Seasonalの最近のブログ記事

超高層ビルで埋め尽くされている Manhattan はそれだけで空が小さくなってしまい、その向こう側にまた違った風景が広がっていることをつい忘れがちになる。
けれども少しばかり郊外に出るとすぐに建造物がまばらになり、その背後には豊かな山々が横たわっているのだと言われてもにわかに信じがたい。

New York の北西部に広がる広大なエリアを一般に Upstate と呼ぶが、ここは一年を通して美しい風景が広がっている。 一年・・・とはいうもののアメリカに来てスノースポーツをすることが無くなった僕はもっぱら春から秋にかけて行くことがほとんどだが、中でも10月中旬の紅葉は見事である。

毎年秋になると友人を誘っていくハイキングの行き先の一つが、ここ Upstate にあり、Mt. Mohonk という。このブログで過去に何度か紹介したので覚えている人もいるだろう。
( 日本から New York に来られた写真家の岡嶋さんと行ったこともありました )
一番最初に行った頃はそれほどあまり知っている人もおらず、地図を探してもなかなか詳細なものが無かったのを覚えている。そのころ乗っていたクルマにもカーナビなんて無かったから、現地に着いてから迷ったものだが、ほぼ毎年行っていることもあって昨今は地図を見なくても行けるようになった。アメリはでは普及の遅れたカーナビだが、やっと取り付けたころには不要というのが少し悔しいが。

Interstate 87を北上し - 途中全長およそ5Kmにも渡る Tappan Zee 橋の景色に目を奪われながら - New Paltz という学生街で高速を降りれば、あとは一般道を走るだけだ。
この New Paltz という町も10年以上前と比べてだいぶ垢抜けたようだ。近くに NY 州立大学があるので昔から学生は多いのだが、ローカルな雰囲気を残す小さくまとまったイメージの町だった。それが何年か前に Starbucks コーヒーが店を構え、名前ばかりの Main Street には日本食レストランが数軒も顔を出すようになった。
それだけ住民や学生の中に日本食愛好者が増えたという証なのだろう。

ワンブロックほどの Main Street の目抜き通りを過ぎるとほどなく両脇にはリンゴやとうもろこしといった畑が見えてくる。運が良ければハロウィン用のパンプキンがごろごろと生っているのが見えるだろう。

New Paltz から登山口へと向かう途中、地元の農園が朝早くから開いているマーケットがあり、ここに立ち寄るのが毎年恒例となっている。

母屋ではバスケットに入ったもぎたてのリンゴや野菜が
Whole Foods の食料品売り場に美しく陳列されているようなピカピカに磨かれた果物ではないのだが、あるとき試しにとFFuji リンゴ ( そう日本の富士である ) を買って食べてみたところ、その辺のスーパーで見かけるリンゴとは全く異なって果物の甘みがしっかり味わうことのできるもので、しかも日本でしか見たことの無い、芯の部分の蜜まできちんとあった。それ以来ここに行くと一山分買っていくのが常となった。
もう一つの楽しみは暖かい Apple Cider が用意されており、客は自由に飲めるようになっている。
こんな風景はもう毎年何も変わらないのだが、きっとこういうところに寄りたくなるのは、変わっていないことを見て安心したいからなのだと思う。


クルマのトランクを開け、この後続くワインディングロードで転がらないようにと買ったばかりのリンゴを丁寧にしまうと、いよいよ登山口はすぐそこである。

紅葉が織りなすトンネルの中、枯れ葉を巻き上げながらワインディングロードを走り抜けるさまは ( 陳腐な表現だが ) まるで映画かテレビコマーシャルの一こまのようである。





081026-104635(1).jpg

ハロウィン

| コメント(6) | トラックバック(0)

僕にとって秋と言えばやはり食欲の秋だが、こちら、アメリカではこれといって季節モノを食すという習慣が無いので ( いや、それなりにお金のかかるレストランに行けばあるのだが、僕の身近に無いというだけのことである )、もっぱら行楽となるわけだが昨今のガソリン価格の高騰でなかなかそれもままならない。例年ハイキングをかねて郊外に紅葉を見に行くのだがさて今年はそのチャンスがあるかどうか。

