
※ Canon EOS 5D Mark II
買い物帰りの市民たちはそこにある大きな扉など、存在しないかのようにただ淡々と通り過ぎる。
僕はこの立派な扉の向こうにどんな歴史があったのか、そのときの気持ちを撮ってみたくなった。

※ Canon EOS 5D Mark II
買い物帰りの市民たちはそこにある大きな扉など、存在しないかのようにただ淡々と通り過ぎる。
僕はこの立派な扉の向こうにどんな歴史があったのか、そのときの気持ちを撮ってみたくなった。

※ Canon EOS 5D Mark II : 盗難車が乗り捨ててある、のではなくてきっと修理の途中・・・なんだと思う。キューバはそんな国だ。
2008年末、出発の前日にチケットを手配して行ったキューバ。
現在、このブログではこのときの様子を紹介中。前半にちょっとした近況、続いてキューバに関する記事というスタイルで当面続けていく予定。
しばらく workout をさぼっていたおかげですっかり体が重くなっていたので、心機一転ジムで汗を流している。心なしか少しばかり絞れた気がするのだが、冬服を着て外出するとすぐにそんな実感はどこかに飛んでしまう。寒波の New York で、着ぶくれた人たち同士が座る地下鉄の座席はお互い窮屈に感じる。
今回はキューバの通貨について書いてみたい。
ただしあらかじめことわっておくが、経済事情により為替相場はよく変動するものであるし、キューバの国情から言ってもこのあと通貨制度や物価は大きく変わるかもしれない。そのあたりは含みおいて読んで欲しい。
海外旅行の渡航先というのが初めてのところでは、その国の通貨や物価というものが体に馴染むまで多少の時間がかかるものだが、散歩がてら食事をしたり、小物を買ったりすることでなんとなく状況が見えてくるというものだろう。
キューバも通貨が単にペソというだけのことであれば、頭の中で自分にとって身近な通貨との簡単な換算レートを作り出して支払いの際にさっと計算すればいいのだが、この国の場合そうちょっと簡単にはいかない。
というのもこの国では二重の通貨制度を持っているからである。
一つは CUC と書いてキューバの人たちが「セウセ」とか「クック」と呼ぶ通貨で、主に外国人が使用する。もちろんキューバの国民も所有するし、使用もするがそれはこの通貨でないと手に入らないものがあるからだ。
もう一つの通貨は CUP と呼ばれ、こちらは主にキューバの国民が日常的に使用する。外国人旅行客も旅の途中で手にすることはあるが、それほど機会はないだろう。
CUC と CUP、どちらも実際の紙幣にはペソと書かれているので混乱しやすいのだが、実際に手にしてみると紙幣も貨幣も手触りで違いを感じることができる。貨幣などは明らかに軽く、まず間違えることはない。
CUC は外国人向けの兌換ペソと呼ばれ、レストランや店では CUP と区別するために $ と書かれていることもある。もしかすると2004年まではキューバで米国ドルを使うことができたから、その名残かもしれない。かつては米国ドルがそのまま通用していたのだが、米国のキューバに対する経済制裁などへの反発から、外貨として米国ドルの流通を停止し、CUC がそれにとって変わったとのことだ。
実際空港や市中の両替所ではカナダドルやユーロ、それに日本円と CUC の両替は問題ないが、米国ドルは公式には使用することができない。公式には・・と書いたのは実は今でも米国ドルがすべての場所で使えないかというとそういうわけでもなく、実際には手数料10%を支払うことで CUC との両替は可能となっている。もし米国ドルを持っている人がキューバに行くとなると、その米国ドルをユーロかカナダドルに両替し、さらにキューバでそれを CUC に変えるというのがもっとも正当な方法であるが、その場合為替手数料が二度発生することになる。果たして10%の手数料を払ってでも米国ドルを CUC に変えた方がよいのではないかという疑問が残る。
多少の誤差はあるが、僕は 1 CUC を 1 USD とおおざっぱに換算して、支払いをすることが多かった。
ところで CUC と CUP だが、この換金レートは 1:25 となっている。
つまり1 CUC は25 CUP になるわけだが、この二つはどのように使い分けられているのだろう。
一般に外国人が利用する場所、つまりホテルやレストラン、それにバーや土産物屋などはすべて CUC で支払うもの、と思ってかまわないようだ。その逆に CUP はキューバの市民が利用する場所で使われる。つまり市民に馴染みの深いコーヒースタンドや、それに日常の生鮮食料品、公共交通機関などはもっぱら CUP ということになる。
