2006年1月アーカイブ

初めての海外渡航地が New York だった、という話は紹介したことがあるがそれからさほど時間をおかずに訪れたのが SF・LA だった。

アメリカン航空が成田と Sun Jose を結ぶフライトをスタートさせ、この路線に MD-11 を投入することとなった。
その後 MD-11 は生産中止になり、わずか10年で幕を閉じることとなったが、当時は MD-11 に対する期待も大きかった。
アメリカン航空も MD-11 を Sun Jose との新しい路線に就航させるとあって、ちょっとしたプロモーションがあった。このとき航空機・関連雑誌社に勤めていたとある人のはからいで、就航記念フライトに搭乗することができた。もちろん就航第一便ではなかったが、確か本格就航の前のフライトで、乗客のほとんどが招待客だったようだ。

僕がアメリカに移住してから10年近くが経ち、その間ほとんどやりとりすることもなくなってしまったが、僕をアメリカ西海岸に連れて行ってくれたその人とは叔母のご主人だった。( 血のつながりはないものの ) 僕にとっては叔父には変わりないのだが、いつも 「 T さん、T さん 」 と名字で呼んで慕っていた。
いまだかつて自分の家族とは海外旅行に行ったこともないのだが、このとき叔母一家にくっついてうちの家族から僕だけが西海岸の地を踏んだのだった。

僕は割と旅行に行ったときの思い出をそれほど多く覚えていないのだが、不思議とこのときの旅行はよく覚えていて、レストランやホテル、それにみんなで訪れた場所、空港での会話など、細かいところまで鮮明に覚えている。
なので2005年に、本当に久しぶりの LA を再び訪れたときに昔住んでいたかのようなとても懐かしい気持ちになったのだった。


数日前、母から電子メールが届き、その T さんが危篤だと短い文章が書かれていた。
叔母のはからいで海外に住む僕には伝えないようにしていた、と後から聞いたのだが、どうやら昨年から闘病生活が続いていたようだ。
そして母からのメールから二日もおかず、T さんは亡くなった。

僕らの歳になると家族・親族と集まるのは慶弔の時ぐらいになってしまう。
ひところは慶事が続いたが、悲しいかなその後は葬式が久々に親族の顔を見る場となってしまう。特に海外に住んでいるとかけつけるのも難しく送り出しの挨拶にも間に合わない。
自分で選んだ生き方とはいえ、ときどきそこまでして一人で海外に住む意味があるのだろうか、という思いが頭をよぎり憂鬱になってしまう。

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今度日本に帰ったら、SF や LA でのみんなの楽しい顔を思い出しながらそのときのお礼を伝えようと思う。


ここを見に来てくれるほとんどの人にとっては関係無い話で恐縮です。
でも僕なりに、ありがとうの意を込めた記録を残したくてブログにしたためました。

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数年前にアメリカで一足先に公開され、すでに DVD も発売されているフランス製アニメーション映画、「 The Triplets of Belleville 」 というのがあるが、きっと知っている人も多いだろう。

僕がこの映画を知ったのは一年か二年前に友達の家でこの DVD を見たからなのだが、フランス語のままアメリカでも吹き替えされることになくそのまま公開された。正確にいうと会話は多少あるのだが、全くといっていいほど会話がわからなくてもその描写のために何を話しているのかが頭の中で想像できてしまう、ある意味すごい映画だ。
そのアニメーションは昔のディズニー風でなければ、日本風でもなく、また最近の CG アニメとはある意味正反対のスタイルだといってもいいかもしれない。デフォルメして描かれた絵のせいでそれはノスタルジックにすら見える。
宮崎アニメとは違った意味でこちらも子供も大人も楽しめるアニメとなっているのだが、その中で特に登場人物の性格がいきいきと伝わってくることが僕が一番この映画の気に入っているところだ。
登場人物?の一匹として犬が登場するのだが、冒頭でこの犬の習癖についてかなりの時間が描写される。そのせいですっかりこの犬のことを全編通して愛らしく感じてしまうのはまさにマジックである。
さてその犬の習癖なのだが、主人公一家 - といっても少年とおばあさん、そしてこの犬だけなのだが - が住んでいる小さな一軒家は鉄道のすぐ横に建てられており、一日何度か列車が通過するたびに犬はそのでかい図体を引きずって鉄道を間近に見ることができる2階に登るのだ。そして列車が轟音をたてて通り過ぎる間、犬も一緒に遠吠えを繰り返す。
うちにも犬がいたが、やはり音楽をならしながら町にやってくる移動販売の軽トラックと一緒に遠吠えをしていたものだ。


