2009年3月アーカイブ



※ Central Park


気がつけば、とは僕のブログでよく使われる書き出しのセリフだが、本当に悪い習慣である。いつも季節外れの話題ばかり紹介している気がする。
今は写真インデックスが右側のサイドバーに設置してあり、ここから過去の写真だけを見ることができるのだが、こうやってみると秋の景色のあと、突然常夏のキューバの写真を紹介しており、しかもそれが長々と続いたものだから、今年は一枚も New York の冬らしい風景を紹介できずにいた。

そうこうしているうちに人々の間でも桜の開花に関する話題が挙がり、すっかり春を感じられるようになった。
そこにこんな写真はどうかとも思ったが、考えてみれば今月初めに撮った写真なのだ。こうやって見ると季節の移り変わりを如実に感じるものだ。

そこでここ数回は2009年の冬風景を紹介しようと思う。ただそれで春らしい時期を逃してしまわぬよう気をつけねば。



※ 常に人でにぎわっている Central Park で、足跡が一筋だけ、というのも珍しい


※公開時に画像を貼り付けるのを忘れてました。


※ A man with popcorn


このところ映画館で映画を見ていないなぁと思っていたところにちょうど New York 在住の友達からとある映画の試写会に招待された。

確かに今は自宅でも DVD やケーブルテレビで気軽に映画を見られるようになったけれど、映画館で鑑賞する映画というのは感情移入という意味で格段の違いがある。
テレビは途中にコマーシャルが入る上、自宅だとつい散漫になり集中できないといったこともあるのだろう。一方映画館で見る場合、共感できる場面ではその感情移入も度合いが大きい。逆に共感できない場合、却ってテレビで見ている以上に白けてしまう。きっとテレビや DVD はつまらなければ途中で見るのを止めてしまうことができるのに対し、途中で退席しない限り映画は最後まで見ることになるからであろう。だから見終わった後、その映画について一緒に見に行った友達と感想を話し合ったり、一人で反復してみたりするのだろう。


今回招待されて見に行った映画というのは、日本制作の 「 トウキョウソナタ 」 である。
試写会には抽選に当たって見に来た人と、僕のように招待されて見に行った人がいるのだが、後者は New York 在住の日本人ブロガーたちと聞いた。つまりこの映画の鑑賞後、その感想がブログに書かれることで評判を口コミで広げていきたいという興業側のマーケティングなのだろう。
そういったことから、試写を見た手前この New York Watch でも取り上げないわけには行かないのだが、もともと僕は物事を斜めに見るような性格なので、提灯記事を書くことなく、今回もなるべく bias がかかった内容にはならないように書こう。


ちなみにこの映画の案内をもらうまで、ほとんど内容を知らなかった。確か小泉今日子が久しぶりに出た映画があるとは耳にしていたのだが、それがこの映画だとすら知らなかった次第。
すでに日本では公開されているというので、あらすじや評判を見ることもできたのだが、せっかくなので何の先入観も持たずに見ることにした。

ただ意外だったのは、今回日本に帰ってきてこの映画のことを尋ねると僕の周りではほとんどの人が 「 見たことが無い 」 と口にすることだった。日本ではひっそり公開されたのだろうか。


試写会が行われたのは East Village にある由緒ある映画館。座席指定ではないから、開演の30分前には来てね、と言われていたのだが、仕事でその近くにいたこともあってだいぶ早く着いてしまった。それでも入場を待つ行列ができており、僕も素直にそれに並んだ。
途中ブロガーは特別招待ということでこの行列から抜け出し、先行入場することができたのだがそのときに撮った写真が上のものである。

上映に先立って英語と日本語で今回の鑑賞会に関する簡単な案内があり、映画は粛々と始まった。

ストーリーについてはあらためてここで書くことも無いが、仕事を失った一家の主の話から物語はスタートする。
この映画が日本で公開されたのが昨年の5月というから、その撮影期間を考慮すると今の社会状況をまるで的確に占っているようだ。ボランティアのグループがホームレスとなった人たちに食事の配給を世話しているシーンなどがあるが、これは日本だけではなくアメリカでももはや同じ状況である故、妙な親近感すら覚える。

