Travelの最近のブログ記事


すでにエアコン ( こちらでは a/c と呼ぶが ) の出番がほとんどなくなり、先夜など窓を開けるとひやっとする外気が部屋に入り込んできた。すでに室温より外気の方が涼しくなっているのだ。
新学年がまもなく始まる米国では、テレビのコマーシャルでも 「 back to school 」セールの CM が流れるなど、気候の変化のみならず、否応なく夏の終わりだと言うことを思い知らされる。

先のブログでも書いたが今年はこれといって夏らしいイベントを楽しんだわけではないのだが、折りにつけて撮った写真がいくつかあるので、少しずつ紹介しておくことにしよう。


初回に紹介するのは、Florida に行ったときに撮ったものである。

今働いている会社では、ありがたいことに一日の勤務時間を長くするかわりに勤務日を減らせるというシステムがあり、僕の週末は普通の人より長い。具体的に言うと3日働いて、4日休みというパターンである。しかも月に何度かは自宅からの勤務も許されているため、出勤するのは週に二日だけというときもある。
4日も休日があるので有給休暇はほとんど手つかずということもあって、上司からは 「 もっと休みを取るように 」 と注意を受ける次第なのだ。
そこで今回は一日休みを取って4日の休日と合わせ、急遽 Florida に行くことにした。
通常夏休み中の航空券はピークシーズンに値するのだが、この時期にさらに蒸し暑い Florida 旅行というのはピークシーズンにあてあまらず、直前思い立ったにも関わらず格安でチケットを購入することができた。

実は Florida に行ったのは今回が始めてで、わざわざここを選んだのはこれといって深い理由はない。
NY の友人が最近、Florida の Ft. Lauderdale にコンドを購入したということで、ここに泊まらせてもらえるから、というだけの理由である。
どうせ休暇中なのだから、コンド備え付けのプールかビーチに行くぐらいで、それなら多少暑くても構わないだろう。実際僕が滞在していた期間は NY と比べてそれほど蒸し暑いという印象は受けなかった。

何も予定を立てずに行ったのだけれど、同行の友人が Ft. Lauderdale に知人がいると言うことでほぼ毎日何かしらのイベントに呼ばれることに。
面識の無い人の家に行くというのは日本人からするとつい遠慮が働いて気が進まないものだが、こちらでは友達を連れて行っても構わないというスタイルが多く、ましてプールなど屋外で行われるパーティが多いフロリダではより開放的になるせいか、直接招待されていないゲストであってもウェルカム、と暖かく迎えてくれた。
中でも印象に残っているのはとあるプールパーティで、トロピカルな植木できちんと手入れがされている庭なのだが、家の中にもプールサイドにも、ヨットが横付けできるキャナルのデッキですら、監視カメラが設置されていた。
どんな人がオーナーなのだろうと友人に聞いてみると、なんと FBI に勤務している人の家だったのだ。


コンクリートジャングルのような都市、New York から訪れた僕からすると Miami や Ft. Lauderdale のあちこちで普通に観られる椰子の木がとても新鮮に見える。そもそも一部のエリアをのぞけば高層ビルは少なく青い空が広い上に、背の高い椰子の木がよく映える。
そういえばこの景色は LA でもよく見かけたっけ。
フロリダに住んでいる人からすれば当たり前の景色なのだが、僕が New York の高層ビルやその夜景を見ても何も感じないのとおなじなのだろう。

とはいえ一眼レフカメラを持って行ったにも関わらず写真らしい写真は撮らず、ひたすらバケーションを楽しんでいた。
唯一撮った写真は無いかと探してみると、一月前にアップグレードしたばかりの iPhone4で何枚か写真を撮っていたのみである。

取り立てて変哲も無い、Ft. Lauderdale のビーチ沿いの道なのだが、夏が終わろうとしてる NY でこの写真を見るとすでに懐かしく感じられる。不動産の不良債権により大量の売り家が出ているこのエリアに今のうちに小さな住処を持つのは決して悪くあるまい。
New York の人がここに不動産を持っているのもなぜだかわかるような気がした。


久々の小旅行、やはり旅に出るのはいいもんだな。



※ Fort Lauderdale, Florida。iPhone4 / Hipstamatic にて撮影

2008年末、前日にチケットを手配して行ったキューバ。
現在、このブログではこのときの様子を紹介中。前半にちょっとした近況、続いてキューバに関する記事というスタイルで続けてきたのだが、New York も季節が変わろうとしていることもあり、ひとまずここでキューバの話は今回で終わりにしようと思う。
何の脈絡もなくふと過去の記憶がよみがえるように、ここでも時々キューバの思い出を語ることがあるだろう。


今年の3月は僕にとってとても忙しい毎日が続いた。例年であればイベントといっても税金の申告ぐらいなものなのだが、公私にわたっていろいろいなイベントが続いた。
その中で一番大きなウェイトを占めたのが、転職活動だろう。

