Bruce Davidsonという人 その3

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彼の被写体との出会いはまだ続く。

「私が『Subway』シリーズを追っていたときのことです。顔に大きな傷の入った見るからにギャングの男が地下鉄に乗り込んできました。写真を撮らせてくれと頼むと、何でだ?と厳しい目つきをしながら聞かれてしまいました。そこでこういう時のためにかつて私が撮ったマリリンモンローなどのポートフォリオを取り出して見せると、とたんに表情がかわり、『おまえが本当にこれ撮ったのか?』と聞かれました。その後の写真撮影はもちろんOKしてくれたのですが、彼とはその後親友になりました」

などと皆を笑わせる話もとてもうまい。
その「Subway」作品集の中で有名な一枚として、地下鉄車内でコワモテの黒人男性が、これまたもう1人の恐そうな顔をした黒人の頭に拳銃を突きつけているものがある。とてもそうは見えないのだが、その拳銃を持っている人こそ、私服警官なのだそうだ。
あえてそういったギャング風の格好をしているようだが、私服警官と一緒に長い期間取材をしていてこの一枚が撮れた、と言っていた。ちなみにその犯人はちょうど Davidson の鞄をひったくろうとしていたらしい。今の NYC の地下鉄は安全だが、当時はこんなことが日常茶飯事だったのだ。

このあと質疑応答(というか雑談)があったのだが、そのコメントも興味深かった。いくつか紹介しておくと、

(civil rightsの写真を撮っていて危険な目にあったことは?という問に)
「確かにこのときは何度も危険な目に遭いました。私はユダヤ人なので当時のカテゴリから言うともちろん黒人でもなく、白人でもありません。なので一触即発の状態が続く中での取材はどちらの写真を撮るにしてもとても困難でした。
特に KKK 集団の写真を撮ろうと潜入したときに、私の正体がばれたこともあり、このときは文字通りおしっこがちびりそうになったんですよ」

(今日のスライドショウを見ていてもいろいろなカメラを使っているのが分かりますが、器材についてのコメントはありますか? という問に)
「良いことに気が付きました。私はいろいろなカメラを使い分けますが、このカメラがベスト、という意見はありません。被写体やシチュエーションに応じて使い分ければ良いと思っています。もちろん道具に対する愛着はありますが、だからといってその器材でなければ撮れない、というものは無いと思っています。個人的に私がすきなのはストリートスナップではライカですが、その後私はキヤノンのカメラに惚れ込みました。また個人的にはモノクロが好きですが、いくつかの写真はカラーだからこそ良いと思われる写真も撮れました。自分の中ではこの『Subway』の中のサングラスを掛けた黒人女性のイメージはカラーだからこそ表現できたと思ってます。私がモノクロが好きなのは写真の持つ力がストレートに伝わるような気がするからですが、だからといってカラーでそれができないとは思っていません。また最近はアナログかデジタルのどちらが上か下かという議論もありますが、私はその議論はナンセンスだと思っています」

(『East 100th Street』で使用したカメラはなんですか? 中判のように見えますが・・・。だとするとなぜ中判でストリート写真を?との問に)
「その通り、この作品集のために、私は中判カメラを持ち出しました。というのも Puerto Rico から移住してきた彼らには写真というと記念写真、つまり中判のイメージが強かったのですね。当時、Puerto Rico 島ではまだ写真がそれほど普及しておらず、特別な機会に家族で写真を撮ることぐらいしか無かったのですね。ですので私がこのカメラを持って歩くと皆、気持ちよく写真を撮らせてくれたんですよ。・・・と言う話しは半分冗談ですが、半分本当の話です。」

もちろん残りの半分の理由は Davidson が狙った構図に大きな関係があると思われる。だいぶ引いて撮り、周囲の風景や空気を取り入れることでとてもリアルなイメージに仕立てるため、緻密な描写も必要なのだろう。

このあとスライドショウが終わると、美術館の中は僕ら数十人に開放され、彼の作品が開かれているエリアでワインやシャンパングラスを片手に見て回った。

彼の写真との出会いが自分の写真にどう影響してくるか、それはまだ未知数だけれどターニングポイントになったことは体で感じている。それにちょっとミーハーな自分もいて記念に彼のサインを貰って帰った。