僕自身、ちょうどこの映画を見ていたときに転職活動をしていたこともあり、長いことアメリカに住んだ結果多少物事のとらえ方に違いがあるにせよ、日本で生まれ育った僕には日本人的な性格描写も理解でき、加えてアメリカだったらどうするだろうと何度か反駁しながら見ることができた。

それはたとえば香川照之演じる一家の主がレイオフになるとき、彼は半ば自分から辞めたこと。そして会社を辞めて失業となったことを家族はおろか、妻 ( 小泉今日子 ) にも伝えないこと。おそらくアメリカであれば、会社や自分のことを首にした上司に対する不満を妻にはぶちまけるのではないだろうか。

話は進むうちに非日常的な世界になっていくので、自分自身を重ねるというよりは淡々と進む物語を第三者的に眺めていくこととなったが、それでもこの映画を日本人として見るのと、アメリカの社会ではどう市民の目に映るだろうかという観点で見ることができたのは、ある意味僕らだからこそできたのかもしれない。
ただこの映画をアメリカで公開する以上、いくつか気になった点はあった。
父が子供の胸ぐらをつかんだり、頭を殴打するシーンが出てくるのだが、アメリカではまずこれは家庭内暴力と取り扱われるだろう。それ故、この件に触れずに物語りが進むことに多少違和感を感じるのではないだろうか。階段から落ちて病院に行くシーンもあるが、病院はその件について調査もしない。見に来る人はこれが日本映画だから、ということはわかっているだろうが、この点は少々引っかかった。


この映画を作品として見た場合、理解しがたい部分がところどころにあり、感情移入は難しかった。が今この社会事情を照らしてみると、興味深いテーマ故この映画のあちこちのシーンに何か感ずるところがあるのも事実だ。同じ立場に立った人が見た場合、そしてこれから社会を支えていく世代が見た場合、それぞれ受け止め方は異なるだろう。だがこの家族がお互いをまた意識して一つになれそうになったのはいくつもの不幸が重なったからではあり、虚構の上に成り立った社会や家庭を壊すことの意味を誰しもが感ずるのでは無かろうか。

はたして世界経済はかつてのように華々しく復興し、人々に再びバブルの夢を見せるのだろうか。それともこの映画が 「 今 」 を占ったように、もしかするともっとひどい将来を語っているのだろうか。伏線として取り上げられた戦争も昨今のきな臭い状況を見るとまんざら泡沫とは思えない。
そのことは僕にもわからないし、この映画は解を与えてくれるわけではない。むしろ見終わってもやもやっとした気持ちになるかもしれない。希望でもなく悲嘆でもなくただ淡々と。それがこの映画の伝えたかったメッセージなのかもしれない。

トウキョウソナタ

公式サイト
http://tokyosonata.com/index.html

米国の上映情報
http://www.tokyosonatamovie.com/schedule.html

KALLES

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( ただいま、東京に滞在中。ブログも日本から更新しています )

New York をよく訪れる日本の友人、Y氏が本人のブログで、 「 KALLES Kaviarのタラコペースト探してます 」 とスウェーデン製の食材を探している様子。

ということで調べてみると New York では IKEA で売っているということだったので、IKEA にショッピングに行ったついでに店内で探すこととした。

今回行ったのは Brooklyn、Red Hook に昨夏オープンしたばかりの店舗。
このエリアは昔から写真撮影スポットとして定期的に訪れていたのだけれど、これまでは公共交通機関を使用して行くには不便なところだった。
今回初めて、車ではなく別の交通機関を利用することとなった。
その交通機関とは Water Taxi、すなわち小型フェリーである。South Sea Port の近くから40分おきに無料のフェリーが出ている。