ちょっと小じゃれたレストラン、しかも英語のメニューなどが用意されているところはまず間違いなく外国人向けのところだとわかるが、ちょっと裏通りに入ったレストランだと CUC と CUP のどちらが使えるレストランなのかはわかりにくい。ローカルの人たちにいわせるとそんなときは店内にどちらで支払いを受け付けるかスペイン語で書いてあるというが、つまりそれがスペイン語で書いてあるということは CUP 専用なのだと思う。
物価の話はキューバの 「 今 」 を語るにはちょうどよいテーマなので、この後も折りに触れて紹介していくが、物価の違いを実感したのはこんなときであった。
キューバに着いてからというもの、すぐに気に入ったキューバン・コーヒーだが、レストランはともかく街を歩いていると時折見かけるコーヒースタンドでも飲んでみたくなった。キューバの人たちが窓口のまわりを取り囲んでいるのを見ると、あの小さなカップに入ったコーヒーをどうしても味わってみたくなる。
見ているとどうやら僕が持っているコインとは違う種類のコインでコーヒーを買っている。着いたばかりの僕はもちろん CUP のお金を持っていなかったので、自然と CUC の手持ちのコインを並べて 「 どれで買えるんだろう 」 と思案することになる。
するとそれを見かねたのか、大学生くらいのキューバ人の青年が指で僕のコインを一つつまんで、これで買えるというようなことを示している。代わりに買ってくれないか、というようなことを身振りで伝えるとすぐにわかってくれて、コーヒーを飲もうと並んでいる市民たちに混じって一杯のエスプレッソをピックアップしてきてくれた。
そのときにお釣りだよ、と反対の手に握っていたお金を渡そうとしてくれたのだがそこにはお札が何枚か挟まっていた。それが CUP の紙幣だったのだが、あのコイン一つでこれだけの釣りがもらえるのかと少々驚いた。確か彼に渡したのはクォーター ( つまり 0.25 CUC ) か 1/2 CUC のコインだったはず。もともと数十円で飲めるコーヒーというだけでも驚きである。
だからお釣りはあってももたいした金額ではないだろうと、想像していた。それくらいお礼に彼に渡してもいいだろう。
ところが僕がお釣りをあげるよ、というようなジェスチャーをすると、枯れはとてもびっくりした顔をしたのだった。それは彼がしてくれた好意の行動で見返りなど想定していなかったということか、それともお礼にとしてもらうには少し金額が多かったのか ( 僕はそうは思わないけれど、正確な釣り銭を確認しなかったので、今となっては何ともいえない )。
いずれにせよ、物価の違いはこんなところで如実に表れる。

※ Canon EOS 5D Mark II
最初、キューバの人々が口にする「ロン」が何のことかわからなかったが、それは程なく Ron と書いて、英語で言うところの Rum、すなわちラム酒のことだとわかった。
カリブ海の国々はどこもラム酒の名産地で知られているけれど、あの有名な Bacardi ももともとはキューバが発祥だとはあまり知られていない。
明るいうちから Rum を頼んでほろ酔い気分で歩こうか、それともほろ苦いキューバン・コーヒーを飲んで気持ちを覚醒させようか。
ハバナ旧市街のとあるバーにて。
※ Canon EOS 5D Mark II
喧噪が一瞬だけ止まって見えた。ハバナの街角にて。

2008年末、前日にチケットを手配して行ったキューバ。
現在、このブログではこのときの様子を紹介中。前半にちょっとした近況、続いてキューバに関する記事というスタイルで当面続けていく予定。
国際関連のニュースはここしばらくにぎやかだ。
明日はオバマ新大統領の就任式 ( inauguration ) が行われる予定で米国のメディアはその話題一色だし、ガザで紛争も、NYCの Hudson River に不時着した旅客機など世間の耳目を驚かす話題で溢れている。一方 New York は久しぶりの寒波と雪で凍えている。
そんな中キューバに関するニュースがひっそりと流れた。
http://www.asahi.com/international/update/0115/TKY200901150255.html
( いつまで以下のリンクが活きているかわからない )
このニュースのなかで、「 カストロ前議長を師と仰ぐベネズエラのチャベス大統領が11日、同国のテレビで「軍服をまとい、人々を抱擁しつつ通りを歩き回ったあのフィデルはもう戻らない。肉体的な生を超えて、永遠に生き続けるだろう」と意味深長な発言をしたことも、憶測に拍車をかけた。 ハバナからの情報では、市民の間に「容体が悪化したのではないか」とのうわさが広がっているという。 」 という部分があるが、僕がキューバに行きたいと強く思った事情はここにあった。
キューバ革命を率いた前議長のカリスマがあるからこそ、ある意味独裁政治を引くことができ、皮肉なことにそのおかげでキューバという国はとても安全で安定した状態を保っている。仕事は政府があてがうから、犯罪人になるわけにはいかないし、警察はいたるところで人々の言動をチェックしている。
