2005年5月アーカイブ

Ashes and Snow

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思わずつばを飲み込んだ・・・


感動したときの気持ちを言葉にするのはとても大変で、どうしても比喩的な表現になりがちだ。
文章にすると長々となってしまいそうで、そうするとテンポまでは伝わらなくなってしまう。そんなもどかしさがじれったいほどの気持ちを今回も経験している。

NY 在住のアーチストの友人から紹介されて知った Exhibition、「 Ashes and Snow 」に行ってきた。この「 Ashes and Snow 」という展示が行われていること自体、僕は知らず、もちろんアーチストの Gregory Colbert と言う人の名前も聞いたことがなかった。
そんな僕がお金を払ってまで見に行くのだから、友達の一言というか口コミというのはすごいもんだ(笑)。

会場は Manhattan の Chelsea 地区。もともと Chelsea 自体が Manhattan のはずれなのに、ここはさらにそのはずれだ。どの位はずれかというと Chelsea のミートマーケットの中を通り抜け、Hudson River に面して造成された多目的エリアに臨時に立てられた Museum で展示が行われているのだ。実際には Westside Highway の向こう側なのでピアで行われていると言うことになる。

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行ってみるととてもユニークな建造物があるのですぐそれが展示会場だと分かった。コンテナを何段も積み重ねて出来た、まるで巨大な貨物船のような造詣なのだ。
入り口で入場料として大人$12を支払い、中に入ると建物の中は奥に50mほどの長い空間が広がっている。真ん中には木で出来た通路が引かれ、その両脇は子供の握りこぶし大の白い石が引き詰められている。天井は10m近くもあり、かなり高い。
通路に沿って数メートルおきにギリシア神話を思わせるような柱が左右に立っているのだが、この柱も廃材でできているようだ。
写真はその柱の間に一枚、天井からワイアーに釣られている。一枚一枚の写真はどれも同じ大きさで模造紙よりかなり大きい。

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このイメージはなかなかわかりにくいので公式サイトにある写真を参考にしてみて欲しい。
(下に紹介した公式サイトの Menu から 「Elephant Migratory Journey」のリンクをクリックすると展示会場の様子が見られる。

その神秘的な会場にもまして雄弁なのは展示されている彼の写真、そして突き当たりで上映されているフィルムだ。
左右の写真を一枚ずつみながら不思議な感覚に陥り、そして見てきた写真が合成でもなんでもなく全て真実だということを1時間のフィルムを見て知ることになる。
アートの内容を事細かに説明することほどつまらないことはないので、その部分は避けて Facts だけ紹介しておこう。

写真のいくつかは公式サイトからも見ることが出来るので、是非見て欲しいのだが、写真はどれも人間と動物がとても不思議な対話をしている。その対話が普通ではありえないような構図になっている。鯨の群と一緒に泳ぐ男性。同じく一匹の象と一緒に踊る男性。砂の嵐が吹き荒れる砂丘で少年が豹と背中合わせに座っている写真、数十頭もの象の群が移動する象の足下でトランスを踊る女性の写真。
例を挙げるきりがないが、これらの写真が数十枚も展示されている。

Gregory Colbert によるとこれらの作品で登場する動物たちは野生のものだという。
その彼の言葉が本当だと分かるのは展示会場突き当たりで上映されている1時間のフィルムを見ると分かる。
彼は最初の彼の作品をこの世に発表したあと13年姿を消し、その間33回もの探検旅行を敢行し、これらのフィルムを世界各地で撮っていたのだという。

公式サイトで公開されている動画の一部

そのフィルムではハイエナの群れの中でトランスを踊る女性を含め、さきほど紹介した写真がすべてモーションとなって見ることが出来、こんなことを書くのも野暮ったいが、合成でも何でもないことがよく分かる。
写真としてフィルムとは別に撮ったものがあることは、最後までフィルムを見てフィルムに現れないことから、見て取れる。
がその一方で、多くの写真は撮影された映画の中から一瞬を取り出したものであることもわかる。

動画は写真に比べると冗長になることが多く、秒何十コマと撮影しているためその中から一番良い瞬間を切り取ればいい写真になるだろう、と言うこともあるかも知れないが彼の作品の場合は動画の瞬間瞬間がまさに写真的な表現であるため、こういった切り取り方ができるのだということも映画を見て分かった。がこれを撮るための集中力というのは並大抵のものではなかっただろう。




今回の展示を見た後で、普段ギャラリーで見るような写真の見方をしていなかったことに気が付いた。
ましてそこにはキャッチライトだとかボケだと言ったセオリーや、使用器材は何でどう使うべきなどという次元の話は一切観客側に意識させないものである。ストレートに作品が観客に飛び込んでくる。観客の意識も作品に飛び込んでいく。

