2005年12月アーカイブ

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▲ CANON EOS 20D / 小さな窓から見える小さな空

毎日、少しずつ見たこと感じたことを書くつもりのブログだが、やはり年末はいろいろなことが同時進行のため、更新がおろそかになってしまった。
気が付けば今年ももうあと残り一日。
12月はゆっくり2005年を振り返るつもりだったが、結局そんなことは出来なくて、なんの準備も出来ていないのに、慌てて年を越そうとしている。
時間はどんな時も一秒一秒平等に過ぎていくはずなのに、その重みが違うのはどんな過ごし方をするかによってなのであろうか。
忙しい、忙しいと口にしている人ほど時間の使い方が下手だ、というのは僕の持論でもちろん僕もそれに当てはまる。自分の誕生日にちなんで書いたブログのエントリーだったか、忙しいからこそ立ち止まる勇気を持とう、などと言ったものの現実には楽な方に自分を流してしまいがちで、勇気より遊ぶほうに忙しかったかも知れない。

その一秒一秒が積み重なって、来年はとうとうアメリカ生活 ( イコール New York 生活だが ) 10年目に突入である。
地球上のどこに住んでいようとも、時間は等しく進む。New York だからといって特別なわけではないけれど果たして長いことここに住んで自分の人生をどう変えたのか、またどう変えて行きたいのか、今ひとつ New York での生活を respect していないことに気が付いた。
果たして2006年は自分をどう develop していくか、考える必要がありそうだ。


写真に関しては二歩進んで三歩下がるようなこともあったけれど、後ろを振り返るだけでなく人と違う方向に、違う速度で歩むのもこれもまたいいのではないかと、かなり Optimistic な一年だった気がする。
おかげで満足の行く時間を過ごせたし、いろいろなプロジェクトにも参加できた。この場を借りて、その機会を与えてくれた方々へ御礼申し上げます。


年末年始は友人と過ごすことも多く、実名が多く出てくるためこのあたりのことに関してはミクシィの日記で紹介することにします ( 誠に勝手ながら友人限定とさせていただいています )。

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▲ CANON EOS 20D / 不思議とSpritualな空気を感じた一瞬

それでは皆さん、良いお年を。
ヒロユキ @ nomeri.com

らしくない日

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24日、25日の両日は友達がうちに集まってちょっとした Christmas Gathering を楽しんだのだが、それはたいてい夜のことで、日中は意外にも時間を持て余していたので街を散策がてらカメラを持って出かけてみた。

特にクリスマスイブである24日は12月にしては暖かく、上着を脇に抱えて歩いている人も少なくない。
そんな様子から受ける印象だろうか、街の様相もなんとなく12月の New York らしくない。
天の邪鬼な僕はすぐに、それなら一層のことそんな 「 らしくない 」 散策に切り替えてみようか、などと思いつく。


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クリスマスイブに Manhattan に繰り出したもう一つの理由は、↓ を見るためだった。

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International Center of Photoraphy ( 通称 ICP ) には年に何度か訪れているのだが、それはたいてい特別写真展を見に行くためである。
たまたま数日前の夜に近くを通りかかったときに撮ったのが上の写真だが、どうやらキューバの革命戦士、Che Guevara の特別展が行われるようだ。
Che は生粋のキューバ人ではなくて、もともとアルゼンチンの医師だったが、ゲリラ戦士としてキューバ革命に多大な影響を与えた人として今でもシンボルとしてそのイメージがよく使われている。

最も有名な彼の写真は Alberto Korda という写真家が撮ったものだが、その後この写真はポップカルチャーの中心として Andy Warhol が制作した作品にまで使われるようになり、その後もTシャツになったり、映画の広告で使われたり、プロパガンダでも使用されてきた。
実は展示場に足を運ぶまで 「 Che Guevara に関する写真展 」 だとてっきり思いこみ、短いチェの生涯の写真が展示されているのかと思ったが、そうではなくて先の Alberto Korda が撮った写真をもとに写真がいろいろなアートに使用されていくその流れを展示しているのだった。