未曾有の不景気のなか、転職を?と思うかもしれないが残念ながら僕が今働いている会社も取引先からのプロジェクトの無期限停止など様々な不幸が重なって、厳しい状況に追い込まれている。加えてこの会社のようにスタートアップのベンチャー企業は投資会社からのサポートで運転資金をまかなっているのだが、今回の不景気では投資会社も例外なく厳しい状況にあり、十分なサポートが受けられにくくなってきたのが一番つらいところだろう。

ということで将来性と技術を見込んで働いてきた会社だが、残念ながら転職せざるを得ない状況になり、この3月はその活動に時間を費やしたというわけだ。幸いこんな時期でも採用してくれるところは意外にあるもので、なんとか新しい仕事に就くことができた。
今回世界的な不況を招いた元凶と言われる米国の金融機関だが、なんと僕もそのファイナンシャル企業の一つに働くことになった。ただし今のところ米国政府からの公的支援は受けてはいないのだが、今後も経済不安は回復の基調を見せないこともあり、今回就職できたからといってその仕事に長く就いていられる保証は無い。

いったい世の中はどうなってしまうのだろうか。






いささか乱暴ではあるが、キューバ 総集編として駆け足で紹介していくことにしよう。

■旅行者との出会い
単に字面から受ける印象であるが、「 旅 」 と書くとそれは単独で行くもので、それが旅行と言ったときにはなんとなくグループでの移動をイメージしてしまう。まあ 「 一人旅 」 とは言うものの 「 一人旅行 」 などとは決して言わないし、逆に 「 グループ(団体)旅行 」 とは言っても「グループ旅 」 というのは耳にしないから、そんなところから感じているのかもしれない。
一人旅は一人旅の良さがあるし、グループで行く旅行というのもまた異なる楽しさがある。が僕はどちらかというと一人旅を好む。

もう一つ、僕の経験では一人旅の方がグループでのそれに比べて、旅先でおもしろいハプニングに出くわすチャンスが多い。きっと僕が旅先で期待しているのはそんなハプニングなのだろう、それで自然と一人旅が増えるのかもしれない。

今回の旅のハプニングの一つはやはりいろいろな人との出会いだろう。後から考えると興味深いのだが、キューバを訪れる旅行者とあちこちで出会った。
通常旅先での出会う人々というと地元の人たちが多いのだが、今回はそれだけではなかったのだ。
旅先で旅行者同士がこんなに多くコミュニケーションを取る、というのは僕にとってはキューバが初めてだった。たとえば New York に住んでいてもアメリカ人から見れば僕らは stranger であるのだが、だからといって世界各国から来た旅行者との接点というのは意外と少ない。New York はある意味世界中からもっとも多くの旅行客が訪れている都市、であるにも関わらずだ。

もちろん僕のようにアジア系の顔立ちをしている人はキューバではそれほど多く見かけないし、だからいろいろな人から声をかけられるというのもあっただろう。

短期間の旅行にもかかわらず、会って話をした旅行客を思い出しながら書き出してみるとこんな感じだ。

スイス
このカップルは空港からハバナ市街へのタクシーで乗り合いになった。このときの話以前紹介したので以下略.

イタリア
ハバナの市内のレストランで隣に座ったのが縁でその後も市内を雑談しながら一緒に歩き回った。


アルゼンチン

夜の城塞に行ったときのこと。ここは夜9時になると城塞の門を閉めることを知らせる空砲を撃つ習慣が中世から続いているのだが、そのため夜にも入場できるようになっている ( 有料 )。ただどこでその空砲を撃つのかなど案内が無くて困っていると、このアルゼンチンの母娘が話しかけてくれ、一生懸命英語で教えてくれた。彼女たちの母国語もスペイン語だからこんなときはうらやましい。


日本
ハバナ旧市街のとある塔で日本語を耳にして、お互い話しかけた。後にも先にもキューバで見かけた日本人はこの男女二人組だけだった。


カナダ
カナダ人観光客はキューバでは珍しくない。アメリカは公にはここにくることができないし、またキューバに来なくても Puerto Rico や VIrgin 諸島など自国のパスポートだけで行けるカリブ海リゾートがあるので、あえてここに来ようと思う人は少ないのかもしれない。その点カナダはカリブ海に植民地を持たなかったため、こういったリゾート地を持たない。キューバにカナダ人が多いのはそのせいかもしれない。
僕は12月の頭に手に入れたばかりの Canon 5D Mark II というカメラを持って出かけたのだが、キューバでこのカメラで写真を撮ったのは僕が初めてだろうと自信満々 ( なんでだ? ) だったところ、旧市街で同じ 5D2 ユーザを発見。カナダから来た僕と同じく建築写真を撮るという男性とその夫人で、しばらくカフェでキューバの魅力と 5D2 の談義が続いた。