所要時間は20分ぐらいだろうか。座って周りの景色を眺めていると、あっという間に到着する感じだ。ときおり近くを大型の貨物船や Staten Island 行きのフェリーが通り、大型の船舶が作り出した波に翻弄されて、フェリーが大きく揺れる。


店内に入り<最初はカフェテリアコーナーを探してみたもの、そこには見当たらず。
一旦家具販売コーナーで買い物をして支払いを進めると、キャッシャーの前にスウェーデンの名産食品コーナー発見。
このたらこペーストも冷蔵食品コーナーに大量に鎮座していた。
Y氏のブログでは一本しか触れていなかったのだが、店頭には2種類のたらこペーストが売られていた。
ひとつはオリジナルの製品。そしてもうひとつはそれに Dill 入りのもの。
Dill は僕も好きな Herb なのでとりあえずココは Dill 入りのペーストを選ぶ。二つ買っても良かったのだが、なんとなくあまり使わない予感。それに一本が結構大きい。市販の歯磨き粉チューブよりは一回りほど大きいので、値段はともかく使用する頻度を考えると、2本は使いこなせないだろう。

レシートを紛失した上に自分の記憶もあやふやなのだが、一本$4弱だったろうか。
あまり高価だったという記憶はないので当たらずとも遠からずであろう。


早速なので紹介用写真を撮ってみる。
ライティングもセッティングもいい加減なのでお恥ずかしいのだが、こんな感じ。


ためしにトーストに塗ってみた。
画面上段はトーストする前に塗ってみたもの。下段は食べる直前に塗ったもの。

味だが、さすがに Dill の風味が強く出ていてフレーバー的には好みだけれどかなりしょっぱい。トーストに塗るのなら広く薄く延ばしてから食べたほうがよさそうだ。
少なくとも写真に乗せた量では塗りすぎだ。それもあって味的な評価はちょっと微妙。
たらこペーストなら個人的には、後日紹介するほうがお勧めである。
もしかすると、スウェーデン製の KALLES はもっと良い食べ方があるのかもしれない。たとえばパスタに和えるとか。


結局僕自身、このペーストのよい使い道が思い浮かばず、日本にいる実家への手土産として持って帰ることにした。さてうちのおふくろはどのようにこれを使うだろうか。

2008年末、前日にチケットを手配して行ったキューバ。
現在、このブログではこのときの様子を紹介中。前半にちょっとした近況、続いてキューバに関する記事というスタイルで続けてきたのだが、New York も季節が変わろうとしていることもあり、ひとまずここでキューバの話は今回で終わりにしようと思う。
何の脈絡もなくふと過去の記憶がよみがえるように、ここでも時々キューバの思い出を語ることがあるだろう。


今年の3月は僕にとってとても忙しい毎日が続いた。例年であればイベントといっても税金の申告ぐらいなものなのだが、公私にわたっていろいろいなイベントが続いた。
その中で一番大きなウェイトを占めたのが、転職活動だろう。

未曾有の不景気のなか、転職を?と思うかもしれないが残念ながら僕が今働いている会社も取引先からのプロジェクトの無期限停止など様々な不幸が重なって、厳しい状況に追い込まれている。加えてこの会社のようにスタートアップのベンチャー企業は投資会社からのサポートで運転資金をまかなっているのだが、今回の不景気では投資会社も例外なく厳しい状況にあり、十分なサポートが受けられにくくなってきたのが一番つらいところだろう。

ということで将来性と技術を見込んで働いてきた会社だが、残念ながら転職せざるを得ない状況になり、この3月はその活動に時間を費やしたというわけだ。幸いこんな時期でも採用してくれるところは意外にあるもので、なんとか新しい仕事に就くことができた。
今回世界的な不況を招いた元凶と言われる米国の金融機関だが、なんと僕もそのファイナンシャル企業の一つに働くことになった。ただし今のところ米国政府からの公的支援は受けてはいないのだが、今後も経済不安は回復の基調を見せないこともあり、今回就職できたからといってその仕事に長く就いていられる保証は無い。

