300mmの眼シリーズ~柔

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300mm3.jpg
※ Canon EOS 20D + EF 300mm F2.8 L IS USM

花のマクロ写真を撮るのは難しい、と書いたばかりで舌の根もかわかないうちにこういうのも何だが、僕にとっては「人を撮るのも難しい」。
それじゃあ何も撮れないんじゃないか、と言われても仕方ない。

何が難しいかということについて詳しく言及するのは避けるが、風景にとけ込む人として撮るのではなく、被写体として人を選んだときに主題とするものをどう引き出すかはそれこそ人の生い立ちや人生の数ほどあって ( そりゃあそうだその人を個性は、人生そのものだから ) それを短時間で引き出すなんてことがどうして出来よう。

アマチュアでポートレート写真を趣味としている人も多いので、そういう人を insult するつもりはまったくないが、僕が考えるポートレートの写真はちょっと異なっているのかも知れない。
「美しい人は美しく、そうでない人はそれなりに」というコマーシャルがあったが、それをカメラやフィルムを販売する会社が使用したことが、僕にとっては大きな違和感があった。
外見だけの美しさを美しさと捉え、他にもある魅力を美しさとしない ( 撮らない ) ことをメーカー自身が冗談にしても謳っているのがなんともしっくりこなかった。

その違和感は今の僕はまだ人を撮ることに対しての恐れから来ているのだと思うが、レンズを通して人間の魅力が ( それは時には怒りだったり悲しみだったりもするけれど ) 捉えられるようになれば、その楽しさがいつかは分かるかも知れない。

今回の写真は「300mmの眼シリーズ」として初めてサンニッパレンズを人に向けて撮ったものだ。
このレンズは「ヌケがよく、発色にすぐれ、解像感が高い」と表されるが、それだけにこんな風に柔らかい描写も出来るレンズである。
彼女の柔らかな笑みを見たときに、少しだけポートレート撮影の楽しさが分かったような気がした。

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コメント(12)

ひろゆきさん、早速ありがとう!(笑)
そうですね仰るように、「美しさ」というものは沢山の意味が含まれていて、人それぞれ表現や感じ方も違いますよね。
僕が友達を選ぼうとした理由は、外見の美しさ+中身の美しさがわかるからです。勿論、これも僕が勝手に相手に感じているだけですが、僕の中で人を被写体に選ぶテーマとして僕ができる唯一の選択権ですね(^^)

うまく表現できませんが、自分の子供を撮るようになってから人を見る感覚も変わりました。それからカナダで生活するようになってから、時間の感覚・物事の捉え方の感覚などの変化からも写真の撮り方が変わりました。
でもこれも僕個人の小さな世界の中の話ですが(笑)
ひろゆきさんやi-takashiさんなどのように、一眼を使い本格的に写真を趣味としている方々はもっと大きな捉え方をしているでしょうね(^^)

僕は男として正直に言っちゃいますが(笑)、外見の美しさだけでも写真を撮っても見たいですね(笑)
僕の大好きなクルマに共通しているのですが僕は、欧米人(人種問わず)の外見がとてもデザイン豊かに見えてしまいます。
なんでもない服を着ているだけなのに、僕が着ているのと彼らが着ているのでは、見た目の色も形も伝わってくる表現力が違うんですよ。ま~、僕の感じ方なのですが(笑)
だから女性にしても愛とか恋とかではなく、素直に「あ、かっこいい・・」って見ている自分がいます、男性にしてもそうです。それがカナダに来てからの方がとても楽しくて面白いです。

今、こちらは朝の4時を回ったところです。
昨日は、子供達と初めて釣りに行ってその後色々と考えていました。
悩んでいるんじゃないんですよ(笑)夜いつもより早く寝たのもあるのですが、色々と考えていたせいか早起きしてしまいました(笑)
僕は子供の頃釣りが大好きで色々な釣りをやってきました。カナダに来てからは本格的にやったのは昨日が初めてなのですが、時間の感覚や使い方が昔と随分変わり、その感覚の違いを第三者的な自分が見ているんですよ(笑)

あ、、話がずれてすみません(^^;)
ひろゆきさんの人を撮った作品楽しみにしています(^^)

ひろゆきさん、はじめまして。以前からひろゆきさんの撮る写真が好きで
記憶色にも度々足を運ばせてもらってるYUMEというものです。あ、♂ですので(笑)
価格の板でも一度、ひさんのサイトを勝手に紹介しちゃったことがありました(笑)
その頃はBMRというHNだったのですけど。

