2005年3月アーカイブ

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※EOS 20D

冬来たりなば、春遠からじ。

New York では冬が来たら春はまだまだ先、などというイメージがあって、この句を実感することは不可能かもしれない。なにせ10月から3月までは冬と呼んでも大げさではないからだ。

そんな New York の長い冬だがいよいよ抜け出して春がやってくる気配が感じられる。
これまでは太陽の光線も弱々しさを感じたが、ここ数日の日差しはあきらかにキラキラと光って見える。
夕方仕事を終え、車に乗り込むとすでに空は暗くなっていたのが、いまでは夕焼けがまぶしいくらいだ。そのまぶしい夕焼けのせいで渋滞が起きているほど。

Manhattan の街を歩くとすでに厚手のコートを脱ぎ捨ててすでに軽めのジャケットに切り替えている人を多く見かける。中にはジャケットすら着ずに軽装の人も。そんな人を見るとさすがに自分までぶるっと寒くなるが、その反面嬉しくなるのはそれが春を運んでくるように見えるからだろう。

思えば今年の冬もいろいろあったが、春という季節は気持ちを切り替える良いチャンスだ。アメリカでの生活も長くなり落ち着いてきた反面、変化も少なくなってきた。これを機にいろいろ考えていること、企画していることを少しずつ形作って行こう。
最近では仕事と写真の比重が逆転して、どっちが重要なんだか分からなくなってきたけれど(笑)、僕の写真をパブリッシュしてくれるという奇特な方のオファーを吟味してそのいくつかを実現していく予定。もちろん趣味として撮る写真はこれまで通り大切に撮っていくつもり。

ところでこの「冬来たりなば春遠からじ」というフレーズはもともとどこから来たんだっけ?と考えてみると、確か中学生の時に熱中して読んだ SF 作家、星新一の作品のタイトルに「冬来たりなば」というのがあったことを思い出す。ところが調べてみるとそうではなくて、もともとの文献は古い英語 ( イギリス ) 詩からのものと判明。
Percy Bysshe Shelley という英国詩人が書いたとある詩の一節、
"If Winter comes, can Spring be far behind?"
が翻訳されたものだった。

軽装の者あらわれば、春遠からじ。ニューヨーク。

今朝、ローカルテレビのニュースで興味深いレポートがあった。
地下鉄の犯罪発生率が増えているのだが、それが iPod に関係するのだという。

「音楽業界の最新トレンドは iPod だが、地下鉄での犯罪シーンの最新トレンドも間違いなく iPod だろう」

そんなショッキングな出だしで始まるニュースだが、なんと1日に10件近い盗難があるのだという。しかも去年に比べ14%もの増加だという。(ただしそれでも5年前よりは少ないとか)

街頭インタビューで答えていた人もいるが、iPod 特有の白いヘッドホンとケーブルが目立つのだという。そのためその人はカモフラージュのために黒いケーブルに取り替えて使っているのだとか ( それじゃあなんだか iPod を持っている楽しみが半減しそうだが )

もう1人の人はインタビューでこう答えていた。
"I feel safe wearing it in the subway," said one rider. "I think there are enough people that have them, I don't feel like somebody's going to rip me off."
つまり他の人も沢山持っているから地下鉄で使っていても安心。誰かが僕から盗んでいくとは思えない、と答えている。つまりそれだけたくさん iPod ユーザがいるから、盗むなら他の人のを盗むんじゃないか、というニュアンスだ。
でもこのセリフはなまじ大げさな表現ではなく、アメリカで携帯音楽ブレーヤといえば、iPod を指すぐらい一般的になった。

閑話休題、英語 tips。
文中で出てきた rip off と言う表現、これは盗まれるというような意味だがどちらかというと追いはぎにあう、とかぼったくりにあう、のようにとんでもない奴にたかられるような意味が強い。

話しをニュースに戻そう。
New York 自体は何年ものあいだ連続して犯罪発生率を減らしてきている。それなのに地下鉄で発生率が増えているというのはそれだけ iPod が魅力的だからなのだろう。これまでのスリや強盗と違って自分が使いたいから盗むガキが多い、ということだ。つまり人に危害を加えるようなタイプの犯罪ではないようだが、物騒なのにはかわらない。

ということで New York に来て地下鉄で iPod を聞きながら地下鉄地図なんて見ていようものなら、間違いなくターゲットにされてしまうので、どうしても車内で聞きたいと言うときは iPod を外から見えないところにしまったほうが良さそうだ。

さて iPod のことを何度かここで取り上げているから僕が所有していると思う人もいるだろう。でも実際には持っていない。MP3 プレーヤを持っていないわけではない。実は手元に3台ものプレーヤがあるのだが、あまり使わないのだ。車で移動するときは FM ラジオをつけっぱなしだし、会社では常に PC の前なのでネットラジオを聞くことも出来る。なので当面 iPod を買う予定はなさそうだ。

NY1 News: Top Stories

MARCH 29TH, 2005

The latest trend in music is apparently the latest trend in subway crime as well. Underground thieves are increasingly targeting iPod owners.