こうして百枚を越える写真を見せて貰ったが、そのときのインパクトはとても忘れられない。今こんな風にして書き留めていても、写真は脳裏に焼き付いているし、加えて彼の何気ないエビソードからもショックを受けた。

一つは、たまたま僕が地下鉄で撮っている写真の中に、まさに彼が何十年前に同じテーマで狙ったものがあり、僕がやろうとしていることは単に先人の足跡を追っているだけに思えたこと。
そしてポートレートでは被写体を理解するということを実戦していること。そして撮りっぱなしでないこと。それは義務感から彼が一方的に撮り続けているのではなく、人柄から写真を撮られた人たちが彼にコンタクトをとってくるのだと思う。
また「East 100th Street」や「Brooklyn Gang」「Subway」はどれも世相を反映したもので、その時代を鋭く切り取っている。同じ場所に行っても、同じ地下鉄に乗ってももう決して撮ることのない一瞬が彼の写真には凝縮されているのだ。

偉大な写真家はこの世の中にはもっと沢山いるし、僕がまだ見ていないだけで、僕が撮った写真はすでに撮り尽くされたものも多いだろう。でもだからといってユニークな写真が撮れない、なんてことは無いと言うことを逆に教わったのかもしれない。
彼の写真を見て、先人の足跡を追ってるだけ、と書いたがそれは確かにショックであるものの、それは彼が切り取った時代であり、僕は僕の時代を切り取ることが出来るようになれば良いのだ。
写真に限らず、優れたアート作品に出会うと「打ちのめされた気がした」と言う表現があるが、僕もガーンと頭をたたかれたものの、どちらかというと目覚めた、というのが正しいかも知れない。
比喩的な表現で Davidson が使ったとは言え、僕もよく下を見ながら写真を撮る。被写体に対するコンセプト(目線)が似ていることに気が付くと不思議と嬉しくなった。そしてもっと直感を大事にして、その直感に素直に撮ること(これは見た目通りに撮ることとは意味が違う)の大切さをもっと心がけるのだ。これから撮ろうと思っていたテーマを決定づけるのに、指して時間がかからなかったのはまさに Davidson の写真と人に触れたからなのに他ならない。

この日は久々に熱くなっているのが自分自身よくわかった。この熱い気持ちはこれからも写真を撮るときに少しでも持ち続けていようと思う。

david1.jpg

マグナムフォト : Bruce Davidson

ニューヨーク
http://www.magnumphotos.com/c/htm/TreePf_MAG.aspx?Stat=Photographers_Portfolio&E=29YL53IQUP9

日本
http://www.magnumphotos.co.jp/ws_photographer/dab/index.html

どちらでも文中で紹介した作品のいくつかを見ることが出来ます(地下鉄車内で私服警官がギャングの頭に拳銃をつけている写真など)

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コメント(6)

拝見しました。

どれも強烈な描写ですね。
いかにもアメリカらしい写真だと思いました。

うーん、上手く感想が書けませんが、ひろゆきさんがCubaで撮りたいと思っている写真そのものじゃないですか?
なんとなくそう思いました。

ひろゆきさん、その1~3まで全てありがたく、そして楽しく拝読致しました。
僕は英語がちゃんと理解できずに、その時こそDavidsonの本当の凄さが分からなかったのですが、
こうしてひろゆきさんのレポートを読む事で、改めて鳥肌が立つ想いです!

ボンヤリとしか掴めていなかった時間を鮮やかにして頂いたような気分です!
お礼を言うのも変な感じですが、ありがとうございました!

