2007年4月アーカイブ

光芒の街

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※ EF 50mm F1.4 USM

今日は New York の話題からちょっと外れて写真の話である。
本来僕はガジェット好き ( つまりオタクか? (笑) ) なので、ここで道具の話などしようものなら止まらない。
でも好きな写真は、プリントにせよブログにせよ誰かに何かを伝えたいというのが本来の目的として撮っているし、このブログもそのつもりで始めたので、なるべく道具やテクニックにおぼれた話題にならぬよう気をつけているのだが、それでもこうして時々脱線したくなるのだ。
( コンピュータやインターネットの話題も同じ )

写真やイメージのような直感的な表現と、言葉とで、どちらがより優れた表現方法であるかということ言えないのだが、得てして写真には瞬間的なインパクトがある。ここでもせっかく写真を載せられるのだから、できるだけ言葉で伝えられないイメージを一言で説明してくれるような写真を撮ろうと心がけている。がこれがなかなか難しい。なるべく一枚の写真で多くのことを伝えたいという気持ちからか、ブログで紹介する写真は特に広角レンズで撮ったものが多くなっている。

そういえば何をどう表現したいかというプランによっても写真道具の選び方は変わるが、街を舞台に、人の営みを撮ろうと思うと、これは街のスケールによっても選び方が変わる。
Manhattan のように歩道ぎりぎりまで建築物が迫っており、見上げても空が少ないような場所では、ビルの威圧感はあってもどうも開放的な広さは感じられない。なので余計に広角を望んでいるのかもしれない。
逆に Avenue と Street の距離が画一的に配置されているこの街では、被写体までの距離も計算しやすいので、ある意味道具は選びやすいのかもしれない。

ところが僕の場合、一度使い始めると飽きるまで一本のレンズを使う癖があるようで、あれほどよく多用していた広角レンズが、ここしばらく眠っている。

そのかわりこのところよく持ち出しているのが、Canon EF 50mm F1.4 USM である。気がつくと50mmというレンズ、手元に4本もあるので、ブログ用には広角レンズを使用するとはいえ、自分でも知らず知らずに好きになっていたのかもしれない。

そんな中なぜこのレンズが好きなのかというと、素直に描写力が高いことも一つの理由だが、その素直さの中にリニアに反応してくれる、という部分があっていろいろなコントロールが楽しめるのである。もちろん人によって意見は分かれると思うが、少なくとも僕にとってはこのレンズから受ける印象はそんなところにある。

上の写真も普通に見れば光が飽和してしまい、そのせいでピントが無いというか、フォーカスがぶれているというか、いずれにせよ結果として光によって輪郭の滲んだイメージとなっているのだが、僕の中ではこういう雰囲気がこの通りによく合っていると思うのだ。
僕はカチッとしたどことなく硬調のイメージが好きなのだが、最近ちょっと心境の変化なのかこんな写真をよく撮っている。

このレンズばかり使っていると、飽きっぽい僕のことだからまたしばらくお蔵入りしてしまうかもしれない。そうならないよう、たまには持ち出すレンズも変えてみるとするか。


そういえば、最近 Canon から EF 50mm F1.2L USM というレンズが発売されたんだよなぁ。
さすがにこれは高価なので買い物リストになかなか入らないのだが、さてどんな癖があるのか、無いのか。気になるところである。

NY、Sakura便り

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緯度が違うのだから、New York と東京の桜の開花の時期など、比べても仕方ないのだが僕自身東京出身だし、写真仲間も東京近郊なので毎年東京からの桜の写真を見る度に、「 New York の桜は遅いな 」 と気になるのである。

今年も指をくわえながら目の前のモニターに映し出された日本からののある風景を眺める日々が続いた。
桜の花が散るのもあっという間ながら、友人のブログなどで紹介される機会もぱたっと減った頃、やっと New York でも桜が咲いた。

なのですでに花見を楽しんだ日本の皆さんには食傷気味かもしれないが、まがりなりにも日本人としてここで桜を紹介しないわけにはいかない。
Central Park で見つけた 「 New York の桜 」風景を切り取ってみた。


さて日本はいよいよゴールデンウィークということで、友人が大勢訪れる時期になった。
桜など食傷気味かもしれないが、今週末は Brooklyn 植物園で毎年恒例の 「 Sakura Matsuri 」が開かれるので、アメリカ風の花見風景など足を伸ばしてみては?
僕も知人が運営者として参加しているので、時間があればカメラをもって駆けつけるつもりである。


あ 火星人だ。
ずっと雨の天候が続き、最後はなんとストームまでやってくるという春にしては穏やかとは言えない日々の後に、雲一つ無い青空が広がった。まさに台風一過である。
こんな日は一日空を撮っていたくなる。
そして夕空の写真を撮っていて彼のシルエットに気づいたというわけである。
上の写真の真ん中に写っている5本足の建物は、実は木製の貯水タンクで、New York ではアパートだろうが、コンドだろうが、オフィスだろうが普通に設置されている。

