2006年3月アーカイブ

紐約春光

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このところ不規則な日が続いていたが、それはこの季節の移り変わりと全く関係が無いわけではなさそうだ。
季節の変わり目で人も動物もどこか昂ぶっているのかもしれない。
暖かい日を選んででかければジャケットいらずだが、それでも朝晩は少し冷え込み、一日の間で暖房と冷房の両方に遭遇するのもこの季節の特徴である。この場合、建物は暖房が入っていて、地下鉄は冷房が入っていることが多い。この国の人は春の存在を楽しまず、冬と夏しか認めないんじゃないかと思ってしまうほどである。


New York といえばまだ桜の木はつぼみが膨らみ始めたところで、開花まではもう少し時間がかかりそうだ。暦の上では春なのだが、時折吹く冷たい空気のせいで開花は4月初旬から中旬にかけてになりそうな気配である。
毎年この時期になると僕は桜の写真を撮りに行くことが多い。ああ、そういえばここ数年は D.C. には行ってないなと気がつく。そのかわり最近は近所の Roosevelt Island に行き、桜並木の下に座って対岸の Manhattan を日がな一日眺めるのが恒例になっている。

今年も春の風景として桜の写真を撮ろうと思っていたのだが、趣向を変えて梅の写真を紹介しよう。
桜に比べると圧倒的に見ることの少ない梅の木ではあるが、ひょんなことから Staten Island で見つけることができた。

先週の金曜日、朝から写真器材を愛車に搭載して家を出た。目的の写真はすぐに撮りおわったので余った時間で New York の春を探してみることにした。
ちょうどローカルテレビのニュースで Staten Island の植物園では梅祭りが開かれる、と伝えていたのを思い出し、早速携帯電話でウェブを調べ、植物園の住所と生き方を教わる。BMW 純正のカーナビでは 「 Staten Island Botanical Garden 」 というキーワードでは住所が見つからなかったのだが、行ってみるとそれはよくわかる。
これまでに The Bronx Botanical Garden や Brooklyn Botanic Garden にも行ったことがあるが、ここは一般に開放されたランドマーク公園の一角に植物が展示され、どちらかというと植物公園といったほうがしっくりくる。
駐車場もただならば入場料も無料で、適当に公園の中を歩けるようになっているのだが、先の植物園にあるような温室を期待するとがっかりするだろう。小さなグラスハウスが一つあるだけで、しかも僕が行ったときは蘭の部屋は閉鎖されていたので、二つの10畳程度の部屋に入ることができただけだった。これがこの植物園の目玉、ということもなく言い換えると手製の素朴な植物園といったふうである。

さすがに温室ということで数分いるともう体はポカポカしてしまい、気がつくと息苦しいくらいである。確かどこかで梅祭りをやっているはずだが、とその温室を後にして近くの係員に尋ねると、「 ああ、それはむこうでやっているよ 」 と遠くを指さして教えてくれた。
どうやらここだけは有料とのことだが、それもたった$5なので入場料と思えば高くない。早速中に入って撮ってみたのがこれらの写真だ。


この日は空の大半を雲が占領し、すっきりとした晴天、とは言い難いものの、それがかえって寒そうな冬と早春をイメージできて却って僕が好きな色になったように思う。

Staten Island で見つけた New York の早春。


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ちょっと時期を逸した感もあるのだが、個人的な報告を二つばかり。


一つは以前のブログエントリー、「 魔法空間 」 で紹介した写真がデジタルカメラマガジン ( 通称 DCM ) 4月号のフォトコンテストで佳作になったこと。
世の中フォトコンテストなるものはたくさんあり、またフォトコンテストの功罪について意見は百人百様だが、デジタルカメラマガジンは僕が唯一投稿しているフォトコンテストなのである。
この際その善し悪しの議論はさておき、僕がこれまで DCM のそれに参加してきたのは訳がある。公式サイトのバックナンバーを見てもらうとわかるように、かなり早い時期からデジタルカメラのフォトコンテストを開催し、それもデジタルデータであるという利点を生かして写真を電子メールで送ることでコンテストに参加できるものだった。
いまでこそ他の写真誌も追随してメールで応募できるようになったものの、当時はほとんどの写真誌の募集要項にはプリントのみ、と謳われていた。これでは海外在住者が投稿したい場合、かなり敷居が高くなる。
不確実な郵便事情の国もあるし、そうでないにしても取り扱いは乱雑で折り曲げられるのは目に見えている。また郵送にかかる時間が日数が余計にかかるのだ。