とはいえ秋らしいものを探して街を歩けばそこここに見つけることができる。
蒸し暑い夏には見向きもされない、Hot Apple Cider や Pumpkin Latte などがカフェのメニューに並び、ショウウィンドウには来る厳しい冬に備えよといわんばかりに暖かそうなコートが飾られている。

でもよく考えてみれば秋の風物詩はどれも商業的なものばかりで、それもどこかアメリカらしい。

風物詩といえば、やはりハロウィンだろうか。
正確なデータは知らないが、おそらくアメリカでは Valentine Day よりこのハロウィンのほうがスィーツがよく売れるのではないかと思う。スーパーマーケットの製菓売り場に行くと、ハロウィン専用のキャンディーやチョコレート、それにクッキーなどの詰め合わせパッケージがところ狭しと並べられる。いわゆる trick or treat と口にしながら各戸を訪れる子供たちに配るためのお菓子だが、単にお徳用セットというわけではない。ハロウィン用にオレンジ色のチョコレートコーティングされたものやハロウィンらしくお化けを表面にプリントしたものなどそれなりに趣向が凝らされたものが製造・販売される。
Valentine Day の翌日にチョコレートが安売りされるように、ハロウィン用のお菓子パックも値下げして販売されるのだが、意外と長い間店頭に残るので人気は無いと見える。

もう一つ、ハロウィンといえば仮装だが、そのコスチュームもこれまた大きなマーケットになっている。この季節になるとあちこちにパーティグッズストアが増え、様々なコスチュームやメイク用品が店頭に並ぶ。もちろん大人用もあるのだが、大半は子供用のもので定番のものから今年流行のキャラクターまでありとあらゆる衣装が売られている。日本では世相の判断に流行語などが一種の目安になるが、アメリカではハロウィンコスチュームといったところか。
おそらく今年は大統領選挙を意識して大人の仮装には民主党・共和党それぞれの大統領候補と Sarah Palin 副大統領候補が登場し、茶化されることになるだろう。ホリデーシーズンに向けて暗い話題ばかり聞こえてくるので、これくらいの社会風刺でもやらないと市民だってやってられないのだ。





エンパイアステートビルのライトアップがハロウィンに合わせた色になった。はて過去にこんな色のライトアップはあったっけかな?

夕方ともなると陽が斜めにかかり、一日の中でもっともドラマチックな時を迎えるのだが、それが夕立の後ともなると普段では見られないほど街が黄金色に輝き、一層映えて見える。
普段は鈍い色をしていて気にもかけないアスファルトが雨に濡れて黒光りし、街を下から照らし出す。
ついさっきまで不穏なほど厚く、黒い雨雲が空を覆っていたのがまるで嘘であるかのように、いやそれがあるからこそドラマチックだと錯覚するのだろうか。


New York を舞台にした映画の中の印象的なシーンでも、アスファルトが濡れていることが多い。
そんな映画の一シーンを思い浮かべながら雨上がりの街を歩いてみるのもいいものだ。

五番街にて。


何かに追われて命からがらに逃げ込んだ、Central Park 内のトンネル。
さながら映画「 Cloverfield 」に出てくる一場面の様だが、同じなのはここが Central Park 内のトンネルということだけで、それ以外は全く別である。

予想のつかない通り雨に、公園の中でくつろいでいた人たちが、慌ててトンネルに飛び込んだ、というわけだ。
最初は木の下で雨宿りをしていた人たちも、前も見えないほどの土砂降りにこれではらちがあかない、と続々と逃げ込んできた。
あっという間にたくさんの人で一杯になったが、朝のラッシュアワーの地下鉄で New Yorker が見せる 「 もうここはこれ以上乗れません 」 というような attitude でなく、少しずつ皆が体を動かしてはずぶ濡れの人たちにスペースを与えている。

