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9/11 の意味

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無宗教の僕が言うのもなんだが、ふと疑問に思うことがある。宗教というのは人を平和に暮らす世の中へと導いてくれるのか、それとも人々を常に争わせるものだろうかと。


9/11 のあの日の体験を思い出しながら。

diver"c"ity

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今年日本に、というか東京に、戻ったときに感じたのが、外国人の割合がだいぶ増えたなということである。

肌の色の違いや、顔つきの違いからわかる外国人の数はともかく、特に見た目は日本人でも話している言葉が英語だったり、中国語だったり韓国語だったりするのだから、目視で感じる以上に増えているのに違いない。

ただそれでも成田から JFK 空港に着くと、アメリカに帰ってきたなと感ずることの一つがそこで見かける面々である。
そこまで耳に慣れた日本語はすっと消え、移民なまりの強い英語があちこちから聞こえてくる。
自分と似たような顔つきや肌の色の人も周りには少なくなり、とたんに自分の肌の色の違いを実感するのだ。面々から感じるというのはつまり色の違いというとになる。これが東京との感じ方の大きな違いである。


このように New York はまさに多様な ( diversity ) 街であるが、見た目の違いより、どちらかというと大きなギャップを感じるのが文化的な差異を体感したときである。


肌の色の違いから受ける印象を殺すため、写真をあえてモノクロにして違いを浮かび上がせてみる。

人物観察

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いつものように地下鉄に乗り、いつもの駅でどっと人が降り、そして僕はいつものように空いている椅子に腰掛ける。
せっかくのスペアタイム、本でも読んで有効に使おうと思いつつも、最近はもっぱら iPhone でビデオポッドキャストを視聴するのが習慣になっている。それではいかんなぁと思うのは、どうもインターネットやテレビだと、自分が受け身に徹してしまいすっかり考えることを忘れているのではないかと感ずるからである。

とはいえ、この日もいそいそとポケットからこの小生意気な携帯電話を取り出して、ニュースなんぞを見ていた。
番組 ( コンテンツ )と番組 ( コンテンツ ) の間でふと顔をあげると、すでに TImes Square を過ぎ、車内の座席はあちこち歯が抜けたかのように空席ができていた。
こんなとき、僕はよく人物観察を始めてしまう。ちょっとした暇をもてあましたときの遊びみたいなもので、もう癖になっているのかもしれない。特に電車の中やレストランなど、不特定多数の人がたまたま居合わせたようなところでの人物観察が多い。混雑した電車では立っている人に遮られて人の顔が見えないのと、立っている人はそもそも手足の動きが固定されていて癖などが出にくく、人物観察がしにくいというのもあるかもしれない(笑)。

僕はそのとき二人がけの座席の通路側に座っており、壁に接した隣は空席だった。僕の前もちょうど同じ二人がけの座席があり、僕と向かう会うようにして目の前には一人の白人女性が座っていた。
そしてその女性の隣に座っていたのは中肉中背の Latino で、身なりも特にこれといって特徴が無く、カジュアルなといった出で立ちであった。つまり僕のそのときの服と大して変わらない。ただ明らかに女性は隣の Latino より体の線が太く、それでもやせ形の Latino のおかげでゆったりと座っていられたように見えた。ところが突然その女性が立ち上がってこちらにやってきて僕の隣にどっかりと座り込んだのだ。僕はアメリカ人の平均よりは体が小さいほうだが、それでも前に座っている Latino より体格が大きい。自然と二人は少々窮屈な思いをしながら座ることになる。僕はそれまで空席だったのだからもちろんのことである。

余談だが、なんであんなに地下鉄の座席の幅は実態に基づいていないんだろうとよく悩んでしまう。New York の地下鉄はアメリカの地下鉄にありがちなプラスチックの座席なのだが、一人あたりの座る面積にくぼみが作られている。最近導入が進んでいる最新車両は日本の様にベンチシートとなっていて ( ただしこれもプラスチック ) 区切りのないフラットな作りになっているが、それでも旧型 ( でかつ現役 ) の車両は写真のように作られている。いったいアメリカ人の平均体型を計ってこの横幅で作られたのかはなはだ疑問である。


この女性はゆったり座っていたその席から窮屈になることがわかっていながら、席を移った。しかもたいていの人は端を好むのに、この人は反対の行動を取っている。
つまりあえて席を替わった理由が見つからないのだ。そこでつい何の理由なのか推理を始めてしまう。
考えられるのは、


