
CANON EOS 20D + Tamron 90mm Macro。ExpoDisc Digital Warm Balance FIlterでマニュアルホワイトバランス
先日「友達ンとこの猫」と題して紹介を始めた、New York の生活を伝えるシリーズ ( ここでのカテゴリは LIFE としました ) で今回はその中の People 編である。
もともとは ExpoDisc Digital Warm Balance Filter のエントリー に関して他の掲示板で反響があったので人物撮影の場合の効果を紹介するために友人にモデルになってもらったのだがちょうど良いので People 第一回として登場してもらうこととした ( 副カテゴリとして Photo にも追加 )。
彼の名前を仮に E 君としよう。
現在22歳の一見どこにでもいるような学生だ。人種の多様さを反映するような New York ならではの「どこから来たの?」という質問は、生まれた場所を尋ねているのではなく、どちらかというと人種などのバックグラウンドを尋ねている意味合いが強いのだが、この質問を彼にぶつけたとすると、彼は「 Puerto Rican 」と答えるだろう。生まれはアメリカ国内だが、両親は Puerto Rico 出身なのだ。
僕はひょんなことから E 君のことを知ったのだが、最近まで突っ込んだ話をしたことがなかった。たまたまあるとき、まだ見たこともない日本という国への憧れを口にしたのがきっかけで、長時間話をする機会があった。日本への憧れというのはもちろん日本のマンガ、アニメ、そして Playstation などのゲームが動機となっているのだが、考えてみれば僕らがアメリカという国に憧れを持つようになったのはハリウッドからやってきたアクションムービーだったり、Bilboard ヒットチャートを流す FM ラジオだったので、時代が変わってメディアが変わっただけの話かもしれない。
そんな E 君が専攻しているのは医学だ。「人を外見から判断してはいけない」とは言うが、正直に言えば僕だって第一印象で人のことを判断してしまうことが多く、今回も E 君を初めて見たときは若い世代、特に黒人や Latino が好むヒップホップ系かなと思っていたのだ。
が本人はいたってのんきで「医学を勉強しているからってドレッシーなわけじゃないよ。それに学費が高いから服に余計な金は使えないし、僕らの世代はこんな服装さ」と飄々と答える。
ところでアメリカで医師になるためのシステムはかなり大変らしい。なんといってもドクターになるための年数は、大学時代の4年間だけを経て就職した僕からすれば限りなく長い。
始めに断っておくが、これは僕が研修医をしている別の友人から聞いたもので、必ずしも正しいとは限らないのと、州によってももこのあたりの事情が異なるかも知れないので、あくまで1つのサンプルとして紹介したい。また E 君のように飛び級により若くして進級していく人もいるので年齢や年数は一致しない場合もあるようだ。
医師になるには、まず大学で4年、続いて Medical School で4年、そしてResident ( 研修医 ) として3年の経験ののち、いくつかのテストをパスする必要がある。当然テストは Medical School に入る前にもあるし、在学中もしょっちゅうあるのでそれらをパスしないと上に書いた11年どころでは済まないようだ。
特に研修医の経験を過ごすのがとても大変で、受け入れてくれる病院を探すのが至難の技だとか。もちろんテストの成績が良い人は研修医として受け入れてくれる病院もあるようだが、僕の友人も LA 出身ながら New York の病院で一年、他州の病院で半年・・・などと受け入れてくれる病院をまわっている状態だ。
加えて医師になるまでの費用が信じられないほどかかると聞いた。日本円にして1千万近くかかるとかで、最初聞いたときは耳をうたがった。研修医をしている友人も銀行から学生ローンを借りていて、これらのお金は出世払いとなるそうだ。
そんな長く続くであろう学生生活の中、E 君は四年制の大学を終え、医学大学院に入る準備をしている。普通の人より早く卒業しているのは、E 君は学校での理解度が普通の人より早かったため、幾度もの飛び級により、皆が高校に入学する16歳のときにはすでに高校を卒業し、続けて大学へと入学したからなのだった。
あまり私生活のことを根ほり葉ほり聞くつもりはなかったが、僕がふんふんと聞き続けるので饒舌になったのか E 君の話は続く。
こう聞くと学業優秀で恵まれた家庭に育って・・・と思いがちだが、実際のところは正反対だったようだ。
よくありがちな両親の離婚を経験し、しばらく母親のもとで暮らしていたが、その後祖父母に引き取られた。その都度 New Jersey、Tennessee、Oklahoma などの州に引っ越し、そして大学入学のため New York に引っ越ししてきたのだった。
正直、こんな複雑な家庭環境にあるとなかなか勉学の道を貫くのは難しいと思う。だけどそんなことは彼にとっては障害でないらしく、転校を繰り返しながらも各学校での理解度の速さにより、上にも書いたように幾度も飛び級したのだった。
そんな E 君が医師を目指しているのには訳があった。
E 君は現在かつての学校時代の友達の一家に寄宿しているのだが、この友達が数年前から MMN という神経性の病気にかかり、手足、ひいては体全体の神経が少しずつ麻痺し始めている。また最近も姉が癌であることことがわかり、医師という仕事がとても身近になったのだという。
整形外科医になりたいという希望は、友達の奇病が現代の医学では治すことができないことを医学を勉強している身から痛いほど分かっている上で、何か恩を返せないかと考えているからなのだ。
姉の癌にしても E 君が正式な医師になるためにはまだまだ時間がかかり、自分の手で治す機会はないだろう。けれども貧困や家庭の事情を他人のせいにせず、学費を自分で稼ぎながら切り開いてきた彼の人生を見ると、きっと何かが起きるだろうという希望がそこにはある。それは何よりも人一倍努力して頑張っている E 君が一番分かっているに違いない。
僕が E 君のことを応援したくなるのは、彼が複雑な環境で育ちながら苦学生をしているというセンチメンタルな理由なんかじゃない ( ところで僕はセンチメンタルなストーリーは嫌いではなく、どちらかといえば好きな方だ )。
それは、まるで逆境をチャンスのように気持ちを切り替えて一生懸命取り組んでいる姿を見ると、見ている僕らまでがそのエネルギーを貰っている気がするからだ。プラスのエネルギーを与えてくれる E 君にもっとプラスを注ぎたい、そんな気持ちにさせられるのだ。
医学の話をするときの輝いた表情を写真に撮らせて貰ったのだが、この目の輝きは彼が医者になったときの姿を想像させてくれる。
きっと人の痛みがよくわかる良い医者になってくれるだろう。
そういえば、この写真のようなキラキラした目の輝きをついぞ見たことがなかった。