The 10th Anniversary

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3年ぶりに訪れた日本であったが、単に3年という時間以上の大きな隔たりを感じることがしばしあった。



かつて都内に住み勤務地も都心だったので、たとえばA駅からB駅までどうやっていったら一番早いか、と言われればさっと頭の中で路線図が浮かび、乗り換えすべき駅などすぐに答えが出たものだった。
ところが久々に東京を訪れてみるとすっかり都内の電車の乗り換え方を忘れていることに気がついた。
幸い、滞在中に親から借り受けた携帯電話の乗り換え案内サービスを使うことで、同行する友人に尋ねてばかりという事態は避けられたものの、「 I was born and raised in Tokyo 」 と言ってきた自分に取って、これはかなりショックであった。東京の地下鉄・私鉄・JR は複雑だから、とはいいわけにならない。きっと使うことの無かった知識はすっかり頭の中から抜け落ちてしまったのだろう。
それは道を歩いていても同じだった。かつては見知らぬ場所でも都内で方向感覚があって、それなりに目的地に行くことが出来たのだが、今回は地下鉄から降りて地上に降りると、東西南北右左がわからず途方に暮れることがよくあった。
自分が健忘症になってしまったのではないかと、一瞬恐怖を感じたといっても大げさではなかった。


このことは他人からすれば小さなことだろうが、こんな些細なことを他にもいろいろ遭遇すると、なんとなく自分が余所者であるという気持ちが強くなってくる。
まして今回滞在した両親の住む家は、僕にとっても初めての訪問で、泊まっていた部屋にもちろん愛着はないし、私物もほとんどないから、なんとなく 「 客人 」 なのである。都内で友人と会い、そこから両親の家に 「 帰る 」 のだが僕からすると友達と食事に出るのも、両親の家に行くのも僕にとってはどちらも 「 訪問 」 で家にいてもどこか落ち着かない。
東京に住んでいるわけでもなく働いているわけでもない上、ちょっと見ないうちに東京という街も変貌し、そして僕の記憶も薄れていく。これら三つのことが相まってどうかすると、どうしても故国のつながりが希薄になってしまうのだろうか。


さてその両親の家だが、僕が学生だったころバイトでゲームソフトを作っていた時の友人が近くに住んでいることがわかり、平日の夜に近所で会うことになった。
友人の帰宅に合わせてターミナル内にある書店でぶらぶらしていると、須賀敦子氏の名前を文庫本コーナーで見つけた。須賀敦子氏の著書についてはここでも紹介しているように、僕の好きな作家の一人なのだ。

彼女の名前の札が刺さった本棚には文庫本がたまたま2冊並んでいた。「 ヴェネツィアの宿 」 と 「 コルシア書店の仲間たち 」 である。
確かこの本はまだ読んでないはず。帰りの飛行機の中で読むには最適かもしれない、とそのままレジに持って行った。
けれどもこのときに買った文庫本は結局というか、当初の予想通り滞在中にひもとく間もなく、スーツケースの横のポケットに入れっぱなしになっていた。

そうこうしているうちに2週間の滞在を終え、いよいよ New York に戻ってくる日がやってきた。成田空港で荷物を預ける段になり、ポケットに入っている文庫本のことを思い出し、機内持ち込みの荷物に滑り込ませたのだった。
チェックインのあと、搭乗までほとんど時間がなかったのでそのまま出発ゲートまで歩き続けることになり、搭乗もほどなくして始まった。
僕が載った JFK 空港行きのフライトは夕方6時発のため、成田を飛び立って割と早い時間に夕食が配られた。
夕食の後、僕は連日出歩いていた疲れからかすっかり眠り込んでしまい、5~6時間後に配られた夜食も逃してしまったらしい。らしい、というのは目が覚めたのがたまたまその夜食を片付けにきたフライトアテンダントの気配を感じたからだったのである。
よほど深く眠っていたのだろう、ついさっき夕食を食べたような錯覚を覚えたので夜食を食べたいという食欲は全くなかったが、その一方で、もうこのあと再び眠りにつくことも出来なくなってしまっていた。
手許のリモートコントロールを使って機内放送の映画を適当にブラウズするのだが、どれも始まってしばらく経つようで途中から見てもあまり面白くない。
そうこうしているうちにあたりを見渡すと、起きているのは僕ぐらいで機内はすっかり真っ暗になってしまった。フライトアテンダントも仮眠に入ったようで機内はしんと静まりかえっている。本当はジェットエンジンの音が聞こえてくるのだが、話し声が聞こえないと不思議と静寂に包まれているかのようだ。