公園の中ではそれこそ、他人と適度な距離を置きながら自分たちだけのグルーブのテリトリーを守ろうとしているかのように行動していても、こんなときは妙な連帯感で有機的に横とつながろうとする。

トンネルの中で突然足止めを食らった人の中には、次第にたばこが吸いたくなった人もいるようで、なるべく子供やたばこ嫌いの人たちに迷惑をかけまいと雨がかかりそうな端までせりだして、肩をまるめてそれこそ愛煙家同士で盛り上がって雑談が始まっている。

子供たちは持ってきたおもちゃを取り出す。器用に時間のつぶし方を知っているようだ。

通り雨は降り始めた時と同じく止むのも突然で、このときを待っていたとばかり人々は三々五々、それぞれの出口からトンネルを後にしていく。
お互い、It was nice meeting you、といいながら、別れる時もあっさりとしている。
それでも雨に降られて入ってきたときに見せた、おそるおそる周囲の人たちの顔を確認しながらどこなく曇りがちだった顔はもうそこにはなく、むしろ何かいいことがあったかのように、爽やかな表情で公園のなかに消えていくのが印象的だった。


雨の降った後の Central Park の空気はいつにもまして気持ちよかった。通り雨は、汚れた大気を流したように僕らの気持ちの中の積み重なった汚れをも流してくれたのだろうか。


先ほどまで青空が広がっていたかと思うと、にわかに空が暗くなる・・・夏の New York にはよくある風景だ。
水分をたっぷり含んだ黒い雨雲がどこからともなく現れみるみるうちに空を覆い尽くすと、それはまるで昼と夜を入れ替えてしまう、そんな錯覚に陥る。
こうなると大粒の雨が降ってくるのは時間の問題で、時には鋭い閃光が雨雲を照らし、その光を追うようにして雷鳴が轟く。

NY の夏は、一日の間に快晴と雷雨が見られるのは決して珍しくなく、ちょうど毎日決まった時間にシャワーが降るトロピカルな島の天候にも似ている。そんな急激な天気の変化に、New York の人々もすっかり慣れてしまっているように見える。
朝、テレビの天気予報でいくら雷雨の予報を出していても、家を出るときに雨が降っていないと、長い傘を持って出る人はまずいない。
他人の鞄の中身まではわからないが、どうやら折りたたみ傘すら持たずに家を出る人が大半ではないかと見受けられる。

そういえば、New Yorker と傘の関係を考察してみると興味深い発見をする。


定説として欧米人は傘を差さない、というものがあるが確かに New York の人もあまり傘を差さない。

雨が降るとわかっていても傘を持たずに出かける人が多い話は、先に紹介したとおりだが、実は雨が降っても傘を差さない人が多いのだ。
少々の雨ならば襟を立てて、小走りに目的地に向かっていくし、手に持っているものを頭上にかざして歩く人も少なくない。
特に夕立のような激しい雨でもずぶ濡れになりながら歩く人もいるが、それほど衣類が濡れることを不快と思わないのだろうか。

傘を持って歩く人が少ないせいだろうか、レストランの入り口なんかで傘立てを見かけることはあまりない。あってもガーデン用の大きな鉢を傘立てにしているといった感じだ ( いや元々傘立てとして作られているのかもしれないが、僕には庭におく鉢に見えてしまう )。
ましてや銭湯の入り口などで見かける鍵付き傘立て ( あの札を取るやつね ) なぞ、一度も見たことがない。あれはもしかすると日本独特のシステムなのかもしれない、と今気がついた。

傘立てが無いとどういうことになるかというと、皆床におくのだ。地下鉄でも傘は床に置く。もちろん長い傘は無理だが、たいてい折りたたみなのでそれを短くするだけで、たたむこともなく、そのまま無造作に足下に転がしている。


