"F" word

午後、Midtown で用事を済ませ、地下鉄を待っていた時の事である。
僕が階段を下りると、利用しようとしていた地下鉄がちょうどホームを離れるところだった。夕方で本数が多いとは言え、ここは異なる地下鉄ラインが乗り入れるので交互にホームに入ってくるので、次の地下鉄がやってくるまでしばらくかかるだろう。
そう思って近くにあったベンチに腰掛けた。
( ところでこんな時、日本人だと 『 よっこらしょ 』 とか 『 どっこらしょ 』 などと口にするが、アメリカではなんて言うんだろう??? Whew かな )
座ってまもなく、左側に若い黒人の女性がやってきて僕に話しかけてきた。
僕の座った5人掛けのベンチの隣にもう一つの5人掛けベンチがあり、どうやらそこに座っていたらしいのだが、頭の中は別のことを考えていたらしく、その人がいたことに全然気がつかなかった。よく見るとその横には5歳くらいの女の子も座っている。二人の関係を想像するに、きっと親子なんだと思う。
「 あの・・・quarter を持っていませんか? あればこれと交換して欲しいんですけど 」 と言って、彼女は手の平にある5セント硬貨5枚を見せた。
彼女の言葉を聞いたとき、一瞬身構えてしまった。それは・・・・
道で出会うホームレスの人はよく、手に何枚かの小銭を持っていて、その小銭を見せながら 「 地下鉄に乗って○○までに帰るのにお金が足りないので小銭を恵んでくれないか 」 と言ってくる。
ちなみにたばこを吸っていると、今度は 「 たばこを一本分けてくれないか 」 というホームレスも多いし、意外なことにちゃんとした身なりの人でもたばこを分けてくれ、と話しかけてくるから不思議である。
話をこの女性に戻すと、僕自身が彼女の存在に気づいていなかったほどなので、一瞬、ホームレスかとこちらも身構えてしまったのだ。
けれども身なりはこぎれいだし、最初から5セントをちゃんと持っているので、ホームレスにはどう見ても見えない。
そんなことを一瞬の間に考えながらポケットにある財布を取り出して、小銭を確認し始めた。
「 なんで25セント持っているのに、なぜ quarter コインが必要なんだろう 」 と考えていたのを彼女も僕の表情から読み取ったらしい。すぐに 「 そこの公衆電話から電話をかけたくて 」 と言う。
東京の地下鉄と違って New York の地下鉄ではまだ携帯電話が使えるところが無いのである。
ああ、なるほどといいながら探してみると、一枚だけ quarter が見つかった。それを手渡すと、彼女が5セントを僕に渡そうとしたので、それぐらいならいいですよ、と断った。
彼女は済まなそうにありがとうと言って、その quarter を持って公衆電話に向かった。
公衆電話はちょうど二つのベンチの間にあって、否応なく会話の内容が聞こえてくる距離だが、僕はまた自分の考え事に没頭して、彼女がどんな人とどんな会話をしているのか、全く関知しなくなった。
ところがその彼女の会話にいやおうなく引きずり込まれることになったのは、先ほどのおとなしそうな物腰が一変して激昂しており、、電話口で curse しているのが耳に入ってきたからである。
それはもう、放送禁止用語ばかりでテレビならさながら 「 ピー 」 が入りそうな、Mother f*cker とか F*ck! とか A*shole など、ここでも書けない言葉が彼女の口から次から次へとぽんぽん出てくる。
どうやら相手は boyfriend か連れている子供の男親にあたる人の様で、とにかく子供の面倒のことでもめている。
それを横で見て ( 聞いて ) いる子供の方は、できたもので ( ? )、電話で興奮気味に話しているお母さんのことを普通のことのように見ている。
彼女が電話で使っている言葉はいわゆる"F" word なのだが、子供の前で使うなとかそういう問題の前に、先ほどの彼女のおどおどした態度からの変化を知っているだけに僕は度肝を抜かれた。
その後、どうやらかけている相手が電話を切ったらしく、「 He hung up on me! 」 と誰ともなく大きな声で、怒っている。きっとやり場のない怒りなのだろう。
愚痴を聞かされても困るので、とりあえず僕は聞こえてないふりをしていたけれど、そういうときに限ってやはり身近にいる人間に話しかけてくるものである。彼女もすぐに僕に話しかけてきたが、すぐに落ち着いてまた先ほどの大人しい声に戻った。
そして先ほどの5セントを見せて、「 悪いんだけどまた電話したいので quarter と交換してくれない? 」 と尋ねてきた。
これは偽りでもなく、本当にさっきのが最後の一枚だったので、それを伝えると今度は、ちょうどそのときに僕の横に座った白人の中年女性に同じ事を頼んでいた。
この中年女性も最初は首を横に振っていたが、彼女がお金を持っているのを見て、一枚の quarter を手渡していた。不思議な事に僕と同じでその5セントを中年女性も受け取らなかったのを見て、ただで恵むとなると抵抗があるけれど、25セントを逆にもらう立場になると、それくらいならいいや、という妙な心理が作用することに気がついて1人で苦笑してしまった。
そこまで見ていたところでちょうど待っていた地下鉄がホームに滑り込んできた。この後のドラマにもちょっと興味があったけれど、あくまでこれは他人の世界。そそくさと地下鉄に乗り込んだ。
いやぁ彼女の変貌ぶりにはびっくりした。
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"F" word
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