・僕を風よけにしたかった
・(似たような理由で)隙間があると寒いので多少窮屈なぐらいの方がちょうど良い
・僕を正面から見たくなかった(笑)
・(似たような理由で) Latino の顔を正面から見たかった(笑)


答えはありきたりなところで落ち着いて、最後の二つかもしれない。
いずれにせよ他人にとってはどうでも良いことなのに、僕は朝からこんなことを考えたりして、頭の中を「???」でいっぱいにしているのだった。


そんな僕は端からどんな風に見えたことだろう。

ダイニング

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アメリカ全体だったか、NY市内が調査の対象だったか失念したが、成人一人あたりの年間外食回数が減ってきている、というニュースを目にした。
前回の調査では220回を超えていたのが、210台に落ち込んだというものだった( 調査対象を忘れた上、数字も不正確とあって申し訳ない ) 。

ニュース自体は現在の経済状況の悪化をテーマにしたもので、それだけ外食に頼らず節約を始めた人がいる、ということを伝えたかったようだが、僕が注目したのはその回数だった。

一見すると「220回」という数はとても多いように思える。がよく考えると一年52週として毎日ランチを購入したり、レストランで食べると軽く220回という数を超えることになる。がそれは週5日オフィスで勤める人の話であって、こちらでは在宅勤務している人もかなりの割合に上る。そういう人たちを加えても220回という結果が出たということは、専業主婦(夫)の人が少なく、女性もかなりの人がオフィス勤務をしている、ということになる

また外食の数といったときに、これが純粋にレストランなど着席して食事をすることだけを指し、デリなどでサンドイッチを買ってオフィスや公園で食べるケース ( NYCではこの形態のランチが圧倒的に多い ) を含まないとなると、ことさら外食率が高い、ということになる。

ここでの生活というと、オンとオフの切り替えがしっかりしていて、プライベートの時間をしっかり持つことができる、と言うイメージを持つ人が多いが、それならばなぜゆっくりと家で料理を作ってダイニングを楽しむ人が少ないのはどうしてだろう。

さてそんなご託を並べる僕はいったいどのくらい外食に頼っているか、単純に計算してみた。
平日のランチはまず外食(少なくとも手作りの弁当は持って行かない)でかつ週に何度かは夜レストランに行く。祝日や休暇をのぞくと軽く300回を超えてしまう。
そっか僕みたいな人間がいるから平均値があがってしまうわけだ。


ちなみに本題の景況だが、物価の高騰が激しく生活が急に苦しくなっているのは肌で実感する。いままで値段を気にせずに買っていたものが、キャッシャーで支払う金額が意外と大きくなり、慌てて値札を見ると思っていた値段の2倍ぐらいになっていることも珍しくない。これを機会に僕も家で食事を取るよう心がけようか。

カロリー表示

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多くの人にとって、アメリカに移り住んで最初の恐怖体験というのが、おそらく著しい体重の増加だと思う。
なんかベルトがきついなぁとか、体が重いなぁと思って体重計に載ってみてわかる驚愕の一瞬である。

日本で標準的な体型の人も、一年後にはたいてい横方向に成長している。特に外食が多い人はなおさらである。
僕の場合も同じで、アメリカに来てしばらくすると日本から持ってきたジーンズが皆きつくなった。あわてて体重計で調べてみると10Kg弱増加していたことがわかった。

なぜ短期間でそんなに体重が増加したのか、生活習慣を改めて見直すと答えは、運動不足はもちろんのこと、なんと言っても食べ物である。
一般的にいってアメリカで食されるフードメニューには肉食のものが多く並び、かつレストランでの食事となるとこれにバターを多用したものが多い。

それに加えて食べ方にも問題がある。
そもそも日本人は食べ物を粗末にしてはいけないと、小さいときから教わり、出された食事は残さず食べることが美徳とされている。
端的な例は学校給食で、好き嫌いが激しい生徒に対して担任教師が「全部食べ終わるまで、昼休みを取ってはいけない」などとよく言っていた。幸い僕は好き嫌いが少ない方だったので、給食をぺろりと平らげるとすぐに教室を出てグラウンドに遊びに行ったものだが、そこには時間をかけてもなかなか食の進まない生徒も何人かいた。
食べ物を残すことを良いとは言わないが、当時は食べ物アレルギーについて教師も認識が無く、中には本当につらい思いをして食べていた生徒もいたことだろう。
そもそも小学校の給食で食べ終わるまで席を立ってはいけない、などと言われてその食物を食べられるようになったという話をほとんど耳にしない。たいていさらにトラウマになった、という意見ばかりである。
味覚というものは成長の段階や、生活習慣などで変わっていくものなのだから、無理矢理「矯正」するものではないと思うがいかがなものか。