なのでメールで応募できるという配慮に加えて結果もウェブサイトで見られるというのが、僕のような海外在住者にとっては大きな救いとなり、おそるおそる応募してみたのがこのコンテストに参加したきっかけだった。こういった進取の気性が気に入って今もときどき DCM のフォトコンテストに応募している。

「 フォトコンテストの功罪については述べない 」 などと上に書いたばかりだが、間違いなく良い点は 「 多くの人に見てもらう機会を提供してもらい、またそのフィードバックを受けられる 」 ということだろう。
そういう目的でもっと参加してもいいと思うのだが、その点から見れば僕などは不真面目な参加者になる。
しかも DCM のコンテストは1人何枚、と応募制限があるわけではないし、毎月開催されているのだからどしどし参加してもいいはずだ。けれども自分が納得した写真が撮れていない証拠だろう、参加するのは年に数回、しかも一枚で一発勝負である。

今回の写真の経緯についてはあまり語ることがない。
撮影場所に関して隠す必要はないのだが、先日のブログで秘密にしたのでここは一つ秘密のままにしておくことにしよう。ただ選者のコメントらか判断できるように、ここはプライベートな場所ではなくてパブリックな空間である。この写真で大失敗なのは正確に symmetric な構図になっていないことである。使用したのが EF-S 10-22mm という広角レンズなのだが、ファインダー越しに見るときちんと水平ラインが取れ、左右の対称バランスも取れていた・・・はずなのだか゜モニターで見るとこれが狂っている。真ん中に陣取ったはずだがやはり正確な中心ではなかったのだろう。目視では OK でもモニターで見ると左右の左右のバランスがあっていない。
三脚を持ち込めるところではなかったので今回は難しいが、やはり許可を貰い、三脚を使って丁寧に臨むべきだっただろう。

さていずれにせよ他人から評価されるというのは結構怖い。それでも雑誌に載るというのは決して悪い気持ちじゃない。この二律背反した気持ちをうまく言葉で説明できないのだが、自分の写真が他の受賞者の写真と並ぶとどんな風に見えるだろう・・・と DCM 公式サイトの結果発表ページをふむふむ眺めてみた。そうやってみると自分の写真を多少客観的に見られるようだ。


ところで DCM はもともと選者のコメントは雑誌でのみ掲載し、ウェブサイトでは作品のみ掲載していたのだが最近方針を変えたのか、コメントも拝見できるようになった。これはかなりありがたい。購入も立ち読み ( ! ) もしにくい海外ではその評価コメントを友人知人から教わるしかなかったので、嬉しい試みである。
もう一つ今回気がついたのは、入賞者各作品がブログのエントリ一件としてホームページに載っており、そのおかげでウェブサイトを訪れた一般の人が作品一つ一つにコメントを書いたり、トラックバックが送れることになる。
これは意外に面白い試みではないだろうか。雑誌のフォトコンテスト募集にインターネットで写真を応募し、その結果について選者のコメントが読めるだけでなくインターネット読者もコメントを残せるのだ。一方通行から双方向へ、そしてよりオープンな方向へと向かう DCM の判断については素直に拍手を送りたい。僕も早速このエントリから DCM の僕の作品エントリーにトラックバックを送ってみることにしよう ( 笑 )。


二つ目の報告は、SOHO のとあるカフェにてミニ展示を始めたことである。

公の場所での写真展示は、昨夏に行われた Lensbaby グループ展に参加して以来久しぶりのことで、少しばかり緊張している。グループ展ではないので当然のことながら、他の仲間を盾に後ろにこっそり隠れているわけにはいかない。展示している写真に対するリアクションはすべて僕に対するものなのだから。そう思うと緊張と同時に関心を持ってみてくれる人の反応はとても嬉しい。先ほどのフォトコンテストの発表と同じくこちらも矛盾した二つの感情が交錯している。写真をまじまじと見ている人の表情など、つい気になってしまうのだ。
残念ながらそうしょっちゅう顔を出すわけには行かないので、お客さんの反応などはオーナーから聞いたりするのだが、関心を持ったお客さんの話などは聞いているそのそばから嬉しくなってしまう。

展示している写真はおよそ20枚ほどで、秋から冬にかけて撮ったものが中心となっている。
もともとは去年の12月から始まる予定だったのだが、予定が遅れて3/23からの開始となった。場所がカフェということで、あくまで店の雰囲気に従い季節感を損なわないようにと注意して選んだのだが、こういった事情により内容を一部変更して展示している。

店は週7日オープンしているので、もし SOHO 界隈をぶらりと歩く際にはお立ち寄りを。( 僕も週末を中心にときどき顔を出してます。あらかじめメールいただければご一緒できるかもしれません。僕がいないときであれば一言オーナーさんにメッセージを残してくれると嬉しいです。)

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75 Thompson St.