Police say iPod thefts, particularly kids stealing from other kids, have contributed to a 14 percent rise in subway felonies this year through mid-March as compared to the same period last year. That amounts to 10 felonies a day - still less than the 12-17 a day from 1995 to 2000, the NYPD points out.

中略


The most common method riders use to prevent theft is to keep their iPods out of sight and hold on to them tight.

"I keep it in my bag all the time," another rider said "I actually changed my headphones. I think the black headphones are camouflage, so people just think it's a regular MP3 player - hopefully."

The NYPD has been trying to combat the rise in subway crime with "impact teams" of eight officers and a sergeant at stations where robberies are most common.

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※EOS 20D + EF17-40mm

最近、メジャーなネットワークで赤ちゃんが大人の口振りで話す TV コマーシャルが流れている。
もちろん口の部分がコンピュータグラフィックで合成されているのだが、最近の映画でわかるようにもはや合成と見えないので、ある意味本物以上にリアルである。
僕にとってはちょっと気味が悪いそのコマーシャルは Quizno's Sub というコロラド生まれの新しいサンドイッチファーストフードチェーンのものだ。
公式サイトによると20年以上前に Denver に第一号店が出来たとあるが、New York に上陸したのはここ数年だろう。

サンドイッチ界の巨頭、Subway sandwich には敵わないものの、最近あちこちで Quizno's Sub の看板を見かけるようになった。ここ何回かサンドイッチが食べたくなると Subway のかわりに利用しているが、なるほど新しいだけあって工夫がなかなか。
今週末、またしてもカメラストア B&H に行って買い物をしてしまったのだが ( その製品のレビューは後日紹介予定 )、同じブロックに Quizno's Sub が出来ていたので立ち寄ってきた。カメラを持っていたので写真を撮ることもできたし、いい写真が撮れれば本来ヨシュランで紹介したいところだが、このサンドイッチはどうにも写真が撮れない。

以前 Chicago に行ったときに現地で有名といわれるサンドイッチレストランのシカゴスタイルサンドイッチを紹介したが、あれとかなり似ているのだ。シカゴスタイルの方は客に出す直前に店員がサンドイッチをスープにくぐらせるが、Quizno's Sub のはスープがカップに入って出てくる。
サンドイッチによってはスープが着かないものもあるし、またスープも頼むサンドイッチによって味が違うが、ステーキサンドイッチを頼めば確実にスープが着いてくる。
包み紙に入ったサンドイッチにかぶりつく前に、そのスープに浸す、というのが Quizno's Sub のスタイルなのだが、もうこれだけで両手はべとべとになる ( って僕の食べ方がへたなのか? )。
片手にサンドイッチを持って片手で撮影・・・をここ見るもやはり失敗。
ということで今回は食べ終わった直後のトレーの様子を写真に納めた(笑)。これじゃあヨシュランに載せられないよね。
なんとなく日本人の感覚では「サンドイッチをスープに浸して食べる」という文化がなじまないのではないかと思うが、似たようなことはつけ麺とかざる蕎麦でもあるので、発想の転換で考えれば不思議ではないかも。少なくともシカゴの様にびちゃびちゃの状態でトレーに出てくるサンドイッチよりは食べやすい。

上で紹介した赤ちゃんの口パクと、つけソースサンドイッチの様子は現在このリンクをたどると見ることが出来る。いずれ日本に進出するかな。
テレビコマーシャル その1
テレビコマーシャル その2

このサンドイッチのいいところはスープに浸して食べることから少量でもすぐに満腹感が得られること。近いうちにアメリカに来るという人、是非挑戦を。

Quizno's Sub

公式サイト
http://www.quiznos.com/

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※EOS 20D : 地下鉄車内で。女性の後ろのMoMAの広告を撮ろうとしたところ、微笑み返してくれたので彼女を中心にして写真を撮り直した。でも縮小すると微笑んでいる様子がこわばっているように見えるのはどうして???

