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2007年02月20日

黒い雪


ずっと暖冬が続くかと思われていた New York にもとうとう寒波がやってきた。やはりこのまま春へ・・・というのは甘かったようだ。なんでも昨年12月と1月の平均気温が4、5℃だったのに対し、2月はマイナス4.5℃言うからその差は10℃もある。

寒波だからといって必ずしも雪が降るわけではないのだが、今回は雪も降った。
降雪量はたいしたことなかったが、除雪車によって路肩に寄せられた雪はそのまま凍り付き、氷となって通りのあちこちでにわか障害物となっている。

凍り付いた雪は日中の気温がプラスに転じない限りとけることなく、しばらくそのまま残るのだがそうなると雪は灰色に、そして真っ黒に変色してしまう。それは車のオイルだったり、汚れた空気によるもので、見苦しい。

・・・見苦しい、とずっと思っていたが最近その考えを改めた。

黒いとは言って雪がもともと黒いわけではなく、人間の営みがそうさせているだけなのだ。それを見て汚いというのは、自分がなんと傲慢であることか。

自分たちがそれだけ汚れた環境にいることを、白い雪は教えてくれている。

黒い雪が New York の雪というのは悲しいけれど、これもこの街の冬の表情なのだ。


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2006年11月16日

Chicago紀行 : Navy Pier

( 『Chicago紀行』と題して8月に訪れた Chicago の写真と文を紹介しています )

11月。木枯らしの吹くの冬。今からわずか三ヶ月前の様子がこんなだったとはちょっと信じられないが・・・。



マイアミ、と言われればそうも見えるし・・・



こうやって見ると、カリブ海のどこかの島かなとも思える・・・



「 さては夏休みにカンクンにでも行ったか? 」 と疑われそうだが、もちろん今年はそんな余裕が無かったので残念ながら行けず。


そうこれらの写真もすべて8月の Chicago の様子なのである。
Chicago という街はミシガン湖のすぐそばに位置しているが、そのミシガン湖に Navy Pier という市民に開放された埠頭がある。今日はここで撮った写真を中心に紹介してみた。



洋の東西を問わず、昔から都市というのは海とか川のそばに生まれ、発達してきた。それは港という輸送手段が都市の発達に欠かせなかったからだろう。
それは割と新しい国、アメリカでも同じでたとえ飛行機が輸送手段の大半を占めるようになってもやはり大都市は水のそばにできる。それはそこに住む人たちが水とのふれあいをどこかで求めているからかもしれない。

ここ Chicago は、海ではないけれど巨大な湖、ミシガン湖のすぐそばにある。
僕はこの湖があるからこそこの都市が発展した来たのだと思う。
名前こそ湖とついているけれど、実際には反対側の岸も見えずどちらかというと海のような規模ではある。けれども所詮湖は湖でしかなく、輸送手段にはなりにくい。とすればやはり水辺の暮らしができるということがこの街が人を惹きつけてきたのではないか。



ここ Navy Pier はどちらかというと観光地のようなもので、ゲームセンターとか遊園地、それにショッピングセンターやフードコートなどから成る。そういう意味では東京のお台場に似ているかもしれない。
たくさんの人で賑わっており、僕が行った日も移動型アイスクリーム屋の前には行列ができるほどであった。
でもここからちょっと離れるとすぐに閑静な住宅地と静かな湖畔が広がる。そして湖に沿ってずっと遊歩道が続き、ジョギングしたり、ローラーブレードをしたり、バーベキューをしたりと人々が気軽にアクセスできるようになっている。


僕が生まれ育った東京も、今住んでいる New York も一応海はあるけれど、皮肉なことに湖しかない Chicago の方が市民と大海原の接点は大きいように感じた。


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2006年11月14日

Chicago紀行 : Chicago Cubs

( 『Chicago紀行』と題して8月に訪れた Chicago の写真と文を紹介しています )


