
▲英語もスペイン語も自然に使い分ける子供たち。 ( 写真はわざとぼかしてあります )
最近自分の国語力が著しく低下していることをつくづく痛感している。
普段はそうでもないのだが、日本の人と話をしていると言葉に詰まることが多く、「 あれ、なんて言うんだっけ? 」 と自分が言おうとしている単語や熟語を、相手に思い出してもらったりするのだ。
言葉は使わないと錆び付くというが、まさにその通りである。
かといって 「 でも英語がうまくなったからいいんじゃないですか? 」 と言われるとそれにも首をかしげてしまう。
確かにアメリカに住んで5年目くらいまでは、知り合ったばかりの人に 「 アメリカに住んで何年? ○年にしては上手ですね 」 などと言われたりしたものだが、それは 「 在住○年にしてはマシな方 」 という意味であって翻って言えば、「 ああ日本人風アクセントの強い英語を話すね 」 と言われているのと同じ事なのである。
ところが10年近く経つと 「 ▲年でそんなに話せるなんてすごいですね 」 とはもう誰も言ってくれなくなる。やはりこのぐらい長くなると、少しくらいまともな英語が話せて当たり前という認識に変わるからであろう。
日本語を使う場面において、一番危ういのがビジネス会話かもしれない。
仕事ではほとんど英語しか使わないのだが、ときおり日本語で日本のクライアントとメールや電話でやりとりする機会がある。
日本で働いていたときはあれほど自然に使っていた、ビジネス会話やビジネスマナーはこちらではほとんど使用しないために即座に出てこないことが多くなった。
普通にこうしてブログに書くような砕けた文章であればそうでもないのだが、仕事で書かなくてはならないメールになるとそれこそ時間ばかりかかってしまい、とたんに生産性が落ちてしまうのである。
それゆえ、ATOK2006 をオンラインで購入して使用しているのである。ATOK を使用すると簡単な文法のチェックが行われ、誤用を指摘してくれる。また類義語だけでなく連想変換という優れ機能もあってこれなくしては New York Watch も存在しないかも知れない ( 苦笑 )。連想変換とは、たとえば 「 雨 」 と入力して Ctrl-Tab キーを同時に押すと 「 雨 」 と言う言葉から連想される言葉をリストしてくれるのである。たとえば 「 雨催い 」 などという候補が出てくるが、これは ATOK が搭載している辞書によると雨が降り出しそうな気配を指すのだそうだ。
日本語に関しては同じレベルの人と会話をするのが維持する一番の方法だが、やはり日常的に読書も必須だろう。振り返ってみて、はて最近読破した日本語書物はなんだったろう、と思い出せないほどである。
ところで僕なんぞは上にも書いたように 「 なんちゃって Bilingual 」 なのだが、アメリカ、特に New York では二つ以上の言語を話せる Bilingual の人が普通に暮らしている。
そういう人はたいてい移民の家庭に育った人達だが、家の中では両親の母国語を聞いて育ち、幼稚園や学校では英語を使うため、器用に使い分けることができるのである。
僕の友人にも Bilingual は多い。日本人もいれば、中国人、Puerto Rican や Cuban それに Greek やポーランド人 もいる。でも彼らの中にもコンプレックスを感じる人はいるようだ。
というのも caucasin、すなわちいわゆる白人と呼ばれるヨーロッパなどからの移民は別にして、ヒスパニックやアジア系の顔立ちをした人に対しては、両親の出身国の言葉が話せるだろうと、周りから思われているからである ( expectation ) 。
親しい友人の1人は、New York で生まれた Puerto Rican ( Nuyorican と呼ばれる ) なのだが、スペイン語は聞き取れる程度である。でもどうやら家族親族が一同に会するときに恥ずかしい思いをするようで、スペイン語が話せないのがちょっとした劣等感になっているらしい。