なので会場に入ってすぐにちょっとした違和感を感じたが、これも 「 らしくない 」 写真展なのかもしれない。
そう思うと、クリスマスイブにキューバの革命戦士の写真展を見に来ているという何とも日常からかけはなれた離脱感が不思議と自分を自由にしてくれているような気がして、そんな時間を過ごすのもまんざら悪くないと思えてくる。

キューバの革命についてはほとんど何も知らなかったのだが、こうして写真の横に添えられた短い説明文を読みながら、キューバの歴史の一瞬を写真から受け止められるのだから、写真やアートというのは偉大である。


写真展でクリスマスイブらしくない少しばかりの時間を過ごしたあと、外に出てみるとやはり冬らしからぬ暖かい日差しが待っていた。

クリスマスイブに訪ねた写真展

『CHE! REVOLUTION AND COMMERCE 』
http://www.icp.org/site/c.dnJGKJNsFqG/b.1288073/k.B3BA/Che.htm

Happy Holidays!

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▲ Canon EOS 20D / 最後のクリスマスショッピングでにぎわうMacy'sデパート。

ストが無事終わって、残りのクリスマスショッピングを慌てて終わらせたという New Yorker も多かったのではないだろうか。僕もいつもギリギリまで行動に起こさないので、クリスマスイブになんとか買い物が終わったという口出ある。
幸いクリスマス直前のこの週末は気温も上昇し、青空が広がる最高に気持ちの良い冬の一日となった。


クリスマスの時期はどこもかしこも鮮やかなイルミネーションで輝き、人出も増えて街は大にぎわいになる。そんなにぎわいは何となく気持ちにも伝染して華やかな気分になるのだが、その一方で憂鬱な事も。
憂鬱というその部分はクリスマスプレゼント選びである。

贈る相手の好みなんかなかなか分からないものだし、これに予算や過去の贈り物を除外したりしていくと個々に考えるのが面倒になる。
なので僕は 「 貰っても困らないもの 」 というちょっと緩い気持ちに切り替えて贈り物を探すようにしている。
僕の場合は家族・親族がアメリカに住んでいないので、友人のみが対象だが、家族が多い人にはつい同情してしまう。

困ったといえば、予期せぬ人からのクリスマスプレゼントを貰うときほど、気まずい瞬間は無い。
大きな箱に、金とか銀色の派手なラッピングペーパーで包装された贈り物は、それはそれはたいそう高価そうなプレゼントに見える。
しかもプレゼントを貰った者のしきたりとして、目の前でその包み紙を派手に破り中味を取り出し、嬉しそうな表情を示すというプロトコルがあるのだから、余計にばつが悪い。
ひとしきり 「 ありがとう 」 を言った後、「 僕からのプレゼントなんだけど、今日はクリスマス前だから持ってこなかったんだ 」 とかなんとか言いつくろって、分かれたその足でプレゼントを買いに走ったりするものである。
きっと相手にも僕が用意してなかったことが表情から伝わってしまっているんではないかと思うが、一体他の人たちはどうやって対処しているのだろう。無難なクリスマスプレゼントをいくつか買っておいて、臨機応変に対応するのだろうか? ( とりあえず僕はそうしている ( 笑 ) )

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▲ Canon EOS 20D / 5番街で軽やかにスチールドラムがクリスマスソングを奏でていた。気持ちはまるで南国で迎えるクリスマス。

さて New York もいよいよクリスマス。なんだかんだと上に書いたけれど、友達とクリスマスプレゼントを交換するのはなかなか楽しいモノ。商業的だ、などと批判的な立場なのだけれど聖夜はやっぱり笑い声がよく似合う。


New York Watch からも皆さんに、" Merry Christmas & Happy Holidays! "

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世間を騒がせていた、New York 市の地下鉄・バスストライキだが、木曜日に一旦収束となった。
収束のニュースそのものは午後のニュースで流れていたものの、夕方帰宅しても地下鉄が走っている気配はなく、ようやく回送電車が走り始めたのが夜10時過ぎ。
スト収束後、初めての乗客を乗せた車両が走り始めたのはもう日付が変わるころだった。
なんでもスト収束から通常運行に戻るまで、10時間を要するのだとか。車庫に全て入ってしまった地下鉄車両を出しながら24時間オペレーションをするのは、予想以上に大変なのかもしれない。