さて舞台を New York の、それも現代に移すと実は僕のところでも 「 The Triplets of Belleville 」 さながらの風景が見られるのだ。
とはいってもうちに犬がいるわけではなくて、目の前の地下鉄が通るたびに高架下の車のアラームが誤動作をしてウーウーピーピーガーガーとこれまた遠吠えをするのだ。
本来誰かが車を揺らしたとか、窓ガラスを割ったとか、トランクを開けた、というような時にアラームが動作するものなのだが、おそらく高架を走る地下鉄のせいでその下の道が揺れているのか、これまた地下鉄が発生させる騒音があまりにも大きいため一定の音量で動作してしまうのか謎であるが、地下鉄が通り過ぎるたびに何台かの車のアラームが鳴り響く。
映画と違うのはこちらは New York の地下鉄なので朝から晩まで、24時間走り続けており、しかもラッシュアワーは数分おきにやってくるのでこの車の遠吠えの回数は遙かに多いのだ。

幸いなことに僕の部屋からは地下鉄の騒音は聞こえてもこのアラームは建物が間にあるせいでそれほど気にならない。
加えてアラームは数分鳴ると止まるので角を立てるほどのことでもないのだ。

ちなみに数分でアラームが止まるようになったのは最近のことで、僕が初めて New York の土を踏んだ20年ほど前は、街の騒音に圧倒されたものだ。
東京から来た僕が、警察、救急車のサイレン、そして道に止められた車から止まることなく鳴り続けるアラームに驚いたのだから、昔は如何に New York という街がうるさかったかわかるというものだ。
New York での街の騒音が抑えられるようになったのは現市長ブルームバーグによるところが大きい。かなり厳しい騒音条例のため車のアラームは最大数分に限定されることになったし、最近では移動型アイスクリームのオルゴールが奏でる軽やかな音楽も販売中は鳴らしてはいけないと定められた。
そもそもの案では移動中でもあの音楽を鳴らしてはいけない、というものだったが販売業者の反対 ( とたぶん市民も移動中くらいは良いだろうと反対したのかもしれない ) したことで車を停止したら音楽を止めるという妥協案で一致を見たのだった。
近いうちに NY市では車のアラーム自体が禁止されるだろうという予想がでているが、それはそれでやりすぎなのかもしれない。

少なくとも僕は地下鉄が通るたびに聞こえていた車の遠吠えを懐かしく思い出すに違いない。


さてこの映画のことを調べていておもしろいことに気がついた。アメリカでは公開時のタイトルが 「 The Triplets of Belleville 」 となっていてフランスでは 「 Les Triplettes de Belleville 」 となっている。これだけ見ればアメリカでのタイトルはフランス語の直訳ということがわかる ( Belleville の三つ子姉妹 )。
ところが英国ではこのタイトルが 「 Belleville Rendez-Vous 」 となっているのだった。Belleville の後の言葉が英語でないのはわかったが、はて何だろうと思っていたら、どうやらこれがいわゆる 「 ランデブー 」 ということに気がついた。
はてランデブーというほどロマンチックなデートではないけれど、なぜかこのタイトルの方が映画の雰囲気が合っているようで僕は英国のタイトルの方が気に入った。フランス語がタイトルに活かされているのがその理由かもしれないが。
同じ英語圏でタイトルが違うというのも、おもしろいことである。
まだ見たことがないという人は、是非一度ご覧あれ。