結局、子供の時から自然と二カ国語を話せるようになるには、家の中で使う言葉と、学校や友達と話す言葉で異なっている場合にうまく身につくようである。この場合家の中で話す言葉はどちらかというと第二言語になり、家の外で話す言葉が第一言語になる。もし子供を Bilingual に育てようと思ったら、両親が英語などの外国語で話しかけ続けるか、もしくは家の外では常に外国語・・という環境でない限り難しいと思う。
このバランスが崩れると、やはり外部で使う言葉がメインになるようだ。
「 僕はスペイン語を話せるけど、弟は英語だけ 」
こんな話もよく聞くが兄弟でも話せる言葉が異なるのは育つ環境に違いがあるからである。彼の場合は、両親が共働きだったので、学校から帰ると祖父母に預けられた。英語が話せない祖父母とコミュニケーションを取るために自然とスペイン語を学んだケースである。ところが弟は daycare に預けられたので、家の中ではわずかな時間しかスペイン語と接する時間が無く、スペイン語で話すことを拒否したとのことだ。
では大人になってから Bilingual になることができるのだろうか。
僕は無理だとは言わないが、新しい言語を習得するのが得意な人やかなり真剣に勉強しない限りかなり難しいと思う。
ちょっと前のことだが、それについてアサヒコムにちょっと興味深い記事が載っていたのでここで紹介しておくことにしよう。
さて次の10年後を目指して、このいい加減な英語をなんとかしたいが、日本語も錆び付かせないよう頑張らなくては。

Trilingual(スペルあってますか?(^^;)も普通に存在してしまう環境ですからね。
僕は、なんちゃってバイリン・・・なんて言えないレベルですよ(^^;
今日のお話、とても身近に感じました。そして英語伸びないな~・・とも感じてます(笑)
私も10年ほどアメリカで生活をした後、数年前に帰国しました。日常会話や仕事で英語を使うには困らないくらい上達しましたが、「とりしまりやく」が漢字で書けないほど日本語がダメになってしまいました。現在はパソコンが無いと手紙が書けないため、E-mailで仕事ができることにとても感謝しています。
ところで、英語のレベルを落とさないためにFENを聞いたりや英検、TOEICを受けて自己啓発を試みていますが、ビジネスディナーにおいて日本人とアメリカ人の通訳をするのにとても苦労しています。英語で話を理解するのと、それを正確な日本語で伝えるのは大きく違います。これからは漢字検定でも受けて日本語を勉強していこうと思っています。
H.Oさん、
三カ国語を話す人も確かに少なくないですね。スペイン語・イタリア語・ポルトガル語・フランス語など同じファミリーの言語ならわかるんですが、中には「英語とスペイン語と日本語と中国語が話せます」なんて人もいて、いったい頭の中はどうなっているんだろう、と不思議になってしまいます。
でもこの新聞記事によると、このスイッチが発達している人は複数の言語を頭の中で翻訳することなく理解して、高速に言語切り替えスイッチがはたらくようですね。
ところで、複数の言葉を話せる事のメリットはとても大きいと思います。それはいろいろな場面コミュニケーションを取ることができるということだけでなく、異なる文化を理解しやすく考え方まで変わってくるからです。
eddieさん、
漢字を含めて日本語全般はコンピュータの出現で驚くほど「書く」という場面が減ってしまいましたね。僕は日本にいたときからすでにコンピュータばかりだったのでほとんど難しい字が書けなくなってましたが、こちらに来てからは日本語の文章を使う機会そのものが少ないので、ますます書けなくなっているに違いありません。
考えてみれば、自分の名前を日本語で書いたのがいつのことだったか思い出せない・・・(笑)
それからmatrixの違いにも困惑することが多いです。困ったもんだ。
ひ@NYさんは、わざわざアメリカへ移住なさったということは日本にいるときから英語は
できたんですか?すくなくとも「英語は嫌い」ではなかったんですよね?
