海外に暮らしていても

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文章を書くのが苦手、と言いながらも何年もこうしてブログを続けていられるのは、本を読むのは楽しいからということに救われているからかも知れない。文章は書き上げるまでは大変だが、ひとたび書き上げてしまうと後は人が書いた文章の様に読むことで、誤字脱字を見つけられるだけでなく、「 こうした方が良い表現になるな 」 などと思いついて書き直すことが出来るからだ。( それでもタイポが多いのは? などと突っ込まないように )

ところが読書が好きだとはいっても、たくさんの本を読んでいたというのは昔の話で、最近はとんと書物から遠ざかってしまった。
それは、今アメリカに暮らしているせいで身近に日本語を取り扱う書店が無い、と言うことだけではないだろう。そもそも日本にいたときからインターネットへの依存が大きくなるにつれて、活字といえば書物から雑誌を指すように変わってきていたからだ。数少ない活字源といえば新聞もあったが、かれこれ10年近く新聞といえばInternet新聞の先駆けとなった、アサヒコムにお世話になりっぱなしだ。( モニタ上に映っている文字だが、果たして広義ではこれも活字とみなされるのだろうか? )

何もアメリカに住んでいるのだから、日本の書籍にばかり依存してないで英語のものも読めば良いのに、とも思うのだがたかだか受験用の英語くらいしか習ってこなかった身にとって英語の本を一冊読み上げるというのはかなりのパワーを要するのだ。なので長く New York 暮らしをしていても、情けないことに英語の活字といえば新聞か雑誌をめくるのが精一杯で、果たして年に一冊英文で本を読むか読まないかなのだ。

それから日本語の書籍を好んで読むもう一つの理由は、文学における日本語の表現の豊かさに惹かれていると言うこと。
英語のボキャブラリーも言い回しも満足に知らないでこう書くのはかなり乱暴だが、活字がビジュアルとして頭の中でリアルに再現するのは日本語の方が情緒的な表現が豊かであるからではないかと思う。

限られたセリフの中で訳文を表示させなくてはならない映画の字幕や吹き替えは、文字数の制限が比較的緩い海外文学の翻訳と異なる部分があるが、それでも日本の映画を英訳したものを見ると 「 かなり無理して訳しているなぁ 」 というのが多いのだ。
その一方で海外の映画を日本語に翻訳するとき、その翻訳のうまさに舌を巻くような名ぜりふに遭遇することがある。

とはいえ新刊は日本で販売される価格よりずっと高価なため、本を買ってまで読むという機会がなくなったわけだが、その一方でまとめて本が手にはいることもあった。それは New York の友達が数年の滞在の後、日本に帰るというときで、大量の本を残していってくれたりするからなのだ。友人が数年の間に読んだと思われる、束になった本を見ると、僕もまた読まないと・・・と半ば強迫観念ににも似た思いにとらわれるのだった。

たまたま残された書籍の束だったが、その中にとても良い本と出会うことが出来た。
それまで書物から感動や感銘を受けたり、感情に流されるほどのショックを受けたり、と大きな影響を与えるものに出会わなかったワケではない。それでもよく使われる慣用句 「 ( アート ) 作品との出会い 」 というものを経験したことがないからか、大袈裟な表現だと思っていた。けれども友達が残していってくれた多くの本から何気なく拾い上げた、須賀敦子著 「 トリエステの坂道 」 を読み初めてすぐに著者の世界感に引きずり込まれていく自分に気が付いた。

僕はこのときに初めて著者の須賀敦子という人を知ったのだが、かなり高名な方だから 「 そんなの知っているよ 」 と言われてしまいそうだが、恥を忍んで書き進めてみたい。
そもそも最初に手にした著書が 「 トリエステの坂道 」 という自叙伝的なエッセイだったから、僕は最初エッセイストかと思ったのだが、須賀敦子と言う人はエッセイだけでなく、もともとは書評をしたり、翻訳を手がけたり、文学作品を残したりといろいろな著書を残している人なのだった。今でもまだ全作品を読んだワケではないのだが、文壇にデビューしたのは61歳ということで世間一般で言うところの 「 遅咲き 」 の人と言えるだろうか。デビューが遅かったのにもかかわらず逝去したのは69歳というからわずか8年の間に書いた著書が残されているだけなのだ。

その 「 トリエステの坂道 」 の最初のページにこんなくだりがある。

『~詩人サバが生涯耐えなければならなかった重荷を私は思いだしていた。そのサバに惹かれて旅立とうと夜更けの飛行場にいる私は、まるで季節はずれの黒い小さな昆虫だった。』

果たして心細い自分の気持ちを表すのに、だれが自分のことを黒い昆虫に置き換えるだろうか。
昆虫、しかもそれが黒くて小さいともなると、一体だれが好むというのだろうか。世間一般の考えではどちらかというと忌み嫌われる存在といえるだろう。どんな場所であってもそこに属することはなく、存在は目立っているのだが、どうせ季節はずれの虫なので間違ってここに出てきてしまったのだろう、と人は気が付いてもいないように振る舞う存在だ。でも彼女は自分自身を虫に置き換えてその心情を短い言葉で吐露しているのを見て、何か自分の中で共感出来る表現となった。

