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2008年06月09日

ダイニング

アメリカ全体だったか、NY市内が調査の対象だったか失念したが、成人一人あたりの年間外食回数が減ってきている、というニュースを目にした。
前回の調査では220回を超えていたのが、210台に落ち込んだというものだった( 調査対象を忘れた上、数字も不正確とあって申し訳ない ) 。

ニュース自体は現在の経済状況の悪化をテーマにしたもので、それだけ外食に頼らず節約を始めた人がいる、ということを伝えたかったようだが、僕が注目したのはその回数だった。

一見すると「220回」という数はとても多いように思える。がよく考えると一年52週として毎日ランチを購入したり、レストランで食べると軽く220回という数を超えることになる。がそれは週5日オフィスで勤める人の話であって、こちらでは在宅勤務している人もかなりの割合に上る。そういう人たちを加えても220回という結果が出たということは、専業主婦(夫)の人が少なく、女性もかなりの人がオフィス勤務をしている、ということになる

また外食の数といったときに、これが純粋にレストランなど着席して食事をすることだけを指し、デリなどでサンドイッチを買ってオフィスや公園で食べるケース ( NYCではこの形態のランチが圧倒的に多い ) を含まないとなると、ことさら外食率が高い、ということになる。

ここでの生活というと、オンとオフの切り替えがしっかりしていて、プライベートの時間をしっかり持つことができる、と言うイメージを持つ人が多いが、それならばなぜゆっくりと家で料理を作ってダイニングを楽しむ人が少ないのはどうしてだろう。

さてそんなご託を並べる僕はいったいどのくらい外食に頼っているか、単純に計算してみた。
平日のランチはまず外食(少なくとも手作りの弁当は持って行かない)でかつ週に何度かは夜レストランに行く。祝日や休暇をのぞくと軽く300回を超えてしまう。
そっか僕みたいな人間がいるから平均値があがってしまうわけだ。


ちなみに本題の景況だが、物価の高騰が激しく生活が急に苦しくなっているのは肌で実感する。いままで値段を気にせずに買っていたものが、キャッシャーで支払う金額が意外と大きくなり、慌てて値札を見ると思っていた値段の2倍ぐらいになっていることも珍しくない。これを機会に僕も家で食事を取るよう心がけようか。

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2008年05月02日

カロリー表示

多くの人にとって、アメリカに移り住んで最初の恐怖体験というのが、おそらく著しい体重の増加だと思う。
なんかベルトがきついなぁとか、体が重いなぁと思って体重計に載ってみてわかる驚愕の一瞬である。

日本で標準的な体型の人も、一年後にはたいてい横方向に成長している。特に外食が多い人はなおさらである。
僕の場合も同じで、アメリカに来てしばらくすると日本から持ってきたジーンズが皆きつくなった。あわてて体重計で調べてみると10Kg弱増加していたことがわかった。

なぜ短期間でそんなに体重が増加したのか、生活習慣を改めて見直すと答えは、運動不足はもちろんのこと、なんと言っても食べ物である。
一般的にいってアメリカで食されるフードメニューには肉食のものが多く並び、かつレストランでの食事となるとこれにバターを多用したものが多い。

それに加えて食べ方にも問題がある。
そもそも日本人は食べ物を粗末にしてはいけないと、小さいときから教わり、出された食事は残さず食べることが美徳とされている。
端的な例は学校給食で、好き嫌いが激しい生徒に対して担任教師が「全部食べ終わるまで、昼休みを取ってはいけない」などとよく言っていた。幸い僕は好き嫌いが少ない方だったので、給食をぺろりと平らげるとすぐに教室を出てグラウンドに遊びに行ったものだが、そこには時間をかけてもなかなか食の進まない生徒も何人かいた。
食べ物を残すことを良いとは言わないが、当時は食べ物アレルギーについて教師も認識が無く、中には本当につらい思いをして食べていた生徒もいたことだろう。
そもそも小学校の給食で食べ終わるまで席を立ってはいけない、などと言われてその食物を食べられるようになったという話をほとんど耳にしない。たいていさらにトラウマになった、という意見ばかりである。
味覚というものは成長の段階や、生活習慣などで変わっていくものなのだから、無理矢理「矯正」するものではないと思うがいかがなものか。

