Bruce Davidsonという人 その2

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前回までで、Bruce Davidson、という人がどんな人かも知らず、ひょんなでことからプライベートなスライドショウに招待されて参加したところまで書いた。


主催者側の女性は興奮しているのか、声もうわずり頬も紅潮していた。その紹介の中で、「彼の写真は現在この美術館で特別展が開かれていますが、同時に ICP で開かれている『LIFE展』でも展示されています」と言っていたが、そこでふっと思い出した。実は前日 ICP で見た「LIFE」展で、アメリカ公民権運動をテーマにした写真が何枚か掲載され、その中の一つに、若い1人の黒人女性がそれまで白人専用だった大学に初めて登校する日の様子を撮った写真があり、彼女の強い決意と不安な感情が交じった表情と周りを取り囲む白人と州兵たちがとても印象に残っていたのだが、その写真こそ彼が撮ったものだった。
その紹介の最中、前に座っていたカミールが振り返って小声で「彼はマグナムフォトの一員でもあるのよ」と教えてくれた。マグナムフォトと言えば世界で有数の写真家集団で、同行した岡嶋さんによればおそらくまだ日本人は1人もメンバーに選出されたことがないのではないか、という。

主催者の女性による Davidson の紹介はまだ続く。経歴を説明する中で、「それからもう一つ、昨夜彼は○○賞を受賞しました」という説明があった。この○○のところがよく聞き取れなかったがどうやら人の名前のようだった。「???」と思っていると前の席に座っているカミールがまた振り返って「この賞は写真界のアカデミー賞よ」と声を潜めて教えてくれた。そんなこともあって今日は知り合いの写真家の人たちが多く集まっているようだった。
僕は単に機械がたんたんと彼の作品を銀幕に映し出すだけかと思っていたら、紹介に続いてなんと本人が登場したのだった。どうやら本人自らによるプレゼンテーションが行われるらしい。

Bruce Davidson という人を見たのはそのときがもちろん初めてだが、どんな感じの人か第一印象を書くと、頭はお坊さんの様につるつるに光っており、おなかの周りも少し出ていて眼鏡をかけたその様子は優しい顔立ちの初老の白人男性といったところ。街中ですれ違っても特別に注意を払うことはないだろう。
表情も血行が良く、つやつやとしているので、老人という感じはしない。が先の女性の経歴案内だと1933年生まれということなので、もう70歳を越えていることになる。けれどもマイクを握って話し始めた Davidson の声はとても張りがあり、また話し方もしっかりしている。加えて淡々と話す彼の態度とは裏腹に話の内容はとても中身の濃いもので、また写真を撮ったときの様子を描写するときなどあまりにもリアルで、高齢だということなどはすっかり忘れてしまった。

この日のスライドショウはおよそ1時間半ほどで、決して短いとは言えないそれなりの時間をかけて多くの写真を見せてくれた。長時間にも関わらず、写真そのもののインパクトと Davidson の話の内容にその場にいる人たちが皆、釘付けになっていた。彼の作品の中で有名なのはもちろん先の「アメリカ公民権運動」の写真だが、当時のセレブ、マリリンモンローなどの写真も撮っていたようだ。
この日のスライドショウで見せてくれたのは公民権運動「Time of Change」から何枚かの写真と、そして主に、彼のその後の作品でこれまた有名な「Brooklyn Gang」「East 100th Street」それに「Subway」というストリートスナップ、ポートレートがメインとなった。

彼を一躍有名にした Civil Rights (公民権運動 ) が盛んな頃の写真では黒人が白人社会に入っていく瞬間、そしてアメリカ南部で当時盛んに行われていた KKK 活動への潜入などちょっと間違えば彼自身が危険な状況に巻き込まれる様子は写真からも見て取れたほど。そのシリーズの写真を紹介し終わると、すぐに「East 100th Street」という写真集に収められた写真の紹介を始めた。

「公民権活動をテーマにした写真を撮り終わった後、人々の目は月へ、宇宙へと注がれました。そうアポロの登場です。ひねくれ者の私は皆が上を見ているとき、下を見つめてみようと思ったのです」

