C さん滞在二日目は朝から僕のクルマでちょっとした郊外へドライブ、夜は今回の旅行の目玉である the10th anniversary of wedding ということでご夫妻水入らずで食事を取られたらしい。
このあたりのことはもしかしたらご本人のブログで紹介されるかもしれないし、ひっそりと二人だけの思い出として大切にとどめておくつもりなのかもしれない。なので外野はそっと見守ることにしよう。
そして滞在3日目のこの日は、もう一組のゲストが僕らに加わることになっていた。
Philadelphia 郊外にお住まいの A さんとそのご一家である。
A さんとは、先の C さんのブログが取り持つ形で知り合い、お互いのブログを通して少しずつ話をさせて貰うようになったのだが、これまで一度もお目にかかったことはなかった。けれども同じ北米東海岸に住む邦人組として、共感することは多く、また写真を通して現代のアメリカを捉え、ブログでそれらを発信するというのも僕らに共通することがらである。
そして今回 C さんが New York に来ると言うことを聞いて、Philadelphia から数時間クルマを飛ばして New York に来られることとなったのだ。
そして土曜日。
この日は全員が一同に会する予定の日だが、前日までの暖かい気候からうって変わって氷点下6~9℃のとても寒い日になった。実際、とても風が強く、天気予報では体感温度マイナス15℃と報じていた。
C さん夫妻は早起きして市内を散策中というので一足先に僕が A さん一家とご対面。携帯電話に見慣れぬ市外局番からの電話が入り、これがきっと A さんからのものだとすぐ分かった。近くまで来ているというので、僕も自分の車に乗って出迎えにあがる。
挨拶もそこそこにひとまず僕の先導で我が家にご案内することになったので、初対面は一言二言しか言葉を交わさなかったのだが、こう言っては失礼かもしれないが初対面から緊張感といったものが無かった。
( 人は見かけで判断してはいけないことはよく分かっているが、ここは一つ第一印象ということで ) 最初、A さんは研究留学で Philadelphia に在住されていると聞いたので、なんとなく学者肌の先入観を持っていたのだが車を降りてきた A さんは顔に笑みがこぼれ、それでいてどこか泰然自若とした雰囲気を持っていた。そんな雰囲気とは対照的に助手席には優しそうで可愛らしい奥様が座っていて、また後部座席には A さんのブログで登場する U-kun と Sa-chan がちょこんと腰掛けている。U-kun は緊張した顔つきで表情も硬かったが、Sa-chan の方は最初から手を振ってきて、どちらかというと余り僕のことが怖がっていない様子。ちなみにこの第一印象は間違っていなかったようだ。
その後 A さん一家は我が家にあがってもらい、みんなで C さんからの連絡を待つ間しばし雑談となった。極寒の野外から、暖房のよく聞いた室内に入って気持ちもリラックスできたのかみんなすぐにうち解けて笑い声がせまい我が家にこだまするのだが、どうやら U-kun はまだ緊張の面差し。僕が話しかけても shy なのか返答がない。
自慢じゃないけど、僕はすぐに子供とうち解けて仲良くなれるのだが ( あ、やっぱりそれって精神年齢が低いってことかもしれない )、その中でも特に U-kun は shy なほうでどうやら怖がらせてしまったらしい。
U-kun の緊張感は解けないまま、C さんからの連絡が少し遅れているようなので、この際僕らも Manhattan に入っていれば電話を貰った段階ですぐに会えるだろう、と連絡を待たずに外出することにした。
皮肉にも地下鉄に乗っている間に C さんから電話を貰ったようで、携帯にメッセージが入っていた。
その後 C さんとは携帯で連絡を取り合い、居場所を伝えるとこちらに向かうとのこと。それから程なくして C さん登場。しばし A さんと C さんの初対面の挨拶が続いた。
その後僕ら揃って Central Park を散策し、続いて Cenral Park West Side にある自然史博物館に行くことになった。
あまりにも寒いので長時間そとにいられないし、そもそもカメラのバッテリーも消費が激しい ( 実際このあと C さんの携帯がすぐに電池切れになった )。