話が飛んでしまったが、こうして日本で体にすり込まれた「出された食べ物を残してはいけない」という習慣をそのまま実践してしまうと、アメリカでは命取りになってしまう。
フライドポテト山盛りのハンバーガーに、ピザ、チーズケーキに、ドーナツ・・・アメリカを代表する食べ物はたくさんあれど、どれもそもそもが揚げ物だったり、チーズを大量に使うなどカロリーの高い食品が多い。またサーブされる量も日本で出される食事と比べて優に1.5倍から2倍はあるじゃなかろうか。
これを食べ残すまいと最後まで食べようものなら、確実に体重は増えていく一方である。

Good news としては、かつてアメリカに住みこちらの生活にすっかり慣れ、体型が肥えてしまった人(笑)でも、日本に帰国してしばらくするとまた元の体型に戻る人が多いということ。僕が日本に一時帰国して New York で知り合った昔の仲間に会うと、顔立ちまで変わっていたりして、びっくりすることがある。もちろんストレスによる体重減などもあるのだろうが、一番大きな理由は食がより健康指向であることではないだろうか。






今年、New York 市は全米でもっとも早く、飲食店のメニューのカロリー表示を義務づけた。
対象となるのは10以上だったか15以上だったかの支店を持つ飲食店としていたため、ファーストフードレストランをねらい打ちしたものだと McDonald's などが市を相手取って訴訟をおこしたが、連邦高裁が違法性を認めない判断を示ししたため、施行されることとなった。違反すると罰金が課されることになっており、正式なスタートは今年の夏以降ということになっているが、Starbucks などは早くも店内の売り場にカロリーの表示がなされている。
その Starbucks を例に取ると、何か小腹が空いたときなどにスナック程度に購入していたブラウニーやクッキーなど、自分で勝手に「こっちのほうがカロリーが低いだろう」などと判断して選んでいたものが、意外と過ちであることがよくわかり、僕のように高カロリーの食物を避けている人間にとってはかなり効果がある。これまで気軽に食べていたものが500KCal近くあると知って、一気に食べたいという欲求が萎えてしまった。そういう意味では効果があるのだが、おそらくカロリー数値を見て買いとどまる人も増えるだろうから、店にとっては痛し痒しであろう。

さて今後注目されるのは、McDonald's などのハンバーガーチェーンである。特に同社はウェブサイトでのみ、それもかなり小さく表示していたカロリー表を、今後は店内のメニューに表示させなくてはならない。それだけ公開することを恐れ、裁判まで起こした同社の姿勢から鑑みれば、そもそも間違っている。消費者の健康など同社の売り上げから見ればたいしたことない、という姿勢がそのまま伝わってくる。

ちなみにアメリカは貧しい人ほど太っているというデータが出ている。その理由が全てファーストフードのせいだとは言わないが、所得の低い人ほどファーストフード店の利用が多く、多い人ほど肥満気味であるというデータがでているので、関連性は誰の目から見ても明らかだろう。
喫煙によってガンなどの成人病を引き起こす可能性がたばこのパッケージに書かれているように、いずれ高カロリーの食事にも「食べ過ぎは心臓病、糖尿病など成人病を起こす可能性があります」という表示も義務づけられるかもしれない。今、アメリカはそれだけ肥満による糖尿病や心臓病にかかる人が多く、これがまた国の医療費負担に大きくのしかかっている。


そういえば気になることが一点。表示されているカロリーの数値が本当に正しいものなのかどうかの判断が消費者にはつかないこと。いままで「○○社は不当に低くカロリーの表示をしていた」というニュースを見たことがないが、おそらくこういうケースがこれから発生するのではないかと思う。すくなくともカロリーに関しては第三者機関による公式なチェックが必要だと思うのだが。

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2008年03月31日

上からの眺め


※ Broadway をひっきりなしに走る2階建てバス

普段見慣れているものでも見方を変えるとそれまで気がつかなかった一面が見えてくるように、単純に見る位置を変えただけでも新発見があるものだ。

高層ビルに囲まれた New York の街はいつも多くの人で溢れかえっているせいで、なかなか New York という街を客観的に見るのが難しい様に思える。

初めて New York に来た人でも、ホテルにチェックインしたあとすぐに街に飛び出すと、その瞬間から New Yorker になった気分になるのは、通行人の誰もが僕らを外国人という好奇な目で見たりすることもないせいで、自然と自分がその通行人の一人になっていることに気がつくだろう。
つまり旅行者でもすぐに街にとけ込んで、主観的に見ることができるのだが、行き交う人々の様子を適度な距離感を持って眺めるのは New York という街ではこれがなかなか難しい。