USQ

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前回のエントリーに引き続いて今回も日曜市で撮った写真の中から紹介していこう。


僕が初めて日本から出たのが今から20年ほど前のことで、そのときの目的地が New York だった。ここに数ヶ月滞在したことが、今から考えてみれば転機にもなったのかもしれない。
そのとき New York で住んでいたのがここ Union Square 近くだった。

Union Square は地下鉄の主な路線が停車する交通の要所にしてはあたりに高層ビルもなく、その一方で食料品スーパーがあったり、ディスカウントストアが並ぶなどしてどこか庶民的な感じすら受ける。
最近では大型店舗がこの地域に進出し、街の景観は変貌してきているけれど、Whole Foods もあるし小売店も健在で街の機能は20年前と比べてもそれほど大きく変わっていないように思える。
それはきっと周りの建物が変わっても、ここに集まる人たちが昔から変わらないからかもしれない。

もちろん Union Square の中心は公園となっていて週末ともなるとたくさんの人たちがここでゆっくりと時を過ごしている。その風景は僕が毎日この公園を通り抜けた20年前となんら変わっていないのだ。
そしてそのときに見かけた青空市は、21世紀になった現在も続いている。


ビルが建ち並び、人や車の往来が増え、時間までが以前より速く進むように感じられる現代だが、ここ Union Square に来ると昔と変わらぬ時が流れているように思えるのは、集う人たちがそう願っているからなのだろうか。

一個だけリンゴを買って、服で表面をぬぐってかぶりついた。
郊外から運ばれてきたこのリンゴは少なくとも20年前と変わらぬ甘さだった。あれから20回の春が USQ を訪れたが、そのたびにリンゴが郊外からこの New York に季節を運んでくるように、僕には20年前のあの記憶を運んでくれた。


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春市場、ん。

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▲ カラフルなギフトボックスも春に色を添える

冬の終わりが見えてきたと思うと、こうなにか気持ちがワクワクしてしまうのは春の陽気のせいなのか。
まだ本格的な春はだいぶ先のことなのに、街のどこかに一足先に訪れた春のかけらでもないかと探してしまう。

そうやってあたりを見渡してみてもコンクリートでできた要塞のようなこの街ではそれも難しい。

それならばどこか外の空気が感じられるところ、だ。
そうだあそこにいこう、と地下鉄のに乗ってやった来たのは日曜市が開かれる広場である。
ここは New York 北部や近隣の州、たとえば - Connecticut だったり Pennsylvania だったりするのだが - から農家が野菜やパン、チーズにジャムなど、まるで中世のヨーロッパで見られるようなものを売りにやってくるのだ。ちょっとした産地直送だろうか。

春らしいものが無いかと歩いて撮り集めた市の様子、今回と次回、の二回に分けて写真を紹介したいと思う。

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▲ イチゴ、ラズベリー、ピーチなど様々な色のジャムがテーブルに並ぶ。

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▲ こちらの農家は New York Upstate から。実がぎっしりつまったイチゴやビートのジャムピン詰め。紅茶に落として飲むロシア式もおいしそうだ。

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朝、自宅を出て駅に向かう道すがら、または停めてあるクルマに乗り込む瞬間、空を一瞥する。
同じように家路へと足早に歩きながらちらっと見やる夕空。

そんなある夕方、突然いつもと違う空の色に驚く。このところずっとたっぷりと夜のとばりが降りた頃に帰宅していたのに、今日は空に色が残っているのだ。
気がついてみれば手袋もマフラーも身につけていない。
まるで季節の終わりが唐突にやってきたかのようだ。

でもよく考えてみれば、近所の空だから何も特別なものじゃないと注意を払わず、季節が変わりつつあることすら気がつかなかったのではないだろうか。


明日はちょっとだけ早く家を出て、ゆっくり歩いてみよう。足を止めてもいいかもしれない。
帰宅するときも冷たい風から逃れるように歩くのではなく、深く呼吸して去りゆく冬の空気を吸い込んでみよう。