ちなみに一つ前の「NYCスト始まる」エントリーで書いたように「ストは木曜日までに収束する」という予想がまさにその日である木曜日に収束したのはちょっと驚きである。予想というのは正しくなくて実際には A little bird told me、と言うことになるのだが、その件に関しては裏日記としてミクシィで書いている ( ミクシィの日記は友人限定公開とし、New York Watch の裏ブログとさせていただきます )。

さて3日間に及ぶストだったが、一日だけクルマで Manhattan を通り抜けた。
ストの間、クルマで通勤・通学する人が増えることが想定されたため、市では 「 朝5時から午前11時までは、4人以上の乗員するクルマだけ通行を許可する 」 という厳しい通行制限を実施した。
東京と並ぶ大都市 Manhattan だが、Manhattan 島は山手線の内側ぐらいと言われるほどの大きさでそれほど大きい場所ではない。しかも島であるために New York 市の他の区からはトンネルか鉄橋を渡ってはいるしか方法がないために、こういった流入制限措置は取りやすいのだ。

またタクシーは乗り合いとなることを定め、またその場合の課金方法なども細かく設定していた。実際のところ、ニュースで見る限りは白タクが法外な値段をふっかけるケースもあったようだが、スト二日目ともなるとそんなケースも減り、おしなべて Queens や Brooklyn からは$15ぐらいかかったようだ。
ということでその時間はもちろん、それ以外の時間も道は混んでいるだろうと行きたくはなかったのだが、友人からのヘルプとあっては行かないわけには行かない。正直なところ自分の目で見てみたいという野次馬的な気持ちから迎えにいったというのが正しいのだが。

橋を渡る手前にはもちろん検問所があったが、僕が通行したのは夜の10時過ぎということで検問はおこなわれていなかった。Manhattan へはあっけなく入れたものの、大変だったのは Manhattan 内の交通である。
もちろん家族や知人の出迎えの車が多いのに加えて、タクシーや観光会社のバスなどが普段より多く走っている。それにさらに輪をかけて渋滞がひどくなっているのは、通行人に数が多いからである。
この時期ともなるとよほどのアスリートでない限り自転車に乗ったり、ローラーブレードに乗っている人はいないのだが、ストとあって自転車やローラープレードで通勤・通学している人が多いのだ。そのためアヴェニューはのろのろ運転となっている。加えてあちこちで接触事故を起こしている。どうやら普段運転をしない人たちが軒並み出てきたので、慣れない場所でぶつけてしまったのだろう。


そして金曜日の今日は朝から規則正しい地下鉄の走行音で目が覚めた。どうやら地下鉄 N ラインはもう普段のラッシュを迎えているようだ。
僕の会社もクリスマス休暇で4連休にはいった。連休初日の今日は遅れてしまったクリスマスショッピングに追いつくため買い物三昧の一日となった。3日間のストの狂騒が終わったと思ったら、今度はクリスマスの狂騒がやってきたのだった。

NYCスト始まる

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▲ひとけの無い地下鉄駅ホーム。

先週交渉の期限切れの後、火曜日の今日まで期限を伸ばして話し合っていた、NY 交通公社 ( MTA ) と労働組合 ( TWU ) だが結局両者の隔たりは埋まることなく、火曜日早朝からストに入った。
僕は地下鉄の駅が見えるくらい近くに住んでいるので、毎朝5分おきにやってくる地下鉄の音が今朝は聞こえず、却ってその異常な雰囲気で早起きしてしまったほど ( 笑 )。

クリスマス商戦まっただ中のストライキとあって、街は混乱の極みで、ニュース番組の街頭インタビューでも 「 組合には同情するけど、何もこんな時期にやらなくても 」 と答えている市民がいた。
が "こんな時期" だからこそストライキのインパクトが大きくて効果的なのである。