ドイツ
知人に地元のキューバ人フォトグラファを紹介され、一緒に市街の食堂で食事を注文しようととしていたところ、ドイツ人のカップルともたまたまその場で意気投合し、一緒に食事をすることに。彼らも言葉があまりわからず、英語が話せるこのキューバ人フォトグラファーが通訳を買って出たというわけだ。ドイツ人男性の方は Canon EOS 初代 5D を持っていたこともあってまたカメラ談義となる。加えて食後もしばらく一緒にストリートスナップを楽しんだ。女性の方は中判カメラを持ってキューバの街並みを撮影していた。

スペイン

上で紹介した城塞からの帰り道。この時間になるとルートパスも無くなり、おもいおもいタクシーなどで旧市街にもどることになる。
たまたま空砲を撃つイベントを見ていたときに隣で見学していたスペインから来た女子大学生二人組と懇意になって一緒にタクシーに乗ろうということに。彼女らも僕に変わってスペイン語でタクシー運転手と値段の交渉をしてくれた。旧市街に戻ってからは一緒にカフェへ。

中国
旧市街で僕のことを中国人と思ったのか中国語で話しかけてきた大学生とおぼしきの一団がいた。確かにキューバでアジア人と言えば Chino ( Chinese ) と呼ばれるほど中国人しか見かけない。彼らも僕を中国人と思ったのはそのせいだったようで、日本人がいるとは思わなかったとか。とはいえ彼らは英語も話していて、住んでいるのはカナダだとのこと。そういう意味ではカナダ人と分類すぺきかもしれない。

ベイリース
ハバナからカンクンに戻るフライトで隣に座った褐色の肌の女の子がよく話す子だった。なんでもベイリースからキューバへ医学大学へ留学していて、今回は里帰りをするのだとか。
キューバはカリブ海・南米を含めて屈指の医学大国で、チェルノブイリ原子力発電所の被害者がキューバで治療を受けたのも有名な話である。キューバ市民は医療を無料で受けることができる。留学も無料、と聞いたのだが真偽のほどは不確かである。

ほかにも写真の現像店で知り合った人や、ビーチで写真を撮っていたときに意気投合した人たちなど数えたらキリががないのだが、旅行客自身、お互いに自意識のような鎧を脱ぎ捨て人と接するのが自然体になるのはキューバという国にいるからではないかと思えるのだ。

■市民との出会い


言葉が通じないとわかってもキューバの人たちは外国人に話すのをためらわないようだ。
僕なんぞ英語が不自由だった時分 ( その状況は今もあまり変わらないのだが )、文法を間違えたら恥ずかしいなどと思い、なかなか自分から話しかけられない時があった。特に自分としては生懸命話しているつもりなのに 「 はぁ? 」 みたいな反応が返ってくるとそれだけで消え入りたくなるような恥ずかしさを感じたものだった。

ところがキューバ人にはそれが無い。僕が 「 スペイン語は話せない 」 と馬鹿の一つ覚えのように拙いスペイン語で話すのに、向こうはそれでも僕にスペイン語で話しかけてくる。言葉が通じなくてもなんとかコミュニケーションは取れるものだ思っているようだ。
中には英語を話せる人もいるのだが、観光に従事している公務員以外ではなかなか珍しい存在だ。


旧市街の中心には小さな公園 ( 英語にすると Central Park と言うのだが、もちろん New York のそれとは比べものにならないほど小さなものだ ) がありここは仕事にあぶれたキューバ市民が何をするでもなく集まっている。
一生懸命働いても、暮らしはいっこうに上向かないということで、仕事に就かない人も意外に多いのだ。まあ住むところにも医療にも学校にもお金がかからないと、勤労意欲は低下するのかもしれない。外国人向けのタクシー運転手すら毎日仕事をしてはいけないのだそうで、仕事を他の人にも割り振るため仕事は一日おきだそうだ。それでもタクシーの運転手は収入の半分くらいしか申告しないそうで、後は彼らのふところに入る。キューバで外貨を持つというのは金持ちになる近道であり、実はタクシー運転手はあこがれの職業なのだそうだ。タクシーの運転手という仕事がいかに割が良いかを示す例として、こんな話を耳にした。
国立病院 ( どの病院も国立ではあるのだが (笑) ) で脳外科を担当する医師も夕方仕事が終わると自分の車を使って、白タクの仕事をするのだとか。
たとえ脳外科の医師であっても給料は国が定めたもので、他の職業に比べればだいぶ良いもののそれでも外貨が直接入ってくるタクシー運転手にはかなわない。
では誰でも白タクを営業できるかというとそういことでもなく、彼は医師という職業だから車の所有が国から許可されており、その権限を最大限利用して夜は白タクで外科医以上の収入を得ることができるのである。

