの NJ 州は無税なのでトンネルを通って NJ で買い物をする人が多かった )。その制度が新市長、ブルームバーグ就任とともに即座に撤廃され、こうして Tax Free Week が年に数回行われるようになったのだ。

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駅で見かけた風景。落とし物の帽子か。

ということで早速行ってきました、Canal Jean。地下鉄2または5ラインに乗って Brooklyn での終点駅。駅を出ると遠くに店のシンボルだった白と黒の格子の旗が見えた ( SOHO に合ったときと同じ )。
店内の様子は SOHO にあったときにより、より Vintage ものが増えていて価格の安いものが増えている。
その一方で新しいものはほとんど置いてないようだ。場所柄仕方ないのかもしれないが、ちょっと残念。それでも二、三めぼしいものを見つけ、早速購入。店の入り口に書いてあったように Sales Tax はレジでもかからなかった。



さてこの Sales Tax Free Week だが、始まったのは今週月曜日26日からで、最終日は2/1日曜日。この間は$110以下の衣類にショッピングに対して9%近い税金が課されなくなる。
これに合わせてセールを行っている店もある。がその一方でぎりぎり$110近い値段、たとえば$109ぐらいに値段を設定して値頃感を煽る店もあるので注意 ( 普段はもっと安かったりするのに )。うまく利用して春・夏物の服を手に入れよう ( 外はまだ雪景色だけれど )。

New York 市公式サイトに掲載されている詳細情報
http://home.nyc.gov/html/dof/html/salestax.html

さてフェイシャルエステ初体験のつづきである。
前回は建物の中に入ったところまで書いたが、いよいよその先だ。

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エレベータもかなり古めかしく、どこのフロアにエレベータがいるかの文字盤もご覧の通り。少なくとも数十年は経っていそうだ。
僕ら日本人からすれば古くさくても米欧のものだと「アンティークみたい」となるのかもしれないが、よく考えて欲しい。いいかえれば東京の雑居ビルで数十年前のビルといったらどことなく薄暗くて胡散臭さはないだろうか。そんなところに外国人観光客が「昭和初期のいい感じですねー」とはなるかもしれないが、僕ら日本人はそう感じないものだ。
なので同じようにここ New York に住んでいる人の目からすれば、どことなく薄気味悪い、となるのかもしれない。

さて気を取り直してエレベータに乗り込んだ。
これにのって9F に付くと扉が二つあり、右側の扉にはクレジットカードのシンボルマークがたくさん張ってあるので否応なくこちらが今回の目的の場所だとすぐわかる。よく見ると JCB カードのステッカーも見えるので、日本人も来るのだろう。
( もう片方は住居か? )

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でおそるおそる扉をあけると、中にはカウンターがあって受付の女性が1人座っていた。
完全予約制なので、来たのが誰かはすぐにわかったようだ。
最初にコートや手袋、帽子などを預けると、初めて訪ねる病院のようにカルテが渡された。最初の一枚は住所や氏名、それに誕生日など差し障りのない質問なのでさらさらと書けたが、二枚目はいろいろな病歴についての質問が主でなかなか難しい。
まあすべてに「No」と答えていれば安全そうだ。病歴のほかアルコール摂取量やタバコを吸うかなどの質問もあり、また当然アレルギーについての質問も多かった。

それらに答えるとロビーの席に座ってしばらく待つよう言われる。

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待合室といっても病院のような感じではなくて、どこかの家のリビングルームであるかのように作られている。それも狙いなのだろう。かすかにお香も漂っている。
それでも上にあるようなインテリアはちょっと・・・水のちょろちょろ流れる音は心地よいのだが、なんとなくこの場にはそぐわないようだ。
緊張しながらもざっと見てみると、この待合室を中心に3つ4つほどの個室があるようで、中からくぐもった声が聞こえてくる。中には男性の声も聞こえてくるので、僕のようにメンズエステで来ているのだろう。
そんな観察をつづけているうちに1人の女性が現れて、こちらへどうぞと小さな部屋へ案内してくれた。部屋には病院で使うような高い診察台のようなものにやわらかなバスタオルやコンフォートがかけられ、ベッドの両脇は壁まで1メートルあるかどうかのかなり狭い部屋なのだ。

そこで上半身裸になるように言われ、ズボンを脱いだ方がリラックスできるなら脱いでもかまわない、という。さすがにそれは照れくさいので上半身だけ裸になるとその上からタオルケットのようなものがかけられ、肩から上が露出するような感じになった。
あまりじっと見るのは失礼だと思って見なかったが、担当してくれる女性は年の頃にして20代後半ぐらいのヨーロッパ風の顔立ちの女性で、ここにつとめているせいなのかやはり顔がつやつやしている。

さて早速フェイシャルトリートメントが始まったわけだが、僕自身は何をしているのか全く見えない。なので事前に説明してくれた内容から判断して書くのだが、果たしてあっているのかどうだか。途中記憶をなくした部分もあるし(笑)

まずはものすごい明るいライト、どうも特別なライトの様で、目をつぶっていてもまぶしくすぐに瞼の上に何か軽い布が置かれたくらいだ。まずはこれで肌の状態をチェックするとのこと。
嬉しいことに「年齢より若い肌だし、きれいだ」と言ってくれる。まあお世辞なんだろうけれど。