本来写真を撮りながら、「 パパはフィラデルフィアで研究留学 」 と 「 day by day 」、それに拙作 「 New York Watch 」 ブログ作者による写真オフ会と相成るはずが、Central Park ではほとんど歓談になってしまった。
60th street / 5番街の入り口から入って、Central Park West にある自然史博物館まではおよそ20ブロック北に上り、東から西への大横断である。大人の足で、しかも暖かい日であればなんて事もないのだが、こんな寒い日は大変である。博物館に到着するともうそれだけで気持ちが安堵する。
このころには U-kun もすっかり気を許したのか、博物館の展示物に興味を示しながら 「 どうして?」 を連発してくる。一つ答えると 「 どうして?」 とまた尋ねてくるのだが、だんだんこちらも答えられなくなってくる。きっといろいろなことに興味を持ち始めた年頃なのだろう、「 どうして? 」 はそのあとずっと僕が答えに窮するような質問が続いた。
余談だがこの博物館は文明の歴史から始まって、歴史・自然科学、それに宇宙への果てしない夢を取りあげる巨大な博物館である。僕らは閉館までの一時間半ほどしか見ることが出来なかったが、駆け足で回ってたぶん1/4ぐらい 「 通り抜けた 」 だろうか。次回来るときはゆっくり回ってみようと思うのだが、なんせ前回来たのが20年ほど前のことであるから、この先いつになるか分からない。
それでもこういった歴史から最先端の宇宙技術まで網羅する博物館において、ふと頭に浮かんだのが 「 温故知新 」 の言葉であった。

辞書の言葉を借りるならば、温故知新とは 「 古いことを調べ尋ねて、そこから新しい見解・知識を得る 」 とある。
ああなるほど自然史博物館でそれを感じたのは当然のことで、悠々たる人類の、いや生命の誕生や、地球の成り立ち、そして宇宙の誕生までさかのぼるわけでそこから新しい知識との出会いがあるものなのだ。新しい未来だけを見つめるのではなく、そこには過去から必然的に導かれる未来というのも存在する。
こういう事は何も学問に限らず、写真一つ取っても同じなのかもしれない。技術的なことは言うに及ばず、被写体を理解することで写真の撮り方というのも変わってくるのだろう。
この日、すっかり仲良くなった A さん家族とは夜遅くまで笑い声が途絶えることが無かった。
そして翌朝、A さん一家が Philadelphia に戻る前にみんなで朝食を取ろうと、A さん一家と C さんご夫妻の全員で集まった。C さん夫妻より先に A さん一家がうちに到着したのだが、そのとき、あれだけ恥ずかしがり屋の U-kun と、最初から社交的だった Sa-chan が僕に手紙をくれた。
便せんに書かれたその手紙を読みながらふと思ったのだが僕にとってはこれも温故知新なのだろうと。 旧き ( 友、A さん ) を通して、U-kun と Sa-chan という新しい友人ができたのは、僕に取っても嬉しいことなのである。
きっと U-kun が僕を困らせた 「 どうして? 」 は僕の心の片すみにあって、写真を撮るときに問いかけてくることだろう。この日はこうしてたくさんの温故知新を感じたのだった。

▲ U-kunはキャラメル一箱を渡したときも、とても固い表情だった。きっとその場で「ありがとう」と言えなかったことが気がかりだったのかもしれない。大人になった僕はすっかり忘れていたけれど、翌日にこうして書いてくれたことがとてもうれしい。U-kun筆。

▲ 地下鉄駅でホームを通過した地下鉄のことを「急行電車」と教えてあげると、その言葉がお気に入りになったようで、絵にも描いてくれた、「急行電車」 S-chan作。

ひ@NYさん
NYでは、本当にお世話になりました。わたしは文才がないので、このように、うまく表現できないのですが、すばらしく、あの出会いを表現されていて、感動しました。また、U-kunとSa-chanの手紙(といえるほどではないですけど)も大事にしていただき、本当に感動です。これからも、写真を通じて、いろいろと交流できたらいいですね。これからもよろしくお願いします。
U-kun papaさん、
無事帰宅との報を受けました。
皆さん長旅の疲れはありませんか?
といってもアメリカに住んでいると3時間のドライブもそれほど長くは感じませんね。
今度、DCで花見でもしましょうか!
