2006年8月アーカイブ

( 『Detroit紀行』と題して先月下旬に訪れた Detroit の写真と文を紹介しています )

さて Atlanta についてはまだ書き足らないのだが、一カ所ばかり紹介が長引いてしまっては、このあと控えている Detroit と Chicago になかなかたどり着けない。そこで Atlanta についてはひとまずここまでとして、その翌週に訪れた Detroit に話を移そう。


さて Detroit とはどんな街だろうか。

実は僕も、行く前に街の輪郭がどんなものかおぼろげでも良いからと、知っている限りのことを頭の中に並べてみたのだが、いまいち Detroit という街の特色が思い浮かばない。それでもインターネットで調べてみると面白そうな場所がいくつかありそうだ。
( そうして見つけたのが、以前紹介した Eastern Market である )
事前の調査は十分とは言えなかったが、自分言うのもなんだが、初めての街でも危険なところ、面白そうなところなど、勘が働くのでなんとかなるだろうと、主要なアドレスだけ書き留めて出発することとなった。

New York から Detroit までは飛行機でたった1時間半ほどである。恥ずかしいことに La Guardia 空港から出発する Northwest 機に乗り込むまで、到着時刻のことに無頓着だったのである。
ちなみに Detroit という街に行くのは初めてではない。Northwest 航空が Detroit 国際空港をハブとしてしようしているので、これまでに何度かこの空港を利用したことがあった。
がたいてい1時間から数時間のウェイティングであったために、空港から一歩も足を踏み出した事がなかったのである。


飛行機は定刻通りに到着し、その足でレンタカーオフィスに向かう。Atlanta と Chicago では公共交通機関をメインに使用したのだが、Detroit は鉄道システムが崩壊していると聞いて、Detroit では車を借りることにした。
Hertz レンタカーで車を借り受けると、まずは宿を取っている Downtown に向かった。さすが自動車企業、GM、フォード、クライスラーという三大自動車企業の城下町である。高速道路は見事に整備され、道はとてもわかりやすい。

そうして着いた Downtown だが、事前に聞いていた空洞化した都市というのが肌で感じられるほどで、車窓から流れる景色が痛々しい。

さて短い滞在中に一体どんな写真が撮れるのだろう・・・少しばかり不安になった。



▲床屋と書いているのを見つけて撮った写真だが、まじまじと写真を眺めるとどうやら床屋ではない様子。Lunch と Sandwich の文字が看板に書かれている。はてここは 「 床屋 」 という名前の diner なのだろうか。

( 『Atlanta紀行』と題して先月下旬に訪れた Atlanta の写真と文を紹介しています )


Atlanta には世界でもっともよく知られた製品の一つを製造・販売する会社が本拠地を構えている。それはグローバリゼーションの代名詞の一つにも挙げられる Coca Cola 社である。そういえば Atlanta では一度もペプシコーラを見かけなかったような・・・。やはり企業城下町なのだろうか。


MacDonald や Starbucks などアメリカを代表する他のブランドは、日本初登場を覚えているが、コカコーラは気がつけば身近にあった、そんな飲み物である。うちでは母が 「 あれは歯や骨によくない 」 などと言って滅多に飲ませてくれなかったが、近所のガキ大将がいつも500ml のボトルのコーラを買って一気飲みしていたっけ。


その Coca Cola 社のミュージアムが Atlanta の Downtown にあると聞いて、外観でも見ておこうと行ってみた。

残念ながら中には入らなかった。時間が足りなかったというのが主な理由だが、実はほんの一瞬だけ 「 見学して行こうか 」 という気持ちが頭をもたげた。どんな風にコーラが作られているのか、前々から興味があったのだ。けれど重い撮影機材を抱えていたので、荷物のチェックなど気が重かったし、まして上の写真にあるように炎天下で行列を作っているのを見て、あっという間にその気持ちも失せてしまった。

ただこういう場所を紹介としようした場合、入場料金を払って自分の目で見て、その上で感想を書かないことには紹介することの意味が無い、ということは自分がよくわかっている。なのでここで写真だけ置き逃げしていくのは心苦しいのだが。