いったい世の中はどうなってしまうのだろうか。






いささか乱暴ではあるが、キューバ 総集編として駆け足で紹介していくことにしよう。

■旅行者との出会い
単に字面から受ける印象であるが、「 旅 」 と書くとそれは単独で行くもので、それが旅行と言ったときにはなんとなくグループでの移動をイメージしてしまう。まあ 「 一人旅 」 とは言うものの 「 一人旅行 」 などとは決して言わないし、逆に 「 グループ(団体)旅行 」 とは言っても「グループ旅 」 というのは耳にしないから、そんなところから感じているのかもしれない。
一人旅は一人旅の良さがあるし、グループで行く旅行というのもまた異なる楽しさがある。が僕はどちらかというと一人旅を好む。

もう一つ、僕の経験では一人旅の方がグループでのそれに比べて、旅先でおもしろいハプニングに出くわすチャンスが多い。きっと僕が旅先で期待しているのはそんなハプニングなのだろう、それで自然と一人旅が増えるのかもしれない。

今回の旅のハプニングの一つはやはりいろいろな人との出会いだろう。後から考えると興味深いのだが、キューバを訪れる旅行者とあちこちで出会った。
通常旅先での出会う人々というと地元の人たちが多いのだが、今回はそれだけではなかったのだ。
旅先で旅行者同士がこんなに多くコミュニケーションを取る、というのは僕にとってはキューバが初めてだった。たとえば New York に住んでいてもアメリカ人から見れば僕らは stranger であるのだが、だからといって世界各国から来た旅行者との接点というのは意外と少ない。New York はある意味世界中からもっとも多くの旅行客が訪れている都市、であるにも関わらずだ。

もちろん僕のようにアジア系の顔立ちをしている人はキューバではそれほど多く見かけないし、だからいろいろな人から声をかけられるというのもあっただろう。

短期間の旅行にもかかわらず、会って話をした旅行客を思い出しながら書き出してみるとこんな感じだ。

スイス
このカップルは空港からハバナ市街へのタクシーで乗り合いになった。このときの話以前紹介したので以下略.

イタリア
ハバナの市内のレストランで隣に座ったのが縁でその後も市内を雑談しながら一緒に歩き回った。


アルゼンチン

夜の城塞に行ったときのこと。ここは夜9時になると城塞の門を閉めることを知らせる空砲を撃つ習慣が中世から続いているのだが、そのため夜にも入場できるようになっている ( 有料 )。ただどこでその空砲を撃つのかなど案内が無くて困っていると、このアルゼンチンの母娘が話しかけてくれ、一生懸命英語で教えてくれた。彼女たちの母国語もスペイン語だからこんなときはうらやましい。


日本
ハバナ旧市街のとある塔で日本語を耳にして、お互い話しかけた。後にも先にもキューバで見かけた日本人はこの男女二人組だけだった。


カナダ
カナダ人観光客はキューバでは珍しくない。アメリカは公にはここにくることができないし、またキューバに来なくても Puerto Rico や VIrgin 諸島など自国のパスポートだけで行けるカリブ海リゾートがあるので、あえてここに来ようと思う人は少ないのかもしれない。その点カナダはカリブ海に植民地を持たなかったため、こういったリゾート地を持たない。キューバにカナダ人が多いのはそのせいかもしれない。
僕は12月の頭に手に入れたばかりの Canon 5D Mark II というカメラを持って出かけたのだが、キューバでこのカメラで写真を撮ったのは僕が初めてだろうと自信満々 ( なんでだ? ) だったところ、旧市街で同じ 5D2 ユーザを発見。カナダから来た僕と同じく建築写真を撮るという男性とその夫人で、しばらくカフェでキューバの魅力と 5D2 の談義が続いた。