まずはクレンジングから始まった。泡だったものを顔に塗り立てられて念入りにマッサージされる。男性は化粧をしないのでたぶんこの部分は楽だと思うが、女性の客の場合はたいへんそうだ。
そのあとは顔にスチームが長時間かけられたり、クリームをぬったり、暖かいタオルが顔にかぶせられたりと小一時間つづいただろうか。中には緑茶の香りのするものが塗りたくられたときがあったが、どうやらモイスチャークリームだとか。

そして最後に「パックね」と言われ、これまたどろどろしたものが顔に塗られた。何色をしているのか何を塗られたのか全く分からないが、しばらくしてこれが顔からふき取られ、また顔にクリームを塗られ、顔や頭、そして方にマッサージをしてくれる。もうこのあたりでだいぶ意識が遠のいてきたところで
「おしまいよ」と言われる。一瞬とはいえたぶん眠りに落ちてしまっては、せっかく手入れをしてもらったのに寝ぼけた顔になっていないか、ちょっと心配だ。少しばかりのチップを担当の女性に手渡し、顔を触ったりつねりながら小部屋を出た。

支払いはギフト券だけで足りているので、預けたコートと手袋を受け取り、カウンタの中の人にお礼を言って出ようとすると、オーナーの女性が出てきた。韓国の女性だという。
名前が Mina と書いてあったので日系人かと思ったんだが。

伸びきった僕の顔だが、外に出ると冷たい風が一瞬にして毛穴が閉じた感じがした。
早速友達とあったが「全然変わらないよ」と言う人と、別の人には「あ、少し若く見える」という人と様々(これまたお世辞なのは分かっているけど)。

一回ぽっきり行ったところで効果は無いのは分かっているが、確かに定期的に行けば肌の掃除になっていいかもしれないし、なんと行ってもリラクゼーションの効果はあると思う。

ちなみにメンズフェイシャルは$75で所用時間およそ1時間。もうちょっと安いとリラックスしに行くんだけどなぁ。
あと常夏の島から帰ってきたときや、夏の日焼けの後にはいいかもしれない。

初めてのフェイシャルエステだが、初体験としてはマル。こんな気持ちいいものを女の人だけに取られていたとはちょっとくやしい。
(でも通うことはなさそうだ)

AZURE Day Spa And Lazer Center

227 West 29th Street, Suite 9F
New York, NY 10001
Phone: 212-563-5365
Fax: 212-563-5364
公式サイト

これまでも New York Watch で珍しい体験なんかを紹介してきたが、その中でも今回の体験はなかなか貴重だった。

昨年の誕生日プレゼントで Gift Certificate つまり、ギフト券を貰っていた。でこのギフト券、Manhattan にあるエステティックサロンから発行されたものだった。
これをくれた友達は、自分が行って良かったからプレゼントに選んだというわけではなくて、単にネタとして選んだようだ。その証拠に「行ってみて良かったら教えてよ。僕も行くからさ」みたいなノリだったのだ。

でこのギフト券、よく見ると使用期間が決まっていてなんと数日前にその日付を過ぎてしまっていた。
割引券程度だったらきっとそのままにしていたかもしれないが、せっかく友達がお金を払ってプレゼントでくれた券なので悪いなと思い、さっそく問い合わせの電話をしてみた。

受付に出た女性は最初「期限が切れたギフト券だから・・・・でもちょっと待ってて問い合わせしてみるわ」と言ってくれ、そのあと何度かやりとりのあと、結局予約を受け付けてもらえることになった。
早速次の土曜日の空いている時間、ということで午後5時からの予約が取れた。
なんと生まれて初めてのエステの体験である。
一昔前だったら「男がエステなんてキモい」といわれそうだが、最近は日本でもメンズエステのコースがあるように、美容先進国アメリカでも男性用エステもポピュラーになりつつあるようだ。でも僕自身が一昔前の人間なので、やはりメンズエステということばには男のエアロビと同じくらい抵抗があった。
僕にはして珍しく勇気をふるってのエステ体験なのだ。

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入り口の様子


そしてついに運命の土曜日。

自分がそわそわしているのがよくわかる。不安もあるし、照れもあるし、期待もあって、要は落ち着かないのだ。
行く前に一応顔をよく洗う ( こういうところが小心者だ )。いや一応というもんじゃなくてかなり念入りだ。相手はプロなのだから僕が今日一日一生懸命洗顔してきたところでそれを見破りそうなもんだがそれでもこぎれいな格好をしていかないと恥ずかしい。ひげも揃えたし、さて行くとするか。

場所は Chelsea のはずれにあってあまりひとけの無いストリートだった。近くに目印は無いもののギフト券に書かれているアドレスはすぐに見つかった。アパートビルのような古いビルの9F にようで、中に入るには入り口でインターフォン越しに話さなくてはならない。

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ブザーを鳴らすとほどなく「どなた?」という声がスピーカーから聞こえてくる。僕は自分の名前を名乗るとドアが開錠され、ブーっとなった。重い扉を押して中に入るとこれまた古めかしい廊下と古めかしいエレベータがあった。さていよいよエステの初体験だ。

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・・・ということで次回に続く。

Chinese New Year

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ブログ化してから、なぜか更新頻度が高くなっているなぁ。ブログだと更新が気楽、というより単に目新しくて遊んでいるから、つい更新、と言う気もするけれど。

さて今日は Chinese New Year。といっても Chinese だけが祝うとも限らず、Lunar New Year とも言われる。
昔は日本も旧正月というのがあったようだが、今でも中国、台湾をはじめ韓国やベトナムなどでは盛大に祝われるようだ。

