
8月もいよいよ後半に入り、日を追うごとに過ごしやすい気温になっていることを肌で感じている。
思えば今夏は雨ばかりで、かんかん照りといえるような日は数えるほどだった。
ここ数日はまた雨が降り続いたこともあり、最近はまっているバイク ( 自転車のことね ) にも乗れず、ここでブログに載せている写真について書いてみることにした。
米国のごく一般的な家庭でも写真や絵がインテリアの一部として積極的に用いられている。
例えばリビングルームでは、写真はアクセントとして重要なポジションにあるのだが、それゆえ写真に求められているものがその作品のテーマのみならず、他の家具やアートワークとどう関わるかということもポイントの一つになっている。
ときにインテリアの一部として飾られるもののなかには、写真それ単体で見るとテーマが不明瞭なものでも、インテリアの一部としてそのテーマの一環を担っており、その上で全体のテーマが見えてくるということもあるわけだ。
だからテーマが写真一枚の中で完結している作品性の高いものは、却ってインテリアとして使用するのが難しいということもあるのだろう。
それだけメッセージ性の高い写真作品だったら、それこそそれに合わせて家具をそろえねばならないかもしれないし、さらには広さや建物の造形まで要求されるかもしれない。
そんなことを考えて撮った写真などあまりなかったのにもかかわらず、インテリアとして僕の写真を選んでもらうこともあり、最近とみに写真とインテリアの関わりなど興味がでできて、いろいろと勉強しているところなのだ ( それでもなかなか手が出せないでいるのがファインアートの分野であるが )。
かつては同じ色や同じ形の家具を揃えるインテリアデザインが流行ったこともあったが、さすがにそういった matchy matchy なものは昨今人気がないようだ。その代わり部屋の配置とそのフローを考える中で、色やオブジェクトの形、それに素材の一部だけを少しずつ流用することで全体がばらばらになってしまわないような微妙な一体感を感じさせるデザインが多く見られる。
そこでちょっとした遊び心で過去数回のブログの写真にそのエッセンスを混ぜてみた。
写真そのものはテーマとしてはなんの関連性も無い。まさにランダムショットである。そこに写っているものだけで写真がつながっている。
『夏が来た』から、プロローグ・雨
『一雨降って』から、雨・二つのゴミ箱
『白い自転車、佇む』から、自転車・二つの車輪
『しばし休息』から、自転車・二つの顔・壁画
『その角を曲がったら』から、双子・壁画・自転車・眼鏡
『壁の一部になっても』から、二人・グラフィティ
単純にエレメントの一部を流用することで少しだけフローを表してみたのだが、感じてもらえた人がいなかったとすれば狙いは失敗したか、僕の写真に力が欠けていたかのどちらかであろう。
いずれにせよ、考えは簡単でもそれに合わせて写真を撮ってくるのは難しい。
こんなんじゃファインアートなんてまだまだ(笑)

壁に貼る写真といえば、アパート暮らし・実家暮らしではできなかった一軒屋の楽しみです。しかしモデルルームとは違い、部屋を汚くしている日の方が多い我が家に張られているのは子供の写真ばかりで、毎年一枚づつ増やすと決めています。毎日見ていると成長に気が付きませんが、写真でみると数年前の違いが明らかです。これからはプラズマテレビがフォトフレームになるのでしょうか。
Eddieさん、
僕もよくお子さんの写真撮影を頼まれるのですが、一年ぶりにあったりするとすっかり顔つきやしぐさが変わっていてびっくりしますね。
毎年一枚ずつ増やしていくというアイデアはとても良いと思いますよ。
ついでに一年に一冊ずつ子供の写真集を作っておくというのもいいかも。
写真はやっぱり飾って見たいところですが、テレビで見るならいっそのこと静止画と音楽・音声を重ねてfootageにしてしまうのも良いと思います。
せっかくなので今年はキューバの写真と動画をテーマになにか作ってみようと思っています。
いつも楽しく拝見させていただいてます。
一つ、質問させてください。
この写真ですが、シルエットの女性からオナラが出ているように
落書きが重なっていますが意図的な構図ですか?
Hydeoutさん、こんにちは。
するどいですね。女性のシルエットの横に追加の落書きがあってまさにオナラが描かれています。
さすがにこれを消して撮影は出来なかったので、あえて構図としてはいれてあります(入れざるを得なかったというのが正しい)。
ただし注意深く見た人が気がつくようにとその程度の距離を持ちました。というわけで不本意な意図ということになりますでしょうか。