だからというわけでもないのだろうが、この2階建てバスによる市内観光というのは観光客に人気で、いつも2階席を満席にしている。

赤い2階建てバスといえば、もちろん London だが、この2階建てバスは New York でもすっかり観光の顔になった。最近では赤だけでなく青色のものも現れ、アメリカナイズされてきたといえるかもしれない。

さすがに冬の間はとても寒く、吹きさらしでは誰も外に座れれない。そこで2階席にも透明なキャノピーが被せられるが、春となっていよいよ取り外されたようだ。

これに乗って2階席から眺めると、ストリートを行き交う人たちの流れを上からの視点で『観察』することができ、適度な距離感を持って人の流れを見ることができる。
僕は SOHO で一日何回もこのバスの往来を目にするのだが、なんだかバスに乗っている人たちが New York という動物園で僕らを動物に見立てて楽しんでいる様な気もして、少々複雑な気分である(笑)。
そのくせたぶんほとんどの New Yorker はこのバスに乗ったことが無いのでは、と思う。東京で生まれ育った人がはとバス都心巡りに参加したことがないように、New Yorker も最初から敬遠しているのではないだろうか。正直に言えば僕ははとバスもこの2階建てバスにも参加したことがない。


だからというわけでもないが、僕も上から2階建てバスをのぞいてみることにした。
下界をのぞくことで忙しい乗客は誰も僕が頭上から写真撮っているとは気が着いていないようだ。

いや、そんな僕だってきっと Google マップや、まして偵察衛星から僕の行動を頭上から撮られているに違いない。


※普段は下にいて、頭上から見られる側だが、今日は僕が上から眺めている

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2008年02月02日

Development

久しぶりにカメラを持ってぶらぶらと街歩きをしてみた。行ったのは市内でももっとも古いアパートメントビルが建ち並ぶ一角でお世辞にもこぎれいとはいえない地区である。
建ち並ぶアパートはどこかすすけて見えるが、New York でもっとも古いということは言い換えるとアメリカの歴史のなかでもかなり早い時期に建てられたアパートということになろう。

ずっとロングランを続けていたブロードウェイミュージカル、『 RENT 』 も今年の6/1をもっていよいよその長い幕を下ろすことが決まったが、このミュージカルが生まれたように New York では賃貸アパートというライフスタイル が様々な形で発展し、それはもはや New York という場所ならではの独特な文化といってもいいかもしれない。

短いサイクルで住民が移り変わるアパートメントは、やはり持ち家に比べると衰えも早い。
それは非所有不動産だという意識からか住人もあまり丁寧に扱わないというのもあるだろうし、同じ集合住宅でもコーポやコンドミニアムのように資金を募って定期的に外壁や内装をアップデートするのに対し、、アパートメントは建てられた当時からアップグレードされることなく、ときおり補修程度のメンテナンスしか受けないからというのもあるだろう。

そのため老朽化した建物は住むには危険で、また現代のライフスタイルに見合わないレイアウトだったりするので、ここしばらくはあちこちで建て替え工事をしているシーンが見受けられた。

壁一面にファイアーエスケープが設置されているこれらの古くさい建物が並ぶその姿は、New York の移民の歴史そのままで、歴史の浅いアメリカにあってノスタルジーすら感じられるものだが、突如として現れるスリムでガラス張りがまばゆい真新しいコンドミニアムによってすっかり街の表情が変わってしまった。それまで古さが調和の鍵となっていたところに、真新しい建物ができたことでとたんに残された古びた建物がよりみすぼらしく見えてしまうのだ。

もちろん住む側としてみれば新しい建物の方が住みやすいだろうし、僕だって暖かいお湯の出ないシャワーなんか遠慮したい。
けれども住民が立ち退きつつあるアパートメントを見るたびに、惜しいという気持ちをいだきながらシャッターを押さずにはいられない。


いつの日か新旧のビルが建ち並ぶ姿に見慣れて、これもまた New York の顔になるかもしれない。
取り壊した跡地に新しいビルが建つのはあっという間だが、人々の意識が変わるまで果たして一体どのくらいの時間を必要とするのだろうか。

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2007年12月27日

記憶のすす払い


※ 秋の思い出から


この年末年始にまとまった休みが取れたと言う話を前回書いたが、せっかくこれだけの時間があるのだから何かしないともったいない。最近は時々在宅で仕事もしているので、休みは割とフレキシブルながら、まとめてとなるとそうも行かない。