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ミルク1ガロン。
マルボロのタバコ。
New York Times。
スタンドコーヒー。
ビール。
デリのフルーツ詰め合わせ(スイカ入り)。
バナナ。
フリーペーパー。

こんなところにも New York という街の表情が見られる。


さてあなたの住む街はどんな表情をしているだろうか。

教科書の写真

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▲ Long Island、NY

体育、数学、英語・・・中学時代、各学年のクラス担任の科目である。

今でこそアメリカに住んでいるけれど、実は学校で習う英語は好きになれなかった。
外国語を中学一年から習得するというのは、系統立てて教える側にはいいかもしれないが言語として使えるように勉強するとならば、この年齢でスタートするのは遅いのではないだろうか。確かに系統的な教育法なら中学生以上でないと理解しにくいかもしれないが、言葉とは何もかも論理的に学ぶ必要は無いだろう。
今ならこんな偉そうな事も言えるが、中学生のころは学校教育は完全に受け身だった。そのため英語の文法を数式の様に覚え、同じようにしてテストの回答を埋めることを当たり前だと思い、それが「英語」だと思っていた。なにせ人生初めての外国語との出会いなのだから、どんな風に接したら良いのかまるで分からないのが普通というものだろう。

ところが一年経って二年が過ぎ、中三になり受験のための英語を意識するようになると、英語という言葉がまったくコミュニケーションの道具として通じないことに焦りを感じる。
当時多くの中学生がそうだったように僕も洋楽に憧れていたが、何一つとして耳から歌のメッセージが伝わってこないし、都内でアメリカ人 ( と当時は思っていた。もしかしたらイギリス人だったのかもしれないし、ドイツ人だったのかもしれない。でもその区別が付かないほど井の中の蛙だったということだ ) に英語で道を聞かれたときもなんと言って良いか分からず友達とあたふたしたものだ。
きっと向こうからすれば中学・高校生は学校で英語を習っているから、少しは分かるだろうとゆっくりとした語調で尋ねたに違いないのだが、それでもこんな有様だった。

そして中学最後の学年の担任が英語の女性教師で真摯に英語教育に取り組んでくれたのだが、このころになると僕も受験科目の一つとしてしか意識しておらず、それが却って語学としての英語を好きになれなかった理由かもしれない。

その後再び英語と向き合うようになったのは必要に迫られてのことだった。
大学生のころNYで遊学したことや、就職したのが外資系の会社ということでイギリスやアメリカに長期で滞在する機会が増えたのだった。
英語に触れるうちに、好きではなかった英語の授業や受験勉強から学んだことが、すべてとは言えないまでも、役に立っていることに気が付いた。
無理矢理詰め込んだ英単語というのは、なにかしら vocabulary として形になって残っているのだった。会話の中で、文章の構成 ( 文法 ) は耳から入ってきて真似しているうちに自然と体得するものだ。けれども単語の意味が分からなければ、耳で聞き取れるようになっても意味が分からないし、言葉で自分の気持ちを伝えるときも適切な言葉が思い浮かばないともどかしさだけが空回りする。

恥ずかしいことにこれだけ長くアメリカに住んでいる今でも正直英語が完璧というにはほど遠いし、これからも困惑するシーンに直面するだろう。けれどもこの国に住む限り、また違う国に住んだとしてもやはり、英語は僕の生活の中で重要なコミュニケーションツールとなり続ける。

中三のときにお世話になった担任も、今はきっと50歳を越えただろう。当時仕方なしに英語の授業を受けていた中学三年生が、人生の転機にアメリカに住むようになり、いい年になったとは信じがたいかもしれない。
同窓会などで会う機会があれば、報告したいことが山ほどできた。