すっかり手持ち無沙汰になってしまったので持ってきた文庫本でも読もうと、隣の人を起こしやしないかとおそるおそる頭上の室内灯を点けた。
二冊購入したうちのたまたま手に取ったのが 「 ヴェネツィアの宿 」 だったのだが、冒頭の章を読み始めたばかりのところで、すぐにその手を休め、本をトレイの上に置くこととなる。

それは著者が夕食の後、宿泊する予定のヴェネツィアのホテルに向かって迷うようにして路地を歩いているくだりである。
なんとか見つけたホテルの前の広場にはたまたまオペラ劇場があり、その劇場が場内に入れない人のためにスピーカーで舞台の音を野外に中継している場面に出くわしたのだった。


「 ヴェネツィアの宿 」 ~須賀敦子著 より一部抜粋
あ、中世とつながっている。そう思ったとたん、自分を、いきなり大波に舵を攫われた小舟のように感じたのだった。ここにある西洋の過去にもつながらず、故国の現在にも受け入れられていない自分は、いったい、どこを目指していけばよいのか。二つの国、二つの言葉の谷間にはさまってもがいていたあのころは、どこを向いても厚い壁ばかりのようで、ただ、からだをちぢこませて、時の過ぎるのを待つことしかできないでいた。


インターネットやテレビで日本の情報も New York にいながらにして手に入れることが出来る。そうやって自分はいつも日本とつながっていた様な気がしたが、こうやって実際に日本の地を踏んでみると、自分と日本をつないでいたものが細くなってきていることに気づく。
そして自分は New York に行くのか、それとも帰っていくのか・・・。
そんなことを滞在中ずっと感じていたものだから、彼女のエッセイを読んでこの箇所にぶつかったところで、つい自分の置かれた状況を考えてしまったのである。


奇しくも2006年の10月で僕のアメリカ生活も10年目を迎えることになった。
1997年の10月、僕は今日と同じようにこうやって成田空港から一人で飛行機に乗り、New York にやってきたのだ。

そのときに感じた移住に対する不安はもう無くなったけれど、そのかわり故国にもアメリカにも属することができない自分がいるような不安がつとまとう。
不思議なことに、その不安を須賀敦子氏もかつて感じていたのかと思うとなぜかほっとするのだった。




すっかり寝静まった機内。
夕食のあと、「 シェードを下ろしてください 」 とフライトアテンダントに言われて閉めたシェードをちょっとつまんで上に上げると、そこには見たこともないくらいたくさんの星が天空に広がっていた。
周りの人は静かに寝息をたてて寝ている。自分だけが起きているこの状況がまるで須賀敦子氏が書いた、「 どこにも受け入れられていない自分 」 を象徴しているのではないかと、さっきまでは感じていた。

けれども一人で起きていたからこそ、この満天の星を見ることが出来たのかもしれない、と思うとこれがどことなく象徴的な気がしてくるのだった。ちょっとばかり周りの人と異なる時間と空間を過ごしいても、それは決して悪いことではない、と。




これまでの10年がそうだったように、この次の10年もまんざら悪いものではないのかもしれない。
きっとそのときも故国と異国を彷徨いながら。

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コメント(6)

Hiroさん、お帰りなさい!
私も経験がありますが、とかく海外にいると、自分のアイデンティティについて
永遠に思慮しつづけていくのだと思いますね。
自分の祖国である日本に帰っても、色々なカルチャーショックやギャップを感じたり、
かといって、日本から自分の住んでる場所に戻っても、
所詮自分はよそ者なんだ。。と寂しく思ったり。

Hiroさんの記事を読んで、そんなことを思い出しました。

私も1年ないしは2年というインターバルで一時帰国をしていますが、その度にやはりHiroさんと同じような印象や感想を抱いています。
見慣れたハズの近所の最寄り駅でさえ、最初は券売機の前で固まります。なんか帰るたびに機種が変わっているような気がします(笑 使い方も料金体系も微妙に変化しますし、市内の乗り換え駅にもなると、改築やら増築やらで迷路のようです。

祖国日本から見れば私は「遠い国へ行ってしまった人」であり、今住んでいる国にとっては「異国から来た余所者」。その事実と関係は死ぬまで変わらないでしょう。
どうしてこんなところで、どうしてこんなことをしてるのかなぁ、とふと我に返ることが最近多くなった気がします。それはけしてネガティブなものではなくて、夢が叶った瞬間の高揚感からようやく抜け出した証拠ではないかなと、そう思っています。

飛行機に乗るひろゆきさんの情景が目に浮かぶようです。
海外に行かれた方は、どちらにも属さないかもしれないけど、一方でどちらにも属しているのですよね。その感覚は僕には想像もつかないです。

これから先、10年後にどのように感じるのかこれも楽しみですね。
応援していますよ!