Halloween が終わり、いよいよ感謝祭 ( Thanksgiving Day ) の声も聞こえるこの時期にまだシカゴの夏の様子を紹介しているのも興ざめかもしれないが、できるだけ早足で残りを紹介しておこう。


アメリカでは主な都市にたいていひいきのプロスポーツチームがあって、大都市ともなると複数のスポーツの本拠地になっている。
New York にはご存じ二つのチームがあるが、Yankees も Met's も最近は老朽化した球場の話題が姦しい。
そういえば Met's は新しい球場の名前が CITI Field になると発表したばかりである。どうやら金融グループ CITI が数十年分の命名権を買ったとか。

メジャーリーグに関していえば、ここ Chicago にも本拠地にしているチームが二つある。
一つは White Sox でもう一つが Cubs である。
どちらの Ball Park の写真を撮ろうかと考えて、ここは一つ Chicago の人たちにどっちがいいか尋ねてみることにした。
そうして帰ってきた答えは、なぜか Cubs のファンが多いという結果になった。
( Cubs はこのところパッとせず、一方 White Sox の方は去年ワールドチャンピオンに輝いている )


White Sox が本拠地としている球場は、実は O'Hare 空港からダウンタウンに向かう途中に見ることができるのだが、いかにも近代的で大規模なスタジアムであった。
それもそのはず工事が完成して、球場として使われ始めたの1991年というから、割と新しい球場といえるだろう。

その一方何人かの人から 「 写真を撮るなら Cubs が本拠地にしている Wrigley Field の方がいいよ 」 という話も聞いた。
古さが絵になる、というのだ。

そう聞いて Chicago 市営地下鉄の Red Line に乗って来てみると、なるほど住宅地の真ん中にぽつんと取り残されたようにして、小さな球場がたっている。
あとになって知ったのだが、この Ball Park は1914年完成だという。Met's の Shea Stadium が1962年完成で 「 老朽化のため新しい球場を建てる 」 という NY 市の計画がここではなんだか陳腐に聞こえてしまう。



小さな球場の周りを歩きながら写真を撮るのにさほど時間はかからなかった。正確にいうとあまり写真を撮らなかったから、ということになる。
この日はゲームもなく閑散としており、イメージ通りの写真が撮れそうに無かったというのが理由の一つだ。

このあとダウンタウンに戻って夜景を撮ろうと思っていたので、ここは早々と退散することにしたのである。そうして来るときに乗ってきた地下鉄高架ホームに戻り、地下鉄を待っている間に撮った写真が上のものである。

この球場はこれだけ駅から近いというのも驚きであるが、スコアボードは未だに手動なのだ。決して予算が無かったわけではあるまい。あえてこのスタイルを守っているのであろう。

きっと Chicago の人たちは、たとえなかなか勝てないチームであっても、ずっと変わらないこのチームを愛しているんだろう。


機会があれば、僕も一度ここで観戦してみたいものである。

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2006年10月27日

Chicago紀行 : 都市美4

( 『Chicago紀行』と題して8月に訪れた Chicago の写真と文を紹介しています )

東京に代々木公園や皇居が、New York に Central Park があるように、Chicago のダウンタウンにも大きな公園がある。
ほとんど何も起きなかった 「 2000年問題 」 と一緒に死語になってしまった感のある Millennium という言葉を冠した Millennium Park がそれである。

Central Park がその地形を利用して、林や森、それに丘まであるような自然一体型の公園だとすると、こちらは整備された計画型公園といえるかもしれない。
場所は Downtown とミシガン湖のちょうど間にあり、大都市から湖までの変化を公園が吸収しているかのようにも見える。

上の写真は公園はいってすぐのところだが、こんな風にアスファルトがしきつめられた広大な広場が広がり、都会から公園に入ってきたときにすんなりとその変化が受け付けられる。

