2004年12月アーカイブ

今年もいよいよ終わりに近づいて、残りを時間数で数えることが出来るほどになった。2005年の足音がすぐそこまで聞こえてきている。

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アメリカではすでに学校は休みになっているものの、一般企業は31日まで通常営業と言うところが多く、年明けも二日から営業開始という本当にあっけない New Year なのだ。
大晦日は紅白やレコード大賞を見て、行く年来る年を見ながら遠くから聞こえる除夜の鐘にふと寒さを感じたり、年が明け初日の出や初詣に行ったり、お節にテレビの隠し芸を楽しんだり・・と年末までの喧噪とそれからうって変わって静かになる元旦の雰囲気というのは、残念ながらアメリカでは感じられず、せっかくの New Year も普段の日曜日の延長、といったところだ。

僕の場合、かれこれ8年くらい日本での年末年始というのを過ごしていないので、ことさら強く日本のそれに対して想いを馳せるのかもしれない。

同じアジアでも大陸の人たち、つまり中国や韓国、ベトナムなどでは旧正月を祝うので、割と同じ時期に一週間~数週間休みを取って帰国、帰省する人が多い。そのため社会的にも理解が得られやすいのだが、クリスマス休暇を長く取ったアメリカ人からすれば正月開けは「いよいよ仕事開始」というタイミングであって、なかなか日本人にとっての正月の雰囲気を伝えることは難しく、1人だけ休みを取って・・・なんてのがしにくかったりする。

「日本のクリスマスはどんな感じ? アメリカみたいに祝うの?」とアメリカ人には尋ねられ、アジア系移民からは「日本の正月は暦通り? それとも Chinese New Year ?」と尋ねられる。
その度に日本で大晦日があることや正月の過ごし方、お節料理などを説明するのだが、こればかりはその時間を体験した人でないと理解しにくいだろう。
クリスマス、ハヌカなど12月の祝い事と2月前後の Chinese New Year に挟まれた元旦というのは、実はとても地味な休日で、祝い事というのは無いに等しく、日本人に取ってはちょっと肩身が狭いのだ。
なので余計に日本で過ごす正月というものが恋しくなるのかもしれない。

毎年この時期になると「来年は正月を日本で過ごそう」と思うのだけれど、気が付くとアメリカでの生活も8年目を迎え、その間一度も実行に移したことがなかった。今年も、といっても毎年のことだが、日本の正月を、空に描いた餅のように恨めしくも恋しく、そして指をくわえて眺めるだけなのだ。


2004年も公私共にいろいろな人にお世話になりました。
またいろいろな人と出会いや別れもあり、その都度笑ったり ( 心の中で ) 泣いたり。
それでも、とても不満なんか言えない良い年でした。
そんな2004年に感謝し、友人に感謝しつつ、2005年も良い年にしていきたいと思います。

毎年恒例になっていますが、年賀状も Seasoning Greeting のカードも書きません。非礼を承知ながらこれを持って年末のご挨拶とかえさせていただきます。

来年もどうぞよろしく。

つい最近、アサヒコムにも「Merry Christmas は時代遅れ」というタイトルの記事が載っていたので知っている人も多いと思うが、これは常識といってもよいかもしれない。

詳しくは以下のリンク ( いつまで朝日新聞社がこのリンクを残しておくかは不明だが)を参照して欲しいが、アメリカでは特定の宗教にだけ偏向するわけには行かない、ということで政治のみならず商業的にも「 Merry Christmas 」だけというのはふさわしくない、というものだ。

http://www.asahi.com/offtime/04-05/news/TKY200412250138.html

12月の中旬から下旬にかけては、どこかで知人に会ったりすると「 Happy Holidays! 」という言葉が交わされる。もちろん Merry Christmas と言う挨拶も多いのだが、相手の宗教が分からないときや仕事上の知人などに挨拶するときなどは Merry Christmas よりやはり Happy Holidays の方が無難・適切ということになっている。