ドイツ
知人に地元のキューバ人フォトグラファを紹介され、一緒に市街の食堂で食事を注文しようととしていたところ、ドイツ人のカップルともたまたまその場で意気投合し、一緒に食事をすることに。彼らも言葉があまりわからず、英語が話せるこのキューバ人フォトグラファーが通訳を買って出たというわけだ。ドイツ人男性の方は Canon EOS 初代 5D を持っていたこともあってまたカメラ談義となる。加えて食後もしばらく一緒にストリートスナップを楽しんだ。女性の方は中判カメラを持ってキューバの街並みを撮影していた。

スペイン

上で紹介した城塞からの帰り道。この時間になるとルートパスも無くなり、おもいおもいタクシーなどで旧市街にもどることになる。
たまたま空砲を撃つイベントを見ていたときに隣で見学していたスペインから来た女子大学生二人組と懇意になって一緒にタクシーに乗ろうということに。彼女らも僕に変わってスペイン語でタクシー運転手と値段の交渉をしてくれた。旧市街に戻ってからは一緒にカフェへ。

中国
旧市街で僕のことを中国人と思ったのか中国語で話しかけてきた大学生とおぼしきの一団がいた。確かにキューバでアジア人と言えば Chino ( Chinese ) と呼ばれるほど中国人しか見かけない。彼らも僕を中国人と思ったのはそのせいだったようで、日本人がいるとは思わなかったとか。とはいえ彼らは英語も話していて、住んでいるのはカナダだとのこと。そういう意味ではカナダ人と分類すぺきかもしれない。

ベイリース
ハバナからカンクンに戻るフライトで隣に座った褐色の肌の女の子がよく話す子だった。なんでもベイリースからキューバへ医学大学へ留学していて、今回は里帰りをするのだとか。
キューバはカリブ海・南米を含めて屈指の医学大国で、チェルノブイリ原子力発電所の被害者がキューバで治療を受けたのも有名な話である。キューバ市民は医療を無料で受けることができる。留学も無料、と聞いたのだが真偽のほどは不確かである。

ほかにも写真の現像店で知り合った人や、ビーチで写真を撮っていたときに意気投合した人たちなど数えたらキリががないのだが、旅行客自身、お互いに自意識のような鎧を脱ぎ捨て人と接するのが自然体になるのはキューバという国にいるからではないかと思えるのだ。

■市民との出会い


言葉が通じないとわかってもキューバの人たちは外国人に話すのをためらわないようだ。
僕なんぞ英語が不自由だった時分 ( その状況は今もあまり変わらないのだが )、文法を間違えたら恥ずかしいなどと思い、なかなか自分から話しかけられない時があった。特に自分としては生懸命話しているつもりなのに 「 はぁ? 」 みたいな反応が返ってくるとそれだけで消え入りたくなるような恥ずかしさを感じたものだった。

ところがキューバ人にはそれが無い。僕が 「 スペイン語は話せない 」 と馬鹿の一つ覚えのように拙いスペイン語で話すのに、向こうはそれでも僕にスペイン語で話しかけてくる。言葉が通じなくてもなんとかコミュニケーションは取れるものだ思っているようだ。
中には英語を話せる人もいるのだが、観光に従事している公務員以外ではなかなか珍しい存在だ。


旧市街の中心には小さな公園 ( 英語にすると Central Park と言うのだが、もちろん New York のそれとは比べものにならないほど小さなものだ ) がありここは仕事にあぶれたキューバ市民が何をするでもなく集まっている。
一生懸命働いても、暮らしはいっこうに上向かないということで、仕事に就かない人も意外に多いのだ。まあ住むところにも医療にも学校にもお金がかからないと、勤労意欲は低下するのかもしれない。外国人向けのタクシー運転手すら毎日仕事をしてはいけないのだそうで、仕事を他の人にも割り振るため仕事は一日おきだそうだ。それでもタクシーの運転手は収入の半分くらいしか申告しないそうで、後は彼らのふところに入る。キューバで外貨を持つというのは金持ちになる近道であり、実はタクシー運転手はあこがれの職業なのだそうだ。タクシーの運転手という仕事がいかに割が良いかを示す例として、こんな話を耳にした。
国立病院 ( どの病院も国立ではあるのだが (笑) ) で脳外科を担当する医師も夕方仕事が終わると自分の車を使って、白タクの仕事をするのだとか。
たとえ脳外科の医師であっても給料は国が定めたもので、他の職業に比べればだいぶ良いもののそれでも外貨が直接入ってくるタクシー運転手にはかなわない。
では誰でも白タクを営業できるかというとそういことでもなく、彼は医師という職業だから車の所有が国から許可されており、その権限を最大限利用して夜は白タクで外科医以上の収入を得ることができるのである。

