恒例のものですが、
新年あけましておめでとうございます。
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2004年1月1日撮ったもの。New Yorkの元旦はこんな風に快晴だった。
長いもので New York Watch もこれで7年目突入した。
我ながら考えてみるとこれはかなりすごいことかもしれない。7年続いたことを自慢しているわけではないが、興味のあることに熱しやすく冷めやすい僕がこんなに続けていられることと、考えてみればアメリカ在住も7年目に入っている、ということだ。
なんたって New York に住むことになったときは労働ビザで来たのだが、これは最長6年有効のものだった。当時は「6年アメリカに住んだら十分だし、そうしたら日本に戻ろう」なんて考えで渡ってきたのだ。その6年の節目 ( その間に『念のため』と永住権も貰ってしまった ) を過ぎ、同じような境遇の友達と「帰化するかしないかどうしよう」なんて話をしている自分にさらに驚いている。
まあ転職や帰国、もしかしたら他の州に引っ越し、それとも他の国へさらに移動・・・なんてことは今のところ具体的な計画があるわけではないけれど、それぐらいのことが起きてもいいよう、今年は構えていようか。さしあたっての大きな変化は住む場所を探すことぐらいだろうか。今年の秋から家探しを続けているのだが、時期が悪いこともあってこれぞという物件に出会えずにいる。暖かくなって物件が出てくるようになったらもう少し真剣に探そうと思う。
さて昨年最後の New York Watch 更新から新年までどんな風に過ごしたのか簡単に書いておこう。
クリスマスが近い週末。
僕が日本に帰っている間に誕生日を迎えた友人 N と土曜日早めのディナー。店に入ったのは午後3時過ぎだったか。場所は Broadway 沿い、Houston Street のちょっと北側にあるのメキシカン。僕はこのメキシカンに来たのは初めてだが、友人 N は New York で学生をしていたころよく来ていたとか。
ここで軽く ( と言ってもメキシコ料理はかなりヘビーだ ) 食事とビール、それに Happy Hour という誘いに負けてフローズンマルガリータまで飲んでしまう。やはめに夕食を食べたのは実はこのあといくつかパーティに誘われていたからだ。
友人 N とは5時過ぎに Manhattan で別れ、地下鉄に乗り僕は帰宅。それから友達と電話で連絡を取って次のパーティが開かれている場所を伝える。先ほどのメキシカンレストランに行く前に買っておいた liquor を持って午後7:30、家を出る。場所は Sunnyside でうちから車で5分たらずのところだ。
ここも Astoria と同様アパートメントビルが多く建ち並び、なかなか車を停める場所が見つからず苦労したが、何とか場所を確保。そこからほど近い友人のアパートのロビーで待つ。しばらくして先ほど電話しておいた友人も遅れてやってきた。最初に訪れるハウスパーティは Puerto Rican の友人のものだ。友達を連れてきてもいいよ、ということだったので僕の友達を1人連れて行ったのだ。
友人が住むこのアパートに入り、階段を上っていくと踊り場に面した各部屋の扉が見られるのだが、各戸すべてが扉にクリスマスのプレゼントを見立てたように飾り付けられている。つまり鉄の扉に贈り物用のラッピングペーパーで覆い、リボンをかけてあるのだ。うちのアパートは誰もそんなことをしないのだが、やはり Latino の祝い方は気合いが入っている。
僕らが入るとすでに15人ほどの先客が来ていて、ホストの友人がみんなに僕らを案内してくれる。すでに料理もできていて、早めに夕食を食べたとは言えまだ空腹とはいいがたいのだが、招待されたからには無理してでも食う(笑)。Puerto Rican をはじめとするカリブ海の人たちのクリスマス定番料理はローストポークで、スペイン語では Pernil というので、興味のある人はググッて見て欲しい。大家族な Latino ファミリーでは豚一匹を庭で長時間丸焼きにしているそうだが、さすがに New York ではそこまでできないが、たいていどこの家でもローストポークは作るようだ。これが塩とコショウ、それになにかスパニッシュの人たちが使うスパイスで焼いてあるだけなのだが、とてもうまいのだ。皮は香ばしく、肉はあくまでもジューシー。ただこれはかなりカロリーが高いそうで、どこにいっても「クリスマスが終わったら運動しないと」と言っているのを耳にする。
このあと特に用事がなければ長居できたのだが、このあと2つほど同行した友人側のパーティがある。そこで1時間半ほどでその場をおいとまして、車で今度は Jackson Heights に移動。といっても同じく Queens 区で時間にして10分ほど離れているだけのところだ。こちらも Colombian そして Puerto Rican のファミリーのバースディ兼クリスマスパーティで先ほどのハウスパーティよりより一層料理が沢山ならんでいる。来ている人も30人ちかいだろうか。入るとやはりホストの人にみんなを紹介され、僕は友人のあとを着いて「Hi」「Hi」とついてまわるだけ。やはり Pernil があり、スパニッシュの人たちが必ず食べるライスに豆、それにこれまたなぜか定番のポテトサラダ、ビーフシチューなど大きなテーブルに収まらないくらい料理が載っている。ここでもやはり一口は口にしないわけには行かず、少しずつ口にする。
