2005年9月アーカイブ

水先案内人

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すっかり秋らしくなり、今日などはぶるっと身震いするほど冷え込んだ朝夕となった。

天気の良いある週末、カメラを持って Central Park を歩いて秋らしい風景を探したが、まだ紅葉には少し早いかったようだ。
木々はどれもまだ青々と茂っており、これが金色や真っ赤に染まるとはにわかに信じがたい程だ。
けれども秋は明らかに近くに潜んでいて、その足音がすぐ近くで聞こえている。ほんのちょっと前まで受け止められない程の太陽の強い光を浴びて、木の葉一枚一枚、芝生一つ一つがキラキラと輝いていて見えたのが、どれも皆、柔和な光を放つようになり落ち着いて見える。

典型的な秋の景色を探していた僕は、写真で表現することの難しい秋の気配を撮ることをさっさとあきらめて、公園の中を散歩しながらときおりスナップを撮ることに決め込んだ。

Central Park にはいくつもの池や小川があるが、その中の一つ貸しボートのある池で、水先案内人を見た。
最初は 「 ベニスの運河でもあるまいに 」、と苦笑したのだがしばらくベンチに座って眺めていると、Manhattan の超高層ビルを背に小さな湖沼にうかぶゴンドラというのも悪い景色ではないなぁと思うようになってきた。
公園のすぐそばでそびえ立つビル郡にどこか手が届きそうで、それでいてそのビルがある街の騒音が聞こえない様はどこか夢想的な感じすらするのだ。

cpark0.jpg

この感じ、何かに似ているな、と思って気が付いた。Central Park の中を案内してまわる馬車だ。
ビジネス、マネー、ファッションなどどこか非情でドライ、それでいて旧いものから新しいものへ迷うことなく突き進むというのが、なんとなく New York のイメージだがいまだに公園内の観光としてこの馬車が活躍しているのだ。冬の寒い日でもブランケットにポータブルの暖房をつけてまで利用する人がいるのだから、隠れた人気ツアーなのだろう。
池で見た水先案内人からもきっと同じ印象を受けていたのだろう。

季節がうつりかわり人も街も変わっていくけれど、Central Park は街のおもちゃ箱としていつまでも大きな魅力で人々を惹きつけていて欲しい。



今夜は友達のアパートを訪ねていくと、すでにアパートのロビーには暖房が入っていた。 今季初めての暖房経験だが、どうやら街にも秋はやってきたようだ。

cpark1.jpg

ladusk.jpg
※ EOS 20D / LA にて

やっとのことでギャラリーをアップロードし終わった。今年5月に訪れた Los Angeles を訪れた時に撮った写真だ。
NY と LA は共にアメリカを代表する第一と第二の都市だが、空港に下りたってすぐに気が付いたのは人も空気もまったく異なるということだった。
あふれるような光がどこもかしこもまぶしくて、気が付けばつい空を見上げ絵葉書に出てくるような写真ばかり撮っていた。

New York に比べると全てがフラットに見える、Los Angeles で僕が撮った写真もどこか立体感に欠けていた。でも海に行って初めて LA の魅力の源が分かったような気がした。


時間があれぱ是非ギャラリーを訪れて、感想などお聞かせください。
ノメリコムのトップから 「 キオクイロ 」をクリックし、ギャラリーに進んでください。「 LADusk 」にてご覧いただけます。

Soho

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ちょっと乱暴なたとえだが、NY の5th Avenue が東京・銀座だとすれば、ファッションエリアのもう一つ代表、 Soho は青山とか表参道あたりになるだろうか。5th Avenue と Soho に同じ店が出店していても品揃えやターゲットとしている客層が違うのか、店の性格も異なっており、それが銀座 vs 青山・表参道 の図式に似ているような気がする。

もちろん 5th Avenue にあるのはたいてい旗艦店といわれるタイプの形態で、5番街に面した一等地の1ブロックかそれに近い大きさを占有し、堂々とした店構えである。
それに比べると Soho はいまだに石畳が残る昔ながらの New York の街並みを出来るだけ残しながら、街自体が碁盤の目状態であるため、こぢんまりとした店が散在している。旗艦店とは規模が異なるのでおそらく Soho 店はセレクトさせた品揃えになっているのだろう。