それにしても MTA の社員はストライキをする権利が無いというのは実は初耳だった。ニュースによると州政府職員に準じるそうで、てっきりプライベートカンパニーだと思っていたのでその点はとても驚いた。
New York では教職員でもストライキに入ることがあるので、交通機関とはいえストライキは立派な権利だと思っていたのだ。

なので Pataki 州知事も Bloomberg NY 市長も 「 ストライキは違法である 」 と組合員に再三警告を伝えていたが、仲介の立場を取らずに脅しをかけるだけでは解決に繋がらないだろうと思っていたので、まさにその通りとなった。しかも MTA が New York の地下鉄とバスを牛耳る独立企業にしてしまったのは市長や州知事の責任でもある。東京のように私鉄が入り交じる交通網を整備してこなかったツケでもあるのだ。


僕はクルマで通勤しているので、直接ストの影響は無いはず・・・なのだが地下鉄が使えないとあって道は大混雑となった。
市長は 「 朝5時から11時までは、Manhattan に入るクルマは4人以上同乗していないかぎり、通行を認めない 」 という緊急措置を取ったが、それだけクルマで通勤・通学しようとする人が増えたのだ。
僕が住んでいる Queens も今朝はまるで Manhattan の中を運転しているかのようにクルマが数珠繋ぎとなった。

さて僕はまだクリスマスショッピングを完了していないのだが、地下鉄ストはいつ終わるのだろうか・・・。
もしかしたらクリスマスまでにプレゼントは渡せないかも知れません。 > 友人
( 木曜日までに収束する、という話をちらっと耳にしたのだが、さて信頼出来るソースかどうかはちょっと怪しいところ )

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アメリカで売られているコーラは日本で売られているより数多くのフレーバーがあって、店にいってもその全種類を扱っているところが無いほどである。思いつくだけでも、Cola Classic、Diet Coke、Vanilla Coke、Diet Vanilla Coke、Cherry Coke、Diet Cherry Coke、Coke Lemon、Coke with Lime、Diet Coke Lime、Diet Coke Splenda、Coke ZERO・・・ふぅ、まだあるかな。


毎日欠かさずコーラを飲むアメリカ人の知り合いに比べると、ほとんど飲まないに等しいのだが、その中でも飲むとすれば僕は最近 「 Coca-Cola with Lime 」 を手にする。これに Ram 酒を入れれば、他に Lime を用意しなくてもキューバリブレが飲めてしまうのでラクなのだ。
さらに Diet Coke の極めつけ、Diet Coke Splenda が出たのは記憶に新しいのだが、どうやらコーラ界の横綱、Coca-Cola 社が新製品を追加するらしい。



NEW YORK (Reuters) - Coca-Cola Co. (NYSE:KO - news), the world's No. 1 soft drink company, on Wednesday said it will launch a coffee-infused soft drink called Coca-Cola Blak in various markets around the world in 2006.


なんでも Coca-Cola の新商品は「Coke Oola Blak」といってコーヒー味のコーラなんだとか。Coca-Cola 社が新製品の発表したかと思えば、Pepsiは「カプチーノ風味ペプシコーク」を発売予定だとか。
このところずっとダイエット路線を走ってきたコーラ戦争だが、来年の目玉はコーヒー味らしい。 さては Starbucks Coffee の躍進を見て、Cola もコーヒーに歩み寄ることにしたとか、そんなところだろう。
普通に考えればあまり美味しい組み合わせとは言い難い。
新製品を待たずとも自宅でアイスコーヒーとコーラを混ぜれば試せそうなので、販売前に作ってみようか ( 笑 )


コーヒー味が 「 旨く 」 いったなら、次はきっと世の中のブームになっている Green Tea 風味に違いない。
Coka-Cola 社と Pepsi 社の秘密地下研究所では今ごろきっと Green Tea 風味のコーラの試飲をしている研究者がいるはずだ。

コーラの最新製品

http://news.yahoo.com/s/nm/20051207/bs_nm/food_cokeblak_dc

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▲ CANON EOS 20D Lensbaby 2.0

