・・・前回のエントリーの続き。
出会った当初、ホームレスだと思ったこの老婦人の正体は意外なものだった。それは市場で働いている人たちの口から教えられることとなった。
老婦人が引き続き市場の中を案内してくれ、とある Farmer に紹介してくれたときのことのことだ。
その農家の人が 「 これ持って行きな 」 と店頭に並んでいた野菜を適当に見繕ってビニール袋に入れてくれた。実はそれまでに紹介して貰ったほかの店でも、農家の人たちがなぜか気前よく施しを僕らにくれるのである。それも一度や二度ではなく、この時点ですでに僕の両手は野菜と果物がいっぱい入ったビニール袋でふさがっていた。
そんなにたくさん貰っても今はホテル住まいで調理できないし、New York まで持って帰られないよ、と遠慮するのだが、いいから持って行け、一歩も譲ろうとしない。断るのも悪いので、じゃあ少しだけ、と言っていくらか袋に入れて貰うことにした。
そして老婦人と店主がひとしきりお互いの近況を伝えあった後、僕らが立ち去ろうというころになって、店の人が 「 じゃあなジャッジ 」 と言ったのが耳に入った。あれ? この老婦人のニックネームなのかな? それにしても変わったニックネームだな、と思いつつ、すぐにまた別の Farmer を紹介されたので小さな疑問はふっと頭の中からかき消えてしまった。
ところがそこではもっと直接的に彼女の素性が話題になったのだ。
体格が僕の二回りもあるような農家の人に 「 Hey、この婦人がどんな人か知っているかい? 」 と尋ねられたのだ。いや、知らない、さっきそこで声をかけられたばかりなんだ、というと今度は大きな笑顔を見せながら 「 この人は、怖いジャッジなんだぞ 」 と教えてくれた。横で聞いていた彼女は 「 あら、そんな怖いこと無いわよ 」 とカラカラ笑っている。
僕が最初ホームレスと思ったこの黒人老婦人、なんと裁判官だというのである。いや正確にいうと数年前に退職しているので、裁判官だったというのが正しいのだが、ここでのニックネームとして、皆が今でも 「 ジャッジ 」 と呼んでいるのだった。
市場には警官が警備に当たっているのだが、そういえば警官すらも彼女を見るとうやうやしく挨拶をしている。ちょっと前に 「 You are in trouble 」 と言われた言葉通り、どうやらとんでもない人に捕まってしまったようだ。

▲ 植木をやっている父の手伝いでやってきた少年。父親の方は恥ずかしそうにして並んでくれなかった。
その後も、おそらくこの市場に出店している半分ほどの農家の人たちと話をしただろうか。そのたびに、一人一人に僕のことを紹介してくれる。
この頃になると一体何人の人と握手し自己紹介をしたのか、数え切れないほどになったが、それでも彼女は一人ずつ家族の状況や近況を知っているのには驚かされた。
「 あそこの花屋の女主人はね、反対側にあるもう一つある花屋の女主人と姉妹なの 」 とか 「 この二人は親子なのよ 」 などとそれぞれの家族の構成まで知っているのにはただ脱帽するしかなかった。
生粋の Detroit 生まれ、Detroit 育ちの彼女は、裁判官になってからも、時間があればこうしてよく土曜日に通っているのだった。
そしてだだっ広い Eastern Market を一通り案内し終わると、最初に出会った場所まで戻り、そのすぐ近くにある小さな食堂に連れて行ってくれた。そこは市場で働く人たちに食事を提供している、市場食堂、といったこぢんまりとした店である。
この店は、ギリシアから50年以上も前に移住してきたおじいさんを頭に、家族総出で切り盛りしている食堂で、それが直に客に伝わるような心地よさが感じられた。
特におじいさんにとっては孫娘が目に入れても痛くないということが、誇らしげに僕に紹介してくれた様子から手に取るほどよくわかった。この家族の雰囲気がとても良かったので写真を撮らせて欲しいと頼むと、忙しい手を止めてこんな風に三世代そろって並んでくれた。
僕が写真を撮ったことに対してなぜかお礼したいと言われ、おじいさんが 「 ごちそうするから何でも好きなものをオーダーしなさい 」 と言ってくれる。
気持ちは嬉しいが、市場の歩きながらあちこちの農家の人から差し出されたものをつまみ食いしながら来たのですでにおなかは一杯。丁寧に断るも、「 それじゃボトルウォーターと一口サイズのパストラミサンドイッチを作るから食べて行きなさい。うちの名物なんだから。 」 と有無を言わさず作り始めてしまった。
そうしてできあがったアツアツのパストラミホットサンドイッチはこういう市場で食べると余計にウマイのだが、大食漢の僕がやっとのことで80%ほど食べられるほどのボリュームだった。一体これのどこが One Bite サイズなんだか(笑)