もちろんまじめにこれが火星人だ、と信じているわけではなくて、なんとなく昔の映画が空想していた火星人のイメージにこの貯水タンクが似ているなと思い、勝手にそう名付けたのである。

思えば昔 New York に来たばかりのころは至るところに火星人がビルの上に住み着いていたものだ。
そのビルがすべて古いかと言えば、そういうわけでもなく、真新しいガラス張りの近代建築の上にもちゃっかりとこの木製のタンクは据え付けられていた。

なんとなくビルの屋上にこんな巨大な樽が設置されているということが不思議に感じたものだったが、見慣れる従ってそれが New York の街の風景に馴染んでいるかのようにも思えてくる。
そうなると妙なことに屋上の火星人に、親近感のような ( 英語でいうところの attached ) ものを抱くのだった。
それは僕がかつて住んでいた東京の下町の、さらにはずれにあった巨大なガスタンクを見るたびに感じていたことと同じ感傷である。
小学校に通っていた時分、このガスタンクを見る度にその造形と大きさから、そこにあってはならないもの、というイメージを受けた。それでも好奇心と畏れの入り交じった目で、見上げるのだった。

ところが気がつけば在 New York の火星人人口が減ってきたように思う。

新しい様で実は古くさいこの街、New York も、そろりと変化の波がやってきているのかもしれない。

NY Subway

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平日の朝というにはちょっと遅い時間 - つまり普通の会社ではとっくに業務を開始している10時過ぎ - 僕は地下鉄に乗っていた。
もうラッシュのピークは過ぎていたものの、それでも空席は見あたらず、あちらこちらに立っている人がいる車内。
次の駅で降りる人というのはたいてい態度でわかる。そわそわと車窓をのぞいたり、洋服の乱れなどを直したりするからである。僕の目の前に座っていた女性もそんな1人のようで、着こなし確認作業も終わってすくっと立ち上がった。女性と入れ替わるようにして座った途端、大きな乗換駅に着いた。そして僕の目の前の視界がすっと開いた。
ほとんどの人が降りて、僕のいる一角には、隣に30歳ぐらいのスーツで決めた金髪の女性。そのさらに隣にはバックパックを背負ったラティーノ。彼はこれから大学にでも行くのだろうか。そして僕の前に座っている若い男性二人組の5人だけになった。

僕らはそこに着くまでずっと立っていた同胞のようで、席に着いた途端思い思いの行動を開始した。

隣の女性は手に持っていた鞄から化粧道具を取り出し、揺れている車内で器用に makeup をはじめた。
その隣のラティーノ学生はポケットから iPod を取り出し、曲の選択をはじめた。気に入った曲が流れはじめたのか、体をくゆらせてハミングで歌い始めた。
僕の目の前の男性二人組は世間話やテレビの話をしている。
僕はもっぱら人物観察にいそしむ。

広い車内には数えるほどしか乗客がいないので、みんな他人が何をしているのか、気にしないフリをしながらお互いチェックしている・・・そんな空気が流れた。

会話の終わりに近づいたのか、それとも地下鉄がスピードを落としたので次の駅の気配を感じとったのだろうか、目の前の若い男性二人組は、まるで共稼ぎの夫婦のように 「 じゃあまた後でね 」 といって口づけをした。白人の女性もちらっとそれを見ただけで化粧に余念がなく、学生も何かの曲を口ずさみながら ( 演奏が聞こえないので、彼の歌からその曲名を当てることができるとしたら、それはかなりの想像力を使わねばなるまい ) 薄目を開けてみていた。


そうしてそれまで真っ暗だった車窓が突然蛍光灯の明かりに代わり、轟音とともに地下鉄が駅に滑り込んだ。
僕の隣の白人女性はすっかり makeup を終え、金融フィールドで働いているかのようなどこかきりっとした、戦う顔になった。
パックパックのラティーノもまた、これから向かうところが戦場であるかのように、iPod のボリュームをより一層上げる。
男性カップルも立ち上がった。
地下鉄が完全に停止し、ドアが開くと僕ら全員が降りた。

みんなそれぞれの方向に歩きだす。New York のいつもの朝の風景。


折しも車体が同じ色の車が二台。
なぜかウサギとカメの競争を思い出した。

ゴールの直前で油断して眠りこけてしまったウサギと黙々と歩いてウサギより先にゴールにたどり着いたカメ。
子供時に読んだ本はなまけもののうさぎがいかにも悪者のように描かれていて、僕もそんな風に理解したと思っているが、今考えるとはたしてその理解が正しいのか疑問に思えてくる。