つい最近 Manhattan に戻ってきた MoMA のエントリーを紹介したばかりだが、その最後に美術館で撮った写真でも紹介しよう、なんて書いた。ということで早速その紹介をしてみる。

MoMA を始めアメリカでは多くの美術館・博物館内で写真の撮影を認めている。一部に個人コレクションが展示されていたり、特別展示があるとその一角だけ撮影ができないこともあるので、その場合は近くの館員に尋ねる必要がある。それさえ気をつけて、見学している人の邪魔にならないよう撮れば全く問題ない。

好意で写真を撮らせてくれるのに、ルールを守らずにフラッシュをたいて撮る人がいるが、もちろんそんなつもりで撮っているわけではないのだろう、あちこちで館員に注意されているのを見かける。ほとんどのコンパクトデジタルカメラユーザがフラッシュを自動設定にしているからだが、これだけパシャパシャたいているとそのうち全館撮影禁止になってしまうんじゃないかと心配だ。

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※EOS 20D : 近接撮影なのに僕が映っていないのはなぜでしょう?(笑)

さて美術館で写真を撮る、という行為だが作品そのものをいくら写真に撮ってもそれは自分の記録として撮るつもりならいいものの、写真の作品にはなりがたい。アートがすでに作品になっているので、それをどんな風に工夫してみても写真がその表現を越えることはできないからだろう。
ところがそれでも「美術館で写真を撮ろう」なんてタイトルにしたのは、見知らぬ人に声を掛ける勇気が無く、通行人を含んだストリートスナップの写真が撮れない人でもこれだけの人混みだったら人を避けて撮ることが出来ないので、必然的にかつ簡単にスナップ写真が撮れてしまうからだ。

ここに来ている人の中にはアート作品と記念撮影をしている人もいるが、MoMA のような人気美術館だと二組や三組の記念撮影が同時に行われ、どうしたって知らない人と隣同士になって記念撮影していることになる ( これは傍目で見ていてなんか滑稽だ。あとで写真を見た人が、「隣に写っている人、誰?」と聞くのは間違いない )。

だからここはうまくそのシチュエーションを利用してアートと人間というテーマや、美術館の造形美そのものやアートを脇役にして友人の写真を撮る、なんてことをやってみるとこれがなかなか面白い。

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※EOS 20D

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※EOS 20D

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※EOS 20D

美術館は作品を明るく見せるため照明も完備しているので撮影向きで、しかもアート好きな人の中には一風変わった人もいるのでなかなか面白いシーンが撮れる。
天気が悪い日などここを利用しない手はない。

ストリートスナップでお困りのあなた、美術館にカメラを持って出かけてみましょう!!

タイトルだけ見ると週末のデパート屋上で行われる子供向けショウにも見えるがこれ、れっきとした食べ物の名前である。なんだかおどろおどろしい名称だが、どっかの遠い国の料理なんかじゃなくて実はこれ、我々にも馴染みの深い日本食なのだ。

ということで今回紹介しているのは「Today's Lunch」シリーズ。前回はインド料理を紹介したので、今回はアメリカで食べられる日本食料理を紹介することにしたのだ。正確にいうと今日ではなく昨日の昼に食べたものなんだが。

寿司は海外で広く認められた一方、様々に現地の文化を取り入れて発展を続けている。
日本人からすれば「そんなの寿司じゃない」と思うかも知れないが、そもそも改良することは日本がこれまで最も得意としてきた文化だ。納豆や刻み海苔、シメジが入った和風スパゲティーや、カレーやポテト・マヨネーズのミックスピザなどイタリア人が見たら「こんなの本物じゃない」というのと似ている。アメリカのものだって、ほら照り焼きチキンバーガーとか、抹茶フラプチーノとかあるしね。

なのでアメリカ人が寿司を改良するのもちっとも不思議じゃないのだが、そのメニューはますます広がっている。ポピュラーなカリフォルニアロールから始まってフィラデルフィアロール、アラスカンメール、スパイダーロールなど。
で今回紹介するのは Crazy Salmon と Red Dragon。ともに Long Island にある日本食レストラン「ことぶき」で出されている。

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Crazy Salmon(右)、Spicy Tuna Roll(左) : Panasonic DMC-LZ2 撮影

天かすとマヨネーズ、それにサーモンが混ざってアラスカンロールの上に載っているのが Crazy Salmon だが、上に載っているサーモンの量は確かに Crazy と言えるだろう。
最初は見た目が強烈なので怖々と口にしたのだが、これが意外とうまい。天ぷらのさくさくした食感としっとりしたサーモンが口の中で不思議と調和するのだ。
隣のマグロ鉄火巻きのようなものは「 Spicy Tuna 」と呼ばれてかなり前から認知されている。
たいていどこの日本食レストランでもこれを出すはずだ。名前の通り、七味唐辛子なとが使われていてピリ辛仕上げになっているのだが、辛いもの苦手のアメリカ人にもこれは受けているようだ。

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Red Dragon : Panasonic DMC-LZ2 撮影

そしてこちらが Red Dragon。てんむすのようにエビのフライが寿司の中に入っており、上には Spicy Tuna のマグロ部分がこれまだたんまりと乗っている。
しかも目玉まで着いているのだが、この目玉は実はケロッグのシリアルである。このあたりはかまぼこを切り抜くとか卵焼きで目を作ることはできなかっのだろうかと、ちょっと残念。

それにしてもアメリカの食事ばかりしているとたまに日本食が食べたくなるのだが、そんなときはいつもオーソドックスなメニューを狙いがちだ。たまにはアメリカ創作寿司に挑戦してみるのも悪くない。アメリカに来てまで日本食? といわずアメリカに来たんだからアメリカ創作寿司を食わなきゃ損!