倉庫街から、ギャラリーへ、そしてファッションへと短い間に変化を遂げた Soho だがそれだけに行くと必ず何か新しい発見をする。もちろん高級ブランドが建ち並ぶ店だから、ショッピングにはほとんど縁は無いのだが、それでも街を歩いて回るだけで楽しいのは、この街自体がおもちゃみたいだからだろう。気まぐれに小さな路地に入ると、この間見た風景と違う通りが広がっている・・・そんな秘密めいた探索。

この日、中身がからっぽな真新しい店を発見。
大きな窓ガラスにはすでに店名が書かれているが、それによるとどうやら デザイナー三宅一生の路面店がここ、Soho にオープンするようだ。すでにディスプレイ用の什器などはできあがっているが、まだ商品などは運び込まれていなかった。中身がからっぽ、と書いたがこういう状態はちょっと珍しいかもしれない。普通であれば店が開店する直前まで店内を見せないように、覆い隠し通りかかる人に否応なく興味を抱かせるような Teasing をすると思うのだが、内装工事をしているでもなく、開店準備のスタッフがいるでもなく、まるで「多目的アートスペース」のような状態である。
そんな様子もちょっと珍しいかもと思い、持っていたカメラで写真を撮ってみた。
ここでいつもだったら何も考えずに撮るのが、最初の写真。撮ったことを忘れるくらい後に見たとしても、きっと 「 あ、これは僕が撮ったな 」 と分かるような撮り方だが(笑)、この日はちょっとアプローチを変えて撮ってみることにした。写真仲間の C-kun さんi-takashi さんが撮る都会やショウウィンドウの撮り方に触発されて前からフレーミングを大胆に変えてみたかったのだ。


soho.jpg

被写体に思いっきり寄って斜めフレーミング、ついでに人を加えて動きを取り入れてみた。同じ店でも感じがだいぶ変わったような気がするが、どうかな。

ついでにウィンドウショッピングならぬウィンドウシューティングで、面白そうな構図を考えながらいろいろ試す。
次の写真も先に紹介した2人の影響を受けて撮ったつもりだが、真似るだけでも難しいのにそこに自分らしさを表現しようとするともっと難しい。けれども始めて見ると面白くなり、後になってすでに日が落ちていたことに気が付いたほど。


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同じものでもちょっと見方を変えると、それまでとは異なる姿のものが見えてくる・・・これは写真でなくても実社会でも同じ事だが、時にはこんな風に遊び心を加えて街に出てみるのも面白いんじゃないかな。
今から Soho をどんな風に撮ってみようかとわくわくしている。

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「 大河 」 Canon EOS 20D + EF-S 10-22mm

ここ数回はブログをスローモードで更新予定である。それは・・・

いつか僕が住んでいるここ、New York の街で写真を展示出来たら良いな、と思っていたらひょんなことから実現出来そうな気配。
今そのためのポートフォリオをプリントすべく、写真と格闘中。半分弱は8月に東京青山でグループ写真展に展示した写真からだが、これまで撮った過去の写真の中からも半分ほど追加。機会があれば大きなプリントで鑑賞してもらいたいと用意しておいた写真である。

ということでここ数日は久しぶりに引きこもって準備に勤しんでいるため、ブログまで手がまわらなくなってしまっている。このプリントが終われば久しぶりにギャラリーも更新するつもり。こちらも気長にお待ちを。

今夜も会社から帰ってくると PC の前に座ってほとんど一晩中モニタとにらめっこ。目が疲れると窓を開けて夜空の Manhattan を見ながら目を休めるといった具合だ。

そんな中、今日はちょっと嬉しいこともあった。
久しぶりに応募した写真が写真誌のフォトコンテストで佳作にて入選との報を受けた。海外に住んでいる僕は例によって雑誌を手にして見ていないのだが。
デジタル一眼レフカメラを一番最初に手に入れた当初、よく応募していたフォトコンテストが デジタルカメラマガジンという雑誌により主催されているのだが、今回久々に応募したものが入選したのだった ( オリジナルのサイズは公式サイトにて見ることが出来る )。
実は7月に応募したのだが、ここ2月分の雑誌に載せて貰った気配が無かったのでてっきり落選と思っていた。
9月発売の10月号の選考で選んで貰ったのは、写真を送ったのがちょうどその月の締め切り直後ということだったようだ。


