地下鉄はコンサートホール

僕が大学生だったころ、CD と言う代物が一気に広まったのを覚えている。
出たてのころは 「 アナログレコード派 」 か 「 CD 派 」 で議論を二分したものだった。
コストもさることながら、利便性もあって、議論も吹き飛ぶ早さで CD は普及した。アナログレコードに比べて傷がつきにくいということもあるし、アナログレコードは針を落とすときのあの緊張がイヤだった、と言う人もいてそういう人たちには CD は容易に受け入れられた ( もちろんアナログは針を落とすときのあの感覚がいいのだろうけれど )。
その CD の売り上げがここ何年も下がっているという。次世代の音楽メディアと呼ばれた CD がもう衰退を始めているのである。
その原因はもちろん携帯音楽プレーヤーであり、インターネットであるがすでにメディアという形を持たないことが当たり前になってしまった。
話は書きたい本題から外れてしまうが、ついでだからもうちょっと書いておこう。
音楽に比べて容量の問題があるから技術の進化やコストが下がるまで時間はかかるが動画も一緒である。
かつてビデオテープのあとにいったんレーザーディスクなるものがあった。昨今は Blu-ray か HD-DVD でどちらが次世代メディアの雄となるかで熾烈な争いが行われており、メディアはそれを見て VHS と β のときになぞらえているが、本当ならばレーザーディスクかビデオディスク、というように比較するのが正しいのではないだろうか。どちらもビデオテープの後に出てきた次世代メディアのはずだったが、DVD が普及したあとではあっというまに市場から姿を消してしまった。
それくらいフォーマットの争いは無意味だし、フォーマットどころかメディアそのものに対する固執も意味がないのでなかろうか。
そして音楽が形を持たないメデイアに保存され、複写され、そしてインターネットを超えて飛んでいくように、動画もゲームも同じ道を歩んでいくのではないだろうか。
( 実際、PS3 でゲームや映画のトレーラーをダウンロードしてみたが、この機能があれば Blu-ray でゲームや映画を手元に保存しておく意味はあまりないと思う )
先日もテレビで gadget 関連の debate をやっているのを見ていて、「 Blu-ray と HD-DVD のどちらが普及するかという議論は短期的にはあっても、近い将来どちらも使われなくなるだろう 」 という発言をしている人がいたが、僕もそう思う。
話を音楽に戻すと、なるほど New York でも皆音楽を聴きながら何かしているように思える。さすがに対人サービスを提供する人たちは iPod のイヤホンをつけながら仕事をする・・ということはないが、それでも携帯電話の Bluetooth ヘッドセットをつけている人は多い。
近く Apple が iPhone を販売開始するので、そうなると iPhone が持つ iPod の機能を使って音楽を聴きながら仕事をしていたとしても、「 あ、電話を受けるためにつけているだけです 」 みたいな顔をしてヘッドセットを装着する輩が出てくることだろう (笑)。
カセットテープ時代のウォークマンに比べ格段に音が良くなった携帯音楽プレーヤーのおかげでどこでも本格的な音楽を聴くことはできるようになったが、それでも生の人間がのどを鳴らす歌や、楽器のつややかなリアルさにはかなわない。
たとえ地下鉄の轟音にかき消されるような劣悪なリスニング環境でも、地下鉄での演奏は未だに健在なのだ。
中には受け取る人にとってただの騒音ということもある。けれども次の電車が来る間までの、または次の駅に着くまでの一駅区間であっても、生の演奏はほっと心が和む。
技術の進化とライフスタイルの変化に伴ってこれからも音楽の聴き方はどんどん変わっていくだろう。今は携帯音楽プレーヤーとインターネットダウンロードだが、こちらはとことん技術が追求され続けることだろう。
その一方できっとこんな風に生の音楽というのは常に基本であり続けるだろう。
さて現代の忙しい社会の潤滑油、一服の清涼剤とも言える音楽だが、余裕がない都会だからこそこれだけ携帯音楽プレーヤーが復活してしまったとはいえまいか。
音楽を聴いていると自然と口ずさんだり、体を揺らしたり、しまいには踊り出したり・・・。さすがに混雑した電車の中ではそれは不可能である。それができない現代は音楽を昔ほど楽しめなくなってきているのではないだろうか。

