建物自体は新しく、これと言ってパーソナリティが感じられず、どちらかというと個人的には面白みに欠ける。けれどもレンズ越しに見ると、「 さすが大量の広告を打つ、Coca Cola 」 と思えるデザインが施してあった。

建物のモールディングに当たる部分だが、ここには周囲を囲むように社名が飾られている。偏見かもしれないが、やはりこういうものは古い建物にゴシック調の飾りの方がよく似合う。


博物館の目の前にある自動販売機コーナー。無料試飲コーナーを期待していたのだが ( 笑 )。
暑くてのどが渇いているときは、甘いものに手を出さないようにしているのだが、せっかくなので産地直送? 生コーラ? と一本買って飲んでみたが、当然のごとく味はアメリカどこでも一緒である。
( 世界的に見ると甘さなどの調節をしているらしいが )


ちなみに競争相手である Pepsi は New York、Upstate に本社を構える。こちらも本社のガーデンを開放しているのだが、企業戦略の違いだろうか、アプローチに大きな違いがある。企業風土の違いだろうか、そう考えるとなかなか興味深い。


皆さんはソーダを手にするとき、コーク派ですか、ペプシ? それともこだわらない?

( 『Atlanta紀行』と題して先月下旬に訪れた Atlanta の写真と文を紹介しています )

今回、Atlanta を皮切りにして、Detroit そして Chicago と続けて訪れたのだが、Atlanta は他の二都市、いや New York、それに僕がこれまでに訪れたことのある都市を加えても、ちょっとした特色があった。

それはとにかくよく声をかけてくる、ということである。
日本からアメリカに初めて旅行で来たときやこちらに住みはじめた当初、僕もそのことをあちこちで経験した。といってもそのころは会話に追いつくのに必死で、きっと見知らぬ人に対しては 「 頼むから話しかけないでください 」 みたいな緊張した顔つきで歩いていたんじゃないかと思う。なので自ずと機会は少ないはずだが、それでもレストランやデパート、それに地下鉄などパブリックな場所で話しかけられることがよくあった。

そのうち余裕が出てくると、街中で、書店で、Liquor Store で、映画館で・・・といろいろなところでたまたま居合わせた人たちと自然な会話をするようになったが、その頃には見知らぬ人に話しかけられると言うことはあまり気にならなくなっていた。
まだ僕自身が見知らぬ人に声をかけるのはまれだが、それでもたまにカメラを渡されて撮影を頼まれたり、共通の話題が聞こえてきたりしたときなどは、僕の方から声をかけることも増えてきた。

余談だがその癖で東京で同じ事をすると、変な目で見られてしまうのは参った。こちらは別にナンパするわけでも、何かを盗むわけでもないのだが、店員に話しかけると一様に警戒した表情が返ってくる。こういう小さな違いが 「 アメリカかぶれ 」 と呼ばれてしまう部分なのかもしれない。くわばらくわばら、である。


さて僕の住む New York でも見知らぬ人同士で会話が始まることはそれほど珍しくないので、今ではすっかり慣れきってしまい会話のあとその内容について意識することも少なくなった。

ところが Atlanta はそんな頻度ではないのである。行く先々で色々な人に声をかけられるのだが、New York で慣れているはずの僕が驚くくらいなので、大昔の僕だったらもっとびっくりして、きっと引いてしまったに違いない。

前回紹介した MARTA の地下鉄を待って駅のベンチに腰掛け、することもないので携帯電話のゲームをしていると高校生や大学生ぐらいの African American の若い人たちに携帯のメーカーを尋ねられることは一度や二度どころではなかった。携帯やゲームに興味があるのだろうが、僕がやっているゲームを横から見てコメントを発してくる人もいたくらいで、こちらもなんだかリズムが狂ってしまう。