思うにアメリカ、少なくとも New York では傘の社会的地位が日本ほど高く無いのでは無かろうか。傘のおしゃれ特集なんて聞いたこともないし、いわれてみればデパートの傘売り場も品揃えがかなり地味である。


もっとも湿度が低いのと、屋内に入ると強烈なエアコンが効いているので、濡れた衣類もすぐに乾いてしまう。 そんなこともあってか傘の出番は少ないのかもしれない。

夏風景

| コメント(4) | トラックバック(0)

今年の New York の夏は思いのほか過ごしやすく、猛暑になるかと思っていた身としてはなんだか肩すかしをくらってしまった。


8月上旬というのにここ何日かは秋ではないかと思うほど涼しい風が吹いているのだが、これはきっときまぐれでまた寝苦しい残暑がやってくるのだろう。
何も不快な夏が続くことを望んでいるわけではないのだが、季節の移り目を意外に早く感じたりすると、ふとあわててしまうのだろう。


空を見上げるとそこには何もかも押し潰してしまうほど重い入道雲がのしかかろうとしていた。
持ち歩いている重い荷物のせいで額に汗が浮く。その汗をぬぐいうも なぜか気持ちが爽やかなのは夏を再確認したからだろう。


この次も New York 夏歩き風景を紹介していくことにしよう。しばらくおつきあいください。

水たまり

| コメント(0) | トラックバック(0)


僕の iPhone でときどき東京の週間天気予報をチェックしているのだが、まだ雨/雷雨のマークが続いている。とはいえまもなく日本格的な日本の夏がはじまることだろう。
翻って New York はというと、梅雨らしい梅雨が無いので、5月ぐらいから延々と夏が続いている・・・そんな気分である。
そのくせ冬は冬で長く、そのあいだ夏の陽気、緑にあふれる街路樹が恋しいはずなのに、蒸し暑い夏に閉口してしまう。全くわがままなもんだ。

長い夏の間全く雨が降らないのかというとそうではなく、夏は雨が多い時期でもある。ただ日本の梅雨のようにしとしとと降ることはなく、降るときは一気に、それこそバケツをひっくり返したような土砂降りの雨がなる。
こういう雨が降ると、排水溝の許容量を超えるのか、あちこちで洪水を巻き起こす。地下鉄が止まることもあるし、高速道路ですら閉鎖になることも。雷雨によって停電になることもあるのだが、それ以上に大きな被害は、地下室への浸水だろう。地下室をアパートにしているところも少なくなく、「また水が入ってきた」という話をよく耳にする。New York で地下室のアパートを借りるときは浸水しやすいかどうかを見極める必要があるのはそのためだ。


この土砂降りの雨は日中がかんかん照りであればあるほど、夕方によく降る。雨が上がった後、ひときわ湿度があがって不快になることもあるのだが、たいていはアスファルトが冷えるのかクールダウンし、過ごしやすくなる。しかも雨が降ったにもかかわらず湿度が低くなり、あっという間に道路が乾くことも少なくない。


傘を持たずに出かけたとある日、突然の夕立に足止めをくらう。走って地下鉄駅に駆け込もうかとも思ったが、たまには雨がやむのを待つのもいいだろう。
雨宿りに入ったカフェで一涼みし、コーヒーをゆっくり飲み終わる頃、雨がやんだ。

アスファルトをたたきつけるような強い雨があちこちに水たまりを作り、空を移す巨大な鏡となった。
まだまだ暑い日が続く今日この頃だが、水たまりに映った空は夏の終わりを予言しているような、そんな風景を見せていた。

独立記念日

| コメント(4) | トラックバック(0)


7月に入って連日ぐずついた天気の New York。アメリカ独立記念日である7月4日も残念ながら雨となった。
他の日より特に7/4の天候が気になるのは、独立を記念して各地で ( アメリカにしては ) 割と大きな花火が打ちあがるからである。
特に New York の花火は大手デパート、Macy's がスポンサーとなっており、同社がその威信をかけた大がかりなものとして知られている。
会場は三カ所に渡り、それがすべてコンピュータで制御されているため、一挙一動乱れることはない。しかもラジオをある特定の周波数に合わせると、花火が曲に合わせて打ち上げられていることがわかる。


