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この写真は South Street Seaport 近くで撮ったものである。正直なところ正確なアドレスは忘れてしまった。このあたりは普段からあまり行くことのないエリアでもある。

壁一面に張り巡らされている数字の並び、このとき一緒にいた友人は以前からこの数字の規則性に疑問を持っていたようだが、なんだかわからないという。

僕もそういわれてふと見てみた。確かに1、2、3と続きなぜかまた1、2、3と同じ番号が並んでいる。
今でこそ IT の世界に身を置いてはいるものの、数学は昔から苦手な科目の一つで ( それだけに数学嫌いでも IT エンジニアになれるという良い見本だ ) 長いこと苦しめられてきた(笑)。

けれどもなぜか数字の並びから規則性を見つける、という思考は僕にとっては数学といよりは論理的な問題で、理系か文系かといわれれば迷うことなく文系に属する僕には意外にも解を見つけるのがさほど苦にならないのである。
話は横にそれるが、小学校などで知能テストなるものがあり、その中にもこういったテストがあるし、また就職に際して適正テストなるものを何回か受けたがここにも似たような問題が出題されている。
文系卒業の僕が IT の会社に入社できたのは今思うとこの適正テストのおかげなのかもしれない。

話を元に戻して、一連の数字だが果たしてこの並びの意味はおわかいただけただろうか。

Crooked world

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ここは New York 市内でも指折りのすごい坂道で、通行人が利用しやすいように公衆電話もななめに設置されているくらいである。

・・・というようなことはなく、もともとまっすぐに立っていた公衆電話が実は下の写真のようにように曲げられてしまっているのだった。
激しく損傷したあとが無いことと、この電話が交差点近くに止まっていることからおそらく大型車、たとえば2階建てバスなどが曲がりきれずに無理矢理曲げて角を曲がった、なんてのがことの真相ではないだろうか。

前市長の時代に Manhattan 内の主な通りは大型トラックの通行が禁止された。観光で NY を訪れた人たちは気がついたかもしれないが、だから市内ではほとんどそのような車を見ることがないのだ。

確信犯だと信ずる根拠はもう一つあって、前日までまっすぐ立っていた公衆電話が翌朝斜めになっており、これが一日で修理されたのだ。
壊れた公衆電話など市内にあちこち放置されているのだから、これだけが即日修理されたのはやはり理由があってのことだろう。

ライフプランであるインフラが使えないとか使いにくいというのは問題ではあるけれど、朝からこんな風景を見かけた僕は街が生きている様を身近に感じてなんとなくにやにやしながら写真を撮ったのだった。



※近況
なかなか FF XIII が終わらない。あまりにもさっさと先に進めすぎたせいで現在キャラクターが力不足な状態。RPG ゲームのレベルアップ作業というのがなんとも無駄な時間を過ごしているような気がして・・・・。

不況とはいえ、Manhattan 島は常に人口増加を続けていて、もう人が住んでいない場所なんてないと思っていたのだが、それは意外にも思い違いであった。

ここでは時折大型のトレーラーが走るのみで、あとは一本一本が間隔の広いオレンジ色の電灯の下にぽっかりと現れるホームレスの人くらいである。


繁華街からも離れ、どことなく不気味な雰囲気が漂う区域にもかかわらず、気が散ることがないからか、却って撮りたいものに対峙するのは意外だということに気がついた。


そうこうしていると、ホームレスが興味深そうに近寄ってきたが、頭を振ってそのまま立ち去っていった。
僕がめぐんでくれなさそうなけちに見えたのか。それとも。

写真を撮っていた僕の姿を見て「そんなんじゃまだまだ」と言われた様な気がした。



沖縄から New York にしばらく滞在していた写真家の友人と街のスナップを撮りながら Lower East Side を北上していたときのこと。
Houston Street でこんな風景に出くわした。

壁一面を使って描かれた Graffiti、いや Mural である。


New York では決してグラフィティや Mural は珍しくない。むしろかつての地下鉄の全面がグラフィティで蔽われていた時代があったほど、New York はグラフィティに馴染みが深いと言っても良いだろう。
幸か不幸か、行政の努力でそういったグラフィティは一掃され、見事というような「作品」はそうあちこちには見られない。

そんなところにこの Mural に出くわしたのだから、おおっと驚いた次第である。
一目で時間をかけて描いていることがわかるように、ゲリラ的にただ描いている訳ではない。
Mural を描いている場面に出くわしたことがあるが、それにしてもこの絵はずば抜けて完成度が高い。