その彼の意向に反してあえて撮影方法について取り上げるとすれば、映像による表現方法の限界について考えさせられたことだ。
これまでよく「写真は多かれ少なかれ有名な写真家によって撮影方法が確立されているので、ユニークに撮ったつもりでも多かれ少なかれ似通ったイメージになってしまうもんだ」と耳にした事があり、僕自身もそう思っていた。
でも人間と動物というプリミティブな被写体だけを選んだ ( Ashes and Snow はまさに人間と動物の関わりを見直すことをテーマとしている ) としてもそれは必ずしも本当ではないことが分かった。


ところで彼のこのアートには日本(人)も深く関わっていて、展示会場の建築デザインは日本人の手によるものだし、展示されている写真は日本の手漉き和紙にプリントしたもの、と紹介されていた。なんとも頼もしいではないか。

New York での展示は6/6までで、そのあとは Los Angeles で Exhibition が行われ、LA の後は中国・上海と決まっているようだ。
日本での公開は未定のようだが、リクエストベースで展示もあり得るらしいので文化庁などに招聘のリクエストを出してみてはいかがだろうか > 日本の皆さん

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Ashes and Snow

http://www.ashesandsnow.com

Starbucks出現

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※EOS 20D / 近所の通りに出来た Starbucks。平日は夜10までの営業

先日訪れた LA での写真をメインにして書いている最近のエントリーだが、その LA に行っている間に、Starbucks Coffee が近所に出現した。
いや確かに出発前には看板も取り付けられていなかったはずだ。ところが一週間弱うちを留守にしている間に看板が取り付けられ、什器が設置され、いつのまにか営業を開始していた。

出来たのはうちから数ブロック離れたところで、普通だったらこんなところに Starbucks が店を出すとは思えないような住宅地のど真ん中。地下鉄の駅と駅の間だしどうして? と思うかも知れないが、僕が住んでいるこのあたりは実はもともとテレビや映画の撮影スタジオがあり ( いまでもそのいくつかは使われているが )、その名残か大きなシネマコンプレックスがあるのだ。
映画館自体は何年も前に出来たものだが、ここ1~2年の間にカフェやレストランがぽつぽつと開店している。
おそらく2012年のオリンピック開催地として New York になることを見込んでの商売なのだろう。New York で開催されることが決まると、僕が住んでいる場所はオリンピック村になることが予定されているのだ。

コーヒー党の僕としては近所に Starbucks が出来たことを喜びたいが、家賃の高騰を予想してしまい、ちょっと複雑。

とはいえ、Starbucks ではワイアレスインターネットが使えるので、次回日本からうちに遊びに来る方で僕の帰宅を長時間待たされそうなとき、どうぞ出発前に http://www.starbucks.com からワイアレスインターネットの申し込みを済ませて来てね ( 実際にはキャリアである、T-Mobile と契約する ) (^_-)

これまでは僕が出勤中に JFK からうちに来て貰ってもインターネットも使えないような駅前のドーナツショップで長い間待っていてもらうことが多かったのだけれど、これからは Starbucks でインターネットをしながら待ってもらえる。

それにしてもこんなところに Starbus が出店準備していたとは、灯台もと暗しとはまさにこのことか。

行く前から LA での食事にはあまり期待していなかった。
それはいくつか理由があって、1つは出発前も忙しくて行きたいレストランの下調べも十分に出来なかったこと。2つ目は LA に着いてからも忙しくて行きたいところに行けるとは限らないということ。3つ目は、日本食に限ったことだが、LA と NY の日本人社会の違いから日本食には期待出来ない、と思っていたのだ。

ところが LA の知人が連れて行ってくれたこのレストランは、いい意味で期待を裏切られた。

場所は Los Angeles のダウンタウン、リトルトョーキョー。
実はリトルトーキョーとやらには行ったことが無く、一度この目で見てみたいと思っていたのだ。
ここ10年だか20年は治安が悪くなり、「近づかない方がよい」とまで言われたリトルトーキョーだが、ここ何年かの間に再開発が始まり、だいぶ良くなったとも聞いていた。
なんにせよ、アメリカで最も古いジャパンタウンの1つでジャパンタウンとしては全米一の規模を誇るLA のリトルトーキョーには、その昔日本人がアメリカに移民してきたころの歴史が感じられるのでは無いかと思い、行ってみたかったのだ。

でこの際リトルトーキョーの話はおいといて(笑)、ここで知人が連れて行ってくれたレストランが大当たりだった。

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上の写真はリトルトーキョーの一角で、それでもガイドブックに載っている有名な通りからは1ブロック横にある一角だ。
下の複数階が駐車場になっており、その上に紀伊國屋書店やレストランなど日系のテナントが並んでいる。建物の外からはアクセス出来ず、全て中庭形式になっている。
知人が連れて行ってくれたのは、この中にある「Curry House」というレストランだった。