花火はうちからも見ることができるが、毎年日本からやってくる友人大勢と Long Island City で見るのが恒例になっている。さらにそれに先だってパーティが開かれるので、毎年この時期にやってくる面々と一年ぶりの再会を楽しむのである。

いつもと違うのは、この日もう一つの集まりに参加することになっていたので、花火を見る会場までみんなと行き、そこでしばらくおしゃべりを楽しんだ後、一人で次の会場に向かわなくてはならなかったこと。そしてもう一つは雨の予報が早からく出ていたためにカメラは持って行かなかったことである。
次に行った知人の家では花火をガラス越しに見たため、いずれにせよ写真撮らなかっただろうが。


雨交じりの花火のせいか、普段より煙もずっと多く感じたが、それでも花火を見ることはできた。愛国心の表れか、Red, White and Blue の三色花火がよく目にとまる。
不思議なことだが、この花火を見ると僕はいつも 「 アメリカに来てもう○○年か 」 と思いふけってしまうのである。この日が僕の渡米記念日、というわけではないのだが、独立記念日と僕の誕生日が近いせいでそう感じるのだろうか。それとも 「 独立記念日を何回迎えたらこの国を自分の国のことのように感じられるのだろう 」、などと考えてしまうせいか。


独立記念日の翌日、見上げるとエンパイアステートビルディングは、アメリカ合衆国の国旗カラーに染まっていた。
摩天楼はちょうど前夜の打ち上げ花火のように見えた。


気がつけば世の中はすでに6月。2008年も前半が終わろうとしている。
3月以降、今年は親しい友人が何人も New York から去っていき、妙に風通しがよくなってしまい身の回りがだいぶ寂しくなった。
その一方で新しい仲間も増え、ここ数ヶ月はせわしない日々が続いた。
ゴールデンウィークを利用して日本からたくさんの友人が New York を訪れた際、僕も便乗していろいろなところに行ったのだが、つい写真を紹介しそびれてしまった。
せっかくなので2008年前半を振り返る意味で、しばらく写真を紹介していこうと思う。


ということで今回はチューリップの写真。
実は4月の終わりに Brooklyn Botanic Garden で行われた Sakura Matsuri の時に撮ったものである。
去年から Central Park でも 「 Japan Day 」 なるものが開かれるようになったが、日本を紹介するイベントとしてはこの Sakura Matsuri に一日の長がある。「 Japan Day 」も悪くは無いが、こちらには花見というメインのイベントがあるので、催し物に興味が無くても十分楽しめる。

せっかくの桜なのだが、今年の Sakura Matsuri のときには ( というかだいたい毎年だが ) 開花はピークを
迎え、ところどころ葉桜になっている。もともと Brooklyn Botanic Garden の桜は遅咲きなのだが、イベント自体、4月末ということもあってここ何年かは開花のピークを過ぎてしまっている。
地球の温暖化も関係しているのかもしれない。

ということで趣向を変えて撮って見たのが、このチューリップである。NY の4月・5月の空は空気も済んでいて青々としている。空を背景に僕が好きな記憶色的チューリップに仕上がった。
淡いピンクが可憐な桜より、僕にはチューリップのような大胆な色の花の方が向いているのかもしれない。


※ Sakura Matsuriより

毎年のように訪れている、Brooklyn Botanic Garden へ。
汗ばむ陽気でまるで初夏のような太陽のもと、そこはまがいもなく春だった。
New Yorker にも花見の習慣が広まるのではないかと思うほどの賑わい。

今年も New York のサクラの木が見事な花を咲かせました。

カレンダー

<  2008年11月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうちSeasonalカテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリはRandom Thoughtsです。

次のカテゴリはTravelです。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

OpenID対応しています OpenIDについて
Powered by Movable Type 4.21-ja