Ladder に乗ってちょうどそれまで描いていたアーチストとおぼしき人が降りてきた。
それ彼に写真を撮っても良いかと尋ねると二つ返事で快諾。
するともう一人少し離れたところにあったもう一本のはしごの上にいたもう一人の男の人に声をかけて、降りてこいと言っている。
どうやら一緒に写真を撮ろうと言っているようなのだが、この時点で英語ではない言葉で話していた。
二人で共同製作なのかな、と思ってもう一人の人の顔を見てびっくり、そっくりなのだ。どうやら双子でアーチストのようだ。

写真を撮らせてもらったお礼をいいながら、先ほどの言葉が気になって、あれはどこの言葉ですか? と尋ねると、僕らはブラジルから来たんだ、と言う。
なるほどポルトガル語であったか、とひとりごちるが、それより気になったのはこの作品である。
この時点でもう一週間かかったんだと話していたが、あまり製作の邪魔をしてはまずいと話を切り上げることにした。これだけの作品を作っている二人組だからきっと何か活動しているに違いないと思い、最後にホームページか何か案内のようなものはありますか、と尋ねると一枚のコピーをくれた。
挨拶代わりに 「 どこかで ( お二人の ) 作品を見た記憶があるのだけれど・・・もしかして有名な方では? 」 と言うと、「 Maybe 」 と言ってニヤリとした。


家に帰ってインターネットで検索してみると、果たして二人の名前が出てきた。


しかも Wikipedia にまで二人のことを記述したページが存在するのである。

ふむふむと先ほどの双子の顔を思い浮かべながら、過去の経歴や作品を見るのだが、僕の記憶にあるデザインは実はまだ見つかっていない。
そう思うと初めて見たのに初めてと感じないような不思議な作品なのかもしれない。

奇しくも彼らの制作は、New York でもっとも有名なアーチスト、キース・ヘリングの生誕50周年イベントの一環としてここで二作目として選ばれた選ばれた故のものであった。
ちなみに一年前に別の場所でプロジェクト一作目が公開されている。これがキース・ヘリングがここで1982年に描いたものを再現したものであった。


そういえば、すぐに完成するからまたそのときに見て来てくれ、と言われたことを思い出した。New York Times だったかどこかのメディアで彼らの作品が完成したと聞いた。
近いうちにまた、突然出会うようにこの作品を見に行けたらなぁと思っている。もう一度あの驚きを完成品で感じてみたい、というのは少々欲張りだろうか。




OS GEMEOS

双子 Gustavo / Otavio Pdnolfo の兄弟。
名前の OS GEMEOS とはポルトガル語で Tthe twins という意味らしい。
なるほど初めて二人の顔を並べて見た時の驚きも計算済みなのだな。

Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Os_G%C3%AAmeos

壁画プロジェクト : Houston Street and Bowery Mural







※ OS GEMEOS の二人組


最近、Manhattan を歩いていて何カ所かでこのような白い自転車を見かけた。

もともとが白い自転車というわけではなく、サドルも含めてすべてペンキで真っ白に塗られているもので、明らかに趣味で塗り替えたというものではない。

最初見たときは 「 物好きな人がいるもんだなぁ 」 ぐらしいにしか気にとめず、すっかりそのことを忘れていたのだが、その後も二度、三度と異なる場所で見かけるにつけ、次第にそれがなんなのか気になってきた。

そしてある日、たまたまその自転車にくくりつけられているメッセージを読んで、白い自転車の意味がわかった。

それは、この白い自転車が置かれているすぐ近くで交通事故があり、バイカーが亡くなった現場を意味していた。


今、New York では過去に見られないほど多くの自転車乗りが増えた。
MTA 運賃の度重なる値上げに辟易して、というのがきっかけで乗り始めた人もいれば健康のためと言う人もいるが、いずれにせよ NY 市の統計でも数字となって現れているのだから、大幅に増えているのだろう。中には僕のようににわかバイカーもいるわけで、その逆にバイカーの数にとまどうドライバーも多いわけだ。

日本ではさほど珍しくない買い物かごをふらふらさせて走る自転車も車の運転手が日常的に見ているからある程度予測して、徐行したり大きく迂回したりするわけだが、New York ではこれまでそんなに自転車の広がりなんてものが無かったから、あちこちで悲惨な事故が起きているというわけだ。


ハイブリッドエンジンを搭載したクルマよりも、地下鉄よりも、もっと有用なエコな乗り物を結局日本は昔から実践的に利用していたということになるわけだが、バイカーはその反面、すぐ横をトラックが爆走する恐怖とも向き合わねばならぬ。
幸い、NY 市ではあちこちにバイクレーン、そしてバイクパスなるものをどんどん増やし、ドライバーの啓蒙に努めるとともにより利用者の利便を図ろうとしている。
最近ではうちの近所もバイクレーンがあちこちにでき、だいぶ乗りやすくなってきた。これで少しでも交通事故事情が改善すればよいのだが・・。