これは多民族、多宗教というアメリカの現代を反映したもので、12月のこのころになると宗教毎に異なる祝いごとがあるからだ。
確か New York Watch でも取りあげたことがあるが、クリスマスの他に、ユダヤ教はハヌカ ( Hanukkah ) を迎え、何年か前はイスラム郷ではラマダン ( Ramadan ) がこの時期に行われたこともあった ( ラマダンとハヌカは毎年日時がかわる。特にハヌカはほとんどクリスマスと重なる時期に行われる )。
僕が知っていたのはこのぐらいだったが、ここ数年もう一つの祝い事があると耳にした。それが上のアサヒコムでも紹介されている Kwanzaa だ。

Kwanzaaa って? と思っているとちょうど良いタイミングで、New York ローカルテレビ局が Kwanzaa の紹介をしていた。実際に見たわけではないので、そのまんま番組の受け売りになるがこんな感じだそうだ。

「七日間続くこの祝いは、アフリカンアメリカンこの時期にが自分自身のルーツを見直そうと1966年より始まりました。この七日間、それぞれの日に異なる道徳が割り当てられています。初日の日曜日は『統一・統合』、月曜日は『自己決断』となり、以下『協同と責任』、『想像と誠実』などがつづきます」

一週間にわたって毎日決まっているこの徳義というか道徳だが、よく見ると中学校や高校のモットーとなんだか似ていることに気が付く。
ふとこれらの徳義がアフリカ大陸で宗教以前に尊ばれているものなのか、それとも遠い昔、奴隷としてアメリカに連れてこられた彼らがしいたげられた生活の中で身につけた徳義だったのか、ふと考え込んでしまう。

・・・

この七日間、Brooklyn など各地のコミュニティーセンターでいろいろな Kwanzaa のお祝いが催されている。

メリークリスマスだけじゃ終わらないこのホリデーシーズン。クリスマスが終わってもアフリカンアメリカンの間ではまだ Happy Holidays! なのだ。
そういや日本人に取っては大晦日と元旦といえば特別な日。僕らにとってもまだ Happy Holidays! なのだ。

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親しい友人との間にはあらかじめ「プレゼントはお互い無しに」なんて言えるのだが、友人のつてでクリスマスパーティに呼ばれるとなるとさすがに手ぶらで顔を出すわけには行かない。

日本に住んでいた時もときおり友人の家でパーティ、ということはあったがそういうときのパーティとはたいてい全員が座って食事を取ることが出来るような規模で、それでいてたいてい出席者同士は顔見知り、というのが多かったが、こちらに来て呼ばれるパーティの多くは行ったこと無いお宅で、ホストも知らない人だったりする。来ている人も小さなアパートなのに数十人、ちょっと大きなコンドミニアムや一軒家だと100人以上というのも珍しくない。

去年もそんな風にしてクリスマスの日に3~4軒ほど、それこそその全部の家に行くのは初めてで、パーティを開いた家の人に会うのも初めてというような家があった。もちろん僕の友人は招待されていて、僕を一緒に連れて行ってくれるということであって見知らぬ人の家に上がるわけではないのだが、それならばなおのこそ手ぶらで行っては悪いような気がする。

デザートや果物なんかも用意されていることが多く、何を持っていけばよいか迷う様なときはたいていワイン、ビール、ウォッカ、ラムなどのアルコールを選べばどんなケースでもはずれることはないようだ。

なのでうちには不意のパーティ出動に備えて、ワインやウォッカなどのハードリカーが常備してあるのだが、クリスマスの様に一日にいくつもパーティが重なると持っていくものが無くなったりする。しかもクリスマスの日は酒屋もスーパーも閉店なのだ。
ということでクリスマスイブの今夜は去年の二の舞を演じるようなことがないよう、ワイン数本、ラム、ウォッカ、リキュールなどを何本か持ってキャッシャーに並んだのだった。誰も訊いていないのに、1人でこんなに飲む訳けじゃないんだけど、などと心で弁明しながら。

ところで酒ならいくつか種類を変えて買っておけば良いのだが、困るのはやはり最初に書いた個人からのクリスマスプレゼント。予期せぬ人から貰ってしまうと、そのままこちらから何も渡さずにはいられない。かといって不特定多数のプレゼントをあらかじめ用意するのは難しい。