話が飛んでしまったが、こうして日本で体にすり込まれた「出された食べ物を残してはいけない」という習慣をそのまま実践してしまうと、アメリカでは命取りになってしまう。
フライドポテト山盛りのハンバーガーに、ピザ、チーズケーキに、ドーナツ・・・アメリカを代表する食べ物はたくさんあれど、どれもそもそもが揚げ物だったり、チーズを大量に使うなどカロリーの高い食品が多い。またサーブされる量も日本で出される食事と比べて優に1.5倍から2倍はあるじゃなかろうか。
これを食べ残すまいと最後まで食べようものなら、確実に体重は増えていく一方である。

Good news としては、かつてアメリカに住みこちらの生活にすっかり慣れ、体型が肥えてしまった人(笑)でも、日本に帰国してしばらくするとまた元の体型に戻る人が多いということ。僕が日本に一時帰国して New York で知り合った昔の仲間に会うと、顔立ちまで変わっていたりして、びっくりすることがある。もちろんストレスによる体重減などもあるのだろうが、一番大きな理由は食がより健康指向であることではないだろうか。






今年、New York 市は全米でもっとも早く、飲食店のメニューのカロリー表示を義務づけた。
対象となるのは10以上だったか15以上だったかの支店を持つ飲食店としていたため、ファーストフードレストランをねらい打ちしたものだと McDonald's などが市を相手取って訴訟をおこしたが、連邦高裁が違法性を認めない判断を示ししたため、施行されることとなった。違反すると罰金が課されることになっており、正式なスタートは今年の夏以降ということになっているが、Starbucks などは早くも店内の売り場にカロリーの表示がなされている。
その Starbucks を例に取ると、何か小腹が空いたときなどにスナック程度に購入していたブラウニーやクッキーなど、自分で勝手に「こっちのほうがカロリーが低いだろう」などと判断して選んでいたものが、意外と過ちであることがよくわかり、僕のように高カロリーの食物を避けている人間にとってはかなり効果がある。これまで気軽に食べていたものが500KCal近くあると知って、一気に食べたいという欲求が萎えてしまった。そういう意味では効果があるのだが、おそらくカロリー数値を見て買いとどまる人も増えるだろうから、店にとっては痛し痒しであろう。

さて今後注目されるのは、McDonald's などのハンバーガーチェーンである。特に同社はウェブサイトでのみ、それもかなり小さく表示していたカロリー表を、今後は店内のメニューに表示させなくてはならない。それだけ公開することを恐れ、裁判まで起こした同社の姿勢から鑑みれば、そもそも間違っている。消費者の健康など同社の売り上げから見ればたいしたことない、という姿勢がそのまま伝わってくる。

ちなみにアメリカは貧しい人ほど太っているというデータが出ている。その理由が全てファーストフードのせいだとは言わないが、所得の低い人ほどファーストフード店の利用が多く、多い人ほど肥満気味であるというデータがでているので、関連性は誰の目から見ても明らかだろう。
喫煙によってガンなどの成人病を引き起こす可能性がたばこのパッケージに書かれているように、いずれ高カロリーの食事にも「食べ過ぎは心臓病、糖尿病など成人病を起こす可能性があります」という表示も義務づけられるかもしれない。今、アメリカはそれだけ肥満による糖尿病や心臓病にかかる人が多く、これがまた国の医療費負担に大きくのしかかっている。


そういえば気になることが一点。表示されているカロリーの数値が本当に正しいものなのかどうかの判断が消費者にはつかないこと。いままで「○○社は不当に低くカロリーの表示をしていた」というニュースを見たことがないが、おそらくこういうケースがこれから発生するのではないかと思う。すくなくともカロリーに関しては第三者機関による公式なチェックが必要だと思うのだが。

上からの眺め

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※ Broadway をひっきりなしに走る2階建てバス

普段見慣れているものでも見方を変えるとそれまで気がつかなかった一面が見えてくるように、単純に見る位置を変えただけでも新発見があるものだ。

高層ビルに囲まれた New York の街はいつも多くの人で溢れかえっているせいで、なかなか New York という街を客観的に見るのが難しい様に思える。

初めて New York に来た人でも、ホテルにチェックインしたあとすぐに街に飛び出すと、その瞬間から New Yorker になった気分になるのは、通行人の誰もが僕らを外国人という好奇な目で見たりすることもないせいで、自然と自分がその通行人の一人になっていることに気がつくだろう。
つまり旅行者でもすぐに街にとけ込んで、主観的に見ることができるのだが、行き交う人々の様子を適度な距離感を持って眺めるのは New York という街ではこれがなかなか難しい。