NY Is Modern Again

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MoMA - 金曜日は臨時駐車場まで使用して入場制限

MoMA - 正式な名称は The Museum Of Modern Art ( 近代美術館 ) というのだが - は地元を代表する美術館の一つとして New Yorker にそう呼ばれている。
こんな風に愛称で呼ばれることは珍しくなく、特に美術館、博物館らは一般に長い名称を持つため、短いニックネームで呼ばれることが多い。もう一つの有名な美術館、Metropolitan Museum は Met と呼ばれている。
MoMA とは綴りもわかりやすいながら、発音も日本人にとって優しい。カタカナで書くそのままに「モーマ」と発音すればそのままで通じてしまう。
そんな訳で New York を二分する美術館といえばモーマ ( MoMA ) かメット ( Met ) かと言うことになる。

ところでその MoMA だがもともと Manhattan にあったのだが、新しく建て直すということもあって、Queens のうちから割と近いところに臨時の美術館として移転、開館していた。Manhattan の MoMA と区別するためにこちらは QNS MoMA と呼ばれて親しまれていたのだが、本館の長い建築期間がおわり、晴れて Manhattan に MoMA が戻ってくる日がやってきたのだった ( 2004年暮れ )。今回のタイトル「 NY is Modern Again 」と MoMA 本館が Queens から Manhattan に戻り新装開館することを告知する地下鉄・バス車内広告のキャッチコピーだった。

この美術館、近代美術の粋を集めただけあって新しい MoMA の姿もそれにふさわしい現代建築を代表する造詣となった。この建物が話題となって新装開店以来沢山の人たちが連日訪れているのだが、今回は日本人設計士がデザインしたものとあって New York に住む日本人はちょっと鼻が高い。

そこで同じ日本人としてサポートを示さねば・・・なんて殊勝な気持ちになったわけではないのだが、やはり自分の目で見ないことには判断も出来ず、ということで早速友達と連れだって行ってみた。正直なところ、改装後最初に行ったのは年明けてすぐ立ったが、その後ももう一度行って見るほど、なかなか僕的マイブームかも知れない。

「同胞人をサポート」なんて高らかに書いておきながら、行ったのは金曜日の午後5時過ぎ。
実は夕方5時から美術館に入ったのは理由があって、毎週金曜日は午後5時より閉館の夜8時までの間、無料で一般開放されるのだ。
これは大手小売りスーパー Target がスポンサーをしているおかげ、のようでこの精度のことを「 Target Free Friday Nights 」と呼んでいる。

たまたま会社を休んだとある金曜日にこの精度を利用しようと、5時過ぎに美術館前に着くと、ニュースや口コミで知った人たちが入館のための長蛇の列を作っている
入り口から歩道へと列は続き、最後尾は・・とたどっていくと近くの空き地に列が入っていくのが見える。その空き地の中はちょうどディズニーランドの大人気アトラクションの行列待ちのように鉄索で幾重にも列が作られていた。
が入場無料ということで、入場券を貰う手間もなく列はさくさくと進む。ときおりその列が泊まるのはあまりたくさんの人数を館内に入れることが出来ないため入場制限をしているためのようだが、ほどなく中に入れる。
中では無料にもかかわらず入場券が手渡され、さらにそのチケットを入場口で手渡す必要があるのだが、人数のカウントのためだろうか、ちょっと不思議である。

さすがに無料とあって館内はデパートの売り場なみの混雑となる。さすがにセール会場とまではいかないが、エスカレータは鈴なりだし、各展示室はどれもたくさんの人がいるためお気に入りのアートの目の前にたってじっくりと見る、なんてことはしにくい。みんな数秒たったら後ろの人にその場を譲っている感じだ。
そのためじっくり見るならやはり金曜日以外の平日昼間に見るのがよいだろう。

ところでさすが真新しい館内とあって建築デザインもとても楽しめる。写真があるので次回以降のブログでも少し写真を紹介しよう。

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The Museum of Modern Art

(212) 708-9400
11 West 53 Street
New York, NY 10019-5497

公式サイト
http://www.moma.org/

事故の処理中だというのに金曜日の朝、今度は車が盗まれた。まさに弱り目に祟り目とはこのこと・・・。

といっても今回盗まれた車は僕が「所有する」車ではなくリースの車の方。リースの車ってどういう意味? という声が聞こえてきそうだが、会社まで毎日車で通勤するのは皆なかなか大変なので、同僚の1人が車をリース会社からリースして分乗を始めたのだった。なので早く職場に着きたいときや遅くまで仕事をしそうなときは自分の車、そうでないときは朝待ち合わせの場所に行って、車を乗り換えて出勤、という風に使い分けていたのだったが、今回そのリース車が盗まれた。