話は横道にそれたが、その公園で一休みをしていると英語が話せる市民たちが話しかけてくる。悪意は無いのだが、たとえば 「 飲みものを買ってきてあげようか 」 などと提案してくる。彼らにとって近くの店でボトルに入った水を買ってその釣りでももらえれば ( もちろん外貨であるから )、大きな稼ぎになるのだそうだ。もちろんそんな小銭稼ぎ目的で話しかけてくる人たちばかりではないが、外国に自由に出国できないとなると自ずと外国人と接する機会を求めるのだろう。

興味深いのは英語を話せる人たちは皆、自分の国について平気で悪態をつく、ということ。いかにこの国のシステムが作用していないか、仕事をしたくともありつけないし、したとしても収入はたかがしれている・・・など。
このときはちょうどオバマ大統領の就任前の話で、誰もがオバマ大統領がキューバへの経済封鎖を解除し、自由に旅行できるようになることを望んでいた。「 Change 」 は海を越えてキューバにまで伝わっていたのだ。
ちなみにキューバでこういった自国の実情を外国人に話したりするのは御法度である。彼らがそれに臆せず話すのは英語が話せるからなのだろう。
気がつくとあちこちに市内はあちこちに監視カメラが設置されていることに気付くだろう。そう考えるとマイクもあちこちに仕掛けられていそうだ。言論統制は僕が思ったよりずっと厳しそうだ。
そのせいか、市内では警察官が異様なほど多く見かける。外国人に注意をしてくることはまずなく、どちらかというと外国人がトラブルに巻き込まれるのを防ぐのが目的のようだが、その一方で市民が外国人と一緒に歩いていたり、会話をしていたりすると市民だけが一方的に注意されたり、場合によっては逮捕されてしまう。市民が ID をチェックされているのはあちこちで見かけられるだろう。

妙なものだが、こうして厳しく取り締まっていることもあり、キューバは犯罪の発生率はとても低く、旅行者にとって最も安全な場所の一つとなっている。
この体制では前科を持つとほとんど公職にはつけないだろうから、公務員が全てというこの国にあって犯罪を起こしたときの代償はとても高くつく。それが犯罪を抑止しているという一面も否定はできない。
逆に言うと体制が変わるとき、キューバは混乱し、旅行客がトラブルに巻き込まれることも少なからず覚悟しなくてはならないだろう。


上に書いたことはあくまで一般的なことだが、個人的に知り合ったキューバの人たちは皆、いい人達ばかりだった。New York にもラテンの友達は多いから、なんとなく気質の違いなどは感覚的にわかるけれども、アメリカに住む日本人が、日本に住む日本人とどこか違うように、キューバの人たちにもそれはあるようだ。
体制による生活の厳しさもラテンが持つおおらかな雰囲気のおかげで多少緩和されているのかもしれない。