話は横道にそれたが、その公園で一休みをしていると英語が話せる市民たちが話しかけてくる。悪意は無いのだが、たとえば 「 飲みものを買ってきてあげようか 」 などと提案してくる。彼らにとって近くの店でボトルに入った水を買ってその釣りでももらえれば ( もちろん外貨であるから )、大きな稼ぎになるのだそうだ。もちろんそんな小銭稼ぎ目的で話しかけてくる人たちばかりではないが、外国に自由に出国できないとなると自ずと外国人と接する機会を求めるのだろう。

興味深いのは英語を話せる人たちは皆、自分の国について平気で悪態をつく、ということ。いかにこの国のシステムが作用していないか、仕事をしたくともありつけないし、したとしても収入はたかがしれている・・・など。
このときはちょうどオバマ大統領の就任前の話で、誰もがオバマ大統領がキューバへの経済封鎖を解除し、自由に旅行できるようになることを望んでいた。「 Change 」 は海を越えてキューバにまで伝わっていたのだ。
ちなみにキューバでこういった自国の実情を外国人に話したりするのは御法度である。彼らがそれに臆せず話すのは英語が話せるからなのだろう。
気がつくとあちこちに市内はあちこちに監視カメラが設置されていることに気付くだろう。そう考えるとマイクもあちこちに仕掛けられていそうだ。言論統制は僕が思ったよりずっと厳しそうだ。
そのせいか、市内では警察官が異様なほど多く見かける。外国人に注意をしてくることはまずなく、どちらかというと外国人がトラブルに巻き込まれるのを防ぐのが目的のようだが、その一方で市民が外国人と一緒に歩いていたり、会話をしていたりすると市民だけが一方的に注意されたり、場合によっては逮捕されてしまう。市民が ID をチェックされているのはあちこちで見かけられるだろう。

妙なものだが、こうして厳しく取り締まっていることもあり、キューバは犯罪の発生率はとても低く、旅行者にとって最も安全な場所の一つとなっている。
この体制では前科を持つとほとんど公職にはつけないだろうから、公務員が全てというこの国にあって犯罪を起こしたときの代償はとても高くつく。それが犯罪を抑止しているという一面も否定はできない。
逆に言うと体制が変わるとき、キューバは混乱し、旅行客がトラブルに巻き込まれることも少なからず覚悟しなくてはならないだろう。


上に書いたことはあくまで一般的なことだが、個人的に知り合ったキューバの人たちは皆、いい人達ばかりだった。New York にもラテンの友達は多いから、なんとなく気質の違いなどは感覚的にわかるけれども、アメリカに住む日本人が、日本に住む日本人とどこか違うように、キューバの人たちにもそれはあるようだ。
体制による生活の厳しさもラテンが持つおおらかな雰囲気のおかげで多少緩和されているのかもしれない。


少し前に国際ニュースでこんな記事があった。覚えている人もいるかもしれない。
チェコ出身で New York で活躍中のスーパーモデルがキューバに行き、いろいろな場所を訪れ写真を撮った。彼女自身は写真に撮られるのが仕事だが、ボランティア活動にも参加していて社会の貧困層を取り上げる活動をしているのだった。
その中で彼女はハバナのスラム街や末期患者が収容されている病院などを回り、写真に撮っていた。
さきほど警官は外国人旅行客がトラブルから巻き込まれないように注意していると書いたが、その一方で秘密警察は怪しい外国人の行動も監視しているそうだ。
彼女もすぐにそのことが知れ、逮捕・拘置された。建前上キューバにスラムなど存在しない、というのが理由で、彼女の撮った写真はとても都合の悪い内容だったのだろう。
そのときのおもしろい ( 失礼 ) エピソードとしては、彼女がそれまでに撮ったフィルムが没収される際、とっさにデジタルカメラのメモリーカードだけは抜き取り、自分のブラジャーのなかに隠したことである。彼女は銀塩カメラだけでなく、同時にデジタルカメラも持って撮影していたため、デジタルカメラで撮った分だけは没収を免れたということだ。その後その写真は広く公開されることになり、また逮捕されたことが国際的に問題になり、却って体制に取っては世間の耳目を引くことになってしまったのは皮肉だが。

僕がハバナの市街を歩いていたときも、ちょっと変わった施設が目に入った。どうも発育の遅れた子供達を集めた学校らしく、上で紹介したような話を聞いていた僕は子供達が近くに来ても写真を撮らないようにしていた。
ところが意外にも中から女性の先生が出てきて、良かったら中に入って子供達の写真を撮っていってください、というではないか。
話を聞くとどうやらこの子達の母親が妊娠中にアルコール中毒などにかかり、その結果少しばかり他の子供と比べて発育が遅いのだという。
本当にその子供達の写真を撮って良いものか幾分悩んだのだが、それは写真を撮っても自分が拘束されたりしないかどうかといった自分のことだけで、本来であれば子供達のプライバシーや女先生の立場を最初に考えるべきだっただろう。何とも情けない。
それでも写真を撮ろうと思ったのは、この国では写真を撮ると言うこと自体がちょっとしたイベントであり、人々はそう簡単に現像された写真を見る機会が少ないからである。確かに街を歩いていてキューバ市民が家族や友達同士で写真を撮るという場面は数えるほどしか見られなかった。カメラを持っている人はおそらく米国に亡命できた親族が、定期的にキューバに里帰りし、その際においていったカメラなのだろう。