もともとリース会社から借り受けていた友人がその後会社を辞めこともあり、この友人の後釜代表者として僕の名前を使っていた。メンバーの中で僕だけが無事故でクレジットヒストリーも良かったためだが、実際に車を運転するのはもう1人の友人の方が多かった。

盗難事件は木曜日の夜、この友人が会社から帰途につき自宅のそばに車を停めたあとから翌日金曜日の朝、車をピックアップしにいく7:30AM までの間に起きた。
僕は金曜日、車の事故処理もあって会社を休んでいたので全く事情は知らなかったのだが、代表者に名前を連ねているのであちこちから電話がかかってくるも、どこに車を停めていたのか何時に停めたのかも分からず、まるで役立たず。また警察への盗難届は「所有者」でないとできないということから、リース会社 ( 本社はChicago にある ) が New York の警察に電話して・・と面倒な手続きとなったようだ。

リース車両ということでもちろん盗難保険にも入っていたので、すぐに別の車両があてがわる、と思いきや、珍しいことが起きた。
午後2時過ぎに警察がこの車を発見したとくだんの友人のところに連絡が入った。車の盗難なんぞ、警察が本気になって捜査してくれるわけではなく、まして一度盗難にあえばパーツがばらばらになって発見される見込みが少ないアメリカで、なんとほとんど無傷で発見された。
当初、こんなに早く見つけたとの報に「さてはこの車には盗難時に車の所在を追跡出来る装置がついているのでは?」と思った。
記憶が曖昧だが、特殊な装置を取り付けることで車の所在地を割り出すサービスが NYPD ( New York 市警 ) から提供されていると聞いたことがある。リース用の車両だからそんなこともあるのかも知れない、と思って詳細を尋ねるとそうではないらしい。
車は Queens 区で盗難にあったのだが、車は Brooklyn 区にある解体工場で見つかった。なんと匿名の通告があったのだという。
たとえ車泥棒が日中堂々と大通りを運転していても、それが盗難車だとは誰も思わないし、一旦解体工場に運び込まれてしまえば、たとえ通行人が近くにいてもわざわざ工場の中をのぞいて不審な点を見つけられるとは考えにくい。もちろん解体工場も盗難車として買い取ったわけだから店の経営者側から通報があったとは思いにくい。
通報したのはおそらく盗難したやからの仲間か、解体工場の従業員ではないかと思われる。
実際警察が踏み込んだとき、まだ解体は本格的にスタートしておらず、シートがとりはずされただけだったという。

リース会社の人が Brooklyn の警察まで出頭し、車の状態を査定したところシート以外に大きなダメージは無いとのことで、そのまま僕らの手元に戻ってくることになった。
シートを取り付けるついでに、カーステレオとドアミラーも直してくれるという。実は友人が細い道を運転中、ドアミラーを他の車にぶつけて鏡にひびが入り、ラジオの方はいつのまにか一局しか入らなくなってしまっていたのだ。どうやら今回の盗難時に起きたものとみなされて、これらも無料で直してくれることになった。

ということで最初は「また車の事件!?」と半ばあきれてしまったが、災い転じて福となる、の言葉通り、故障箇所が修繕されて返ってくるのだから文句は言えまい。

それにしても厄年でもないのに、僕の周りには車関係のトラブルが相次いでいるのは一体どうしてだ?

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このところ休みになると、足繁く B&H に通っている。大きな買い物ではないのだがフィルターを買ったり、三脚を買ったりと、行くたびに散財してしまう。
散財と言う言葉は正しくなくて、僕の中では「いつか買おう」と思っていたものなのだが、これまで購入するタイミングがなかなかつかめなかっただけなのだ。
ところが最近、毎週のようにいくので、完全に気持ちは買い物モードに切り替わったまま。
今週は久しぶりに写真を撮りに行くか、と思っていたところ友人が EOS 350D - Digital Rebel XT ( 日本モデル名 Canon EOS Kiss Digital N ) を購入したものだから予備のバッテリーだの blower だのいろいろなアクセサリ購入がしたくてたまらないらしい。かくいう僕もまるで同じだったので人のことは言えないのだが。
ということで友人につきあう形で B&H に行ったのが運の尽き。カウンターでいろいろ見ているうちに「あ、そういえばコンパクトデジカメのメインがないなぁ。」と近くにあった Panasonic のデジタルカメラを見て、速攻で購入決定。これまでメインに Canon Powershot G2 を所有していたのだけれど友人空「ゆずってくれー」という強いリクエストで手元から無くなったのが昨年のこと。それ以来、ポケットデジカメはカシオの Exlim、( このところ全然潜っていないが ) スキューバダイビング用に Canon Powershot S30 が手元にあるだけだ。