さて何の因果か、中学時代、英語を学ぶのを苦痛としていた僕が現在取り組んでいるのが英語の教科書なのだ。
ああ、なるほど教科書には挿絵としていろいろな写真が使われていたな、と当時を思い出したが、生徒にとって教科書内の挿絵、挿入写真は、授業中のいたずら書きの元絵だったりする。
教材の中で使われる写真を提供することになったものの、僕の写真も多くの生徒にはメッセージが伝わらないかもしれない。第一昔の僕の英語嫌いが新中学生に伝染したりしないだろうか。
それ故、New York、アメリカ、そして英語に興味を持ってくれる生徒が1人でも出てくれたら、と切に願いながら撮影しているのである。

食材・贖罪

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最近の日本での騒ぎはこちらにも届いていて、地元の友人からも日本での様子を尋ねられる。ニューストピックとしてまずはライブドア問題があげられるが、それに続くのは牛肉輸出入問題である。

ただしその伝え方はとても断片的で、日本人の側からみた事情は一切省いた報道が多い。CNN でも 「 日本政府は、米国からの牛肉輸入禁止措置を12月に解除したばかりですが、また無期の禁輸措置を取ると発表しました。その理由は空港での検査の際に spiral code に近い部分が混入していたからというものです 」 という程度。
なぜそれが危険なのか、また何のための検査だったのかなどについては触れずじまいで、問題意識に温度差があるようだ。

狂牛病問題についてもアメリカでの受け止め方はそれほど深刻さはないようだ。
この件にどう対処するかは、もちろんこれと言った答えがあるわけではないので、結局人それぞれの意識に寄るところなのだろう。
僕自身は 「 なるべく食べないようにしている 」 という程度で、何かのおりに口にしている。なので日本の国ほど厳格ではないのかもしれない。
個人のレベルで食べるか食べないかの選択はまかされているにしても、危険部位が流通されている料理などに混入されているかどうかは個人では分からないので、今回成田空港で発見された米国産牛肉に危険部位が入っていたという今回の話にはあきれかえってしまった。

・・・と普段ならそこまでの反応で終わるのだが、その輸出業者に関するアサヒコムの記事を見ていて驚いてしまった。

食肉処理会社・社長名の声明 声明によると、背骨が混入していたのは生後4カ月半未満の牛の肉で、安全性に「絶対に自信がある」とする一方、「わずかな量の単純なミスがこれだけの問題に発展してしまった」

アサヒコムの記事

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問題の輸出業者は New York、それも Brooklyn にあるとな? 一体 Brooklyn のどこにあるのかと、Atlantic Veal & Lamb ( アトランティック ヴィール アンド ラム ) という会社の名前でググって見るとすぐにその住所が分かった。Margan Avenue? どこかで聞いたことがあるぞ、と思って今度は maps.google.com で地図を表示させると、僕らがよく行く Williamsberg のすぐとなりに街で、クルマで近くを何度も通ったことがあった。
うちからもクルマで10分ほどのところである。

きっと日本から遊びに来てくれた友人達は例外無く Williamsberg に連れて行かれたと思うが ( 笑 )、そこからほんとに目と鼻の先なのである。


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なんだかとんちんかんな回答をしている社長のコメントが気になって調べてみるとこの業者、以前にも日本に危険部位を輸出し問題になっているではないか。

こんな直近の事実を忘れていた訳ではあるまいし、ましてアメリカ農務省から検査官が常駐しており、万一の見逃しもここでチェックできるはずが全く機能していない事になる。
第一こんなところに毎日連邦政府職員が毎日常駐して、肉の検査をしているのかどうか怪しいものだ。


ちょうど日曜日に Williamsberg に行く用事があったので、その前にクルマでちょっと立ち寄ってみることにした。日本からの報道陣の過熱ぶりもみられるかも知れない。

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カーナビのおかげで住所を入力するとすぐにそこまでの道を示してくれ、ほどなくして到着したがあたりは町工場とアパートが混在するようなエリアである。
どちらかというと住環境としては良いところではなさそうだ。歩道を歩く人の姿も無く、すぐ横の Metropolitan Avenue をトラックが排気ガスとともに走り去っていく。