ここ New York でも中国人や台湾人、韓国人は大きなコミュニティを擁しているので、Manhattan の Chinatown や Flushing にある Chinatown ではこの日、お祭りが開かれる。
かつては道路一面、真っ赤になるほどの爆竹が使われたそうだが、前市長の在任中に爆竹の使用は禁止された ( けれども実際には行われている )。
ただし、Chinese New Year は National Holiday になっていないので、Chinatown をのぞけば世の中普段通りである。そのためか Chinatown では観光客のためにも新年の行事を週末に行ったりする。僕も一度龍の踊りを何年か前に見に行った。

僕の勤めている会社にもこの日を祝う人たちが結構いるので、休みを取っている人も多い。アメリカ人はクリスマスに休みを取って、中国人たちはこの日に休みを取るのが割と認知されているけれど、僕ら日本人に取っては1月1日の正月の方が休みとしては重きがある。
が悲しいかな僕の会社にも日本人は少ないので、「三が日休みをください」とは言いにくいのだ。
アジア系の移民も増えているので、そのうちこの Lunar New Year も National Holiday に制定される日が来るかもしれない。ただし毎年何月何日と固定されておらず、2月になることもあれば1月になることもあって流動的にはなるだろうが。

ちなみに今日は google にアクセスするとこんなロゴになっている。今年が何年かということは年賀状を書かないのでほとんど忘れていたのだが、そうか申年だからか。
で google にいってこのアイコンをクリックすると「 Chinese new year 2004 」というキーワードで検索したページに飛ぶようになっている。

さてそろそろ昼ご飯だ。今日は昼飯に Chinese でも食べるとしようか。

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U.S FrontLine

米シンギュラーが正式提案 同業大手買収

20日の米USAトゥデー紙は、米携帯電話大手シンギュラー・ワイヤレスが同業のAT&Tワイヤレスに現金での買収を正式提案したと報じた。実現すれば国内最大の携帯電話会社が誕生する。
(共同)

今朝、出勤前に見るテレビのニュースでもこのことは取りあげていた。
なんでも Cingular が AT&T Wireless に買収提案を持ちかけているのだとか。
AT&T WIreless とは言わずとしれた AT&T 電話会社グループの一つで、携帯電話会社だ。

アメリカに来てからずっとキャリアとして使っていた AT&T だったが、目新しい携帯電話が無いので、気分転換に Cingular に乗り換えたのが2002年の夏。当時 CIngular と T-Mobile は東海岸で GSM 方式による携帯電話サービスを開始したばかりで、電波事情の悪いところが多かった。
がそれも次第に解消して、ネットワーク自体の不満はあまりなかったのだが、別のところに不満が残った。

通常ボイスメッセージが残されると、携帯電話には封筒だのテープだのといったアイコンが表示されて、あとからでも「あ、誰かがボイスメッセージを残したんだな」とわかるようになっているはずだ。
これがなぜか僕の携帯には表示されなかったのだ。正確に言うと最初は動いていたのだが、ある時点から表示されなくなった。
これには思い当たるふしがあって、実はテキストメッセージオプションがくさいとにらんでいる。
日本でこのテキストメッセージオプションについて知らない人のためにちょっと補足すると、こちらの携帯はいまだに携帯同士でメッセージ交換するのにショートメッセージが使われていたりする(携帯でメールやメッセージを送ると言う機能を使わない人が多いが、テキストメッセージを送りたい人の多くはこれを使うという意味)。
アメリカの携帯も日本の i-mode のように携帯によるインターネット接続サービスを開始しているのでその中のメールサービスも可能なのだが、これを使ってメールのやりとりをしている人の姿は滅多に見かけない。パケットが通話と別料金なのが敬遠されている理由なのかもしれない。
そのテキストメッセージオプションというのはショートメッセージを送受信するための追加オプションなのだが、Cingular の場合メッセージを受信してもお金が受け手にかかる。ところがこのショートメッセージのメールアドレスが電話番号で形成されているので、ジャンクメールとして狙われることがあり、受信したサイズにより課金されるものだから、$20も余計に請求されたことがあった。
契約時に「テキストメッセージオプションはいらない」と伝えてあったので、実際にこの分を支払う必要はなかったが、完全に取り去るわけには行かないと言う。なぜかというとボイスメッセージがあることを携帯に伝えるのにこのテキストメッセージが使われているのだという。
けれどもこのオプションがあると毎月余計にお金がかかる・・ということでテキストオプションを残さなくてはならないが、これにチャージされる費用は払わなくて良い、と言うことになった。

が毎月請求書が届くとカスタマーサービスに電話して、事情を説明し、このお金を返して貰うのに、とんでもない労力を費やすのだ。
電話をかけてから担当者につながるまで延々と待たされたあげく、毎回違う人が電話口に出るので、僕の苦情がデータベースに載っているにもかかわらず、毎回説明しなくてはならず、さらには「修正できるかどうかやってみるから待っていてください」と言われると仕方なく待たなくてはならない。
そのあげくにやはり直らないことがわかったり、時には「それはこちらの問題ではありません、この分は払って貰う必要があります」なんて言われたりすると「毎月の請求書を見て欲しい。これまでにすべてクレジットされていない? これこれこういう事情があるんだけど」といちいち説明するのがとても疲れるのだ。
それで最低契約年数である一年を過ぎたときに、また AT&T に戻ろうとしたところ、ナンバーポタビリティの制度が2003年11月から始まる、と言う話を耳にした。