購入したのは Panasonic DMC-LZ2 というカメラ。岡嶋さんが New York に来るたびに持ってくるコンパクトデジカメも Panasonic の手ブレ補正機能付きのモデルで以前から興味があったのだ。
それまで使用していた Powershot G2 はレンズが明るかったこともあり、手ブレになるような事は少なかったのだが、最近のデジカメのレンズはF3.5~というものが多く必然的に手ブレが多くなる。僕はこのサイズのカメラには「さっと取り出してさっと撮る」というスタイルを求めているので、手ブレ補正はかなり使えるはずだ。

あまり高解像度、多機能である必要は無いけれど、手ブレ補正に6倍光学ズーム(35mm 換算では37~200mm超ということらしい)、500万画素とかなり贅沢なスペック。しかもそれで価格はおよそ3万円。この価格につられて衝動買いしたといっても過言じゃない。いやぁ安くなったのだ。

ところで最初に電源を入れてみての感想は、電源投入ご撮影までのレスポンスが良いこと、軽いこと、ただし手ブレ補正モード2にしているとシャッター押後に手ブレ補正が働くのでブラックアウトがかなりあり、撮影タイミングにとまどう・・・と言ったところか。
これでヨシュランも更新が再開できるかも ( しれない )。

インターネットで調べてみると、ちょうどインプレスのデジカメ Watch にレビューが掲載されていた。関心のある人はどうぞ。
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/review/2005/03/17/1162.html

それにしても日本にいたときはアキバやヨドバシカメラが鬼門だったが、New York に来て写真を趣味として本格的に始めた今、B&H に近づくのはかなり危ない。いくらお金があってもたりやしない ( 苦笑 )

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Panasonic DMC-LZ2 作例
なぜかAmerican ExpressカードからJelly Beansが送られてきたので、ブツ撮りしてみた。

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3月ともなると少しずつ冬の終わりを肌で感じることが出来るのだが、今年の New York は2月からよく雪が降るようになった。
週があけ、カレンダの月も変わったあとも Snow Storm と呼ばれる吹雪になり、学校などが閉校になったりしたが、雪の降らない日の気温もそこそこ上昇し万年雪も小さくなってきた。それほど寒くない日には、雪が降ったとしても完全な粉雪ではなく、中にはみぞれのような雨と雪が混じって降ることも。

そんな雨とも雪ともつかない水分を多く含んだ雪を見ると、一つのフレーズが記憶によみがえる。今回のタイトルにつけた詩の一部だ。

「あめゆじゅ とてちて けんじゃ」

教科書によってはこの詩を採用しているところもあるので知っている人も多いと思うが、宮沢賢治が自分の妹の最期を看取る直前の朝の会話を書いた詩「永訣の朝」の冒頭部分である。
最後の力をふりしぼるようにして、外のみぞれを取ってきて、と頼む妹の息切れが聞こえてくるような詩だが、最初に読んだときから僕の心に深く刻まれている。
本を読むのが好きだったかつて、宮沢賢治の作品は一通り読んだが、読み始めた時は特別好きだったわけではなかった。
ところがあとから、不思議にも彼の作品は自分の年齢とともに、興味のある作品が変わってくることに気が付いた。最初に読んだときは童話的な作品だったし、つぎに魅せられたのは幻想的世界だった。そしてある時はとても哲学的だったり.
なので教科書で宮沢賢治の作品が取りあげられていると知ったとき、ちょっと嬉しかった。それはたぶんクラスの友達より少しばかり宮沢賢治が身近に感じられるという優越感みたいなものだったと思う。

どうして宮沢賢治に親近感を抱くのか、それはちょっとしたストーリーがある。それは僕が小学校に通っていた頃まで時代は遡る。

アメリカで子供に一人旅なぞさせようものなら、それこそ「幼児虐待」とされて両親は捕まってしまうけれど、僕は小学校に入る前から1人でバスに乗って祖母のところにお使いにいく、なんてことをしていた。小学校に入るとすぐにその祖母と特急に乗って、岩手に旅行に行くようになった。岩手には叔父一家が住んでいて長い夏休みをそこで過ごすのが毎年の楽しみとなった。
祖母が行けないときや、タイミングがあわないときは僕だけとか、僕といとこだけで上野駅から特急『はつかり』に乗りこむこともあった。たいてい上野駅まで母が見送りに来てくれ、岩手・一関駅では叔父が迎えに来てくれたので、心細さはなく一人旅を楽しんでいた ( 当時、車掌さんも子供の一人旅を気にしてくれたのか、よくチェックに来てくれた )。
一関からは叔父の古めかしい車に乗って、山間にある小さな村まで行くのだった。駅前を離れると程なく緑が多くなり、すぐに山の中を走るようになる。対向車が来たらすれ違いが難しい程の山道で、葉が茂り木漏れ日がこぼれる木々のトンネルをくぐるその風景は、僕にとって新鮮な車窓の風景だったことを覚えている。だから 『注文の多い料理店』 を読んだときも僕が知っている風景と物語がオーバーラップするのはたやすいことだった。