New York に2006年の春がやってきたようだ。

No pain, No gain

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このところブログを更新する気になれずにいた。


ネガティブな人間が心卑しいことを自分の頭の中で完結させているだけならそれはそれでよい。誰にでもそういう一面はあるかもしれない。
けれどもひとたび行動に起こして、Physical であれ Mental であれ人に危害を加えるとなると話は違う。
こちらから起こしたアクションではないのに、その人が取ったネガティブな行為のせいで、こちらまで気が滅入ってしまう。
自分の行動に対する結果がネガティブなものだった、というのならそれに対する消化の方法もあるというものだが、青天の霹靂にして向こうから起こされた行為、それも悪意を伴ったものとなると自分が悪いわけではないのにこちらまで負の心持ちになってしまう。
ネガティブな気というのは、周りにいた人にまでネガティブにさせてしまうだけの力を持っているのだろう。


当事者をのぞけば、上で書いていることはあまりにも抽象的すぎてここを見に来てくれる人にとって、さっぱりわけがわからないことだろう。最近起きたことは個人的なことなので、事の顛末は愚痴をこめてミクシィでのみ書かせてもらった。
そんなこんなでブログを書く気が乗らず、それと忙しさにかまけてネットからも遠ざかっていたのだけれど、その間たくさんのメールやミクシィでのメッセージを貰った。
さすがにブログを閉鎖したり、写真を撮ることをやめるつもりは無かったけれど、少し更新を休んでいる間にいろいろ考える時間ができたのは自分にとっては良いことだった。

実社会もネットも同じで、こういう人はどこにでもいるものだ。でも外出せずに閉じこもっていても信頼できる人間関係は作れまい。ネットも同じで、こんな風にネガティブな人間と遭遇する一方で、それ以上にたくさんのポジティブな出会いもあるのだから。

僕はまだ実物を見ていないけれど、ちょっと前に撮った写真がデジタルカメラマガジン次号のフォトコンテストに入選していた、という報せをくれた人が何人かいる。
撮った写真や自分の考えを表現する方法としてネットを使っているだが、今回のことはまさに "No pain, No gain" を身をもって感じたのだった。今回のような嫌なこともある一方で、喜んで見てくれる人がということは僕にとってかけがえのない喜びなのだから。


ブログも少しずつ書いていくので、これまで通りよろしく。

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魔法空間

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こんな風景、宮沢賢治の童話の世界にだけ存在すると思ってた。
写真も絵も何も飾られていないまっさらな壁の上には、本物の星空がミューラル ( 天井画 ) のように広がる。
でもあるんだ、こんなところ。
想像もつかない建物の秘密の扉を開けると行くことができる。


まだ春になりきれない冬の空気がひんやりと降りてくる夕方。
瞑想とは目を閉じて考えることで、それは目の前にある現実の世界から乖離するためだが、ここでは目を開けたままそれができてしまう。
ぴんと張りつめた晩冬の冷気のせいだろうか、思わず姿勢を正してしまう。
気がつけば夕焼けはいつしか星空に変わっていた。

それでも動けずにじっとしている。

誰もがこっそり持っているお気に入りの場所。それはカフェだったり、図書館だったり、公園だったり。
僕はここに定期的にやってきて想いにふける、その行為が好きなのかもしれない。


この部屋に行ってみたいって?
いじわるだけど、どこにあるかは内緒。でも New York に来たら連れて行ってあげよう。

さてそろそろ現実に戻る扉を開いて帰ることにしようか。

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写真を撮ることのほかに好きなことといえば、実はコーヒーを飲むことである。量だけたくさん飲めばいいってもんではないのだけれど、朝起きて一杯、会社について一杯。ミーティング中に一杯。食後に一杯、そして三時に一杯、夕方一杯、帰宅してから二杯・・・となんだかコーヒーばかり飲んでいるようである。

特に楽しみなのが旅先でのコーヒーである。行った先での食事は地元の料理が食べられるところ、と決めているのだがそのときに必ずおいしそうなコーヒーを飲ませてくれる場所を探して地元のコーヒーの飲み方に倣うのだ。ところが変われば人も食べ物も、そしてコーヒーも違うのが特に面白い。

もちろんそう簡単に海外旅行はできないのだが、幸い New York にはいろいろな国からの出身者にあわせてオリジナルに近い味を提供するレストランやカフェが多い。そんなカフェに行き、コーヒーを一口すすった途端に、自分のまわりだけ流れる空気がかわって異国情緒あふれる香りに包まれたりすると、これはもう最高である。。