普段の海外旅行よりずっと市民の写真を撮る機会が多かったキューバだが、今そのときの写真を眺めながら一人一人の言葉を思い出している。キューバの魅力は間違いなくそこに住む人々からにじみ出ているものだろう。

■旅行前と後での印象の違い

外国からの情報が入りにくく、また人の交流も少ない島国・・・そう考えるとちょうど鎖国が続いた日本と同じようなものかもしれない。
日本が 「 道 」 と名のつく様々な文化を独自の美的感覚のもと昇華させてきて、それが今諸外国から注目され、認められつつあるように、この国もまた限られたリソースの中で Home brew したものがたくさんある。日本には踊りや和楽器や日本酒があるように、それはサルサだったり、ラム酒だったり葉巻だったり。どちらも人間の生活を楽しむために時間をかけてゆっくりと発展してきたという意味ではどちらも共通点がある。

キューバの魅力と陰の部分を知るには今回の滞在では時間が足りなかったが、そのことがまたこの国に戻ってきたい、という想いにつながっている。

ただ間違いなくキューバは大きな変革期を迎えている。
政府はなるべく植民地時代の建物を温存しようとしているが、いかんせん restoration という作業は建物を新しく建て直すよりずっとコストと時間がかかるものだ。市内には新しい建物が並び、また中国政府の支援のもと諸外国と変わらない新型コーチバスや乗用車も走り始めている。
そこに住む市民にとっては死活問題だから、こういう変化は望ましいのかもしれないが、僕ら部外者の立場から見ればこの変化はとても寂しい。
すでに去年から携帯電話やパソコンの所有は市民にも認められている。もちろんアメリカをはじめとする外国のキャリアの携帯は使えないが、どうやらメキシコからの電波は届くようだ。ハバナにあるチャイナタウンで、キューバ人の友達がキューバ風中華レストランに連れていていってくれたときのこと、2階にあるそのレストランへの階段を上る途中、大学生とおぼしきキューバ人が階段を下りてきて僕とすれ違った。
彼の手には iPhone が握られ、日本やアメリカで見られるようにゲームに講じていた。
後何年かすると、アメリカのファーストフードの看板が市内に乱立しているかもしれない。そんな姿は見たくないのだが。

旧き良きキューバを見に行くなら、間違いなくいまだろう。体制が安定し、犯罪も少なく、そしてなんといっても旧い街並みと市民の人なつっこい気質が失われてしまうその前に。


たった8日間という短い滞在であってもその中で僕が見たこと、聞いたことはの多くはまだまだ語り尽くせない部分があるのだが、キューバの旅の記録はここでいったん筆をおくことにしよう。

長らくご覧いただきありがとうございました。


私事ですが、明日の朝 JFK 空港を発って東京に向かいます。東京で懐かしい面々と会えるのを楽しみにしています。


New York に住んでいる僕の友達の親族がハバナにほど近い小さな町に住んでいるとのことで、少しばかりの荷物を渡すために車で郊外に出た。もちろん僕はここで運転ができないから、知人に車を出してもらうこととなった。

その用事を済ませ、いざハバナに向かわんと、車窓からのどかな風景を楽しんでみているとおもむろに車を運転していた知人が路肩に車を止めた。

なんだろうと思って尋ねると 「 いいから、いいから、車から降りてきな 」 という。


時折路面バスも通る程度ににぎわう街道で、近くにはちらほらと店も見えるが、その中でここだけなぜか行列ができていた。



きっとスペイン語がわかる人だったらこの看板を見て 「はは~ん 」 とわかったと思うが、この小さなカウンターで何かを売っているのである。
僕がわかったのは Frio という言葉だけで、どうやら何か冷たいものを売っているようだ。値段は $1 となっているがもちろん CUC ではなくキューバ市民が使用するペソであるから、5円くらいで売っているものということになる。



知人が列に並んで待っている間、僕はカメラで写真を撮らせてもらえないかと簡単なスペイン語で尋ねると、作業をしている手を止めて見せてくれた。この頃には僕も何を作っているのかわかったが、さてこの装置を見てピンと来ただろうか。



そう、ここでは絞りたてのサトウキビジュースを売っていたのだ。
小さい頃、沖縄に遊びに行った友達がおみやげにと一本サトウキビをくれ、それを一生懸命チューチューと吸ったことがあるのだが、これは何本ものサトウキビをそのまま装置に入れ、絞り汁を集めたものである。
連れて行ってくれた知人は 「 これはあまり甘くないかな 」 とつぶやいていたが、それはもしかすると季節が12月だったせいかもしれない。が、僕からすればこんなに甘い自然の飲み物はこれまで味わったことが無く、それはもう衝撃的ですらあった (笑)

