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2005年05月08日

Encounter

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今思い出しても印象的なヒト、印象的な時間だった。

夕方オープンエアのカフェでコーヒーを飲んでいたときのこと。
もう5月とはいえ例年より涼しい毎日が続き、この日もそんな一日でカフェにいる他の客は屋内のテーブルに席を取っていた。なので屋外に7~8台あるテーブルのうち座っているのは僕1人だけで、1人でこの場所を占有しているような気分になりちょっとばかり優越感に浸っていた。
・・・はずなのだが程なく店内から若い女性が出てきた。

彼女は空いてるテーブルのどれを選ぶか迷うこともなく、僕の隣のテーブル、いや正確に言うと僕の目の前のテーブルにやってきて、コーヒーを置くと僕に背中を見せるようにして椅子に腰掛けた。
他にもテーブルは空いているのに何も目の前に座って僕の視界を遮らなくてもいいのになぁと思いつつ、すぐに別の思考に没頭した。数分ぎこちない沈黙が続いただろうか、目の前のそのヒトが唐突に話しかけてきた。いや、そもそも最初は僕に話しかけているのかどうかも分からず、僕はきょとんとしていた。というのも周りには誰もいないので僕に話しかけているようなのだが、僕に顔を向けるでもなく、ほとんど真っ正面を向きながら声を掛けてきたからだった。
すると彼女はさすがに横目で僕が見える程度に顔を傾けてちらっと僕を見やり、僕が耳をそばだてているのを確認して話を進めていった。

そのときになって初めてまじまじと目の前のその女性を見たのだが、頭にはサングラスをちょこんと乗せ、耳には大きなリング型のピアスを身につけており、そういった小物が彼女の雰囲気によく似合っていた。昨年カリブ海に行ったときの日焼けがすっかり取れた僕より浅黒い肌色をした彼女は、Puerto Rican か Dominican のようにも見える。

「こんな町はずれのカフェで何しているの?」

そんな他愛の無いことを尋ねられてはじまった会話だったが、そのうち彼女も Photography のクラスを取っていたことが分かると話は途端に写真の事ばかりになった。
この会話の間も彼女の顔はほとんど真っ正面を見据え、ときおり顔を傾けてこちらを見るくらいだ。そのため2人の間は小さな丸テーブルがあるだけの距離なのだが、うち解けた親近感とそれに反するような緊張感の両方が存在していた。
話しかけるときにこちらをちょっとだけ向く、その彼女の横顔が印象的だったので、会話中の写真を撮ってもいいかと尋ねると、

「撮る方は慣れているけど、撮られる方は慣れてないの。フォトジェニックじゃないし。でもどんな風に撮られるかちょっと関心もあるわ」
といってまた横顔をこちらに向けてくれた。
その場で撮った写真の何枚かを見せると、

「横から見ると私には大きなえくぼがあるのね。でもこの写真好きだわ」

彼女が満足そうに微笑むのを見て僕もカメラを置き、また「今日何をしてきた」とか「この後の予定はどうする」といった他愛の無い話題に会話が戻っていく。

「ところであなたはどこから来たの?」

- トーキョーで生まれて、今はここに住んでいる。

「私はマサチューセッツから引っ越ししてきたの。でも両親はポルトガル出身。」

- 僕は最初 Latina かと思ったよ。

「そう、New Yorkではよく Puerto Rican と間違われるわ」
そしてこの印象的なヒトは「私の名前はジェシカというのよ」と教えてくれた。

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カテゴリー [ Photo , People ]

2005年04月23日

300mmの眼シリーズ~柔

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※ Canon EOS 20D + EF 300mm F2.8 L IS USM

花のマクロ写真を撮るのは難しい、と書いたばかりで舌の根もかわかないうちにこういうのも何だが、僕にとっては「人を撮るのも難しい」。
それじゃあ何も撮れないんじゃないか、と言われても仕方ない。