僕はまだ実際にトルコの地を踏んだことがないのだが、トルココーヒーともここ New York で初めて出会ったのだった。


小さめのカップで出てくることが多いそのトルコのコーヒーだが、他のコーヒーと決定的に異なるのはコーヒー自体が 「 どろっ 」 としていることである。
飲み方を知らないとついかき回してから飲みそうなものだが、そうすると悲劇である。口の中に粉っぽい舌触りが残り、これまたかなり不愉快な味なのだ。
そうならないためにはこのどろっとしたコーヒーが沈殿するのを待って、その上澄みをすする。

そうして沈殿したコーヒーの粉が固まる前にそっとコーヒーカップをひっくり返し、その沈殿物がコーヒーカップの縁まで降りてくるのを静かに待つ。
これがまた結構難しくて多少でも上澄みが残っていると受け皿にどろっと出てきてしまうし、飲んでから時間が経ってしまうとこの沈殿物はすぐに固まってしまう。
そのタイミングを見計らってひっくり返して出来た紋様で、トルコの人たちは占いをする。

あるときトルコ出身の女性と同じテーブルに着いたときに僕の飲み終わったコーヒーカップを手にして器用にくるくると回し始めた。
「こうやって占いをするの」といってカップの裏に美しい模様を作り出した。
で占いの結果は? と聞くと、いたずらっぽく
「実は知らないの。私のおばあちゃんなら出来るんだけど」
とちょっと恥ずかしそうに笑った。
現代っ子ならではの彼女らしい反応だが、彼女のエキゾチックな瞳を見ていると緑ともブラウンとも言えない深みのある色の向こうにジプシー達が旅を通して見てきた世の中が見えてくるようだった。占いとはそうして占い師の眼の向こう側にあるものを読みとるものなのかもしれない。

僕が飲んだコーヒーカップからどんな世界が見えるのだろうか。

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長いこと New York に住んでいても常に何か新しい発見があるのがこの街の面白いところである。
僕が勝手に名付けている 「 New York の不思議 」 は謎が解ければリストから削除していくのだが、その数は増えることこそあれ一向に減る様子が無い。不思議なものを発見しても、それがなぜなのか突き詰めて考えたり調べたりする努力を怠っているからだろう。
これも年を取った証拠だろうか。

さてその不思議の一つになぜか New York にはトルコレストランの多い、というのがある。

実際にレストランの数が多いのか、それも在 NY のトルコ人の人口比に対してなのか、確たる根拠がないので何とも言えないが、日本食レストランに限っても日本人人口比で見るとレストランの数は多いので、あまり人口比に関係ないのかもしれない。
つまりそれだけ現地の食文化として受け入れられたから、ということになるのだが、だとすればトルコ料理というのも隠れた人気料理なのかもしれない。
いずれにせよ、僕がよく行くような場所にかならずあってついその度に試してしまうのだ。


ところで何がトルコ料理なのか、と聞かれるとこれまた答えに窮してしまう。
寿司だけが日本料理でないのと同様、レストランによっていろいろとメニューが異なるし、僕も行くたびに違うものを頼むようにしているからだ。
僕自身あまりトルコ文化に対する馴染みがないせいか、トルコ料理に関する知識もかなりいい加減なものしか持ち合わせていない。
けれどもなんとなく感じるのはトルコ周辺の国、たとえば中東とかヨーロッパの国のそれと共通する点が多いと言うことである。特にルーマニアやギリシア料理の中には全く同じじゃないかと思えるものもあるのだが、それぞれのお国の人からすると、やはり微妙に違うらしい。餃子やチャーハンなど本場中国以外の国でも食べられるがそれぞれ味が違うのと同じようなものだろうか。

それにしても行ったことのない国を食べ物から想像するというのも楽しいことである。どんな野菜が取れて、なぜこんな風に調理するのか。そこにはどんな歴史があるのか。してどんな人たちが食べてきたのだろうか。

目を閉じて皿から立ちのぼる異国のスパイスの豊かな香りを感じることで小さな白昼夢が見ることができるのだ。
まさしく小さな皿は異国に通じる窓となる。

外国に対する興味もひょっとするとそんなところから湧きおこるのではないだろうか。

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▲ ナスをグリルし、皮をむいてすりおろしたもの。ガーリックの香りが食欲をそそる。

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▲ オリーブオイルとオリーブ。

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▲ 表面がさくさくと香ばしいトルコ風パン。上に紹介したオリーブオイルをちょっと垂らして食べると絶品。