だからというわけでもないのだろうが、この2階建てバスによる市内観光というのは観光客に人気で、いつも2階席を満席にしている。

赤い2階建てバスといえば、もちろん London だが、この2階建てバスは New York でもすっかり観光の顔になった。最近では赤だけでなく青色のものも現れ、アメリカナイズされてきたといえるかもしれない。

さすがに冬の間はとても寒く、吹きさらしでは誰も外に座れれない。そこで2階席にも透明なキャノピーが被せられるが、春となっていよいよ取り外されたようだ。

これに乗って2階席から眺めると、ストリートを行き交う人たちの流れを上からの視点で『観察』することができ、適度な距離感を持って人の流れを見ることができる。
僕は SOHO で一日何回もこのバスの往来を目にするのだが、なんだかバスに乗っている人たちが New York という動物園で僕らを動物に見立てて楽しんでいる様な気もして、少々複雑な気分である(笑)。
そのくせたぶんほとんどの New Yorker はこのバスに乗ったことが無いのでは、と思う。東京で生まれ育った人がはとバス都心巡りに参加したことがないように、New Yorker も最初から敬遠しているのではないだろうか。正直に言えば僕ははとバスもこの2階建てバスにも参加したことがない。


だからというわけでもないが、僕も上から2階建てバスをのぞいてみることにした。
下界をのぞくことで忙しい乗客は誰も僕が頭上から写真撮っているとは気が着いていないようだ。

いや、そんな僕だってきっと Google マップや、まして偵察衛星から僕の行動を頭上から撮られているに違いない。


※普段は下にいて、頭上から見られる側だが、今日は僕が上から眺めている

Development

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久しぶりにカメラを持ってぶらぶらと街歩きをしてみた。行ったのは市内でももっとも古いアパートメントビルが建ち並ぶ一角でお世辞にもこぎれいとはいえない地区である。
建ち並ぶアパートはどこかすすけて見えるが、New York でもっとも古いということは言い換えるとアメリカの歴史のなかでもかなり早い時期に建てられたアパートということになろう。

ずっとロングランを続けていたブロードウェイミュージカル、『 RENT 』 も今年の6/1をもっていよいよその長い幕を下ろすことが決まったが、このミュージカルが生まれたように New York では賃貸アパートというライフスタイル が様々な形で発展し、それはもはや New York という場所ならではの独特な文化といってもいいかもしれない。

短いサイクルで住民が移り変わるアパートメントは、やはり持ち家に比べると衰えも早い。
それは非所有不動産だという意識からか住人もあまり丁寧に扱わないというのもあるだろうし、同じ集合住宅でもコーポやコンドミニアムのように資金を募って定期的に外壁や内装をアップデートするのに対し、、アパートメントは建てられた当時からアップグレードされることなく、ときおり補修程度のメンテナンスしか受けないからというのもあるだろう。

そのため老朽化した建物は住むには危険で、また現代のライフスタイルに見合わないレイアウトだったりするので、ここしばらくはあちこちで建て替え工事をしているシーンが見受けられた。

壁一面にファイアーエスケープが設置されているこれらの古くさい建物が並ぶその姿は、New York の移民の歴史そのままで、歴史の浅いアメリカにあってノスタルジーすら感じられるものだが、突如として現れるスリムでガラス張りがまばゆい真新しいコンドミニアムによってすっかり街の表情が変わってしまった。それまで古さが調和の鍵となっていたところに、真新しい建物ができたことでとたんに残された古びた建物がよりみすぼらしく見えてしまうのだ。

もちろん住む側としてみれば新しい建物の方が住みやすいだろうし、僕だって暖かいお湯の出ないシャワーなんか遠慮したい。
けれども住民が立ち退きつつあるアパートメントを見るたびに、惜しいという気持ちをいだきながらシャッターを押さずにはいられない。


いつの日か新旧のビルが建ち並ぶ姿に見慣れて、これもまた New York の顔になるかもしれない。
取り壊した跡地に新しいビルが建つのはあっという間だが、人々の意識が変わるまで果たして一体どのくらいの時間を必要とするのだろうか。