また別の駅でやはり電車がやってくるのを待っているとすぐ横には中年男女のカップルがいた。女性の方はなんだかとても楽しそうにケラケラと笑い声を上げているのをみて、仲がとても良い夫婦だと思っていた。すると僕がそちらに顔を向けていたのに気がついたのか、その女性が、「 この人には参っちゃわよ。もうしつこくてしつこくて。私たち今あったばかりなのよ 」 と言うではないか。
いかにも昔からの知り合いのようにして笑い声をあげていた二人は見ず知らずだったのだが、そのあとすぐきた電車に乗り込むと僕もその輪の中に巻き込まれることに。
僕が座ったすぐ横には若い黒人女性が二人座っていたのだが、この人たちも会話に混じりとたんに車内は騒がしくなる。そのうち僕がどこから来たのかという話題になり、皆が口々に 「 あそこに行くべきだ 」 とか 「 いやこっちの方が写真を撮るならいいにちがいない 」 と喧々囂々の井戸端会議が電車の中で開催されるのである。

こんな事は僕が一人でカフェで座っているときや、公園で休んでいるとよく起きたし、また街ですれ違う人たちも声を掛け合う割合が New York、それにこのあとで訪れた Chicago や Detroit と比べても明らかに多い。


New York に戻ってきてから南部出身の友達にすると、「 それが Southern Comfort 」 という。

Southern Comfort とは直訳すれば南部地方の安らぎ、ときくつろぎということになるが、僕の勝手な解釈で 「 もてなしの心を持つ南部気質 」 とではないかと思う。


僕の恥をさらすようで本当は書きたくないのだが ( 苦笑 )、実は Atlanta 滞在中に財布を紛失した。
あるはずのポケットに財布が無い、と気がついたのが、最後に持っているのを確認してから30分後。落とすとすればインターネットを使っていたホテルのロビーだろう。そういえばあそこのソファは深く腰掛けるので、知らず知らずにポケットから滑り出てしまったに違いない。
・・・と落とした場所の推測はついていて、それが安全なホテルのロビーという特異な場所ではあったが、ここもいわばパブリックな場所である。道で落としたのとは違って、それなりのホテル内だからお金に困っている人は少ないはずである。
でもそんな希望的観測より、旅行先で銀行やクレジットカード、それに身分証明書である免許証がないと飛行機にも乗れず、金銭的にすぐにでも困ってしまうことが焦りとなって、それどころではなかった。

試しにロビーにほど近い位置にあった Concierge に尋ねると、ここに紛失物の届け出は来ていないけれど、フロントがその種の情報を集めているからそこで聞いた方がよいとのこと。
早速フロントで尋ねると、すぐに遺失物紛失係に電話をしてくれ、どうやらそれらしき財布の届け出があったとのこと。


それがホントならクレジットカードを停止しなくて済む・・・とひとまずほっとして、担当の人が来るのをフロントの前で待つことになった。
その間最初に対応してくれたフロントの女性 - この女性はカウンタの向こう側でなくこちら側にいて、宿泊客の誘導をする係の女性だったが - このときになって初めてこの女性を、失礼のない程度に観察する余裕が出てきた。
ストレートの髪が肩まで伸びたスレンダーな黒人女性で、年の頃は20代前半というところ。かわいらしいという面影もあるけれど、ホテルのユニフォームでなければゴージャス系かもしれない。
するとその女性が僕の持っていたカメラバッグに気がついて 「 Atlanta には写真を撮りに来たんですか? 」 と尋ねてきた。そこで New York から来ていること伝えると、あら私も Bronx 出身なんですよ、でもこちらの方が私にはあっているみたいです、とのこと。
New York にはときどき行くから、そのときに Head Shot を撮ってもらえないかしら? 良かったら連絡先を教えてください、と冗談とも本気ともつかないことを小さな笑顔を見せながら言う。
「 子供を産んだばかりでやっと元の体重に戻したばかりなんです 」 というので、思わずびっくりしてしまった。


そんなことを話しているとホテルの従業員が見覚えのある僕の財布を持ってきてくれた。

開口一番、「 もう留守番電話メッセージ聞いたんですか? それともメールを読んだんですか? 」 という。
どうやら届け出をうけたあとすぐに財布のなかの名刺を見つけて、いろいろなところに連絡を取ってくれていたらしい。

こうしてホテルの従業員に礼を言いながらチップを、そしてストレート髪の女性には名刺を渡してロビーを後にしたのだが、あれだけ焦ったばかりだというのに、今はなんだか嬉しい気持ちになっている自分に気がついたのだった。
この日朝から僕を癒してくれたのは、Southern Comfort だった。