そこでまずは旅行会社に電話してみた。
どこに行こうか、なんて考えてなかったのでひとまず日本に帰れるかどうか尋ねてみた。アメリカに来てから10年以上経って何度か日本に行ったことがあるものの、その間一度も正月を挟んで帰国したことがなかったので、久々に日本の正月気分を味わうのも悪くないと思った。

がしかし、というかやはり、一時帰国のラッシュが始まるとあって空席がほとんどないとのこと。あってもかなり高価なので、電話の向こうの担当嬢が申し訳なさそうに「年末近くになれば空席がでるかもしれません」と言ってくれるものの、あきらめることにした。
その直後、旅行代理店で勤めていた友人と電話で話した際に、日本行きの旅行のことを話すと、その友人が耳寄りな情報をくれた。なんでも米系航空会社が半額キャンペーンをやっているのだとか。
こういったピークシーズンでも半額なら手が出る、と思って話を聞いてみるとやはりキャッチがあった。なんでも年内に米国に戻ってこないといけないのだとか。
年末の、それも押し迫った大晦日に成田空港を出て New York に戻ってくるんじゃせっかくの日本の正月気分も味わえやしない、とその話は丁重に断って、さあ正月プランを立て直すことにしよう(笑)

考えてみれば年末年始にやってくる日本からの友人に買い物まで頼んでいたり、それに加えて米Canonカスタマーセンタからカメラが送られてくるはずで、連休とはいいながらスポット的に重要な用事が入っている。あらかじめこの休みのことがわかっていたらなぁ、と改めて恨めしく思うが、こればかりは仕方があるまい。


することが無くなったおかげで、すっかり手狭だった我が家が片づいた。
クリスマスプレゼントのギフトラッピングで包み紙や箱が散らかっていた上に、Aamazon Kindleについてのレビュー(ケータイウォッチ)を書いていたため、ただでさえ狭い部屋がなんちゃってスタジオに様変わりしていたのだ。(次はもっと広い部屋に引っ越さないといけないな)
ついでにいらない洋服だの書物だの、パソコンパーツ、電気製品を処分しはじめたら、出るわ出るわ。 使えるけどあっても使わないやと今回は FAX も処分することに。


まだまだ片付けるべきところは残っているが、この分でいけば大晦日の掃除は必要ないかもしれないぞ。


ほかには年内に送らないと行けない請求書を2通用意しメールで送信、あとはパソコンの中の整理を残すだけ・・・と画像の整理を始めた。これまたかなり量があってなかなか進まない。使わないショットなどを捨てようとしても、つい撮影したときのことを思い出してしまいつい「キープ」にしてしまうのだった。
雑誌を処分しようとして雑誌を読み始めてしまうのと同じだ。

ずっと写真の整理ばかりしていても飽きてしまうので、気分転換にとインターネットブラウズを始めてしまう。そうするとつい面白くなってPC内のHDD整理もどこへやら、である。昔から飽きっぽいのは全く変わらないので、今更矯正しても仕方あるまい。
そうやって彷徨っているうちに、音信が無くなった友人のウェブサイトを見つけた。何年も前に会ったきり、その後ウェブサイトを閉じてしまい、連絡先もわからなくなった友人の一人だった。新しくウェブサイトを始めたことを伝えてこなかったということはあまりかつての関係者に見られたくないのだろうと、挨拶のメールを送るのもはばかられてしまうが、なによりも元気そうなので安心した。
インターネットのおかげで仕事はやりやすくなった部分もあるが、そのせいで人間関係というのも従来とは異なって希薄に感じられるのは僕だけだろうか。まるで年末の大掃除であるかのように、それまでの人間関係をまとめてぽいっと簡単に捨てることできるのが、ネットでの人間づきあいである。
ネットを活用することでできた時間は、もっと人間と直接ふれ合う時間に費やすべきなのかもしれない、とふと思った。

後片付けも一段落ついたところだが、週末はうちで鍋でもやろうということになっているので、もう少し気合いを入れてきれいにしなくてはいけないな。

今夜は普段より早く寝て、明日の朝いつもよりちょっと早く起きてみよう。休みの日だからとゆっくり寝てなんかいられない。久しぶりにカメラを持って年末の雑踏に紛れてみるのも悪くない。

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2007年10月11日

日本感懐

一年ぶりの日本は、あまり変わっていないようにも見えたし、知らない街のようにも映った。
NY を離れる前は東京のあの人混みのことを思いだして、少しばかり憂鬱になった。ところが今回は短期間の滞在ということもあって、いつもせわしくなくしていたおかげで、気がつけば自分が早足で周りの人を追い抜いているのだった。なんだか自分が変わっていないようで、ちょっと安心した。