※ 秋の思い出から


この年末年始にまとまった休みが取れたと言う話を前回書いたが、せっかくこれだけの時間があるのだから何かしないともったいない。最近は時々在宅で仕事もしているので、休みは割とフレキシブルながら、まとめてとなるとそうも行かない。

そこでまずは旅行会社に電話してみた。
どこに行こうか、なんて考えてなかったのでひとまず日本に帰れるかどうか尋ねてみた。アメリカに来てから10年以上経って何度か日本に行ったことがあるものの、その間一度も正月を挟んで帰国したことがなかったので、久々に日本の正月気分を味わうのも悪くないと思った。

がしかし、というかやはり、一時帰国のラッシュが始まるとあって空席がほとんどないとのこと。あってもかなり高価なので、電話の向こうの担当嬢が申し訳なさそうに「年末近くになれば空席がでるかもしれません」と言ってくれるものの、あきらめることにした。
その直後、旅行代理店で勤めていた友人と電話で話した際に、日本行きの旅行のことを話すと、その友人が耳寄りな情報をくれた。なんでも米系航空会社が半額キャンペーンをやっているのだとか。
こういったピークシーズンでも半額なら手が出る、と思って話を聞いてみるとやはりキャッチがあった。なんでも年内に米国に戻ってこないといけないのだとか。
年末の、それも押し迫った大晦日に成田空港を出て New York に戻ってくるんじゃせっかくの日本の正月気分も味わえやしない、とその話は丁重に断って、さあ正月プランを立て直すことにしよう(笑)

考えてみれば年末年始にやってくる日本からの友人に買い物まで頼んでいたり、それに加えて米Canonカスタマーセンタからカメラが送られてくるはずで、連休とはいいながらスポット的に重要な用事が入っている。あらかじめこの休みのことがわかっていたらなぁ、と改めて恨めしく思うが、こればかりは仕方があるまい。


することが無くなったおかげで、すっかり手狭だった我が家が片づいた。
クリスマスプレゼントのギフトラッピングで包み紙や箱が散らかっていた上に、Aamazon Kindleについてのレビュー(ケータイウォッチ)を書いていたため、ただでさえ狭い部屋がなんちゃってスタジオに様変わりしていたのだ。(次はもっと広い部屋に引っ越さないといけないな)
ついでにいらない洋服だの書物だの、パソコンパーツ、電気製品を処分しはじめたら、出るわ出るわ。 使えるけどあっても使わないやと今回は FAX も処分することに。


まだまだ片付けるべきところは残っているが、この分でいけば大晦日の掃除は必要ないかもしれないぞ。


ほかには年内に送らないと行けない請求書を2通用意しメールで送信、あとはパソコンの中の整理を残すだけ・・・と画像の整理を始めた。これまたかなり量があってなかなか進まない。使わないショットなどを捨てようとしても、つい撮影したときのことを思い出してしまいつい「キープ」にしてしまうのだった。
雑誌を処分しようとして雑誌を読み始めてしまうのと同じだ。

ずっと写真の整理ばかりしていても飽きてしまうので、気分転換にとインターネットブラウズを始めてしまう。そうするとつい面白くなってPC内のHDD整理もどこへやら、である。昔から飽きっぽいのは全く変わらないので、今更矯正しても仕方あるまい。
そうやって彷徨っているうちに、音信が無くなった友人のウェブサイトを見つけた。何年も前に会ったきり、その後ウェブサイトを閉じてしまい、連絡先もわからなくなった友人の一人だった。新しくウェブサイトを始めたことを伝えてこなかったということはあまりかつての関係者に見られたくないのだろうと、挨拶のメールを送るのもはばかられてしまうが、なによりも元気そうなので安心した。
インターネットのおかげで仕事はやりやすくなった部分もあるが、そのせいで人間関係というのも従来とは異なって希薄に感じられるのは僕だけだろうか。まるで年末の大掃除であるかのように、それまでの人間関係をまとめてぽいっと簡単に捨てることできるのが、ネットでの人間づきあいである。
ネットを活用することでできた時間は、もっと人間と直接ふれ合う時間に費やすべきなのかもしれない、とふと思った。

後片付けも一段落ついたところだが、週末はうちで鍋でもやろうということになっているので、もう少し気合いを入れてきれいにしなくてはいけないな。

今夜は普段より早く寝て、明日の朝いつもよりちょっと早く起きてみよう。休みの日だからとゆっくり寝てなんかいられない。久しぶりにカメラを持って年末の雑踏に紛れてみるのも悪くない。