ここ一週間ほどテレビをにぎわしているのが 「 New York 都市交通公社がストに突入するかどうか 」 という話題だ。
なんでも25年ぶり、ということなので前に行われたのは1980年というから、僕が初めて New York に来た年より前のことだ。

New York の交通機関といえば、地下鉄にバス、それに有名なイエローキャブことタクシーである。実際に地下鉄以外にも列車で通勤する人もいるのでこれらが NY 市を動かす動脈といってもいいだろう。

実はこれら交通機関のうち、地下鉄、バス、それに列車は MTA ( 直訳すると都市交通公社? ) によって全て運営されているサービスなのだ。
New York と東京を比較すると、交通機関は JR や営団地下鉄 ( 今は違う呼び方らしいけれど )、それに私鉄が乗り入れているから鉄道だけでも選択肢があるし、各社による競争もある。
けれども New York ほどの大都市でありながら、交通機関は MTA 一社で運営されているので、今回のようにストに突入するとなると、都市機能がほとんど麻痺する。
それだけでなく競争原理も働かないから、サービスも良くないしファシリティも見るべきところがない。運賃の値上げも思いのままで、僕からすれば 「 分割すべきじゃないの? 」 と思うのだが、実際にはその逆で郊外を走るバス会社が MTA に組み込まれたりとますます大きくなっている。


ちなみにストに突入するとなると、職場や学校に行くことができなくなるのだが、それでもクリスマス商戦ということでほとんどのストアは予定通り開店せざるを得ないだろうし、学校も多少遅れて開校することを決めているようだ。
とはいえ地下鉄とバスが動かないとなるとマイカーやタクシーで通勤・通学する人が増えると予想されており、その場合 Manhattan の道路は渋滞によって完全に麻痺してしまうだろう。
そこで市長は 「 Queens、The Bronx、Brooklyn などからクルマで Manhattan に入る場合は、4人以上の乗客が乗っていない場合は Manhattan に入る橋とトンネルを利用させないこととする 」 とアナウンスしている。
またクルマだらけになって緊急車両などが通行できなくなる恐れがあるからと、5th Avenue などは一般車両の通行が禁止され、警察や消防など緊急車両専用道路となることが発表された。目抜き通りだけにここに搬入のトラックも近づけないとなるとストアの方も商売上がったりかも知れない。

幸い僕はクルマで、Manhattan と反対方向に向かって通勤するのでひどい渋滞に巻き込まれることはなさそうだが、市が 「 Manhattan にクルマで通勤する人は郊外で待ち合わせをして、一台の車に分乗してから来るように 」 と支持しており、Queens の場合それが Met's の本拠地 Shea stadium とされているので、この近くを通るときだけは渋滞に巻き込まれるのを避けて通れないだろう。

ということで間もなく零時を迎えるが、うちから地下鉄駅が見えるのでスト突入とともに地下鉄が来なくなるかもう少し起きて様子をみることにしよう。

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▲ CANON EOS 20D Lensbaby 2.0 : 服装を見て貰えば一目瞭然だが、これは夏に撮ったものである

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ブログで取り上げる話題のワースト10の1つに必ず入りそうなのが天気・天候なんじゃないだろうか。
「 今日は雨だった 」 だとか 「 暑かった 」 だの書いたところで読む人にとっては関係ない話で、第一実感できないからだ。
といいつつも今回、天気の話を持ち出してしまうのは年齢のせいもあるのだろうか?
( 僕のイメージでは高齢の人ほど天気の会話時間が長かったり、その機会が多いのだ )

とにかく今日は寒かった。寒かったというより痛かった、と言った方が正しいか。
毎朝天気予報を見てから着ていくコートを選んだりするのだが ( 寒いときは丈が長めのレザージャケットとか、割と暖かい時はファブリックで出来た軽いジャケットを着るとか )、起きてすぐにつけたテレビの片隅に表示されていたのは15という華氏気温だった。摂氏にすると-9.5℃ぐらいだろうか。しかも体感温度 ( feels like ) は-16℃とか言っている。
川に囲まれている Manhattan では冷たい風が吹きすさぶため、僕はこの体感温度のほうが実気温に近いと思う。
とはいえ-9.5℃でも充分に寒い。これって日本のどこの気温に似ているのだろうと、これを書きながら調べてみると北海道あたり、特に札幌や帯広といった都市と似た感じだ。