気が利いているというか商売上手と言うべきか、この時期の買い物には「ギフトレシート」なるものがショップから発行される。これには商品の価格が書かれておらず、プレゼントを受け取った人がサイズ変更をするときなどにショップで対応するためのものだ。

こんな風に本来ならば家族や親しい友人の、貰って喜ぶ顔が見たいからと贈り物をするはずが、どうも商業主義に踊らされてほとんど解くのが不可能な計算式を追っているような気がしてならない。
「クリスマスはそんなことじゃいけないんだ」とぶつぶつ不満をいいながらも、繰り返しクリスマスソングの流れるデパートに出てしまうのは、憂鬱でもあるし、友人達と久しぶりに顔を合わせることに期待も膨らむからなのだ。

さて買い物を終えて帰宅することにしよう。夜が開けるといよいよクリスマスの始まりだ。出された食事をちゃんと食べられるように朝から何も口にすまい。
そう思って地下鉄の階段を下りながら空を眺めるとそこには Manhattan で一番大きなクリスマスツリーがそびえ立っていた。

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サンタクロースの正体を見破ったのはいつのことだったか。


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それこそ小さいときは一生懸命起きてサンタクロースの正体を見破ろうとしたことも覚えているが、子供なんてそんな遅くまで起きていられるわけもなく、兄弟川の字になって寝ていたその枕元には朝気が付くとおもちゃが並んでいた。
それでもサンタクロースの正体については疑問を持つ段階を経ることなく、きわめて早いうちに正体を断定していたのを覚えている。当時周りの子供達はまだサンタクロースを信じていたので、僕は早熟だったのかもしれない。




先日、フジテレビのめざましテレビを見ていると ( そう、こちらでもめざましテレビはケーブルテレビで見ることが出来るのだ ) New York のクリスマス風景の紹介をしており、その中で自分の家と庭に無数のライトを設置している一家が紹介されていた。近所でも評判の、という言葉の裏にはどこかあざけりのニュアンスも感じられたが、なるほど、テレビで見るとひときわ近所のイルミネーションより派手だ。
一家の主も日本のテレビのインタービューに答えていたが、この時期電気代だけでも月に4万円を超すとか・・・。この日はこんな話題があるんだな、ぐらいにしか見てなかったのだが、日本から岡嶋さんがきていることに乗じて、もう1人の友達悪ふざけが乗じて近所のクリスマスライトアップの見所はないかと、インターネットでググって見た。
すると検索結果に出てきたのがまさにめざましテレビで紹介していた家で、住所まで詳しくでている。どうやらテレビに出ていた主が住所を公開しているらしい。それならば行って写真を撮っても迷惑になるまいと、うちから車で20分ほど Richmond Hill に向かった。

行ってみると、そこは一方通行のしかも奥は行き止まりの小さな通りで、テレビで紹介されるイメージとはほど遠いこじんまりとした家だった。この際家の大きさは問題ではないのだが、残念なことに夜の8時過ぎだというのにライトが着いていないのだ。
うっすらと近所の家や庭のクリスマスライトからこぼれた明かりから、この名物の家のあちこちにとてつもなくたくさんのライトが設置されているのはうっすらと見えるのだが、一つも点灯していないだけでなく、家の明かりもついていないのだ。どうやら外出しているか、あまりの影響で曜日と時間を決めて点灯している様子だった。
いったん盛大なクリスマスライトを見ようと意気込んできた気持ちはこれではおさまらず、さらに友達に電話して派手にクリスマスライトを競うコミュニティについて尋ねたり、コンピュータで検索して調べてみると、どうやら Dyker Heights という今までに行ったことも無ければ、聞いたこともない Brooklyn のどこかにものすごく盛大なライトアップがあるとのことで、一路 Brooklyn に向かった。

Dyker Heights に着いたのはその後およそ1時間後。探し回らなくてもすぐにここに来た理由が見つかる。ここはどうやら屋敷街となっていて、家々が華麗なクリスマスライティングアップの饗宴を繰り広げているのだった