その一角になにやら怪しい物体を発見した。


都会の真ん中に不釣り合いな大きさで、まるで突如空から降り立ったかの様に見える。
「 都会に似合わない妙なもの 」 というギャップが却ってこの風景にとけ込んでいるようにも見える。


この正体が何かというと、実は全てが曲面体ミラーで出来た立派なパブリックアートなのである。



こういうところでカメラを持っていると一日中、時間がつぶせそうだ。
ここでパフォーマンスする人の姿が皆それぞれユニークなので、思わず写真を撮らせて貰いたくなるのである。

このミラーに集まった人たちを見ていると、最初は自分の顔や姿がゆがんで見えることで遊び、次にそのゆがみを利用して変わった写真の撮り方をするのである。これが見ていて面白い。どことなくアマチュアのストリートパフォーマンスを見ているようでもある。

ここに写っている男性は、息子二人を地面に寝かして持っていた携帯で写真を撮っている。
その後ろで 「 まだなの? 」 というような顔をしたお母さんが待っていた。



僕もこのミラーを利用してセルフポートレイトの写真を撮ってみた。



でこのミラーの胴体部分はトンネル状になっていて中に人が入れるようになっている。天井もごらんの通りくぼんでいるためにここに映し出される自分たちの姿は奇妙そのものである。
まず第一に自分を見つけるのが非常に難しい。ぼくもこの中の一人のはずなのだが、一体どこにいるのだろう。


パブリックアートとはこのようにまさに人々が参加することで完成する作品だと思うのだが、これは大いに成功といっていいだろう。Chicago を訪れる人たちの多くがここで不思議な時間を過ごすことが出来るのだから。

余談だが、最近 Rockefeller Center 前のイベント広場に大きなミラーのオブジェが出現した。
形状は異なるが、コンセプトはかなり似ていると思う。New York にいる人は是非、足を伸ばしてみよう。
( 近いうちに写真を紹介する予定 )



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2006年10月24日

Chicago紀行 : 都市美3

( 『Chicago紀行』と題して8月に訪れた Chicago の写真と文を紹介しています )


日本と欧米の都市の違いの一つに、「 都市の中の緑地 」 がある。
特に近代建築物が多いアメリカではコンクリートに対するアレルギーなのか、緑が多く配置されている。


Chicago も New York と似ている都市ではあるが、こと緑地に関してはアプローチが異なるようだ。
市内に大きな公園があるという共通点はあるものの、Chicago の場合は都市から公園にかけてその境界が無いか、または意識させずに移行できるような作りになっている。


市内の歩道に花壇があるのはさして珍しいことではないが、ここの場合は花壇というよりミニ公園と言った方がふさわしいようだ。



ここに紹介している写真のように、歩道の多くには様々な形の花壇があり、しかも僕が訪れたのが夏というせいもあってどこも花や樹木が茂っていた。
それらはほんのおざなり程度の花が並んでいるとかいうレベルではなく、まさに百花繚乱というぐらいに茂っているのである。



面白いことにサイドウォークごとにいろいろな種類の花壇が用意され、それを見比べるためだけにちょっと遠回りして、別のアヴェニューを歩いてしまうほどだった。



中には↑の写真のように、石がひきつめられちょっとした石像から水が噴き出しているものもあり、僕にはどこか 「 和 」 の雰囲気が感じられた。
夏はこんな演出一つで、見た目にもそして耳にも涼しく、街を行き交う人たちの心も和むことだろう。

ついつい他人のことを思いやる余裕を無くしてしまう都市生活だが、Chicago の人たちはどうやったら心にゆとりを持って暮らせるか、よく知っているようだ。
それは Chicago の人たちがもともと優しいからなのか、それともこんな環境があるから、都市計画をする人たちも優しい街作りができるのか、いずれにせよ New York から見るととてもうらやましい。

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2006年10月22日

Chicago紀行 : 都市美2

( 『Chicago紀行』と題して8月に訪れた Chicago の写真と文を紹介しています )