これがその写真だが、ある夏の週末の夕方、Upstate NY にて撮ったものだ。 Upstate NY とは Manhattan から北上し、The Bronx よりさらに北側に広がる広大なエリアを差すが、僕らが行ったのはずっと Manhattan 寄りで、フリーウェイを一時間ほど車で北上したところだ。
Manhattan と New Jersey 州の間を流れる川が Hudson River だが、写真に写っているのはその上流である。大都会を流れ抜けるあのどんよりとした川も、ここでは穏やかで美しい川面を見せている。
大いなる川の背後に広がる夕日を写真に収めてみようと、なぜかこんなポーズで写真を撮ってみようと頭に浮かんだのだった。

「 飛べ、高く。そして大きく。 」


夕方というとなんとなく寂しい雰囲気が漂うが、一方であでやかな夜の前章としての夕方があり、ワクワクした気持ちも与えてくれる。
ブログを読んでくれた人は一体どんな気持ちでこの写真を見てくれるのだろうか。いたずらを仕掛けたあと近くに隠れて人の反応を見ている、今の僕はそんな心境に近いかも知れない。

strawberry.jpg

先日近所に住む日本人の友達数人で、これまた近所にあるブラジル料理の店に行った。ここは Astoria でも駅から何ブロックか歩く上、さらに住宅地の真ん中にぽつんと佇んでいるから、まさに知る人知るのレストランなのだ。
その食事の席上、なんの拍子かハンカチの話題になった。それはアメリカに住んで初めて分かる、日本との違いというテーマから派生したのだが、このテーマ、アメリカ在住の日本人の間でなにかとよく会話に出てくる。

そのハンカチだが、「 そういえばハンカチなんか持ち歩かなくなったよね 」 という一言から始まった。
小学校に行くようになり、前の晩寝る前のチェック項目の中にハンカチというのがあり、ハンカチを常に携帯するという習慣はその後会社員になっても続いた。日本にいた頃はスーツを着て働くことも多かったのだが、ハンカチを忘れて出かけたりすると一日なんだかそわそわして落ちつかなかったものだ。今なら携帯電話を忘れて外出したのと同じ気分かも知れない。

ところでアメリカではハンカチを持ち歩いている人というのをほとんど見かけない。何で分かるというと、トイレに行って手を洗った後自分のハンカチを出す人なんてほとんど見たことがないからだ。もちろんトイレに乾燥機やペーパーナプキンが備わっていることが多いから、もしかしてハンカチを持っているのかも知れないが、それを使用する必要が無いというのもあるだろう。
でも乾燥機が壊れており、紙切れになっていることが多いのも逆にアメリカではよくあることで(笑)、そんなときは否応なく自分のハンカチを使うことになると思うが、そんなときでもハンカチをポケットから出す人の姿というのを見たことがない。かくいう自分だって、最近は手を振って水を切るか、ジーンズの後ろで軽く水をふき取るかのどちらかである。

その場にいる友達も皆、「 今はハンカチを持ち歩かない 」 派だったが、そのうちの1人が 「 そういえば使い方もアメリカ人と日本人として違いがある 」 と指摘する。
確かにスーツを着る場合は胸にハンカチを差す人もいるので、中にはアメリカ人でもハンカチを持ち歩く人はいるのだが、ハンカチの使い方がちょっと違う。僕は汗を吹くとか、手を洗った後に水気をふき取るのに使うのが当たり前だと思っていたのだが、アメリカではよくハンカチで鼻をかむのだ。くしゃみをした後など、ハンカチを取り出してちーんと思いっきり鼻をかむ。
そういうときはティッシュだろうと思うのだが、道で無料のティッシュが配られないアメリカでは持ち歩く習慣も無いのだろう(笑)。一応ポケットティッシュ自体はドラッグストアなどどこでも売られているのだが。

僕なんぞは妙なところが気になるので、鼻をかんだハンカチの行方を心配してしまう。やはりそのまま洗濯機に放り込まれるのだろうか。


国が違えば習慣が違うのは当たり前で、それを楽しむくらいのゆとりがある方が海外暮らしも楽になるというものだが、実はこんな些細な違いがあるから文化の比較が面白いのかも知れない。




