
※ Canon EOS 5D Mark II
砂浜に打ち上げられた椰子の実。
東京育ちの僕には、この風景はあくまで想像上の世界だった。
常夏の島、と思っていたら12月の海は天候と同じくそれなりにマイルドで、冬とはいわないまでも海で泳ごう、なんて人はいなかった。
それでもキューバの海を見たくなる。
この海がこの地を遙か遠い異国にさせている。
この椰子の実はどこまで行って、何を見てきたのか。
ところでもう2月になってしまい、いつまでもキューバの写真ばかりというのもいい加減食傷気味だろうか?
そんな声が聞こえてくればこのシリーズもそろそろ終わりにしようかと思う。

うわ~、すごいー・・・椰子の実って、本当に流れ着くんですね。
島崎藤村の世界~。
なんか、じーんと来てしまいました。。。
子どもの頃、夏はよく海のそばにいたので、波の音を聞きながらのんびりと過ごしましたけれど、最近は海には行ってもそういう時間って過ごした事が無かった気がします・・・食い気ばかりで(^^ゞ
久しぶりに懐かしい海辺に行きたくなりました(日本の海ですけれど(^^ゞ)
まのさん、
僕もキューバで一瞬「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ ふるさとの岸を離れて・・」を思い出しました。
島崎藤村作詞というのは知っていても僕の場合は歌詞をここから先覚えておらず、どちらかというとメロディーの方が真っ先に頭に浮かびました。
でも椰子の実を自分の身に当てはめて読むことができますよね。
近くには椰子の木などまったく無い砂浜で、椰子の実を見たら「どこから来たのだろう」という想いを馳せますがキューバの場合はおそらくこの島の椰子の木から漂流したものなのでしょう。それだけにこの島から出たくとも出られないキューバの実情と重なって見えて、却ってもの悲しく感じられます。