( 『Atlanta紀行』と題して先月下旬に訪れた Atlanta の写真と文を紹介しています )

僕は初めての街に行くと、まずは地下鉄やバスの路線をチェックしてこれでどこまで行けるのかを確認する。
場所によっては公共交通機関が発達しておらず、車の助けが必要になることもあるが、そうでない限り、歩いて回る自由度が高いのでローカルな交通機関を使うのである。

さすがに南部最大の都市ということもあり、Atlanta の都市交通は整備が進んでいた。今回の仕事依頼は日本からのものだったから、そういう観点で見なくてはならないのだが、このところとんと日本の事情にうといこともあって、つい地元である New York のそれと比べてしまう。それではいけないのだが・・・。
さてその New York と比べて感銘を受けたのが、清潔さとスマートの二点である。



MARTA - Metropolitan Atlanta Rapid Transit Authority の略だが、New York でいうところの MTA ( 都市交通局 ) に値する組織だろう。名称も似ている。

MARTA が運営する交通システムには電車とバスがある。今回はバスは乗らなかったものの、電車にはよく乗った。基本的には東西を走るラインと南北を走るラインの2種類しかないのだが、それは衛星都市が東西南北に広がっているからなのであろう。
もちろんオリンピックに合わせるかたちで路線がデザインされた部分もあるだろうし、駅や車両のデザインもその意向をくんでいるのがよくわかる。

電車はダウンタウン中心地では地下深くを走り、郊外に出ると地上を走る。地上駅はともかく、地下駅はそれぞれがユニークなデザインとなっていて、構内はどれも趣向を凝らしたデザインとなっていた。
上の写真も真っ黒な火山岩のような岩壁と、インダストリアルでモダンなプラットフォームの対比が印象的で、それがマッチしている。また手地下深くで天井が高いにもかかわらず柱など見あたらず、とても広々とした空間が広がっている。

またアメリカにしては珍しく、次の電車がホームに到着するまでの頭上の電光掲示板で分単位で表示してるなど、とても近代的なシステムである。
おそらくオリンピック後も改良を重ねているのだろう、ということは電車に乗っていてあちこちから感じた。
その一つは自動扉タイプの改札口である。すでに日本では導入されているから珍しくはないが、ここアメリカではあまり見かけない。その改札口だがちょっとかわっている。西部劇に出てくるようなバーの扉を想像して貰うとわかりやすいが、こちら側からもあちら側からも開く、両開きの扉である。MARTA の改札口にはこの両開き扉が全面ガラスとなっており、チケットを通すとその扉が自動的に開くのである。

でそのチケットだが、これも二種類あって新しいものは非接触型になっていた。New York の地下鉄でもやっと最近試験的に導入されたばかりなのである。

車内もかなり独特なデザインである。日本の地下鉄とも New York の地下鉄とも似つかない。
どちらかというと旅客機の機内に似ているかもしれない。車内で使われている材質が飛行機と同じもののように見受けられるが、そのせいで特に似ているという印象を強く受けるのだろうか。
車内は明るく、清潔でいたずら書きなども無い。電光掲示板に液晶モニターが設置されているところも、この車両が割と新しいことを物語っている。単なる予想だが、この車両はヨーロッパ製ではないかと思う。

またこの MARTA トレインは Atlanta 国際空港まで直接乗り入れているところも、都市としてアクセスがしやすく旅行客には優しい。


こうして Atlanta にいる間は MARTA の世話になりっぱなしですっかりそのスマートさに慣れきったころ、Atlanta を発つ日になった。
僕の乗った飛行機が New York、La Guardia 空港につき、タクシーで狭い我が家に戻ってくるとまずは留守していた間の空気を入れ換えようと、窓を大きく開けはなった。するとちょうど目の前の高架を地下鉄が走ってくるのが目に入った。
いつもの薄汚れた、ちょっと古くさいステンレスの地下鉄だが、それを見てなぜだかほっとした。

( 『Atlanta紀行』と題して先月下旬に訪れた Atlanta の写真と文を紹介しています )