この輸出業者はブロックの大半を占有しているようで、どこがオフィスの入り口というのがわかりにくい作りになっている。ただ角が一番目立つことから↑のように大きな看板が張ってあった。その看板の左下には 「 USDA Inspected ( アメリカ農務省による検査済み ) と書かれているのが今回の事件のあとでは皮肉にも受け取れる。


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ところであたりを見て回っても誰もいない。
日曜日なので報道陣も一休み、というところだろうか。

この道を通り過ぎるアメリカ人の一体どれだけの人が、この小さな食肉輸出業者のせいで日米貿易問題になっているということを知っているのだろうか。
それ以上に社長のコメントにあるようにこの肉がアメリカ国内だったら問題にならなかった、という事実を知っているのか、気になりながらこの場を後にした。

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前回に続き今回も地元のフードシーンを紹介しよう。

僕が住んでいる Astoria という街はギリシア人コミュニティーを中心に発展してきた、と書いたことがあるがそれはほんのちょっと街歩きをするだけで各所に見つけることが出来る。
特に彼らはカフェ好きなのか、レストランやカフェは至る所にあって、この街に住んでギリシア料理に出会ったと言う人も少なくないようだ。

彼らのデザートは例外なく甘~いので、日本人の基準からすれば重いかもしれない。が不思議とアメリカ暮らしに慣れてしまうと日本人でもこのデザートが食べられる様になってしまうから恐ろしい。
デザート以外のフードメニューは割と日本人の舌にも合うようで、友人を連れて行くとその意外な組み合わせにみんな結構びっくりする。

なんといっても代表的な料理は Hummus と言ってギリシアを中心に、中東、トルコ、ルーマニアなどの国でもほとんど同じものが食卓に並ぶ。
Hummus はヒヨコマメをフードプロセッサでペースト状にしたもので、これににんにくの食欲をそそる香り、塩胡椒、オリーブオイルを一緒に混ぜたものだ。それまでヒヨコマメというと外国文学の中に出てくるくらいで一体どんな味なのか想像も付かなかったが、この街に住んでから頭のなかからもやっとした霧が晴れたようにクリアになった。
日本人にとって Hummus の味に不思議と馴染みが感じられるのはこれに Tahini という白ゴマペーストが必ず混ざっているからだろうか。
↑の写真は Hummus の他にヨーグルトをベースにしたペースト、焼き茄子のペーストなどさまざまな Dip のコンビネーションメニューで、ギリシアレストランの他、トルコやルーマニアのレストランでも似たものがオーダーできる。


遅く起きた休日の朝、気の知れた友達と dipping を食べながらのんびりとした時間を過ごすのが習慣になっている。
いつもは、うちから歩いていくことの出来る 「 お気に入りのカフェ 」 ( ここも最近日本のガイドブックに紹介された ) で食べるのだが、この日はちょっと気分を換えてクルマで5分ほど行ったところにある別のギリシアレストランに行ってみることに。
どうやら店によって少しずつ特色があるらしく、それはまるで各家庭・地域ごとに違いがある味噌汁であるかのようだ。昔はあまりその違いが分からなかったけれど、最近少しずつそれが分かるようになり、楽しめるようになってきた。
New York のあちらこちらにちりばめれたこんな小さな発見が、New York でのスパイスになっている。


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▲ メニューに書かれていたコロッケを注文してみた。表面は固くあげ方も違う。日本のコロッケとはまったく異質なもの。まるでCrab Cakeの様にも見える。

冬は韓流

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▲ Book Chang Dong にて。キムチスンドゥブ。

全く今年の冬は一体どこに行ったんだか。

このところずっと暖かい、というか冬にしては暑いといっても差し支えないような天気が続いていたかと思うと、突然寒波がやってきて雪が降ったり。
土曜日は The Bronx に住む友達のところに出かけたのだが、雨のせいで高速道路はどこも数珠繋ぎ。
約束の時間に遅れて現地に着いたものの、このあたりは駐車スポットを見つけるのも難しい。結局かなり遠いブロックに愛車を止めて、友人のアパートに向かったのだが雨のせいか気温が異常に高い。
夜の7時過ぎに友人宅を出た時にはすでに雨は上がっていたものの、まだ気温は生ぬるくまるで春の雨が降った直後のような匂いがアスファルトから立ち上る。
ところがそれから数時間して気温は見る見る下がり、雨は雪に変わったその温度差はなんと15℃にもなる。
日曜日はさらにそれから温度が下がって体感温度は氷点下17℃にまで下がった。
ところが積もった雪が一日で溶かしてしまうような雨が今朝から降っている。気温もまた妙になま暖かく、春先と錯覚してしまうほど上昇している。