一方、こんなこともあった。
今回の滞在の主目的である日本建築家協会に顔を出すと、「あ、今日はここではなくて、会場は別のところなんです。タクシーでこちらへ 」 と住所と地図が書かれた一片の紙切れをもらった。
急いでいたこともあって慌てて満足に地図や詳しい住所まで確認せず、準備を済ませると表ですぐにタクシーを拾った。
(ドアは自分で閉めたらいけないんだよな)
乗り込むや 「 どちらへ? 」
赤坂までお願いします。と言って詳しい住所を読み上げるが、タクシーの運転手も住所からだとわかりにくいようだ。そういえば行き先を伝えるときは目印になるところとか、何丁目の交差点、などとわかりやすい目的地を基準にしていたなぁと思い出し、地図を見るが何通りなのかよくわからない。運転手がそれを見て、お客さんその地図を見せてください、と言う。そうして地図を手渡すと、最初は運転手もなかなか地図の読み方がわからなかったようだが、「 ○○の路地のところですよね? 」 と確認するように尋ねてきた。
けれども僕にはその○○がなんだかよくわからない上、いったい赤坂のどの辺に当たるのかわからず、「 正直あまりよく知らないんです 」 と伝えた。
( 地方から来た人と思ったかな? )

そうして確かにくねくねと細い路地を入って、ここですね、と降ろされたその場所は日本を代表する大手建設会社の本社ビルだった。
最初は自分のいる位置がわからなかったものの、その風景になんとなく見覚えがあった。少しばかり周りを見渡してみると、あたりの店は変わっていたが、そこは紛れもなく昔東京で働いていた会社の近所で、毎日昼飯時に同僚と徘徊していた場所だった。
見知らぬ場所に行くものだと思っていたのに過去の記憶とすうっとつながったことが可笑しく、会議室に案内してくれる受付嬢の後ろで一人ほくそ笑むのだった。さて怪しい人間だと気付かれはしなかったか(笑)。


今回の日本滞在は短期間ながら凝縮された一週間だった。New York で普段から怠けているからそう感じるのかもしれない。がメールをこまめにチェックする僕が一日、二日忘れてしまうぐらいなのだからまんざら大げさじゃあないのだ。
そんな中、わざわざ時間を作って会いに来てくれた友人・知人には言葉が足りないくらい感謝している。ゆっくり離す時間は無かったけど、短い言葉でも閉じこめられていた過去の記憶の糸がほどけていくようで、懐かしくてうれしかった。
スライドショウの方も成功したし、そんなにクオリティが高くない写真集を買ってくれた方も一杯いた。

今回の滞在ではたくさんの方々とも出会った。
僕には縁がないと思っていた有名な建設会社の重役の方々とも話ができたし、突然の打ち合わせといえばあのゴーゴーカレーの社長と新宿でお話させてもらった。
数人の建築写真家を始め、一線で活躍中のフォトグラファーの方にも紹介された ( 緊張 )。出版社の方ともお会いしたし、何社かはこちらから頭も出させてもらった。( ちなみに店頭に並んでいるいくつかの雑誌にも僕の写真が掲載されています。それほど大きな写真ではないので、ここではあえて紹介しませんが (笑) )

今回のことで何か具体的なプロジェクトが決まったわけではないけれど、これまで自分がやってきたことを素直に良かったと思えた。




だから今回の滞在で最大の収穫といえば、それは間違いなく いろいろな人と会えたこと、といえる。写真を見に来てくれた人たちから返ってくる様々なリアクションに励まされ続けた、今回の一時帰国だった。

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2007年09月11日

晴れのち雨、そして晴れ

6年前のこの日、青い空が晴れわたっていた。
いつもと変わらぬ一日が始まるはずだった。





6年前のあの日に起きた悲劇の同時刻。僕も黙祷を捧げました。



あれから6年。今日は朝から雨が降っている。

New Yorker の心の傷はいつまでも癒えることはないかもしれない。
けれども、雨はいつかきっとあがってあのときと同じ青い空が広がるように。

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2007年08月07日

店主敬白

海外旅行に行くと小銭がよく貯まる、と耳にするが僕の場合は New York 長く住んでいても小銭がよく貯まる (笑)。多くの場合、それはたいてい慣れない外国で、細かい端数をコインで支払うのが難しいことから来ている。
コインに刻印されている数字を確認するまでは、それが1なのか5なのか10の単位のものなのかわからず、どのコインを使えばいいのか選ぶのに躊躇するからだろう。アメリカのコインだって5セントと10セントと25セントは銀色であるが、この中では10セントが一番小さい。僕も、一番最初にアメリカに来た頃、5セントのコインを見て10セントより価値があるコインだと勘違いしたことがある。