New York では地下鉄に自転車と一緒に乗り込んでくる人もいる。
この事実は今はもう日常の風景として気にとめることも無くなったが、初めてそれを見たときは、こんなものまで地下鉄に持ち込めるものか、と驚いたのを覚えている。
ちなみに NY 都市交通局ではラッシュアワーの自転車持ち込みを制限してるくらいで、それ以外は特に問題ないとの認識のようだ。

日本では最寄りの駅まで自転車で行き、駅前の駐輪場に自転車をおいて出かけるも、New York では自転車も一緒に持って通勤、通学しちゃうのである。
考えてみればこの方が合理的で、目的地に着いてからも自転車で行動することができる。もちろん自転車を駐輪していかないのは、盗難が多いからという事情によるものもあるだろう。

さて Atlanta に行ってびっくりしたのは、こうやって市営バスにも自転車を持ち込めること。とはいえさすがに左右に揺れるバスの車内で自転車をホールドしているのは難しい。他の人にぶつかって怪我をさせないとも限らない。
そこで自転車でバスに乗る人は、自転車を自分の手でバスの先頭に取り付けることになる。目的地に着いたときは、運転手に今から自転車を取り外すことを伝えることで、バスはその間出発を待っていてくれるのである。

同じ仕組みはシカゴのバスでも見かけた。大都市だから出来ない、というのはいいわけになりそうだ。さて New York でも導入されるだろうか。


米国におけるブロードバンドインターネット事情は、全世界的に見れば決して遅れを取っているわけではないだろうが、インターネットそのものを産みだし、いまなお世界中で利用されているインターネットサービスの多くがこの国から提供されていることを思えば、意外にお粗末なのである。


アメリカではまだ光接続が一般的ではなく、ほんの一握りの地域で Verizon がはじめたに過ぎない。ブロードバンド接続をしている人の多くが DSL かケーブルテレビのラインでつないでいるのである。

しかも DSL などは日本で言うような二桁Mbit/秒ではなく、いまだに3Mbとか7Mbぐらいしか選択の余地がない。ただ日本と違って理論値をうたい文句にしているのではなく、3Mbitといえばほぼそれだけの速度が出るので、極端に遅いという不満は少ないようだ。

ケーブル接続もだいたい似たような事情で、僕が住んでいるエリアではケーブルの方が多少速いという程度の違いしかない。
そもそも値段はどちらも$40/月前後だし、しかも下りはうたい文句通りの速度が出ても上り速度は384Kbitとか512Kbitに制限されている。

以前にも僕はケーブルと DSL の両方のインターネット接続を利用している、と以前紹介したことがあるが、これはメインのケーブルインターネットの品質がちょっと前まではボロボロで、接続不可になっていたからである。IP Phone などが使われてくるとさすがにインフラとして重要な位置づけになり、そのせいか滅多に回線接続不能になることはなくなったのだが、この週末久々にそれが起きた。

といってももう一つの DSL のラインにつなぎ替えるだけですぐにネットにはすぐにつながるので、さして気にすることもなく、そのまま使用していた。

そのうちふと気がついて、「 この現象は他でも起きているのかな 」 と思い、とあるユーザフォーラムサイトにアクセスした。
そこには僕と同じ会社のインターネット接続サービスを利用していて、使えなくなったということを別のインターネット接続を経由して書き込んでいる人がいた ( メインのインターネット接続方法が使えないと、バックアップ回線を使うことになるが、多くの人はメインの回線だけなので不具合があるときは逆に投稿もできなくなる )。
「 ああ、うちだけじゃないんだ 」 と思うとなんだかほっとする。全然解決になっていないのだが、他のところでも起きているのなら僕がいちいちクレームしなくてもいずれ直るだろう、という気持ちからである。
これがうちだけの問題だったら、テクニシャンが来るようにスケジュールを決め、その日は会社を休んで自宅で待機・・と面倒くさい。

次にどれくらいの範囲に影響が出ているのかと、過去の方向にログを読んでいると興味深い投稿にぶつかった。
なんでも接続が復旧した後、電源を入れ直す ( 初期化 ) ことで以前より速くなっている、というものである。
試しにその人が http://www.speedtest.net で計測してみると、7Mb/秒に達する勢いだという。
どうやらケーブル会社が Verizon の光接続サービスが本格的に始まるのに対抗すべく、高速化を行っているらしいのだ。やっぱり競争は必要なんだな。


