
Tribeca で見かけた風景だったか。
この一組はまんじりとして動かないのだけれど、その場 ( 空気 ) から気持ちとか気配といったものが感じ取れそうな、そんな一瞬。

Tribeca で見かけた風景だったか。
この一組はまんじりとして動かないのだけれど、その場 ( 空気 ) から気持ちとか気配といったものが感じ取れそうな、そんな一瞬。
気がつけば、いつもの場所でいつもの時間に眺めていた夕日が、その時間には見られなくなった。
いわゆるサマータイム制度のおかげで、夜はなかなか暗くならない New York の夏であるが、その頃に比べるとめっきりと夕方が早く訪れるようになった。
涼しい風を肌で感じるとともに、こうして季節の移り変わりという現実を視覚からも感じ取るものだ。
そういえば今年は夏らしい写真をブログに載せていないなと今夏撮ったストック写真をブラウズするも、今年海に行ったのは一度だけでしかもカメラは持って行かなかった。なにせフォトグラファーな人たちとのビーチ BBQ だったため僕がカメラを持って行く必要など全くもって無かったからである。
それでは・・・と昨夏撮った写真を眺めていたところ、下に紹介するような写真が目にとまった。そうだ、2008年夏、NY・Long Island にある Fire Island という夏だけのリゾートビーチに日帰りで行ったんっだっけ。
このブログでも何度か紹介しているが Manhattan の東に続く大きな島、それが Long Island と呼ばれ、Queens や Brooklyn といった NY 市の一部と二つの County からなっている。Long Island 自体東西に延びた長い島であるが、Long Island に沿うようにして南側に位置するのが Fire Island である。
Fire という名前から受ける印象とは異なり、意外と静かな一面を持つ島でもある。この島では自動車が走っていない。もちろん消防車など島の運営・維持に必要なクルマは配置されているものの、この島の住人の交通機関は足や自転車がメインになる。
そのためこの島に行くには、Long Island 側にクルマを停め、そこからフェリーで島に渡ることになる。
Long Island から Fire Island に行くフェリーはいくつかの乗り場があるが、その中でも Bay Shore からのものが一般的なようだ。
僕らが行ったときもクルマをここに停め、そこからチケットを買ってフェリーに乗り込んだ。
この Bay Shore のフェリー乗り場はいくつかのデッキがあり、Fire Island のどの港に着くかで乗り場が異なる。
周りを見渡すと大量の荷物を持ち込む人の姿が目に付く。食料に衣類、それにボトルウォーターなど。というのもここ、Fire Island は New Yorker の避暑地としても有名で、ここで週末を過ごすとか、中には夏の間中一軒家を借りてずっと滞在するという人もいるのである。僕らのようにほとんど手ぶらで行く人はまずいない。
自動車の走らない Fire Island は道幅も狭く、ここでの風景は島国日本出身の僕にはどこか懐かしく感じられる。
初めてこの島に上陸した僕らはもっとも賑わいがあるといわれる Ocean Beach という町を選んだが、行き先によってはゲイコミュニティもあるそうだ。
フェリーの着く、Ocean Beach の港の近辺にはちょっとしたバーやレストラン、それにベーカリーなどもあって日帰りで行っても十分に楽しめる。夏の New York、芋洗いビーチを避けたいのなら Fire Island を候補に入れるべきだろう。
秋の高い青空を見ながら、Fire Island で見たあの海を懐かしんでいる。



※ 2008年夏、Fire Islandにて

※ Canon 5D MarkII / HDR
Bryant Park まで走って来て、ここらで喉の渇きをいやそうと Bike を歩道に止め、水滴のしたたった水筒に手を伸ばす。
涼しい風が体にあたり、汗がすっと引いていく。
見上げるとそこには秋の空が広がっていた。

無宗教の僕が言うのもなんだが、ふと疑問に思うことがある。宗教というのは人を平和に暮らす世の中へと導いてくれるのか、それとも人々を常に争わせるものだろうかと。
9/11 のあの日の体験を思い出しながら。