暖冬とは言うものの、それでも 「 冬 」 という言葉の響きだけで外に出かける気力をくじかれてしまうようだ。
ちょっとでも自由な時間が出来るとカメラを持って出かけるのが僕のオフの時間の使い方だが、冬の間は行動力も鈍くなってしまい、自然と撮影回数も枚数も減ってしまう。
そんなこともあってブログに載せるような話題も写真も手薄な状態である(笑)。そこで苦し紛れに 「 本日のお食事 」 シリーズとでも名付けて国際色 ( 国際食 ) にあふれた、一貫性のない僕の食事を紹介することにしよう。
( 本来レストラン情報はもう一つのブログ、「 ヨシュラン 」 の方で更新している ( していた ) のだが、ご覧の通り New York Watch 自体更新が滞っているので、こちらに載せてしまうことにした。ヨシュランにはおりを見てまとめて載せよう )


毎年冬になるとマイブームになるのが、韓国料理の豆腐鍋である。
日本でも韓国ブーム ( 『 韓流 』 という言葉が僕の ATOK には入っていなかった! ) らしいので知っている人も多いかもしれないが、僕が住んでいるその隣にある街にもちょっと有名な豆腐鍋専門店があり、韓国人を始め日本人の姿もよく見かける。
韓国語の綴りはまったく読めないのだが、この豆腐鍋を 「 スンドゥブ 」 と呼ぶようだ。
ここはメニューらしいものが特に無く、テーブルの上に置いてある紙製ランチョンマットに印刷されている20種類のメニューだけである。このうち1/3ぐらいがスンドゥブで、味噌味、キムチ入り辛口などの他中に入る具の違いによっていろいろなチョイスがある。
僕は決まってキムチスンドゥブを頼むのだが、ぐつぐつと煮えたぎった豆腐鍋の様子は ( 見たことは無いが ) まるで地獄の釜戸のようである。
これに生卵を落とし、炊きたての白飯を混ぜて食べるのだが、冬にもかかわらず食べ終わる頃にはすっかり汗が吹き出すほど体がぽかぽかに暖まる。
ちなみにこの店で、一つ$7。成人男性にとってもこれは十分過ぎる量なので、場合によっては2人でスンドゥブを一つシェアして、別のものをもう一皿頼む方がよいかもしれない。

店を出ると冬の冷えた空気が首筋から入り込む。先ほどまで汗をかきながら食べていたのにあっというまに毛穴が縮む思いだが、またそのギャップが気持ちよいと思えるほど体の芯から暖まっているのだ。

このあたりの良いところは各国の食事が手軽に楽しめることである。ときにお互いの英語が通じないほどローカルな時もあるのだが、人間なんとかコミュニケーションは何とかなるモノである。オーダーの際にメニューの内容が分からなければ、隣のテーブルに並んでいるものを尋ねながら頼めば良いし、食べ方がわからないときでも見よう見まねでそのお国の人の通りにすれば良いのだ。

僕の韓流ブームはなんといったってスンドゥブなのだ。

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▲ Book Chang Dong にて。海の幸パジュン。

異形の街

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昔読んだ小説の中に確か 「 異形の町 」 というタイトルのものがあったと記憶しているのだが、それが一体誰の作品だったか思い出せない。
作者の名前も思い出せないくらいだから、実はあらすじもおぼろげにしか覚えていない。ところがそのタイトルの 「 異形の町 」 のイメージだけはずっと頭の中のどこかにこびりついて離れない。そしてそれこそが僕の街歩きをするとき、常に関心を寄せる対象となっているのだ。
当然写真を撮るときもそのことがテーマになっていることが多い。