言い出した自分がレースに負けるのは情けないけど、違う種の者同士が勝ち負けを競っても意味が無いこともある。
それとこのレースを旅にたとえると、ゆっくり歩いてじっくり経験を楽しみながら着実に旅をするのもいいけれど、駆け抜けるような旅であってもその一方で沢山の場所を見ることができるというのも悪くないからだ。

そして旅を人生にたとえると・・・僕の場合は走ったり休んだりだなぁ。


初めてアメリカに来てレンタカーを運転したときに、選びきれないほどのFMステーションから音があふれるのに驚いた。
そして初めてアメリカでケーブルテレビを見たとき、数百チャンネルもの放送がひしめいていることにとまどった。
英語が少しずつわかるようになって行き始めた映画館。ここでも毎週のように新しい映画が公開されるのを見て、一体この国の人たちは一年に何本映画を見ているんだろう、と不思議だった。
それからこの国を知るにつれ、その不思議はますます深まっていく。
一年を通してスポーツの人気は高く、その人気もベースボールのみならず、バスケットボール、アイスホッケー、カーレース、アメリカンフットボールが一様に大型スポーツとして常に人気を集め、日本ではマイナーかと思うようなスポーツですらテレビで毎日のように放送されている。
たくさんあるうちの一つでも日本で公演をすれば話題になるミュージカルなど毎日それこそ何十も何百も上演されているし、本格的なオペラもバレエもクラシックコンサートだってその気になれば気軽な値段でいつでも見に行ける。
日本とアメリカの人口を比べるとたかだかその差は3倍たらずなのに、この国のエンターテイメントやアートの量は3倍以上である。
働く時間が短いから、エンターテイメントに費やす時間も多くなるのかもしれないが、それ以上にアメリカに住んでいる人達は総じてエンターテイメントが好きなんだと思う。


アメリカでアートなどといっても所詮それはハリウッド映画のように商業的なものばかり、とい嘆く輩もいるかもしれぬ。
実際消費する人が多いだけあって、芸能もアートもビジネスとして成り立っているのは事実だろう。
そんなわけで商業的というととたんにアートも芸能も、世間の目には小賢しいというイメージで映るようだが、僕は商業的ななものだってアリだと思う。
今では名曲と言われているクラシック音楽もかつては宮廷音楽のものが多いし、名画を描いた画家にもパトロンがいた。もちろんそうではなく金に関係なく認められたアーチストは多いけれど。


アートといえば写真はどうだろうか。
New York といえばまさに広告写真の中心のようなところだが、それだけではなくアメリカでは一般的に写真自身が普段の生活にとけ込んでいるように思える。それはなにも多く人が写真展を見に行く、というようなものではなく、普段の生活の中で写真を撮る機会も飾る機会も多いのではないか、というものだ。
家が日本より広いから、というせいもあるがそれにしても家の中で写真を飾る人は多い。壁一面に家族の写真を配置している家もあれば、大きな芸術的な写真作品を飾っている人もいる。会社の自分のデスクにも家族の写真を並べる人が多いのは周知の事実だ。よく映画の中でレイオフのシーンがあると机の上の家族の写真ぐらいをまとめてオフィスを去っていく人がいるが、それくらい私物が少ない中で家族の写真だけは飾っているのである。
もっと身近なところでは財布の中に家族の写真を入れている人だろう。

そんな中、ポートレートや結婚式の写真撮影というのは明らかにマーケットとして認知されており、もはや産業と言ってもいいのでないだろうか。
先日もとあるところから招待されていたのだが行けなかったトレードショウがある。WPPI と呼ばれるもので、つい最近ラスベガスで行われていた。
この WPPI というのは Wedding and Portrait Photographers International の略で、これだけでトレードショウになってしまうのだから、恐れ入るばかりである。
スピーカーの名前を見ても、( こんな称号があること自体すごいと思うのだが ) 「 現代アメリカのトップ10、Wedding Photographer の1人 」 などと呼ばれる人たちの名前がずらりと並んでいる。中には、日系人 Photographer だろうか、Kevin Kubota 氏というあちこちでその名前を見ることがある人の名前も並んでいる。

知り合いの中にも Wedding Photography を専業としている人たちがいるが、彼らの場合一回の撮影料は下は$3000からで、もちろん$6000やそれ以上の料金設定もある。上に紹介したトップ10 Wedding Photographer などはもっと高額だろう。
一回の撮影が40万円というのは、一つにここ何年もアメリカでの Wedding Photography が、ジャーナリスティックスタイルを取っていて、結婚式の当日の早朝から深夜まで、それこそ密着取材型の撮影になるため、拘束時間が長いということもあるだろう。そもそも結婚式そのものにいろいろなサイズがあってそこまで本格的な撮影を頼まない人だっている。逆に盛大な結婚式を頼むからこそ、高額な撮影費用もいとわないのかもしれない。
それにしてもいろいろな国の人が集まっている New York では人種や宗教上のしきたりの違いもあってやってみると Wedding 撮影は細かいところで気を遣う。

