Henri Cartier-Bresson アンリ・カルティエ=ブレッソンと言う人の名前は写真を撮る人なら知っている人も多いだろう。フランス生まれの写真家で、かのマグナムフォトの結成に携わった人でもある。マグナムフォトの他の写真家に会ったときのエピソードについては過去に紹介したこともあるが、ブレッソンは故人である。
仕事がら平日の時間も割と融通が利くので、比較的すいているだろうとふんで水曜日の昼過ぎに行ったのだが、予想は見事に裏切られ、彼の特別展コーナーは多くの鑑賞客であふれていた。
自分のことは棚に上げて 「 平日の昼間だというのに、一体どこからこんなにたくさんの人が? 」 と思うが、これが New York らしくもあると、ふと気付く。
うちの近所には昔ながらの商店街がある。
どの街に行ってもどの州に行ってもあるような national fast food chain や大手の衣料チェーンストアが我が物顔して店を並べる一方で昔ながらの家族経営の店があったりして、この街に住んで10年以上になるというのに「こんな店が昔からあったのか」と驚くことも少なくない。
僕が生まれ育った東京の下町は当時まだあちこちに空き地があったり、なんともいえない異臭を放つどぶ川などがあった。
それでも夏ともなると虫取り網と捕まえた虫を入れるための虫かごを肩からさげて、朝から冒険に飛び出したものだった。
沼地ではザリガニを捕ったり、夏は昆虫を捕まえるなんてことはあたりまえにできる環境だったのだが昨今はそうもいかないのだろう。
引っ越ししてから一度も訪れていないのでいったいどんな風に変わってしまったのか予想もつかないのだが、そこはテクノロジーのおかげで Google ストリートビューなどで最近の様子が New York にいながらにして手に取るようにわかるようになった。
それによると当時のどぶ川は暗渠になり、空き地もすべて住宅地に変わったようだ。
そういえば New York では虫取りをする子供たちの姿を見たことがないことに気がついた。
僕が初めて New York に来たン十年前ですら、市内には子供が遊べるような空き地などなく、バッタやかなへびなどついぞ見たことがない。おそらく Central Park ほどの大きさの公園にでも行けば蝶やバッタなど見つけることができるだろうが、子供にとっては徒歩や自転車でいけるところがテリトリーなのでほとんどの New York の子供たちにはなじみがないのではないだろうか。
考えてみれば、僕自身 New York に住んでからと言うもの自然に接する機会が減っている。それは東京でも同じかもしれないが、少なくとも僕らの記憶の中には昆虫を自分の手で捕まえたり、飼育するという遊び方があった。
土が露出している地面などほとんど無い New York でもこうして色とりどりの蝶がストリートを彩っていてる。
おしむらくは本物の昆虫に接する機会がもっと多く子供たちにあるといいのだが。