観光で訪れている人とそうでない無い人との見分け方、というのはいくつかあるがその一つはやはり 「 上を向いて歩いているかどうか 」 ではないだろうか ( 見分け方など特に必要なワケではないが、人物観察が好きなのでつい気になるのだ )。
住んでいる人は、目的地に向かって一心不乱で歩いていてどうも回りが見えてないか、行き交う人を視線で追う余裕派のどちらかではないかと思う。


僕も Chicago で間違いなく上ばかり見上げて歩いていたんだと思うが、あるときから目線が下に行くようになった。
それは Chicago の街が、建築美とか造形美だけではなくより住みやすく設計されていることに気がついたからである。


上の写真はいわば地下鉄の出入り口であり、これは特に上りエスカレーター口である。New York の Subway で地上に出るためのエスカレータなどほとんどなく ( Grand Central や Flushing などごくわずか )、いささか新鮮である。しかもこんな風にガラスを多用しているので中は明るく、そして外部では視界を遮らず息苦しさを感じさせない。これがコンクリートで出来ていたら、印象はだいぶ変わるだろう。



でこちらは地下鉄の地下に降りる階段口の写真である。
よく見ると入り口には、車いすの人が係員にヘルプを連絡するボタンが備わっているのが見える。


こんな気遣いは他所も見られる。
目線が下にも向くようになったのは歩道で何か違和感を感じたからなのだが、それが何か、下の写真からわかるだろうか。


そう、それは車道を舗装し直して、ちゃんと角の歩道と高さを合わせている、ことである。
車いすの人が通りを横断するための配慮であるが、ほとんどバリアフリーと言って良いだろう。

こんなところに Chicago という街の魅力を一つ見つけた。

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2006年10月20日

Chicago紀行 : 都市美

( 『Chicago紀行』と題して8月に訪れた Chicago の写真と文を紹介しています )


たった三回しか来ていない Chicago だが、毎回 O'Hare 空港から downtown に来て思うこと、それはこの街が持つ美観である。

もちろん美という概念は人によって異なるだろうが、いわゆる都市美と言ったときの美観がアメリカにある他の都市とは一線を画す。
New York と Chicago はある部分とても似ている。夏は蒸し暑く、冬の寒さはことさら厳しい。また歴史の古さや都市の発展の仕方など、New York 市とは共通点が多い。事実高層ビルを遠くから見ると、もちろんビルのシェイプが違うから区別はできるが、New York と Chicago はかなり似ている。
これが、たとえば LA だと街中に椰子の木があったり、青空が広がっているので見た目の第一印象や空気感というものが異なる。
その New York から行った僕が最初に気がつくのが、汚れの少なさである。まあ New York の街の汚れが際だっているのかもしれないが、なにせそれに慣れてしまうと気にならなくなってしまうようだ。
それで Chicago に行くものだから、余計に清潔に感じてしまうのだろう。

ということでこれから何回かに分けて Chicago で見つけた都市美を紹介しようと思う。

Chicago も近代的な超高層ビルが建ち並び、まとまった様相は他の大都市とそれほど変わらない。
けれどもビルを個々に見ていくと、昔の Chicago を彷彿するような 「 剛 」 のイメージが似合う鉄のビルや、ユニークなデザインのものなど多少他の都市と趣を異としている。

上の写真は街中で撮ったもので中心は河 ( 運河 ) が横たわっている。現在手前には New York で成功した Donald Trump が Chicago でトランプタワーを建築中といういわば一等地である。けれどもそんなファンシーなビルが建ち並ぶ仲、どうしても右側のトウモロコシ状のビルに目がいってしまう。