夏の間、毎日野山を駆け回るのは楽しかったけれど、祖母がときおり叔父が住む村を出て一関や平泉に繰り出すとき僕も一緒に連れて行ってくれるのが田舎の子供同様嬉しかった。あるとき岩手ゆかりの文豪の史跡を訪ねようと言いだし、今思えばそのときに行った石川啄木や宮沢賢治の記念館が縁となって宮沢賢治の作品を読み始めた気がする。むろん夏の間は体を使って遊ぶのが忙しかったので、分校の図書館なんか行くわけもなく、もっぱら宮沢賢治の本は帰京してから読んでいた。けれども夏の思い出の余韻に少しで長く漬かっていようとしていたのか、むさぼって読んだ時期のことを覚えている。

ところで宮沢賢治にまつわる話はもう一つあって、それには叔父が大いに関係している。
叔父は京大を卒業したあと、当時はとても珍しかった有機農法を目指して岩手に移り住んだのだが、そんな珍しさもあってか一関市では地元新聞紙などに取りあげられたことなどがあった。そんなことからだろうか、岩手を中心に東北の知識人や農業研究家の人たちと交流があり、その中の1人に作家の三好京三氏がいたようだ。
三好氏は直木賞を受賞した『子育て日記』で有名な作家だが、その後『分校日記』という物語を書いている。氏は実際に岩手の小さな村の分校で教員として勤めていたことがあり、小説もその経験がベースになっているそうだ。その分校というのが叔父の子供達、つまり僕にとってのいとこ兄弟が通っていた分校で、僕も毎夏この分校で遊んでいたのだった。
その後この小説は映画化され、ロケも実際にこの分校、衣川小学校大森分校で行われた。そしてこのときの映画化タイトルが『イーハトーブの赤い屋根』であった。いわずもがなイーハトーヴとは宮沢賢治が理想郷として架空の村を称した地名である。
そんな偶然を知ったとき、僕が短い夏を過ごしたその村が、当時の僕の目にも童話的、幻想的に映ったのだが、それが実は幻ではなかったんだ、と思わせるような出来事だった。

やがて大森分校は廃校となった。毎年分校の敷地で虫を捕まえ、アブをよけながらプールを泳いだ思い出から僕にとっては『もう一つの小学校』となっていただけに、いつか分校跡を訪れてみたいと思っている。


中学にあがるころには夏を岩手で過ごすことも無くなり、衣川が次第に遠くなってしまったのだが、そんなとき朝日新聞に三好氏のエッセイが連載されるようになった。ときおりではあるけれど叔父の名前やいとこ達が登場し、身近なはずの分校の話も出てきたのだが、僕の中ではすでに遠い幻想のように感じられるのだった。これも宮沢賢治の魔法だったのだろうか。

そして今、みぞれ混じりの雪が降る New York の冬空の下で、これらのことを一気に思い出し、ふと自分が岩手の森の中にいるような気持ちになったのだ。

ドクターの目

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CANON EOS 20D + Tamron 90mm Macro。ExpoDisc Digital Warm Balance FIlterでマニュアルホワイトバランス

先日「友達ンとこの猫」と題して紹介を始めた、New York の生活を伝えるシリーズ ( ここでのカテゴリは LIFE としました ) で今回はその中の People 編である。
もともとは ExpoDisc Digital Warm Balance Filter のエントリー に関して他の掲示板で反響があったので人物撮影の場合の効果を紹介するために友人にモデルになってもらったのだがちょうど良いので People 第一回として登場してもらうこととした ( 副カテゴリとして Photo にも追加 )。




彼の名前を仮に E 君としよう。
現在22歳の一見どこにでもいるような学生だ。人種の多様さを反映するような New York ならではの「どこから来たの?」という質問は、生まれた場所を尋ねているのではなく、どちらかというと人種などのバックグラウンドを尋ねている意味合いが強いのだが、この質問を彼にぶつけたとすると、彼は「 Puerto Rican 」と答えるだろう。生まれはアメリカ国内だが、両親は Puerto Rico 出身なのだ。

僕はひょんなことから E 君のことを知ったのだが、最近まで突っ込んだ話をしたことがなかった。たまたまあるとき、まだ見たこともない日本という国への憧れを口にしたのがきっかけで、長時間話をする機会があった。日本への憧れというのはもちろん日本のマンガ、アニメ、そして Playstation などのゲームが動機となっているのだが、考えてみれば僕らがアメリカという国に憧れを持つようになったのはハリウッドからやってきたアクションムービーだったり、Bilboard ヒットチャートを流す FM ラジオだったので、時代が変わってメディアが変わっただけの話かもしれない。