少し前に国際ニュースでこんな記事があった。覚えている人もいるかもしれない。
チェコ出身で New York で活躍中のスーパーモデルがキューバに行き、いろいろな場所を訪れ写真を撮った。彼女自身は写真に撮られるのが仕事だが、ボランティア活動にも参加していて社会の貧困層を取り上げる活動をしているのだった。
その中で彼女はハバナのスラム街や末期患者が収容されている病院などを回り、写真に撮っていた。
さきほど警官は外国人旅行客がトラブルから巻き込まれないように注意していると書いたが、その一方で秘密警察は怪しい外国人の行動も監視しているそうだ。
彼女もすぐにそのことが知れ、逮捕・拘置された。建前上キューバにスラムなど存在しない、というのが理由で、彼女の撮った写真はとても都合の悪い内容だったのだろう。
そのときのおもしろい ( 失礼 ) エピソードとしては、彼女がそれまでに撮ったフィルムが没収される際、とっさにデジタルカメラのメモリーカードだけは抜き取り、自分のブラジャーのなかに隠したことである。彼女は銀塩カメラだけでなく、同時にデジタルカメラも持って撮影していたため、デジタルカメラで撮った分だけは没収を免れたということだ。その後その写真は広く公開されることになり、また逮捕されたことが国際的に問題になり、却って体制に取っては世間の耳目を引くことになってしまったのは皮肉だが。

僕がハバナの市街を歩いていたときも、ちょっと変わった施設が目に入った。どうも発育の遅れた子供達を集めた学校らしく、上で紹介したような話を聞いていた僕は子供達が近くに来ても写真を撮らないようにしていた。
ところが意外にも中から女性の先生が出てきて、良かったら中に入って子供達の写真を撮っていってください、というではないか。
話を聞くとどうやらこの子達の母親が妊娠中にアルコール中毒などにかかり、その結果少しばかり他の子供と比べて発育が遅いのだという。
本当にその子供達の写真を撮って良いものか幾分悩んだのだが、それは写真を撮っても自分が拘束されたりしないかどうかといった自分のことだけで、本来であれば子供達のプライバシーや女先生の立場を最初に考えるべきだっただろう。何とも情けない。
それでも写真を撮ろうと思ったのは、この国では写真を撮ると言うこと自体がちょっとしたイベントであり、人々はそう簡単に現像された写真を見る機会が少ないからである。確かに街を歩いていてキューバ市民が家族や友達同士で写真を撮るという場面は数えるほどしか見られなかった。カメラを持っている人はおそらく米国に亡命できた親族が、定期的にキューバに里帰りし、その際においていったカメラなのだろう。


普段の海外旅行よりずっと市民の写真を撮る機会が多かったキューバだが、今そのときの写真を眺めながら一人一人の言葉を思い出している。キューバの魅力は間違いなくそこに住む人々からにじみ出ているものだろう。

■旅行前と後での印象の違い

外国からの情報が入りにくく、また人の交流も少ない島国・・・そう考えるとちょうど鎖国が続いた日本と同じようなものかもしれない。
日本が 「 道 」 と名のつく様々な文化を独自の美的感覚のもと昇華させてきて、それが今諸外国から注目され、認められつつあるように、この国もまた限られたリソースの中で Home brew したものがたくさんある。日本には踊りや和楽器や日本酒があるように、それはサルサだったり、ラム酒だったり葉巻だったり。どちらも人間の生活を楽しむために時間をかけてゆっくりと発展してきたという意味ではどちらも共通点がある。

キューバの魅力と陰の部分を知るには今回の滞在では時間が足りなかったが、そのことがまたこの国に戻ってきたい、という想いにつながっている。

ただ間違いなくキューバは大きな変革期を迎えている。
政府はなるべく植民地時代の建物を温存しようとしているが、いかんせん restoration という作業は建物を新しく建て直すよりずっとコストと時間がかかるものだ。市内には新しい建物が並び、また中国政府の支援のもと諸外国と変わらない新型コーチバスや乗用車も走り始めている。
そこに住む市民にとっては死活問題だから、こういう変化は望ましいのかもしれないが、僕ら部外者の立場から見ればこの変化はとても寂しい。
すでに去年から携帯電話やパソコンの所有は市民にも認められている。もちろんアメリカをはじめとする外国のキャリアの携帯は使えないが、どうやらメキシコからの電波は届くようだ。ハバナにあるチャイナタウンで、キューバ人の友達がキューバ風中華レストランに連れていていってくれたときのこと、2階にあるそのレストランへの階段を上る途中、大学生とおぼしきキューバ人が階段を下りてきて僕とすれ違った。
彼の手には iPhone が握られ、日本やアメリカで見られるようにゲームに講じていた。
後何年かすると、アメリカのファーストフードの看板が市内に乱立しているかもしれない。そんな姿は見たくないのだが。