また米国・キューバ双方ともお互いの国交断絶・経済封鎖とエスカレートするに従って、キューバという国はすっかり時代が止まってしまった。社会主義国だから広告もないし、もちろんネオンやLEDの看板なんてものもない。スペイン植民地時代から近代までの街並みで時代は止まっている。
写真に撮りたかったのはキューバがこれから迎えるだろう変革の前に、記録としてとどめておきたかったからだ。この話についてはまた別の機会に写真をまじえて紹介しようと思う。
ハバナ近郊にある、ホセ・マルティ国際空港の到着ロビーに着いて最初にやらなくてはいけないのが、両替である。
他の国と違ってキューバの通貨は現地でないと入手しにくく、また空港から首都ハバナの市街地まではタクシーに頼ることになるため、どうしても空港で現地の通貨が必要となるのだ。ハバナに来る前に立ち寄ったメキシコ・カンクン国際空港の両替所でもキューバペソの取り扱いをしていたのかもしれないが、出発前に聞いた話ではキューバに着いてからというのが一般的で、また空港の両替所は遅くまでやっていることだったので、僕自身はユーロと日本円を中心に持って行った。
他の国と違ってキューバでは空港であろうが市内であろうが両替のレートが一定である、ということも聞き知っていたので、よくありがちな観光地や空港での領外は交換レートが極端に悪いということもなかろうと、ここ空港で持って行ったユーロをすべて現地通貨に換金した。
ちなみに事前に準備をほとんどしてこなかった僕がこのことを知り得たのは、かつて NY に住み現在は東京に移り住んだ知人の S さんのおかげである。僕の周りでキューバに行ったことがある友人というのは限られており、彼女もその一人だったので少しでも情報が欲しくて助けを仰いだのだった。
それとカンクンからハバナに向かう1時間という短いフライトのおり、たまたま隣に座ったキューバ人男性も親切に教えてくれた。キューバで生まれたこの男性は、現在メキシコに住んでおり、一年に一度ほど帰郷するのだとか。もちろん僕はスペイン語で十分な会話なぞできないのだが、彼が英語が話せるということが幸いした。
ぱっと見渡したところ到着ロビーには二カ所の両替所があり、深夜にも関わらず旅行客が長い列をなしていた。それでもその行列をさばく人 ( dispatcher ) がいたのには感心したし、取り扱っている外貨の数も多く、冷たく愛想のないサービスを覚悟していただけに少し拍子抜けした。
ちなみに取り扱い外貨の中には日本円のシンボルもあったが、僕が到着した日はレートが書かれるはずのプレートが取り外されていたので、円は売り切れていたのか、一時的に取り扱いをやめていたのかもしれない。カンクンにある旅行会社のエージェントによれば、「 ドルもユーロも下がっているので、一番レートがよいのは Japanese Yen ですよ。」 と聞いて持ってきた円だが、
両替を済ませ、あたりを見渡す余裕も十分にできた。どこの国際空港でも見られるように、到着したばかりの客、出迎えの家族、それにタクシー客を勧誘する人たちでロビーはごったがえしている。インフォメーションカウンターが中央にあり、驚くことに深夜にもかかわらず女性が外国人旅行客の対応をしていたことである。アメリカの空港だったらとっくに店員が帰宅しているような時間である。僕はここでキューバ地図を一部 5 CUC で買った。 CUC という通貨についてはまた後に説明するとして、今にして思えば地図一部 5 CUC というのはかなり高額である。まあドルにすれば6ドルちょっとであるから、そのときはさして高価とは思わなかったのだが。
空港建物から出ると、最初に気づいたのが、「暗い」ということ。今までの僕の海外旅行ではまず最初にローカルを感じるのが気温や湿度、そしてその国の匂いといった順なのだが、キューバではまず最初に街が暗いというのが第一印象だった。
そもそもカンクンとハバナは時差が1時間しか違わず、直前まで同じ気候のところにいたわけだから体は抵抗を感じなかったのかもしれない。常夏の島とはいえ、12月のその日は特に涼しく、僕なんぞは家を出たときからきていたジャケットを一度も脱がずにキューバまで着いたのに、さして暑いとは思わなかったほどである。
その後わかったのだが、12月ともなると夜間は気温が落ち込むので、キューバといえども長袖の服を羽織る必要があるのだった。
タクシー乗り場の話に戻すと、ほの暗いライトのもと dispatcher に行き先を示した紙を手渡すと、「 ここで待っていろ 」 というような手振りを見せて、近くのタクシーを呼ぶ。両手の人差し指と中指を口に入れて、見事な指口笛を吹く。僕はこれがうまくできないので、いつも妙技だと思っているが、ここでは当たり前のように人々が使っている。