「 LA に美味しいカレーレストランがあるんだ。日本食レストランだからきっと気に入るよ 」と言われて連れて行かれたのだが、内心僕は「 LA に来てカレー? それも日本の? 」 とちょっと気が進まなかった。が、そんな気持ちはおくびに出さずに、おとなしく後を着いていった。

何を隠そう僕は大のカレー好きで、子供の時からカレーばかり食べていた。家族揃ってデパートに買い物にいったり、また夕食を食べに行くときもメニューからカレーを探し、なければ仕方なく別のものを頼むと言った感じでいつも親から「安上がりでいい」と言われていた。
そのくせは大人になってからも抜けず、メニューにカレーの文字が見えるとまず一番にチェックしてしまう。
なので生半可なカレーだったら却って後悔するだろうというのもあって気が進まなかったのだ。

僕らが店内に入ったのはたまたま閑散としていたタイミングだったようで、そのことを知らなかった僕は「ほら、人気も全然無いし・・ 」 などと密かに心の中で毒づいていたのだが、僕らが席について10分もしないうちに全ての席が埋まり、レストランの入り口で立って待っている人が出てくる混雑してきた。
どうやらランチ時に突入したらしい。

店内はとても明るく、清潔な作りで、しいてそのインテリアを表するとすればそれはまるで日本のファミリーレストランの様だった。
ところがそれもそのはず、テーブルの上に置かれたテーブルクロス代わりの紙には

「カレーの館 - Curry House 」

と書かれ、その隅にはさらに

「ハウス食品」

と印刷されていた。どうやらアメリカのハウス食品がこのあたりで展開しているカレーライス専門レストランのチェーンらしいのだ。
まあカレーのルーを製造販売しているハウスらしく、カレーの普及にも一役買っているのだろう。日本のファミリーレストラン並みにきれいな写真が並ぶメニュー ( これはアメリカでは珍しい ) にはハウスがアメリカで販売している豆腐を使った食品も目に入った。

カレーだけで沢山のメニューがあり目移りするのだが僕が頼んだのはこれ。

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「鶏とジンジャーの大辛カレーライス」
注文して10分ほどでテーブルに運ばれてきたのだが、さすがに日本のファミリーレストランで出てくる量よりはかなり多く、ボリュームがある。なによりもびっくりしたのは、ライス。
ほうれん草とガーリックのスライスしたものをライトと混ぜ、バターで軽くソテーしたもののようだが、ガーリックの量が半端じゃない。ガーリック好きの人にはたまらないだろう。
僕はランチだから、と半分以上敬遠したのだが、どうやらあまり口臭に出ないようにクッキングしているのか、あとあとまで引くようなことは無かった。

カレーもじっくりと味がしみこんだ上、ジンジャーの持つさわやかな辛みがスパイスとなっていつも食べるカレーとはひと味違う。これは良いアイデア、と次回自分でカレーを作るときに使ってみようと思ったほど。

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そして嬉しいのが、「アイスコーヒー」や「アイスティー」がメニューにあること。
しかもテーブルに運ばれてくるときに甘くせず、一注文につき1つずつガラスの容器に入れられたシロップが出てくること。
これはアメリカでは皆無と言って良いので、感激してしまった ( 日本からすれば奇異に映るだろうけれど )。
ちなみにアイスティーやコカコーラなどは refill free で頼めば無料で継ぎ足しをしてくれる。
そうそうテーブルにはちゃんと福神漬けが用意されているのも、重要なポイントだ(笑)

実はあまりにもカレーがうまかったので、短い滞在中無理を言ってもう一度連れて行って貰った。
2回目は別のロケーションで、今回は夕食の時間だった。前回はランチメニューだったようで、夕食時はもっとバリエーションがあることがわかった。ランチでもパスタメニューがあったが、ディナーメニューには他にハンバーグやピラフ、お子さまメニューまで用意され、まさにファミリーレストラン並みのチョイスがある。

さてこのレストラン、明らかにアメリカによく見られるレストランと違う点が多い。
照明は店内の隅々まで明るく照らされるよう設置され、またどのテーブルも料理本来の色が分かるよう配慮されている。アメリカではレストランの雰囲気を大切にするのか、料理自体の色が分からないところも多いのだ。
また店員も日本人、日本語が分かる人、現地のアメリカ人といろいろいるようだが、皆明るくはきはきしている。これもレストランの方針なのだろう。時には妙に明るくひょうきんな人がいるいっぽうで、不親切でぶっきらぼうな店員が目立つアメリカタイプのレストランとは一線を画している。
またメニューも「カレーといえばインド」のものを日本人が調理しているのである。アメリカ人の目にはどんな様子に映るのだろう、と思っていたが、僕が行った二軒とも常に満席で、客も日本人とそれ以外の人の割合はちょうど半々といったところ。郊外でも日本人が半分ぐらい、というのはそれだけ LA には日系社会が定着しているということで、それにもに驚いたが、アメリカ人の家族がカレーライスやお子さまランチをものめずらしそうにすることもなく、食べているのをみて「このスタイルはアメリカでも受けいれられている」とわかった。