近くのスーパーで大きくて真っ赤に色づいたイチゴを一パック買ってきたのだが、もちろん甘さは期待していない。アメリカのイチゴはえてして酸っぱいからだ。
今朝もそのまま食べようかと思ったが、ふと子供の時に好きだった牛乳を入れてつぶして食べてみようと思い立った。甘くないから甘くしてイチゴミルクを作るぞ、と思い立つも練乳がないので粉糖をこれでもかというくらい振りかけた。親が練乳をかけてくれるのは滅多に無かったが、それ無しでもなぜか牛乳の中のイチゴをつぶして食べると甘く感じたのはなぜだったろう。
アメリカではそんな食べ方をしないのか、食器売り場にいってもイチゴ用のスプーンは売っていない。そんな日本人の見方は100円ショップである。近所にある"日本の百円ショップグッズを売っている店" ( ややこしい表現だ ) で取り扱っていたのでつぶして食べたい人はここで手に入れることが出来る。残念ながらうちには無いのでフォークでつぶそうとしたのだが、いかんせん固くてつぶれない。
たかがイチゴではあるが、この固さがアメリカと日本の間に横たわる大きな違いの一つを形成しているのだ。

力を込めてもなかなかつぶれないイチゴに、いくばくかいらだちを覚えながらふと友達と交わした先日のレストランでの会話を思い出したのだった。

涼しくなった今日このごろ、ゆっくりとベッドの上で目が覚める。先月までの気温の上昇にせかされるようにして、起きた時から不快を感じるあの週末の朝とは大違いだ。

顔を洗ってさっぱりしたあとは、まずはお湯を沸かしてコーヒーだ。読みかけの雑誌をぱらぱらと斜め読みしながら、テレビを点けると地元テレビ局のニュースをやっていた。
ほとんどが New York 市内のニュースなので、どこで銃撃があっただの、今日はどこでストリートフェアやパレードのイベントがあるのだとか、いつも通りのニュースをやっている。週末の朝のニュースで銃撃戦の話を聞き流してしまうようになった自分もなんだか恐いが、そういえばつい先週はすぐうちの近所でも銃撃があった。このあたりでガンシューティングの話はほとんど聞かないので珍しいのだが・・・

そんな生々しいニュースの中に今朝はなかなかほほえましい話題があった。

「 Michael and Emily lead the pack when it comes to popular baby names here in the city. 」


NY 市の新生児に付けられた名前の中で、男の子は Michael、女の子は Emily が一番人気、ということらしい。
なんでも2004年に New York 市内で生まれた赤ちゃんはおよそ124,000人と言うことだが、その中で946人の赤ちゃんが Michael だったとのこと。女の子の名前1位に輝いた Emily は583人の赤ちゃんに名付けられた。人口比で言えば Emily の名前を付けた人の数がだいぶ少ないのだが、おそらく女の子の方がそれだけユニークな名前を持っているということの反映なのだろう。

ちなみに上位5人の名前は、

1 Michael
2 Daniel
3 Matthew
4 Justin
5 Joshua

1 Emily
2 Ashley
3 Kayla
4 Sarah
5 Samantha

となるらしい。2004年全米データとの比較をしてみると違いがあるかも知れない。
New York は特に移民が多いので、そのバックグラウンドと conflict しない名前が好まれるのではないだろうか。
名前の中にはある特定の国でのみ使われるものや、宗教に異存しているものがあるので、自分がそこに属していない限り子供にそう言った名前を付ける親は少ないだろう。たとえば中国語の名前、Hwang などは中国人であれば使う可能性があってもアメリカ人はもちろん、親が移民であってもその人が中国人じゃければ付けないだろう。さらにいえば 「 子供のアイデンティティのために 」、とアメリカで生まれたにも関わらず、親の出身国の名前を付ける人は最近特に少ないように感じる。
例外はヒスパニックで、これだけ Puerto Rican や Mexican、Dominican の人口が増えてくると、そのままスペイン語の名前を子供につけても、社会的にはなんら問題ではなく、珍しがられることもない。Jose や Maria といった名前はクラスの中に何人もいるのだという。
まあスペイン語の MIguel は英語の Michael だし、Daniel はスペイン語でもそのままだから、どちらにも取れるこういう名前を付けるのがスパニッシュの間でも一般的なのかもしれない。