それから書店で見かけるたびに何冊か集めて、ゆっくりとその表現を味わいながら読んでいるのだが、そんな読み方をしたのも初めてだった。割と本を読むのは速い方なので、あっという間に一冊、もう一冊・・と読み上げてしまうのだが、今回に限っては読み終わりたくないような、著者の世界観にに少しでもとどまっていたい、そんな気持ちになるのだった。
そしてどの本もページをめくるたびに、平面な白い紙に黒い字が引き詰められたその場所から見る見るうちに立体的な景色ができあがるかのような錯覚に陥る程、豊かで深い著者の言葉の選び方にぐいぐいと引き寄せらていく・・・


僕がこの著者の作品に惹かれるのはその言葉の操りに魅了されているからだけでなく、最初に読んだ 「 トリエステの坂道 」 に書かれた彼女の人生にすくなからず共感をおぼえたからに他ならない。上智大学の文学部教授を勤めた著者に対して 「 共感 」 という言葉は失礼かも知れないが、須賀敦子氏は海外に行くことが珍しかっただろう1953年当時、フランス・パリでの留学をきっかけとしてローマ、ミラノに留学、そして結婚と海外での生活がベースになっているのだった。
いまでこそ海外にいても日本のテレビ番組が毎日見られたり、インターネットで最新のニュースを読み、友人とは携帯電話どうしで話も出来るほど距離が縮まっているが、著者が住んでいた当時は手紙ぐらいしか日本と連絡する手段はなく、しかもそれとて今よりずっと時間がかかるだろうという時代だったから苦労はひとしおだっただろう。
そんな苦労を一言で簡単に片付けて 「 同じ境遇 」 などとは口が裂けても言えまいが、海外にいながら日本の美しさを知る、そして日本から海外の良さを知る、というその立場は多かれ少なかれ僕の気持ちに響いた。

故人となった著者の生前の姿をテレビで見た覚えはなく、物腰とか話し方など今となっては残された作品の文体から想像するしかないのだが、どの作品も丁寧に選び尽くされた、無駄のない表現で、淡々と物語は進み、それが却って大きな感動のうねりとなって読み手の心に訴えてくるのを見て、僕はとても芯のしっかりした、それでいてとても穏やかな女性だったのではないかと感じた。

海外にいて日本語と隔絶されたところに住んでいるような著者が、日本語に囲まれて暮らしている人以上に豊かな表現で気持ちを素直に表している、僕にとってはそんなショックがあったのだが、彼女の作品を読んだ人なら、僕が書くこのブログの文体もどこか須賀敦子氏の作風を意識していることに気が付くだろう。
決して真似をしたいのではないけれど、少しでも彼女のように気持ちや心象風景を言葉で表すことが出来たら、とキーボードを叩きながら少しだけ彼女を意識するのだった。そもそも真似できるほどの素質は僕には無いのだけれど。
こんな気持ち、実は写真を撮るときと似ているかも知れない。


日曜日、また Manhattan の古本屋に出かけて、つい"す"で始まる棚で著者の本を探してしまった。
そして店を出るときには数冊のハードカバーが、小さな袋に収まっているのだった。

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hiro様
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※私も本好きです。須賀敦子氏今度読んでみたいです。

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こんにちわ。
海外にいると、日本の活字が恋しくなりますよね。私は以前バンクーバーにいたのですが、日本の無料新聞など、目を皿のようにしてくまなく読んでいました。
日本の本も、NYほど出回っていなかったので、家族に頼んでテキトーに送ってもらったり、あと日本の友達の中でまわし読みしてたりしました。
Hiroさん、文章お上手ですよ!やはり本を読む方は文章が上手なんだなって思います。
須賀敦子さんの本は、読んだことがないんだけど、ちょっと探してみたくなりました。

あ、YamajunさんのところのHNは、Salsa ともこです(^-^;) サルサに丁度はまっていた時期に彼女と知り合ったので・・・
今回SFでもyamajunさんにお会いしたんですよ!すっかりいいママになっていて、以前のほんわかした感じは全然変わっていませんでした(*^_^*)

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Tomokoさん、
そうでしたか、やはりSalsaともこさんでしたね。なんどもお名前は拝見しておりました。今後ともよろしく。
>須賀敦子さんの本は、読んだことがないんだけど、ちょっと探してみたくなりました。
是非お勧めします。須賀さんの作品を読んだあと自分が書いた文章を読む手なんて稚拙なんだろう、って落ち込んでしまいます(苦笑)。
Yamajunさんにはもう何年も会っていないので再会してエネルギーを貰わないと!(^_-)

初めまして。。いろんなところから伝って来ました。。
海外に住むとほんとに日本語の本や雑誌に飢えますね、まだNYは、いいですね。。古本屋で変えたりするんですね。。
この須賀さんという方、知らなかったので是非読んでみたいですが、やはり住んでいるのが海外なので調達が難しいです。。
また、お邪魔しますね。。

Gabbynaさん、
はじめまして! ブラジルからようこそ!
>日本語の本や雑誌に飢えますね、まだNYは、いいですね。。古本屋で変えたりするんですね。。
これがなんのパーソナリティもない国で生まれ育ったんなら、どこでもやっていけるのでしょうけれど、考えれば考えるほど日本は成熟した文化を持っているなと思いました。それだけに流れるような文体や見た目も美しい料理など恋しくなるんでしょうね。
NYにブックオフが出来たのは数年前だったかと思います。それまでは古本屋は無かったんですが、数年NYに住んだ人が日本に帰るときに大量の書物を処分していたようなので、需要はあったんでしょうね。
ブラジルはどちらの都市にお住いなんですか? 今度そちらにもお邪魔させて頂きますね。

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このページは、hiroが2005年10月 6日 00:40に書いたブログ記事です。

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