僕らのテーブルを担当してくれたウェイトレスの子によると ( 彼女は日本語を話したが )、『 NY にも視察に行っていると聞きましたのでもしかしたら出店計画があるのかもしれません 』 と教えてくれたので、さっそく House America に問い合わせてみたところ「確かに NY にはオフィスも開設し、視察も行っておりますが、まだ具体的な段階ではありません。 」と返答だった。
そのあとに 「 それまでは LA にいらっしゃいます際にカレーハウスにお越しください」と締めの挨拶があった。

なんとも LA の人々は幸せである。



House Foods America

ハウスアメリカの公式サイト
http://www.house-foods.com/index.html

ハウスが経営する「Curry House」の公式サイト
http://www.house-foods.com/curry_house.html
ここでメニューの一部も見ることが出来る

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※ EOS 20D / Los Angeles にて

( タイトルのとおり ) 我が家のある New York に帰還せり。

LAX 午後12:10発の DELTA 機に乗り込み、JFK 空港に NY 時間午後8:30着。およそ5時間半の空の旅だった。

ずっと雲の上を飛んでいたために、機内に差し込む光はまぶしいくらいだったが、JFK にアプローチする段になって飛行機は機首を下げ、雲の中に滑り込んだ。
空の高さに競うようにして高くそびえていた Palm Tree の風景から一気に重い雲がたれ込めた空が窓の外に見えると、途端に New York に戻ってきた安堵感と旅行の終わりを告げる寂寥の両方がこみ上げる。
シートポジションを元に戻すようにとアナウンスが入ってもなお外を見ていると、ただ重たそうに見えた雲の合間から夕日が差し込み、そのあたりの雲だけがふちを黄金色に染めているのが目にはいる。
そんな風景にお目にかかることは滅多になく、まさに神々しい輝きの中、僕の乗った DELTA 機は JFK 空港に降り立った。
旅行から戻ってくるときにいつも感じる、気持ちだけがまだ旅先に残っているあの切なさを感じながら。

ひとまず帰宅報告まで。
現在、写真を現像・整理しているところで、おいおい LA の風景写真を交えながらブログで紹介していく予定。

LAとNY

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※ EOS 20D

以前 LA に来たのは1990年ごろだろうか。飛行機の乗り換えで Los Angeles 空港 ( 通称 LAX ) にて乗り継ぎをしたことはあるが、実際に LA の地に降り立ったときのものだけなら、今回の Los Angeles 訪問はかれこれ15年ぶりということになる。

ちょうど東京と大阪が比較されるように、アメリカでも東海岸と西海岸、NY と LA はその違いがよく比べられる。全米有数の大都市として多くの類似性がある一方、人種の偏りの違いや気候の違いからだろうか文化的な差異も大きい。

久しぶりに来た LA で最初に気がつくのは気温よりも光線の具合だった。
飛行機が LAX に着陸する際、上空にはうっすらとスモッグがかかっているのが目視できるほど空気の汚染がひどいといわれる LA だが、実際に空港から外に出るとそこには青空が広がっている。この青さはなかなか NY では目にかかれないものだ。

次に気がついたのはやはり車社会の規模。
New York も Manhattan 以外はどこに行くにも車が必要だし、フリーウェイはあちこちに見られるが、やはり LA のフリーウェイは規模が大きく、レーン数も多い。しかもそれでいながらあちこちで渋滞を引き起こしている。ここはすでに車が飽和しているのではないだろうか?
(そういう New York は人が飽和している、と言えるかもしれない)

今回短い時間だったが自分でこの街を運転して感じたのは LA はだだっぴろいということ。全てがあちこちに点在していて、どこに行くにも点から点へと車で移動しなくてはならないということ。
郊外という意味では、NJ や NY の Long Island と比べても、町と町がそれなりに離れていてその間は森や丘が隔てているようなところ、LA はどこから見ても平たく均等に建物が広がっている・・・そんな印象を受けた。
そういう意味では行動パターンも NY と LA ではだいぶ異なるのだろう。




LA 滞在中は僕も朝早起きして行動しているのだが、日曜日の朝早くにも関わらず、カフェに行くと早起きした近所の人たちがコーヒー豆を買い求めに来たり、朝一番の入れ立てのコーヒーを飲みに来ているさまは、New York と全く同じだ。

このあたりに住む人多くの人も犬とともに生活しているのか、散歩途中の人たちがにここに立ち寄る。
持ち帰りのコーヒーを店内で買い求めている間カフェの入り口で犬が主の出てくるのを辛抱強く待つのは、東も西も関係ないようだ。
この犬の主はショートヘアーがよく似合う女性で、撮った写真を見ながら雑談したのだが、その間この犬は主がカフェから貰った水をおいしそうに飲んでいた。