さて男の子の名前一番人気の Michael だが New York 市長、ブルームバーグの名前と同じである。まさか市長にあやかって、なんてことは無いと思うが。

Subway Map

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8月のグループ写真展以降、写真らしい写真を撮りにでかけることも無かったのだが、季節の変わり目ともなると街の風景も変わって見える。そこで久しぶりにカメラを片手に Soho をぶらついてみることにした。Soho 自体はすでに大資本による有名ブランド店が立ち並び、underground 的な楽しみは少なくなってしまったが、街らしい雰囲気が撮れるのでテーマを見つけに出かけたりすることが多い。

床から天井まで一枚ガラスを使った大がかりなブランドショップが並ぶ中、いまだに路上でアクセサリやペイントアートなどを売っているのも Soho の特徴だろう。からかい客として、写真を撮りにぶらりと、Soho はよく訪れるのでだいたいどんな露店でも以前に見たことがあり、目新しさは無いのだが、この日はちょっと面白いアート ( ? ) を売っている人を見つけた。
ある意味、New York らしいアートと言えるかも知れない。Subway Map に描かれた手書きのgraffiti だ。




市内を走る地下鉄は良くも悪くも New York 市の名物の一つだが、駅数や路線数が東京の地下鉄やJRに比べて少ないにもかかわらず、意外と複雑だ。僕でも普段行き慣れない場所に行くときは、駅に大きく張られた路線図の前で指をなぞりながら乗換駅を確認したりする。
これが週末になると突発的な工事やメンテナンスで運行状況がかわるから余計やっかいだ。それに外出先から帰宅するときもどこで何ラインに乗り、どこで乗り替えたらよいか悩むことも度々だ。僕が東京で働いていた10年ほど前にはすでに電車の乗り換え案内ソフトがあり、今ではウェブ上でフリーに使えたり、携帯電話からでも使えるそうだが、僕の知っている限り New York ではそんな便利なソフトはまだ無い。あっても PDF 化した地下鉄地図を PDA に入れて路上で参照するぐらいだろうか。
手元にいつも持っていると助かる地下鉄・バス地図だが、実は駅で貰うことが出来る。

駅によっては有人ブースがあり、ここで現金を払ってメトロカードを購入することができるが、地下鉄地図も同時に貰うことが出来る。ただし多くの場合 「 今日は無いよ 」 と言われることが多いのでめげずに違う駅で探すことが肝心だ。


僕が見た Soho の graffiti アートはそんな無料の地下鉄地図に描かれたものだ。なぜ地下鉄地図に graffiti ? という疑問は昔の New York を知っている人ならなるほどと思うはず。
今は全ての路線で日本製のステンレス車両が使われ、落書きを見ることは無いがかつての地下鉄といえば外も中も落書きだらけだった。そう言う意味では New York Subway と graffiti は切っても切れない関係なのだ。そういえばつい最近も Chelsea 地区で地下鉄車両の外側だけを制作し ( つまり裏側は座席はなく張りボテで、映画のセットのようなもの )、そこに graffiti アーチスト達が集まって思い思いの作品を描くというプロジェクトが行われたばかりだ。

一口に graffiti アートと言ってもいろいろなスタイルがあり、この人の描く graffiti そのものの好き嫌いで作品の善し悪しは変わってしまうが、なかなか良いアイデアではないか。フレームに入れるとソフィスティケートされた作品に見違えるかもしれない。

日本にいたときもテレビっ子だったといわけではないので、アメリカに住んだとき日本のテレビ番組が見られなくなることにそれほど未練は無かった。むしろアメリカの番組を努めて見ることで英語の上達しないものかと、考えていたほどだったから移り住んだ最初の数年間はほとんど日本の番組を見ることは無かった。
それはもちろん当時住んでいた環境では日本語放送がほとんど無かったから、というのもあるがそれでも日本食材店が兼業しているレンタルビデオを見るという手があるが、それにもあまり興味がなかった。