僕は、ひろゆきさんの所に来られてる方達のように、写真だったり、カメラだったり
に全然詳しくないですし、デジ眼のカメラとかも持ってないのですけど
写真を観るのはとても好きです!撮るのも好きでデジ眼も買いたいのですけど、お金が・・・^^;

ひろゆきさんが今回書いてあることを読んで、何も解ってない素人のクセして
すごく頷いてました(笑)でも、そんなひろゆきさんだから
素敵な写真が撮れるのだろうなぁ~と納得させられましたね。

ひろゆきさんは人を撮るのが難しいと言ってますが、僕はひろゆきさんが
撮る人物の写真、大好きですよ!あの記憶色にある絵描きさんの写真とか、その他の
人物写真も最高に好きです!!ひろゆきさんが撮る人物の写真を見て
ひろゆきさんの写真を好きになったと言っても過言ではありません^ ^

あまりに写真に詳しくないので、掲示板に足跡とか残すことできませんでしたが
これからもひろゆきさんの写真を楽しみにしてますので、素敵な写真を
撮り続けて見せてくださいね^ ^ また遊びに来ます!

しかし、サンニッパって柔らかくて良い描写しますね。
高いレンズですが・・・^^; 

ひろゆきさん、こんにちは。
ソフトフェチのTomです(^^ゞ

このモノクロポートレートの柔らかさは絶妙だと思いました。
ケンコーのソフトンフィルタでも使ったのかと思いましたが、
どうやら偶然の産物のようですね。

被写体ブレ、カメラブレ、被写界深度の程度、ピントズレなどが
少しずつ重なって表現できた柔らかさなんでしょうね。
写真の面白さを垣間見せてくれるとても美しい一枚です。

こんにちは。今回はいつもより短い本文にもかかわらず、じっくり書き込んでくれてありがとうございます。写真を撮ったときの状況についてのキャプションもつけなかったのに、皆さんに見て貰えただけで感謝しています。
コメントは長文になりそうなので1人ずつ分けて投稿させていただきます。

H.Oさん、おはようございます。日本から遅れましたが一週間のはじまりですね。
>僕の中で人を被写体に選ぶテーマとして僕ができる唯一の選択権ですね(^^)
僕も最初は友人の写真を撮るところから始めたらいいかな、と思っています。少なくとも知り合いになってから撮る、というスタイルの方がお互い気が許せて、素の表情を見ることが出来ますね。

特定の人を「撮りたい」とかき立てる気持ちがあるとき、それはどこから来るのだろう、と考えると自ずと主題が決まるような気がします。
僕も街で見かける「きれい」「うつくしい」「かっこいい」に目がいかないと言えば嘘になり、ファインダーを向けたいという気にもなります。僕にとっては写真は「自己満足」「自己表現」ですから、そういう写真を撮るのはアリだと思っています。けれどもそれを第三者に見せる目的の場合は、ちょっと意図が異なります。綺麗な人は綺麗です。写真でもかっこいい。でも僕とモデルになってくれた人との間に何の接点もなければ、第三者の人に何かを伝えるのは難しい、と思っています。
その代表的な例がファッションフォトですね。一日24時間の間、雑誌や街のショウウィンドウ、チラシ、テレビコマーシャルでファッションイメージはそれこそ何十人も目にするわけですが、「あ、この子かわいいな」とか「この人かっこいいな」とは思っても一度見ただけでは、後に残る印象はわりと小さいと思います。同じ人が違う会社の服を着ていることってよくありますが指摘されるまでわからないことが多いですよね。(有名なモデルさんはセレブとして顔を認識していると思います)
それはファッションフォトの中では伝えたいことがモデルのバーソナリティではないからだと思います。伝えたいメッセージはもっと明確ですよね。服に負けてはいけないけれど、極端に勝ってもいけないんでしょうね。

ところでManhattanの街を歩いているとまさに八頭身のモデルさんをよく見かけます。さすがにこういう人に声をかけるのははばかられます。だって向こうはプロの人に撮られることになれていますから(笑)

>時間の感覚・物事の捉え方の感覚などの変化からも写真の撮り方が変わりました。
自分の生活の中のValueが変わりますよね。僕もライフスタイルが変わりました。世界に飛び出すことの良いことがこれだと思っています。
それが分かっているのに、次の目的地に飛べない自分がいますが。