そんなことをぼんやり考えながら日本の天気予報を見ていて気が付いたことがある。各地の天気といえば晴れとか曇りのマークが一番目立つように表示され、気温を表示するページにたどりつくのに画面内を探してやっと見つけた、という事実で、それはつまりそれだけ気温の取り扱いがとても地味なんだ、と言うことである。
そういえば天気予報といえばずっと日本のそのスタイルが当たり前だと思っていたのに、New York では空模様と同じかそれ以上に気温が大きく表示されるので、ついそのスタイルに慣れてしまったのだ。

これだけ低い温度だともうその情報だけが重要で、晴れだとか曇りといった事は関係なくなってしまう。なんたって外出する機会をなるべく減らすような温度だし、外を歩く時間を短くしようとするほどなので、晴れてようが曇っていようがあまり関係ないのだ。気になるとすれば雪になるかどうかだけだろう。


こんな日は暖かい部屋にいてぬくぬくしてたいなぁと思いつつも、しぶしぶたくさんの服を着込んで、それこそ雪だるまのようになって家の扉を開けるのだった。

外にでるとそこに見えない氷の膜があるかのような、冷たい空気が僕を待っていた。その冷たい空気の向こう側に入った途端、あまりの冷え込みに僕は呼吸が出来なくなった。
今年も寒波がやってきたのだ。

一晩にして世界中で有名になる、なんてことインターネットが無かった時代はあり得なかった。
しかもフツーの写真好きの人が。

つい最近、ニュースサイトや「ちょっと変わった物」好きな人たちのブログで、とある個人のブログがよく取り上げられている。今日はそこからの転載である。

ところで、こんな風に自分のブログで他人のエントリーを紹介してラクするようなときに、「 他人のふんどしで相撲を取る 」 と言ったり、人づてに聞いた面白い話を伝えるときに 「 誰々の受け売りなんだけど 」 と前置きするが、これだけブログが一般的になると、立場が逆転してこういう状況の時のことを 「 他人のブログを引用するように 」 という例えが使われたりして。

話が脱線してしまったが、紹介するのは 「 プリングルスポテトチップの缶で、マクロレンズをつくっちゃった 」 という人のブログである。証拠写真が ↓ だ。

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詳しい話は制作者のブログ を参照してもらうとして、専用レンズは高価だから・・・と缶型ポテトチップの代名詞ともなっているプリングルスの胴体を使って、安価にマクロレンズを DIY した様子が丁寧に紹介されている。

どうやら制作者は英国在住のようだ。というのも出だしに 「 1ポンドほどしかない価値の道具に、汗と涙 ( それと僕みたいに不器用な人は血も! ) だけで、驚くほど立派なマクロレンズが作れてしまう 」 と書いている。

必要な道具は、カメラに着いてきた 「 カメラボディーカバー 」 ( レンズをマウントしないときにかぶせておくあのキャップ ) と 「 レンズキャップ 」、それにもちろん 「 プリングルスの空き缶 」 ということになる。
このプリングルスの空き缶、というのがポテトチップス代の1ポンドということになるのだろう。
これで本当にマクロレンズが作れるか? レンズ部分は? と思いながら読み進めると、実際には CANON の EF 50mm F1.8MkII というちゃんとしたレンズをメインに使うこととなっている。確かにこのレンズ、とても安いのだがこれを持っていない人にとっては1ポンド以上の出費を覚悟しなくてはならない ( 笑 )。

それにしてもこのレンズが実用的かどうかは別にして、こういう自由な ( くだらない? ) 発想は、個人的に大好きである。世界で1つだけのレンズを持つというのと、それがプリングルスの缶で出来ていることの面白さが、つい人に自慢したくなってしまいそうだ。ヘンな目で見られることに快感を感じてしまう人向けかな!?

ということで興味のある方はオリジナルページへどうぞ。サンプル写真も見られるようになっている。

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“Where are you from?"