ところが実際にはこの dispatcher が何人かいるのか、それとも客引きか、とにかく車の横付けするこの長い乗り場でタクシーがあちこち止まっては客を拾っていく。ここまでくる前に乗客を拾ってしまうのだ。もしかするとしまいには僕の目の前にいた dispatcher が起こりだし大声で道に乗りだしてまで呼んでいる。なんだかここまでしてもらって悪い気がしてしまう。
外国人旅行客向けのこれらのタクシーにはきちんとメーターも着いているのだが、空港からの客にはメーターを使わないらしい。これは外国から帰ってくるキューバ人であってもタクシーを利用するときは同じ待遇なのだと後から聞いた。
当初僕の行き先に対し、「 25 CUC 」 と言われていたのだが、急遽 Dispatcher が 「 20 CUC でいいや 」 と言う。あれ、と思っているとどうやらもう一組の乗客と相乗りになるようで、白人の若いカップルも同じ車に乗るよう指示されていた。ハッチバック型の車の後部にスーツケースを載せ、必然的に僕は助手席に乗り込むことになる。
空港だからであろう、ここに来るタクシーはどれも新しく、数十年前の車が現役で走っているというキューバのイメージからだいぶずれている。僕ら一行が乗ったのはプジョー車だったが、このタイプは特に多いようだ。
僕らを乗せたタクシーが空港を出ていよいよキューバらしい風景が見えてくると、なんとも落ち着かない自分がいた。
年間を通して涼しい季節であるこの時期でも、特に涼しい日に着いたという話は上に紹介したが、もちろんタクシーもエアコンなど点けなくもと十分快適である。とはいえ締め切った車内に4人の大人というのもすぐに息がつまるようだ。案の定運転手自身、窓を全開にしたので僕も続けて窓を開ける。すると途端に車の窓から流れていく風景がより具体的なものとして目に入ってくるようになった。
途中運転手や後部座席に座っているカップルが話しかけてくるのだが、会話に答えながらも僕の目はずっと外の景色に奪われっぱなしだった。
スイスから来たというこのカップルは数週間ハバナに滞在するという。
( ヨーロッパからはどこを経由してキューバにやってくるのだろう ) と思いつつ ( ということは違う便で来たんだろう ) と考えていると、「 空港のバゲージクレームでは長く待ちましたか? 」 と聞かれた。そういえば時間のかかった入国審査のあと、さらにバゲージクレームで40分以上待ったことを思い出し、「 そうだ 」 と答えると、彼らはなんと2時間待って荷物が出てきたのだという。しかも最初の一つは20分ほど出てきたにもかかわらず、もう一つが出てくるまで2時間かかったのだという。ロストバゲージの扱いになって探していたんだろうか?、と聞くととどうもそうではなく他にもたくさんの人が周りで待っていたとのこと。荷物検査にそれだけ時間がかかったということなのだろうか。いずれにせよ、彼らの話を聞いた後では、僕の40分というのはラッキーだったんだと思えるようになってきたから不思議だ。
途中、「 ごめんごめん、給油しないといけないので寄り道します 」 とひたすら誤りながら運転手が高速を降りる。僕なんぞ旅行客がなかなか利用しないガソリンスタンドまで見せてもらえてラッキーと内心思いながら、あたりを観察させてもらうことにした。これまた驚くことに24時間営業と書かれたガソリンスタンドがあった。日本やアメリカで見られる、照明が敷地の隅々まで照らしている明るいガソリンスタンドとは大違いで、蛍光灯一本であたりを照らしているような、うす暗いスタンドだった。日本でいえばひなびた温泉旅館の前に蛍光灯一本の看板があったりするが、あれと似たような風景である。
ガソリンを入れ終えフリーウェアに戻る道すがら、車は小さな町の中を数ブロック通り抜けた。そこには日本にもある団地とほとんどそっくりな5階建ての集合住宅があり、道は舗装されているとは言い難いがまあ何とか徐行できるぐらいには整備されている。ところがあちこちに大きな穴があいており、運転手は器用にそれらを迂回していた。
すでに日付は変わっていたので、町の明かりがそれほど見えないのも就眠のせいかと思ったのだが、意外にも人が何人か歩いている。街灯と街灯の間隔は長く、道を明るく照らしているとは言い難い。しかも家々からの照明もほとんどないのでちょっと薄気味悪いくらいだが、でも考えてみるとそれだけここは安全だということなのだ。薄気味悪いと感じるのは自分が夜でも明るい照明のあるという環境に慣れ親しんでしまったせいであり、それでも犯罪が多いのだから先進国とはいったい何なんだろう、と後から気がついた。
そういえばホテル街がまばゆいカンクンの街を飛びだち、キューバが眼下に見えてきたともこの国は暗かった。通常夜のフライトでは、地上の光で街の形や人の営みを見ることができる。それは車のヘッドライトだったり、家の照明で、空からでも道や街の形が見えるというものである。