僕も定期的にワークショップなどを受けているけれど、自分のスタイルはどうであれ商業的な写真の今のスタイル、というのを知っておくのはなかなか興味深いものである。
そういう意味で、WPPI のような大きなショウに日本から参加することは言葉の壁はあるかもしれないが、写真のテクニックや用語は言葉の助けがなくても Photographer なら理解できて、面白い体験になるんではないかと思う。



話があちこちに飛んでしまい、緩慢になってしまった今回の話題だがそろそろ締めにはいるとしようか。

多くのエンターテイメントが広く受けいられるこの国では、それだけ何かを表現したいという人にはとても魅力的な国ではないかと思う。競争はもちろん激しいけれど、人と違うことをやることに対して非難がましい目で見られることは無い。
表現することに興味がある人だったら、ちょっとの勇気を出して頑張ってみたらどうだろう。
僕もいろいろな事に挑戦していこうと思う。
といっても部屋の中に写真を飾る、というちっぽけな事をはじめたばかりなんだが。

Happy Easter!

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※ Easter Parade ではこんな風に一風変わった格好するのがしきたり (?) となっている。


当ブログ、New York Watch もスタートして以来10年近くになるが、考えてみると Easter について取り上げたことがなかった。どちらかというとこのイベントは宗教的意味合いがあって、かつイベント ( Easter Egg を探す ) のは子供向けであることから、自然と敬遠してきたのかもしれない。

Easter Egg Hunting は正しくは色を塗ったゆで卵などを隠しておいて、それを探すものだが現代ではイベント化していて、プラスチックでできた様々な色の卵の中に、この時期限定のチョコレートなどを詰めて隠すのである。
それは屋内でもかまわないし、公園でやる人もいる。大きなところでは、Central Park を使ってやるもので、これは土曜日が恒例となっている。

たまたま今年は Easter の前夜に友達の家で夕食を食べていたところ、その息子のためにお菓子詰めをするというので、子供が寝静まったのを確認して、いそいそと大人達で卵にチョコレートやら小銭を詰める作業を手伝ったのだ。
そんなこともあってか、日曜日に五番街で行われるという Easter Parade のことを思い出して、行ってみることにしたのだ。


ところでパレードというと、マーチバンドにPAを積んだ巨大なフロート、沿道の人たちはバリケードの向こう側から見ている・・・というイメージがあるのだが、この Easter Parade はそういうパレードとは趣が異なる。
もしかした僕が行った時間より前に、パレードらしいパレードがあったのかもしれないが、そうであればバリケードも残っているはずだがそんな風には見えなかった。つまりどちらかというと日本で言うところの 「 歩行者天国 」 に近いイメージである。上の写真はパレード区間の一部で撮ったのだが、ごらんの通り皆思い思いの方向に歩いている。

区間も短くて49th Street から57th Street までというので、Manhattan で行われるパレードとしては最小規模ではないだろうか。
そのくせ、このパレードはとても由緒正しくて、1800年代中ごろから続いているのだそうだ。なんとも意外である。

上にも書いたが、Easter Parade はなんとも一風変わったコスチュームを身につけるのが特徴のようで、特に帽子に参加者の個性が出るようだ。今回そんな様子を中心に写真を集めてみた。




※ 日本にいたとき、こんな格好した二人組を深夜番組でみたことがあったのだが。



※ なんか Home Alone に出てくる鳩のおばさんみたいだ。



※ 右の親子の帽子も賑やかだが、左の婦人のそれにはかなわない。どうやら Coney Island にあるローラーコースターのようだ。



※ パグ(ブルかな?)だって負けない。


コスチュームが特異なパレードと言えば、New York 名物のハロウィンパレードがあるが、こちらはどちらかというと陽のイメージである。やはりキリストの復活を祝うものだからだろうか。
夜行われる Halloween とは趣が異なっていて、こちらもなかなか見ていて楽しい。

惜しむらくは今年の Easter Parade は寒い中行われたことだろうか。
実はこの写真を撮っている最中にも雪が降り始めたのだった。なんでもこの週末、New York よりずっと南のテキサスやバージニアでも雪が降り、驚いたことに Atlanta でも最近雪が降ったとか。4月に降った雪としては100年ぶりとか何とか言っていたが、これも温暖化と何か関係があるのだろうか。
楽しいパレードに水を差すように降り始めた雪を見ながら、ふとそんなことを考えていた。

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