ライトアップと言っても家や木々の形に添って小さな電球線を巻き付けているだけならどこでも見られるが、ここのは動く人形あり、メリーゴーラウンドありといった、規模の違いがはっきりしているのだ。ちょうどディズニーランドのエレクトリカルパレード ( 今はもうそう呼ばないらしいが ) を街全体でやっている、そんなたとえが決して大げさじゃないのだ。

ここ Dyker Heights へは僕らも車で行ったのだが、あとから調べると地下鉄も鉄道も近くにはなく、それだけ高級住宅地になりうる場所なわけだが ( 一般に地下鉄などが近くを走っているところの方が治安が悪い )、それだけ普段の Dyker Heights はとても閑静な屋敷街となっているはずだ。それがこの時期だけでもここを訪れる人が10万人にもなるというから驚く。
さらに調べてみるとここ Dyker Heights のクリスマスライトアップは USA Today 新聞が選ぶ全米トップテンの1つに数えられているほど有名なところだと知った。

僕らは車を止めて、三脚を抱えて歩き回ったが、この街は車でまわる人が多く、あちこちの通りが渋滞になっていた。
飾り付けは豪華だったり、豪快だったり、可憐だったりといろいろあるが、どの家の窓もカーテンやブラインドを完全に閉め、住人達は完全に見せる側にまわっているのはさすがと言うべきか。

写真を撮りながら、マイナスの気温の寒さとは対照的にライトアップされた家々はとても暖かそうに見える。

そのときふと思い出した。子供の時になぜサンタの正体が分かったか。近所にお金持ちの子供がいて、その子はクリスマスの翌日に沢山のおもちゃを見せてくれた。どれも僕にとっては欲しくてたまらなかったものばかりだが、普段からこの子は沢山のおもちゃを持っているのにサンタはまたもやこの子にだけ沢山おもちゃを配った・・・そんな風に。
豪華なお屋敷の鮮やかなライトアップ、そこから見え隠れする暖かそう家の中を思えば思うほど、僕らのまわりの大気がより一層冷たく感じられるのは果たして気のせいだけだろうか。
大人になってサンタはもっと遠くに行ってしまったのだろうか。


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New York に久々の寒波がやってきた。

寒波というのが日本で経験したような「寒冷前線」みたいなのとは大違いで、言葉通り骨身にしみるほど寒い。New York の緯度は確か青森県と同じくらいなのだが、どうやら気温は北海道並みのようだ。
(なので体感温度マイナス20℃という世界は北海道の人にとっては「うんうん」と頷いてもらえるかもしれない)

この週末も、日本から来ている岡嶋さんとコロンビア大学近辺をゆっくり歩きながらスナップ写真を撮っていたのだが、天気予報官が口を酸っぱくして言っていたとおり、夕方から気温はどんどん下がり、雨が降り始め、それがみぞれにかわりそしていつの間にか雪に変わっていった。
寒くなるとは聞いていたものの、この日の日中はプラスの気温だった。これがあっというまにマイナス5℃まで下がるのだから、外を歩いていると気温の低下を肌で感じるほどだ。
このくらい寒いと雪もさらさらの粉のようで、地面にうっすらかかる雪も風が吹くと小さなつむじをたてて舞い上がっていく。

この夜は岡嶋さんと近所の写真仲間、Ferdinand と Times Squqre 近くのトルコ料理の店で軽い夕食を取り、ほとんどそのまま解散。どこに行こうにもそんな意欲は起きないほど。クリスマスの買い物客と観光客で混んでいるはずの歓楽街も今日は心なしか人出が少ない。

翌朝月曜日。前の日から降った雪はわずかに街を白化粧しただけたったが、テレビの天気予報が伝える気温はこの冬一番の寒さだった。マイナス12℃。
日中最高気温がマイナス5℃ほどなのでこの日は一日中凍てつく寒さになりそうだ。
こんな寒さでも僕は割と New York の冬が好きなのだが、それは暖かい部屋でホットチョコレートでもすすりながら、窓の外の雪景色を眺めたり、木枯らしの音を聞いているときだけ。
雪の中、車を運転していかないとなると話は別で、この日ほど今日が平日だということを呪いたくなる日もないだろう。