LA の空気は、朝から灼く、乾いていた。

何も LA に来てまで映画館に足を運ばなくても・・・と思うのだが、話が「Star Wars」ともなるとちょっと別で、大ファンでなくとも新作は気になる。なんといってもこれで Star Wars の映画は最後になるかと思うと、それだけで「映画館で見ておかなくては」と言う気持ちになってしまう。

人によって Star Wars 度は差があると思うが、僕の場合は「全作映画館で見た」という程度で、うちにはグッズのたぐいは一つも無い。DVD も後半3部作 ( 時代設定はさかのぼっているが ) のうち2つのエピソード分を所有しているくらいだ。
なので前半3部作の細かいストーリーを忘れてしまい、今回の完結編を見た後は友人と足りない記憶を補わないといけないほど。

これまで新作映画といえば金曜日の夜に公開、というパターンが多かったが、スパイダーマンだったか X-MEN だったか、このあたりから公開日が平日に設定されるケースが増えてきた。こうすると公開日3日間だかなんだかの記録が破りやすいのだという。
Star Wars もその例外ではなく、全米で水曜日から木曜日に変わる深夜12時に公開になった。熱烈な Star Wars ファンは各地の映画館に泊まり込みをしたようで、Manhattan でもそんな人たちの様子を見かけた ( New York はまだ肌寒いので中にはテントをストリートに張っている人も。)
公開直後に劇場に足を運ぶと、こういった熱烈なファンたちが各シーンでヤジを入れたり、口笛を吹いたり、拍手をしたりとそれぞれ「熱のこもった応援」をするので僕自身は公開日になんて行かないぞ、と思っていたのが、今来ている LA ですることが無く、夜の部でもチケットが取れると言うことで結局見てしまった。
案の定、ヨーダの活躍や、ダースベイダーが現れるところではかなりの拍手喝采があったが(笑)。
大娯楽作品と評されて、文芸作品ものと一線を画すように批評されるタイプの映画だが、絵空事だからこその難しさがあり想像力と細部に対するこだわりがなければできない映画だと僕は思う。
僕はこの映画から得られる絵空事のワクワク感に惹きつけられているのだと思う。

ところでもともと Star Wars がこの世に現れたとき、全部で9本の映画になる、と聞いた記憶があるのだが、僕の覚え間違いだろうか。
前半3部作のあと後半(くどいようだが、時代設定は過去のものなので、Star Wars 開戦前の時代設定 ) 作品は世の中に出るまでかなり時間がかかり、僕などはもう作成しないんではないかと思っていた。
ところがどっこいちゃんと映画撮影は再開されて、時代設定を過去に戻しての Star Wars Episode I、II、そして今回のIIIが続けて公開された。

商業的に巨額の資本が動いているとはいえ、その時代毎の SFX の最先端技術を用いて、話のクオリティを維持し続けるのはものすごいパワーが必要で、まさにライフワークといっても良いのではないだろうか。
少なくとも僕は10年以上にもわたって一つの事に取り組んだことが無いので、どのくらい大変なのかは予想もつかない。

悪の権化として描かれながらもダースベイダーがこれほどまでたくさんの人を魅了してきたのか、その理由は今回の作品を見るとわかるのではないだろうか。
そういう意味では悲しい映画であるし、これで Star Wars が終わってしまうという事実もセンチメンタルである。
( LA にて )

無事 LA に到着。
今回利用したのは song というエアラインで、実はDELTA の格安航空会社である。

朝7時 JFK 発のフライトで到着は6時間後。ところが時差があるため、到着時刻は LA の朝10時となる。

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これが song airline。JetBlue など格安 ( 最近は格安とはいえないが )、航空会社の台頭に DELTA が作ったカジュアルなサービスの航空会社である。機内のサービスはほとんど有料で、無料なのは毛布、イヤホン ( これが有料なところが多いのにこれを無料にするのはちょっと面白い )、それに飲み物はソーダとジュースのみ。
食事のサービスもあるのだが、デニーズににあるようなメニューが機内にはあり、それを見ながら注文することになる。
支払いはクレジットカードか現金ということで、まさにファミリーレストランである。
ちなみにメニューはこんな感じ。

Whole Wheat Criossant with breakfast egg salad, apple smoked bacon and sliced tomato $6

Whole Wheat bagel with cream cheese and strawberry jam $3

New York Deli Style Sandwich - Honey smoked ham, green leaf lettuce, swiss cheese and honey mustard on a pretzel roll $8

M&M $2
Mrs. Feild's Chocolate Chip cookie $2

市井のレストランに比べれば割高だが、機内であることを考えれば安い方だろう。

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日本でも富士山を通過するときにパイロットがよく「右手に富士山が見えております」などと乗客サービスをすることがあるが、それはアメリカも同じ。この日はコロラドのロッキーマウンテンや、アリゾナのグランドキャニオンなどを紹介してくれた。
上の写真は、ちょうどコロラドの上空を通過する際に眼下に広がっていたロッキー山脈である。