で僕のケースはどうかというと、結局その夜は全く使えなかったものの、翌朝ケーブルモデルを見るとちゃっかり直っておりコネクション確立の LED が点灯している。念のため僕も電源を入れ直して、speedtest.net で計測してみると、先の投稿と同様、うちもスピードアップが確認できた。なんだやればできるじゃないか > Time Warner Road Runner サービス

なにもかもがこう世知辛い New York で、無料でサービスの向上とは嬉しいが、その一方で気味が悪いとも感じてしまう。はてそれは猜疑心が強すぎるというモノだろうか。

下りは相変わらず512Kbに制限されているが、これは仕方ないだろう。むしろこうして無料でアップグレードをしてくれること自体、なんでもチャージするアメリカにしては珍しい。


さてインターネット接続速度が速くなっても僕の動作速度は相変わらずである。なのでブログの更新やメールの返信など処理が速くなるだろう、とは期待しないように ( 苦笑 )。

( 『Atlanta紀行』と題して先月下旬に訪れた Atlanta の写真と文を紹介しています )

今から遡ること、7年前にこんな事を書いたのだが、その時の文章を読んで、「 感じることは今も変わらないなぁ 」 と自分で自分のことを苦笑してしまった。それは街頭の色ことである。

久々に日本に降り立つと、最初に感じるのは白くまぶしい蛍光灯による街の明るさだが、それはつまりこちらの暗い街並みに慣れてしまったということである。
それでもいまだに心が落ち着かないのが、広々とした寂しい場所で照らされるオレンジ色の街灯である。
なぜだかわからないが、僕はこの風景にいつも不安を駆られる。今にも犯罪に巻き込まれそうな気がしてならないのである ( 笑 )。

24時間人が歩いているような Manhattan では見かけられないが、郊外の駅前駐車場とかショッピングモールや映画館の駐車場などはだいたいこのオレンジ色の街頭一色である。
中には下に紹介する写真のように、都市の大通りの街頭でも使われていたりする。

なのでこういう風景を見かけると、すぐに歩くのをやめて車で移動してしまうのだが、この街灯の色から心理的なプレッシャーを感じるのは果たして僕だけだろうか?
そうでないとすると、アメリカでこの色の街灯照明を選択したのには何かしらの効果を期待していると思うのだが、それは夜間の一人歩きをするときに常に周囲に注意を払え、というものなのだろうか?



▲ ホテルの部屋から見下ろす Atlanta、Downtown の街並み

( 『Atlanta紀行』と題して先月下旬に訪れた Atlanta の写真と文を紹介しています )


アメリカ南部最大の街、Atlanta はその気候ゆえ、Hotlanta と呼ばれることは前に書いたが、覚悟していったからだろうか僕が行ったのが8月の頭だというのに、それほど暑いとは思わなかった。いや気温は華氏90度を超えていたので歩けばすぐに汗が噴き出すのだが、周りから 「 暑いぞ暑いぞ 」 とさんざん驚かされて来たので拍子抜けしただけかもしれない。

今回僕が Atlanta で宿を取ったのは Downtown で、いわゆるオフィス街である。一部の都市をのぞき、米国でオフィス街というと一般にそれだけしかなく、店は少なく、あったとしても夜は早く閉まったり、週末は休みと言うところが多いのだが、ここも例外ではなかった。
名の知れたうまいレストランやカフェなどは、どうやら郊外にあるようで、そこには行くにはどうやら車が必要な様子だった。

車を借りなかった僕はもっぱら地下鉄でアクセス出来るところを回っていたのだが、あちこちで熱と共存する Atlanta の様子を見ることが出来た。


上の写真であるが、こんな風にビルとビルがくっついているところが何カ所かある。単にビルとビルの間の往来が多いから連絡通路を造った、というだけではないようだ。

ホテルの concierge がホテルの周りの地図と最寄りの地下鉄駅までのアクセス方法が印刷された紙を一枚くれた。ところがこれによると平日の昼間と、夜間および週末とて地下鉄駅までのルートが異なるのである。
その理由が書いてなかったので、まずは平日のルートで行ってみることにした ( そのときは平日の昼間だった )。
その案内はまるで子供の探検ごっこの指令書のようで、確かこんな感じだった。