その後、引っ越しした先では日本語放送が一日数時間見られるようになったのと、数年経ってそれほど英語力アップなどと目くじらをたて日本語環境を遠ざける必要もなかろうと思えるようになったこともあり、自然と日本のテレビ番組を見るようになった。
そのとき気が付いたのだがさすがに3~4年見ていないと登場している芸能人の顔も見知らぬ人でいっぱいで、歌番組もを見てもあまり面白くない。若手お笑いのギャグを見てもなんでおかしいのかよくわからず、笑えないのだ。
どうりで日本から来た友達の言葉遣いでときどき理解不可能になるわけだ。ヤバイが肯定的に使われることもあるなんて知ったのなんて今年の夏ぐらいだろうか。

連続ドラマなどは一度見始めると面白いものも出てきて、つい次回放送が楽しみになる。
日本語がネイティブだから余計分かって面白いというのもあるけれど、最近思うのはアメリカと日本のテレビ番組は面白さが異質なものだということ。それならそれで両方楽しめればいいじゃないかと、日本のテレビ番組を再認識したところだ。低俗だとか中味が薄い、というような議論もあるが、そんなものはアメリカだって同じだ。番組によってその濃さが違う。

以前 New York Watch でも取り上げたかも知れないが、アメリカ ( 海外 ) で日本のテレビ番組を見るにはいろいろある。New York 市内の Manhattan と Queens に限られるがもっとも手っ取り早いのはケーブル放送に標準で含まれる International チャネルにある一日数時間のフジサンケイ系の放送をみることだ。
目覚ましテレビやスポーツニュースなど毎日見られるものに加え、あいのり、ドラマ、バラエティなどが少しずつ見ることが出来る。
次に簡単なのは、別料金を払ってジャパンTV という NHK の番組を24時間放送し続ける有料チャネルまたは衛星放送を導入すること。これでフジテレビと NHK は見ることが出来、それ以外の番組はレンタルビデオで見ている、という家庭も少なくないだろう。

さらにもっと見たい人は、日本の放送を転送するサービスを利用するしかない。これは日本国内に TV チューナ内蔵の PC サーバを置き、インターネット経由で番組予約をしたり画像をアメリカに転送させてみるというサービスだが、法律上の問題があり、いくつかのサービスは閉鎖になってしまった。現在残っているのはそう言った会社から専用のサーバを 「 買い取り 」、そのサーバを日本の留守宅にセットして、アメリカから PC 経由で番組を見るという方法だが、その専用サーバが高価だったりする。

子供の日本語教育のため、そこまで努力して日本語版組が見られるようにしているという家庭はあるが、僕にはその必要が無かったこともあり利用したことは無かった。それでもここ数年ソニーが出していた 「 ロケーションフリーテレビ 」 という製品は気になっていた。
どうやらこの製品さえあれば上で紹介したようなサーバを自分で設定する必要もなく、ソニーという企業から出ている製品のため動作に関して安心して使えそうだ。
正式に法的な問題をクリアにした上で遠隔地から自宅でのテレビ番組を見ることが出来る、ということはネット経由で海外からも利用することができるという代物だ。

ところがこれまでの機種は専用のサーバと、持ち運び可能な専用の液晶画面がセットになったもので、この液晶テレビが無いと見ることが出来なかった。ということで自然と商品そのものが高価だし、わざわざ日本に帰国してこの製品を購入し、アメリカに持ってきたあとでもしこの液晶が壊れたらまた日本に送り返さ無くてはならず、その間は見られないということにもなりかねない。
ということで当初から購入は見送っていたのだが、つい最近ソニーが発表した新製品はその問題を解決してくれそうなのだ。今回発表になった製品の説明を見るとこれまでとコンセプトが大きく変わっていることに気づく。

image002.jpg

上の写真のうち、左側のユニットを購入し、これを日本の留守宅にセット。アメリカでは右に映っている CD を購入し、そこから必要なソフトを自分の PC にインストールすればその PC 上で日本の番組を見ることが出来るようになるというものだ。
このユニット、価格も33,000円と安価になった。