これは日本でも話題になっているようだが、つまり携帯電話会社を変えてもこれまで使用していた電話番号をそのまま使えると言う制度だ。
しかもアメリカの場合、自宅の電話番号を携帯に移すことも出来るので新しく携帯電話会社をスイッチしてもいちいちみんなに連絡しなくてすむ、と言うメリットがある。
なので僕も7月に解約出来る権利があったが11月まで待つことし、ついでに日本に帰っていたのでアメリカに戻ってから AT&T にいって新しい契約をしたのだった。

11月にこのナンバーポータビリティサービスが始まった日は「30分ほどで番号が移し替えられる」とのうたい文句だったが、実際に僕が購入したときは「一週間以内に Cingular から AT&T に番号がかわりますよ」ということだった。ま、それも仕方ないかな、と思いつつ待つこと2週間、3週間・・・番号が移り変わらない。
どういうことかというと、AT&T で新しく買った携帯電話にはこれまで Cingular で使っていた番号と同じものがすでに入っていて、そこから発信すると発信者番号を表示する電話機では僕の Cingular の番号がちゃんと表示される。ところがこのとき Cingular のこれまで使用していた携帯から発信しても同じ番号が表示される。ということで同じ番号が二つの異なる会社の二つの携帯が同時に所有することになっている。さらにかかってきた電話はすべて Cingular の方に行ってしまう。Cingular の携帯電話だけ持ってでかけてもいいのだが、それだといつ AT&T に切り替わるかわからないので、常に二つ持ち歩く必要に迫られた。

これが3週間続き、何度か AT&T と Cingular と僕の電話による同時三者通話のはてにやっと AT&T に番号が移り変わったのだ。
(どうやら Cingular が僕の回線を AT&T に解放してくれなかった、というのが原因だったようだ )

そして使い始めて1週間ほど・・今朝のニュースでこれなので、まさかまた毎月請求書片手に苦情の電話をかけないといけないかと思うと、今から憂鬱・・・・

この金曜日から、全米で一斉公開の始まった映画「 Torque 」を早速見てきた。

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といっても公開日に見たわけではなくて、Screening ( 試写会 ) に行ってきたのだ。

アメリカではたいていの新作が金曜日から封切りになるのだが、Screening はその公開が予定されている週の月曜日、つまり4日前のことだった。
月曜日いつものように仕事をしていると僕の携帯が鳴った。友達からの電話で、「 今晩、Screening があるんだけど一緒に行かない? 映画は『とーく』なんだけど」という。
誘ってくれた友達が「ほら、あの『とーく』だよ!」というのだが、この「とーく」が「 Torque 」だとは頭の中で結びつかなかった。というのも最近映画館に行ってなかったので、予告編を見ておらずこんな映画が公開予定だと言うことも知らなかったのだ。
なんでも職場の友達のところに試写会のチケットがよく送られてくるのだが、その彼女が好きなタイプの映画ではないとのこと。そこで僕におさがりがまわってきたらしい。

試写は19:00からで、場所は32nd street と 2nd Avenue にある映画館らしい。これなら仕事を終えてからでも間に合うな、と二つ返事でOKした。

地下鉄に乗り換えて行くにはちょっと不便なところだったので、仕事のあと車でかけつけたのだが、この時点でもう19時10分前。まだ余裕だと思っていたら、この付近はすべてパーキングメーターが設置されていて、それが上限1時間なのだ。
せめて映画館のまわりぐらいパーキングメーターは2時間にすべきだと悪態をつきながらも2ブロック離れたところになんとか駐車、走って映画館に向かう。
それでも19時を5分ほどまわってしまったが、僕が一緒に入らないとこの友人も中にはいれないということで外で待っていてくれた。

考えてみるとアメリカで試写会を見たのははじめてだ。
いつも映画を見るときと違うのは、入り口にタキシードを着た係員がたくさんいて、手荷物のチェックをしていたことくらい。僕はノートパソコンが入ったバックパックを持っていたのだが、なぜか僕はそのまま素通り。

多少遅れたが、映画は僕らが中に入った頃ちょうど始まった。普通だと15分ほど予告編の時間があるのだか、今日はすぐに映画が始まった。
ざっと見渡すと席は90%ほど埋まっていて、空いている席を見つけるのがなかなか大変。
よほど混んでいる映画でも無い限り、New York では隣のグループと席を一つ空けて座る人が多いので、それもあってか2人分の席を見つけるのがなかなか大変だった。

で映画の内容は一言で言うと「 Fast And Furious 」のバイク版、ということにつきる。( 邦題は『ワイルドスピード』 だったっけ? )
麻薬、FBI、バイクレースというキーワードだけでなんとなくストーリーが読めてしまうのが残念なところだが、映像はさすがとうなってしまう。
と思ったら、監督は「 XXX 」の監督ではないか。しかもこの人は 「 Fast and Furious 」の続編、「2 Fast 2 Furious 」のメガホンもとっている。
が感心したのは単に小道具を車からバイクにしただけでなく、バイクの振動やバイクの視点からみた撮影手法を採っていて車とは違う体感映画に仕立てていることだ。