YUMEさん、こんにちは。
>その頃はBMRというHNだったのですけど。
はじめまして、と書き始めたのですが、このお名前を拝見して思い出しました。
>ひさんのサイトを勝手に紹介しちゃったことがありました
宣伝はいつでも大歓迎です。インターネットで公開している以上、いろいろな人のコメントを耳にしたいなと思っています。中には苦手な批判的なコメントも有ると思いますが(笑)、それがなければ物事に対するユニークな視点で見ることが出来ないでしょうから是非聞きたいと思っています。一度どなたかに2ちゃんねるで取りあげられたことがあってそれにはびっくりしましたが(笑)。

>写真を観るのはとても好きです!撮るのも好きでデジ眼も買いたいのですけど、お金が・・・^^;
自分では自分のことを普通、と思っているんですがきっと端から見ればヘンなものに興味を持っていると思われているかもしれません。でも人ってそう言う小さなこだわりがあるから、話してみると面白いんですよね。ということで時には妙な小物についてや人物観察なんかも取りあげますが、変わったヤツと思って見てください。
カメラという趣味は確かに高くつきます。高い機材でなければいけないということはまったく有りませんが、自分が撮りたいイメージが先行していて、それに近づくのに道具があれば可能だと分かると、つい道具に頼ってしまいます。それで気が付くとどんどん使ってしまうのですね。
でも写真を見るのが好きなYUMEさんなら、きっと撮るのもお好きではなんではないかと思います。自分の表現したい世界は、自分でもやってみないとどんな方向に進んでいくかわかりません。一度お友達からカメラ機材を借りるとか、レンタルするとかしてやってみると面白いかもしれませんよ。
写真を通して得るもの、それは時には友人だったり知識だったり、自然に対する感謝の気持ちだったり・・・こういったことを発見するたびにやって良かった趣味だなと思います。

>高いレンズですが・・・^^; 
値段は考えないようにしています。忘れたい・・・(笑)
でもこれを使っていると通りがかった人が必ず「いくら?」と聞いてくるんです。金額を答えるたびに自分が高価過ぎる買い物をしたと後悔させられます(笑)

これからもときどきコメントを残していってください。

Tomさん、こんにちは。うう、短期間に二度も投稿してくれてほんとうに感謝です。
ところで・・・
>ソフトフェチの
という文章が目に入ってずっこけました(失礼)。

でもその感覚、最近自分でも気になっています。「ソフト」という写真、それにはフォーカスも色も色々あるかと思いますが、シャープに解像館のある写真を撮るよりずっと難しいのですね。
たしかにサンニッパにはフィルターをつけることができるんですが、まだサンニッパ用のフィルターは一枚も持っていません。
今回の写真は屋内で、しかも20Dが持つモノクロモードで撮ったものです。本来もう少し背景に気を付けるべきでしたが、僕にとってはシャープに撮れたものより、この緩やかな動きのある写真がとても気に入りました。
僕もTomさんと同じ意見で、写真はこういう可能性も見せるからとても魅力的なんだと思います。

ひろゆきさん、丁寧に答えてくれましてありがとうございます(^^)

僕がもし人(友達など)を撮ってもネット上などに公表するつもりはないです。
僕のはホントに自己満足の世界ですから(笑)

>次の目的地に飛べない自分がいますが
僕の場合は、とにかく今は家族と共に安定を心がけています。人によっては「守りの体制」と言われたりしますが(笑)
ここまで来るに随分振り回してきましたんで(^^;

では一週間がんばりましょう!(^^)

シモーヌ?

おかじーさん、
>シモーヌ?
妹です(笑)

H.Oさん、こんにちは。
>僕がもし人(友達など)を撮ってもネット上などに公表するつもりはないです。
>僕のはホントに自己満足の世界ですから(笑)
撮りたい写真を撮るという行為は自己満足であって全然構わないと思っています。
「写真はこう撮るべき」とか「道具はこう使うべき」って自分の中で閉じこめているのはかまわないけれど、それを人に勧める人は得てして「カメオタ」ですよね。自由に撮らなければ自由な写真は生まれません。
友人への特別な想いを込めて撮る写真は、みんなに見て貰うような写真 ( = 大衆に媚びる ) でなくてもいいわけです。
H.Oさんの友人もH.Oさんがどんな気持ちで写真を撮ろうとしているのか、きっと感じ取ってくれるでしょうね。僕はそれが表情に出ると思っています。