実はこのユニットが安くなったのにはワケがあって、この専用ユニットのみで出来るのは地上アナログ放送を受信することで、それをリアルタイムで PC から見られるという事だけである。地上デジタルや衛星放送は見られないし、まして録画機能がない ( 番組保存用の HDD を内蔵しない )。
日本の夜のドラマをアメリカで見るのに、平日の昼間から会社でのんびりお茶でも飲みながらって訳にはいかないのだ。時差があるのでどうしても録画したい。
ということでこの機種はそう言った機能はあえて持たず、そのかわりに赤外線ユニットなるものをケーブルで接続し、この赤外線ユニットがちょうどその場でリモコンを操作するようにして DVD リコーダなどを操作するのだ。
つまり自宅に衛星放送受像器や DVD レコーダなどを設置し、その近くにこのユニットを配置し、遠隔地から 「 番組予約 」 「 再生 」 「 早送り 」 などのファンションを PC から送るとそれを赤外線ユニットから信号を送り、コントロールできるのだ。
詳しくは下に紹介したレビュー記事などを参考にして貰った方がわかりやすいだろう。

http://bb.watch.impress.co.jp/cda/news/10956.html


ということで実家には光ブロードバンドがあるということなので、次回日本に帰ったときに DVD レコーダとこの製品を買って、こっそり設置してこようかななどと考えている。

New York で新春隠し芸大会を見るというのもオツかもしれない。

ソニー、ロケーションフリーテレビ

ロケーションフリーベースステーションの製品紹介ページ
http://www.ecat.sony.co.jp/visual/airboard/products/index.cfm?PD=22573&KM=LF-PK1

ロケーションフリーテレビの FAQ
http://www.faq.sonydrive.jp/fMain.php?cid=8861


911b.jpg

いつものように朝が開け、いつものように人が行き交う。シグナルが青になると飛び出すイエローキャブ、せわしなくホームに入ってくる地下鉄。

4年前の9月11日の朝もいつもと同じ朝を迎えたはずだった・・・

この日を境に New York は立ち直ろうと努力し、少なくても「 街 」という器はもとに戻ったように見える。けれどもあの日起きたことをすぐ近くで経験した僕らの中では何かが変わったままだ。心に大きな傷を負ったままの人もいる。それを外見から見つけることは難しいし、必死に表すまいとしている人もいるだろう。忘れたい記憶と、忘れては行けない記憶がせめぎ合っている。

4年前に起きたことは間違いなく悲劇である。人類はそのことから何かを学んだか。少しでも癒すことは出来たと果たして言えるだろうか。さらに大きな悲劇が生まれてはいないだろうか。

僕が出来ることは些細なだけれど、New York からブログを発信する立場として、ここを見てくれる人に何かを考える機会を与えることが出来ればと思い、今年も写真を紹介することにした。


今日は San Francisco から来た友達と5年ぶりにあった。5年という年月はお互いしわも増やし、友人夫婦には子供も出来た。でも5年前にはあったツインタワーが今は無いのだという話になると言葉に出さずともお互いそのときの事を思い出さずにはいられなかった。

食事を終え、タクシーを拾おうと大通りに出てきた。
見上げればそこには夜空にぽっかりと月が浮かび、すぐ横にそびえる光のツインタワーの姿があった。

911a.jpg

( New York 夏模様シリーズ )

いきなり扇情的なタイトルで申し訳ないが、ヌードビーチ ( ヌーディストビーチ? ) に行って海水浴をしてきた。
いやもちろん New York はヌードビーチが合法的に許可されているのは知っていたし、Long Island にはいくつかあるのも知っていたが、これまで行ったことがなければ、見たことも無かった。なので僕にとっては初めての体験だ。

週末、ゆっくり起きてシャワーを浴びていると携帯がなった。近くに住む友人からで、のっけから 「 今日ビーチに行かないか? 」 という誘いだった。
うーん、今日はすることないしなぁ、と軽く OK すると、この友人が 「 ところで今日行くのはヌードビーチなんだけど・・・ 」

友達がこの夏ビーチに行っていたのは知っていたが、ヌードビーチに行っていたとは知らなかった!
僕が考えていたことを察してか 「 前回友達に連れて行って貰って初めてヌードビーチに行ったら面白かったんだ。 」 とのこと。
行っても良いけれど、必ずヌードにならなきゃいけない? と聞くと 「 9割は裸だけど、そうでない人もいるから大丈夫 」 と言われて何が大丈夫か分からないまま、ほとんど拉致状態でビーチに連れて行かれた。( それでも New York Watch のためにデジタルカメラを持っていくところがちゃっかりしているというか・・・。でも Pervert と思われてはイヤなので、さすがに大きな一眼レフを持ち込むのはまずいだろうと、久々に Panasonic DMC-LZ2 の出番である )

nudebeach2.jpg

僕らが向かったのは Long Island にある Robert Moses State Park。
僕も海水浴といえばこのビーチばかり来ていたものだ。昨年の夏は涼しい日が多く一度も来なかったので、2年ぶりになる。それも夏が終わる頃になってヌードビーチにやってくるとは (^_-)