もう一つ気が付いたのは主役の俳優。ちょうど「 The Ring 」がケーブルテレビやっていたのを見たのだが、あの中でアメリカ版貞子ののろいを受けて死んでしまう、Naomi Watts の元彼役の俳優なのだ。
確かニュージーランド出身の俳優で、「 The Ring 」でもアメリカなまりの英語を話さないといけなかったんだ、と言っていたのを覚えていたが、どうやらすっかりハリウッドに認められたらしい。この映画でもアメリカ人以上にアメリカ人を演じているといえるかも。
それと見所は Ice Cube が出ていることか。
彼も LL Cool J の様にミュージックシーンのみならず映画での活躍がさかんだ。
顔つきや音楽のイメージから役所は似たものが多いが、俳優としては結構好きだったりする。
前に出ていた「 Barber Shop 」なんかいい雰囲気出していると思うんだけど。好評だったのかは知らないけれど、「 Barber Shop 2 」の公開も来月予定されている。

でこの映画は買いか?
こういった単純明快でハッピーエンドのハリウッド映画というのも見続けると飽きるもので、ときには馬鹿らしくて映画館にお金を払ってみるのもなんだかもったいない、と思うときがある。
がよく考えてみると DVD を買ってまで見るのはもっともったいないような気がするのと、この種の映画を見るならやはり大画面で多重スピーカーを備えている大型映画館がベスト、ということになるんじゃないだろうか。

余談だが、映画が終わって明るくなって周りの人たちを見ると、来ているのはやはり African American や Hispanic の人が多い。
通常の映画の公開ならよくわかるんだが、これは試写会なのだ。映画の内容が内容だから、とも言えるが白人の姿はほとんど見かけなかった。
僕を誘ってくれた友達も Puerto Rican だし、このチケットを譲ってくれたのも黒人の女友達 ( 彼女は Screening チケットがよく手にはいるらしい ) なのだが、これはやっぱりネットワーク、つまりコネなんだろうね。コンサートやクラブなんかのチケットを入手するのも、やはり彼らのネットワークが強い。映画を見終わったあと妙なことに感心してしまった。

突然の画面の変化に、来たところを間違えたと思った人もいるのではないだろうか。

実は年が明けて、しばらく更新が滞っていたのはこの新しいフォーマットに切り替えるためだったのだ。

もともと New York Watch は自分の雑記として作っていた面もあったので、どちらかというとスタートした時点でブログ ( web log ) だったのが、この際思い切ってブログ化することにしたのだ。
とは言っても自分でもブログがなんたるか、よく分かってなくて単なる「web 日記」 をそう呼ぶのだと長いこと思いこんでいた。ところがそうではなくて、どちらかというとテキスト型データベースのような色彩が強い。検索もできるし、カテゴリ分けもできるし、時系列のインデックスも自動で作成してくれるので、この New York Watch には適していることが分かった。
僕が使用しているのは Movable Type というソフトウェアで、僕が借りているサーバ上で走っている。おかげですっかり更新の方法も変わらざるを得なくなった - 実際に今でもまだ慣れてないのだが。
どういうことかというと、これまでは自分のローカルな PC 上で HTML エディタを使ってノメリコムに載せるデータを作成し、FTP ツールを使ってローカルファイルをサーバ上にアップロードしていたのだ。これだと常に自分の手元にある MO ディスクの中にホームページ用のデータが入っており、たとえサーバがディスクトラブルに見舞われても、手元にこの MO があるかぎり常に最新のホームページに戻すことが可能だった。
ところが Movable Type というソフトウェアを使用してブログを書くのは、基本的に IE などインターネットブラウザで自分のサイトにアクセス、そこで実行している Movable Type の画面の中で文章の作成・編集を行うため、最新のデータは常にサーバにあることになる。( 逆にバックアップの為の作業を行わない限り、手元には最新データが残らない )。
この部分がブログツール Movable Type を導入すべきかどうかで最後まで悩んだ部分だ。がこれまでは手書きで HTML を書いてきて、デザインを変えたいときにいちいち一つずつファイルを開いて手作業で編集していたのが、Movable Type ではそれが一発で可能になる。毎年12月終わりから1月にかけて一年ぶりの New York Watch のデータを整理したり、次の年用のインデックスファイルを作成していたのが、これがすべて自動化されると言う点もブログに切り替えた理由の一つになっている。

ブログの特徴の一つに、記事一つずつの固まりを「エントリー」と呼びこのエントリー毎に閲覧者がコメントを寄せることができるようになっている。
これまでは New York Watch の記事について掲示板で反響をもらったりしていたが、これからはこのブログで感想を寄せてもらうことができるようになった。
ノメリコムでは掲示板はそのままの形で継続する予定だが、New York Watch の特定の記事に関してのコメントであれば、ここブログにコメントとして残してくれると嬉しい。

さてブログ化するにあたって、どれから始めるか結構悩んだ。考えてみればヨシュランもブログに向いているのだ。
ブログ化の準備をしていると友人の S さんに言うと「それじゃヨシュランではレストラン毎に分類されているだけでなくて、たとえば『デザート』のキーワードでフレンチもイタリアンも出てくると嬉しい」という言葉をもらっていろいろ研究してみたのだが、どうやらカテゴリを階層化するのが難しいと言うことがわかった。どういうことかというと、ヨシュランの場合、一つの料理毎に更新しているので、これがブログでいうところの「エントリー」になる。でこのエントリーを登録するときにどのカテゴリに属するか選べるのだが、たとえば「○○レストラン」のものでこのレストランは Italian だと言う場合、Italian に指定できるものの、その下に階層化したサブカテゴリを作れず、レストラン毎にわけられないのだ。つまり Italian を選ぶとそこに属するすべての料理が表示されてしまう。理想なのはカテゴリ「 Italian 」を選ぶとその下に隠されていたサブカテゴリが表れて、「○○レストラン」「××レストラン」といういうようにレストラン名が選べることだ。さらにそのレストランを選ぶと料理と言うエントリーが表示される仕組みだが、現在の Movable Type ではカテゴリの階層化はサポートされていないらしい。なのでヨシュランはちょっと後にして、New York Watch から始めることにした。
今日はこのエントリーだけ登録したが、この後日々の雑記の他、過去の New York Watch や「 New York Watch 暮らしメモ」もこのブログ載せていく予定だ。