それでも昨夜からの雪のおかげで空気が澄み、零下の大気は雪が舞いがっているかのようにキラキラ光っている。こんな風景が見られるなら、たまの寒波もよしとするか。

それでも White Christmas にはまだ早い。

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Gathering

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今朝は朝からトンテンカン、トンテンカンとハンマーの音が鳴り響き、時折電動のこぎりの音がギーギーとまるで歯ぎしりしているかのような音が階下から響いてくる。
いつもなら「あ、隣か下の階の人が壁に穴をあけているんだろう」とぐらいにしか思わないところだが、この日はそれにしてはかなり大きな音だった。
というのもこちらのアパートでは割と借り主が室内のペンキを塗り替えたり、ドリルで小さな穴を開けて絵や写真を飾ったりなんてことは当たり前のように行われているのだ ( 契約上だめだとしても )。ところがこの日の音はそんな小さな穴を開けるドリルの音ではなくて、ずんずん響いてくるほど。
こりゃなんだ?と思っていたら、今夜の食事に必要な食材を近くの日本コンビニに買い出しに行くときに分かった。

どうやら僕の住んでいるオーナーが年末になってアパートメントビルの入り口を修繕しているのだった。この入り口、二年ほど前から直径30センチメートル大の壁に貼られタイルが落ち始め、今では10枚も欠け落ちてしまい、そこにはコンクリートの壁がむき出しになっていたのだった。
それ2年たった今、やっとオーナーが重い腰を上げて直そうとしているのだった。
とは言っても満を期してと言うわけではなく、実は僕の住んでいる建物の前の土地も購入してそこに新しいアパートメントビルを建てようとしているオーナーがその新アパートのインテリア部分の工事を受注した中国系大工達に「通りの反対側のアパートも壁がこわれているんだ」とでもいってついでに直している感が否めない。

さて上で食料品の買い出しに行ったと書いたが、普段の僕の食生活を知っている人ならそんなにマメに食事を作るわけがないのはよくご存じの通り。
今日は久しぶりに我が家で友達を読んでクリスマスだとか忘年会だとかいろいろこじつけで集まることになった。
本日の客人主賓はなんといってもフォトグラファーの岡嶋さん。氏とは今年初めてお会いしたのに、合計三度の NY 訪問の折には毎回時間を割いてくれ、一緒に旅行などを楽しませても貰った。
今週より再び真冬の New York を見てみたいと、訪れている岡嶋さんとは日中もひょこひょこ同行して写真を楽しむ。ちなみに上で紹介しているのは昨日撮った写真で Queens にある元 New York 万博跡地の風景だ。橋の向こうに異次元が待っているような不思議な風景だ。

そして夜は夜で在 NY の旧友を交え ( 直近の昔とはいえ ) 昔を懐かしむのだった。

ということで今日は前回 NY 訪問時に企画した NY、Upstate にある Mt. Mohon のハイキング参加者を中心に岡嶋さんの帰 NY をお祝いすることになった。

先ほど買い物を終え、部屋の掃除と小物を用意し終えた。今はサラダなどを作りつつ客人を待っているところ。そういえば階下の工事音も静かになった。工事の音に暮れの押し迫るクリスマス直前らしい慌ただしさを感じた後は、もう少しもすれば友人達が次々現れて殺風景で何も無い僕の部屋がぱっと華やぐことだろう。

商店街の空

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12月ともなると商店街には安っぽいイルミネーションがけばけばしく飾り立てられ、アップテンポなクリスマスソングがどこでもかかり、店を出ても頭の中にスピーカーが残っているかのように同じメロディーが反芻される。気が付くと自分まで口笛でサビのよく知っている部分だけを繰り返し吹いていて、自分自身に毒づいてみたり。

そんなある日、外出先から帰るときに近所でも最も賑やかな商店街の交差点に差し掛かったときのこと。
同行していた友人はそのちょっと前にとある店にはいって買い物を始め、僕はといえばカメラを片手に手持ちぶさたにしていた。周りの人たちが足早にやってきては去っていくのを見ていると自分だけ時間が止まったような気がしてしまう。
前を歩いている人のかかとを踏まないようにと、誰もが足下を見つめ、そしてショウウィンドウを見つけているときに、ふと頭を上げると真っ赤な尾をひきずるようにして飛んでいる飛行機が目に入った。
その赤さたるや尋常ではなく、着色した赤よりも赤かった。