この公園はいくつもの Field に分かれていて、それぞれに大きな駐車場、シャワー、トイレ、そして売店が用意されている。
今回友人がクルマを停めたのは、Field 5。ここにヌードビーチがあるのだという。

ビーチに出てくると、そこはいつも見るビーチの風景が広がっていて、2年前となんの代わりは無い。果たしてこんなところにヌードビーチなんかあるのだろうか、と友人のあとをついて歩く。
砂浜を東に向かって歩くこと5分ほど、こんな看板が現れた。

nudebeach1.jpg
※ 「 このビーチは慣例的に着衣が任意扱いとなっています。これより先はヌード海水浴客がいるかもしません。 」


そうこの看板を境にして向こう側はヌードビーチになると書かれているのだが、看板のすぐ手前には子供連れの家族がおり、そして隣には裸になったカップルがくつろいでいたりして、まさに線をひいたかのように普通のビーチとヌードビーチが分かれているのは興味深い。

ここに着くとすぐに友達も知り合いを見つけ、僕のことを紹介してくれるのだが、男性も女性も目の前に現れるのは素っ裸の人たちばかり。なんとも気まずい感じ。でもそう思っているのは僕だけの様で、裸でいる人の方が堂々としている。
見るとここに来ている人たちはもう長いことコミュニティを作っているかのようで、通りかかるたびに皆名前で呼び合っている。
友達のこの知り合いの女性はもう10年以上もの間、夏は毎週このピーチで過ごすのだとか。そのため中でもこの女性たちのグループは20人以上が固まって大きなコミュニティとなっていた。
ほとんどの人は僕より年輩の人たちで、こういっては失礼だがお腹もかなり出ている。でも容姿なんてことを気にせずみんな気持ちよく裸になっているのだ。


上の写真はあまり人のいない時間帯を見計らって撮ったのだが、それでも写真には何人か裸の人が見えるだろう。これは夕方6時くらいでかなり涼しくなってきた頃。そのためTシャツを着たりタオルを羽織っている人がかなりいたが、日中はまさに9割以上の人がヌードになっていた。

nudebeach4.jpg
※ 僕がカメラを持ってきているということで 「 写真を撮って! 」 というリクエストがいくつもあった。けれども僕自身はなんとなく恥ずかしかったので友人にカメラを渡し、撮って貰った(笑)。

よく考えてみると、日本は公衆浴場や温泉があって人前で裸になるのにそれほど違和感は無いはず。却って日本に来た外国人が温泉などではずかしい思いをしている、と聞いたことがあるがいったいヌードビーチでの反転ぶりはどうしたものだろうか。
大きな違いは温泉も公衆浴場も得てして夜に入ることが多く、ヌードビーチは真っ昼間炎天下、ということだ。
もちろんビーチはパブリックな場所なので、どこにもいやらしい雰囲気はなく、来ている人たちもマナーは守っている。なので単にあっけらかん、としているといえばそれまでなのだが、人前で裸になると言うことも一度慣れてしまうと欧米人の方が大胆なんではないかと思う。

nudebeach3.jpg

結局僕らは7時頃までビーチにいて、喧噪の街 NY 市に戻った。フリーウェイは僕らと同じく海水浴場からの帰り客で渋滞していたが、エアコンのきいた車内ではこの火照った体をいやすのに気持ちよく、苦にならなかった。夏の終わりの日差しというのも強すぎず、日焼けにはちょうど良かったのだろう。こうして僕のヌーディストビーチ初体験は無事終わった。
また行きたいか、と問われると「 行ってもいいけど、親しい友達を誘っていくのはやっぱり恥ずかしい 」 というのが正直なところか。




さて 「 想像したら気持ち悪くなった 」と言われてここを読みに来るのを止める人が出ても困るので、僕がヌードになったかどうかは、曖昧にしておくことにしよう (笑)。

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