ところがキューバの時はハバナに近づくまでほとんどそれが見えなかった。
僕が米国から日本に行くと、照明が目に痛いほどまばゆい国だと感じるのだが、ならば日本から直接キューバに行った場合は特にこの暗さが際だつのではないか。
目が慣れれば決して不快ではないこの暗さ。思えば東京だって僕が子供のころは、似たような風景が広がっていた。深夜までやっているコンビニエンスストアなんてなかったから、夜になれば商店会はそれなりに暗くなっていたし、なんといったって蛍光灯自体が暗かった。松下が明るい蛍光灯を発売し、それがいかに明るかったのかを覚えているほどである。
そう考えるとキューバの夜の姿は不気味でもなんでもなく、むしろ懐かしい風景にすら見えてくる。
それにしてもキューバ人タクシードライバーはよく飛ばす。市街地に向けて深夜のフリーウェイを走る様はまさに疾走である。スピード違反で捕まらないのだろうかと逆にこちらが心配になった。
そしてやっとハバナ市街に入り、まずは僕の宿に着いた。スイス人カップルとはここで別れ、お互い旅の安全を祈る。
いよいよ明日からハバナの街を歩く。

※ 機内の窓ガラスにカメラをくっつけて撮ったカンクンの様子。奥に見える島はイスラ ムヘーレス
2008年末、前日にチケットを手配して行ったキューバ。
現在、このブログではこのときの様子を紹介中。前半にちょっとした近況、続いてキューバに関する記事というスタイルで当面続けていく予定。
前々回ここで公開した、新年の挨拶の動画だが、再編集したものを Youtube にアップロードし直した。
5D Mark II で撮った動画を Mac の iMovieHD で編集しているのだが、このソフトがなんだか使いにくい。シンプルな操作と簡略された機能は Apple らしく好ましいのだが、頑固な仕様やどこか不完全なエンコードデータを見るとこれもまた Apple の悪しき伝統のような気がする。
もしかすると僕の使い方が悪いだけで、Apple にとって濡れ衣かもしれないが、以下のような点で苦労している。
a. 出力イメージに合わせてプロジェクトを作成しないといけないこと
元となるデータは1920x1080の HD 解像度の Quicktime フォーマットで、編集後の出力も同じく1080pか少なくとも720pの解像度のファイルとしたい。ところが新規にプロジェクトを作成するときにインポートファイルフォーマットを指定する箇所があり、MPEG-4 か H.264 を選択してしまうと、書き出し時にいくら 1024p や 720p の解像度を指定しても見るに堪えないブロックノイズが載ってしまう。試しに「フルクオリティ」の設定でエクスポートさせると480pになっていることがわかる。まさかと思い、新規にプロジェクトを作成し、読み込み時のフォーマットに HDV(720p)を指定して読み込ませたものをそのままフルクオリティとして書き出せると720pらしい解像度のファイルが作成された。
さらにそのまま出力時のフォーマットを H.264 形式に変えて解像度を720pにしたところ、大幅に圧縮が効いてファイルサイズも小さくなりさらにクオリティも720pとして合格点ものになった。元データは MPEG-4 AVC/H.264 なのにその設定で読み込ませるとどうやっても1080pや720pのクオリティが出ず、HDVにすればその問題が解決するというのは素人には腑に落ちない仕様だと思うが。
ちなみにこのブログ更新に合わせてファイルを置き換えた。こちらが HD 解像度のものです。
b. transition 効果が不安定
シーンとシーンのつなぎ目、いわゆるシーンチェンジを transition という機能を使用して編集した。
これがまたちょっと仕様が一律でないので 使い勝手が悪い上に、合成がうまくいかないためか出力ファイルがおかしい。
オーバーラップやフェードインの効果を入れているその最初にちらっと本来の画像が表示されるシーンが多々あるのですぐにわかると思うが、そのことである。
もしかすると僕が編集時に妙な動作をしてしまったのかもしれないが、今見てもどうしてそうなっているのか iMovieHD の編集画面ではわかりにくいし、戻し方もわからない。いったん transition を削除し、さらに同じものを追加して出力させてもこの問題は直らない。
とまあ不満たらたらではあるが、とりあえず作り直したので、時間があれば見直してみて欲しい。
違いを見たいという人のために前に最初に作成した HD 画像へのリンクも残しておく。
さてキューバへの行き方だが、少々面倒なものとなる。というのもアメリカがキューバに対して経済制裁をしている関係上、アメリカ航空会社を使わず、アメリカ以外の近隣国に入ってから同国に乗り継ぐ必要があるのだ。