何が難しいかということについて詳しく言及するのは避けるが、風景にとけ込む人として撮るのではなく、被写体として人を選んだときに主題とするものをどう引き出すかはそれこそ人の生い立ちや人生の数ほどあって ( そりゃあそうだその人を個性は、人生そのものだから ) それを短時間で引き出すなんてことがどうして出来よう。

アマチュアでポートレート写真を趣味としている人も多いので、そういう人を insult するつもりはまったくないが、僕が考えるポートレートの写真はちょっと異なっているのかも知れない。
「美しい人は美しく、そうでない人はそれなりに」というコマーシャルがあったが、それをカメラやフィルムを販売する会社が使用したことが、僕にとっては大きな違和感があった。
外見だけの美しさを美しさと捉え、他にもある魅力を美しさとしない ( 撮らない ) ことをメーカー自身が冗談にしても謳っているのがなんともしっくりこなかった。

その違和感は今の僕はまだ人を撮ることに対しての恐れから来ているのだと思うが、レンズを通して人間の魅力が ( それは時には怒りだったり悲しみだったりもするけれど ) 捉えられるようになれば、その楽しさがいつかは分かるかも知れない。

今回の写真は「300mmの眼シリーズ」として初めてサンニッパレンズを人に向けて撮ったものだ。
このレンズは「ヌケがよく、発色にすぐれ、解像感が高い」と表されるが、それだけにこんな風に柔らかい描写も出来るレンズである。
彼女の柔らかな笑みを見たときに、少しだけポートレート撮影の楽しさが分かったような気がした。

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2005年03月13日

ドクターの目

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CANON EOS 20D + Tamron 90mm Macro。ExpoDisc Digital Warm Balance FIlterでマニュアルホワイトバランス

先日「友達ンとこの猫」と題して紹介を始めた、New York の生活を伝えるシリーズ ( ここでのカテゴリは LIFE としました ) で今回はその中の People 編である。
もともとは ExpoDisc Digital Warm Balance Filter のエントリー に関して他の掲示板で反響があったので人物撮影の場合の効果を紹介するために友人にモデルになってもらったのだがちょうど良いので People 第一回として登場してもらうこととした ( 副カテゴリとして Photo にも追加 )。




彼の名前を仮に E 君としよう。
現在22歳の一見どこにでもいるような学生だ。人種の多様さを反映するような New York ならではの「どこから来たの?」という質問は、生まれた場所を尋ねているのではなく、どちらかというと人種などのバックグラウンドを尋ねている意味合いが強いのだが、この質問を彼にぶつけたとすると、彼は「 Puerto Rican 」と答えるだろう。生まれはアメリカ国内だが、両親は Puerto Rico 出身なのだ。

僕はひょんなことから E 君のことを知ったのだが、最近まで突っ込んだ話をしたことがなかった。たまたまあるとき、まだ見たこともない日本という国への憧れを口にしたのがきっかけで、長時間話をする機会があった。日本への憧れというのはもちろん日本のマンガ、アニメ、そして Playstation などのゲームが動機となっているのだが、考えてみれば僕らがアメリカという国に憧れを持つようになったのはハリウッドからやってきたアクションムービーだったり、Bilboard ヒットチャートを流す FM ラジオだったので、時代が変わってメディアが変わっただけの話かもしれない。

そんな E 君が専攻しているのは医学だ。「人を外見から判断してはいけない」とは言うが、正直に言えば僕だって第一印象で人のことを判断してしまうことが多く、今回も E 君を初めて見たときは若い世代、特に黒人や Latino が好むヒップホップ系かなと思っていたのだ。
が本人はいたってのんきで「医学を勉強しているからってドレッシーなわけじゃないよ。それに学費が高いから服に余計な金は使えないし、僕らの世代はこんな服装さ」と飄々と答える。

ところでアメリカで医師になるためのシステムはかなり大変らしい。なんといってもドクターになるための年数は、大学時代の4年間だけを経て就職した僕からすれば限りなく長い。
始めに断っておくが、これは僕が研修医をしている別の友人から聞いたもので、必ずしも正しいとは限らないのと、州によってももこのあたりの事情が異なるかも知れないので、あくまで1つのサンプルとして紹介したい。また E 君のように飛び級により若くして進級していく人もいるので年齢や年数は一致しない場合もあるようだ。