自分自身、ドライバーとしてこの白い自転車を見て少なからずショックを受けた。
主を失った自転車はそこで時が止まってしまったかのようだった。

これ以上、白い自転車を増やしてはならない。


たぶんオフィスが近くの場所に引っ越ししたのだろう。スタッフとおぼしき人たちが歩道で椅子を押していた。


仕事をしている本人たちには申し訳ないのだけれど、彼らのおかげで街が少しばかりコミカルに見える。

そう思ったのは僕だけかもしれないし、そうでないにしてもほんのわずかな時間のできごとだからあまり多くの人の目に止まったとは思いにくい。
けれども街が怒って見えたり、可笑しく見えるのはそこにいる僕ら人間一人一人の行動一つで変わるものなのだ。
そのことを感じつつ、僕はその時を撮ってみた。

僕も急いでいるときは余裕の無い顔をしているに違いない。それが他の人に伝播して、そしていずれ街の顔になっていくのだ。
反省反省。

街の至る所に Christmas 用のツリーを売る臨時のテントができている。これが無いと Christmas らしくないと、毎年このライブツリーを買いに来る人が多い。
生木はなんといっても香りが強いのが特徴で、暖かい部屋のなかいてもどこか冬らしいぴんと張り詰めた空気が感じられる。

僕もいつかは生木のツリーを飾ってみたいものだが、Christmas 後の路上に捨てられたツリー木を見るとどうもその気持ちが萎えてしまうのだった。






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社会の窓

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"MAN! iT'S AbOUT TiME"


「地球の温暖化」「不景気・恐慌」・・・
僕もそんな感じがするよ。

これまでになく科学が発達し、高度な技術が生み出されたというのに、世界は一度イニシャライズしようとしているかのようだ。

大きく世界が揺れ動く時、果たして僕らは傍観者でしかいられないのだろうか。

老舗の看板

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僕は日本のバブルがはじける前にアメリカに移住していたので、大きな不況というのをこれまで一度も経験したことが無い。むしろ大学を卒業したときは就職売り手市場だったし、新入社員時代はちょうどバブルが到来した時期で、今振り返れば身分不相応な社会人生活を送っていた。

僕がアメリカに移り住んだとき、アメリカはすでに不動産バブルが始まったところで、住宅価格が年々激しく上昇していた。不動産価値は上がることはあっても下がることは無い、という神話を周りのアメリカ人は信じていたが、日本でのバブル崩壊で東京ですら土地価格の下落したのを知っていたので、それがたとえ世界に名だたる金融都市、New York であっても例外ではないとわかっていた。確かに米国が不景気になっても、たとえばヨーロッパやアジアが好況であれば海外の資本が New York を支えることはあるだろう。けれども New York には東京などと違って治安の問題があり、ひとたび不景気になり失業率が上がるようなことでもあれば、また犯罪率は上昇し治安の悪化を招き、ひいては都市としての魅力は失われ、投機の対象になるのは一部の地域だけになるだろう。


けれどもそこまでドラスティックに経済状況が悪化すると思っていなかったのだが、ここ最近急速に金融不安が広がり、それまでテレビコマーシャルをしていた金融機関が翌日には破綻したり、他の金融機関に吸収されるなどこれまでにない変化が訪れている。


土曜日も友人と Times Square 近くのバーレストランでたらふく飲み食いしたあと、コーヒーでも飲もうと近くの Starbucks に寄った。その Starbucks の目の前にあったのは旧 Lehman Brothers のオフィスビルである。
見上げるとちょうどそこには建築作業員がビルのに上におり、看板を取り外す作業をしていた。僕らが気がついたときはすでに 「 LEH 」 の文字しか残っていなかったが、Starbucks でコーヒーを飲みおって出る頃には最後の部分の撤去作業を急いでいた。


歴史の浅いアメリカという国にあって、Lehman Brothers は150年もの老舗を誇る証券会社だった。いまはその老舗であっても一夜で Times Square からかげもかたちも無くなってしまうのだった。


僕の人生で初めて体験する不況。僕も明日は我が身かもしれない。悲観しているわけでも、楽観視しているわけでもないが、世の中の変化を受け止めるだけの覚悟は必要だろう。
日本の友人が放った 「 アメリカは大きな不景気のあとに必ず戦争を起こす国である 」 という言葉がどうしても耳から離れない。



TAXI

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※ Canon EOS 1Ds MarkIII + EF70-200 f/2.8L IS USM


Queens。Yellow Cab の車庫。
Manhattan を黄色に埋め尽くすタクシーはこんなところにプールされているのだった。

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