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ちなみにサービスはカジュアルだが、コーチクラスでも一人に一台のモニターが着く。ANA などは太平洋路線に備え付けているが、かつてはビデオオンデマンドだった。それに比べるとこれは衛星放送を受信しているのできれいだし、地上と同じ番組をリアルタイムで見られる。
一人に一つずつのモニターがあるのは単に無料のサービスを提供するためだけではなく、映画やゲームなど、有料コンテンツがそろっているところを見るとそこからも収入を得ようとしているのだろう。
無料のクイズゲームもあり、これは機内で同時に他の搭乗者とリアルタイムに4択クイズに解答していくゲームで、映画や音楽、それにテレビ番組の内容から出題されていた。一問毎に誰が正解で、誰が不正解なのか座席番号で表示されるので、みんな結構きょろきょろ見渡しているのが面白い。

このモニターはそれだけでなく、さきほどの有料食事メニューなどもブラウズできるようになっており、なかなかよくできているというのが僕の感想だ。

ちなみに MP3 ミュージックは無料で聴くことができるのだが、その中に僕の好きな Bebel があった。
ちょっと嬉しくなって写真を撮ってみる。
CDショップで見かけたら一度聴いてみてください。確かブラジル出身の歌手で CD には英語とポルトガル語の歌が収録されている。僕は日曜の朝、または夜にゆっくりと彼女の歌声を聴くのにはまっている。



さて昨日のブログも書き終わったことだ。これから快晴の LA の街にくりだすことにしよう。

歯ガ痛イ

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今日は出勤前に立ち寄るところがあった。歯医者である。
前に来たのは2年前だったか・・・。僕の記憶力なんていい加減なもので、行く前はあれだけ騒いだのに、一通り治療が終わってしまえばこの有様だ。

今回は以前に処置していたクラウンが欠けてしまったのと、そこが神経過敏になってしまい、冷たいモノを飲んだりするとシミるので、Los Angeles に行く前に直してしまおうと思ったのだ。

アメリカの医院はたいてい予約制となっていて、指定された時間に行けば待たされることなくすぐに診察がはじまる。予約を入れるのが大変な場合もあるが、銀行の窓口のようなところで長時間待たされるよりはだいぶ気が楽だ ( 日本にいたとき通った病院は窓口で1時間も2時間も待たされることが多かった )。

早速アポイントメントを取った日の朝、Dental Office に飛び込む。久々に訪れた Office は以前通っていたときと同じく待合室に人がいない。窓口で名前を告げると椅子に腰掛けて1分もしないうちに「こちらにどうぞ」と診察室に案内された。このあたりは2年前と全く同じだ。
すぐに隣の治療室から現れた My Dentist は2年ぶりながら僕の記憶と合い違わず、ちょっと大げさなジェスチャーで挨拶してくれる。

治療代の上に座っていた僕はすぐに椅子が倒され、早速大きく開けた口の中をのぞき込んだ。どうやら2年前の治療後の確認を行っているようだ。

「別の Dentist でかぶせたクラウンが欠けているね。神経がセンシティブなのはその下に虫歯があるのかもしれない」
「これはレントゲンを撮ってみないと表面からは虫歯かどうかわからないね」

といい、手際よくその歯だけのレントゲンを撮る。そこから待つこと数分で「ほら、これを見てください。ここに虫歯が出来てますね。神経がすぐここにあるので過敏になっているんですよ」とその場でレントゲン写真を見せてくれる。いやはや何とも今は写真技術も発達しているのだなぁなどとのんきに別のことを考えていたのだが、思考はすぐに痛い現実に戻された。

「これを直すには3 visits でまずは神経を取り除き、次に Root Canal をやって最後に Crown をかぶせるのが良いでしょう」と言う。
Root Canal と聞いて一瞬引いてしまったが、完全に直すにはそれしかないのだという。
何年か前に同じ治療を別の歯科医で受けたのだが、そのときはかなりたくさんのお金を支払った覚えがある。
お金はまだいいとしても結構痛い治療だった。問題の歯の神経を抜き取り、そのかわりに金属の針を歯の根元に打ち込むのだ。
そのあとで上からクラウンをかぶせるという治療で、保険がカバーしたとしてもかなり高額な患者負担額だったと記憶している。
2年前に知人からこの Dentist を紹介してもらい、それ以来ここに通っているのだけれど、腕は確かだし、治療費も安いので ( というかほとんど支払わない )、彼が「これは Root Canal をやった方がよい」というのなら信ずるべきか。


・・・・

10分後。
キーンという嫌な金属音が永遠に続くのではないかと思った後で、Dentist は鋭くとがったひっかき棒のようなものを手にして手動で歯の一カ所を掘っている。これがどうやら神経を取っているようなのだが、麻酔のせいで何も感じない。アメリカではかなり強力に麻酔を使用するのだ。