そんな E 君が専攻しているのは医学だ。「人を外見から判断してはいけない」とは言うが、正直に言えば僕だって第一印象で人のことを判断してしまうことが多く、今回も E 君を初めて見たときは若い世代、特に黒人や Latino が好むヒップホップ系かなと思っていたのだ。
が本人はいたってのんきで「医学を勉強しているからってドレッシーなわけじゃないよ。それに学費が高いから服に余計な金は使えないし、僕らの世代はこんな服装さ」と飄々と答える。

ところでアメリカで医師になるためのシステムはかなり大変らしい。なんといってもドクターになるための年数は、大学時代の4年間だけを経て就職した僕からすれば限りなく長い。
始めに断っておくが、これは僕が研修医をしている別の友人から聞いたもので、必ずしも正しいとは限らないのと、州によってももこのあたりの事情が異なるかも知れないので、あくまで1つのサンプルとして紹介したい。また E 君のように飛び級により若くして進級していく人もいるので年齢や年数は一致しない場合もあるようだ。

医師になるには、まず大学で4年、続いて Medical School で4年、そしてResident ( 研修医 ) として3年の経験ののち、いくつかのテストをパスする必要がある。当然テストは Medical School に入る前にもあるし、在学中もしょっちゅうあるのでそれらをパスしないと上に書いた11年どころでは済まないようだ。
特に研修医の経験を過ごすのがとても大変で、受け入れてくれる病院を探すのが至難の技だとか。もちろんテストの成績が良い人は研修医として受け入れてくれる病院もあるようだが、僕の友人も LA 出身ながら New York の病院で一年、他州の病院で半年・・・などと受け入れてくれる病院をまわっている状態だ。
加えて医師になるまでの費用が信じられないほどかかると聞いた。日本円にして1千万近くかかるとかで、最初聞いたときは耳をうたがった。研修医をしている友人も銀行から学生ローンを借りていて、これらのお金は出世払いとなるそうだ。

そんな長く続くであろう学生生活の中、E 君は四年制の大学を終え、医学大学院に入る準備をしている。普通の人より早く卒業しているのは、E 君は学校での理解度が普通の人より早かったため、幾度もの飛び級により、皆が高校に入学する16歳のときにはすでに高校を卒業し、続けて大学へと入学したからなのだった。

あまり私生活のことを根ほり葉ほり聞くつもりはなかったが、僕がふんふんと聞き続けるので饒舌になったのか E 君の話は続く。

こう聞くと学業優秀で恵まれた家庭に育って・・・と思いがちだが、実際のところは正反対だったようだ。
よくありがちな両親の離婚を経験し、しばらく母親のもとで暮らしていたが、その後祖父母に引き取られた。その都度 New Jersey、Tennessee、Oklahoma などの州に引っ越し、そして大学入学のため New York に引っ越ししてきたのだった。
正直、こんな複雑な家庭環境にあるとなかなか勉学の道を貫くのは難しいと思う。だけどそんなことは彼にとっては障害でないらしく、転校を繰り返しながらも各学校での理解度の速さにより、上にも書いたように幾度も飛び級したのだった。

そんな E 君が医師を目指しているのには訳があった。
E 君は現在かつての学校時代の友達の一家に寄宿しているのだが、この友達が数年前から MMN という神経性の病気にかかり、手足、ひいては体全体の神経が少しずつ麻痺し始めている。また最近も姉が癌であることことがわかり、医師という仕事がとても身近になったのだという。
整形外科医になりたいという希望は、友達の奇病が現代の医学では治すことができないことを医学を勉強している身から痛いほど分かっている上で、何か恩を返せないかと考えているからなのだ。
姉の癌にしても E 君が正式な医師になるためにはまだまだ時間がかかり、自分の手で治す機会はないだろう。けれども貧困や家庭の事情を他人のせいにせず、学費を自分で稼ぎながら切り開いてきた彼の人生を見ると、きっと何かが起きるだろうという希望がそこにはある。それは何よりも人一倍努力して頑張っている E 君が一番分かっているに違いない。

僕が E 君のことを応援したくなるのは、彼が複雑な環境で育ちながら苦学生をしているというセンチメンタルな理由なんかじゃない ( ところで僕はセンチメンタルなストーリーは嫌いではなく、どちらかといえば好きな方だ )。
それは、まるで逆境をチャンスのように気持ちを切り替えて一生懸命取り組んでいる姿を見ると、見ている僕らまでがそのエネルギーを貰っている気がするからだ。プラスのエネルギーを与えてくれる E 君にもっとプラスを注ぎたい、そんな気持ちにさせられるのだ。
医学の話をするときの輝いた表情を写真に撮らせて貰ったのだが、この目の輝きは彼が医者になったときの姿を想像させてくれる。
きっと人の痛みがよくわかる良い医者になってくれるだろう。

そういえば、この写真のようなキラキラした目の輝きをついぞ見たことがなかった。

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