最初は月と赤い飛行機雲だけが空に浮かんでいたのだが、横から旅客機が視界に入ってくるのがわかり、ゆっくりタイミングをはかり、ファインダー越しに空を見ていると、周りの声が次第に大きくなってくるのに気が付いた。ぱっと振り返るといつの間にか10人以上もの人が僕の後ろに集まって何事かと見ている。中には空を見上げて僕が見ているものが分かったらしく、口をぽかんと開けてみている人も。

そのうち、見物客の1人が僕に「なんであの飛行機雲は赤いんだ」と尋ねてきた。周りの人も一斉に僕を見つめて何か答えを待っているかのような顔。僕が目立つレンズ(白色でかつ望遠ズームなので大きい)を使って撮影しているので、それが何かを知っていて撮っているのだと思っているかのようだ。

正直なところ僕もこの飛行機が故意に赤い煙をはいているんじゃないかと思ったが、この空と反対側にはちょうど沈みかけの太陽があり、白い飛行機雲に燃えるような夕日が反射してこんな現象になったようだ。太陽が完全に沈んでしまうとこの赤い飛行機雲も次第に薄くなり、そのうち夜空に紛れてしまった。

年末おしせまる商店街で、まわりの喧噪がかき消されるような一瞬だった。

なぜか New York の冬空というとどんよりと雲の立ちこめたイメージがあるのだが、この週末はまさに気持ちまで押しつぶされそうなほど雲が低く、厚くたちこめた天気だった。
用事の無い週末の過ごし方というと、1人であれば写真を撮りにいくぐらいで、こんな日であってもでかければいいものを、なんとなく朝からその気が起きなくて、ずっと部屋でぐずくずしていた。
別段体の調子が悪いとか、極端に寒い、たとえば零下10℃とかいうような気温でもなく、出かけようと思えば出かけられるし、曇りなら曇りなりの写真も撮れるのだが、気が滅入るとでもいおうか、なんとなく気がそがれてしまった。天候のせいにしたところで何も変わるはずは無いのだが、朝からなぜか「こんな日は部屋にいるに限る」と決めつけていた。

New York 市ではアパートやコンドミニアムの室内気温について条例があり、一定の温度を保つことが出来ない場合、管理人やオーナーが処罰されるほど厳しいのだが、そのおかげもあって外は体が凍り付くほど寒くても室内は下着で歩き回れるほど暖かい、と言うところが多いのだ。中には温度の調節ができず、室内が暑すぎて真冬でも窓を開けているところがあるくらい。
なので部屋にひきこもるのは実は快適で、食べ物と飲み物さえあれば、無数にあるケーブルテレビのチャンネルを見たりして怠惰な一日が何の苦労なく送れてしまうのだ。

といっても二日間まったく引きこもっていたかというとそういうわけではなくて、これでも地下鉄に乗って Upper West あたりのクリスマスシーンの写真でも撮ろうと出たのだが、街を歩き始めて「ここはやっぱりイメージしているところじゃないかも」と思いはじめたところで、近所に住む友達からの電話が入った。
うちに遊びによってきなよ、という誘いに乗ることにして、撮影は30分もたたずに取りやめとなった。

あとは友達の家で、公開時に見逃した映画を DVD で見たり、写真談義に花を咲かせたり。

時々部屋の片隅のスチーム暖房がぷしゅーっと蒸気の音を立てるのが、外のどんよりとした寒さを思い出させるが、すぐに自分のいる居心地の良い場所に気持ちが帰っていく。

まったく生産性のない週末というのも、たまにはいいもんだ。それがクリスマスを直前にして世界でもっとも忙しい大都会にいながら、都市の喧噪と凍てつく空気のすぐ背中合わせの場所にいるからこそ。


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近所の友達の家で、ただただくつろぐ日曜日。

そう言えば今年はまだクリスマスらしいシーンを見てない=写真に撮っていないことに気づいた。
今年はちょっと出遅れたかも・・・今週末あたり写真が撮れたら、久しぶりに New York ネタで更新できるかな?