一般的な方法はカナダかメキシコだろう。特にカナダでは人気の高さを反映してかいくつかの都市からのフライトがあるようだ。
またメキシコの場合はカンクンから一日4便ほどのフライトがあるので、ここを利用する人が多いらしい。
もちろんその他にもドミニカン共和国やジャマイカなどカリブ海の近隣の島を利用することもできるが、いずれにせよ乗り換えが発生する。
ちなみにキューバに入国するに際し、ビザが必要となるが空港で 「 購入 」 することができる。カンクン国際空港では$15で販売している。
キューバ入国に際し、パスポートには直接ビザスタンプが押されず、ここで購入したカードに押されるためキューバに旅行したことがパスポートには記載されないようになっている。キューバが観光収入に頼っており、同国と正式に国交を結ばない国への配慮としてこんなシステムになっているのだろう。
カンクンからキューバの首都ハバナに近い国際空港まではおよそ1時間のフライトでサービスはドリンクのみ。メヒカーナ航空機は横、2x3という座席の並びの中型機だった。
今回キューバ入りした機はカンクンからのフライトとしては最終便で、ホセ・マルティ国際空港には夜11時ごろに到着するものだった。
が到着した空港で電光掲示板を見てみるとこの後にもエアフランスなどいくつか深夜・早朝に到着する便名が並んでいた。
空港に着くとまずは入国審査だがさすがキューバ・・・と緊張したのが、その前に小銃を構えた兵士たちが立っており、無作為に到着した人々のパスポートを確認しては何をしにきたか尋ねていたことである。続いて入国審査に進むわけだが夜遅くにもかかわらず多くのブースがオープンしていて、さすが社会主義国だと半ば関心。ところが一人一人の審査にかかる時間はやはり長いため、列はなかなか進まない。そういう意味ではどこの国も同じくらい時間がかかるもので、キューバが特別というわけでもなさそうだ。
自分の順番が近づいてくると前の人たちの様子が見えてくる。一人ずつ係員の前に行き、パスポートとビザを提出する。係員の手元は旅客のカウンターよりかなり下にあり、何を処理しているのかはほとんど見えない。そこでキーボードを操作している音が聞こえ、さらにスタンプをどこかに押す大きな音がする。この音が朱肉にポンポン、ポンポンとかなり大きな音をさせたっぷりとインクをつけてから、さらに力をこめて「ボンッ」と押すものだから、こちらは「パスポートに押されたらどうしよう」と不安に駆られてしまう。( もちろんパスポートには押されなかったが )
ちなみに尋ねられたのは何しにきたのかと何日間滞在するのか、というとてもシンプルなもので、そのあとこちらはかなり手持ち無沙汰な状態が続く。あまり怪しまれてスパイなどと思われてはいけない、などと妙に妄想気味になりながら頭を動かさず目だけ動かして周囲を見渡すとブースの上部左右にはカメラが備え付けられているのが目に入った。まあこれも入国審査であれば別段珍しくないだろう。
担当していた女性は、やはりどこか政府職員風いった毅然とした態度で、もちろん軽口はおろか挨拶なども通用しなさそうで、僕にはとても怖そうにみえたが、最後にパスポートを返しくれる段になって、英語で 「 ウェルカム To キューバ 」 と言いながらほんのわずかだけ微笑んだのが印象に残っている。
英語で話しかけられるとも思っていなかったし、無口でパスポートを渡されるのかなと思っていたのはキューバに対する先入観のせいだろうか。
手続きが終わると、彼女が手元のボタンを押し、大きなブザーが鳴る。と同時にガチャというドアロックが解除された音がして、木製の扉を出て次の部屋に進むことができる。
そのあとバゲージクレームに進むわけだが、遅い時間にもかかわらずかなり大勢の旅客でごった返していた。それは理由があったのだが・・・。
小さな便でそれほど乗客が多いわけではないにもかかわらずなかなか荷物は出てこない。見渡すと夜遅い便のせいかほとんどの人が疲れ切っている。それから40分ほどしてやっと荷物が出て、次は通関である。
こちらも荷物の持ち込みが厳しいと聞いていたので緊張していたが、職員らしき人が無作為に近くの乗客を選び、係員がいてそこで一つずつ荷物を開けさせる行列と、出口に一人だけ通関らしい職員がいて通関フォームを受け取りながら手持ちの荷物を見定めてそのまま通行させるグループに仕分けていた。
僕も当初は荷物をチェックするラインに行け、というようなジェスチャーを受けたのだが、どうも周りはキューバ人らしい人ばかりで、荷物の少ない人や外国人はそのまま簡易チェックに向かわんとしていた。近くに尋ねられそう職員もいないので、ものは試しと簡易チェックの方にいくとたまたま職員が指示して並ばせた結果僕が二番目になった。後ろの人たちに何かスペイン語で注意するのが忙しいようで、僕のフォームをちらっと見るだけで全く無関心なそぶりだったので、そのまま通り抜けてしまったがあそこで荷物を開ける列に並んでいたら空港を出るのに小一時間は