写真談義、楽しみにしています。
ひ@NYさん、こんにちは。^^
今日本は午前4時頃です。^^;
トリノの女子フィギアを見ながらの書き込みです。
本当にいろいろとお世話になりました。ひ@NYさんのきめ細やかな心配りに大変助けられました。特に、僕と嫁さんの携帯バッテリーが切れたときには食事中にもかかわらず何度も連絡して頂いて本当にすみませんでした。
今度は、現地でプリペイド携帯を買うことにします。^^;
>DCで花見でもしましょうか!
いいですね~。羨ましいです。
ポトマックリバーでしたっけ?
あそこにある桜は確か日本から寄贈されたソメイヨシノでしたよね?
やはり桜は日本人であれば誰でも心が安らぎますね。
U-kun Sa-chanの書き込みに癒されました。^^
ホント二人は可愛いですね!
C-kun、
僕も今夜はexhibitionを見ました。
日本人の活躍を見るとうれしくなってしまいますね。
今回の旅行、もう少し時間があると完璧でしたね。でもまた次回へ少し余韻を残しておくのが旅の良いところかもしれません。次回までお預け・・。
DCの花見は来月ですよ。また戻ってきてください!
こういうお子様の愛らしいお手紙にグっときました。
文章を読んで、U-kunの心の動きをなんとなく感じとれて、微笑ましいですね。
電車のイラストも素直で愛らしいです。
書いたお手紙をこうして紹介してもらって、とっても嬉しいでしょうね。
なんだか私は、ひろゆきさんのブログを読むと姿勢を正してしまうと言うか、色々と考えさせられます。
ansanaさん、
せっかく書いてくれたものをずっと取っておきたいけれど、やっぱり紙なのでいつかは無くしてしまったり、やぶれてしまう・・・こうやってブログにすることでサイトが無くなってもgoogleなどのイメージエンジンが保存し続けることで永遠に残るかも、などとタイムカプセル的な意味もあってスキャンしました。大人になって見てくれたら嬉しいですね。
そっか・・・・なるほど。
どうしてそんな素晴らしい思いつきと言うか、優しさに溢れる考えができるのでしょう?
本当に大人になって、見つけられたら飛び上がるほど嬉しくなるでしょうね。
ブログやサイトに、写真やテキストをUPする意味をまた違った視点で考えるコトができました。
なんかねー、こう自分がヨワヨワな気分の時にココに来ると、さりげなく書いてある言葉に諭されたり、励まされたり、自分の至らなさを突きつけられたり。
と勝手に思ってます。
今日は晴天。光が綺麗な朝。良い事がありますように。と願うでなく、自分で良い事を創りだしたいなぁ~。ってなんのこちゃですが^^;
朝食まだなので、手にひらサイズのドーナツにヤラレ中。
ansanaさん、
(ペンネームはansanaからあんさなに変えたのかな? 僕もそちらで呼んだ方がいい?)
ジャーナル・・というと日本だと雑誌のような意味合いがありますが、アメリカだとどちらかというと日々の記録をつけたもの、で日記に近い意味があります。
確かに読み手を意識した書き方をすることが多いけれど、実は自分にとっての財産だと思って続けています。
自分の感じたことを正直に書いていると、実は読み返して、「あのときと違うこと書いているじゃん」みたいなことがよく起きますが、それは気持ちのぶれとか揺れが表されていて、何も嘘を書いているわけではないのです。なので僕が書いていることに一貫性がない場合もあります。
ansanaさんのブログを楽しみにしていた一人としては閉鎖は残念だったけど、pompokoさんからさらっと事情は聞きました。
debateを繰り広げたいのなら、他人のブログのコメントにだらだら書くのではなくて、自分のブログで要点をまとめてそこからトラックバックを張るなり、関連するエントリを自分のブログに載せましたという簡潔なコメントを残すなりがマナーなのに、そういうことができない人も多いのですよね。困ったものです。
そういったpervertのことなんか気にせず、ansanaさんにはまたブログを再開してほしいなぁと願っています。
光がきれいな朝に出会うとその日、時間を無為に過ごすのがもったいない、と思ってつい張り切っちゃいますね。
こちらもとても寒いのですがとても良い天気なのでこれから出かけようと思います。