実はこのビルの写真は以前 ( ここここ
) にも紹介しているのだが、今回もやはりまじまじと見入ってしまった。

明らかにデザインとしては古いものであるのがわかるが、それでも古さよりはユニークさが勝っており僕にとっては Chicago 高層ビルの顔となっている。

もう少し近くに寄って撮ったのが下の写真である。


このトウモロコシビルは正式には Marina City と異ってツインタワーの構成なのだが、向かって右側のビルは現在メンテナンスのためか、工事用の垂れ幕がかかっている。
面白いのはこのビルの低層階が駐車場になっており、そこに泊まっている車がこのビルのエクステリアの一部になっているのだ。


そういえば日本からのニュースで 「 ギアを入れ間違ってバックしてしまい、パーキングビルから落ちた 」 という話を耳にしたことがあるが、この高層ビルでそんなアクシデントは起きて欲しくないものである。
そんな心配をしてしまうのは僕が小心者であるからなのだが、街を歩いていて妙な心配をしてしまうのもこの街の魅力なのかもしれない。

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2006年10月16日

Chicago紀行 : Loop

( 『Chicago紀行』と題して8月に訪れた Chicago の写真と文を紹介しています )


実に2ヶ月以上も前の写真なので、いまさら紹介することにためらいを感じてしまうのだが、ここで紹介しておかないと、未来永劫日の目を見ないかもしれないので、無理矢理かつ多少駆け足で Chicago に行ったときの写真を紹介しておこう。


Atlanta、Detroit と出かけた都市巡りの最後はこの Chicago になった。
僕自身、過去に2度 Chicago を訪れているので、Atlanta や Detroit のときに感じた、行ったことのない場所に行くという不安と期待はぐっと下がり、その一方で今回の旅行が一番安心感があった。
それは限られた時間内であちこちまわらなければならなかった先の2都市に比べ、Chicago ではおよその地理感覚があるので、効率よく廻ることが出来るというところから来ているのだろう。


初めて行く街の場合、旅行の予定がしばし狂ってしまうのはやはり移動のせいである。
A 地点から B 地点まで移動するのに、地図上では近そうに見えてもアメリカの地図にありがちなラフな記述のために実は歩いていけるような距離でなかったり、たとえ距離が近くても交通機関がなく移動ができない、ということがままあるのだ。
その点、全米三大都市に入る Chicago は New York 同様市内地下鉄がとても発達しており、それでいて New York ほど複雑でないためにとてもアクセスが楽なのである。


Chicago 市内を走る鉄道システムは Loop と呼ばれる。Chicago の人たちはこれを略して " L " と呼ぶこともあるようだ。何度か行き先を確認しようとして、ホームで待っている人や乗客に尋ねると、Loop とは言わず 「 エル 」 と口にする人に遭遇した。
ちなみに New York の地下鉄は、そのまま NYC subway であり、特にニックネームなど無いので、ちょっとうらやましい。市民にどれだけ愛されているかの差だろうか。
確かに New York では 「 週末の運行ルートが勝手に変わっている 」 「 週末運休している 」 「 停車駅を勝手に変える 」 など市民でも混乱するし、乗り間違いを冒す人は多い。
その点、僕が利用した週末の間 Loop では 「 運休 」 だとか 「 ルート変更 」 などというのは見たこともなく、とても規則正しく運行していた。
短い車両編成でやってくるのだが、その分運行間隔も短いので待たされるというシチュエーションも New York より少なく感じ、ストレス無しなのである。大都市で地下鉄を24時間運行するというのはむずかしく、そのせいで New York でも週末になるとよくメンテナンスをしているのだ、と思っていたが Chicago のような大都市で、かつ New York と比べてもそれほど新しいとは思えない地下鉄を24時間運行しているので、New York の地下鉄システム自体、どこかに問題があるのではないだろうか、と疑ってしまう。


ちなみに Loop はその名の通り Chicago の Downtown で環状線になっている。環状線といって都内を走る山手線を想像するかもしれないが、Loop のそれはとても小さい。その環状内部分は歩いて行くことが出来る距離なのである。
地下鉄の一部は地上を走るのだが、これだけ小さな径で廻るために、高架を走る地下鉄は窮屈そうにしてビルの谷間を通り抜ける。