外国に旅をして、「ああ、異国の地に来たんだなぁ」と感じる瞬間というのはいくつかある。
まず長い空の旅を終え、飛行機から空港に降り立った瞬間、そこに漂う空気というのがまずそれだ。それはにおいだったり、湿度だったり。
そしてその次にまず気がつくのが行き交う人々であろう。
空港から移動するに際し、タクシーや電車の車窓を流れる風景・建物からもそんな印象を受けるだろうし、通りを走っている車を見て、いよいよ外国に来たなと感じる人もいるたろう。僕は特に後者だった。
空港からホテルやレンタカー会社の送迎バスに乗り込んだときに、何ともいえない違和感を感じたのを覚えている。まあ運転席が反対側にあったのもそうだが、その造形とか座席の並び方とか、中にはバスが二台連結しているのを見たときは妙にアメリカの大きさに感心したモノである。
初めて僕がアメリカに来た今から20年ほど前には、車と言えばやはり大きなアメリカ車ばかりだった。
ただ日本車が意外によく見かけられることにびっくりした記憶があるから、その頃にはすでに米国市場に日本車が輸入されはじめていたのだろうか ( この辺の時代考証はしてません。)
特に印象的だったのが、当時 New York ではときどきトヨタ、マークII の姿が見られたことである。当時うちにあった一台がこの車だったからよく覚えている。ただアメリカではこれをクレシーダとかなんとかと呼んでいたような気がする。
その後、MarkII は米国市場からは撤退し、カローラやカムリといった車が市場を席巻した。
先に街中を走っている車を見て外国に来たと実感すると書いたが、これはもう過去の印象になりつつある。
かつてはコンパクトなエコノミークラスでのみ見られた日本車が、高級車やピックアップトラックなどにも見られ、ともすればモールのパーキングやフリーウェイで自分の周りは日本車ばかりというシーンも決して珍しくない。日本車に対する高評価は日本人としては鼻が高いが、その一方で無意味にでかく、ダイナミックなアメリカ車が見られなくなるのは残念な気もする。
それでも今までは民間の車ぐらいでしか日本車は見かけなかったのが、ここ何年かはハイブリッドカーに対して一気に認知が進んだこともあり、New York 市では清掃局や公園管理局などが TOYOTA の Prius を積極的に導入してきた。
とはいうものの、警察機関をはじめとする政府関連組織ではやはり国産車の採用が中心となり、ここで日本車やドイツ車が採用されるということはまずなかった。
そのポリシー ( ? ) のおかげで覆面パトカーというのは一見してすぐ分かるようになってしまった。制限速度違反を自慢するわけでは決してないのだが、やはり気になるシーンというのはあるものだ。そんなとき今時不経済なアメリカ車で何のメーカーオプションもつけず、なぜか男性が二人で乗っているアメリカ車というのは覆面パトカーだと見分けがつきやすい。
けれどもそのヒントもこれからは通用しないかもしれない。
それが上の写真である。
NYPD は市内をパトロールする車の刷新を進めているのだが、今回その車に選ばれたのが、Nissan の Altima というハイブリッドカーである。
NYPD が Nissan Altima を次期主力パトカーとしてステージング中であるとは NYPD に勤める友人から去年耳にしたのだが、実際に街中をその車が走る姿を見るまではにわかには信じられなかった。
現在 New York 市では California 州と同じく排ガス規制を強く進めている。特にタクシーやバスなど新しい規制のもとでは基準を満たせず、法が施行されるまでに買い換えなくてはならない。そのためタクシーもハイブリッドカーの導入が進んでいるのだが、ブルームバーグ市長はタクシーにだけ規制するのは不公平だと、NYPD が日常使用する車にも同様のアップグレードを求めたという背景があるそうだ。
ということで白羽の矢が立ったのが、Nissan Altima だったというわけだ。
この Altima という車、日産は日本では販売していないようだが、これはかつてのブルーバードである。
当時ブルーバードマキシマという車もあったはずだが、この Maxima という車もアメリカではモデルチェンジが続き、両車とも販売されている。
New York 市といえばアメリカの中でも観光客が多く、世界的によく知られた市であるのだが、そこで外国の車を Enforcement の主力車にするというのは大きな決断だったのではないだろうか。チョイスが他に無いというのもあったかもしれないが、そのこと考慮しても、例えば警視庁のパトカーがシボレーやフォードになるようなもので、おいそれと契約をくつがえさせられるものではないはずだ。
地下鉄はカワサキ製の車両が走り、タクシーはカムリのハイブリッド、そして NYPD のパトカーは日産車と日本製車両は NY 中あちこちに見られるようになる。果たして新幹線もそれに続くのか。
風景に溶け込んでいるクルマだけに、流れとはいえ米国車の姿が減っていくのは少々複雑な気持ちである。