▲ 家族三世代並んだところを撮らせて貰う。「 アメリカに移り住んで50年。ギリシアにはもう知り合いが誰もいなくなってしまったよ 」 と言っていたのが印象的だった。
僕がサンドイッチと格闘しているのを半ばおかしそうに横で見ていたジャッジだが、長いこと歩き続けた後久しぶりに座ることができたので、少しばかり気持ちが緩んだのだろう、彼女自身のことをゆっくりと話し出した。
僕はサンドイッチを口にむしゃむしゃとほおばりながら、彼女の話に耳を傾けた。
とても貧しい家庭に生まれ、育ったこと。それでもなんとか大学を卒業して、最初に就いた仕事が Detroit 市警の警官だったこと。当時は黒人婦人警官というのがとても珍しく、仕事はとてもやりにくかったそうだ。
そして警官の仕事をしながら Law School に通い、そこも卒業して弁護士の資格を取り検察官になる。検察管の職を経た後、今度は地方裁判所判事となり、その後20年以上も裁判官を務めあげた・・・
そんな話を淡々と聞かせてくれた。いかにも何の苦労も無かったかのように。
でも彼女が生きてきた時代を思えば今以上に人種による偏見が強く、それに打ち克つには人には言えない苦労があったことだろう。
彼女の周りは誰も彼女が裁判官になるとは想像だにしていなかったし、みんなから無理だと言われてきたらしい。でも挑戦もしないであきらめるのはとてももったいない事よ、彼女はまた淡々と話してくれる。
「 一番肝心なことを教えてあげましょう。それはね You have to believe yourself. ということ。それが嘘か本当かは私を見て判断してよ 」 とこれまた大変なことをさらっと言ってのけた。
このことは彼女が自分自身を振り返って口に出た言葉であると共に、裁判官としてたくさんの事件に携わってきた経験から思うことなのだろう。
僕のことを最初に見つけたとき、彼女の目には目的を見失った人間に見えたのかも知れない。
僕はそんなことを考えながら彼女の言葉を反芻するのだった。
こうしてあっという間の2時間が過ぎ、僕もそろそろ次の場所に移動しなくてはならない時刻になった。彼女は僕をもてなしたいと自宅にも招待してくれたのだが、それには後ろ髪を引かれる思いで丁重に辞退させて貰った。
さて彼女の写真を紹介しない理由だが・・・
実は何度も写真を撮らせてくれるよう、頼んだのだけれど 「 絶対にだめ 」 と頑なに断られ続けてしまった。それでも彼女が旧友とばったり出会ったときにその友達が一緒に写真を撮りたいというので、僕が彼女たちの写真を撮った。なので彼女が写っている写真が手元にはあるのだけれど、ここはやはり本人の意思を尊重して掲載を見合わることにした。裁判所判事時代に、 「 いつも新聞に出ていたのでもう十分なのよ 」 と言っていたのだが、それが本音なのかも知れない。

▲ トウモロコシをトラックいっぱい積み込んでやってきた2人。ここでも Sweet Corn を10本ばかり譲り受けた。
そしてこれ ( ↓ ) がこの日の収穫である。
実際にはもっとたくさんの野菜を貰い受けたのだがあまりにも量が多いので、少量ずつピックアップしてここに載せた。
写真の中に写っている小さなトウモロコシは、ベビーコーンといって、トウモロコシがまだ若いときに摘んでしまうのだそうだ。この時期に食べるコーンは芯まで柔らかく、生のままでかじることが出来る。
僕もこれまでスーパーや Green Market で見たことがなかったから、珍しいのではないかと New York まで持って帰り、家族が多い友人にあげたところ彼らも一度も見たことがないという。
たまたま LA からパートナー企業の人が来ていたので、LA でも見られるかと尋ねたところ、見たことがないという。
このベビーコーン、裾分けした人たちの間ではかなり好評だったので、もし市場で見かけたら是非お試しを。

彼女だけでなく、今回の旅もいろいろな人と出会った。旅とは時と場所を移動するだけではなく、ある瞬間に同じ空間を共有していた人と出会うことが記憶に色を添えてくれる。
New York に戻ってきた今なお、野菜のにおいから Detroit で出会った人たちのことを思い出している。
そして彼女が言った You have to believe yourself という言葉を。