Tomokoさん、
>お帰りなさい!
New Yorkと東京、どちらがおかえりなさい、なのか自分でもよくわかりません(笑)
成田に着くと日本語は「おかえりなさい」で英語は「Welcome」と書かれていますね。
アイデンティティなんて昔は考えなくて良い環境にあったのに、海外に出て常に直面することになったので最初はとまどったし、いまでもその問いかけは続いています。Tomokoさんが言われるように海外に住んでいる限りずっと背負うことなんでしょうね。


TAKE Cさん、
時々帰国することで日本の様子はアップデートできるけど、そこに暮らしていないので実感というのが薄れていくんですよね。それ故、日本に行くたびにつながっている感じが希薄になってしまうのかもしれません。
今回初めてSUICAというやつを使いましたが、パスネットと合わせてお金の補充で結構悩んでしまいました。日本人がNew Yorkに来てメトロカードを買うのも同じなのかなとふと比べてしまいましたよ。
>夢が叶った瞬間の高揚感からようやく抜け出した証拠ではないかなと、そう思っています。
移住直後は期待も不安もあって気持ちが高揚していたり、エキサイトしている期間ですよね。
それが無くなって暮らしの実感がじわじわわいてくると、今度は生活に忙殺されるのかもしれません。
僕もふと我に返ること、最近多いです。自分の時間と空間をどういうに過ごしたいのか、自分で自分に問いかけています。


さすけさん、
どちらにも属さないけれど、あるときはどちらも属している・・言い得て妙ですね。
ずるいかもしれませんが、それを利用することもあります。アメリカで暮らしていて外国人だから差別された、と憤ることもあれば、外国人なんだから大目に見てよ、ということもあるわけです。
だから一概に所属するしないが悪いわけではないのでしょうね。
ただアイデンティティに関しては、属しているという確証を持っている方が気分は楽です。
僕なんかはアイデンティティは持って生まれたもので、自分で作ったり選んだりするものではないと思っていたんだけど、アメリカに来るとそうではないことに気がつきます。

エッセイ、はたまた小説の短編を読んでいるような気がしました。

規模の大小はあれども、私も会社の人事異動で1年に1度くらいのスパンに
職場も住居も環境も変わります。
いつもいつもゼロから新しい土地で感じることは多く。
同じ日本でも、同じ関東でも、同じ県内の人であっても
さまざまな感情論や考え方にぶつかり、挟まれることがあります。

自分の居場所、がいきなり飛び込んだ環境に最初から用意されてはいないので・・・。
余所者扱い、してしまい、されてしまうのが、やはり保守的な生き物・人間ですし。
これは小学生の頃から転校を数回して、ちやほやされたり、遠目から見られたり
色んな出会いをしてきたことからも繋がってくる考えなのですが…

なのでその瞬間、その場所で、その人(自分)がどうありたいのか。
どこに所属して、どこに存在しているのか。
自分が決めて自分が自分らしくあれば自然にそこが居場所になると思ってます。
もちろん受け入れてくれる場所なのかどうか、反応も大小あるでしょうが。

たとえ自分の居場所だ、と信じられるはずだった場所も時にして孤独感に襲われて
しまうこともあります。最後には自分の信念だったり、心のあり方だったりすると思います。
なのでぜひぜひ今、いらっしゃる場所で心安らげながら、かつ刺激的に過ごしてください!

私もいつかNYを自分の居場所と感じられる時間を自分で作り出せたらって思います。
ひとまずは来年2月か7月か???また訪れる予定でーす!

kajuさん、
大変返信が遅くなり失礼しましたが、コメントありがとうございます。

環境が変わる、ということは時にとてもストレスになりますよね。その一方で変化に対する期待でエキサイトすることもあるんですが。
また自分でチョイスしたのと、他人がきめたチョイスをAcceptするのとはそういう変化に対する消化の仕方も異なるでしょうね。
僕の場合、海外に住むと決めた時点で自分のチョイスですから、属する場所というものは自分で決めるべきなのかもしれません。
次の10年後もアメリカに住んでいるとして、そのときに日本とアメリカをどう捉えているだろうか・・・などと自分のことなのになぜか客観的な見方をしてしまいます。
今感じているブレを記録にとどめておいて、10年後にこれを読んだら面白いかなと思ってブログにしてみました。

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このページは、hiroが2006年10月 8日 23:28に書いたブログ記事です。

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