こんにちは。
貴重な体験のレポートありがとうございます。
僕は残念ながら著名な「写真家」というかたにあったことはないですねぇ。
いろいろ気になる点・考えさせられる点がありますが、特に

> そしてポートレートでは被写体を理解するということを実戦していること。そして撮りっぱなしでないこと。

ここですね。僕はスナップを撮っても人物主体のものは撮りません。
(一時期興味を持ったことがありましたが、思うところがあって今はやめてます。)
でも人物に限らず「被写体を理解する」ということを意識して実行したいなぁ、と思っていました。
Davidson のその徹底ぶりには驚かされます。
それが自然にあたり前のようにできてる、というところにより感銘を受けます。


コメントをくださった皆さんありがとうございます。

akasakaさん、
長々と書いた駄文を読むのは大変だったと思いますが、おつきあいくださってありがとうございます。
自分でテーマを見つけ、理解して、正面から対峙すること。そんな風に彼のスタイルを受け取りましたが、簡単そうでどれも奥が深いなぁと思っています。
行ったことのない国だからこそ、夢もひろがるんですが、確かにキューバでは人々を撮ってみたいですね。

Kohさん、
スライドの間はまっくらだったし、ずっと英語だったのでKohさんにはちょっとつらかったかもしれませんね。
Kohさんから見たBruce Davidson観というのもちょっと関心があります。良かったらNew York旅行記で聞かせてください。

ROSOさん、
僕もこんな機会、初めてだったのでちょっと興奮しました。でもよく考えてみれば、ちょうどこの時期にKohさんと岡嶋さんがNew Yorkに遊びにきてくれたおかげで、こんな機会に遭遇したわけです。何もかもが点と線でつながっているな、そんな感じがしました。Chain Reactionですね。
人物の撮影、とても難しいなぁと思いました。でもROSOさんの言うとおりこれは人物に限らず被写体を問わない命題なんですよね。街を撮ること、モノを撮ること、その背景を理解するとアプローチが変わってくるから面白いです。

少し前から拝読させて頂いていました。
ドキドキするようなドキュメンタリーのようで、楽しく読み進んでいきました。

3部通しての感想なのですが、おトイレでの出来事はまるで映画のようですね。
この辺りの描写はとても好きなシーンです。

私は写真を見ることがとても好きなのですが、1枚の写真から、撮影者の心情に近づきたいと思って見ることがとても多いです。

なので、私の写真の感想は「撮る時たのしかったでしょうね」や「良い時間を過ごされたようで」という写真に対してのコメントから少々ズレたりしてしまうこともあります。

何を感じてシャッターを切ったか。それが最大に表現されている写真が好き。

ご紹介頂いた「マグナムフォト}見せて頂き力強く感じました。こういう写真を今まで見たことがなかったので、衝撃的でした。

出会い。というのは人でも、物でも、土地でも、実はその辺に転がっているものではないか?と最近思うようになりました。


ぼんやりしていると、出会いを出会いとして受け止めずに、流してしまう。ということもままあるわけで、自分がと何が必要で何を欲しているか。そのあたりを明確にしていれば、自ずと出合う。という気もします。

出会いはこれから先の人生に大きく左右されるもの。その場限りの通りすがり。様々ですが、良い出会いを自ら掴んで、大事にしていきたいと思いました。

ひさんも、偶然が重なったような出会いのようですが、やはり導きがあったのでしょうか?
素敵なお話をありがとうございました。

ansanaさん、こんにちは。なんか無理強いしてしまったのではないかとちょっと心配でした。

写真を見ること・・・僕もその裏にあるものを嗅ぎ取りたいと思ってます。確かに何も考えず見ただけで美しいという風景写真なんかもあります。そう言う写真とは別に撮った人が言葉を使わずに伝えようとしているモノが見える写真は、そのメッセージに共鳴しているからこそ「感動」するのかもしれません。
なのでansanaさんの写真に対する見方、素敵だと思います。同時にとてもエネルギーを要しますよね。

マグナムフォトの面々の代表作があのリンクをたどっていくと見ることが出来ます。それこそ世界中の写真家がジャーナリズムをかけて撮った写真一枚一枚なので、そのメッセージたるやかなり強烈です。

写真を通して得られたもの、たくさんありますが、その中で一番大きなモノは「出会い」かもしれません。こうして写真を通してansanaさんや他の方と親しくなれたのも写真を通して必然的な導きだったのかも。
メッセージありがとうございました。

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このページは、hiroが2004年11月26日 00:01に書いたブログ記事です。

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