「 ホテルの2Fからショッピングモールに抜ける通路を通って左に曲がります。すると何々ビルに通じるスカイウォークがあるので、通り抜け、受付の前で右折。そのままスカイウォークを通って○○ホテルへ。レストラン○○の前で左折、○○ベーカリーの前で右折。そのまままっすく歩いて自動扉を通り抜けるととこに駅があります 」

スカイウォークとは、つまり上の写真のようなビル連絡通路であり、つまり僕が宿泊したホテルから隣のビル、さらに隣のビル・・とそれぞれのビルの2階にガラスで覆われた連絡通路がかかっているのである。
そしてこの中のビルの一つが週末に閉まったりするので、通り抜けができなくなり駅までのルートが変わる、ということのようだ。

近道なんだかなんだかわからないが、歩いていて感じたのは連絡通路は近道を提供することが目的ではなく、外を歩くと暑いのでこんな風にビル同士を結合してしまったのではないかと、僕は思うのだ。


ちなみにその地下鉄もかなり地下深いところを走る。高層ビルが立ち並ぶので下へ下へと掘り進まざるを得なかったのかもしれないが、まだ路線が二つしかない地下鉄なので、あれだけ深い必要は無いと思うのだが。
ちなみに前回日本に帰った3年前に初めて都営大江戸線に乗ったが、あれと感覚的には同じくらい深い地下駅なので、これも熱対策なのではと勝手に想像しいるのだが。


ビルとビルをつなぐ連絡通路の他にもう一つ Hotlanta らしい街並みといえば、それは通称 UNDERGROUND と呼ばれる大きな地下商店街である。
土地に余裕がある米国では本格的な地下街というのはめずらしい。地下連絡通路にそって店が並ぶことはあっても通路が十字になっていたり、それ以上の通路が交差するほど大きな地下街となると僕の記憶には無い。
日本で言うところの地下街は屋内型モールの通路と似ているが、UNDERGROUND と呼ばれる Atlanta の地下街はまさに、商店街が地下に潜ったという装いなのである。
地上は焼け付くようなアスファルトで、陽炎の向こうからゆらゆらやってくる路線バスが見える世界が広がっているのに、地下は - もちろん冷房のおかげもあるが - ひんやりとして冷たい。こんな風にこの街は単に冷房をあちこちで使用して熱と戦うのではなく、涼しい街作りを心がけているように思える。
( 友人から聞いた話では、モントリオールにも大きな地下モールがあるらしい。考えてみればあちらは暑さ対策ではなくて大雪と厳寒の冬から逃れるためなのだろうと想像に難くない )


ただしそのおかげで路上を歩いている人は非常に少ない。
観光客と、ホームレス、それにアルコール・麻薬中毒患者が多いのだが、よほどのことでもない限り Atlanta では車を持ち、車で移動することを基準としたライフスタイルを送っているのだろう。

みすぼらしい格好をして熱にだらけながら歩いている様は、車に乗っている人から見れば中毒患者のように見えるのかもしれない ( 苦笑 )。


▲ UNDERGROUND の様子


▲ Chicago から New York へと向かう UA 機、機中から。


先週の金曜日の朝一番の飛行機で向かった Chicago だが、あっという間の滞在を終え、週頭に New York に帰ってきた。
前回のブログでも書いたのだが、僕が出発した日のちょうど前日に英国でテロ未遂事件が発覚したとあって、La Guardia 空港は未曾有の混乱の相を呈していた。

先週もその前の週も同じく平日の飛行機で Atlanta や Detroit に飛んだのだが、そのときは自宅でチェックイン手続きを済ませ、自宅のプリンタで Boading Pass を印刷していけば、空港へは搭乗の15分前の到着でも良い、こととなっていた。

