2008年末、前日にチケットを手配して行ったキューバ。
現在、このブログではこのときの様子を紹介中。前半にちょっとした近況、続いてキューバに関する記事というスタイルで当面続けていく予定。
New York の2月ともなると、春を思わせる暖かい空気をほんの一瞬感じることがある。ときにはそれが瞬間、といった幻の様な風ではなく、丸一日穏やかという日もあるのだが、その一方で今日のようにみぞれまじりのぐずついた天気で思わず身震いするような寒さがぶり返すから、油断がならない。
そのせいか、昨日から鼻までくずつきはじめどうも集中心に欠けるようだ。
今日はこれを書き上げたらさっさと熱い湯につかってベッドにもぐり込むことにしよう。
さて今回のトピックは 「 食 」 である。
僕の知人友人は、僕がかなりの食いしん坊な人間だということを知っていると思うが、ここはやはりこの話題を取り上げずにはいられない。
※ハバナ旧市街のレストランで食べたポークソテー。この後の写真にも出てくるがフライドスイートポテトがよく出てきた。僕は特にこれが気に入った。
他の人も同じだと思うが、旅の醍醐味の一つはなんといっても食事だろう。その中でも僕は特にローカル色豊かな食文化に憧れのようなものを持っているので、出発前の情報集めに食に関する事柄が外せない。
だから旅行客向けにテイストを変えているようなレストランにはどちらかというと興味がわかないのである。
キューバ、というちょっと特殊事情を持つ国ではあるが、New York 近郊にはキューバ系移民のコミュニティもあるし、キューバンレストランも数多くあるから、想像すらできないというほどではない。僕のアパートメントのすぐ近くにも一軒、キューバンレストランがあって時々利用するくらいだから、どちらかというと馴染みがあるといった方が正しいかもしれない。
その中でも特にキューバンサンドイッチといえば数あるサンドイッチの中でメジャーな種類の一つに数えられるほど、よく知られている。
またカリブ海の他島、Puerto Rico や Dominican Republic などと並んで米と豆、つまり Rice and Beans を主食にしているのも特徴で、ラテン文化といいながら意外と日本人の舌にはよく合う ( と僕は思っている )。
ところがインターネットで調べてみると、個人のブログなどでは 「 キューバの食事は不味い 」 という記述がいくつか見つかった。
それについては 「 きっとキューバは極端なモノ不足に陥っているというから、食材も十分に手に入らないのだろう 」 などと出発前から半ば覚悟を決めていたのだった。
New York に住むキューバ人の友達からは 「 コーヒーだって十分に手に入らないから、中には食用の豆をコーヒー豆に混ぜて煎っているところもあるくらいだ 」 などと驚かされていれば、誰だってそう思うだろう。なにせ十分な情報が手に入らない国なのだ。
そしてキューバに到着。早速ハバナの街を歩きながら見つけた旅行客向けのレストランに入ってみた。なにせ最初からローカルな食堂に入る勇気はなかったのだ。
メニューに並ぶランチの値段は New York のカフェのメニューに並ぶものより、数十%ほど安いという程度で格安と言うことのほどのこともない。載っているメニューもピザやサンドイッチなどアメリカで食べられるものとさほどかわらないが、その中でなんとなくキューバらしいものを一つ選んで注文してみた。確か値段は米国ドルにして7ドルくらいのチキンのソテーだっただろうか。
( ちなみにハバナ市民にはなぜかピザが人気らしく、あちこちで子供たちがプレーンのピザを食べているのを見かけた )
※キューバに着いて初めて入った外国人向けのレストランでの食事。無造作に盛りつけられた鶏肉だが、意外にもこれがおいしいんである。
ウェイターが運んできたのはお世辞にもきれいに盛りつけされているとは言えず、どちらかといえば無造作に皿に盛っただけ、という感じでそれは出てきた。先に書いたように、キューバでの食事に期待してはいけないと覚悟を決めてきたこともあって、落胆はしなかったけれども。
見たところライスはなんとなくぼそぼそだし、添えてあるサラダもわずかなキュウリとレタスでまあこんなもんか、と思いながら最初の鶏肉一切れを口にしたところ、その印象は 「 あれ? 」というものに変わった。味付けは簡単なものながら、鶏肉はとてもジューシーでしかもきちんとした歯ごたえがあり、噛むごとにおいしい鶏の味が舌に伝わってくる。
バターやクリームを多用した豪華な味付けでない分余計に素材の味が活きているという感じで、アメリカで普段食べるパサパサした肉とは大違いだ。むしろアメリカで食べているのは素材ではなくて調味料でないかと思えてくるほど。
この印象はその後に利用した食堂や売店の軽食でも同じだった。
僕にはどちらかというとキューバの食事がうまいとすら思えてくる。
ではどうしてそうなのだろう、と考えるとそれはもしかするとこんなことなのかもしれない。
キューバがモノ不足なのは事実で、日常生活に必要なものは一通りそろうにしても、農業や畜産などまだ工業レベルの生産体制は整っていないのだろう。つまり農薬も十分にないかもしれないし、鶏もアメリカのブロイラーのように育てることはないのではないか。卵も照明を何度も切り替えて多く産ませることは難しいかもしれない。なんといったってつい最近まで電力の供給が不安定な国だったのだから。
そう考えると農業も畜産も昔ながらの方法で、それはある意味オーガニックに近いのではないかと。
未だに卵なども配給制とのことで、「 今月の卵はこれだけ 」 というものを見せてもらったが、それはアメリカでいうところの Extra Large サイズで、その卵で作った卵焼きというのはアメリカで口にするあまり味のしないものとは大違いだった。どうりでハバナで食べたフランはどれもおいしかったわけだ。
※ビーチ沿いの売店で頼んだハムのサンドイッチ。通称「ハモン」。ここのフライドスイートポテトも揚げたてでうまかった。パンはお世辞にもふわふわとは言えないけれど、ハムの味はしっかり。奥に見えるパイナップルジュースももちろん100%ナチュラルでものすごく甘い。
そのあと僕は外国人旅行客向けのレストランにももちろん行ったし、ローカルなキューバンに連れられて市民向けの安食堂にも行ってみたが、まずい、という体験は一度もなかった。
出発前に読んだ旅行記で書かれていた 「 不味い 」 というのは、おそらくスパイスやバター、それにファンシーなソースでデコレーションされた料理に慣れてしまい、食材の味がわからなくなってしまったアメリカ人の見方なのではないだろうか。
そう考えると本来豊かだと思っていた僕らの世界の方が、食材を工業製品のように大量生産され、そのあげくに偽装問題や農薬混入など本来心配しなくてはよいはずのことに頭を悩ませているのではないか。その一方、世界中の珍味など入手はできないものの食べ物本来の味わいを感じられる食事ができるキューバのような国が果たして不幸せと言えるのか。
これは旅を通して大いに考えさせられることになった。
たかが食、されど食なのである。

※キューバ人の友達が連れて行ってくれた二人しか入れないような小さな食堂。朽ち果てそうな共同住宅の2階にあって普通なら絶対に見つけられないようなところだったが、ここの圧力鍋で料理した鶏肉も何とも言えずうまかった。貧しいとはいえキューバの各家庭には圧力鍋がかならずといっていいほど使われているようだ。一番上の写真にも出てくるが、出てくるトマトはどこも完熟モノでとても甘いのが印象的だった。