ひろゆきさん、こんにちは!
この記事を読ませていただいて、短い時間にたくさんのことを感じさせていただきました。
その感じたこと全てをこちらにコメントするとなると大変なので、一言だけ。
この記事を書いていただいて、本当にありがとうございました。
i-takashiさん、
記事をアップしてすぐのコメントなのでびっくりしました。
記事を書いたことでお礼を言われたのは初めてですが、こちらこそ読んでいただいてありがとうございました。
本当に自分を見直す余裕がないときは他人に対する配慮も欠けてしまいますよね。人のことをケアできるようになったら、それは自分のことをケアできていることなのかもしれない、とこのおばあさんと話しながら感じてました。このときの僕は自分のやらなきゃいけないことに精一杯で周りのことに気を配る余裕も無かったんだなぁと、ブログを書いていて気がついたくらいですから。
「You have to believe yourself」
とっても素敵な言葉ですね。
来週からロンドン、そしてタイへ行きます。もちろんカメラを抱えて。
こんな素敵な出会いがあるといいな〜。
素敵な記事を有難うございます。人生に対して、ファイティング・ポーズをとりたくなる様な、女性の言葉ですね。
TAKE Cさん、
旅にはハプニングがつきもの。どちらかというとそのハプニングを探して歩くみたいな旅のほうが思い出に残るものになったりしますね。
TAKE Cさんも言葉に困らないでしょうから、いろいろな人とコミュニケーションを是非!
タナベさん、
僕もこの老婦人のエネルギーに圧倒されましたが、なるほど活気は活きる気なんだな、とつくづく感じました。正体は想像通りでしたか?
素晴らしい!
謎の老婦人の姿は御本人の意思を慮られて載せられなかった分、なおいっそう私の心に思い描かれて残りました。
You have to believe yourself という言葉とともに・・・
You have to believe yourself
なんて元気のでる言葉なんでしょう。
素敵な出会いがあったデトロイトだったんですね。
まるで映画のようです。
Hiroさんが、またデトロイトにいかれたときには、このご婦人と会えるんでしょうか?
再会を読者の私が楽しみにしてしまうほど、ドラマチックなお話しでした。
きっと今日も市場で沢山の人たちとお話しをしているのでしょうね。
圭さん、
時には写真がない方が、読み手のイマジネーションで物語りを豊かにすることがありますよね。
ということで前回は年配の人達、そして今回は市場で働く若手の人たちを載せてみました。
Tomokoさん、
自信が無くなったり、目的を見失うことってよくあると思います。そんなときにもう一度目標を再設定すると思いますが、この言葉はとても力強い味方になってくれると思います。
この婦人にはお礼の言葉とプリントした写真を送ろうと思っています。
またいつか会えるといいなぁと思っています。旅をするとそういう出会いがあるからわくわくするんでしょうね。
偶然にも、今日、私のビザに関してショックなことを言われ落ち込んでいたところに、この記事を読ませていただきました。ジャッジさんの当時の苦労に比べたら自分の状況は…と元気付けられました。
私も、こういう“かっこいい女”になりたいですね。
私もアメリカに来る前は一人旅が好きで、特に、違う文化や人々、そしてそこで暮らす人たちの生活を見たくいろいろな国へ行ってみました。(当時は日本語しか話せなかったので、コミュニケーションに限界があったのですが。)こういう素敵な出会いがあった旅というのは本当に忘れがたい素敵な旅になりますね。私もまたどこかへ行きたくなってしまいました。
Peter's GFさん、
学校で何か言われたんですか? ビザのこと。
ビザのことはアメリカに住んでいると常につきまとう問題ですが、よく考えてみたらこれほど移民にオープンな国もなかなかありません。逆に日本は移民受け入れが難しく、日本人であることに感謝しないといけないかも(^.^)
旅行はグループで行くとと楽しいこともありますが、1人だからこそ出会える醍醐味もたくさんあります。僕は後者派ですね。
謎の老婦人の正体、気にはなっていたのですがなかなかパソコンを開く暇がなく、今日やっと知ることが出来ました。
もと裁判官とは、、、。全然考えてもいなかった。
いつになくワクワクしながら読ませていただきました。
予期せぬ出会いって素敵ですね。
ききさん、こんにちは。
僕も市場でそんな人に声をかけられるとは思っていなかったのでびっくりしましたが、人と人の出会いというのはこんなものなのかもしれません。
僕は運が良いのか、旅に行くとこんなハプニングがよくあります。今回Chicagoでたまたま出会ったグループとは意気投合して・・・この話も次回以降紹介しましょう。