ということでこの日の治療は神経を抜き、臨時の詰め物をして処置はおしまい。Dentist は「一番痛い治療は今日で完了。来週は needle を入れましょう」という。いやぁ神経を取るというのも痛そうだが、針を歯に指すというのも十分痛そうなんですが・・・

さっきまで治療代の上で身を縮ませていた僕だが、一度 Dentist Office の扉を出て外に出ると、なんだかすごいことを済ませたような達成感があって1人でニヤニヤしている。
小学校の時、インフルエンザの集団予防接種を受けるときに先に受けた僕が、後ろに並んでいる同じ教室の友達から「痛かった?」と聞かれて、

「ううん、全然」

と、やせ我慢をして廊下を闊歩していったのと同じか(笑)。



その後麻酔の効果は午前中一杯、顔面の半分を覆い、会社についても何か飲んだり食べたりするだけでなく、しゃべるのが大儀なほどだったが、麻酔が切れてくるに従い、今度は治療した部分と麻酔の注射を打ったところがずきんずきんと痛む。
僕のやせ我慢は簡単に吹き飛んだ。アスピリンを摂ることにしよう。

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※ EOS 20D

追記
まもなく Los Angeles に向けて出発します。来週半ばに NY に戻ってくる予定ですが、時間があれば LA から更新します。さもなければ帰宅するまでしばしこちらを留守することになるでしょう。

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※ EOS 20D

僕の両親もどうやら僕のブログを読んでいるらしい。親に読まれるのはちょっと恥ずかしいが、それよりも更新していないと「元気なの?」と催促のメールをよこすのは、無しにして欲しい(笑) > おふくろ。
アメリカにも昔から「No news is good news」という言葉があるのだから。

さて僕のおふくろ以外にもメールやミクでメールを貰ったのだが、ここ一、二週間ほどブログの更新間隔が多少長くなることになりそうだ。毎日数行だけのコメント更新だけでも本来は良いはずなのだが、僕の場合写真を見ながらあれこれ頭の中で文章を組み立てているとあっという間に長文になってしまい、ちょっとした時間を取られることになる。



「好きこそものの上手なれ」

僕が自分の写真に対して想うのは、そんなところにあるのかもしれない。

DIY の精神が浸透しているアメリカでは、車の修理も家の修繕も父の仕事 ( というか限りなく趣味にも近い ) だ。Home Depot というホームセンターに行けば、それこそ日本では見られないような業務用の道具や工具が当たり前のように店頭で販売されている。
なので一般家庭のガレージの中はさながらちょっとした作業場となっていて、たいていのことなら大工を雇わなくても自分のところで出来てしまうほど、道具を所有している家も多い。
実際そう言うお宅に呼ばれると、「このキッチンは僕が作った」と見せられたり、「今週末はバックヤードにウッドデッキを作るんだ」などという話をよく耳にする。そしてできあがったものを見てみると日曜大工で作ったとは思えず、まさに玄人跣である。

もちろん自分でやった方が安上がりというのも理由としては大きいのだが、加えて好きこそものの上手なれ、であって皆好きでやっている。
玄人跣という言葉の通り、仕上がりは玄人が驚くほど綺麗に出来ている反面、逆に言うとそこには玄人がやった仕事とはどこか区別できる違いもある、ということになる。
あえてその違いを拾い上げてみるとすれば、それは「質」に対する指向性の違いだろうか。
どちらも「質」を追求する部分では同じだが、自分が好きでやるものにはどこか一カ所に「こだわり」があり、そのこだわりの部分が満足行くレベルに到達したときに1つの完成を見ることが多い。
一方、玄人が仕事をするときは、いくつかの条件下で結果を出さなくてはいけない。それは決められた期間に作業を完了するものかもしれないし、また成果物としてのサービスまたは製品において一定のクオリティに達していることが求められることもある。いずれにせよその労働の対価として報酬が得られるのだから仕事には責任を持って取り組まなくてはならない。つまり玄人イコール "professional" であり、仕事をしている僕らは皆自分の仕事においてプロなのである。
僕も自分のプロフェッショナルの内容 ( 職務 )に誇りを持って臨んでいるとは言わないが、仕事にはプロとして取り組んでいるつもりである。
ユーザの求める品質のソフトウェアを一定の期間内に開発し、安定動作を確認したものを販売するわけで、そこには製品としての一定のクオリティが要求される。その一方でフリーソフトやシェアウェアのように頻繁にバージョンアップしたり、また気の利いた機能がつくような小回りは利かない。仕事としてソフトを作るのと趣味でソフトを作るのでは、明らかに求められているものが違うのだ。