( 過去のページはノメリコムのトップからたどれます )

ちょっとスタイルが変わって慣れないと言う人もいるかと思うが、取り扱う話題はこれまでと一緒なので、これからもどうぞよろしく。
下にこのエントリーにコメントがつけられるようになっているので、遠慮無くどうぞ!
新しい New York Watch をどうぞよろしく!

寒波の訪れ

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今年の冬は総じて暖かいのだが、週末やってきた寒波はものすごかった・・・

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Central Parkの中の森に囲まれたレストランにて、氷の彫刻。

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おなじくCentral Parkにて。それほど寒くない日のアイススケートリンク。でもさすがに寒波の日に滑る人はいないと思う


去年の冬、New York は雪が何度も降ったという印象が残っているが、今年の冬は1月上旬まで暖冬だった。それが先週末突然の寒波。いや正確に言うと寒波は突然やってきたわけではなく、ちょっと前から予報が出ていた。がそれまで例年ほど寒くない気温だったので、代わり具合が急激だった、ということで。

話はその予報にそれるが、アメリカの天気予報のすごいところはその的中率だ。だいたい一週間分の予報がでるのだが、これがまずぴたりと当たる。今回の寒波も一週間ほど前から「金曜日、土曜日は急激に気温が下がる」と予想が発表されており、それが一日もずれることなくその通り寒波になったのだ。そしてその寒波はとどまることなく、一週間前に出た予報通り日曜日には通常の冬の気温に戻っていた。大陸だから天候の予想がしやすいという面はあるかもしれないが、時間までかなり正確なのにはおそれいる。

さてその寒波だが、やはりただものではない。僕は東京生まれで住んでいたのも千葉と東京がメインなため、本格的な北国の気候というのを知らずに New York にやってきた。なので今回の低気温には驚かされてしまう。おそらく今回の温度は僕が New York に住むようになって一番低い温度だったのではないだろうか。

寒波とはいえさすがに会社を休むわけに行かず、車を運転して出勤したのが金曜日。日中は暖かいオフィスにいたからよいとして、会社帰り近くのスーパーマーケットなどに立ち寄ろうと、ちょっと車から離れるともうそれだけで体が縮むような寒さだった。最後に日系のコンビニストアでスナック菓子を買ったのだが、中にミニシュークリーム6個が$1.99のものもあった。
そのまま自宅のガレージに車を停め、「買い物したものはこのまま車の中に置いておいても天然の冷蔵庫だから」と買い物袋を助手席においたまま、同じブロックにあるカジュアルなパフェレストランに立ち寄って軽い夕食を取った。自分でよそってレジでお金を払えば、その直後には食べられるので、時間をかけたくないときなんかによく利用している。で車を停めてから食事を終えて再度車の扉を開けて先ほど買い物した袋を取り出すまで30分もたっていないのではないだろうか。暖かい部屋に戻ってコーヒーを入れながら買ってきたばかりのシュークリームを口に入れると「ガシャッ」・・・シューアイスになっているのであった。

金曜日は帰宅した後そのまま一歩も外を出ず、翌土曜日も寒波がひきつづいていたので、日中はずっと家にこもって掃除だのネットサーフィンなどをして過ごしていた。
このまま一日どこに行かない日もいいなぁなどと考えていると夕方友達から電話があって、「 Brooklyn で友達のバースディパーティがあるんだけど行かないか?」の誘い。ちょっと迷ったが、パーティの楽しい雰囲気もまた魅力的ですぐに「OK」の返事。
夜になってこの友達が地下鉄でやってきて、うちから Brooklyn まで行ったのだが、土曜日の夜だというのにいつもよりだいぶ車が少ない。やはりこれだけ寒いので多くの人は暖かい自宅で過ごしているのだろう。途中あちこちで大きな水たまりが凍り付いているのを見かけた。それがあちこちであるので、何でだと思って車の速度を落としてみてみると、どうやら水道管が氷点下のため破裂してしまったようで、そこから水があふれるのだがそのそばから凍り付いているのだった。

そんな寒々しい風景の中を通り過ぎ、車を停めて誕生パーティをしているアパートに入ると・・・そこはもう大人数の人と沢山の食事に酒、それと音楽。こんな寒い日はたくさんの人と集まって「わいわい」「がやがや」するのがより一層暖かく過ごせるコツかもしれない。寒波のことを忘れたひとときだった。

ところで週明けからいったん落ち着いた寒波だが、木曜日はまた一段と厳しい寒波がやってくる。現在の予想では最低気温がマイナス16℃。Manhattan の場合、高層ビルによるビル風と両脇を流れる川 ( Hudson River と East River ) からの冷たい風も吹き、風が強い日はこれよりずっと寒く感じられる。そのため天気法でも「体感温度」を伝えるほどだが、マイナス16℃で風があれば体感温度はマイナス25℃まで低くなるのではないだろうか。


お知らせ。

あくまで予定・・・ではありますが、次回更新分より New York Watch の URL が変更になります。トップページからのリンクは変更する予定ですが、直接 New York Watch に飛んで来られている方はいったんトップページから入り直してください。
ということで乞うご期待。

新年の挨拶

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恒例のものですが、


 新年あけましておめでとうございます。
 どうぞ今年も nomeri.com をよろしく!