それからしばらく経ちだいぶコインに見慣れたあともデリやスーパーなどでなるべく小銭を使おうと努力していたが、いくら使っても財布の中から小銭が減らないのですっかりあきらめてしまった。
たいてい出かける前に財布が重いと小銭だけを取り出して、家に置いていく。そうこうしているうちに家の中には小銭の山が出来てしまった。

こうして、貯まると迷惑な小銭だが、その中でよく使うものがある。それが25セントコイン、クォーターである。
パーキングメーターやコインランドリーの中には今でもクォーターしか受け付けないものが多く、僕もこれだけは他の小銭と分けてキープしている。
なので釣りをもらうときはなるべくクォーターが含まれるように、こちらも暗算して小銭を渡すのだが、キャッシャーで怪訝な顔をされることが多い。
たとえば$4.77の買い物をしたときに、$5紙幣を渡せば23セントの釣りだが$5と2セントを渡して25セントコインをもらおうとすると、「5ドルで十分よ」と言われて2セントを受け取ってもらえないのだ。そしてまたしても23セントもの小銭をじゃらじゃらと渡されるのだが、こういうときに無理して「いいから、レジに打ち込んでよ」とこちらから頼むと25セントの釣り金額が表示され、「なるほど」という顔をされることもある。
ところがレジにきちんと打ち込む店ばかりではなく ( きっと税金対策なのだろう )、そうすると暗算のできないアメリカ人は、混乱してしまいには面倒なことをしてくれた、と怒り出したりするから始末が悪い (笑)。

そうこうしているうちに堆くたまっていく一方の小銭だが、日々わずかながら抵抗を試みている。

たとえば通勤や通学の途中でよく立ち寄るコンビニやコーヒースタンドで、買っていく物がパターン化しているという人は意外と多いと思う。缶コーヒーとパンとか、お茶とおにぎりと言った自分なりの定番メニューが知らず知らずにできあがっているものである。
同じところでいつも同じものを買っていると、それがたとえ合計金額にセールスタックスの値段が加わってぴったりした、覚えやすい数字ではないにしても、それを繰り返しているうちに覚えてしまう。
そこで僕も 「 今朝はあそこのデリでソーセージマフィンを食べよう 」 などと釣りの出ないようにぴったりの金額を用意するのである。

ところがいつものように釣りのでないように紙幣と小銭でぴったりのお金を渡すと、足りないと言われることがある。
おかしいな、昨日まではこの値段だったのに・・と思って聞くと今日から値上げだという・・・

店内の値札を見ると確かに値段が変わっている、が 「 値上げしました 」 という案内はまず見かけない。
こういうことは New York では割と当たり前のように起きていて、毎日行く店で無い限り値上げしたことに気がつかないだろう。多くの場合 「 あれ? 値段が変わったような。前はいくらだったっけ 」 ぐらいにしか感じず、あれほど習慣的に払っていたのについ頭の中からその記憶がすっぽりと抜け落ちてしまうのだ。


僕が育った東京の下町で値上げと言えば、店側にとってすれば一大事だったのではないだろうか。
街を歩いているとこんな張り紙に遭遇したことも珍しくない。

「同じ値段で○○年やってきましたが、昨今の物価の上昇に伴いやむを得ず価格を改定させていただくことになりました。店主敬白 」


こんな風に、長くその土地で商売をやってきた個人店主ほど値上げに対する抵抗はあるようで、こういった告知を目にすることが多い。
翻って僕が住んでいる New York だが、今まで 「 値上げしました 」 の案内を店先で見たことなぞ一度もない。
上述の通り、店はある日突然価格を改定していることが多いのだ。
アメリカに旅行で来た人がよく 「 アメリカってサービスがいいですね 」 と口にするが、果たして消費者にとって真のサービスと言えるのはどちらだといえるだろうか。