現地では高嶺の花となっているコカコーラ ( きっとメキシコなど近隣諸国から運ばれてくるのだろう ) をうらやむキューバ市民の心が僕にはいまいち理解できない。どこか青臭くそれでいて爽やかなのどごしのこのサトウキビジュースの方が僕には何倍もうらやましい。
でもそれはお互い無い物ねだりなのだろう。 後日友人から聞いたのだが、マイアミあたりでも時折見られるとのこと、おそらく遠い祖国を思いながらキューバの移民たちが広めていったのではないだろうか。


僕があまりのうまさと甘さに目を見張りながら飲んでいると、一組のカップルが写真を撮ってくれないか、と声をかけてきた。
気軽に写真を撮ってあげたのはよいのだが、その場で見せることぐらいしか僕にはできず、それがなんとももどかしい。


さて気かつけば暦はすでに三月を指している。いつまでもキューバの話題では見ている人も飽きてしまうことだろう。次回の更新でひとまずキューバの話題は終わりにして、また New York の様子を伝えていくとにしよう。



※ Canon EOS 5D Mark II


「 葉巻をふかす八百屋 」


キューバで写真を撮っていてもっとも印象に残ったのは市井の人々とのふれあいだろう。
僕の話すカタコトのスペイン語にも辛抱強くつきあってくれた、多くの人たち。
カメラを向けると老若男女問わず、皆照れくさそうにはにかむのだけれど、写真を撮られるのはまんざらいやでもなさそうだ。

路上市場で見かけた八百屋の親父は、見事な葉巻をくわえながら撮影に応じてくれた。そういえばキューバといえば葉巻の名産地で知られているが、葉巻はともかく確かにたばこを吸っている人は多い。

メキシコからキューバの国際空港に着き、イミグレーションへと移動する空港建物を移動しているときから早速たばこのにおいが充満していたのが、強く印象に残っている。
何せ米国は建物の中で喫煙できるところなんてないし、まして空港のような公共の屋内などもってのほかだからかである。

もちろんたばこが体に良くないことはわかっているけれど、民主主義の国では喫煙が不自由なのに、社会主義国のキューバが却って自由なのがなんだか可笑しい。


ちなみにたばこが高級嗜好品かというとそんなこともなくて、キューバ人向けの安価なたばこが流通していた。試しにと僕も一本もらって口にしてみたのだけれど、たしなむ、どころではなかった。あまりにも強くて最初の一口だけで頭がくらくらしてしまうのだ。
なにせフィルターなんてものはついていない。


旅の思い出は少しずつ薄れていくのだけれど、キューバの色とにおいと言えば葉巻とかラム酒からくるものであり、僕の中ではそれはアンバーでほろ苦いものとして脳裏にまるで残像のように焼き付けられている。
それは決して不快なものではなく、むしろキューバを訪れたという証といった方が近い。
再びこの地を訪れることがあれば、きっと最初の旅のこと懐かしく思い出すことだろう。



※ Canon EOS 5D Mark II


「 往来 」

2008年末、前日にチケットを手配して行ったキューバ。
現在、このブログではこのときの様子を紹介中。前半にちょっとした近況、続いてキューバに関する記事というスタイルで当面続けていく予定。


New York の2月ともなると、春を思わせる暖かい空気をほんの一瞬感じることがある。ときにはそれが瞬間、といった幻の様な風ではなく、丸一日穏やかという日もあるのだが、その一方で今日のようにみぞれまじりのぐずついた天気で思わず身震いするような寒さがぶり返すから、油断がならない。
そのせいか、昨日から鼻までくずつきはじめどうも集中心に欠けるようだ。
今日はこれを書き上げたらさっさと熱い湯につかってベッドにもぐり込むことにしよう。

さて今回のトピックは 「 食 」 である。
僕の知人友人は、僕がかなりの食いしん坊な人間だということを知っていると思うが、ここはやはりこの話題を取り上げずにはいられない。

※ハバナ旧市街のレストランで食べたポークソテー。この後の写真にも出てくるがフライドスイートポテトがよく出てきた。僕は特にこれが気に入った。


他の人も同じだと思うが、旅の醍醐味の一つはなんといっても食事だろう。その中でも僕は特にローカル色豊かな食文化に憧れのようなものを持っているので、出発前の情報集めに食に関する事柄が外せない。
だから旅行客向けにテイストを変えているようなレストランにはどちらかというと興味がわかないのである。