のっけからちょっと変わった写真でびっくりした人もいるかもしれないが、これはヘンな吸引装置なんかではなくて ( 笑 )、水たばこの道具である。もちろんこれは合法的なものだ。
水たばこは日本ではあまり一般的ではないので、別名の水煙管(みずぎせる)と言われてもぴんとこないのではないか。
どこかエキゾチックなその装飾やシェイプからもわかるように、水たばこは中東の代表的な一文化である。
実は僕の住んでいる街のちょうど反対側にはイスラム系の人たちのコミュニティがある。近所と言うこともあって普段からよくこのエリアにも足を運ぶのだが、これまでは素通りするだけで中東系の店舗に足を踏み入れたことがなかった。
特にこのあたりで目に付くのは「カフェ」というものだが、普通にコーヒーを飲むような場所とはひと味違う。
まず客層だが、ここで見かけるのはほぼ間違いなく男性客ばかりだ。詳しくはわからないけれど、きっと本場でもこのように男性が一般的に利用するのではないだろうか ( 女性は自宅に集まるのかもしれない )。
もちろんカフェであるから、水たばこ以外にもコーヒーや食事も楽しめるが、ここに来るからにはやはり水たばこを吸うのが目的なのだろう。
もう一つちょっと異様に思えるのが、室内やオープンエアのカフェでたばこを吸うと言う行為である。
異様というよりは違和感か。New York では公共の場所、つまりレストランやカフェでは喫煙が全面禁止になっていることもあり、煙をもくもくと吐き出しているカフェというのはどうも違和感を感じてしまうのだ。
加えてこの水たばこ、Hookah というのだが、これが結構仰々しく、かつ複数の人が同時に据えるように複数のパイプがあることもあり、ちょっといかがわしくも思える。
実際、僕の知り合いが NJ の海沿いの一軒家を借り切り、家族や親戚で夏の休暇を過ごした際に、大きなポーチで Hookah を吸っていたところ、隣のやはりこれまたサマーハウスを借りて滞在していた一家の主が来て丁寧ではあるが半ば強圧的に「うちには子供がいるので、彼らの見えるところで違法なことは辞めて欲しい」と言ってきたとか。
友人はこれが Hookah というもので、れっきとした中東のたばこで違法なところは一つもないんだ、と説明しても聞き入れず、結局この主が余計なお世話で警察を呼び、深夜に大騒ぎになったのだとか。警官は Hookah のことを知っていたようでそこに違法ドラッグなどが無いことを確認してそのまま退散したそうだが、この隣の主のように New York の隣の州であってもなじみの無い人は多いようだ。
その点、New York では珍しくも知られている存在なので、このようなトラブルは起こりにくいのだろう。
さてその Hookah だが、僕も先日初めて吸ってみた。近所に住む友人 ( 経験者 ) と中東系カフェが建ち並ぶ一画を歩きながら、入りやすい店を吟味し、一つのカフェをピックアップした。一回の利用料は$7。水たばこにはいくつかのフレーバーがあり、たいていどこにでも置いてあるのが、Apple である。もっともポピュラーなのだろう、僕らもそれを注文した。
ついでにトルココーヒーも注文し、気分はすっかり中東のどこかの街の午後の休日である。
注文するとすべてセットアップが完了した状態でウェイトレスが Hookah を持ってきてくれる。すでにパイプの中には白い煙が充満しているのが見える。
水たばこは市販の普通のたばこと違って煙たくなく、たばこを吸ったことが無い人でも楽しめるかもしれない。そもそものどがいがらっぽくなることもない。ただし Hookah は火が点けられてから、およそ1時間かけてゆっくりと燃え続けるのでその分たばこを吸う回数も増えることになる。あくまでも健康管理は個人の判断で。
ちなみにうちから数ブロックのところにも新しい中東カフェが一軒出来た。歩いて数分のところなので、もし日本から来た友人が試してみたと言うときは、ここに行ってみようと思う。
New York に移り住んで長いこと経つが ( 十年を超えたところでカウントを辞めた )、異文化体験はまだまだこれからである。