ところがこの事件である。
さすがの僕も先週の様には行かないだろうと、うちを早めに出て1時間数十分前に空港に着くようにした。
うちから La Guardia 空港まではタクシーで10分、20分の距離なので時間を読むのはたやすい。予想通り早めに空港に着いたのだが、ターミナルに入って仰天、朝の7時前だというのにチェックインカウンターの前はうねうねと大蛇のような行列ができていた。

航空会社は競争激化の中、コストを削るためにどこもセルフチェックインが主流になっている。
ところが今回の事件のあとはセルフチェックインをさせないという措置が取られているのだった。しかもカウンターの向こう側にいる人の姿はまばらで、おそらくリストラのせいで十分に係員を配置できないのだろう。
仕方なく僕も行列の最後に並ぶも遅々として行列は進まず、「 これはもしかしたら間に合わないかも 」 と焦りはじめた。すると普段なら搭乗の数十分前の、乗り遅れそうな客を優先的にチェックインさせる案内係がやってきて、僕のフライト番号を読み上げていた。まだ1時間以上あるのに、と思ったがこの状況では列に並んでいると間に合わないと判断したに違いない。
後日聞いた話では、国際便に乗る人は6時間前に空港に着くようにしたほうが安全という指示がでているのだとか。

幸い僕はその係員の案内で特急ラインに並んで、行列で待っている人たちを横目で見ながら早くチェックインできたのが、関門はそれだけではなかった。
セキュリティスクリーニングの前にも特別なチェックポイントがあり、手荷物の中に液体物が含まれていないかを TSA 職員が確認しているのだった。
なんとか搭乗口に着いたときには、すでにファイナルコールが出ていて、あわてて飛行機に飛び込んだ次第である。

結局僕は行きも帰りも予定していたフライトに間に合ったが、そうでない人もかなりいたようで空港の中は走り回る人たちをあちこちで見かけた。


空港での混乱をのぞけば Chicago での滞在はとても快適なものだった。
それはもちろん過去に行ったことがあり、ある程度土地勘があるから、というのが主な理由だが、それだけでなく Chicago 自体がとても inviting な街だからではないかと思う。

さて New York に戻ってきてつかの間の休息のあと、またあちこち駆け回らなくてはならない。それは主に写真に関わることなのだが、僕にとってももっとも challenging な瞬間かもしれない。それについては少しずつ整理して近いうちにお知らせしていこうと思う。


さて8月はもう半ばだというのに、気がつけば New York で写真を撮っていない。
そこでここしばらくは、最近訪れた、Atlanta / Detroit / Chicago の写真と文をこのブログで取り上げようと思っている。
New York とは違った魅力が伝えられれば良いのだが。

Chi-town

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英米を結ぶ航空機テロ未遂事件が発覚した、その翌日の金曜日。僕は朝8時の便で La Guardia 空港から Chicago O'Hare 国際空港に飛んだ。
平日の朝ですいているかと思いきや、やはりテロ未遂事件が与えたショックは大きく、空港は厳重な警備をしいてその混雑と言ったらこれまでに見たことがないほどであった。

とはいえこういう状況下にしては運良く、United は定刻通り出発し、今回の目的地 Chicago にこれまた定刻通り到着した。
今回も出版社からの依頼で Chicago に写真を撮りに来ているのだが、以前にも二度訪れているのでそれほどプレッシャーは無い。
むしろここに住んでいる友達と会えるのを楽しみに New York を発ったほどである。

さて Chicago は今日も天気に恵まれて気持ちの良い風が吹いている。日中は暑いものの吹く風は涼しく、夜になると長袖が必要なくらいの天候で、僕の知っている限りこんなに過ごしやすい Chicago は初めてである。
「 風 」 で思い出したが、Chicago にもニックネームがあり、その一つが Windy City なのだ。
すぐそばにミシガン湖をいだき、夏は水分を含んだ湿気のある風が街を覆うため蒸し暑く、冬は冷たい風が高層ビル街を吹き荒れる。
なんとも過ごしにくい街のようだが、今日のような例外もあるのだろう。

ということで、Windy City がタイトルではそぐわないので、もう一つのニックネーム Chi-town を今回のブログエントリーのタイトルにすることにした。


さて撮影の仕事でなくても、こんな気持ちの良い日に部屋にいる理由はない。早速街に繰り出すことにしよう。

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