今月より Starbucks コーヒーの商品が値上げになるとニュースが伝えていた。
値上げはどこでもやっているけれど、Starbucks の値上げがメディアで取り上げられているのには訳がある。なんでも今回の値上げは、今年二度目のことらしい。
しかも1997年 ( 1995年だったかもしれない。会社帰りのジムで、トレッドミルで走っていたときに備え付きのモニターでニュースを見ていたので細かいところまで覚えていない ) より数えて今回の値上げはなんと7回目だとか。
その際メディアは興味深い統計データを示していた。2001年に初めて Starbucks を利用した人の平均年収は$92,000だったものが、昨年のデータでは$80,000まで下がっているとのこと。
つまりより Starbucks がなじみ深いものになり庶民の飲み物になりつつある、ということで今後は値上げに関しても注意を払わないと行けないということらしい。
でも本当に僕が驚いたのは、高所得な人ばかりが Starbucks を利用しているという事実である。



値上げ直後 Starbucks に行く機会があったが、やはりどこにも値上げの案内は無かった。

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2007年06月26日

嫌みなアメリカ帰り(特にNew York)


長いこと会っていない友人が久々に日本から New York にやってきて開口一番、こういわれることがある。
「おまえ、すっかりアメリカ人になったなぁ」

もしかすると体型がアメリカ人波に大きくなったか、とも思ったが、どうやら見かけではないようだ(ラテン系と間違われることはあるのだが)。
では何を持ってアメリカ人なのかというと、仕草や言動からそう見えるらしいのだが、自分では意識して振る舞ったわけではないから、いったい何が?と内心焦ってしまう。
アメリカ人特有の大がかりなジェスチャーがでたか、それともぞんざいな話し方か・・・。
それでも普段の生活で支障はない ( そりゃあそうだ、ここはアメリカだから )。が日本に帰るときは細心の注意が必要である。
ちょっとした癖や体になじんだ仕草など、ふとしたことで出てくることがある。これがまたアメリカ帰りだといわんばかりの態度で、不思議と嫌みっぽい。僕がそう思うんだから、日本にいる人はもっと敏感だろう。海外旅行など決して珍しく無い昨今、アメリカ人と日本人の振るまいの違いなど、皆良く知っているのである。
僕が日本にいた時分は僕もそうだった。アメリカに長いこと住んでいる日本人が一時帰国したときに接する機会があったのだが、話をしてみて「なんか嫌みっぽいなぁ」と感じたものだったが、時は移り今度は自分がそう思われる立場にいる。
果たしてそれは海外で暮らしている人へのやっかみだったのだろうか。

ちょっと前に友達に借りたビデオだったかで、「欧米か!」のつっこみをする漫才を見た。お笑いなので実際よりは誇張されたものだったけれど、欧米風の態度が笑いの対象になるのは事実である。

ということで思い当たるフシをいくつか上げてみた。これを一時帰国中の日本でやったらイタイ、という結構シリアスな「欧米か!」である。
中には、特に New York ならでは、というものも。


赤信号でも交差点を渡る。時には道の真ん中に立って車が通りすぎるのを待つ。
エスカレーターでは左側を駆け上る。
後ろを振り返って後ろの人のために扉を押さえようとする。( いやいいことなんだが・・・)
タクシーのドアを手動で開け閉めしようとする。
電車を降りるとき、切符や乗車カードを用意せず、改札で慌てる。
Bluetoothマイク付きイヤホンを耳につけ、歩きながら独り言の様に携帯通話。
電車の中でも携帯。
(満足に英語も話せないのに)なぜか感情的になったときだけ英単語。「Sh*t!」「Ouch」「What the fu*k」 しかもその後は日本語。
何かにつけ「New Yorkではね・・」と比べたがる。
・・・

挙げるとキリがない。自分が粗暴になった気分だ。しかもこれ以外にも沢山出てきそうだし。


独立記念日のイベントに合わせて、また日本から友人がやってくる。
あまり彼らをびっくりさせないよう、みんなの態度を見て自分のフリを直そうかな。
いやそれとも自意識過剰だろうか。意識して出ないようにするとぎくしゃくするのもので、これまた少々恥ずかしい。

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2007年06月22日

国が違えば


10年一昔というが、一昔経ってもいまだに日常の些細な事柄に文化の違いというものを感じるのである。

思うに外国暮らしをする以上、常にこのことを感じ続けるんではなかろうか。
情報が簡単に手にはいるようになった今、でも。


毎日何気なく着けているテレビ。商業大国アメリカはコマーシャルが次から次へと流れる。「 ながら族 」 の特性として気にしないでいようと思えば、頭の中から音が閉め出せるのだが、ちょっとまじまじと見る機会があると 「 あれ? 」 と思うことに出くわす。
今回はそのことについてちょっと触れて見る。