日本語、日本にいてすら、どんどん忘れてしまいます(重症ってか年のせい?!)。
やはり本読まなくちゃ・・・と痛感しています。いわゆる「本」読んでないなぁ。
私は通勤時間に読む本といえば雑誌ばかり(ナショナルジオグラフィックとか建築雑誌など真面目なもの
ではあるけれど)なので。。。
私の場合の使用頻度は、アラビア語>英語>>>>>>>>>>>>日本語、といった感じです。
数ヶ月に一度くらい日本人の方に会って、日本語で話をする機会がありますが、最初の数分間は自分でもわかるくらいぎこちなくて、思ったとおりの表現が出てこなくてイライラしますね(^^;
かといって、英語やアラビア語が苦もなく使えるのかといわれると、それもあやしいし(--;
子供に言葉を教えるのには家の中と外もそうですが、両親の母国語が違う場合は、やはりそれぞれの母国語で話かけたほうがいいと聞いたことがあります。
同じ人物が二ヶ国語以上で話しかけると、子供は混乱してしまって、ちゃんぽんで話す中途半端なバイリンガルになってしまうそうです。
唯一話せる日本語ですら怪しい僕からすると ひろゆきさんの文章力で国語力が落ちてるなんて言われるとショックですよ~(笑)。
先日初めてアメリカ(サンフランシスコとシリコンバレー)に行きましたが、やっぱり英語は話せるほうがいいと実感しました。もう30代後半なのでバイリンガルは難しいでしょうが、少しはコミュニケーション出来るくらいには勉強しないと。NYに行くその日までに。
最近私が注目しているのがSONYのLIBRIEで、今春には次モデルのSONY READERが発売になると聞いて貯金しています。海外に住んでいる日本人にとっては日本語の本がダウンロードできる点は朗報でしょうし、英語教材に飢えている私には将来写真の雑誌や英字新聞もダウンロードできるかもしれないのでとても気になる商品です。
Emmyさん、
僕が日本にいたときの英語会話能力は普通の旅行客程度でしたよ。仕事で使用する言葉はもともと英単語なので、仕事で話す分にはそれほど困らなかったんですが、住むようになると異なるシーンで・・というかありとあらゆるシーンで英語を使うことになりますよね。
ちなみに英語はあまり好きな科目ではありませんでした。大人になってから文法をきちんと学ぶ必要はわかるけど、子供のときは文法にとらわれず英語に親しむ事の方が重要だと思ってましたので、受験英語があまり好きではなかったんです。
話す言葉はやはり耳から入る音が重要ですよね。読むことでいろいろなボキャブラリを増やすのも重要だけど、慣れると新しいボキャブラリを覚える速度も速くなります。iPodでニュースとかドラマをダウンロードして電車の中で見る、なんてのもいいんじゃないかな。
TAKE Cさん、
アラビア語のほうがやはり英語より使用頻度が高いんですね。アラビア語も覚えるといろいろな国で使える便利な言葉ですよね。僕も英語がもっときちんとしたらさび付いているスペイン語をきちんと勉強しようと思っているんですが、知っているのは簡単な会話ぐらいで伸びません。
外国に生まれることでbilingualになるのはよくある話ですが、育つ環境でそのbilingualもいろいろな姿がありますね。
ヒスパニックの友達のところは両親がすでにチャンポンなので、そういう場合スペイン語に英語が混ざる「スパングリッシ」を話せるようになります(笑)
特にミックスカップルが多いこのあたりでは、家の中で三カ国語というところも珍しくないようですが、子供は使い分けているようです。学校のサポートが厚いせいかもしれませんね。
eddieさん、
書物は以前として流通に時間がかかるしコストがかかるモノの一つですね。
電子ブックの形のものはこれからもハードウェアの進化に伴ってフォーマットもまだ変わりそうな気がします。
僕なんぞは素人なのでPDFフォーマットで統一してはいけないのかなぁと思いますが。
紙のような液晶を開いて読んだり、またはヘットマウントディスプレイで「ながら」読みができるなど、遠い未来の話ではなさそうですね。
Sony Readerで扱える本はBBeBに準じていなければならないとのことですので、自己出版も含めて本の電子化は簡単にできそうもありませんが、今回LIBRIEではなくSony Readerを待っている理由の一つとしてPDFが扱える点が挙げられます。ワードやエクセル、写真などもPDF化してしまえば持ち歩くことができるため仕事やプライベートにも使えそうです。ブラザーの多機能プリンターでは雑誌等をスキャンしてメモリーステックにPDFとして保存できるのでPCを立ち上げなくても電子媒体を気軽に持ち運べるようになりそうです。
eddieさん、
僕が使っているドキュメントスキャナーもPDFフォーマットに変換してくれるので、こういうのはいいですね。今じゃ携帯でもAcrobat Readerがあるんじゃなかったかな。
PSPとかデジカメにも付いたりして。
ちなみに次のバージョンのWordとExcelではPDF変換機能が取り外されそうですよ。