初めての海外渡航地が New York だった、という話は紹介したことがあるがそれからさほど時間をおかずに訪れたのが SF・LA だった。
アメリカン航空が成田と Sun Jose を結ぶフライトをスタートさせ、この路線に MD-11 を投入することとなった。
その後 MD-11 は生産中止になり、わずか10年で幕を閉じることとなったが、当時は MD-11 に対する期待も大きかった。
アメリカン航空も MD-11 を Sun Jose との新しい路線に就航させるとあって、ちょっとしたプロモーションがあった。このとき航空機・関連雑誌社に勤めていたとある人のはからいで、就航記念フライトに搭乗することができた。もちろん就航第一便ではなかったが、確か本格就航の前のフライトで、乗客のほとんどが招待客だったようだ。
僕がアメリカに移住してから10年近くが経ち、その間ほとんどやりとりすることもなくなってしまったが、僕をアメリカ西海岸に連れて行ってくれたその人とは叔母のご主人だった。( 血のつながりはないものの ) 僕にとっては叔父には変わりないのだが、いつも 「 T さん、T さん 」 と名字で呼んで慕っていた。
いまだかつて自分の家族とは海外旅行に行ったこともないのだが、このとき叔母一家にくっついてうちの家族から僕だけが西海岸の地を踏んだのだった。
僕は割と旅行に行ったときの思い出をそれほど多く覚えていないのだが、不思議とこのときの旅行はよく覚えていて、レストランやホテル、それにみんなで訪れた場所、空港での会話など、細かいところまで鮮明に覚えている。
なので2005年に、本当に久しぶりの LA を再び訪れたときに昔住んでいたかのようなとても懐かしい気持ちになったのだった。
数日前、母から電子メールが届き、その T さんが危篤だと短い文章が書かれていた。
叔母のはからいで海外に住む僕には伝えないようにしていた、と後から聞いたのだが、どうやら昨年から闘病生活が続いていたようだ。
そして母からのメールから二日もおかず、T さんは亡くなった。
僕らの歳になると家族・親族と集まるのは慶弔の時ぐらいになってしまう。
ひところは慶事が続いたが、悲しいかなその後は葬式が久々に親族の顔を見る場となってしまう。特に海外に住んでいるとかけつけるのも難しく送り出しの挨拶にも間に合わない。
自分で選んだ生き方とはいえ、ときどきそこまでして一人で海外に住む意味があるのだろうか、という思いが頭をよぎり憂鬱になってしまう。

今度日本に帰ったら、SF や LA でのみんなの楽しい顔を思い出しながらそのときのお礼を伝えようと思う。
ここを見に来てくれるほとんどの人にとっては関係無い話で恐縮です。
でも僕なりに、ありがとうの意を込めた記録を残したくてブログにしたためました。