異形といっても何もハプニングである必要は無く、いつもと変わらぬ風景の中でちょっと見方を変えるだけで、いつもと違う見え方をするものだ。どちらかというと僕にとっての異形とは後者のイメージが近い様だ。

New York はこのところずっと暖かい日が続いている。よく言われる暖冬ではなくて、高温故に本当に暖かいのだ。路肩に凍ったまま車の排気ガスですすけて黒くなった雪の塊があちこちにあるはずなのに、そんなものは皆無である。そもそも例年だったら雪になるような天候でもその暖かさ故雪にならず雨となっているし、晴れれば晴れたで春と思わんばかりのすがすがしい陽気が広がっている。

街を歩く人の様相もそれにつられて、すっかり軽装である。
見渡せば冬の青空のもと枯れ木の街路樹が並ぶ大通りを行き交う人々の服は、冬のものでは無い。
背筋を丸めて小走りに去っていく人など皆無で、ゆっくりと余裕を持って歩くその姿はどちらかというと闊歩と言う言葉のイメージの方が正しいかも知れない。
気が付けば僕もすっかり春らしい軽装である。そしていつのまにか異形の街の住人になっているのだった。

A landing

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▲ EOS 20D

ここしばらくブログの更新間隔が開いてしまったが、中には心配してメールを送ってくれる方もいるので、とりあえず元気でやっております、の報告を。
( その分、取るに足らない細かいことなどをミクシィの方で紹介してます )

書きたいこともいろいろあるのだが、ちっぽけな今日の空想事を1つ。

階段の踊り場を見ていて思ったことなんだけれど、日本の建築物は平屋が多かったと思われるので 「 踊り場 」 という日本語が古来からあるとは思えず、かといって 「 踊り 」 という言葉からはそれに相反して奉りごとを連想させられる。部屋にも満たないような狭い場所で体の向きを変える = ターン、からこの言葉が来ているのだろうか。

それとも明治時代以降西洋建築が取り入れられ、それにつられて踊り場の Architect Style が導入されたのだろうか。とすれば英語にその語源があってもよいと思うのだが、僕が知っている限り踊り場に対応するような場所は a landing と言うようだ。

大きなターニングポイントでは無いけれど、数段上がって向きを変える小さな踊り場は、どこか僕らの life にも似ているような・・・。

僕が好きなテレビ番組の1つに 「 Mission: Organization 」 ( HGTV ) というのがある。
番組に応募してきた個人 ( 家族 ) の元にオーガナイザーと呼ばれるプロの人が行って、大整理大整頓の指南をしてくれるのである。
散らかった部屋やクローゼットが見事に整理されるとそれだけでインテリアデザイン的な効果も生まれて部屋が見違えってしまうのである。
インテリアデザイナーとかガーデナーだけでなくこんな職業も成り立ってしまうのだから、家に関するアメリカ人の関心はそれだけ高いのだろう。


翻って我が家となるとこれまた紙だらけなのである。ほとんどは不要な紙なのだが、「 あとでもしかして必要になるかも 」 見たいな未練の塊はすぐに積み重なってものすごいことになっている。
アメリカに住むようになってから、請求書は一定期間保存しておかないといけないんだ、などと驚かされて実は10年分ぐらいの請求書が段ボール二箱以上にぎっしり詰まっている。
そんなに必要ないのは分かっているけれど、グリーンカードを申請するときに過去の税申告書類なんかも必要だったから、やっぱり法定年数分ぐらいは持っていた方がよさそうだ。
ところが年代順に整理していないので、分類する手間をかけるならそのまま保存しちゃえ!となるともう未来永劫捨てられなくなってしまう (笑 )。そしていつかとうとうあふれかえる。