かかったかもしれない。
僕が旅のスタートを実感するのはこうして通関を過ぎ、自分の足で空港ロビーに立ったときだ。その感覚は今回も全く同じだった。

※ Canon EOS 5D Mark II
「 旅の目的地としてどうして今回キューバなのか 」 とか 「 なぜ急に行こうと決めたのか 」 というところから書くのが順当なのだが、今回のタイトルとそれは大きく関係があるのだ。
もともと旅先としてキューバに行きたいと常々思ってはいたのだが、なかなか行動を起こせずにいた。忙しくてまとまった休みが取りにくかったり、ハリケーンシーズンで季節が悪かったりと、今から思えばそれは単に言い訳でしかなかったのだが、重い腰が上がらなかったのが一番の理由だろう。つまり行きたいと思いつつ、今行かなきゃ行くチャンスが無い、という危機感が薄かったのだ。
話はちょっと横に逸れるが、ここに紹介する写真は全て Canon EOS 5D Mark II で撮ったものである。このカメラが手元にやってきたのは12月のことで、旅行のちょっと前である。新製品として発売されたこのカメラ、もともと僕は予約をしていなかった。フルサイズのカメラは 1Ds Mark III があるし、他にも 1D Mark III や APS-C サイズのカメラも手元にある。それほど買い換え・書い足しをする積極的な理由は無かったのだ。
ただ発売前に見ていたサンプルの画像は結構気に入った発色で、個人的には 1Ds Mark III より好ましくすら思えた ( この辺の比較はいずれやってみようと思っているが )。それとデジタル一眼レフで撮ることのできる動画というのも正直関心はあり、いち早く入手した仲間の写真家のカメラを横目に見ていたつもりだったのだが、少し触った途端かなり気に入ってしまった。
ちなみに現在よく持ち出すカメラはもっぱらこれである。もちろん使ってみての不満もそれなりにあるけれど、気軽にストリートに持ち出せる。
でこのカメラ、予約をしていなかったので買うなら1月以降だなとぼんやりと考えていたところ、仕事のつてで思いがけず一台購入できることになった。
欲を出して動画も撮ってみたいなどとバッテリーグリップも合わせて手に入れたのだが、なんと要のバッテリーパックそのものが品切れとのこと。そのため今でもバッテリーグリップは新品のまま箱の中に入ったままである。
ところでこのカメラを手に入れた瞬間、ふとこのカメラでキューバの写真を撮ってみたくなった。
ちょうど運良く3週間ほどまとまって休みが取れることにもなった。この機会を逃す手はない、と急遽キューバに飛んだのは半分このカメラのせいだといってもいいだろう。
加えて、これ一台で動画も撮れる、などと無謀にも妄想は広がり、一気にキューバ旅行熱が高まったのだった。
大きさも重さもこういった旅行では 1D 系より機動性があがるし、加えて 1D 系は移動中の盗難や事故で壊れてしまっては困るカメラである。上にも書いたように動画を撮りたければこれ一台で済み、ビデオカメラまで持ち運ぶ必要は無くなるのはありがたい。
そういう意味では、このカメラでキューバを楽しく旅することができた。変なやつだと思われるかもしれないが、「 きっと 5D Mark II がこの国にやって来たのはこれが初めてだろう 」 などとほくそ笑んでいたのだが、実はそれは違った。旅で出会った人たちを紹介する記事を書こうと思うが、一人だけ 5D Mark II を持っている人がいてお互いびっくりして立ち話が進んだ。ちなみに初代 5D を持っている写真家の人にも出会ったし、今時デジタル一眼もキューバでは珍しくないようだ。
それからもう一台、ガジェットをキューバに持ち込んだ。
EPSON P-4500 というフォトストレージャーである。今回諸般の事情から ( インターネットとして後述 ) ノート PC は持ち込まなかったので、その代わりに撮った写真を保存するために使用した。結果らからいうと P-4500 にはかなり失望した。
日中撮った写真を夜になって P-4500 に転送すると、その動作自体は完了したとメッセージがでるものの、保存したフォルダーの内容をブラウズしようとするとうんともすんともいわなくなってしまう。つまり完全にハングアップしてしまうのである。
保存したフォルダを開くと、最初に何十枚かの写真のサムネイルが表示される。ここまではいいのだが、カーソルキーを使って下にスクロールしようとするとそこで完全に制御不能になる。電源ボタンを押し続けても本体は停止しない。停止させるには本体下にあるバッテリ蓋を開けて、バッテリパックの入れ差しが必要になるのだ。