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2004年1月1日撮ったもの。New Yorkの元旦はこんな風に快晴だった。

長いもので New York Watch もこれで7年目突入した。
我ながら考えてみるとこれはかなりすごいことかもしれない。7年続いたことを自慢しているわけではないが、興味のあることに熱しやすく冷めやすい僕がこんなに続けていられることと、考えてみればアメリカ在住も7年目に入っている、ということだ。
なんたって New York に住むことになったときは労働ビザで来たのだが、これは最長6年有効のものだった。当時は「6年アメリカに住んだら十分だし、そうしたら日本に戻ろう」なんて考えで渡ってきたのだ。その6年の節目 ( その間に『念のため』と永住権も貰ってしまった ) を過ぎ、同じような境遇の友達と「帰化するかしないかどうしよう」なんて話をしている自分にさらに驚いている。
まあ転職や帰国、もしかしたら他の州に引っ越し、それとも他の国へさらに移動・・・なんてことは今のところ具体的な計画があるわけではないけれど、それぐらいのことが起きてもいいよう、今年は構えていようか。さしあたっての大きな変化は住む場所を探すことぐらいだろうか。今年の秋から家探しを続けているのだが、時期が悪いこともあってこれぞという物件に出会えずにいる。暖かくなって物件が出てくるようになったらもう少し真剣に探そうと思う。

さて昨年最後の New York Watch 更新から新年までどんな風に過ごしたのか簡単に書いておこう。

クリスマスが近い週末。
僕が日本に帰っている間に誕生日を迎えた友人 N と土曜日早めのディナー。店に入ったのは午後3時過ぎだったか。場所は Broadway 沿い、Houston Street のちょっと北側にあるのメキシカン。僕はこのメキシカンに来たのは初めてだが、友人 N は New York で学生をしていたころよく来ていたとか。
ここで軽く ( と言ってもメキシコ料理はかなりヘビーだ ) 食事とビール、それに Happy Hour という誘いに負けてフローズンマルガリータまで飲んでしまう。やはめに夕食を食べたのは実はこのあといくつかパーティに誘われていたからだ。
友人 N とは5時過ぎに Manhattan で別れ、地下鉄に乗り僕は帰宅。それから友達と電話で連絡を取って次のパーティが開かれている場所を伝える。先ほどのメキシカンレストランに行く前に買っておいた liquor を持って午後7:30、家を出る。場所は Sunnyside でうちから車で5分たらずのところだ。
ここも Astoria と同様アパートメントビルが多く建ち並び、なかなか車を停める場所が見つからず苦労したが、何とか場所を確保。そこからほど近い友人のアパートのロビーで待つ。しばらくして先ほど電話しておいた友人も遅れてやってきた。最初に訪れるハウスパーティは Puerto Rican の友人のものだ。友達を連れてきてもいいよ、ということだったので僕の友達を1人連れて行ったのだ。
友人が住むこのアパートに入り、階段を上っていくと踊り場に面した各部屋の扉が見られるのだが、各戸すべてが扉にクリスマスのプレゼントを見立てたように飾り付けられている。つまり鉄の扉に贈り物用のラッピングペーパーで覆い、リボンをかけてあるのだ。うちのアパートは誰もそんなことをしないのだが、やはり Latino の祝い方は気合いが入っている。
僕らが入るとすでに15人ほどの先客が来ていて、ホストの友人がみんなに僕らを案内してくれる。すでに料理もできていて、早めに夕食を食べたとは言えまだ空腹とはいいがたいのだが、招待されたからには無理してでも食う(笑)。Puerto Rican をはじめとするカリブ海の人たちのクリスマス定番料理はローストポークで、スペイン語では Pernil というので、興味のある人はググッて見て欲しい。大家族な Latino ファミリーでは豚一匹を庭で長時間丸焼きにしているそうだが、さすがに New York ではそこまでできないが、たいていどこの家でもローストポークは作るようだ。これが塩とコショウ、それになにかスパニッシュの人たちが使うスパイスで焼いてあるだけなのだが、とてもうまいのだ。皮は香ばしく、肉はあくまでもジューシー。ただこれはかなりカロリーが高いそうで、どこにいっても「クリスマスが終わったら運動しないと」と言っているのを耳にする。