Personality

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思わぬ車の出費で腐っていたとき、気分転換にと平日の夜、ふらっとカフェに出てみた。
このところ不運が続いたけど、どうやらいつまでも不幸ばかりじゃないようだ。神を信じないくせに、今回ばかりは神様のいたずらか、などと思ってみたり。

最初は隣の隣のテーブルに座っていた、隣のテーブルには年配のカップルが座っていたが、気が付くと Lola は僕の横にちょこんと座っている。

どこ出身? というありきたりの挨拶で、僕が日本人と分かると、
「私が覚えている日本語は『どういたしまして』だけ」
と言ってまたクックックッと笑う。

名前は?と聞かれて「ヒロ」と答えると、
「ほんとー? 前の彼氏の名前もヒロだったの」
といってまた楽しそうにクックックッと笑う。

次に持っていた僕のカメラを見て、「大昔、若いころモデルをやっていたの」としゃあしゃあという。僕から見れば24歳の Lola は十分に若いのだけど彼女にとっては若さはもう一回り昔のことなのだ。
始めはふざけてカメラを向けていたんだけど、不思議と波長があってつぎつぎと豊かな表情を見せてくれる。

豊かな表情を見せてくれたように、Lola の感情もとても豊かだった。生まれはカリフォルニアというが、両親はスペイン出身と聞いて、そのエキゾチックな顔立ちにも、強烈な Personality にも納得がいく。

真冬の、それも平日の夜のカフェはひとけも少ない。そんなこともあってか周りに気兼ねせずにに「スタジオ撮影ごっこ」をしてしまう。

「 New York の冬は嫌い。だって寒いんだもん」
彼女はぼそっと言った。
でも僕の専属モデルはすぐにクックックッと笑った。


クリックすると大きな写真で見られます。

撮影 : EOS 20D + Tamron 90mm Macro

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気が付くとすでに12月。日本でも師走というほどせわしくなると思うが、ここ New York も急にあたりがせわしくなる。忙しいのはなんと言ってもクリスマスショッピング。そしてクリスマス前後のパーティの準備。
米国に家族がいない僕でも親しい何人かは、それこそ心ばかりの ( 英語ではあまりへりくだって『つまらないものだけど』とは言わないが ) プレゼントを贈っている。なのでこの時期は僕も買い物に行くんだけど、どこにいっても店は人だらけ、道は車だらけになる。
僕なんぞは一つ、二つの商品を持ってレジに並ぶだけだが、中には10人分以上もの商品を持って並んでいる強者もいる。

New York を代表する Bloomingdale's デパートなどでは贈り物用のラッピングコーナーが別にあり、ここでもまた長蛇の列に並ばなくてはならない。しかもここでのラッピングも包み紙、リボンなどを選んで有料サービスなのだ ( ただしデパート特製の紙箱なんかはタダでもらえる )。
でも多くの人がキンキラの包み紙とこれまたフリフリのリボンを買って大げさに包むのがアメリカ流クリスマスプレゼントのようだ。( そして開けるときはどれだけダイナミックに開けられるかを競っているかのように、思いっきり破く。日本の習慣とは全く逆なのだ )

このクリスマスショッピング、実は11月下旬の Thanksgiving Day の翌日から始まっているのだ。Thanksgiving Day といえば翌日のセールが有名で、この日はなんと朝6時7時に開店するところが多い。朝の6時には開店待ちの行列が Toysrus の前には出来ていたそうだ。街で耳にする音楽もこの日を境にクリスマスソングに変わる。

僕が日本にいたときもよく「クリスマスの商業化」という言葉は耳にしたけれど、アメリカだってこれだけの人がクリスマスショッピングをしているのを見ると、日本以上の商業化といってもよいだろう。
そして「そんな文化に染まるもんか」と思っていた僕まで辛抱強くデパートのキャッシャーの行列に並んでいるんだからなぁ(^^ゞ汗

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