この professional と「好きこそものの・・・」の関係は何も IT 業界に限らず、料理でも写真でも同じでは無いかと思っている。
実はここしばらくブログの更新をゆっくりさせるのはそれと関係があるのだが、最近僕のところにも「仕事としての写真撮影」の依頼がいくつか来るようになった。そのことを隠しておくのもヘンだし、かといってここでぺらぺらとしゃべるのもなんとも自慢気で気が進まないのだが、3つだけ写真のプロジェクトを同時に進行させている。
僕の写真が評価されたのでというにはかなり怪しいが、僕のことを信用してくれているという意味では嬉しい。嬉しいのだが、上に書いたような葛藤のため、ほとんどの場合はお断りしている。 仕事として引き受けてしまうと、それは報酬を得ることであり、その一方で責任も伴うことになり中途半端に首を突っ込むのが恐い、というのが本当のところだ。

ただ今やっている3つのプロジェクトは、個人的に関心があり、これが自分の写真の表現力を拡げてくれるのではないかということ、そして一番重要な「プロとしての仕事ではない」ということを了解いただけたので、引き受けることにしたのだ。
「プロとしての仕事ではない」というとなんとも不遜に聞こえるが、それは一定の品質を保証するものではない、という意味ではなく、この仕事を詳しく定義され ( たとえば風景であればロケーションだったり、ファッションフォトであればモデルのタイプの指示だったり)、締め切りが厳しく設定されているようなものではないと言うことだ。僕の professional はあくまでおまんまを食べさせてくれる IT の仕事なのだ。
それでも引き受ける以上は、自分の限られた時間の中からきちんと労力を割いて、自分も依頼者も満足出来るようなものが撮りたい。そこでちょっと間、スローなブログにしようと思っている。
今週末1つのプロジェクトが終わると、来週は LA に行くことになっている。自由時間があれば、できればブログも一度くらい LA から更新するつもりだ。



幸いにして、いまのところ両親から「元気なの?」という書き出しで始まるメールは届いていない。
どんなところになるのだかよく知らないが、なんでもうちの両親は今月千葉から都内に引っ越しをするそうだ (次回日本に帰るときは知らない人の家に泊まるような感覚を持つことだろう。)
うちの両親も、そんな引っ越しのどたばたで今はインターネットどころではないはずだ。
僕もこの際真面目に撮影に取り組み、残りの時間は息抜きをしようと思っている。

※ 今回写真撮影の仕事を与えてくれた方もこのブログを読まれている事と思いますが、この件のコメントに関してはこれまでの通りメールでお願いします。(^_-)

faded08.jpg
※EOS 20D

多少時期を逸した感もあるが、2004年晩夏に Philadelphia、Virginia それに Delaware の各州を車で旅した際の写真をまとめてみた。ちょっと前に公開した「A Sea Story」と同じ時期に撮ったものだ。

東海岸に面した州はアメリカにあっては歴史が古く、中にはアメリカ建国の礎となった歴史的な建築物、場所が今も現存している。
今回紹介している写真は、そんな都市部ではなく郊外の、それもとても保守的な地域のみで撮った写真をピックアップしてみた。
僕らが通ったときはまさに大統領選挙のさなかで、どこも「 Bush 」の看板が各家の敷地内に立てかけられていたのが印象的だった。

旅行の途中、Armish と呼ばれる人々が住む、とある村に立ち寄った。アメリカにいくつか Armish の村落があるが、このあたりでは Philadelphia 州の Lancaster 地方にあるものが有名だ。

インターネットで調べてもらうと詳しい説明が見つかると思うが、ヨーロッパの宗教改革における迫害から逃れるためアメリカに渡ってきたキリスト教の一派に属する人々のことである。
Lancaster に住んでいる Armish の人たちはドイツからの移民が多いのか、言葉にもドイツ語のアクセントが強く残っている。
また中世時代の生活様式を今も固く守っているため、電気やガスなどのエネルギーには依存せず、また女性も化粧やアクセサリのたぐいを身につけない。服にはボタンすら使わないそうだ。

そんな人々の生活を見たあとで撮った写真は、なにか懐かしいと思える風景を中心に追っていた。
その中から今回は10枚だけピックアップしてみた。
タイトルにあるようにどこか色あせた風景、記憶をテーマにしたものだが、果たしてうまくセレクションできたかどうか。

時間のある方は、「キオクイロ」サイトからたどって写真を見て行ってください。

なおこれ以外に撮った写真はアメリカ海軍基地で行われた航空ショウのものがあるのだが、これらはギャラリーとして紹介するのをためらっている。一つに僕が普段撮るスタイルのものではなく、自分の一つの経験として臨んだこと ( それはとても楽しかったが ) と、あまりにも似た写真が多く、ギャラリーとして公開してもまとまりがなさそうなのだ。ということで気が向いたら New York Watch ブログか、キオクイロの投稿アルバムにて少しずつ紹介していくかもしれない。

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