このあと特に用事がなければ長居できたのだが、このあと2つほど同行した友人側のパーティがある。そこで1時間半ほどでその場をおいとまして、車で今度は Jackson Heights に移動。といっても同じく Queens 区で時間にして10分ほど離れているだけのところだ。こちらも Colombian そして Puerto Rican のファミリーのバースディ兼クリスマスパーティで先ほどのハウスパーティよりより一層料理が沢山ならんでいる。来ている人も30人ちかいだろうか。入るとやはりホストの人にみんなを紹介され、僕は友人のあとを着いて「Hi」「Hi」とついてまわるだけ。やはり Pernil があり、スパニッシュの人たちが必ず食べるライスに豆、それにこれまたなぜか定番のポテトサラダ、ビーフシチューなど大きなテーブルに収まらないくらい料理が載っている。ここでもやはり一口は口にしないわけには行かず、少しずつ口にする。
Colombia はカリブ海ではなく南米に属する国だがやはりかつてはスペイン植民地なのでかなり似たバックグラウンドを持っている。パーティでは必ずサルサ、メレンゲ、バチャッタなどの音楽が大音量で鳴り、音楽に合わせてセクシーに踊っている。
それと強い酒を好むのも彼らの特徴かもしれない。こういうパーティではワインやウィスキーより、ラム酒、ウォッカ、それにビールなら Corona が好まれる。
ここにも一時間半ほどお邪魔して、さらに次のパーティへ。次のパーティも先ほどの友人の知人が開いているバーティで同じくクリスマスのハウスパーティだ。彼らには以前にも会ったことがあるので少しはリラックスできそうだ。
場所は Astoria なのでうちからも近い。先ほどの Jackson Heigths から車で10分ほど移動して最後のパーティ会場に着く。もう夜中の零時をまわっているが、部屋で大音量の音楽を鳴らしているのが道路にいてもわかるほどだ。
こちらもやはり南米、カリブ海の人たちが開いたパーティなので来ているのはもちろんスパニッシュの人たち。かかっている音楽ここの前に立ち寄った2つの家と同じくサルサやメレンゲだ。こちらはちゃんと DJ まで来ていてリビングルームにはちょっとした照明までセットされている。零時過ぎだというのにまだまだ続々ひと人が駆けつけ、料理も次々運ばれる。やはりここも Pernil、それにローストチキン、ライスと豆など似たメニューだ。考えてみればこの日 Manhattan で友人が行きたいと行ったメキシコ料理まで数えると4回の夕食すべてがスパニッシュだったことになる。
さすがにいくつもパーティをはしごするとそれだけで体が疲れるようで、夜中の3時過ぎ、人はまだまだ踊ったり食事をしていたが、僕1人だけ帰宅することにした。
この日はクリスマスソングというよりもサルサが頭の中でこだましながら寝入った。


大晦日はなんと仕事。
といってもアメリカでは珍しくなく、休みは1/1だけと言うところが多い。が日系の企業などは31日から3が日を休みにしているところもあるので、僕の友人なんかはほとんど休みに入っていた。
会社は普段通りかというと、アメリカ人もこの時期は休みを取る人が多い。クリスマスからくっつけて1週間以上休暇にしているのだろう。
そのせいもあってオフィスは静かだし、やはりどこか浮き足立っている雰囲気で仕事らしい仕事にはならない。この日も結局3時過ぎに皆が帰宅をはじめたので、僕も早々と帰宅した。
例年大晦日は勤務するので、特にうちでパーティを準備する時間も無いためこの大晦日の夜の予定はたいてい空いている。New York で大晦日というと Times Square のカウントダウンが有名だが、実はまだ一度も見に行ったことがない。今年もテロ警報が出ているので早々と行くのをあきらめ、日本人の友人 N に電話して「じゃあ簡単に鍋でも作って年越ししようか」ということに。
East Village まで降りていき、日系のスーパーで材料を買い込み、ついでに「寿がきやの天ぷらそば」なるものも購入。さらについでにイタトマでショートケーキなんぞも買って気分だけはちょっと贅沢。すぐ近くの蕎麦屋 ( その名もずばり『蕎麦屋』) に行き、席についてそばが食べられるか念のため聞いてみたのだが、40分以上待つだろうとのことなので、当初の予定通り友達の家で鍋をすることにしていた。
鍋をつついて、ビールを飲み、カウントダウンを見る・・・上の Latino のパーティに比べるといかに地味で静かか驚いてしまうが、日本人としてはやはりこんな年越しがしっくりくるようだ。
テレビではテロの脅威もなく無事 Times Square の ball drop が行われ、新年を迎えたことを知らせている。Times Square を取り囲む高層ビルの屋上には紙吹雪要員が待機していて、彼らが2004年になると同時に紙吹雪を地上に向かって巻き始めた。
何時間も沢山の人が待っていたこの瞬間だが、10分もするとほとんどの人が Times Square から居なくなる。長時間待っていておなかがすいたり、疲れたり、トイレに行きたいなどいろいろあるのだろう。僕らも鍋を食い過ぎて腹がいたいので、運動がてら Times Square まで歩いていって見ることにした。
友人のアパートからは10分も歩けば Times Square が見えてくるのだが、やはり零時をまわった直後ということでそちらから歩いてくる人の流れが圧倒的に多い。なかなか前に進めないが、なんとか会場だったところが見える場所まで着いた。がその先はまだバリケードが張ってあり、NYPD が「ここから先は出る人だけで中に入ることはできません」と言っている。仕方なく僕らはこのあたりを散歩して、来た道を戻ることにした。
新年を迎えた後はたまたますれ違った人同士でも「 Happy New Year!」と声を掛け合う人が多く、この夜もあちこちでそんな風景が見られた。正月らしい準備は何もしていないけれど、こんなシーンに正月らしい雰囲気が感じられた。

いよいよ2004年。特に抱負を持たないのが今年も僕の抱負なのだが、しいてあげれば New York Watch も止まることなく今年も続けられればと思う。あ、それから家探しもまじめにやらないと。うまくいったら今年は引っ越しするかも、です。


今年もノメリコムをよろしくお願いします。

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