ひろゆきさん。私もひろゆきさんの撮る人は好きです。
以前のお医者様の卵さんも、ギャラリーの「孤つ時間の女性。そして旧市街地に魅せられるの陽気な地の人」
パレードの人々も好きですよ。

ひろゆきさんが感じた人を診る(見るというのでもない)眼差しが素敵。

この1枚は光がとっても優しいですね。
後れ毛が綺麗。

1枚の写真で心を激しく揺さぶられる。と言う感覚をたまに感じることがありますが、それは大抵人がいるシーンです。

お花や風景の感動はまた違って、気持ちも動きますが、どうしようもなく心奥底はかき立てられません。

人がいない写真は、気持ちの居場所だな。とか綺麗だ。とか撮影者の心情に気持ちを寄せる事が多いのですが、人のいるシーンはモデルさんの表情や仕草などで写されてる心情も感じてしまうのです。

写される人の感情。それを写しだす撮影者。どっちの視点からも感じるので心に残るのでしょうね。

私も人を自己満足で撮っていますが、ネットでの公開はしにくいですね。大事な人達だから(笑)
と言うか、誰も私がサイト持ってるとかの話しはしたことがないのです。
勝手に公開するのはルール違反だ。と自分で思ってるだけなのですけど。

たまに「オッ!」というのが撮れて、見てもらいたいなぁー。なんて思いますが撮られた方が満足してくれてるのでそれでいいっか。って思います。

写真はおもしろいですねー。ほんとに。
自分の物事を感じる世界観が変わっていく。ということも楽しくって。
フォトセラピーのようですね。自己発見とか。
自己満足でいい。と書いてらっしゃったので、やっぱりそうよねー。と思いました。

あ~ぁ。今日も長々とおしゃべりしすぎました(笑)

ansanaさん、こんにちは。
僕はまだ人を撮るときに「こう撮りたい」という明確なイメージを持って臨むことが完全にできず、またその通りに撮れることもまれなんです。今は被写体になってくれる人自体がメッセージを送ってくれていて、それを僕が出来るだけ広い範囲で受信することで精一杯となっています。
つまり被写体がすでにとても魅力的なんですね。そしてそれはまだ僕が撮る人物の写真は写真のパワーではなくて、人のエネルギーによるところが大きいということを物語っています。

そう言う意味では、
>診る(見るというのでもない)
という行為はとても当たっています。

この一枚で一番ポイントしたのはその「後れ毛」なんです。ここを大切に表現すれば彼女の魅力を表現出来るんじゃないかと考えました。でもさすがansanaさんですね。女性らしい観点で見つけてくれて嬉しいです。

>勝手に公開するのはルール違反だ。と自分で思ってるだけなのですけど。
お友達だったら気軽に訪ねてみては? また実際にウェブ用に縮小した画像ファイルを見せると実際にはそれほど表情が遠くて気にしない、という人もいます。ポートレートのアップは縮小しても誰かわかりますけどね。
またポートレートは確かに表情全体が分かる方がよく、王道ともいえますが斜め後ろとか手先とか顔の一部でもそれは表現の一種に成り得ると思っています。僕はansana風切り口でポートレートが見てみたいなぁと思います。

自己満足という言葉、僕も何度かここで使っていますが世間一般のイメージはネガティブなものですよね。商業写真と違って表現者となる場合は、自己満足が無ければその人の表現としては成り立たないでしょう。
面白いのは自分ではそれほど気に入ってない写真が周りの人の反応がよかったり、その逆に自分の中では好きな写真がそれほどの評判でなかったり。
撮った写真の中には自分がそこにいた、という感傷的な部分が入り込むので主観的に見ることもあるのでしょう。なのでその場にいなかった人たちに自分が感動したその気持ちを伝えようと思うと、そこで表現をしなくてはなりません。結果としてそれがうまく出来たとき、作品として評価されるのかもしれません。

>フォトセラピーのようですね。自己発見とか。
まさにそう。写真を撮ることで自分を再発見できる楽しみがあります。

長いおしゃべり大歓迎ですよ。なので時間があるときでいいですから、またお願いします(^_-)

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このページは、hiroが2005年4月23日 23:20に書いたブログ記事です。

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