キューバ、というちょっと特殊事情を持つ国ではあるが、New York 近郊にはキューバ系移民のコミュニティもあるし、キューバンレストランも数多くあるから、想像すらできないというほどではない。僕のアパートメントのすぐ近くにも一軒、キューバンレストランがあって時々利用するくらいだから、どちらかというと馴染みがあるといった方が正しいかもしれない。
その中でも特にキューバンサンドイッチといえば数あるサンドイッチの中でメジャーな種類の一つに数えられるほど、よく知られている。
またカリブ海の他島、Puerto Rico や Dominican Republic などと並んで米と豆、つまり Rice and Beans を主食にしているのも特徴で、ラテン文化といいながら意外と日本人の舌にはよく合う ( と僕は思っている )。


ところがインターネットで調べてみると、個人のブログなどでは 「 キューバの食事は不味い 」 という記述がいくつか見つかった。
それについては 「 きっとキューバは極端なモノ不足に陥っているというから、食材も十分に手に入らないのだろう 」 などと出発前から半ば覚悟を決めていたのだった。
New York に住むキューバ人の友達からは 「 コーヒーだって十分に手に入らないから、中には食用の豆をコーヒー豆に混ぜて煎っているところもあるくらいだ 」 などと驚かされていれば、誰だってそう思うだろう。なにせ十分な情報が手に入らない国なのだ。


そしてキューバに到着。早速ハバナの街を歩きながら見つけた旅行客向けのレストランに入ってみた。なにせ最初からローカルな食堂に入る勇気はなかったのだ。
メニューに並ぶランチの値段は New York のカフェのメニューに並ぶものより、数十%ほど安いという程度で格安と言うことのほどのこともない。載っているメニューもピザやサンドイッチなどアメリカで食べられるものとさほどかわらないが、その中でなんとなくキューバらしいものを一つ選んで注文してみた。確か値段は米国ドルにして7ドルくらいのチキンのソテーだっただろうか。
( ちなみにハバナ市民にはなぜかピザが人気らしく、あちこちで子供たちがプレーンのピザを食べているのを見かけた )

※キューバに着いて初めて入った外国人向けのレストランでの食事。無造作に盛りつけられた鶏肉だが、意外にもこれがおいしいんである。


ウェイターが運んできたのはお世辞にもきれいに盛りつけされているとは言えず、どちらかといえば無造作に皿に盛っただけ、という感じでそれは出てきた。先に書いたように、キューバでの食事に期待してはいけないと覚悟を決めてきたこともあって、落胆はしなかったけれども。
見たところライスはなんとなくぼそぼそだし、添えてあるサラダもわずかなキュウリとレタスでまあこんなもんか、と思いながら最初の鶏肉一切れを口にしたところ、その印象は 「 あれ? 」というものに変わった。味付けは簡単なものながら、鶏肉はとてもジューシーでしかもきちんとした歯ごたえがあり、噛むごとにおいしい鶏の味が舌に伝わってくる。
バターやクリームを多用した豪華な味付けでない分余計に素材の味が活きているという感じで、アメリカで普段食べるパサパサした肉とは大違いだ。むしろアメリカで食べているのは素材ではなくて調味料でないかと思えてくるほど。

この印象はその後に利用した食堂や売店の軽食でも同じだった。
僕にはどちらかというとキューバの食事がうまいとすら思えてくる。

ではどうしてそうなのだろう、と考えるとそれはもしかするとこんなことなのかもしれない。
キューバがモノ不足なのは事実で、日常生活に必要なものは一通りそろうにしても、農業や畜産などまだ工業レベルの生産体制は整っていないのだろう。つまり農薬も十分にないかもしれないし、鶏もアメリカのブロイラーのように育てることはないのではないか。卵も照明を何度も切り替えて多く産ませることは難しいかもしれない。なんといったってつい最近まで電力の供給が不安定な国だったのだから。
そう考えると農業も畜産も昔ながらの方法で、それはある意味オーガニックに近いのではないかと。
未だに卵なども配給制とのことで、「 今月の卵はこれだけ 」 というものを見せてもらったが、それはアメリカでいうところの Extra Large サイズで、その卵で作った卵焼きというのはアメリカで口にするあまり味のしないものとは大違いだった。どうりでハバナで食べたフランはどれもおいしかったわけだ。

※ビーチ沿いの売店で頼んだハムのサンドイッチ。通称「ハモン」。ここのフライドスイートポテトも揚げたてでうまかった。パンはお世辞にもふわふわとは言えないけれど、ハムの味はしっかり。奥に見えるパイナップルジュースももちろん100%ナチュラルでものすごく甘い。