そんなものぐさな僕の味方が見つかった。

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この商品自体は日本でも PFU から販売されており、インターネットでもレビューが紹介されているので知っている人も多いだろう。僕ももともとは日本サイトのレビューを見て気になっていたのだ。
まさかアメリカでは売っていないだろうなぁと期待せずにググって見ると、なんとアメリカでも Fujitsu ブランドのもと販売されていることが分かった。
日本人のレビューで肯定的なものが多かったので、この時点で購入に踏み切る決心は付いていたのだがアメリカ人が一体どんな評価をしているのかも気になる。そう思ってユーザレビューを見てみるとこれまた positive なものがほとんどで、なるほどなと思った。

日本製品である故、造りの質の高さもあるんだけれど、この製品のありがたみがそれ以上に感謝されているのだろう。なんたって請求書社会のアメリカでこれだけの紙を整理仕切れない僕みたいな人間が増加しているに違いないからだ ( 笑 )。

通常のスキャナといえばほとんどの場合、イメージを取り込んでそれをレタッチするといった写真やイラスト中心の使い方だろう。このスキャナはドキュメントスキャナといって取り込んだイメージを即座に PDF ファイルに変換し、つながっている PC に取り込んでくれるものなのだ。
もちろんカラーでもイメージでも取り込めるが、イメージ用のスキャナほどの解像度は無いために画像処理用には向いていない。
その代わり、このスキャナーはプリンタの様に用紙差し込み場所に読み込ませたい用紙をセットし、スキャンボタンを押すだけで、毎分15枚の紙を両面スキャンしてくれるのである。
PDF ファイルの法的な効力は不明だが、請求書の確認を目的としているのなら問題なさそうだ。僕は単に年別にフォルダを作成し、その中にさらに請求会社ごと、たとえばクレジットカードや電気料金、税の申告書類などのフォルダを作成しそこに PDF ファイルを置いていけばそれだけで年代別に管理出来る。

また新聞や雑誌も 「 あとでこの記事が必要になりそう 」 と思ってそのまま放っておくと 「 なんでこの雑誌があるんだろう 」 とパラパラめくって探す羽目になるが、これからはそういうページだけ切り取り、それがレターサイズより大きな場合は専用キャリアシートに入れてスキャンすることができるので、雑誌と新聞の山からもおさばできる・・・はずである。

ということで年末にオンラインで 「 buy now 」 ボタンをクリック。年末年始にもかかわらず郵送で4日には僕の手元に届いた。
早速箱を開け、Adobe Acrobat Standard などをインストールし ( このソフトだけで$200以上するので、パッケージ全体で$300ちょっというのはだいぶ安いと思う )、試用してみた。
Windows XP 日本語版に英語版のアプリケーションとドライバがインストールされたが、ソフトウェア的にはなんの問題もなさそう。数枚の紙をセットしてスキャンさせてみたが、評判通りばっさばっさと読み込んで PDF ファイルを作成してくれる。読み終わった紙を捨てられると思うと、なんだかそれだけで部屋が綺麗になったような気がするのはあまりにも単純か。
ちなみにそのときにトライアルで読み込んだケーブルテレビの請求書の様子である。

Download file


もともとはカラーの請求書なのだが、保存用のドキュメントなのでスキャンするときのオプションとして白黒二色に設定した。こうすることでファイルの容量がカラーより小さくなる。

僕の場合、こういう装置を買ったことで満足してしまい、なかなか実作業を行わなくなってしまうので、問題は 「 いつ行動に移すか 」 だ。山の用になっている段ボールの前を前に、一日かけてじっくりスキャンさせる必要がありそうで、果たして僕の Mission : Organization はいつ Complete するか、期待せずにお待ちを。

前回に続いてまたもや物欲がらみのブログになったけれど、今年の resolution は 「 片づける 」 としておこう ( 笑 )。


今日の買い物

Fujitsu ScanSnap fi-5110EOX2

製品紹介
http://www.fcpa.fujitsu.com/products/scanners/scansnap-5110EOx2/

日本のPFUの商品紹介ページ
http://scansnap.fujitsu.com/jp/

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