ケース1 ~ 「 Volvo編 」

早くから安全性に注力してきたスウェーデンの自動車メーカー、Volvo。
同社が最近テレビで放映しているセーフティに関するコマーシャルはなかなか面白い。

残業で遅くなったのか、深夜とおぼしき時間帯に女性がオフィスを出てくる。
オフィスビルは広い駐車場に囲まれており、その建物からだいぶ離れたところに彼女の Volvo がぽつんと停まっている。
こちらの車のリモコンキーはかなり遠いところからでも作動するのだが、この女性もたぶんに漏れず、まだかなり離れているところからキー取り出してドアロックを解除しようとする。
ところがリモコンキー上の LED ライトが点滅をしている。彼女は顔色を変え、きびすを返してオフィスに戻る。おそらくセキュリティの人に助けを求めに行ったのだろう。

これは車内に備えられた生体検知器が反応し、車の中に誰かがいるときに所有者のリモコンにそのシグナルが送信されてくるという機能のコマーシャルだったわけだ。

確かにハリウッド映画やドラマの中で、人気のない駐車場に止めてある車に乗り込むと後部座席に隠れていた悪漢が銃を突きつける、というシーンがあるが、日常的に発生する事件ではないもののその可能性はなきにしもあらず、といったところなのだろう。
「 安全 」 と言うときのコンセプトが日本とアメリカとで異なる象徴的な例かもしれない。
ところでこの仕様、Volvo の本場スウェーデンでも着いているものなのだろうかと、ちょっと気になった。似たようなオプションが僕の BMW にもついていて、車内にモーションセンサーが組み込まれている。さすがにリモコンにそれを伝えてくれる機能はないが、アラームが鳴る仕掛けだ。


ケース2 ~ 「 GLAD ゴミ袋編 」

GLAD は家庭用品を扱うメーカーとして、ラップやアルミホイルを売っている。
同社が去年ぐらいから展開しているゴミ袋があるのだが、かなり力を入れて宣伝しているのは、このゴミ袋の生地が穴のあいていないメッシュのような材質で出来ており、とんがったものや重いものを入れても破れにくいという特徴を売り込みたいからのようだ。
その長所を訴求しようとしてか、銀行強盗が GLAD 社のゴミ袋を持って犯罪に臨むというコマーシャルが流れている。
犯人が窓口にいる女性行員に、「 それも入れろ、あれも入れろ 」 とオフィスの什器も含めて到底入らないだろうという量のものを要求する。
そしてぎっしり詰まった袋を持って銀行を出るときには表を警察に包囲されている、と言う設定である。
もちろん伝えたいことは頑丈なゴミ袋という印であるが、だからといって銀行強盗にも使えるようなイメージのコマーシャルを作ろうという発想がいかにもアメリカらしい。


ケース3 ~ 「 Time Warner Cable 編 」

Time Warner は言わずとしれた Time Warner Bros ( 映画配給 ) を始め、CNN や AOL を傘下に持つ巨大なメディア企業ある。その Time Warner 系列のケーブルテレビ会社が Time Warner Cable と言い、全米では Comcast と並び一、二を争うほどの規模を持つ。
もちろんケーブルテレビといえばいまやテレビ放送だけでなく、同じケーブルを使ってインターネットプロバイダサービスやインターネット電話のサービスも提供しているのだが、同社が流している IP 電話のテレビコマーシャルは、ローカル電話会社 Verizon との比較広告の形を取っている。特に Verizon は Surcharge と言う名の下で高い金額を徴収していると言うイメージで、Verizon の人間が顧客から支払われたお金を使って無駄遣いをしているシーンが流れる。そのなかで葉巻だったかパイプに火をつけようとしているのだが、マッチの代わりに火の点いたアメリカ紙幣を使っているのである。
テレビのコマーシャルでその国の紙幣を燃やすシーンなど、日本だったら真っ先に処罰の対象になりそうなものだが、アメリカではコインを含めてお金の扱いがかなり自由である。
観光地に行くとかならずあるのが、貨幣を入れてハンドルを回すとそのお金をつぶして観光地のシンボルなどが emboss される機械。まあコインならかわいいものだが、皆平気で紙幣にマジックで印をつけたり、中にははさみでカットが入っているものも。
お金が尊いものと教わった日本人にはなんとも抵抗があるコマーシャルではないだろうか。

こうやってみるとコマーシャル・広告は世相を反映したものだ、と言うことがよくわかる。
文化の違いに気がついたとき、それは自分の中で常識だと思っていたものがそうではない、とわかったときでそのショックが毎日あるからこそ外国での暮らしの楽しいのだろう。

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