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2006年10月05日

日本滞在中のお礼


今回、約二週間という短い日程で日本を訪れた。
この時期日本に帰った一番の理由は、以前からこのブログでお知らせしていた麻布十番での写真展開催に合わせるためであったが、前回の帰国から3年近くが経ち、こんな風になにか理由付けしないとますます帰国しない癖が付いてしまいそうで、それではいかん、と重い腰をあげて帰国したのだった。


成田空港に着いたその足で麻布十番に向かい、ギャラリーカフェのスタッフにまずはお礼の挨拶。
続いて壁に張り出されている写真をまじまじと見る。実際僕がプリントされた写真を見たのはこのときが初めてだったのである。今回は企画・準備、そして展示まで全て日本サイドで行われ、たくさんの友人たちが智恵を絞って実現にこぎ着けてくれた。
その中でこのギャラリーカフェの雰囲気を生かせるような写真を、という企画が持ち上がりそこであの横4メートル、高さ1メートルを超える一枚の大きな写真を飾ることになったのである。
「 残念ながら会場に足を運べなかったので、写真をウェブ上で公開していただけませんか? 」 というメールをいくつか貰ったが、残念ながらこれは会場で見ていただくしか無いと思っている。何にもこのギャラリーカフェに特別にあつらえたかのように収まっていたた ( マウントされていた ) ため、この写真はここで見るのが一番似合っていた、といえるかもしれない。そう考えるとこれを準備してくれたスタッフの苦労のほどが窺えるというものである。


ここでは昨年劇場パンフレットの作成でお世話になったライターのアキエダさん ( アキエダさんの本はアマゾンでもお買い求めできます ) と初めて顔合わせとなり、それを聞きつけた友人たちも同席したいと、あっという間に10人近い人たちが集まってくれた。この中には名古屋から駆けつけてくれた C-kun も含まれる。


続けてさらに大人数での集まりが赤坂見附で準備されていて、New York から着いた疲れも一緒に引きずるようにして地下鉄に乗る。ここでも New York であった友人、そして写真の仲間が駆けつけてあっというまに20人になった ( 超えていた? )。

結局実家にたどり着いたのは深夜になっており、両親にも呆れられたが呆れられてばかりもいられない。翌朝一番で新幹線に乗って京都に行くのである。

実は3年前と同じコースなのだが、京都・大阪・広島と近畿圏をまわることになっていた。僕一人の帰国だとこんな風に全く同じコースをまわることなどしなかっただろうが、今回も New York から友達を連れて行ったため短期間で行けるこのコースになってしまうのだった。
けれども結果的には、京都や大阪でも友人たちと会うことができ、東京で過ごした最初の夜同様、各地で手厚くもてなして貰った。。

東京に戻ると今度は新幹線からそのまま写真展に直行して、クロージングパーティ。こちらにもたくさんの人が駆けつけてくれ、新幹線の長旅による疲れなど、すっかり吹き飛んでしまった。

その後はずっと東京で過ごしたのだが、その間も写真仲間の osampo_hana さんには半日ストリートスナップを案内していただいたり、またアメリカに戻る前日にも写真仲間のできあでひさん、honeyさん、muroさん、yayoiさん、YENさん、いいじまちゃん、さすけさん、i-takashiさん、ZEROさんというそうそうたるメンバーが集い、全員で東京写真美術館で展示されている 「 HASHI 展 」 を見に行くことができた。これだけの人数で行動するとかなり目立つメンバーであったが、その後ビアホールで乾杯、楽しい会話はいつまでも続いた。
( デジカメウォッチで期せずして同時期にこの写真展の記事がアップされていたので、それも紹介しておこう。→ http://dc.watch.impress.co.jp/cda/exib/2006/10/02/4755.html )