旧き良きキューバを見に行くなら、間違いなくいまだろう。体制が安定し、犯罪も少なく、そしてなんといっても旧い街並みと市民の人なつっこい気質が失われてしまうその前に。


たった8日間という短い滞在であってもその中で僕が見たこと、聞いたことはの多くはまだまだ語り尽くせない部分があるのだが、キューバの旅の記録はここでいったん筆をおくことにしよう。

長らくご覧いただきありがとうございました。


私事ですが、明日の朝 JFK 空港を発って東京に向かいます。東京で懐かしい面々と会えるのを楽しみにしています。


New York に住んでいる僕の友達の親族がハバナにほど近い小さな町に住んでいるとのことで、少しばかりの荷物を渡すために車で郊外に出た。もちろん僕はここで運転ができないから、知人に車を出してもらうこととなった。

その用事を済ませ、いざハバナに向かわんと、車窓からのどかな風景を楽しんでみているとおもむろに車を運転していた知人が路肩に車を止めた。

なんだろうと思って尋ねると 「 いいから、いいから、車から降りてきな 」 という。


時折路面バスも通る程度ににぎわう街道で、近くにはちらほらと店も見えるが、その中でここだけなぜか行列ができていた。



きっとスペイン語がわかる人だったらこの看板を見て 「はは~ん 」 とわかったと思うが、この小さなカウンターで何かを売っているのである。
僕がわかったのは Frio という言葉だけで、どうやら何か冷たいものを売っているようだ。値段は $1 となっているがもちろん CUC ではなくキューバ市民が使用するペソであるから、5円くらいで売っているものということになる。



知人が列に並んで待っている間、僕はカメラで写真を撮らせてもらえないかと簡単なスペイン語で尋ねると、作業をしている手を止めて見せてくれた。この頃には僕も何を作っているのかわかったが、さてこの装置を見てピンと来ただろうか。



そう、ここでは絞りたてのサトウキビジュースを売っていたのだ。
小さい頃、沖縄に遊びに行った友達がおみやげにと一本サトウキビをくれ、それを一生懸命チューチューと吸ったことがあるのだが、これは何本ものサトウキビをそのまま装置に入れ、絞り汁を集めたものである。
連れて行ってくれた知人は 「 これはあまり甘くないかな 」 とつぶやいていたが、それはもしかすると季節が12月だったせいかもしれない。が、僕からすればこんなに甘い自然の飲み物はこれまで味わったことが無く、それはもう衝撃的ですらあった (笑)

現地では高嶺の花となっているコカコーラ ( きっとメキシコなど近隣諸国から運ばれてくるのだろう ) をうらやむキューバ市民の心が僕にはいまいち理解できない。どこか青臭くそれでいて爽やかなのどごしのこのサトウキビジュースの方が僕には何倍もうらやましい。
でもそれはお互い無い物ねだりなのだろう。 後日友人から聞いたのだが、マイアミあたりでも時折見られるとのこと、おそらく遠い祖国を思いながらキューバの移民たちが広めていったのではないだろうか。


僕があまりのうまさと甘さに目を見張りながら飲んでいると、一組のカップルが写真を撮ってくれないか、と声をかけてきた。
気軽に写真を撮ってあげたのはよいのだが、その場で見せることぐらいしか僕にはできず、それがなんとももどかしい。


さて気かつけば暦はすでに三月を指している。いつまでもキューバの話題では見ている人も飽きてしまうことだろう。次回の更新でひとまずキューバの話題は終わりにして、また New York の様子を伝えていくとにしよう。

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