「そうしたときに当時のアメリカで最も貧しい街、Spanish Harlem に注目しました。まだだれも撮ったことの無い場所で危険と言われていたところです。」

Herlem といえば今でも殆どの人が「危険なところ」と言うイメージをいだく場所で、Manhattan の100th Street より北のエリアを指す。一般に East Harlem と West Harlem に分かれ、West Harlem はアフリカンアメリカン ( 黒人 ) や Dominican Republic の人たちが多く住む。反対側の East Harlem は特に Spanish Harlem と呼ばれ、主な住民は Puerto Rico からの移民と最近ではメキシコからの移民が多い。彼らはこの場所を指して El Barrio と称している。Davidson がテーマとして選んだのはこの East Harlem だった。
一枚一枚の写真にはカリブ海の小さな島から New York に移住してきた Puerto Rican の貧しい生活の様子をつぶさに映し出しているが、小さなアパートにあって小さな島から持ってきたマリア像を心のよりどころとして、力強い生活力を感じさせるのだ。その一方でやはり貧困から抜け出せない無限のループを想像させる写真もあり、社会性に富み、かつ生々しい生き様を描いているのだった。話を聞きながらふと気が付いたのは「この写真のこの少年の名は○○と言って」とか「この少女は今、いくつになって○○になっている」などととても詳しいのだ。たとえば「Brooklyn Gang」作品集の紹介では、まさに当時のGangのリーダと接触し、時間を掛けて信頼関係を築いた上で撮った写真だが、彼とは現在までも交流があるようだった。

「当時彼は何でもやってました。麻薬の密売が主ですが、彼は現在麻薬からのリハビリを助けるコンサルテーションをしています」

といって観衆をわかしたりもした。
このことからも分かるように彼はストリートスナップでも相手を理解できるまでしっかり話し込むのだそうだ。そして不思議なことに一度そうやって信頼関係を築いた被写体からは今でもときおり連絡があるのだそうだ。
そんなエピソードはいくつもあった。これはセントラルパークでのトイレの出来事だそうだ。

「その日、私は被写体を探してセントラルパークを散歩してました。ふと尿意をもよおして近くのトイレに入るとホームレスの人が個室のドアを開け放ったまま寝込んでました。私はポートレートを撮るとき、必ずその人に声をかけてから撮ることにしているのですが、そのとき初めて禁を破りました。この表情は寝ているときでないと撮れない写真だったからです。ところが私が写真を撮ったことを近くで仲間が見ていて、そのホームレスを起こして伝えてしまったのです。そのとき私はすでにフィルムを巻き取って靴下の中に入れ、空のフィルムを装填しており、怒って近寄ってくるホームレスにいかにも今撮ったばかりのようなフィルムを、彼の目の前でカメラを開けて取り出して手渡したのです。彼はそれ以上何も言いませんでした。ところで危険なところで写真を撮ると必ずこうやってフィルムを別のところに隠す手は Civil Rights の写真を撮っているときからのクセです。KKK に紛れ込んでの取材などはこうした危険がいつもついてまわりました」
「ところがこの話には後日談があって、何ヶ月もたってまたセントラルパークでこのホームレスの人を見かけたのです。私は覚えていましたが、彼は私のことを覚えていないことを祈ってました。が不幸にも向こうも覚えていて、声を掛けられたのです。もしかして『この間のフィルム、何も写ってなかったぞ。偽のフィルムを渡しただろう』と見破られはしないかとはらはらしてました。ところが彼は汚い手で彼のズボンのポケットに手を入れると、私が彼にあげたフィルムを取り出して私に手渡そうとするではないですか。『あとでよお、聞いたら、おまえさん、とっても有名な写真家なんだってなぁ。このフィルム貴重だと思ってさぁ、ずっととって置いたんだ。いいよ、オレの写真使っても』と言われてしまい、臭いフィルムをありがたく頂戴しないわけには行かなくなってしまいました」

・・・その3に続く

david2.jpg

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いやー、あのあと調べて、以前は準会員だった久保田さんが89年から正会員になられているのを知りました。

http://www.magnumphotos.co.jp/index-j.html

ご連絡が遅れてすみません。m(_ _)m

おかじーさん、
丁寧に訂正ありがとうございました。ということで上に書いてある「日本人では・・・」のところはおかじーさんが書き込んでくれたように久保田さんという方が選出されているというように訂正します。
略歴を見てみると1965年にはNew Yorkで活動を始められたのですね。

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このページは、hiroが2004年11月25日 12:59に書いたブログ記事です。

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