Colombia はカリブ海ではなく南米に属する国だがやはりかつてはスペイン植民地なのでかなり似たバックグラウンドを持っている。パーティでは必ずサルサ、メレンゲ、バチャッタなどの音楽が大音量で鳴り、音楽に合わせてセクシーに踊っている。
それと強い酒を好むのも彼らの特徴かもしれない。こういうパーティではワインやウィスキーより、ラム酒、ウォッカ、それにビールなら Corona が好まれる。
ここにも一時間半ほどお邪魔して、さらに次のパーティへ。次のパーティも先ほどの友人の知人が開いているバーティで同じくクリスマスのハウスパーティだ。彼らには以前にも会ったことがあるので少しはリラックスできそうだ。
場所は Astoria なのでうちからも近い。先ほどの Jackson Heigths から車で10分ほど移動して最後のパーティ会場に着く。もう夜中の零時をまわっているが、部屋で大音量の音楽を鳴らしているのが道路にいてもわかるほどだ。
こちらもやはり南米、カリブ海の人たちが開いたパーティなので来ているのはもちろんスパニッシュの人たち。かかっている音楽ここの前に立ち寄った2つの家と同じくサルサやメレンゲだ。こちらはちゃんと DJ まで来ていてリビングルームにはちょっとした照明までセットされている。零時過ぎだというのにまだまだ続々ひと人が駆けつけ、料理も次々運ばれる。やはりここも Pernil、それにローストチキン、ライスと豆など似たメニューだ。考えてみればこの日 Manhattan で友人が行きたいと行ったメキシコ料理まで数えると4回の夕食すべてがスパニッシュだったことになる。
さすがにいくつもパーティをはしごするとそれだけで体が疲れるようで、夜中の3時過ぎ、人はまだまだ踊ったり食事をしていたが、僕1人だけ帰宅することにした。
この日はクリスマスソングというよりもサルサが頭の中でこだましながら寝入った。
大晦日はなんと仕事。
といってもアメリカでは珍しくなく、休みは1/1だけと言うところが多い。が日系の企業などは31日から3が日を休みにしているところもあるので、僕の友人なんかはほとんど休みに入っていた。
会社は普段通りかというと、アメリカ人もこの時期は休みを取る人が多い。クリスマスからくっつけて1週間以上休暇にしているのだろう。
そのせいもあってオフィスは静かだし、やはりどこか浮き足立っている雰囲気で仕事らしい仕事にはならない。この日も結局3時過ぎに皆が帰宅をはじめたので、僕も早々と帰宅した。
例年大晦日は勤務するので、特にうちでパーティを準備する時間も無いためこの大晦日の夜の予定はたいてい空いている。New York で大晦日というと Times Square のカウントダウンが有名だが、実はまだ一度も見に行ったことがない。今年もテロ警報が出ているので早々と行くのをあきらめ、日本人の友人 N に電話して「じゃあ簡単に鍋でも作って年越ししようか」ということに。
East Village まで降りていき、日系のスーパーで材料を買い込み、ついでに「寿がきやの天ぷらそば」なるものも購入。さらについでにイタトマでショートケーキなんぞも買って気分だけはちょっと贅沢。すぐ近くの蕎麦屋 ( その名もずばり『蕎麦屋』) に行き、席についてそばが食べられるか念のため聞いてみたのだが、40分以上待つだろうとのことなので、当初の予定通り友達の家で鍋をすることにしていた。
鍋をつついて、ビールを飲み、カウントダウンを見る・・・上の Latino のパーティに比べるといかに地味で静かか驚いてしまうが、日本人としてはやはりこんな年越しがしっくりくるようだ。
テレビではテロの脅威もなく無事 Times Square の ball drop が行われ、新年を迎えたことを知らせている。Times Square を取り囲む高層ビルの屋上には紙吹雪要員が待機していて、彼らが2004年になると同時に紙吹雪を地上に向かって巻き始めた。
何時間も沢山の人が待っていたこの瞬間だが、10分もするとほとんどの人が Times Square から居なくなる。長時間待っていておなかがすいたり、疲れたり、トイレに行きたいなどいろいろあるのだろう。僕らも鍋を食い過ぎて腹がいたいので、運動がてら Times Square まで歩いていって見ることにした。
友人のアパートからは10分も歩けば Times Square が見えてくるのだが、やはり零時をまわった直後ということでそちらから歩いてくる人の流れが圧倒的に多い。なかなか前に進めないが、なんとか会場だったところが見える場所まで着いた。がその先はまだバリケードが張ってあり、NYPD が「ここから先は出る人だけで中に入ることはできません」と言っている。仕方なく僕らはこのあたりを散歩して、来た道を戻ることにした。
新年を迎えた後はたまたますれ違った人同士でも「 Happy New Year!」と声を掛け合う人が多く、この夜もあちこちでそんな風景が見られた。正月らしい準備は何もしていないけれど、こんなシーンに正月らしい雰囲気が感じられた。
いよいよ2004年。特に抱負を持たないのが今年も僕の抱負なのだが、しいてあげれば New York Watch も止まることなく今年も続けられればと思う。あ、それから家探しもまじめにやらないと。うまくいったら今年は引っ越しするかも、です。
今年もノメリコムをよろしくお願いします。

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