日本感懐

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一年ぶりの日本は、あまり変わっていないようにも見えたし、知らない街のようにも映った。
NY を離れる前は東京のあの人混みのことを思いだして、少しばかり憂鬱になった。ところが今回は短期間の滞在ということもあって、いつもせわしくなくしていたおかげで、気がつけば自分が早足で周りの人を追い抜いているのだった。なんだか自分が変わっていないようで、ちょっと安心した。

一方、こんなこともあった。
今回の滞在の主目的である日本建築家協会に顔を出すと、「あ、今日はここではなくて、会場は別のところなんです。タクシーでこちらへ 」 と住所と地図が書かれた一片の紙切れをもらった。
急いでいたこともあって慌てて満足に地図や詳しい住所まで確認せず、準備を済ませると表ですぐにタクシーを拾った。
(ドアは自分で閉めたらいけないんだよな)
乗り込むや 「 どちらへ? 」
赤坂までお願いします。と言って詳しい住所を読み上げるが、タクシーの運転手も住所からだとわかりにくいようだ。そういえば行き先を伝えるときは目印になるところとか、何丁目の交差点、などとわかりやすい目的地を基準にしていたなぁと思い出し、地図を見るが何通りなのかよくわからない。運転手がそれを見て、お客さんその地図を見せてください、と言う。そうして地図を手渡すと、最初は運転手もなかなか地図の読み方がわからなかったようだが、「 ○○の路地のところですよね? 」 と確認するように尋ねてきた。
けれども僕にはその○○がなんだかよくわからない上、いったい赤坂のどの辺に当たるのかわからず、「 正直あまりよく知らないんです 」 と伝えた。
( 地方から来た人と思ったかな? )

そうして確かにくねくねと細い路地を入って、ここですね、と降ろされたその場所は日本を代表する大手建設会社の本社ビルだった。
最初は自分のいる位置がわからなかったものの、その風景になんとなく見覚えがあった。少しばかり周りを見渡してみると、あたりの店は変わっていたが、そこは紛れもなく昔東京で働いていた会社の近所で、毎日昼飯時に同僚と徘徊していた場所だった。
見知らぬ場所に行くものだと思っていたのに過去の記憶とすうっとつながったことが可笑しく、会議室に案内してくれる受付嬢の後ろで一人ほくそ笑むのだった。さて怪しい人間だと気付かれはしなかったか(笑)。


今回の日本滞在は短期間ながら凝縮された一週間だった。New York で普段から怠けているからそう感じるのかもしれない。がメールをこまめにチェックする僕が一日、二日忘れてしまうぐらいなのだからまんざら大げさじゃあないのだ。
そんな中、わざわざ時間を作って会いに来てくれた友人・知人には言葉が足りないくらい感謝している。ゆっくり離す時間は無かったけど、短い言葉でも閉じこめられていた過去の記憶の糸がほどけていくようで、懐かしくてうれしかった。
スライドショウの方も成功したし、そんなにクオリティが高くない写真集を買ってくれた方も一杯いた。

今回の滞在ではたくさんの方々とも出会った。
僕には縁がないと思っていた有名な建設会社の重役の方々とも話ができたし、突然の打ち合わせといえばあのゴーゴーカレーの社長と新宿でお話させてもらった。
数人の建築写真家を始め、一線で活躍中のフォトグラファーの方にも紹介された ( 緊張 )。出版社の方ともお会いしたし、何社かはこちらから頭も出させてもらった。( ちなみに店頭に並んでいるいくつかの雑誌にも僕の写真が掲載されています。それほど大きな写真ではないので、ここではあえて紹介しませんが (笑) )

今回のことで何か具体的なプロジェクトが決まったわけではないけれど、これまで自分がやってきたことを素直に良かったと思えた。




だから今回の滞在で最大の収穫といえば、それは間違いなく いろいろな人と会えたこと、といえる。写真を見に来てくれた人たちから返ってくる様々なリアクションに励まされ続けた、今回の一時帰国だった。

6年前のこの日、青い空が晴れわたっていた。
いつもと変わらぬ一日が始まるはずだった。





6年前のあの日に起きた悲劇の同時刻。僕も黙祷を捧げました。



あれから6年。今日は朝から雨が降っている。

New Yorker の心の傷はいつまでも癒えることはないかもしれない。
けれども、雨はいつかきっとあがってあのときと同じ青い空が広がるように。

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