そういえばこんなタイトルのブログを書いたっけ、などと思いながらブログのカレンダーを辿っていくと、あったあった。このサイトの訪問者のプロファイルを紹介したときだ。


この言葉、New York では普段から挨拶の様に使われる。文字通り 「 どこから来たの? 」 ということになるのだが、それだけ街を歩いている人の人種、出身国は様々で試しに尋ねてみると自分の予想の範囲を越えた答えが返ってきてびっくりすることだろう。

こんな事を書いていて、5年ほど前 Harlem にある soul food レストランでの会話を思い出した。
Harlem といえば言わずと知れた独自の文化を持った歴史のあるエリアである。黒人文化、そしてメキシコやプエルトリコ、ドミニカ共和国出身の彼らが多く住む街は、貧困と犯罪が背中合わせではあったがそこから豊かな文化がたくさん生まれた。アメリカ南部の人たちが食する soul food もそんなわけでここ Harlem ではそれほど珍しくなかったのだろう。
今でこそ、大手のデベロッパーがこの場所に目を付け、大型ホテルや大学の建設ラッシュが続いているがちょっと前までは僕らが歩くにはちょっとおっかないところだったのだ。
そんな Harlem にある soul food レストランに友達と連れ立っていったある日、店員から日本語で挨拶された。
こんなところで日本語も珍しいな、と思って話を聞くと、そのウェイター氏はなんとブルネイ出身とのことで、日本にも一時住んでいたことがあるのだとか。ブルネイが同じアジアの同胞とは知っていても、今までその国出身の人にあったことが無かったので、つい根ほり葉ほり国の事を尋ねてしまったのを覚えている。

僕が勤めている会社もたぶんに漏れずいろいろな国出身の人がいるが、近くで接していると些細な違いに気が付く。
クルマで通勤するときに、近くに住む友人と一緒に行くことが多かったのだが ( これを car pool と呼ぶ )、そのときの仲間は様々だった。ウクライナ出身ロシア人、イタリア系アメリカ人、スペイン系アメリカ人の友達と一年ほど car pool したこともあったし、最近ではルーマニア出身やプエルトリカンとも car pool するのだが、得てして肌の色が白い人々 ( などとまどろっこしい言い方をせずに Caucasion といえばいいのだが ) は僕らがさほどの明るさと思わなくても、「 まぶしい、前が見えない 」 とよく言う。
僕の数少ないサンプル母体ではなんの証明にはなりはしないが、どうも目の色がブルーやグリーンなど透き通った瞳の人たちはなおさらそんな傾向があるように思える ( 笑 )。

もしかすると我らアジア人ら瞳が黒色系、ブラウン色系の人種は明るさに強い分、夕闇に弱いのだろうか、という考えも一瞬脳裏をよぎったが残念ながらこれを実感する現場にはまだ遭遇していない。

でもこのことをちょっとつきつめて考えてみると、なんだか面白い ( 実はこういうくだらない空想が好きなのだ )。

まぶしいと思う光量の違いがあるのなら、当然光の反射による色の見え方も考え方も人によって違うのではないか、ということだ。とすれば人によって美と映るものの見え方もよって違いがあるのかもしれない。
アート作品を例に取れば、「 この構図よりこっちのほうが良い 」 と思うのは、その人が見ている色と作者とは、見え方が違うので当たり前、ということもあり得るんじゃなかろうか。
同じものを食べてもうまいとかまずいといった味の感じ方は様々なように、同じものを見ても実は人によって見え方に違いがある、という考え方はいささか飛躍しすぎた発想だろうか。
偏ったものの見方をするときによく使われる例えに 「 色眼鏡で見る 」 という言葉があるが、実はそもそも僕らの目はそんな色眼鏡が着いていて、しかも考えた方までそんな偏った見方をしてはいなかったか。
そして色眼鏡をはずしたら、モノの本質が見えるのだろうか。


・・・・などというくだらないことを考えていたのは、夕闇が迫る Manhattan の街角で、目を細めながら街の灯火を見ていてのことだった。

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