そのあと僕は外国人旅行客向けのレストランにももちろん行ったし、ローカルなキューバンに連れられて市民向けの安食堂にも行ってみたが、まずい、という体験は一度もなかった。
出発前に読んだ旅行記で書かれていた 「 不味い 」 というのは、おそらくスパイスやバター、それにファンシーなソースでデコレーションされた料理に慣れてしまい、食材の味がわからなくなってしまったアメリカ人の見方なのではないだろうか。
そう考えると本来豊かだと思っていた僕らの世界の方が、食材を工業製品のように大量生産され、そのあげくに偽装問題や農薬混入など本来心配しなくてはよいはずのことに頭を悩ませているのではないか。その一方、世界中の珍味など入手はできないものの食べ物本来の味わいを感じられる食事ができるキューバのような国が果たして不幸せと言えるのか。
これは旅を通して大いに考えさせられることになった。

たかが食、されど食なのである。


※キューバ人の友達が連れて行ってくれた二人しか入れないような小さな食堂。朽ち果てそうな共同住宅の2階にあって普通なら絶対に見つけられないようなところだったが、ここの圧力鍋で料理した鶏肉も何とも言えずうまかった。貧しいとはいえキューバの各家庭には圧力鍋がかならずといっていいほど使われているようだ。一番上の写真にも出てくるが、出てくるトマトはどこも完熟モノでとても甘いのが印象的だった。



※ Canon EOS 5D Mark II


ちょっと昔のガイドブックを読むと、ハバナ市民の交通の足となっているバスは車体が古く、いつ来るかわからず、来てもぎゅうぎゅうで乗れないので、旅行客はタクシーを使うべき、という記述が見つかる。
ところが2008年末の様子はすっかりそれとは違っていて、バスは頻繁にやってくるしバスの車体は決して古くもない。外国人観光客向けのバスだろうが、中には New York で見かけるような大型コーチバス ( 下にスーツケースが納められるスペースがあり、乗客は快適なリクライニング付きシートがあてがわれる ) まで走っており、僕の予想とは大きく違っていた。
おそらくバスが安定運行できるようになったのは、反米路線を取るベネズエラがキューバにオイルを安価に供給するようになったためだし、また真新しい大型コーチバスは中国からの提供によるものだった。
僕もキューバ市民に混ざって路線バスに乗ってみたが、好奇心からくる他の乗客からの視線が気にならなければ、決して悪いものではなかった。
それでもどこをどう走るのか、旅行客には路線が全くわからないし、英語で尋ねる訳にもいかないから、よほど乗り場と降りるバス停のことが頭に入っていないと利用するのは不便だろう。

そこで自ずとタクシーを多用することになるのだが、これまたタクシーにいろいろあってどれを利用するかでまた一悩みする。

上の写真は、そんなタクシーの一つで、通称 Coco Taxi と呼ばれるものだ。見ての通り、ココナッツに見えることからこう呼ばれるのだろう。
利用するのはたいてい旅行客で、メーターもないから行き先を告げて値段を交渉することになる。とはいえ運転手も公務員で、客は主に外国人だから多少の英語はお手のもの。
乗れるのは客二人までで、荷物も膝の上でしっかりつかんでいないと人間もろとも振り落とされてしまうような荒い運転なので、荷物があるときや長距離で乗るには向いていないが、その分機敏な動きで狭い路地もものともしない。

後ろから見るとこんなにかわいらしいのに、爆走音を立てて白い排気ガスを噴出しながらぶいぶい走り回る様はどう見てもアンバランスだが、それが何とも可笑しい。



※ Canon EOS 5D Mark II


「ハバナの郵便配達夫」


後ろに見えるのは郵便局の自転車で、シャツの色と自転車の色からみてどうやら「青」がシンボルカラーなのだろう。

それにしてもキューバの人たちは一声かけると皆気軽に撮影に応じてくれる。中にはこちらが頼まなくても向こうから頼んでくることも。
彼もカメラを向けるとすぐに OK をくれた。

こんな風にユニフォームを着ている郵便局員が公務員というのは、すぐにわかるのだがこの国はたとえレストランのシェフであっても、タクシーの運転手であっても、バーテンダーであっても皆、公務員なのである。
だからといって規律が正しいかというと、そこはやはりラテンの血が流れるキューバンらしいおおらかさが随所に見られるのである。



※ Canon EOS 5D Mark II


砂浜に打ち上げられた椰子の実。
東京育ちの僕には、この風景はあくまで想像上の世界だった。


常夏の島、と思っていたら12月の海は天候と同じくそれなりにマイルドで、冬とはいわないまでも海で泳ごう、なんて人はいなかった。

それでもキューバの海を見たくなる。
この海がこの地を遙か遠い異国にさせている。
この椰子の実はどこまで行って、何を見てきたのか。


ところでもう2月になってしまい、いつまでもキューバの写真ばかりというのもいい加減食傷気味だろうか?
そんな声が聞こえてくればこのシリーズもそろそろ終わりにしようかと思う。



※ Canon EOS 5D Mark II

買い物帰りの市民たちはそこにある大きな扉など、存在しないかのようにただ淡々と通り過ぎる。
僕はこの立派な扉の向こうにどんな歴史があったのか、そのときの気持ちを撮ってみたくなった。

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