医師になるには、まず大学で4年、続いて Medical School で4年、そしてResident ( 研修医 ) として3年の経験ののち、いくつかのテストをパスする必要がある。当然テストは Medical School に入る前にもあるし、在学中もしょっちゅうあるのでそれらをパスしないと上に書いた11年どころでは済まないようだ。
特に研修医の経験を過ごすのがとても大変で、受け入れてくれる病院を探すのが至難の技だとか。もちろんテストの成績が良い人は研修医として受け入れてくれる病院もあるようだが、僕の友人も LA 出身ながら New York の病院で一年、他州の病院で半年・・・などと受け入れてくれる病院をまわっている状態だ。
加えて医師になるまでの費用が信じられないほどかかると聞いた。日本円にして1千万近くかかるとかで、最初聞いたときは耳をうたがった。研修医をしている友人も銀行から学生ローンを借りていて、これらのお金は出世払いとなるそうだ。

そんな長く続くであろう学生生活の中、E 君は四年制の大学を終え、医学大学院に入る準備をしている。普通の人より早く卒業しているのは、E 君は学校での理解度が普通の人より早かったため、幾度もの飛び級により、皆が高校に入学する16歳のときにはすでに高校を卒業し、続けて大学へと入学したからなのだった。

あまり私生活のことを根ほり葉ほり聞くつもりはなかったが、僕がふんふんと聞き続けるので饒舌になったのか E 君の話は続く。

こう聞くと学業優秀で恵まれた家庭に育って・・・と思いがちだが、実際のところは正反対だったようだ。
よくありがちな両親の離婚を経験し、しばらく母親のもとで暮らしていたが、その後祖父母に引き取られた。その都度 New Jersey、Tennessee、Oklahoma などの州に引っ越し、そして大学入学のため New York に引っ越ししてきたのだった。
正直、こんな複雑な家庭環境にあるとなかなか勉学の道を貫くのは難しいと思う。だけどそんなことは彼にとっては障害でないらしく、転校を繰り返しながらも各学校での理解度の速さにより、上にも書いたように幾度も飛び級したのだった。

そんな E 君が医師を目指しているのには訳があった。
E 君は現在かつての学校時代の友達の一家に寄宿しているのだが、この友達が数年前から MMN という神経性の病気にかかり、手足、ひいては体全体の神経が少しずつ麻痺し始めている。また最近も姉が癌であることことがわかり、医師という仕事がとても身近になったのだという。
整形外科医になりたいという希望は、友達の奇病が現代の医学では治すことができないことを医学を勉強している身から痛いほど分かっている上で、何か恩を返せないかと考えているからなのだ。
姉の癌にしても E 君が正式な医師になるためにはまだまだ時間がかかり、自分の手で治す機会はないだろう。けれども貧困や家庭の事情を他人のせいにせず、学費を自分で稼ぎながら切り開いてきた彼の人生を見ると、きっと何かが起きるだろうという希望がそこにはある。それは何よりも人一倍努力して頑張っている E 君が一番分かっているに違いない。

僕が E 君のことを応援したくなるのは、彼が複雑な環境で育ちながら苦学生をしているというセンチメンタルな理由なんかじゃない ( ところで僕はセンチメンタルなストーリーは嫌いではなく、どちらかといえば好きな方だ )。
それは、まるで逆境をチャンスのように気持ちを切り替えて一生懸命取り組んでいる姿を見ると、見ている僕らまでがそのエネルギーを貰っている気がするからだ。プラスのエネルギーを与えてくれる E 君にもっとプラスを注ぎたい、そんな気持ちにさせられるのだ。
医学の話をするときの輝いた表情を写真に撮らせて貰ったのだが、この目の輝きは彼が医者になったときの姿を想像させてくれる。
きっと人の痛みがよくわかる良い医者になってくれるだろう。

そういえば、この写真のようなキラキラした目の輝きをついぞ見たことがなかった。