おそらく 5D Mark II から撮れるようになった Quicktime フォーマットのファイルのせいではないかと思うのだが、対応していないファイル未対応としてスキップすることはしないのだろうか。それともフルサイズということで一般的な Jpeg ファイルにもかかわらずファイルサイズ制限かなにかにひっかかるのだろうか。
いずれにせよ、バックアップが完了したことを確認してからメモリカード内の写真イメージを削除するわけだから、実行にはそれなりの勇気が必要だった。ただブラウズでは失敗するものの、スライドショウ機能を使うと一つずつ撮った写真を表示させることはできるようなので、確認に時間はかかったがこれで代用することにした。
実は出発に際して P-4500 を荷物に詰めるにあたり、ファームウェアが最新かどうかだけの確認をしてみた。すると新しいファームウェアがエプソンのウェブサイトに掲載されているものの、どうやら 5D Mark II に関連するとおぼしき記述は特に無かったので、それほど気にせずそのまま出発してしまった。
なので今回の不具合もそのファームウェアのせいなのかもしれないと、念のため帰宅してから最新のファームウェアを入れてみたのだが現象は変わらず。
バックアップしたはずの写真の内容確認ができないのではストレージャーとして使うのはかなり危険である。全てのファイル確認するつもりは無いが、頭と終わりのファイルを確認するなど正しくファイルがコピーされていればそれだけで安心できるものである。それが装置自体のハングアップを起こすとなると、転送したファイルが壊れているのではないだろうかと疑心暗鬼になってしまう。
このシリーズ、すでに新世代のものが現行製品として発売されているが、その機種ではこの不具合は修正されているのだろうか ( だとすれば旧機種もファームウェアで対応すべきだと考えるが ) ?
とはいえこうしてここで写真を紹介できることからわかるように、撮った写真は全て無事だった。
まずは毎年、恒例の挨拶ながら、
ただいま3週間の冬休み中で、一年の垢のようにしてたまっていたことを片付けている最中である。その多くは個人的なプロジェクトで遅々としてなかなか進まず、気がつけば年末の大掃除のタイミングも逃してしまい、しかもキューバから帰ってきて部屋の中には夏物の服と冬服が混在していてなんだかすごいことになっている。
ブログでも年末に「一年を振り返って」のようなものをポストしようと思っていたのだが、それも逃してしまった。一年を通していろいろあった事柄より、いろいろな人と出会ったことを中心に書きたかったのだが、それは折りを見て別の機会にポストすることにする。
さて年始めには一枚の写真をおいていくのだが、今回趣向を変えて動画を載せることにした。
実は先月新しいカメラ ( Canon EOS 5D Mark II ) を購入したのだが、このカメラには HD で動画を撮る機能がある。キューバでも各所で動画を撮ったのだが、なにぶんにも動画編集というのは生まれて初めてである。しかもこのカメラ、Quicktimeフォーマットで動画を保存するので Mac の方が Windows PC よりファイルの取り扱いが簡単である。残念ながらうちには ( まだ ) Mac が無いため、休暇中にも関わらず Mac を使うためだけにオフィスに顔を出す羽目になった。そうやってファイルを素人ながら編集して作ったのがこの動画である。
本来カメラは1080pの HD で記録するので、オリジナルはここに載せているものより遙かにきれいなのだが、iMovie HD で720p に変換したところかなり劣化してしまった。ビットレートなどは他のサイトで紹介されていた数値を参考にいろいろ変えてみたのだが、劇的な改善は見られない。しかも一度試行錯誤するごとに長時間かけてエンコードするので何度も何度も気軽に試すと言うわけにはいかない ( この辺は僕が使用している iMac が古いと言うせいもあるのだが。最新の機種で GPU が搭載されているものなら事情は異なるだろう )。
それでもなんとか見られるというものを作成し、それを vimeo.com や youtube.com にアップロードしてみた。
ところがやはりここでもさらに画質が劣化しているようだ。たぶんにこれらの使い方を僕がよく知らないだけで、インポート・エンコードなどの設定をきちんと見直せば改善するはずだ。
画像が荒いのはそんな理由によるものだと差し引いた上で、かつ、Christmas 中心のイメージが中心で少々時期を逃した感もあるのだが、どうぞご笑覧のほど。下に HD で見られるリンクを張っておく。また今後も時間があるときに別の設定で試してみて画質が向上した場合にはファイルを入れ替えておくこととしよう。
さて今年は New York Watch にどんな写真が載せられるだろうか。一番楽しみにしているのは間違いなく僕自身だろう。