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▲ ギリシアの Gyro とも似ている。

我先精神

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▲ Flushing の様子。

さて先週 Flushing にある会計事務所に行って税申告に必要な書類を提出してきた、と紹介した。
その日はまさに提出だけだったので5分ほどでその場を去ったが、その1週間後の昨夜、手続きを完了させるために会計事務所に立ち寄った。


僕が毎年依頼しているのは香港系女性会計士でこの時期は目が回るほど忙しくしている。税申告シーズンが始まる1月から、締め切りの4月15日まで、週7日間、朝から夜中の12時過ぎまで働きずくめの毎日が続くのだから体を壊さないかこちらが心配してしまうほどである。
とはいえ僕自身も彼女を忙しくしている側の1人なので、矛盾した心配ではあるのだが。

ここが混んでいるのはそれだけこの会計事務所に訪れる客は多いということなのだが、これが毎年頭痛の種になっている。
オフィスがある Flushing という場所柄、そして会計士自身も中国系とあって客の多くは中国系移民が多い。もちろん僕の様に日本人でここを利用している人もぽつぽつ見かけるのだが ( この場合たいてい知り合いだったりするのだ。日本人でここを知っているのはたいてい口コミによる紹介だからである )、この人達の中には並んで待つということをしないという人がいるのだ。もちろんマナーを守って忍耐強く待つ人も中にはいるので、自ずと客同士で諍いになることも ( ただし僕は中国語が理解できないので、口論しているのは分かっても内容までは理解出来ない )。

会計事務所の方でも、受け付けを済ませた順に番号札を渡すなどして、公正にコントロールすればいいのに、どうも 「 我先精神 」 が旺盛なせいか、先に来て待っている人のことなんかお構いなしに割り込もうとするのだから、座って待っているだけでも気疲れしてしまう。

さて僕も昨夜は仕事帰りに Flushing に寄って車を停め ( これがまた買い物時にぶつかると悲惨だ。駐車スペースを探すのが大変なだけでなく、二重駐車などどこもかしも渋滞だらけなのである )、それから会計事務所に顔を出す。
今日来ることにはなっていたけれど予約は出来ないので、こうやって事務所に行ってから順番を待つことになる。この日は8時のアポイントとなった。それまで近所で食事でもしてきたら? と言われる。
ちなみに食事をしている間に自分の番が飛ばされてしまうこともあるのだが、何時に終わるか分からない夜に空腹のまま待つと余計にイライラしそうである。特にこの日は時間が無かったので会社でもカップ焼きそばしか食べておらず、余計におなかがぎゅ~。
ということで昨年この会計事務所を紹介した友人が今年も利用したいというので、彼女が来るのを待って一緒に近くのマレーシアレストランに行くことにした。
短時間の間に食事を済ませ、会計事務所に戻らないといけないのでできあがっていそうなマレーシアンカレーを頼んだのだが、これがなかなかどうして、かなりイケる。名前は Rendang Curry といってインドネシアでも食されるドライカレータイプである。これでたったの$5というから、China Town 恐るべし。

ABC テレビ局に勤めている友達の仕事ぶり、内輪話に耳を傾けながら素早く食事を終え、会計事務所に戻ると約束の8時になってもまだ僕の前に来ていた人が待っている様子が目に入った。
実は僕も同じ事をしたわけだが、待ち時間が長いからと途中外出をして帰ってくる客がいるので、自然と順番があやふやになってしまうのだ。
自分より後から来たと思ってもその人は実は早くに来ていて、コーヒーを飲みに行ったとか買い物を済ませてきただけ、というケースがよくある。

結局僕が会計事務所を出たのが夜の11時過ぎ。彼女はまだ数人の顧客を待たせていたから、このオフィスから出られるのはきっと翌日になることだろう。
こんなに長時間、しかも中国人に混ざってというのも自分だけがのけ者になったようで居心地は良くない。それでも毎年ここを利用してしまうのは、彼女の節税指導による還付金の大きさだろうか。
妙に明るい蛍光灯のもと、長時間座って待つ人の表情は疲れ切っている。僕もさっきまでその1人だったのが還付金の額が計算されると途端に笑みがこぼれてしまうのである。なんと我々は現金なことよ。

さて今年は e-file といってオンラインで申告を完了し、還付金は直接僕の口座に振り込まれる方法にした。毎年連邦政府と州政府から送られてくる小切手を楽しみにしていたので、少しばかりさみしさが感じられる。

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▲ 今回は当日撮った写真が無かったので、Flushing で撮った新年の写真を2枚紹介している。

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