この日はこれだけに止まらず、僕は帰国前日だというのに恵比寿のビアホールから続いて月島もんじゃに向かった。
こちらではフォトグラファの岡嶋さんが友人でフォトグラファの土屋さんに引き合わせたいと、その席を設けてくれたのだ。こちらにもインプレスの水島さん、それにカメラメーカーの田中さん ( トンボの田中さん、と紹介した方が通りがよいかもしれない )、それに旧友のさおりさんという楽しいメンバーが集まり、気がつけば時刻は深夜におよび、あわてて帰宅する羽目になったのだが、帰宅は日付が変わって帰国当日へと突入していた ( 笑 )。


・・・ととにかく各地を風の様に駆け抜け、たくさんの人たちが僕の無茶なスケジュールに合わせて時間を作ってくれた。今回日本で会った友人の数は、のべにして100人近くになっていたと思う。

ちょっと不思議な感覚を覚えたのは、僕がこれまで会った New York ではたいてい個別で友人と会っていたのに対し、今回は複数の集まりにそれぞれ20人とか30人といった大きな人数が集まり、一堂に会していることである。
「ああ、この人とはこんなところに行ったな 」 とか 「 こんなことを話したっけ 」 という思い出が一度に集まった人たちの顔から一気によみがえるのはさすがにインパクトが大きい。

これはまるで紅白歌合戦のようで、僕には豪華キャストの友達が集まってくれた、そんな感覚を覚えたのだった。

本来ならば一人ずつお礼を言わねばならぬところ、それもなかなかかなわないので非礼を承知でこの場を借りてお礼を申し上げます。みなさん、お忙しいところどうもありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。

ところでこの時期に日本に帰ったのはなんと10年ぶりなのである。9月中旬とはいえ、まだまだ残暑の厳しい頃、僕の中ではまだ日本は夏の終わり、という印象があった。
New York の夏も気温があがるときはあがるし、湿度が高い日もある。それでも東京にいたときよりは過ごしやすい、と思いこんで、日本の夏を敬遠してこれまでしばらく夏に帰国することを意図的に避けてきた。
今回も覚悟しての帰国だったのだが、成田空港に着いて拍子抜けしてしまった。気温は New York よりわずかに高いものの、湿度はそれほど高くはなく、不快と感ずるほどではなかったのである。
結局2週間の滞在中、ムシムシするような高湿度の日は一度もなく、朝夕は却って冷え込むような日々が続いた。
周りのに人に 「 New York の気候と比べてどうですか? 」 と何度か尋ねられたのだが、「 湿度が低くて過ごしやすいですね。日本の残暑ってこんな感じでしたっけ? 」 と答えるとどうやら僕が日本に帰ったあたりからこんな気候になった、という話を聞いた。
どうやら僕が持っていた日本の夏に対する印象は間違っていなかったようだ。がたまたまこの時期過ごしやすい気候だったのだろう。


2006年の僕の夏の終わりは New York では無く、こうして東京で迎えることとなった。

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2006年10月01日

ビジンじゃぱん2

三年ぶりの日本。
たくさんの人の協力のもと、いや正確に言うと本人はほとんど何もせず周りの人たちが最初から最後まで準備してくれた写真展に、顔だけでもだそう、と帰国した。
僕の一時帰国に便乗して日本観光をもくろんだ友人がアメリカから一緒だったので、写真展やパーティ、そして打ち上げなど僕が行く先々に連れていく。そんな友人を皆さん、こころからもてなしてくれてどうもありがとう。

そのあと急ぎ足で訪れた京都や大阪、広島。そしてしまいに日光にまで行ってきたのだが、行く先々でまたたくさんの人たちと会うことができ、常に笑い声がとびかう楽しい旅になった。

何度訪れても新鮮なところ、懐かしいところ、そして初めて訪れたのに懐かしく感じるところ、いろいろあったけれど、そのどれもまた戻ってこようと思わされるところばかり。

ニホンはビジンです。


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